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<東京怪談・PCゲームノベル>


ラッキー・セブン


 ――プロローグ

 俺はラッキー・セブンの男、俺が歩けば七百七十七円に当たる。おかげで俺のポケットは小銭でジャラジャラだ。
 ジャスがいなくなってからというもの、俺は毎日ジャスのホットドックを売り続けている。それが友情ってもんだろ? 売り上げは上々だ。実は俺も、ラッキーだけでギャンブラーなんていう仕事をしているのが心苦しいところなんだ。愛する恋人ナナちゃんには、汗水たらして働いた金で、婚約指輪をプレゼントしたいと思っている。
 ジャスが行っちまったのは寂しいが、タイミングはばっちりだった。さすが、ラッキーな男だ。
 そういうわけでしばらくナナちゃんの元へは帰らず、加門のキャンピングカーに寝泊りしていた。
 コンビニまで買い物に行った帰り道、俺は驚くべき貼り紙を見たのさ。

『川辺・三四郎 777万』
 知的な俺の顔写真まで載っていた。町内会でそこまで有名になったとは知らなかったぜ。
 しかしなぜか、俺はそのときから追われることになった。


 セブンの本名が川辺・三四郎だということはすっかり忘れていたので、ケーブルテレビを見ながらカップラーメンをすすっていた加門は一瞬意味がわからず静止した。それから少しして、随分大口の賞金首だと認知する。そしてその賞金首は必然的にキャンピングカーに戻ってくるのだ。
 ふ、ふふふ……セブンではないが、運が向いてきたらしい。
 加門はニタリと笑ってから、慌ててカップラーメンの残りをすすってしまった。
 しかし加門は忘れていた。セブンが驚異的なラッキーの持ち主であることを。
 
 セブン相手の捕り物劇がはじまろうとしている。


 ――エピソード

 職務中に得た、尋ね人川辺・三四郎の賞金が多額の上どこかで見た記憶のあるアフロだったので、神宮寺・夕日は深町・加門のキャンピングカーを目指していた。あのアフロと加門はどういう関係なのだろう? などと考える。それにしたって、この間国外逃亡したジャス・ラックシータスの件といい、加門のお仲間及び本人は賞金首になりやすいのだろうか。
 そんなことを考えながら森林公園へ入ると、羊の大群が大挙してズラズラと去っていくところだった。
「ここは……ニュージーランド?」
 お決まりの突っ込みをしながら羊を切れるのを待っていると、キャンピングカーの方で奇声が発された。
 そちらを見やると、羊を蹴散らしている深町・加門の姿が見える。
 彼はなぜか身体のあちこちに怪我をしていて、トレンチコートもあちこち汚れていた。夕日はいつものことなので、それを無視する。
「ちょっと、加門……」
 手を振って声をかけると、羊の波をかき分けながら加門はやってきた。
 血走った目で夕日に訊く。
「セブン見なかったか」
「見てないわよ、アフロなんか」
 どうやら加門はセブンの賞金の件は既に知っているらしい。
 加門が右を見て左を見て左へ一目散に駆け出したので、夕日はぽかんとそれを眺めていた。それから、大慌てで追いかける。
「せっかく、会う口実を作ってきたのに」
 全てはおじゃんだ。しかし、恋する女はそうも言っていられない。
 加門の目的がセブンだというのならば、夕日がセブンを捕まえれば少しは心証が変わる筈だ。夕日はそんなことを考えながら、遠くなっていく加門の後姿を追って走り出した。


 一人の草間興信所。
 草間が一方的に嫌がっていたので、賞金首情報を流すケーブルテレビには入っていなかったのだが、やはり情報の早さと探偵業に必要ということで、草間興信所もめでたくケーブルデビューをしていた。
 そして所長は留守である。
 少ない依頼人への報告書を手早くまとめたシュライン・エマは、そのケーブルテレビを眺めながら、事務所用のファイルを作っている。報告書のデータはワードで制作するが、ファイル用のデータはエクセルで作るので作業効率が違う。ワードは色々な意味で不便だ。
 そんなことを考えながら、コーヒーを一杯淹れてきて冷蔵庫の中の常連客の土産物の中から、手の平大のケーキを取り出して、パッケージを開けながらテレビに目をやった。
「……アフロ」
 テレビにご機嫌なアフロが映ったので、つい口に出してしまう。
「七百七十七万?」
 そして又日本の賞金首としては破格の値段に、シュラインの頭は一瞬よろけた。
 この際だから、カミングアウトして興信所でもこういった輩を追いかければ、かなりの潤いになるに違いない。今のような、怪奇一色でもなくなるだろう。
 ついそんなことを過ぎらせながら席に戻ったシュラインは、メモ帳に書きつけた。
 川辺・三四郎。777万。
 たしか深町・加門の一件は、データの改竄によるパニックだったが、今回はどうなのだろう。この川辺という男にはこの間一度会っただけだが、どう考えても賞金首になりそうな雰囲気ではなかった。
 また何かのトラブルだろうか。
 なんとなく知人がトラブルに巻き込まれているなら、放っておくわけにもいかない気がして、シュラインは携帯電話を取り出した。
 如月・麗子ならば、何か知っているだろう。
 
 
 ホットドック屋はいつもの通り、道玄坂にオープンしていた。
 そこにはもう既に見慣れたアフロ姿の男が一人いる。開いたワゴンの後ろの部分が、窓になっていた。
 セブンは慣れた調子でケチャップとマスタードを使っている。
 そこへ目をキラキラさせた少年が一人、やってきた。
「こんにちはぁ、ジャスさんですか?」
「ジャスの知り合いかい? ジャスは星になったんだぜ」
 ズビシっ、とセブンが青空を指差したのでその少年はセブンの指の方向を追い、空を見上げた。そこにはたしかに、星があるような気がした。
「お星様かぁ、でも僕ジャスさんにご用事があったんです」
 少年がしょぼんとして言ったので、セブンは肩をすくめて訊いた。
「どういう用事なんだ? 事と次第によっちゃあ俺だって力を貸す、ぜ?」
 客は切れていたので、セブンはワゴンから降りた。ワゴンの脇に置いてあるベンチに腰をかけ、コイコイと少年を呼び寄せる。
「僕、ホットドック屋さんでアルバイトさせてもらうことになってたんです」
「なんだ、そんなことか。そんならこのセブン様が力になれる、ぜ?」
 少年の顔が明るくなる。彼は自分の名前を三春・風太と名乗った。
「俺の名はセブン、まあどこにでもいるアフロの一人さ」
 アフロはどこにでもいないので、そこは謙遜なのだろう。
「それにしても、聞いてくれよブラザー」
 セブンがすべらかに話しを持っていこうとしているところに、後ろから声がかかった。
「聞きますっ」
 にょきっと生えるように黒髪の身なりのいい男がベンチの後ろから出てくる。さすがのセブンもぎょっとして、その男を見やった。
「なんだい、あんたは」
「私はシオン・レ・ハイ、一呼んで幸運を呼ぶ一抹の不安です! 私にホットドックを貯金するともれなく人抹の不安がプレゼント」
 風太が笑顔でシオンを見る。
「こんにちは、シオンさん」
「こんにちはです、風太さん」
「おっと知り合いかい? 俺の名はセブン、どこにでもいるアフロのホットドック屋さ」
 セブンが自己紹介を繰り返す。
「私、セブンさんの積もる話しをホットドックを片手に聞く気満々です」
 シオンがセブンの片手を持ってじいと見つめた。シオンが見るからにおっさんなのさえ気にならなかったのか、セブンは「そういうことならなあ」と立ち上がりワゴンの中へ入って二人分のホットドックを片手に降りて来た。
「まあ、食ってくれ、挨拶代わりだ」
「うわーい、いただきまーす」
「うわーい」
 シオンと風太は嬉しそうに両手を広げホットドックを受け取った。
「まあ俺の話は大したことじゃねえんだが。今日、コンビニから帰ったら突然俺の相棒が家から飛び出して来てな、突然蹴りを放ったんだ。まあ俺はちょうど犬の糞を踏むところで、後ろへ下がったから顎にヒットはしなかった。が、相棒は俺の買ったビール一ダースに足を思いっきりぶつけちまったらしい。相棒を襲うなんてことは、なにか変な感染症にでもかかったんじゃないかと俺は心配なんだ。その後、羊の大群が相棒目がけてやってきてたから、俺は俺で仕事に出ることにしたんだが」
 ふむふむ、とシオンと風太がうなずく。
「羊さんに会いたいですねえ」
 シオンは自分が興味のある単語だけを引き出して、そう言った。
「もこもこもこもこ」
 同じく風太が嬉しそうに手をもこもこ広げる。
「もこもこもぎょもぎょ」
 続いたシオンは途中で勝手に音を変えた。
 それを見ていたセブンが、顎ヒゲに手を当てながら言う。
「マイペースって言われるだろ、あんた等」
「ええー、マイペースかなあ?」
「マイお箸ならここに!」
 セブンはやれやれとオーバーリアクションで示し、ふうと一息ついた。そこへワラワラと男達が登場しセブン達を囲む。
「川辺・三四郎」
 その男がそう言った瞬間、横山やすし風の男がその男にぶつかった。
「なんじゃボケ、どこ見て歩いとんじゃっ、われやる気かしばくぞ」
 横山やすし風の男は男を突き飛ばし、道端で乱闘に入ろうとしている。気を取り直して、別の男が声をあげる。
「川辺・三四郎、賞金……」
「キャァ、カンガルーが!」
 どこからともなく悲鳴が聞こえ、次の瞬間にはセブンの前にいた男達はカンガルーに足蹴にされていた。
 セブンは唖然としている二人を見ながら、眉間にシワを寄せうなずく。
「世の中どこで何が起きるかわからないもんだぜ」
 そしてセブンははたと気が付いた。
「ああ、そういえばさっき見た写真は賞金首の写真で、俺は賞金首なわけか!」
 ぽん、と手を叩いてから数秒考えてセブンはきびすを返して逃げ出した。
「セブンさん、待ってください!」
「いいなあ、フリーメーソンに追われてるなんてぇ、かっこいい!」
「ええっ、フンドシメッシュですって?」
 セブンの後を二人のアホが追っていく。
「僕は、賞金ひゃくまんえーん」
「私は賞金ごひゃくえーん」
「俺は賞金スリーセブンだ!」
 人込みの中逃げ出したアフロを、生き残った賞金稼ぎが追う。
 
 
 セブンの消えたホットドック屋の前で、加門は立ち尽くしていた。
 辺りには男達の躯が転がっている。セブンのラッキーにやられたのだろう。どんなラッキーか想像もつかない。さきほどなど、加門の渾身の蹴りをかわしたばかりか、どこからやってきたのか羊の大群に加門がひかれることになったのだ。ここは日本だ。加門は怒りをやり過ごそうと考える。あのラッキー男にかかった賞金は七百七十七万、尋常ではない。それを取らずにいられるものか。羊がなんだというのだ。
 しかし――ホットドック屋から消えてしまっていては、セブンの行き先はわからない。
 発信機などつける余裕はなかった。ついていたとしても、ラッキーなセブンにどれほどの意味合いがあるか謎だ。
 ホットドック屋の前で途方に暮れていると、後ろから神宮寺・夕日が追いついてきた。
「アフロはみつかったの」
「……」
 無言で加門が夕日を振り返る。口を尖らせたまま、顎でワゴンを指した加門はトレンチコートのポケットから煙草を取り出した。
 火をつけて、渋い顔でワゴンを睨む。
 ラッキー……あのセブンのラッキーに太刀打ちできるのか。
 加門は躯を避けてベンチに近付き腰をおろした。やみ雲に探しても、ラッキーに翻弄されるだけだ。なんとか対策を立てて、七百七十七万を手にいれなければ。こうなったら、さっきのことは何かの発作ということにして、仲間を装って携帯に電話をかけるか……。
 夕日が加門の隣に座った。
「こ、こないだはありがとう」
「……あ?」
 フィルターを噛んでいた加門が、夕日を見る。彼女は細い髪をかきあげながら、続けた。
「ほら、さらわれたときよ、怪我を押して」
「ああ、他の連中に礼を言えよ」
 加門の頭の中はセブンでいっぱいである。しかし打開策はない。
 パンプスの足音が近付いてきて、加門はかすかに顔を後ろへ向けた。
「……お留守ね……じゃあ、次のところへ」
 その女はそう言った。
 加門が突然立ち上がる。そして、ホットドック屋の前にいるシュライン・エマの肩を持った。
「今、お前次って言わなかったか」
「あら? 深町さん、やっぱり川辺さん狙いだったの」
「次ってなんだ」
 シュラインは加門の身体に手を当てて押し戻しながら、はあと一つ嘆息した。
「川辺さんはお仲間じゃないの?」
 ジャスの際は高額の賞金にまったく興味がなさそうだった加門だ。ジャスの場合、加門の命の恩人であったし、海の外の賞金だった為動こうとは思わなかった。国際ライセンスを持っていないから、換金もできない。裏ルートの賞金には、手を出さないことにしている。
「セブンは腐れ縁ってだけでな」
「そう、捕まえるのは構わないけど乱暴な真似はよしてね。川辺さんは別に犯罪者じゃないんだから。賞金をかけたのは女の子らしいわ……それも名前は――」
「で? 奴はどこだ」
 シュラインの説明を加門が遮る。
「……たぶん」
 もう一度大きな溜め息をつきながら、シュラインは言った。
「教えてあげるから、私を連れて行ってね」
「……なんでだ? お前賞金に興味ねえだろ」
「川辺さんの身の安全の為です」
「なんでもいいから、さっさと言えよ。まーたどっかラッキーで逃げちまうんだからよ」
 加門がイライラして煙草を路上に捨てた。シュラインがきっと加門を睨む。
「拾いなさい」
 言われて一瞬きょとんとした加門だったが、情報の為か押しに弱いせいか腰を屈めて煙草を拾い、左手に吸殻を持った。
「夕日さん、こんにちは」
 シュラインが言う。夕日は困ったように立ち尽くしていた。
「なんでシュラインが情報を持ってるの?」
「簡単よ、麗子さんに電話したの」
「ち、麗子は仕事絡みだと俺達からじゃ半額持ってくくせに」
 加門が口をへの字に曲げる。
「川辺さんの次の出没先は、十中八九、TACの集会」
 シュラインは人差し指を立てて言った。
「TAC? 何の略だ」
 加門が夕日に訊く。夕日は腕組をして首をかたむけている。
「なにかしら」
「行けばわかるわ、嫌ってほどね」
 シュラインはつった両目をいたずらっぽく輝かせた。
 
 
 きらんっ、と目を光らせて風太が懐から武器を取り出した。
 それは見紛う事なきアサルトライフルである。セブンが慌てて風太を諌めた。
「おいおい、それじゃあ向こうさんが死んじまう、ぜ?」
「こーれはー、実は水鉄砲なんです」
 小銃を上に向けてトリガーを押すと、ピュウと水が飛び出した。飛び出した水を口で受けて
「おいしい水にもなるし、こうして人に向けて撃つと」
 追ってきた賞金稼ぎに銃口を向け、ピュウッと水を発射する。
「ネバネバのコテコテなんだよ」
「さすが風太さんですね」
 シオンがニコニコと笑いながら言う。セブンは小首をかしげてから、「そうか、ラッキーか」と勝手に納得してまた走り始めた。
 前からも厳つい男達がやってくる。
「えいえいっ」
 風太が応戦するが、男達はそれに屈することなくセブン達を取り囲んだ。
「ヘイ、ラッキーかい?」
「ああ、こんなところにゴキジェットが!」
 シオンが往来に捨ててあったゴキジェットを拾ってセブンに手渡した。そしてセブンが賞金稼ぎを見上げる。すると、ブーンとゴキブリが飛んできた。
「ラッキーだぜ、ゴキジェットでゴキブリをやっつけちまおう」
 すかさずセブンがゴキブリ目がけてゴキジェットを噴射する。すると、近くにいた賞金稼ぎ連中にかかり、彼等はもがき苦しんでいる。
「おーっと、悪い悪い、平気かあんた達」
 セブンは気がついて賞金稼ぎに近付いた。
「ダーメですよ、セブンさん。フリーメーソンに捕まっちゃいます」
「そうでした。フリージェーソンに捕まる前に、もう一度ホットドックを食べなくては」
「いやぁ、確かにフリージェーソンは怖そうだな」
 風太とシオンがセブンの背を押したので、セブンは仕方なしに走り出しながら、賞金稼ぎ連中を振り返った。
「悪いな、よくうがいをしてくれよ!」
 三人は共に走り出した。そしてセブンは突然気が付いた。
「そういえば今日は何日だ?」
「えーっと、三十日だよ」
 シオンとセブンが目を合わせる。二人は叫んだ。
「なんてっこった!」
「今日はハロウィンです」
「今日はTACの集会じゃねえか」
 またシオンとセブンが目を合わせる。シオンは両手をセブンへ差し出した。
「お菓子ください」
「菓子なんか後だ、お前等俺と一緒にTACの集会へ行くかい?」
 シオンの手をパチンと叩いて、セブンは言った。風太はTACの響きにぽかんとしている。
「セブンさん、秘密結社に入ってるんだねえ!」
 風太はぐぐぐっと拳を握って、きゃっほーいと飛び跳ねた。セブンは「まあな」とまんざらでもない顔をしてから、辺りを見回す。
「でもその前に、もしお前等が集会に来るなら準備が必要だ」
「ももも、もしかして手形とかが必要なのでしょうか」
「いや、実際は何時間もかかるんだが、今は仕方がない。ちょうどラッキーなことに、東急ハンズの目の前だ。即席で作れる、ぜ?」
 風太とシオンは目を丸くして顔を見合わせた。
 
 
 深町・加門はTACへ潜入している。
 右も左も似たような立ち姿連中ばかりだった。加門は辺りを見回して舌打ちをする。くわえ煙草を手に持ったところへ、TACのメンバーに声をかけられた。
「ここは禁煙だゼ?」
「……すいません」
 加門はやり過ごすように笑顔で答えて、廊下の灰皿に煙草を捨てた。
「ど、どういうことなわけ」
 廊下からホールの中を覗いている神宮寺・夕日がつぶやいた。
「こういうことだ」
 加門がそっけなく答える。夕日は加門ではなく、隣のシュラインへ言った。
「どうしてこうなるわけ?」
「深町さんを一人で放っておくと、川辺さんをコテンパンに伸しそうでしょ。放っておけないわ」
「だ、だからって……そんな」
 シュラインは真面目な顔で中を覗きこんだ。
「いるかしら」
「さあな、もさもさしててまったくわからねえ」
 加門が再び会場へ入っていく。シュラインは頭に手を当ててから、意を決したように加門に続いた。夕日も及び腰でシュラインを追う。
 TACの集会は混沌としていた。
 司会進行が流暢に話しているのを聞いて、あちらこちらの会員が笑っている。紛れるようにして、加門は会場を歩いて行く。そして手当たり次第に肩を掴んで振り向かせる。
「うわあ、あ、シュラインさん」
「……風太くん」
 加門の引き当てたアフロ頭の顔はまだ少年で、愛嬌のある瞳をくるくるさせていた。
「みんなアフロ似合ってるなあ」
「うるせぇ」
 知らない少年についボソリと突っ込む。
 誰も好きでアフロをつけているわけではないのだ。TAC……すなわちTOKYO・AFRO・CLUBはその名の通り、東京のアフロ達が集まる組合なのだ。
 つまりここは、アフロしか顔を出せない集会……。
 振り向いた風太の頭にはアフロが……そしてその後ろのシュラインの頭にももっさりアフロが、続く夕日の頭にもアフロが……もちろん、深町・加門の頭にもアフロである。
 アフロ姿の加門は額に青筋を浮かべていた。美学に反するらしい。
「トリック・オア・トリート!」
 新たなアフロがシュラインへ突っ込んでくる。そのアフロは嬉しそうに両手を差し出していた。
「シオンさん」
「ああ、賞金首の加門さんもアフロ!」
「うるせえぇ」
 シュラインの前に差し出された両手を加門が乱暴に払う。
「夕日さん、トリック・オア・トリートです」
「え? ああハロウィンね……ガムぐらいならあったかな」
 夕日はジャケットのポケットを探ってグリーンガムを取り出した。
「お前も甘やかすな、こういうおっさんを!」
 加門が小さな声で恫喝する。
「うわーい、ガムです。でも、ミントは苦手です」
 シオンが言った側から加門がガムをひったくった。紙を破って口の中へ放り込む。
「くそ、セブンの奴どこに……」
「どこもなにも」
 シュラインはアフロながらも知的な表情で、指をさした。
「あそこに」
「え?」
 夕日と加門が指先を追う。
 ひな壇の上にはマイクを握ったアフロ……いやここにはアフロしかないわけだが……セブンがいた。
「イエー、皆ラッキーかい?」
 場内がわいた。
「セブンの兄貴!」「セブンさん!」「今日もしびれるぜ」
 あちこちでアフロが活気づく。加門はセブンの登場よりも回りの熱気に呆気にとられて、辺りを見回した。見れば見るほどアフロしかいない。
「どいつもこいつも、アフロにしやがって」
 加門は毒づいてアフロをかき分けて前へ進もうとする。しかし、困ったことにアフロは不動だった。セブンに夢中になって手を振るアフロ達。
「くそ、こいつら片っ端からぶん殴っていいか?」
「ダメに決まってるでしょうが」
 振り返った加門の顔が本気だったので、夕日は額に手を当てて深い溜め息と共に答えた。
「それに今川辺さんを捕まえたら、アフロ軍団が黙ってないと思うわ」
 シュラインが冷静に状況を読む。
「ヘイ、皆踊ってるかい」
 ズンドコズンドコとディスコサウンドが鳴り出して、ホールの真ん中でミラーボールが回り出す。加門達が唖然と立ち尽くす中、TACはディスコフロアーと化した。
「……なんなんだ、こりゃ」
「ディスコよ、バブルの再来よ」
 夕日が力なく答える。
「ともかく、踊らないと目立つわね」
 そういう問題でもないと思うのだが、シュラインは言った。
 司会者が吼える。
「超カリスマ美容師が作った国宝級のアフロ! セブンさんのナイトフィーバーだ!」
 サタデーナイトフィーバーさながらのセブンのボックスステップに会場がわく。加門が溜め息をつく。
 そこへ、出入り口でドンと銃声がした。
 シン、となったアフロ達が振り返る。そこにはアフロではない男達が立っていた。
「川辺・三四郎、その賞金俺達がいただきだ」
 加門が眉間にシワを寄せる。
「ふざけろ、俺のもんだ」
 シュラインは頬に片手を置いて、困ったように言った。
「こんなところで、あんなことを言ったら、まずいんじゃないかしら」
 一瞬間を置いたあとアフロ達は言った。
「セブンさんを守れ!」「セブンさん逃げてください」「うおお、アフロの敵!」
 加門はシュラインを見た。シュラインは「ね?」と首をかしげてみせる。セブンはマイクを持ったまま、司会のアフロに導かれて裏口へ向かっていた。
「セブンさーん、僕も一緒に百万えーん」
「待ってくださーい」
 風太とシオンがいち早く駆け出したのを見て、慌てて加門達も走り出した。
 片手でアフロをむしりながら、後を追いかける。
 TACの集会会場には、加門とシュラインと夕日の即席アフロが置き去りにされていた。

 
「いいか、公園での転寝は危険だ。なにしろ目覚めたら頭が鳥の巣になってるからな!」
 セブンから謎の注意を聞きながら、アフロの三人は駆けていた。
「そんな、では私はどこで寝たら?」
「アフロたるもの油断は禁物だ」
「公園ポカポカお昼寝気持ちいいのにね」
 街の中を駆けていたセブンは、ふいに見つけたティファニーに立ち止まった。
「おお、ラッキーだ。こんなところにティファニーが」
 すすすっと自動ドアを入って三人は店内に入った。
「うわー、ぶらんどのお店だあ」
「うっ、今はお金がないので何も買えません」
 風太とシオンが天井の高い店内を見上げていると、セブンは慣れた様子でガラスケースへ近寄って、カードで何かを買った。
「セブンさーん、さっきの賞金首さん達が店の前を通り過ぎていくよ」
 セブンが振り返るとトレンチコートをはためかせた加門と、レザーのジャケットのシュライン、そして黒スーツ姿の夕日が駆けて行くところだった。
「賞金首? あいつは賞金稼ぎだ、ぜ?」
 三アフロは揃って店を出た。
「何買ったの?」
「まあ、野暮なことは聞くなよ」
 ふっ、クネッと腰を曲げてセブンは笑った。
「俺はそろそろ家に戻るぜ。お前等、一緒にくれば夕飯ぐらいご馳走するぜ?」
「うわーい、やった」
「お夕飯が食べられます」
 風太がただ喜ぶ横で、涙をぽろりとこぼしたシオンはセブンの足にしがみついた。
「ナナちゃんの手料理は美味いぜ」
 そう言うセブンも、実はここ数日彼女の手料理を食べていない。
 
 
 一方加門達は、セブンの家にお邪魔していた。
 そこにはヤマンバギャルのナナちゃんがいた。加門は何度目かの対面である。
 ナナちゃんは基本的に無口なので、三人で訪れた加門達を無言で向かえそしてお茶とお茶菓子をソツなくちゃぶ台に出した。
 ズズズズ、和みながら加門はぼんやりと口にする。
「最近どうだ」
「……まあまあ」
 部屋に来て十五分経過していたが、ナナちゃんの台詞はただそれ一つだ。
「もしかして、ナナさんかしら」
 シュラインがお茶を置いて訊ねる。ナナちゃんはシュラインを見て、一つうなずいた。
 ナナちゃんは色黒(故意)で、目元が黒々とした女の子である。これでもセブンの身の回りの世話をしているしっかり者だ。
「ああ、深町さん、私は大事な話を……」
「なんだ?」
「麗子さんに電話をして、賞金をかけた人を聞いたんだけど」
 夕日が眉を寄せて声をあげた。
「あ。そういえば、届け人はナナ」
「あん?」
「そう、賞金をかけたのはナナさん」
「……」
 加門が訝しげな顔でヤマンバギャルの顔を見る。ナナちゃんはふ、と玄関を見ていた。
 突然玄関のドアが開く。
「ハニー今帰った、ぜ!」
 ナナちゃんはキッチンのフライパンを片手にセブンの頭に殴りかかった。
 カコーン! と音がしてセブンのアフロが潰れる。
「アーウチ、俺ってば婚約指輪とか――アーウチ」
 加門は何もかも察したのかゲンナリしながらつぶやいた。
「そうか、あいつしばらくうちに寝泊りしてたからな」
 後ろからシオンと風太がセブンの身体を抱きとめる。ナナちゃんは小さな声で言った。
「どこへ行ってたの」
 シュラインが加門を横目にしながらお茶を飲みつつ
「だから最初に私の話を聞いておけばよかったの」
「そうね」
 夕日は煎餅に手を伸ばした。
 
 
 ――エピローグ
 
 ナナちゃんの手料理は婚約祝いに豪勢なフライだった。
 エビフライ、イカリング、カキフライ……。シュラインと夕日が手伝おうとすると、彼女は両手で二人は座っているように指示をした。
「お料理できるの?」
 夕日が訊くと、セブンが答える。
「ナナちゃんの手料理は絶品だぜ?」
 セブンの隣で不機嫌そうな顔をしている加門へ夕日が視線を投げたので、加門は頬杖をついたまま言った。
「ああ、それは本当だ」
「ええ、本当なの、惚気じゃなく」
 驚いた夕日にシュラインが小さな声で注意する。
「失礼よ、夕日さん」
「エビフラーイ、エビフラーイ」
「カキフライ、カキフライ」
 シオンと風太が騒いでいる。風太は両手に持ったフォークとナイフを、シオンはマイお箸をテーブルにぶつけてガチャガチャいわせていた。
「二人とも、お行儀よくなさい」
 困った顔でシュラインが言うと、キッチンペーパーを敷いた皿にフライを載せたナナちゃんがやってきた。
 セブンの隣でボソボソと何か言い、皿を置いてキッチンへ去って行く。
「賑やかにやってくれていいぜ?って、ナナちゃんが」
「川辺さん、なんでナナちゃんが賞金かけるまで家に帰らなかったの?」
 シュラインが割り箸を割りながら聞く。
「ちょっと労働して物を買いたくってな。こんなことははじめてだっつうんで、ナナちゃんもマイホーム用のヘソクリで探してたってわけさ」
 陽気にアフロを揺らしながらセブンは説明した。
 シオンがフライの皿に襲いかかる。
「いただきまーす」
「ご飯よそうわよ」
 夕日がしゃもじを片手に炊飯ジャーの前で言った。
「大盛りです」
「僕も」
「……俺も」
 加門が同意したところで、セブンは嫌がる加門と強引に肩を組んだ。
「仲間が大勢できたじゃねえか、相棒」
「俺はお前の相棒じゃねえ!」
 またナナちゃんがフライを持ってくる。
 ナナちゃんの指には婚約指輪が光っていた。
 

 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男性/17/高校生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】

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■         ライター通信          ■
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今回ラッキーって何回言ったでしょう。アフロが何回出てきたでしょう。
ラッキー・セブン にご参加ありがとうございました。
随分納品にかかってしまった上、ぬるいアフロギャグでした。
またお会いできることを楽しみにしてます。

文ふやか