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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜休日編〜

□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。


□スターダスト・フラワー ――黒崎狼

 風が吹いている。月が輝いている。
 耳の傍を笑い声が通り過ぎて、僕は夢と現実の狭間を飛んでいることを思い知る。彼の嬉しそうな表情の意味を、勘違いしてしまいそうな夜。星が瞬く。世界はこんなにも光に満ちていたのだ。
 気づかされる。知らなかった現実。僕という存在から遠く朧げだったそれらが、今頬にあたる風のよに確かにここにある。
「未刀! やっぱり気持ちいいもんだろ?」
 赤と青の隻眼が笑う。黒崎が握り締める僕の手は、空いっぱい広がった彼の黒い翼を掴みたいと願う。…飛ぶのは好きじゃない――と言っていたじゃないか。それなのに。

 ――僕を気遣ってくれているのか……。ごめん、僕には何も返せない。
    いいんだろうか、このままで僕はまた誰かに…あんたに運命を委ねてしまうのか――。

 己に憐憫の思いを馳せるのは止めよう。今は。黒崎がこうして、夜の散歩に連れ出してくれたのだから。

                          +

 それは1時間前のこと。黒崎の居候先『逸品堂』の一室。僕は少し埃っぽい店内に置かれた陶器や掛け軸を眺めていた。居候というわりに、自由気ままな生活をしてる彼が横でお茶を飲んでいる。
「なぁ…今、何考えてる?」
「………え? ――いや、何も……」
「…ふーん…………。ほら、これでも食べろよ」
 気の無い相槌を返して、黒崎は僕に「練り切り」を勧めた。春を思わせる仄かな桃色をした和菓子を手に取る。僕の好みを知ってからは、よく出してくれるもの。いつも種類や味が違っていて、僕に食べることを「楽しむ」意味を教えてくれているようでもあった。
 もうどれくらいになるだろう。あの、天鬼と対峙してから随分経過してしまった気がする。なのに、僕は何も変わっていない。黒崎も何も聞かなかったし、僕は気づかぬ間にそれに甘えてしまっていたのかもしれない。
 窓の外を最後の小雪が舞っている。コタツと言う名の暖かな器具に座り、時を刻む柱時計の音だけが響く静かな夕暮れだった。
「――――うっし! やっぱ、これじゃダメだ。行くぞ、未刀!」
「…な、なんなんだ? ちょっ…黒崎!?」
 突然、腕を掴まれ立ち上がらされた。
「今日はありがたいことに晴天だ。雪ももうすぐ止むだろうし、日が暮れるのも早い。そろそろ大丈夫」
「…黒崎、話が分からないんだが」
 黒崎は口の端を意味ありげに上げて「いいから」と、僕の腕を強引にひいて行った。
「お前はさ、もうちょっと気楽になんなきゃダメなんだよ。俺んとこ…あ〜正確には虎太郎んとこにいる時くらい、息詰めて考え事ばっかするのやめろよ」
「…そ、そうかな。そんなつもりなかった」
「いいや、相当悩んでる〜って顔ばっかしてるぜ」
 どこに行くのか聞く暇もなく、黒崎は僕の腕を取ったまま歩き続けた。裏口を出て、裏通りへ。すぐ近くにある公園へと向かう道。手入れの行き届いていない樹木がたくさん植わっている場所まで、彼は僕の問いを受けつけなかった。
「ほら、もう暗くなってきたぜ。…おっ良い具合に月が出てきたじゃねぇか」
 その声に見上げれば、冬の終わりの澄み切った空から雲が遠ざかり月が顔を出した。あまりにも綺麗すぎて、僕はしばしぼんやりと見詰めた。

 ――月は満ちては欠ける。家の窓からも見えたのと同じ月。
    なのに、どうしてこんなにも綺麗に見えるんだろう…。
    心が少し満ちたりているから?
    なら、尚更いつか欠けてしまうものなら、これ以上満ちなければいい。
    最初から、この程度だと知っていれば諦めもつく。
    永遠に半月のままでいられれば、僕はそれでもいいんだ……。
    僕の運命に黒崎を巻き込むわけにはいかない。確かに「もう…トモダチだ」と彼は言ったけど。

「ヘ? ――うっ…うわぁっ!! く、黒崎!!」
 急に腕が上空へと引っ張られた。驚いて横を見ると黒崎の姿はなかった。風が頭上から吹き下ろされ、黒い翼が羽ばたいているのだと知った。舞い散る羽。軽々と僕の体は黒崎の腕に掴まれて、空へと上昇していく。
「ちょっと重いな…。未刀、腕痛いだろ?」
「だ、大丈夫とは言えない――」
 片腕だけで体重を支えるのは至難の技。だらりと下がった腕が伸びて、肩骨に食い込んでくる。
「俺も人を抱えて飛ぶことなんてないからなぁ…しゃあねぇ」
「わっ! は、離すな!」
 いきなり腕を引っ張られ、闇に埋没していく空へと放り投げられた。重力に従って落下する体。と、背後から両腕が伸びて、僕の両脇を抱え上げた。落下は止まり、風が僕の横を過ぎ去っていく。
「これなら大丈夫だろ? ちょっと遠出になるからな。未刀に見せたいものがあるんだ……」
 そう言って、僕を抱えたまま黒崎は飛び続けた。闇が更に濃くなっている辺り、月だけが道標。街の灯がまるで文様のように煌いて見える。それも次第に遠ざかり、黒い帯のような山々が連なる。その黒い絨毯がふいに朧げな白さを放った。

 ――雪?
    雪が積もっているんだろうか?

 そして、再び踏みしめる大地。
「雪じゃない! ここは、花畑なのか!? ……そ、それにしてもなんて広さなんだ。それに――」
「今は冬。だろ?」
 僕の頷きを視線で返し、黒崎は色めく眼差しを遠方へと向けた。巨大な菩提樹。その頂上に近い枝の上に立ち、僕もまた眼下を眺めた。
 月明かりに幻想的に浮かび上がる白い館。季節感を無視して咲き誇る花々。流れてくる風にすら、甘い香りを乗せ僕の鼻腔をくすぐっている。美しい光景。現実に存在することが不思議なくらい、暖かな情景。
「俺と対極に位置する場所だ。『生』の気を孕んだここは、俺の『死』すら遠ざける……」
「あそこに、誰が住んでいるんだ?」
 聞かずにはいられなかった。黒崎の心苦しそうな表情の中にある確かな喜悦のこもった瞳は、花にむせぶ館を見詰めていた。離すことなく、彼は僕の問いに答えた。
「…姫……さ。俺が守りたいと願うただひとりの姫さんが住んでいる――いや、囚われている場所……」
「黒…崎――」
 一瞬、苦笑して彼がこちらを向いた。もう淋しげな表情は消し飛び、僕を笑顔で覗き込んでくる。
「もちろん、お前もな。――まぁ、未刀が本気になれば、俺が守らなくたって大丈夫なんだろうけど。……危うい奴だからな、お前」
「僕はあんたに迷惑かけてまで、自分を…」
 黒崎は僕の言葉を手で制した。
「未刀の家のことや能力のことは確かに俺は何も知らない。――けど、お前はもう「友達」だから…。この世界にはまだお前の知らないことがいっぱいあるのに、それを知らないで自分を殺してしまおうなんて勿体ないだろ?」

 ――友達。
    それは、どんなものなんだ……。
    湧き上がってくるこの気持ちは?

 親しく思ってくれるのを感じれば感じるほど、言わねばならないことがある。言葉にすることで彼の僕への優しさを失ってしまうかもしれない危険を孕んだモノ。胸が痛む。言うのが恐い。得てしまったからこそ、失うのが恐ろしいのだ。
 だったら、知らなければよかった。暖かさなど…けれど、引き返せない。手を取ったのは僕自身なのだから。
「……僕は、友人になれたかもしれない人を殺した…自分の中に封印……したんだ」
 押し寄せる沈黙の波。
 断罪される時が来たのだ。「それでも友人でいて欲しい…」続けたい言葉は、僕の中だけで巡っている。口に出すことが出来ない。目線を合わせることも出来ず、僕は踏みしめている枝を見詰めた。
「俺は構わないぜ」
「!! ……黒崎、僕はあんたもいつか――」
「もうしないって誓ったんだろ? あの時の涙はそのためだったんだろ?」
 黒崎は僕の肩をポンポンと叩き、左右色の違う目を細め笑顔をつくった。
「未刀を見てると自分が見えるんだ。……心の底で求めながらも、幸せなんてものは自分には無縁だと言い聞かせていた頃のな。だから、お前のこと、放っておけなかったのかもしれない」
「僕はここにいてもいいのか?」
「いいに決まってるさ。言っただろ? 関わったのも全部俺の意志なんだから」
「そう…か」

 安堵。希望。暖かくなる心。
 すべてが花びらにのって空に舞う。

 花色の靄が覆う屋敷の方をふたり。並んで見詰めながら、僕は涙が零れそうになるのを堪えていた。いつでも、黒崎の言葉は僕の一番求めている場所を探り当てる。
 彼もまた、幸せを求め続けていた。同じ気持ちの上に成り立つ、同等の視線。全部話そう、僕に起こったことも。これから起こるかもしれないことも。
「……でさ、俺のことは黒崎…じゃなくて、狼って呼べよ。俺だって未刀って呼んでるんだから、水臭いだろ?」
「分かった……あ、ええと…狼。これからどうするんだ?」
「ま、もう少し見ていかないか? ここは寒くないだろ? 俺はまだ見ていたいんだ……」
 狼はそう言うと、最初にここに来た時に見せた哀愁を匂わせる顔をして苦笑した。
「いいよ。僕も見ていたい――命を寿ぐこの風景を……」
「ああ…生きてるものの証みたいな風景だもんな」
 一陣の風が強く吹いて、無数の花びらを散らしていく。その様は、まるで空に煌く星。

「願い事したら、叶いそうだな……」

 狼が小さく呟いたのを僕は何も言わずに聞いていた。
 目を閉じる。
 願いは?

 僕は叶って欲しいと思った。狼の願いが。
 僕の願いのひとつは今、叶ったばかりだから。


□END□ 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1614 / 黒崎・狼 (くろさき・らん)) / 男 / 16 / 流浪の少年(『逸品堂』の居候)

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信                   ■
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 大変遅くなり申し訳ありません。ライターの杜野天音です。
 未刀視点にしましたがよかったでしょうか? プレイングを読んで狼くんの内心も書いてみたい〜と思ったんですが、休日編でしか未刀の一人称はないので、こちらにしてみました。
 会話文の中でうまく表現できているならいいのですが、色々と心配です。(…最近失敗続きなので)
 休日編を終えると一気に親しくなります。は〜よかった。狼くんの想い人はもしや…どういった展開にすべきなのか、考えてしまいますね。
 とにも、かくにも、如何でしたでしょうか?

 今回もまたご参加ありがとうございました。これからもヘタレな未刀を宜しくお願いします(*^-^*)