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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


龍の縛鎖 【最終回/全4回】

●プロローグ

 生まれた家は他のひととは違っていて それが特別なんだと思っていた。
 でも、それは全然特別でなくて。
 本当の大切さを目の前で失おうとして、始めて私は知った。


 龍使いの巫女、天羽八雲(あもう・やくも)は機械仕掛けで動く巨大な白銀龍『D−オメガ』の頭部を目指す。
 機械の龍の中心ユニットとして額部分に組み込まれた双子の姉、天羽和泉(あもう・いずみ)が囚われている。

 天馬に騎乗した神秘めいた少女―― 咎狩 殺(とがり・あや) は舞い降りた。

「さぁ、紅い龍がどんなものを見せてくれるか楽しみだわ‥‥くすくす」
 骸骨を模った殺の人形・蝕は解き放たれた獣のように次々と近づく敵の魔術師を薙ぎ払う。凄まじい戦いを背にして、殺は和泉の前に立った。
 彫像のように和泉は反応しない。
「天羽和泉‥‥あなたは今、何を考えているの? 悲しい? 悔しい? それとも何も考えていないのかしら?」
 動かない。
 静止した和泉の頬に手を差し伸べると、静かに触れる。
「あなたのことはちょっと気に入ってるの‥‥答えるなら、あなたが望むようにしてあげるわ」
 これが、囚われているという状態か。怒りという感情を知らない殺には、ただそれが綺麗なものに見えた。和泉の何も映さない金色の瞳。無機質な瞳から頬にかけて透明な雫が流れ落ちている。
「‥‥泣いているの? あなた」
 頬に手を添えていた殺は、そっと舌で零れ落ちる涙を掬うと、妖艶な微笑を浮かべる。
「くすくす、生きてはいるのね‥‥意識はあるのかしら」
 ‥‥ころ、して‥‥くださ、‥‥
 声が聴こえた。
 いや、声ともいえないような、かすかな音。無機質な空気の振動。和泉の唇が、小さく、震えるように動いている。
「あの子、来てしまったら――出会ってしまったら、八雲が、こんどは‥‥とりこまれて‥‥しまうから‥‥龍が、青色をしって、しまうから‥‥」


 もうすぐ、別れていた龍の巫女たちが出逢う――。


●終わりなき死闘

 ――――始まろうとしているのは、東京タワーに巻きついた紅い龍を巡る最後の戦い。
 ――――始まった瞬間に、全てが終わってしまう無意味な戦い。

 紅い龍と天羽八雲の身柄を機械仕掛けの魔術師たちが狙う。
 彼らを指揮するネオ・ソサエティ四大魔術師の一人、五大元素の魔術師―― 歌美咲 霊樹(かみさき・れいじゅ)は、百八十五層に及ぶ超純度の魔力結界を持つ魔龍、いくつもの魔力兵装を完備した殺戮兵器―――― 機械の龍『D−オメガ』と同化し、最後の戦いに立ちはだかる。
 剣の女神の巫女、鶴来 理沙(つるぎ・りさ)が魔法の絨毯で夜空を疾走していると、真横にただならぬ気配を感じて‥‥ふと視線をむけた。
「わきゃあっ!?」
 馬鹿でかい大量目玉芋虫みたいな生物が何故か空中にいた。
 いたっていうか、なんですかこれ‥‥こんな最低グロいイキモノありえない。
 とにかくその甲殻類の背中に乗っているは 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) だった。また時雨に関する謎が一つ増えたって感じだがそれは気にしないことにする。
「そ、そんな乗り物(?)どこで拾ってきたんですか、時雨さん!?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん‥‥‥なんとなく、そこら辺‥‥‥‥」
 なんとなくでそんな生物がそこら辺にいたら恐いですよ心底。
 キシャ−! とかって偶に鳴いてるし。空を地上と同じみたいに異常に多い足でガサガサ音を立てつつ走ってるし。うわ、イキモノさんこっちみないでください! 私なんておいしくないです!
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥さあ、紅い龍の元へ‥‥」
 と時雨が紅い龍を指差した。が、全く明後日の方角へキシャー! と飛び去っていく謎生物。
「おまけにコントロールできてないしっ! ていうか制御不能!?」
 最終決戦ののっけからこんな調子で大丈夫かなぁ、と心配になる理沙であった。

                              ○

 いまや東京タワーに巻きつく赤い龍を中心に、戦いは終局を迎えている。
 八雲を警備していた能力者たち、謎の悪魔の大群、そして機械仕掛けの魔術師たちと彼らの手による人造の龍『D−オメガ』による乱戦状態が混迷を深めていく。
 夜色に染まった空を人造の魔術光が飛び交い、能力者たちが飛翔して、白銀の龍が巨躯をゆらし、そして悪魔の軍団が跋扈している――――
「そんなに慌てて食べてはいけません。おだやかに事を運びなさい‥‥(僕の邪魔をしない限り、本能と衝動の赴くまま暴れるがいい、我がしもべたちよ!)」
 悪魔の大群を操る悪魔憑き―― 神無月 慎(かんなづき・しん) は非道な命令を彼の召喚した悪魔軍団に下した。
 もはや彼にとって敵味方はなく、ただ殺戮と破壊があるのみ。
「ああ、物足りない‥‥これだけの破壊では、少しも僕は満たされやしない‥‥」
 慎の狂気は肉体を強くし、魔力を増幅させる。それは憑依した悪魔たちすら驚き、歓喜させるほどの力を引き出していく。
 腕の一振りで膨大な魔力の嵐を放ち、飛行補助具で空を飛ぶ魔術師たちを屠っていく。しかし全然満たされない。

 ――――これでは駄目だ。
 ――――全くもって微塵の欠片も話にならない。

 圧倒的な飢えでさらに心は乾かし狂気を呼ぶ。

 ゾブ、ゴリ、グシャ、ゴキ、バギ‥‥ 破壊。 惨殺。 略奪。 絶望。 強欲。 圧壊。 鮮血。 暴力。 混沌。 貪欲。 解放。 凄惨。

 もはや、慎の戦い方も人のソレではなくまさに獣――悪魔と形容するに相応しい残虐な戦い方へと変容を見せ始めていた。

 それでもなお彼の顔は普段と同じ貌(かお)。
 ――――違うとすれば、その瞳に狂気の光を宿していることくらい――――。
「やはりそういう事か‥‥‥俺が諭すまでも無く、あんたは正しく‥‥‥」
 シャドウランナー、 安宅 莞爾(あたか・かんじ) はケルベロス所属の戦闘ヘリから戦況を見守った。
 ――――シャドウランナーとは、政府に代わり政治を牛耳る巨大企業が自分の手を汚さない為に雇う影の仕事のスペシャリスト達の総称である。『紅い牙』の通称を持ち、元企業工作員にして凄腕シャドウランナーである彼はミッションを完遂するべく、戦闘ヘリから飛び立った。
 空中に身を躍らせた莞爾が黒い羽根を広げると宙を舞った。いや、それは羽根ではない――外套だ。
 外套を変化させる事で、莞爾は慣性の 法則を無視した高機動飛行を行い、魔術師、悪魔、能力者の入り乱れる戦場を無駄なく突き進んでいく。
「槻椰が動き出したか‥‥‥ならばこちらも動かなければ仕方が無いな」
 莞爾は東京タワー上空に出現した謎の空間の亀裂を見上げた。
 ひび割れた空のむこう側では、暴風雨に襲われ壊滅的な打撃を受けた東京の街並みが広がり、そこではこちら側とは別の青い龍を中心とした戦いが繰り広げられていた。その中に、非合法異門機関「待宵」総司令官である藤原 槻椰の操縦する戦闘ヘリの姿を認めたのだ。
 シュバッ。突然、乾いた音が大気を灼く。
 青い光が莞爾の視界を覆った。
 立ちふさがった魔術師が前面に青色レーザー光による魔術陣を空中に描き、攻撃体勢に入ったのだ。
「邪魔だ。消えろ‥‥」
 愛銃のアレス・プレデターを抜くと、莞爾の火線が立ちふさがる敵を撃ち落とした。


 特設ステージを備えた巨大飛行船の屋根に立っていると、夜気を切り裂く肌が冷たく感じた。
「本当に、ここから飛ぶの‥‥?」
 光の海のように広がる遥か地上を恐る恐る覗き込むように訊ねる天羽八雲の質問は当然だ。いくら空飛ぶアイテムがあるからと言っても、一応一般人だった八雲にしてみれば、パラシュートなしに闇の空にスカイダイビングするようなものだ。
 子犬のように不安な瞳をむける八雲に 火宮 ケンジ(ひのみや・けんじ) は困りながら答えた。
「ここから飛ばないでさ、どうやってお姉さんのところに行くんだ?」
「う‥‥」
「だろ。覚悟を決めなって」
 そう言って、ケンジはひょいと八雲を抱きかかえる。
「あ、わ――――待って!」
「それじゃしっかりつかまってな、行くぞ!」
 空飛ぶ靴で夜の闇に飛び込んだ。
 浮遊感と共に空中に舞い踊り、目をつぶって八雲がケンジにしがみつく。
「(うお、やわらけぇ)」
 などと感動している自分を必死で隠しながら、ケンジは戦闘の中を大気を蹴って走り抜けた。
 飛行船から白銀の龍までは熾烈な戦闘空域。
 八雲の捕獲は魔術師たちの目的の一つでもあるので、和泉のいる場所に向かうという選択のリスクは当然予測されていた。飛び交う様々な魔力やエネルギー波を掻い潜りながら進むケンジの前に、一人の魔術師が襲いかかった。
「チッ、振り落とされないように気をつけてくれよ八雲ちゃん!!」
 魔力で飛行する魔術師はケンジの頭上から弧を描きながら、背中に装備した攻撃用マニュピレーター・アームを伸ばしてきた。ケンジは意識を集中させて、炎を常に纏う細身の剣を出現させる。
 ギンッ! アームの攻撃を防いで、身をひるがえす。
 だが、続いて繰り出されるマニュピレーターの攻撃は、4本ある機械の腕で可変動関節による複雑な動きをみせて、対するケンジは八雲を抱えている不安定な体勢で片手の応戦を余儀なくされた。
 ジュッ。大気を切り裂く乾燥した音。
 小さな悲鳴があがった。
「――あッ!」
 ケンジの背後から新たな魔術師がに現れ、その肩から放った魔導力レーザー光線が八雲の肩をかすめたのだ。
「てめえ――やりやがったな、畜生ッ!」
 身体を反転させたケンジは、剣の炎でレーザー光線を防御する。前後から挟み撃ちされるという絶体絶命の状況。
 魔術師たちとにらみ合うケンジに、八雲は顔を上げていった。
「‥‥するから。信じてるよ、ケンジ」
 え? と聞き返す間もなく、ケンジの体から八雲の重さが消えた。
 腕を離した八雲は、一瞬、空を飛んでいるように見える。
 次の瞬間、姿をかき消して真下へ一直線に落下していく。魔術師たちの意識が八雲へとそれた。
「八雲ッ!」
 炎の刃で魔術師たちを瞬時に切り裂き、同時にケンジは最大速度で自由落下する八雲を追いかける。大気の抵抗がまるで壁のようだ。さらに加速して下に回りこむ。
 ドサ‥‥。急激なGに耐えながら体を捻り八雲の体を受け止める。
「無茶するなよ、何考えてんだ!!」
 八雲は小刻みに震えながら、無理に笑顔を作ってみせる。
「信じてたから、大丈夫‥‥それに守られて、足手まといになるだけなんて、いやだから‥‥」
 戦闘を避けながら空中を進み、ケンジと八雲は機械の龍の背中に降り立った。
「空に裂け目が出来たり龍の色が変わり始めていたり、状況が変化してきてるみたいだ‥‥」
 だが、それが何を指しているのか、ケンジには解らない。
「‥‥ま、やれる事を頑張ってみますか」
 ここから彼女の姉である和泉が囚われている頭部まではわずかな距離だ。
 ふたりの龍の巫女が出会ったとき、何が起こるのかもケンジには解らない。
「私にとって、姉さんは自分を映す鏡だった。余りにもそっくりだから、私たちはお互いに違う姿を選んでいった‥‥」
 そっか、と相槌をうつケンジに八雲はうんと頷く。
「だから反発を覚えたりもするけれど、大切な人なんだ。‥‥だから、姉さんを助けたい――」
「ああ。俺に出来る事は多くはないかもしれないけど、最後まで八雲の力になるよ」
 ありがとう、と答えた八雲と頷きあうと、ふたりは和泉を助け出すべく走り出した。



●紅い世界が終わるとき

 赤い着物を着た少女、咎狩殺は和泉の頬をスッとなであげる。
 少女は、殺に懇願を続ける。
「‥‥だから、その前に‥‥わたしを。ころして――」
「くすっ‥‥それがあなたの願いなの? でも、それは聞けない‥‥死にたいのなら自分で死になさいな」
 彫像のよう和泉の懇願を、殺は一笑で切り捨てた。
「動けないから無理だというなら、それを可能にしてみなさい。私が見たいのはあなたが自分で滅びる様だけ‥‥」
 殺は、彼方から近づいてくる八雲とおまけのもう一人の姿を捉える。
 視線を東京タワーに向ける。八雲が近づくにつれて、龍の色は徐々に青色に染まりつつあった。龍を中心に嵐が吹き荒れ、破壊のエネルギーを撒き散らそうとしていた。
 しかし、殺はそんなことに興味はない。
「それに、私はこの状況が楽しいもの‥‥。‥‥あ、どうせ捨てる命なら、私のものになるならそこから出してあげてもいいわよ?」
 甘美で芳醇な蜜は、今この状況に置かれている龍の巫女の心の中にこそ滴り落ちている。
 和泉の流す涙を指ですくうと、声を立てずに笑う。
「‥‥わたしの、命が‥‥あなたのもの‥‥」
「そうよ‥‥さぁ、どうする?」
 和泉は許しを乞うように静かに顔をふった。拒絶ではなく、苦悶からの仕草。
「‥‥わたしは、‥‥もう、自分でじぶんを‥‥保てない‥‥」
 自分の意思を決められない。白銀の龍に取り込まれて中枢ユニットとして組み込まれた和泉には、龍と同化した霊樹の意識が流入し、さらに目覚めた紅い龍の巨大な気の力までが流れ込み、渾然一体となって、もはや彼女の自我の器では受け止めきれなくなっていた。
 機械龍の魔力と霊樹の意識と紅い龍の力という、三つの異物に自らの魂を侵蝕され続けて、ここにある体は、龍の巫女という血を利用されただけの部品――心の抜け殻に等しい存在に成り果てていた。
「‥‥機械の龍は、私を離さないでしょう‥‥女魔導師は、わたしを奪い尽くそうとして、います‥‥紅い龍は、‥‥」
 ‥‥紅い龍は‥‥わたし自身‥‥
 そう。
 自分からは誰も自由になれない。
 だから、自由にならないことを選んできた。
 自由にならないまま生を終えるだろうと予感しながら、今日まで日々を送ってきた。そして、力への恐れも知らずに、全てから自由に羽ばたいていた妹が‥‥八雲がうらやましかった‥‥。
 ‥‥八雲はわたしの、憎しみの対象で‥‥希望でもあった‥‥。
 矛盾した二律背反を描き永遠に交わることのない螺旋の龍。
 それが、双子として生れ落ちた龍の巫女の宿命だと、心に決めたのはいつの日だっただろうか。和泉は後悔にすらならない嗚咽をもらす。

「そう、‥‥だったら生まれてはじめて、あなたが己で決断なさいな。自分を滅ぼす決断を」

 殺は、最も残酷な言葉を突きつける。
 自分を抑え、自分を失おうとしてきた彼女に、自分の意思で助けを求めろと促すと、人形の『蝕』を待機させる。だが、殺は自分から助けようとしない。人の愚かさ、可笑しさを見ることを何よりの喜びとし、それを見るためなら、己の体を捧げることも厭わない。喜怒哀楽のうち、喜と楽しか持たない殺は、人形よりも人形に堕した少女の正体を誰よりも知っていたから。
 ひび割れる。
 心が壊れる鈴音。
 壊れる心。壊れる己。
 蛇の誘惑に飲み込まれる。
 ‥‥タス、ケ‥‥
 震える唇からこぼれかけた言葉。
 和泉は、自分を否定する。
 それこそが堕落した彼女の本心だから。
 自分を押し殺すことで自我を築き生きてきた自分を、自分で殺さなければならない。生まれてからずっと、自分自身を一番否定したがっていたのは自分の心だから。

 そんなことは昔から誰よりも知っていた。

 だから、自分を騙せるくらいに心の底に押し込めた。

 空に羽ばたくことを夢見た自分を。

「‥‥わたし、を‥‥助けてくだ、さい‥‥」
 和泉は苦しげに涙を零す。歓喜の笑みを満面に浮かべて、殺は和泉を助け出すよう『蝕』を操る。
 白銀の壁が砕かれ、和泉の体が崩れ落ちた。
 助け出された少女は、生まれたばかりの小鳥のように、体を震わせながら鳴いていた。紅い龍の色がさらに青く染まっていく。
 そう。自由を求めていたのは、八雲でもなく、他ならぬ自分自身のこころ。
 肩を抱いて泣き崩れる和泉の姿を、殺は指を唇に当てていとおしげに見つめた。
「さて、この先どうなるのかしら‥‥? なんにしても楽しくなりそうね‥‥」

                              ○

 安宅莞爾が外套から波状ビームを何十発も放って龍の装甲を貫徹する。
 魔術と科学の融合による超科学の結界と装甲で守られた人造の龍にダメージを与えたのだ。
「龍が変調を来たしたか――」
 魔力障壁が弱まったのか何らかのトラブルが発生したのかは不明だが、明らかに機械の龍の防御力は明らかに低下している。莞爾の察したように、機械の龍は中枢制御ユニットの一つであるメインコアの和泉を失うという異常に見舞われていたのだ。
 龍からの砲撃を避けて軽やかに夜空を舞いながら莞爾は呟く。
「また戦局が変わるな。さて、如何に動くか見せてもらおう‥‥」
 機械龍と同化していた女魔術師・歌美咲霊樹は、胸をかきむしりながら苦痛に耐える。
「‥‥ユニットC5383を消失――ぐッ、エラーのようですわ、ね――代替回路用意。+320の調整値でモジュール起動。サーチ。エラー。修復。エラー。わたくしの融合回路で制御系等を補填します。ソウルコネクト。オープン。承認。コードロック。承認‥‥」
 龍の体躯が激しい振動を起こした後、霊樹は深い息を吐いた。
 同時に龍の眼が輝き、機械の巨龍は再起動した。
「うふふ‥‥実験作動通りですわね‥‥。わたくしへの負荷は想定範囲の誤差内ですし、過剰負荷ではありますがその分機体の制御性は上昇していますから、これが現状においての最適設定でしょう」
 ならばなんら問題はありません。
 龍の中央に立った霊樹は身を沈め、その中心部制御核に収まる。無数の回線と接続して龍の魂そのものと化す。
 コアと化した霊樹は自身の周囲に多重の隔壁を展開して防御を固めた。
 感覚が拡大する。龍に内蔵された各種センサーにより検知される膨大な情報量の全てが霊樹の体内に流れ込む。まるで世界と一体化したような恍惚感に霊樹は心から高笑いをあげた。
「おーっほっほっほ!!! 無様な姿を晒してわたくしに殺されなさい能力者たち!! 全身を焼かれ消し炭のまま灰と化し、この空の塵とおなりなさい!! 地獄で絶望に身を苛まれながら永劫に後悔なさるがいいわ!!!」
 瞬間、龍の装甲の表面が液体のように波打った。
 金属が流動して白銀の人型をなし、装甲の表面に出現した霊樹を思わせる何体もの人間はいくつものその手から強大な魔力波を放った。人型砲塔である。
 無尽蔵に近い永久機関からエネルギーの補給を受けて強力な魔術の攻撃を放つ砲塔が接近する能力者たちを狙い撃った。無数の人間砲塔から、自動照準で射出される魔力の攻撃が豪雨のように注がれる。
「わきゃきゃきゃっ!?」
 逃げるように魔法の絨毯で回避する理沙だが、魔力波のいくつかを受けてしまった。穴が開いた火がついた絨毯は炎上を始め飛行の魔力も失っていく。
「いやー!! 落ちちゃいますー!!」
 ガシッ。
 落ちかけた理沙が助けられる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥理沙、大丈夫‥‥?」
 時雨が心配そうに訊ねた。
 理沙を助けてくれたのは、彼が乗る謎生物の口からグネグネグネグネと伸びた数本の触手‥‥。
 夜霧を切り裂く悲鳴。
「これはこれでなんかいやあーーー!!!!!」
 しかも触手で絡めとられた理沙はなんかブンブン振り回されたり楽しそうに弄ばれてる。不幸中の幸いといおうか、理沙を誘導するエサとすることで、これまでコントロールの制御不能だった謎の空中甲殻類を操縦することにも成功したのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥ナイス、理沙‥‥これで、反撃‥‥できるよ‥‥」
「うえ〜んっ!!!! 私はお馬さんのニンジンじゃないですもんー!!!!!!」


 神無月慎は、呆れたように肩をすぼませると、大きく翼を羽ばたかせた。
「おやおや、大勢でお出迎えとは嬉しい限りですね‥‥(この僕を相手に代替物とは何様のつもりだ、クソ女魔術師が! 貴様はこの我が手で直々に砕き破壊し鮮血を撒き散らせて蹂躙し尽くしてやると制約しよう――――!!)」
 急降下すると人型砲台のひとつに爪を振るう。
 が、金属の魔術師は腕をあげると、手の平から魔力を放出させ、慎の強力無比な一撃を受け止めてしまった。
 ただの魔力障壁ではない。周囲の人型砲台から共鳴するように波紋状にエネルギー供給を受けて、いくつもの波紋が重なるように強化された力を手の一点という中心に集約させることで発生させた多重凝縮型の魔力バリアである。
 まるで人間のように多種の魔力攻撃を自動で発するだけでなく、無数に生えた人型砲台は強力な防御力まで備えているのだ。
「は‥‥‥‥‥‥‥‥‥あはははははは!!!!! 面白い! 面白すぎますよ人間――貴様等ッ!!!」
 狂気とも狂喜ともつかない高笑いで咆哮をあげると、慎は振り下ろした爪に膨大な魔力を集中させ、目をカッと見開いたかと思うと瞬間――――紙のようにやすやすと魔力バリアを突き破り白銀の人型砲台を破壊した。
「――――単純に言っても、百八十五層という魔力結界、さらに伝説のレニウム魔鉱石と神鉄鉱ミスリルを配合させたという複合物質によるスーパー・ミスリルの装甲‥‥その上この攻防一体の移動型人間砲塔だ。だが、チャンスはある‥‥」
 戦況を見守っていた莞爾は、戦況を見渡しながら冷静に分析する。
 結果、1人の能力者に着目した。
 五降臨時雨、彼の戦闘行動に。
「常識を超えたような攻撃がどこかで行われれば、敵の防御システムも必ずどこかに異常をきたす。そこに致命的な隙を見出せるはずだ」

 時雨が空飛ぶ謎甲殻生物の背から二刀を抜いた。

 腰を落として龍を見すえると、力を溜めるように剣を構える。
 それはまるで、ギリギリまで溜め込んだエネルギーを極限の一点に集中させることで強力な爆発力を得ようとデモするような緊張感が遠目から見ても伝わってきた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥歌美咲霊樹は、龍と共に‥‥‥‥倒す‥‥‥‥」
「でも、結界と装甲の防御はどうするんですかっ!?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥まあ‥‥‥そのときは、その時‥‥‥‥」
 龍と同化してるので、結界ごと装甲も貫くような一撃必殺的な技での攻撃がいい。そう、決め技は――――「風牙」。
 白銀の龍に最高のタイミングで接近した瞬間。
 溜めきった力を一瞬で爆発させた。
 問題は最初の爆発的な威力の蹴りとその後――最初の蹴りでスピードを得る必要があるため、だからこそ頑丈な謎甲殻生物が最適な足場となる。


                         『 風 牙 』


 それはまるで紅い一陣の風だった。
 線を引いたように飛び立った時雨は、龍を矢のように貫いた。

「来たようだな――――好機が」
 大口径の禍々しい朱色の光を放った剣を取り出すと、莞爾は狙うべき一点を見定めるスナイパーのように龍の全身を見つめた。
「アレス・プレデターのようなちゃちな代物は通用しないだろうからな」
 タン、と大気を蹴って跳躍する。
 龍の真上にあがり、直上から攻撃を避けながら自由落下に任せて剣を振り下ろす。

「黙ってやらせる訳にはいかん‥‥‥レーヴァテイン」

 龍の装甲を串刺しにした。
 爆発音が響いた。
 二重の巨大な攻撃で致命的なダメージを負った機械仕掛けの魔龍は、全身のあちこちから火を吹く。
 吹き上がる炎の中、殺は両手をついて座り込んだまま動かない和泉に声をかけた。
「顔をあげたら? 面白いものが見えるわよ‥‥クスクス‥‥あなたが待っていたものはあれでしょう‥‥」
 炎のむこう側から、ケンジに連れられた八雲の姿が少しずつ、少しずつこちらへと近づいてくる。
 耳をつんざくような爆発による轟音。
 制御を失い白銀の龍は徐々に下降を始める。
 殺は、『蝕』と彼女の召喚した巨大な破壊人形のデウスエクスマキナに指示を下す。
「邪魔なやつらは‥‥あなたたちが好きにしていいわよ。私はこっちの龍と彼女たちが気になるから‥‥」
「わお、本物の和泉さんだ♪」
 妙に場違いで能天気な声。肩で息をしながら、ケンジと八雲が辿り着いたのだ。
「‥‥じゃなくて! そうだ、とりあえずここは危ないってよ。感動の対面もいいけど、今はとりあえず脱出しないと、あ、そんでもって後でシャツにサインを‥‥」
 八雲のパンチが見事に決まった。
「いいからおちついて」
「クス‥‥そうね、彼のいう通りだわ‥‥」
 和泉を連れて天馬に乗ると、殺は空高く飛翔した。
 むかう先は紅い龍の居る場所。その後を空飛ぶ靴で八雲を連れながらケンジが追いかけてくる。
 東京タワーに巻きついた紅い龍を背景に、ようやく出会った2人は言葉を交わさず、ただお互いを見つめあうだけ。まるで合わせ鏡のような2人。
「姉さん‥‥私、言いたいことがあるわ」
 応じるように和泉がうなずくと、手を伸ばした八雲に応えた。まるで自分の鏡像に手を伸ばすように手を触れあわせる。2人にはそれで十分だった。
 手が触れた瞬間、ふと八雲は思い出す。

 いつも光で満ちていた。
 生まれた家は他のひととは違っていて それが特別なんだと思っていて、でも、それは全然特別でなくて。日常はそれだけで無意味な当たり前だと思っていた。
 単にちがうというだけのどこの誰もが持っている、大切な当たり前。本当の意味でそれの大切さをわかっていなかったのだ――と思う。
 本当の大切さを目の前で失おうとして、始めて私は知った。


                             ●

 歌美咲霊樹は壊れゆく龍の胎内で感知していた。
 二重に捻じれた龍による次元律の撹乱が、収束し、安定し、調律されていく。死んでいくメーターや感知システムの中で、それは美しい旋律のように思えた。
 ガギッ、ガギギギギッ
 美しいメロディーを邪魔するように無粋な破壊の音がノイズとして紛れ込んできた。
「くくくく‥‥こんなところに隠れていましたか、歌美咲霊樹‥‥」
 悪魔のような笑みを浮かべて『ソレ』はいた。
 いや、『ソレ』はまごうことなき悪魔そのもの。
 自分をシールドしている金属外壁を素手でこじ開けて、神無月慎は彼女の前に立った。
 彼の目的はシンプルだ。敵を蹂躙し、食い散らかしつつ状況なぞ関係なく――
 霊樹を狙い、殺し、喰らう。
 ほかの事はどうでもいい。
 霊樹は『D‐オメガ』との精神リンクの影響か思考が明瞭ではなく、彼女にこれから起こることを考えると、それは幸いだったのかもしれない。
「わざわざこの僕が直接決着をつけに来て差しあげたのですよ。もう少し喜んで欲しいものですね(そんなこともう関係なくなりますけどね――くくく)」
 霊樹は全てを感知する。慎の思考も、これからの事態も、食べられる自分も、融合するように小さな身体に吸収されていく白銀の龍も‥‥。全てデータとして、感知する。
 そして決着前に喰らい尽くしたあと、こらえきれなくなったのか悪魔は空を仰ぎゲラゲラと大声で笑った。

 追記。東京上空での戦闘全てが終わる前に悪魔は姿を消した。



●ある晴れた空に

 翌日、何事もなかったように平和な東京の朝があけた。
 拍子抜けするくらいに穏やかな光景に、理沙は安堵よりも脱力を覚えたほどだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうしたの、理沙?」
「はあ、いつもとんでもない事件ばかりだとは思うんですけど、今回はかくべつにトンデモなかったというか‥‥溜息しかでないです」
 龍を貫いたあとの時雨は、どうにか追いついた謎生物で拾い上げることに無事成功したのだ(見た目からは想像もできない速さも持っていたようだ‥‥まあ、時雨さんは地上に落ちてても死にそうにないけど。なんてことは口が裂けても理沙は言わない)
 残った能力者は戦闘の後始末を行った。事後工作には莞爾たち社会を組織的に守っている能力者たちの力が大きかったが。
 とはいえ、そこには後始末をする必要があるほど戦いの痕跡は残ってはいなかったわけで。
 街への被害にも。人々の記憶にも。事象的な歪みにも――――。


「ああ、そうだ。世界自称に関わる出来事だからな。調査部のほうで引き続きよろしく頼む」
 ピッ。
 携帯を切ると莞爾は何事もなかったように青い空を見上げた。
 事後工作よりも、むしろ痕跡がなくなったことに対する調査の方が大きいのかもしれない。破壊された人造の龍も、地上に落下して大災害をもたらすこともなく欠けらの一つすら見つけられなかった。
 この件に関しては、落下時に龍が悪魔に喰われたという目撃報告も入ってはいるが事の真相は定かではない。
「うわ〜、うわぁ〜〜〜〜‥‥天羽姉妹のサインだよ! サイン!」
 大学生、火宮ケンジの手元には天羽姉妹のサイン入りTシャツと親密なファンという天羽八雲との関係が残った。(こころなしかTシャツのサインは、八雲の字のほうが大きめに書かれているような気がしないでもない)
「しかも解散後のペアのサインなんて世界にひとつって‥‥これ、幾らの値がつくんだよ」
 殺は、また東京の闇へと戻っていった。
「はぁ‥‥」
「どうしたの、姉さん。溜息なんてついて」
「あ、ううん。なんでもないわ」
 心配そうな八雲に顔をふって笑顔を見せた。
 だが、天羽和泉は、助けを願うときに人形のように紅い少女と交わした約束が、心のどこかに引っかかり続けている‥‥。













          どうせ捨てる命なら、

                ワタシノモノ になるなら そこから出してあげてもいいわよ


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 ――――その朝、太陽は眩しかった。
 地上でいつもの姿に戻った神無月慎は、メガネをなおし、ゆっくりと彼の日常へ――と戻る。
 また、これまでとなんら変わらない日々が繰り返される。


 日常へ――                       彼の生贄たちの飼育場へと。




 ‥‥ここからはまた別の物語がはじまる‥‥。






【 [The chain of Closed Dragons] The end of Separated-Wrold 】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1564/五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)/男性/25歳/殺し屋(?)】
【3278/咎狩 殺(とがり・あや)/女性/752歳/人形繰り】
【3340/神無月 慎(かんなづき・しん)/男性/17歳/高校生:風紀委員長】
【3462/火宮 ケンジ(ひのみや・けんじ)/男性/20歳/大学生】
【3893/安宅 莞爾(あたか・かんじ)/男性 /18歳/シャドウランナー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 ええと、作成が遅くなりました‥‥大変申しわけございません‥‥。
 どうにかここまでやって来た最終回ですが、予定とは色々違った面も出てきました。ただ大よそ予定していたストーリーラインは外れていないので、どうしてこんなに書けなかったんだろう今回‥‥と反省と共に不思議に思えることしきりで、龍の呪いかなぁなどと不吉な考えが頭をよぎりまくったり。そういえばトラブルも立て続けだったし‥‥。
 ともかく反省することばかりな全4回、ご参加頂きました皆様には本当に申し訳ありませんでした。そして、最後までお付き合いいただけたことに謝意を。今回のストーリーで少しでも何かを感じていただけたら幸いです。ありがとうございました。

 それでは、あなたに剣と翼と龍の導きがあらんことを祈りつつ。