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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『 彷徨う鎧武者 』


「はじめまして。草間探偵事務所所長の草間武彦です」
 草間はソファーに座ると、依頼者に手短な自己紹介をした。
「どうも。私は北条家の執事である立川健吾です。実は今日は折り入って頼みがありまして、参りました」
 立川の重い声に草間はソファーに座りなおして、腿の上で両手を組んだ。
「どのような依頼でも」
「はい。実はあなたに説いてもらいたい怪事件があるのです」
「怪事件?」
 草間は眉間に皺を刻み、それを意にも介さずに立川は口を開いた。
「北条家は名高い剣法家の家柄でして、これまでにも幾人もの有能な剣士を輩出してきました。その開祖である北条彰人は関ヶ原の合戦において農民の出でありながらも、自らが編み出した北条流剣法で百人斬りの偉業を成し遂げ、その百人目たる名のある武将の首を持って彼は農民から武家となりました。しかし彰人がそれで己が強さに満足する事はなく、彼は家督のすべてを自分の弟に譲り、剣を極める旅へと出たのです。その後の彼の消息はわからず、ただ言い伝えでは彰人は旅の途中で肺の病にかかって死んだと。それが北条家の歴史です」
 立川はお茶を飲み干すと、大きく息を吐き、そして続けた。
「そして時は現代へと移り変わります。北条家には、北条亜紀というお嬢様がいたのですが、しかし彼女は女だてらに剣の才に恵まれ、数週間前に当主様をお倒しになられました。ですがその頃から北条家に不可思議な事が起きはじめたのです。北条流剣法開祖である北条彰人の鎧が夜な夜な動き始めたのです。何故、今になって北条彰人の鎧が動き出したのか? それを解明してくださいませんか?」



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


「I'going over to an outing! じゃあね、ママ」
「はいはい、行ってらっしゃい。あまりはしゃぎすぎないのよ」
 アレシアは、今日の学校は秋の遠足なのでものすごく機嫌のいい娘に微笑ましげな笑みを浮かべながら玄関の外まで、娘をお見送りする。
 そしてスッキプを踏みながら学校に向っていく娘を背が見えなくなるまで見届けると、もう一度微苦笑を浮かべながら、溜息を吐いた。
「まあ、遠足は嬉しいものね」
 アレシアは笑いながら髪を耳の後ろに流すと、家の中に入った。そしてキッチンへと向う。テーブルの上には娘のリクエストで作ったお弁当のおかずの品々がキッチンペーパーが敷かれたお皿の上に乗っていて、それはいささか余り物、と言うには数が多すぎるように思えた。
 しかしアレシアの金糸のような豊かな髪に縁取られた顔には困ったような表情は浮かんではおらず、彼女は背伸びして棚の上から風呂敷に包まれた重箱を取り出した。
 そして風呂敷を解いて、重箱をさらっと洗うと、それをふきんで拭いて、その重箱におかずを並べていく。
 アレシア・カーツウェル。夫の仕事の関係で日本に住むアメリカ人で、専業主婦。料理が趣味で、家庭的な人。だからテーブルの上のお弁当のおかずの品々もとても美味しそうだ。
 アメリカの家庭料理や日本の家庭料理などが並んでいる。
 ツナサンドイッチにエッグサンドイッチ。野菜サンドイッチ。それと梅干のおにぎりに、ツナおにぎり、おかかのおにぎり。からあげ、一口ハンバーグにミートボール。卵焼き、シャケの切り身、エビフライ、ちくわの天ぷら。スパゲティーサラダ。それとレタス、ミニトマト、きゅうり。梨。その他いっぱい。それらを娘はそれぞれお弁当箱に詰めて持っていった。
 娘にそうリクエストされた時はびっくりとしてしまったが、『うん、ママの美味しいお料理を、ミーのfriendにも食べさせたいあげたいのよ♪』と、娘はとても嬉しそうな笑みを浮かべながら言うのだから、アレシアとしてはもう何も言えなくって、そうリクエストする娘に苦笑を浮かべながら顔を頷かせたのだ。
 それでまあ、それならば普段から気になっていた事もこの際に済ましてしまおうという事で、それでアレシアは早起きして大量のお弁当を作った。
 その気になっていた、というのは…
 ピンポーン。
 ―――インターホンの音。
 そして続けて、がちゃりとドアが開く。開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは、草間零だ。
「あ、こんにちは、アレシアさん」
「こんにちは、零さん。いつも娘がお世話になっております」
「いえいえ、そんな。それよりも、わぁー、なんか美味しそうな匂いですね」
 胸の前でかわいらしく両手を合わせた零にアレシアもにこりと微笑む。
「ええ、お弁当を持ってきたんです。ちょうど、今日は娘の小学校が秋遠足で、そのお弁当のおかずを少し余分に作っておいたので、持ってきたの。いつも娘がお世話になっておりますって。だからよかったら、皆さんで食べてくださいな」
 ほやっとした微笑を浮かべながらアレシアが言い、零は嬉しそうにお弁当を受け取ると、アレシアを誘った。
「アレシアさんもどうですか? ご一緒にお昼ご飯。まだ食べられていないのでしょう? でしたら、是非に」
「うーん、そうね。なら、お言葉に甘えようかしら」
「はい」
 そしてアレシアが零に案内されて中に入ると、そこには草間武彦と、それと妖精がいた。
「でし!」
 にへらぁーと笑いながらその妖精はしゅたぁっと手をあげる。
「こんにちは」
 アレシアはにこりと笑いながら、その妖精にも頭を下げた。
「こんにちでし♪」
「かわいい妖精さんね。あなたはお花の妖精さん?」
「はいでし。スノードロップの花の妖精でし♪」
「そう、スノードロップの花の妖精さんなの。スノードロップの花の花言葉は希望だったわよね?」
「はいでし」
 顔をくしゃっとさせて頷くスノードロップを見ながらアレシアはにこにこと笑う。
 そしてテーブルの上にアレシアが持ってきたお弁当が並べられ出した。
「これは美味そうだな」
 草間はにこりと笑いながら、おにぎり一個を手に取り、口に頬張った。とても美味そうな表情を浮かべる。
 零やスノードロップもとても美味しそうにお弁当を食べていて、
 それをアレシアはとても嬉しそうに眺めながら、自分もサンドイッチを口にした。
 そしてあれだけあったお弁当もあっという間に無くなり、それにもアレシアはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「すごい美味しかったでし、アレシアさん」
 にこりと笑ってそう言うスノードロップの口の周りをアレシアはにこにこと笑いながら、手馴れた感じでティッシュで拭いてやる。その時の彼女の顔に浮かぶのはなんだかとても懐かしそうな表情であった。
「アレシアさん、はい、お茶です」
 アレシアの前にお茶が出され、アレシアは零にお礼を言って、それを一口飲んだ。
 と、そこまではとても穏やかで和んだ空気が流れていたのだが、その空気にそぐわない言葉を小さなスノードロップの花の妖精が口にした。
「さてと、武士は食わねど高楊枝、だなんて言いますでしけど、食べないと力が出ないでし。でもアレシアさんのお弁当食べて、お腹ぽんぽんになって、パワー全開、元気満タンでしから、わたし、北条家に行って来ますでしね♪」
 などとさらりと言って、しゅたぁ、と手をあげて、どこかに飛んでいこうとした妖精の襟首を、だけど草間は苦虫をまとめて5、6匹を口にしたような苦々しげな表情を浮かべながら掴んだ。
「だから待てって。おまえには無理に決まっているだろう、スノー」
「そんな事は無いでし♪ わたしに任せてくださいでし♪♪♪」
「任せてください、って…、あのな………」
 草間はスノードロップの襟首を掴んでいない方の手で、苦々しい表情が浮かんでいる顔を覆った。
 アレシアは小首を傾げる。
 何やらほとほと困ったような草間。
 頬を膨らませて何か不服そうなスノードロップ。
 一体この二人は何を言い合っているのだろうか? アレシアはお茶を飲みながら青色の瞳をぱちぱちと瞬かせながら二人を見つめているのだが、そのアレシアを何やらやけに大きな溜息を吐いたかと思えば草間が疲れたような感じで見た。
 草間と視線を合わせて、小首を傾げるアレシアに草間は言う。
「今日はアレシアさんはどれだけ時間がありますか?」
「今日、ですか?」
 アレシアは形の良い唇に右手の人差し指をあてて、どこか遠くを見るような目をして考える。そしてちょっと心在らずのようなぽーっとした声を出す。
「今日は、ですね。娘は、いつもよりも少し遅い時間に帰ってくるはずですけど」
「でしたら、アレシアさん。すみませんがこれの、子守りを頼んでもいいですか? それと我が草間興信所に持ち込まれた事件の解決…いえ、事件の解決が本筋で、これの子守りがついでで。猫の手よりかは役に立つと想いますから。どうにも自分もこの事件に接しなければ気がすまないらしいですから」
「え? え?? え???」
 アレシアは訳がわからなくって、混乱した声を出して、
 草間に襟首を持たれているスノードロップはかわいらしくアレシアに手を向けてにへらーと微笑んだ。
「スノードロップの手でし♪ 役に立ちますでしよ♪♪♪」



 +++


「なんでこうなったのかしら?」
 草間興信所からこの北条家に来る間中、ずっと考えていた事をアレシアは口に出してみる。しかしそれは彼女にはわからなかった。
「どうしたんでしか、アレシアさん?」
 自分を見上げるスノードロップに、
「え、あ、ううん、何でも無いのよ」
 と、アレシアは慌てて微笑(苦笑)を顔に浮かべて見せた。そして「はぁ〜」吐いた溜息で金糸のような前髪をふわりと浮かせた。
「だけどスノードロップちゃんはどうして、この依頼を解決しようと想ったの?」
「それはでしね、見事に事件を推理してまるっとごりっとずいっとお見通しだ! って言いたいからでし♪ 本当は小さくなっても頭の中身は同じとか、じっちゃんの名にかけて、とかとも言いたいんでしが、でもわたしは生まれた時からこのサイズですし、それにじっちゃんもいないでしから、でしからまるっとごりっとずいっとお見通しだ! って言うんでし!!!」
 力拳握って力説するスノードロップにアレシアは目を丸くした。
「そのためにわざわざ自分から彷徨う鎧武者が出る北条家に来たの?」
「はいでし♪ あ、でも確かにまるっとごりっとずいっとお見通しだ! って言いたいんでしけど、北条家の人を助けてあげたいと想う気持ちの方が上でしよ」
 にへらーっと笑う妖精にアレシアがとても優しい表情を浮かべたのは、その妖精の愛らしさと、少年少女探偵団なるものを組織して難事件に挑む娘とが重なったからだ。娘の活動動機も人を助けてあげたいというもの。それは確かに心配ではあるが母親にとって嬉しくない訳は無い。心配すると同時に応援もしてあげたいと想う、娘を。
 ――――だからアレシアはこういう表情に弱かった。彼女が娘想いの母である分だけ。
「ふぅー、しょうがないわね。かわいい探偵さん。それでは私もスノードロップちゃんのお手伝いをしてあげるわね。アレシアの手も、猫さんの手よりも役に立つはずだから」
 アレシアは薄く形のいい唇に手を当ててくすくすと笑った。
 北条家は日本全国に多くの道場を出している剣の流派、というだけではなく、地元では素封家としても知られていた。
 実際にアレシアが今、目にしているのもとても大きな屋敷で、その敷地が広大である事は容易に想像がついた。
 アレシアはインターホンを鳴らした。
 すると、数分して、若い男がやってくる。
「どうも、立川健吾です。草間興信所の探偵さんですね」
 にこりと笑った立川だが、しかしその立川にアレシアもにこりと笑って自己紹介をした。
「いえ、私は探偵ではなく、専業主婦です」
「探偵はわたしでし♪」
 金髪美女の専業主婦と妖精の探偵、その組み合わせにしばし立川は目を丸くしていた。



 +++
 

 10月半ば、紅葉した紅葉がひらひらと落ちてくる庭を眺めながら、アレシアは温かいお茶を飲んでいた。時折、聴こえてくる猪脅しの音がまた彼女を余計に和ませる。
 アレシアとスノードロップは立川に客間に案内されていた。
 北条家は伝統的な日本家屋で、畳のいぐさの匂いや木の香りがとても心地良かった。きっと娘を連れてきていたらとても喜んだに違いない。
 ―――アレシアがくすりと笑ったのは、くるりと回転する壁や、落とし穴になっている床は無いかと調べている娘が想像できたからか。
「和むわね、スノードロップちゃん」
「そうでしね」
 美味しそうにお茶を飲みながら、ようかんを食べるアレシアとスノードロップに立川は苦笑を浮かべた。
「それで、調査はどうしますか?」
「調査? アレシアが小首を傾げる」
 立川は苦笑いが浮かんだ顔を頷かせる。
「そう、調査です。なぜに今になって北条彰人の亡霊が彷徨い出るようになったのか、その調査です」
 お茶を飲み干したアレシアはハンカチで自分が口をつけた部分を拭くと、静かに茶碗を置いて、立川を見て、頷いた。
「それはわかっていますわ。でも今回のこの事件はそうは切羽詰った状況には陥ってはいないのではないかしら?」
 ゆっくりとアレシアが口にした言葉に、立川がわずかに身を起こした。
「それは一体?」
「だってこの屋敷からは邪気は感じないのですもの。あるのは温かさと、信念、そしてほんの少しの迷いの気。だけどそれはこういう…何かを極めようとしている人たちが暮らし励む場所では当然の事でしょう? それに彰人さんの事だって、私、都合よく現れただなんて想ってはおりません」
 ぽぉーっとした雰囲気をかもしだしながら、しかし妙に確信した物の言い方をするアレシアに立川は絶句したようだった。
「それはつまり、一体?」
「だから調査するのだとすれば、それは彰人さんが何故動き出したのかではなく、誰に呼ばれたのか? かしらね」
 さらっとした金糸のような髪を揺らしながらアレシアは隣のスノードロップに小首を傾げて、にこりと微笑みながら訊く。
「そうですよね、探偵さん」
「はい、そうでし♪」
 しゅたぁ、と右手をあげてそう言ったスノードロップにアレシアはにこにこと笑いながら頷いた。



 +++


 アレシアは立川ににこりと笑いかける。
 そして立川は肩を竦めた。
「なるほど。やはり草間興信所さんにお願いして良かったです。あそこはその筋では有名ですからね」
 立川はアレシアにお茶はもう一杯どうかと勧め、アレシアはにこりと笑いながら頷く。そしてアレシアは立川が淹れてくれたお茶を一口飲むと、
「みたいですわね」
 と、笑った。
「娘の話では、草間さんは何でも探偵小説に出てくるハードボイルドな探偵さんを目指しているんだそうですが、何の因果だかこのような依頼ばかりが転がり込むそうで。私の娘もそのお手伝いをしているんですが」
「しかしアレシアさん、ならば誰が一体、北条彰人氏の霊を呼び出したのでしょうか?」
「そうですね。それを調べるのが重要でしょう。誰が何のために彼の魂を呼び戻したのか。でもまあ、必ずしもその呼び出した者と彰人さんの想いが同じとは限りませんが」
 こくりと頷いてから、アレシアはずいっとお茶を飲んだ。
「とにかく、まずはその件の鎧を見せてくださいまし」
「はい」
 立川はこくりと頷き、アレシアもお茶を飲み干した。



 +++


 北条家の敷地には道場が三つある。東、西の道場は門下生に開放しており、常日頃からそこで多くの未来溢れる剣士が己の剣の腕を磨き、
 そして北の道場は北条家の者と、北条流剣法免許皆伝者のみが扱える。
 その北の道場の上座に件の鎧は置かれていた。
 関ヶ原の合戦の折にこの鎧を着て北条彰人は百人斬りの偉業を成し遂げた。
 しかし北条彰人は強さに異常に執着し、心を奪われ、更なる強さを目指して旅に出て、そのまま旅先で死した。
「すごい鎧ね。少し頭が痛いわ」
 アレシアは少し顔をしかめながら言った。
「大丈夫ですか?」
 白い道着を着、腰まである髪を後ろでひとつにまとめている少女、北条亜紀が心配そうな顔でアレシアを気遣う。
「ええ、ありがとう、亜紀さん」
「それでアレシアさん、あなたにはそれが何故動き出すのか、わかりますか?」
「北条彰人さんを呼び出した人物の考えはわかりませんが、しかし呼び出された北条彰人さんの願いは薄っすらとはわかります」
「それはどうしてでしか?」
 皆の視線が集まり、そしてアレシアは前髪を右手の人差し指で掻きあげると、小さく溜息を吐き、言った。
「この鎧には浴びた人々の血の残留思念なんかがこびりついていて酷いけど、その残留思念に紛れながらある北条彰人さんの心はしかし、強さへの欲求…純粋な憧れ…そういうものだけで、邪念は無いのよ。この彰人さんの感情の残滓は関ヶ原の合戦の時の物ではなく、この鎧に降りるたびに残される物なのね。だからそう推理できるわけ」
「なるほどでし」
 スノードロップはうんうんと頷いている。
「では、その北条彰人の魂をこの鎧に宿している者をなんとかすれば、この現象は終わると?」
「ええ」
 アレシアはこくりと頷いた。
 そしてちょっと苦笑めいた表情を浮かべながら言う。
「すみませんが、この鎧に宿る他の人たちの感情が酷くって、ちょっと休ませてもらえると嬉しいのですけど」
「あ、はい。じゃあ、あたしの部屋に」
 亜紀はアレシアを自分の部屋に案内した。
 亜紀の部屋は今風の女子高生の部屋であった。アレシアは自分の娘の部屋もあと数年もすればこのような部屋になるのであろうかとちょっと感慨深い気持ちになった。
「どうぞ、冷たい水です。それと頭痛薬」
「ありがとう」
 アレシアは水と薬を受け取ると、それらを飲んだ。
 そして亜紀のベッドに横になりながら、亜紀を見る。
 勉強机の椅子に座りながら、アレシアを見ていた亜紀は顔を赤くした。
「なんですか?」
「あ、いえ、私の娘もあと数年もすれば、亜紀さんのようにお年頃の綺麗な娘さんになるのかしら? って、そう想って見ていたの」
 にこりと笑いながらアレシアが言った言葉に、亜紀はまた顔を赤くした。
「あたしは、そんな…」
 赤くした顔を横に振る亜紀にアレシアは微笑ましげに微笑む。
「ねえ、亜紀さん」
「はい?」
「強さとは? という悩みの答えは出そう?」
 そうアレシアが言うと、亜紀は表情を沈んだ物にした。
「いえ」
 亜紀は顔を横に振る。
「わかりません。それが見えなくって、悩んでいるんです。あたしはずっと追いかけていた父を倒した事で超えた。だけどそれは血のせいで? 北条という血。それとも努力? それはあたしは努力をしたわ。だけど父はあたし以上に努力をしていた。だったら父を倒したあたしは、あたしに倒された父は、その間にあったのは? あたしは強さとは、何に関係するのか、強さとは何を持って強いというのか、強さとは、強さとは…ごめんなさい。自分でも考えている事がわからなくなりました」
 亜紀は頭を下げた。アレシアはにこりと笑いながら、亜紀のその頭を撫でる。
「今に答えは見えるわ」
「はい」
 亜紀は頷いた。



 +++


 アレシアが眠っていると、その耳朶にがしゃりという音が飛び込んできた。
 そしてその音にアレシアは目覚め、瞼を開くと、刀を振り上げている鎧武者が視界に飛び込んできて、アレシアは素早く枕元にあったお盆で、その振り下ろされた剣撃を受け止めた。
「くぅ」
 両腕に痺れが走るがそれどころではない。アレシアは身を起こし、脱兎の如くその鎧の横を通り抜けて、部屋の外に出た。
 しかし鎧武者も追いかけてくる。
 これまで鎧はたださ迷い歩くだけであった。だが、この鎧武者は明らかにアレシアを殺そうとしている。
「鎧に宿っているのは…」
 ―――鎧に宿っているのは、北条彰人ではない。アレシアの頭痛のせいとなった関ヶ原の合戦で北条彰人に斬り殺された者たちの怨念だ。
 アレシアは裸足で庭に飛び出した。
 夕暮れ時の、橙色の光が世界を満たす。
 その光りのカーテンがかかった空の下でアレシアは、にこりと不敵に微笑んだ。
「困ったわね。私は普通の主婦。だから異能力は使うつもりは無かったのだけど…でも、まあ、しょうがないかしらね? もうそろそろあの娘も家に帰ってくる頃だし」
 世界がざわりと震えた。アレシアの声の冷たさに。
 ―――――だけど………
「ああ、でも私がやるまでもないみたいね」
 と、アレシアがいつものぼぉ〜っとした声で言った転瞬、
「北条彰人、あたしが相手になる」
 と、また凛とした声がした。
 北条亜紀だ。
 鎧武者は亜紀を向く。
 アレシアよりも、鎧武者に宿る者たちは亜紀に流れる北条の血に反応し、そして…
「暴走した。だけど、亜紀さんなら」
 暴走、という危険な言葉を口にしながらも、アレシアには切羽詰ったような表情は無い。
 その彼女の余裕を体現するように、亜紀は持っていた刀を抜き、鎧武者の剣撃を受け止め、そしてそれを押し返すと、剣舞を踊るように優雅で華麗な剣撃を鎧武者に見舞い、
 最後に鋭い突きを鎧武者に叩き込んだ。それによって、鎧のかぶとが飛ばされ、鎧武者は…
「お見事よ、亜紀さん」
 見事に沈黙した。
 ぱちぱちと手を叩きながらアレシアはようやくやってきた北条彰と立川健吾を見つめ、そしてにこりと微笑んだ。
「それでは、犯人をそろそろと推理しましょうか?」
 アレシアは微笑みながら言った。



 +++


 夜空に輝くほんの少しだけ欠けた満月を背負い、アレシアは亜紀を見る。
「亜紀さん、あなたは何故、私を置いて部屋から出たのかしら?」
「え、あ、それは、携帯電話に電話がかかってきて」
 亜紀は言いながら、携帯電話をジーンズのポケットから取り出して、そしてそれを開いて着信暦を呼び出した。
 確かにアレシアが鎧武者に襲われる前に電話がかかってきている。しかしそれは不通知であった。
「誰だったかわからなかったけど、でも友達がたまに悪戯で不通知でかけてくるから」
「ええ。それでは北条さん、それに立川さん、あなた方の携帯電話の発進履歴を見せてもらえるかしら?」
 アレシアはにこりと笑う。その夕暮れ時の明かりを浴びて金色に輝く髪に縁取られる美貌に浮かぶ表情はとても柔らかで穏やかな物であるが、しかしそれが見る者に恐怖を感じさせるのは、彼女の身に流れる魔女の血、故か…。
 現代の魔女、アレシア・カーツウェルは言う。
「そこに今回の答えがあります」
 しかし二人が見せた発進履歴に表示されたのは、アレシアの知らぬ名前であった。
「アレシアさん…」
 スノードロップが心配そうに言う。だがアレシアはにこりと笑うばかり。
「では、亜紀さん、リダイヤルボタンを押してもらえるかしら?」
 その言葉にあからさまに顔色を変えた人物がいた。
 そして亜紀がリダイヤルボタンを押したその瞬間に、
「た、立川さん」
「健吾君」
 立川の携帯電話が着信を報せた。もちろん、亜紀からだ。
「不通知でかけても、リダイヤルボタンを押せば、繋がるわ」
 アレシアは静かに言った。そして自分の肩に乗っているスノードロップを見て、にこりと微笑む。
 スノードロップはアレシアのその笑みにぱちんと手を叩いた。
「おまえのトリックはまるっとごりっとすりっとお見通しでし!!!」



 +++


「どうして、こんな真似を?」
 彰の言葉に立川は鼻を鳴らした。
「ふん、決まっている。この北条流剣法を俺の物にするためだ。関ヶ原の合戦で殺された俺の先祖の無念も晴らすためにな。幸いにもあんたには子どもは亜紀ひとりで、これまた幸いにも亜紀は女で、俺は男。だから俺はあんたみたいに亜紀の娘婿になるつもりだった。だが、亜紀はあんたを倒した。俺はあんたの足下にも及ばないのに。亜紀の婿になるには、これではお先は真っ暗だろう? だからあんたと亜紀を殺すことにしたのさ。ずっと彷徨っていた北条彰人の亡霊を利用してな。それは先祖を北条彰人に殺された俺としても最高の演出であるし」
 けたけたと立川は笑った。
「そう、あなたは北条彰人さんの魂が浮かばれないのは、弟に家を譲ったのを後悔しているから、その子孫を恨んでいるから、と想ったのでしょう。でも私の話で決してそうではない事を知った。だから急遽計画を変えた。私も、亜紀さんも、北条さんも殺すことにした。今度は北条彰人ではなく、鎧にこびりついた残留思念を扱って」
「そうだ。草間興信所を頼ったのは、アリバイ工作のためであったのだが、失敗したよ。やはりさすがにその筋では有名なだけはある。見事に墓穴を掘った」
「だから私は主婦です」
 アレシアはにこりと笑った。
 そして亜紀を見る。
「亜紀さん、先ほども言ったように、立川さんと北条彰人氏とでは考えている事は違います。彰人さんは剣の強さに執着していた。それ故に、剣の強さを知っている。だから、強さという物を見失っている亜紀さんにそれを教える為に彰人さんは現れた。立川さんを逆に利用してね。差し詰め、最初で最後の『師の教え』といったところかしら。だから亜紀さんは彰人さんと対峙する必要があるの。亜紀さん自身が己の手でその教えを攫まなければいけないのだから」
 アレシアの諭すような言葉に、亜紀はこくりと頷き、そして立川を見た。
 立川はへっと頷き、懐から奇怪な図形と文字が書かれた紙を取り出し、何かを呟き、
 ―――――そして鎧が立ち上がり、転がっていたかぶとをくっつけた。
 亜紀はアレシアを見る。
 アレシアは頷いた。
「彰人さんよ」
 庭の真ん中で亜紀と彰人は対峙しあう。
 しかし亜紀は一歩も動けなかった。
 亜紀は強い。故に自分がそれに敵わぬ事が本能でわかるのだ。
 そして汗びっしょりかいた亜紀はその場に崩れこむように座り込んだ。
 その亜紀の後ろに彰が立っている。
 亜紀は驚いた顔をしたが、彰は優しく微笑み、そして彰人には剣士の表情を浮かべて見せた。
 そして彰と彰人は剣を交える。
 北条流剣法を編み出した者と、それを伝えられ伝える者とが。
 鋼と鋼とがぶつかり合う。
 それはまるで殺合い(しあい)というよりも、何か語り合っているようで、そして、
「ちぇすとぉー」
 彰の鋭い突きが彰人に決まった。そして鎧武者はその突きによって、元の鎧武者に戻る。
 亜紀は不思議そうな表情で、彰を見る。
 彰は微笑んだ。
「強さに限界は無い。何を持って強さと言うかそれは人それぞれだ。北条彰人は純粋な力という強さを。私は代々語り継がれた技という強さを。私は私の強さは技だと想う。故に技を磨き、開発していく。そして強くなる。亜紀、今やってももうおまえは私には敵わないぞ」
 にこりと笑う父に、亜紀はくすりと笑った。
「ならば今度、お父さんと剣を交えるその日までにあたしもまた強くなります。あたしの強さは、止まらない事。もうあたしは止まりません」
 凛とした声でそう誓う亜紀にアレシアはにこりと微笑んだ。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「今日はありがとうございましたでし、アレシアさん♪ アレシアさんのおかげでまるっとごりっとずいっと犯人を暴けましたでし」
 にこりと笑いながら頭を下げるスノードロップに、アレシアもにこりと笑いながら頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして。スノードロップちゃんもお疲れ様。さてと、これから家に帰ってお夕飯を作るのだけど、スノードロップちゃんもどう?」
「わわ、お呼ばれしてもいいんでしか? 是非にご馳走になりたいでし!!!」
 顔をくしゃっとさせてはしゃぐスノードロップにアレシアはにこりと微笑み、そしてアレシアは学校の途中まで娘をスノードロップと一緒に迎えに行った。


 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【3885 / アレシア・カーツウェル / 女性 / 35歳 / 主婦】


【NPC / スノードロップ】




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、アレシア・カーツウェルさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
ご依頼ありがとうございました。


プレイング、とても面白かったです。^^
アレシアさんがどうして依頼に関わるかの指定を読んだ時は、ものすごく面白くって楽しくって、色々と想像しました。^^
どうでしたか、今回のアレシアさんが依頼に関わるようになる流れは? イメージ通りでしたでしょうか?
結構、自分ではお気に入りなのです。^^

子どもの子守りで依頼を任せられてしまった訳ですが、それでも推理で立川を追い詰め、ほぼ立川を自爆させたアレシアさん。
ほのぼのとしているのかな? と、思えば、アレシアさんがずばずばと物事の核心をつく推理をし、
そしてラスト間際では鎧武者に追いかけられてしまって。;
それでもその立川の攻撃をかわして、
逆にアレシアさんをひとりにするために立川が亜紀にかけた携帯電話をもとに完全に立川の化けの皮を剥がしたアレシアさん。
読んでいただけている時にドキドキとしてもらえていたら、本当に幸いでございます。^^

それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。