コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


坂川探索


 何の説明もなく、ただ「宝探ししようぜ」の一言で自分を連れ去った少年に対し、咎める言葉を発するよりも前にシュライン・エマは薄暗い路地に連れ込まれた。
 そこで、シュラインはどこかで見た事のあるような顔を見つけた。
「あら?」
 シュラインの声に気付き、彼女の腕を放しながら少年が問いかける。
「なに、知り合い?」
「あ……草間さんとこの――」
 相手も気が付いたらしく、あ、という表情を見せた。
「久しぶり、確か、スズキくんだったわよね」
「はい。お久しぶりです」
 スズキはいつかシュラインが見たのと同じように笑った。見知らぬ土地で顔見知りの人間に出会い、彼女は少しホッとした。不安があったわけではないが、いきなり拉致された後である、安心するのも当然だ。
 路地にはスズキと、シュラインをここまで連れてきた少年の他に後二人の人間がいた。一人は背が高く、もう一人はニット帽を被っている。
「それで? 宝探しって何の事?」
 シュラインが問いかけると、四人は互いに顔を見合わせた。最初の少年がスズキを顎でしゃくった。お前が喋れ、という事らしく、スズキがシュラインの目を見て口を開いた。一方の少年は路地の壁沿いに積まれてある木箱を探り始める。その箱にはwarningと刻印されてあった。
「簡単に言うと、アンティークショップで高く買い取ってもらえそうな物を探すって事なんです。ただ、曰く付きの物じゃないと買い取ってもらえないんでこうやって……人を集めてるんです」
 言い淀んだのは間違いなく『拉致』という言葉の代わりを探したのだろう。毎回こんな風に部外者を引き摺り込んでいる、という事は容易に想像できた。
 スズキの言った、曰く付き、がシュラインにある事を連想させた。
「そのアンティークショップって、アンティークショップ・レンの事?」
「あ、そうです。知ってますか」
「ええ。蓮さんとはお友達だもの」
 あからさまに友達という単語に反応した少年がシュラインの両手を恭しく取った。
「はじめまして、俺はカワライと言います。蓮さんのお友達の方なんですね」
「そうよ」
「お名前は」
「シュライン・エマです。よろしく」
「シュラインさん、良い名――」
「手を放せアホ」
 容赦なく蹴り飛ばされたカワライはシュラインの前から消えて左方向に吹っ飛んだ。彼の行く末を見守る間もなく、スズキが話を再開した。
「その背の高いのが発掘屋、その横が運び屋、であのゴキブリのような野郎がカワライです」
「彼、大丈夫?」
 さあ、と気のない返事をしたスズキはカワライを見ようともしない。シュラインは心配になって飛ばされたカワライを横目で見たが、既に立ち上がっていた。スズキが例えた、他のどんな生物も怖がらないシュラインがこの世で唯一ダメな茶翅のアレのようなしぶとさである。彼がうたれ強いのかスズキが弱いのか、果たしてどっちだろうか。
「知ってるなら話早いです。俺と、あとこの発掘屋が一緒に行きます。宝探し、手伝ってもらえますか?」


「売価の30%がお礼っていうか、報酬としてシュラインさんの物になりますからね」
「なら頑張らなくちゃ」
 缶コーヒー片手にシュラインが微笑むと、勘弁して、という顔でスズキが苦笑した。
 宝探しに同行する事をシュラインが伝えると、スズキはそそくさと路地から出て大きな通りに戻った。地下鉄の2番出口の方へは戻らず、反対方向に進んでホットの缶コーヒーを買ってくれた。思い返してみると2番出口方面には自販機がなかったから、きっとわざわざこちらに来たのだろう。
 白いコの字型の柵に腰掛けてスズキは説明の続きをした。どうして路地で全部説明しなかったのか、とシュラインは思ったが、先程のスズキとカワライのやり取りを見て、なんとなく思いつく事はあった。つまり、スズキはカワライが嫌いなのだ。
 シュラインはほんの微かに白く見える息を吐いた。
「そういえば、またコーヒーね」
「あ、ほんとだ」
「あのコーヒー本当に美味しかったんだけど、どこにも売ってなくて。どこで買ったの?」
「この街にある店。じゃあ後で案内するから、帰る時に買ってったらどうですか?」
「お前ら俺の存在忘れてるだろ」
 口を挟んだのは発掘屋だった。
 あぁゴメン、などと言ってスズキは普通に謝った。シュラインは彼の存在を少し忘れかかっていた事を悪く思ったが、謝るのも何か変であるし、だからと言って弁明するには間が空き過ぎていた。
 彼女とスズキが歩き出して暫く経った後に路地から出てきた発掘屋は、缶のデザインが怪し気な飲み物を自腹で買っていた。銜え煙草で、両手は缶を覆っている。暖を取っているようだが、あまり意味がないように思えた。
「あー、そういえば、地図借りてきたよ」
 上着の右ポケットに手を入れて発掘屋が取り出したのは四つ折りの黄ばんだ紙切れだった。はい、エマ女史、というよくわからない呼び名に曖昧な笑いを返しながらも、シュラインは大人しくその紙――彼の言葉通りなら、地図――を受け取った。
 広げると、歪んだ線。
「……アバウトね」
「良いよ正直に見辛いって言って」スズキが鼻で笑った。
「この地図カワライくんが描いたの?」
「そう。女史、よくわかったね」
 発掘屋は少し驚いたような顔をした。シュラインはちらっとスズキを盗み見てすぐに視線を戻し、にっこり微笑んだ。
 顔見知りのシュラインとスズキの関係を根掘り葉掘り聞こうとする発掘屋を軽くいなして、シュラインは地図を二人にも見えるように広げた。
「それで? これからどこに行くつもりなの?」
「そうだなぁ……あ、シュラインさん、俺らどこぞの怪奇探偵みたいな妙な才能、全っ然ないから。普通の人間だから」
「スズキくん、ちょっと普通じゃないと思うけど」
「いや、まあ、なんて言うのかな……ヤバめな物は探せません、て事」
「そんな危険な物探そうなんて思ってないわ」
 シュラインが苦笑すると、スズキは頭の後ろを掻いた。
 シュラインとしては、報酬にあまり興味がない。宝探しに付き合うと言ったのは純粋に面白そうだと思ったからで、高く売れそうな物を探そうとは思っていない。
 アンティークショップ・レンで引き取ってもらうという事は、その手の物である事は勿論だが、誰かを、もしくは何かを、探し求めているような品物が良い。蓮の店ならば一般人も訪れやすいから、そういう品物が探している相手に出会う確率も上がるし、逆にそういう品物を探している者にとっても喜ばしい事だ。この街は、初めて訪れた人間から言わせてもらえば、正直少し閉鎖的である。
 双方にとって有益なのだから、これ以上の策はない。
「ねえ、じゃあ、かぶらき行こうよ」
 ココ、と発掘屋が指差した所には他の場所と変わりがない揺れた線が引かれていた。申し訳程度に[かぶらきkaburaki]と書いてある。
「細い路地に露店が並んでるだけの所なんだけど、まあまあ買物もできるし」
 店数だけはあるから、一つくらいは当たるよ。
 楽観するように発掘屋は笑ったが、その名にある通り宝を発掘するのが仕事の人が言っているのだから、それなりの事実に基づいている筈だ。
 どうやら行き先は決まりらしい。
「行きましょうか」
 シュラインが地図を閉じたのを合図にして、三人は同時に立ち上がった。


 芋野ビルの南側、目的地のかぶらきは本当に細い路地だった。各々が店を広げたら通行人はすれ違う事もままならない。
 それでもガヤガヤと、何か活気に溢れているように思えるのは気の所為だろうか。
「これ素敵」
 路地に入って幾らも歩かない内にシュラインはある店の前で立ち止まった。不思議な青色の石が入ったピアスを見つけたのだ。
 しゃがんでよく見ようとした矢先、両脇を抱えられるようにして無理矢理歩かされた。
「ちょっと!」
「あそこはダメ」スズキはわざとらしい真顔で口を動かした。
「どうして」
「高いの。法外なの。吹っかけられるよ」子どものような口調で発掘屋は言う。
 既に無法地帯のような様相なのだから、法外という言葉が正確にその務めを果たしているのか疑わしいが、そそくさと立ち去る自分達三人の姿を客観視して可笑しくなった。
 さっき通りでコーヒーを飲んでいた時にも気になっていたのだが、発掘屋はゴーグルを首から下げている。丁度並んで歩くシュラインの目線よりやや上の位置で揺れるゴーグルに視線をやり、シュラインは先程聞きそびれた事を訊ねた。
「そのゴーグルは何なの?」
 ん、ああコレ? と発掘屋は首にかかったゴーグルに触れた。
「これはねえ、幽霊が見えるんだよ」
「嘘っぽいわね」
「本当だって!」
「シュラインさん、ダサイけど本当なんですよ」
「へえ、そんな物あるの」
「なんで女史スズキの言う事はすぐ信じんだよ!」
「だってスズキくんは嘘吐かないもの」
「あーそっか、甲斐性ないもんな、スズキって」
「P.J!」
 スズキが眉根を寄せて発掘屋を睨んだ。P.Jとは何の事かと思ったら、発掘屋の通称らしい。睨まれた発掘屋は肩を竦め、怒っていた筈のスズキはそっぽを向いて口の端を上げた。尤もそれが発掘屋から見えていたかどうかは定かではないが、シュラインは何となく温かい気持ちになった。
 その後は宝探しそっちのけで露店巡りに精を出した。最初は発掘屋に「何故ゴーグルを着けないのか」と言ってみたりしたシュラインだったが、スズキが何も言わないのならゴーグルを着けても無駄だ、と理に適った事を言われ、結局彼らのペースに乗せられてめぼしい品を物色してしまっていた。
 かぶらきには胡散臭い店も多かったが、店数があるだけあって掘り出し物も多かった。中でも、アクセサリーを中心に置いている店で、今日で坂川を出る事にしたのだと話す商人がその露店にある商品を全て割り引いてくれるという滅多に出会えないチャンスに巡り合った。
 シュラインはそこでサイズが大き過ぎるアンクレットを見つけた。デザインがとても気に入っただけに名残惜しく見ていると、発掘屋が商人にサイズを直してくれと交渉し始めた。いや、でも、と渋る商人に、発掘屋も負けずと直せの一点張りであった。最終的に折れたのは商人の方で、渋々ペンチを取り出した時には発掘屋がシュラインに向かって親指を立てた。


「本当にコレ、良かったのかな」
 シュラインは直してもらったばかりのアンクレットを足首に着け、からぶきを更に奥へと進んでいる。
 先程の商人には悪い事をしてしまった。無理矢理長さを直させた上、直しの分の金額は払ってこなかった。
「良いんだよ、あの人も良いって言ったんだし」
「気にしない方が良いよシュラインさん、P.Jはいつもああだから」
 丁度路地は突き当たって、T字路になっていた。どちらに行こうか迷っていると、急にスズキが「右!」と叫んで先に進もうとした。
 おかしい。
 シュラインはスズキの腕を掴んで引き留めた。案の定、彼の顔を覗き込むと強張った表情をしていた。
「左にしましょうよ」
「いや――」
 首を振って無理を何度も繰り返すスズキをシュラインは引っ張ったが、足に根が生えたようにスズキは一向に動こうとしない。
「でもさあ、左行ってもダーウィンの犬しかいないんじゃないか?」
 両手をポケットに突っ込んで左の道の先を眺めている発掘屋はそんな事を言った。
「ダーウィンの犬?」
「そう。ダーウィンって人が飼ってる犬」
 あの階段上っていくといるんだよ、と発掘屋は赤レンガの建物を指差した。それから発掘屋は思い出したようにゴーグルをして、また左の道を眺めた。
 途端、慌てふためいてゴーグルを外した。
「何? どうしたの?」
「女史、君ならできる。これは君の試練だ。さあこのゴーグルを貸そう、頑張って行ってこい」
「……あ!」
 一息に捲し立てると発掘屋はゴーグルをシュラインに押しつけて今来た道を逆走して行った。いつの間にかスズキはいない。どうやら右の道に逃げたようだ。
「まったく……」
 肝心な時に役に立たないではないか。苛立ちを溜息と共に吐き出すと、シュラインは真直ぐ左の道へと歩みを進めた。
「ダーウィンの犬ね」
 呟いたシュラインはゴーグルを着けた。自然と笑みが漏れていた。


 遠視のシュラインは建物に近付く前から所々風化している赤レンガがよく見えたが、慌てふためくような、そう例えば幽霊のような物は見えなかった。ではどうして発掘屋はあれ程うろたえていたのか。犬が苦手なのだろうか。否、それならば突き当たった時すぐに右に進む事を提案している筈だ。
 スズキが逃げ出した事からわかるのは、現代科学で説明できない何かがこちらにあるという事だけだ。虫の知らせにも似た彼の予感は信じるに足る物だが、具体的にどういう物にはあの予感を察知し、どういう物にはしないのか、皆目見当もつかない。前回初めて会った時の事を少し思い返してみたが、判断材料になるような物ではなかった。
 怪奇現象が待っている。確かなのはそれだけのようだ。
 赤レンガの建物は一階部分が車庫のようでシャッターが閉まっていた。錆ついた階段に一歩踏み出すと、金属が軋む音がした。
 階段を二階まで上り、シュラインはベランダに入った。階段はまだ続いていたが、一度建物の中に入ってみたくなった。
 玄関は違う場所にあるようで、出入り口は見当たらなかった。しかし窓ガラスが入っていないため、容易に建物内に入る事ができた。
 ここにダーウィンの犬がいるのだろうか。
 いかにも指名手配中の逃亡犯が潜伏していそうな空間だった。外装は綺麗さっぱり剥がされコンクリートが剥き出しで、床には細かい砂が積もっている。
 シュラインはこの街の他の建物に入った事がないから正確な所はわからないが、きっとこういう風景は坂川では普通の事なのだろう。もしかしたらここは綺麗な部類に入るのかもしれない。2番出口近辺のビルの方が、外から見る限りでは汚かったように思う。
 二階のフロアには大小二つの部屋があったが、家具は勿論、誰かが生活している形跡すらなかった。
 この階にはダーウィンの犬も、そしてそれを飼っているダーウィンという人物もいないようだ。
 そう結論付けて階段を上ろうと踵を返したシュラインは、一対の瞳と視線を合わせた。
 ある筈のない物体がそこにある。
 気配はなかった。物音もしなかった。錆びた階段を音を立てずに移動する事は幾ら軽いとしても不可能。
 シュラインはゴーグルを外してみた。薄々予想はついているが、念の為だ。
 何もいない。
「本当だったのね」
 つい洩らした呟きは、相手の耳にも聞こえたのだろう、問いかけるような目をシュラインに向けてきた。
「いつからここにいたの」
「……昨日」
 移動民族のような衣装を着た幼い子どもだった。声は高く、性別はよくわからない。階段のすみに座り込んで小さい体を余計に小さくしている。
 シュラインが一歩近付くと、その子どもはびくっと体を震わせた。瞳は依然シュラインを捉えているが、警戒の色がありありと浮かんでいた。仕方なく、シュラインはその場にしゃがむ。
「あなたはダーウィン?」
 違うだろうと思ったが念の為訊ねた。案の定、子どもはゆっくり首を振った。
「ここで何してたの」
「途方に暮れてた」
「どうして?」
「一人は寂しいから」
 ダーウィンや彼の犬がいるのでは、と訊ねると、彼らはいるだけだ、と答えた。子どもらしくない受け答えにシュラインは内心ひやっとさせられた。
「誰かを待ってるの?」
 子どもは無表情のままシュラインの問いかけに返事をしていたのだが、急に悲しそうに顔を歪め、次の瞬間には泣き出してしまった。
「だって、見つからない……」
 そこで漸く、子どもの無表情は強がりだったと気が付いたのだがもう遅かった。子どもは年相応に泣きじゃくり、揃えた膝の上に顔を埋めてしまった。
 暫く待ってみたが子どもが泣き止む様子はない。それどころか泣き声は大きくなるばかりだ。シュラインは子どもを刺激しないように、できるだけそっと近付いた。そして子どもの隣に座って、彼(もしくは彼女)の髪を撫でた。
 子どもは大人しくシュラインの手を受け入れた。
「もし、あなたさえ良ければ」
 子どもの嗚咽が治まるまで髪を撫で続け、息が整うのを待ってからシュラインがそう話しかけた。くすん、と子どもが鼻を鳴らした。
「私と一緒に来ない? きっと、ここにいるよりも、あなたが探してる相手が見つかると思うし、寂しくないと思うの」
 子どもは顔を上げた。鼻も目も真っ赤に腫れ、鼻水が垂れている。
「寂しくない?」
「ええ」
 シュラインがしっかり頷くと、子どもは顔をくしゃくしゃにして、わあと彼女の腕の中に飛び込んできた。驚いたシュラインは咄嗟に腕を広げたが、すぐに子どもを抱き締めるように背中に回した。
 あやすように、ぽん、ぽん、と子どもの背中を軽く叩くと、子どもがシュラインにしがみつく力を強めた。子どもの体はとても温かく、懐かしい匂いがした。

 目を閉じたシュラインが再び目を開けた時、子どもの姿は既になく、代わりにブリキ製のランプが膝の上に乗っていた。



 駅前に戻ると四人の少年がシュラインを待っていた。スズキと発掘屋はすごい勢いで謝り倒し、何度も頭を下げた。
「お詫びです」
「何?」
「コーヒー豆。例の奴」
 本当にゴメンね、と気まずそうにスズキが差し出した紙袋を受け取り、シュラインは坂川を後にした。
 アンティークショップ・レンへはカワライと運び屋の二人も同行した。シュラインが持ってきたブリキ製ランプは運び屋が大事そうに抱えている。
「こんにちは」
 シュラインが店の扉を押し開けると、店主の碧摩蓮はすぐに彼女に気が付いて顔を上げた。
「ああ、いらっしゃい。どうしたんだい、そんなクソガキ連れて。まさか宝探ししてたなんて言わないだろうね」
「そのまさかよ、蓮さん」
 シュラインが笑うと蓮は呆れたと言わんばかりの顔で溜息を吐いて、見せな、と人差し指を動かした。
「なるほど」
「探してる誰かが見つからないって言ってたわ。ここに置いてあげて欲しいのよ」
 蓮は暫くの間ランプをしげしげと眺め、所々丹念に調べていたが、
「まあ良いだろう、買うよ」
と言ってくれた。
 蓮は慣れた様子で金を運び屋に渡した。カワライが何事か蓮に話しかけたが、蓮はしっかり無視をしてシュラインにまた来るようにという旨の事を告げて店の奥に戻っていった。
「前途多難ね」
 そう声をかけると、項垂れていたカワライは眉尻を下げて頷いた。


「はいこれ、30%です」
 アンティークショップ・レンを出て駅前に戻ると運び屋が紙幣と硬貨を数枚シュラインに渡した。領収書はどうするかと聞かれたので、彼女は要らないと答えた。運び屋は柔らかい表情で頷いた。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「ええ、今日はありがとう。スズキくんと発掘屋さんにもよろしく言っておいて」
「わかりました」
 カワライ、帰るよ。ずっと心ここにあらずな様子だったカワライは運び屋の声で我に返ったらしく、間抜けな声を出してシュラインと運び屋を振り返った。
「さよなら、カワライくん」
「あ、どうも。シュラインさん、また来て下さいよ。今度は俺が相手するから」
「蓮さんじゃなくていいの?」
「蓮さん関係ないよ」
 苦笑いしたカワライは、片手を上げて別れを告げた。運び屋とカワライが地下鉄に向かうのを横目に、シュラインはJR方面に向かった。
 ホームで電車を待っている間、先程蓮に渡してきたランプの事を考えた。あの子どもはいつか、探している人乃至は物に出会えるだろうか。泣いていたあの子が笑える日が来るといいとシュラインは思った。ずっと傍にいてあげられないのが唯一の心残りだが、彼女の傍よりもアンティークショップ・レンにいる方が、あの子の笑顔に近付けるだろう。少しでも早く、見つかって欲しい。
 黄色い線の内側に――。アナウンスと共に電車がホームに入ってきた。何人かと車両に乗り込み、シュラインはドア付近に立った。
 スズキが渡してくれた紙袋は薄茶色の無地の袋で、店の名前のような物は一切書いていなかった。中に入っている豆袋も同様で、以前貰った物と変わりなかった。ますます謎の深まる店だ。今回は結局その店を案内してもらえなかったのだが、豆が入手できたから一先ずは良いとしよう。
 興信所に帰ったらすぐに淹れてあげよう。あの懐かしいコーヒーの香りを思い出して、シュラインは薄く微笑みを浮かべた。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

[PC]
・シュライン・エマ 【0086/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


[NPC]
・カワライ
・スズキ
・発掘屋
・運び屋

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 シュライン・エマ様

 この度は「坂川探索」にご参加いただきありがとうございました。ライターのsiiharaです。
 大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
 またお会いできて光栄です。その上スズキを覚えていていただけたようでとても嬉しいです。
 シュラインさんの優しさと温かさで迷子の子どもを助けていただきました。案内人が逃亡するという由由しき事態が発生しましたが、如何だったでしょうか。気に入っていただけたら嬉しく思います。
 文字数の関係もあり件の珈琲店にご案内できなかったのが悔やまれます。いつかご案内できる日が来れば良いなと思います。次回坂川に遊びにいらっしゃる事がありましたら、その時は是非。

 それでは、今回はこの辺で。またの機会がありましたら宜しくお願いします。