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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


シークレット・デート



S嬢へ

本日のお約束ですが、こちらからお迎えに参ります。
仕事が終わり次第、そちらの玄関前でお待ち下さい。

                      S・K



 勤務を早めに切り上げた汐耶は一人、仕事先の図書館エントランス前に佇んでいた。
待ち人は未だ来ない。同僚が横を通り抜けていくのを、片手を上げて見送る。
 汐耶は顔を上げ、空を見た。
 季節も変わり、最近冷え込むようになってきた。心なしか吐き出す息も白く見える。
顔を上げた先の空では、散らばる星が澄んだ空気の中輝きを増していた。夏に比べ、その数も多いようだ。
 ……あ、オリオン座。
 そう一人呟いた時。

 スッと目の前に車が止まった。
 黒くつややかに光るベンツ。だが車体はさほど大きくはなくまたエンジン音も静かで、人に威圧感ではなく安心感を与えるものだ。
スモークガラスの窓がゆっくり開いていくのを待つまでもなく、汐耶はその車に近づく。
「セレスティさん」
「汐耶嬢、お待たせしました」
 開いた窓から顔を覗かせたのは待ち合わせの相手、セレスティ・カーニンガムだった。
 と、汐耶の姿を目に留めてにっこりと笑う。
「おや、今日の姿も一段とステキですね。その秋らしい色のスーツ、貴方にとてもよくお似合いです」
「ありがとう。そう言っていただけると新調したかいがありました」
運転手が汐耶の横に立ち、ドアを開けた。
 ……良かった。今日はなんとか戸惑わずに、運転手さんに会釈することが出来たわ。
 ほっとため息をつきつつ落ち着いた態度で車に乗り込むと、セレスティがまたにこりと笑った。



1.美術館

「それでは、まず私のお勧めである美術館へ参りましょうか。……出してください」
 その声に、車は静かに発進する。
振動がほとんど体に伝わってこないことに感心しつつ、汐耶は昼間から疑問に思っていたことを尋ねた。
「セレスティさん。今日は急に予定が変更になりましたけど、何かあったんですか?」
「……そのことに関しましては、大変申し訳なく思っております。なにか支障ありましたか」
「いえ、そういうこともないんですけど。お迎えに来てもらうことになってかえって恐縮ですし」

 今日の予定は、もともと汐耶がセレスティ宅へ出向く、という予定だった。
お互い仕事を持ち都合が付きにくい中、なんとかこぎつけた今日。汐耶がメールの着信を確認した時、今日はダメなのかな……と一瞬がっかりしてしまったことは否めない。
「今日、ずっと楽しみにしてたんです。セレスティさんと趣味のお話を心行くまでしてみたかったし」
「それは光栄です」
「だからその……セレスティさんにもしかして気を使わせたんじゃないかと思って」

 と、車が止まった。
「そんなことはありませんよ。むしろ私も、今日のことはとても楽しみにしておりました」
「……そうですか」
 セレスティの言葉に表情を明るくする汐耶に、彼はにっこりと微笑む。
「ええ、ですから本日は楽しみましょう。どうやら最初の目的地に着いたようですよ」



2.古書店

「……この本屋は古い洋書、特にアイルランド地方の文献に詳しいものをよく扱っています。
例えば、この本などは神話時代の神々について詳しく書いてありますね」
 美術館の次に来たのは、汐耶馴染みの古本屋だった。顔なじみの店主は汐耶を見て会釈をしたのみ、むやみに声をかけ邪魔をしてこないことがありがたい。
「アイルランドでは大陸の影響をあまり受けることがなく、今でも独自の神話や伝説が残っています。その高度な戦術やたぐいまれな技術を持った偉大なる神々にまつわる英雄伝説も数多く残されていて……あら、そうなのね……次、と……あらら」
 本の説明のはずがうっかり内容に入り込んでしまいそうになり、慌てて本を閉じる汐耶。
「そ、そうね、他にも『メロー』についてまとめたものですとか、童話集なんてのも……」
 照れ隠しに笑いながら彼を振り向くと、セレスティは一冊の本の背表紙をじっと見つめたまま、何かを考え込んでいる。
「……セレスティさん? その本、気に入ったんですか?」
「え? ああ、いえ。申し訳ない、汐耶嬢。お話を聞いてませんでした」
「ふーん……何をご覧になってたんですか?」
 セレスティの視線の先にあった本は、金文字でこう書かれていた。

『アイルランドに伝わるジョーク集』

「いえ、別にこの本が気になっていたわけではないのですよ」
困り果てた表情でそうぽつりと漏らすセレスティに、汐耶はぷっと吹き出す。

 結局、その本屋では「アイルランドに伝わるジョーク集」を一冊、買ったのだった。



3.アンティーク・オークション

 そして二人が訪れたのは、小さな会場で開かれていたアンティーク・オークションだ。
 ロココ調をモチーフにした内装と、サザビーズを模したオークション様式。
毛の長い絨毯が敷き詰められた上を歩きまわるのは、いずれもスーツやドレスを着こんだ紳士淑女たち。
 その中でもいっそう輝きを放っていたのはもちろんセレスティと汐耶の二人だ。
 彼の車椅子を押すのは、もちろん汐耶。
彼女自身はここに来るのは初めてだったが、スタッフの応対を見る限り、どうやらセレスティは常連に近い存在なのだろうと思われた。

「Mr.カーニンガム。お久しぶりでございます」
二人の姿を認めて、ここのオーナーらしき初老の男性が近づいてくる。
「こんばんは。今日はお邪魔させていただきますよ」
「ありがとうございます。本日はルイ14世時代のアンティークと、それにちなんだフランス製ジュエリーの競売でございます。
どうぞ心行くまでご鑑賞ください」
「……感じのいい方でしたね」
 彼が立ち去ったのを確認してから、汐耶はセレスティに何気なく話題を振った。
が、セレスティはまたなにやら一点を見つめたまま考え込んでいて返事がない。
「……あの、どうかなさったんですか?」
「え? ああ、いえ。なんでもないんですよ」
「あの……どこかお悪いんでしたら、今日はそんな無理しなくても」
 心配から出た汐耶のセリフだったが、さも心外だという風にセレスティは真面目な顔で首を振る。
「とんでもありません。せっかく汐耶嬢が衣装を新調してまで来てくださったのに、途中で帰るなんて……」  
 と。
 熱弁を遮ったのは、セレスティの胸ポケットから響いた携帯電話の着信音だった。
「失礼」
 とたんにそそくさと部屋の隅に行ってしまうセレスティ。
汐耶は首をひねるばかりだった。


 と。
 汐耶が目をやった先に何やら気になるショーケースがあった。
 不可思議な現象、というわけではなさそうだが、なにやら呼ばれているような「予感」がする。
近づいて中を覗き込んでみるとそこに鎮座ましていたのは、きらめくサファイヤをはめ込んだ銀のネクタイピン。
サファイヤの蒼い輝きが、誰かの長く青い髪を思い出させるようで……思わず汐耶は手を叩いていた。
「そうね、これにしましょう」
 セレスティが戻ってきたのは、そんな時だった。
「汐耶嬢、申し訳ない。どうやらディナーの準備が間に合ったようです」

 

4. カーニンガム邸

「家のことが心配だったなら、そう最初に言ってくださればよかったのに」
「別に心配だったわけではないのですよ、ただ……」
「心配だったんですね?」
 言葉を失くすセレスティは、すぐに苦笑する。それを見て汐耶もまた笑った。
 
 元々、セレスティは自分の邸宅にて早めのディナーを取ってから美術館へ出かけるつもりだった。
が、料理人が『材料が足りない。完成に時間がかかる』と言い出したのが発端。
 なんとか間に合わせなさい、と命令するセレスティに対し、料理人はおろか、庭師やら車師やら邸宅に勤める使用人全員で反対してきて、しまいにはセレスティが追い出される形になってしまったのだった。

「それだけ、セレスティさんが信頼されてるってことじゃないですか?」
「しかし、主人に逆らうなどと……」
「逆らったわけじゃないと思います」
 月光に輝く庭園が見える、セレスティ宅のダイニング。
ろうそくの火が揺れる卓上のグラスに、ソムリエがそっと赤ワインが注ぐ。
「シェフはご自分の仕事のプライドにかけて、納得の行くまで仕事がしたかったんですよ。
そしてそれは、客である私と、なにより主人である貴方に対する忠誠のあかしですよ」
 その言葉に、セレスティは、ふ、と笑う。
「そう言っていただけると嬉しいです。
……今日はずっと上の空で申し訳ありませんでした。出てきてしまった手前、どうなっているか心配でしたので、それに」
 そこで言葉を区切ったセレスティは、一瞬言いよどんでから続けた。
「私は、我がシェフより美味しく料理を作る料理人を知らないのです。だからディナーで他の場所にお誘いすることも出来なくて」

そして二人はまた、顔を見合わせ笑った。
「セレスティさん、ありがとうございました。今日は一日、楽しかったです」
「こちらこそ」
「また、ぜひ誘ってくださいね」
「ええ、もちろん」

 と、汐耶はバッグから包みを取り出した。その中には先ほどのオークションで手に入れたネクタイピンが入っている。
だが、中身を知らないセレスティは面白そうな目でそれを見つめるばかりだ。
「それは何でしょうか。気になりますね」
「本当ですか?」
 そして、はい、とその包みをセレスティに手渡した。
「……え?」
「少し早いですけど。お誕生日、おめでとうございます。セレスティさん」





Sさんへ

実は、私もプレゼントを選ぶことで頭がいっぱいでした。
ずっとぼんやりしてたかも、これでおあいこですね。

また、ご一緒してください。

                      Sより






●ライターより
セレスティ・カーニンガムさんの誕生日につきましては、「幻影学園奇譚」にて登録されていたものを参考としております。