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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


南瓜再来

「あ」
 カレンダーを翠の目で見つめ、藤井・葛(ふじい かずら)は気付く。さらりとした黒の髪を揺らし、そのうちの一日をそっと指で辿る。
「もう、一年経つんだな」
 葛はそう言い、くすりと笑う。
「持ち主さん、いい匂いがするのー」
 そんな葛の後ろから、藤井・蘭(ふじい らん)が声をかけてきた。葛が振り向いて見ると、緑の髪の奥にある大きな緑の目で、訴えかけるかのように葛の方を見ていた。今、部屋中に満ちている甘い匂いに我慢できなくなったかのようだ。
「ああ、今お芋をふかしているからな」
「おいもさん?」
「そう。甘いサツマイモを貰ったからね、スイートポテトでも作ろうかと思って」
「スイートポテト!僕、好き!」
 わあい、とはしゃぎながら目を輝かせている蘭の姿に、葛は思わず微笑んだ。食べ物一つできゃっきゃっと喜ぶ蘭の姿は、妙に和ませられてしまう。
「持ち主さん、まだ食べたら駄目なの?」
「まだまだ。これから芋を裏ごしして、色々混ぜて、オーブンで焼かないと」
「えー」
 台所からは甘い匂いがしているのに、まだまだ口に入るのは先のことだと分かり、蘭は不服そうに言った。葛はくすりと笑い、台所で芋をふかしていた鍋の蓋を開ける。蓋を開けた途端、白い湯気がふわりと立ち昇る。同時に、芋特有の甘い匂いも。
「いい匂いなのー」
 蘭はそう言いながら目を閉じ、くんくんと匂いを嗅ぐ。葛はその様子をちらりと微笑みながら見、竹串を取り出して芋の一つにぷすりと刺した。竹串はひっかかることなく、綺麗に芋に刺さる。しっかりと中まで蒸された証拠だ。
「うん、いいみたいだ」
「持ち主さん、ちょっとだけー」
「……仕方ないなぁ」
 葛はふかした芋を取り出し、そのうちの小さいものを蘭に手渡す。蘭は「わあい」と言いながら、ふうふうと息で吹きかけて冷まして口に放り込む。芋の甘い味が、口一杯に広がっていく。
「美味しいのー」
「それは良かった」
「この前食べた、栗みたいな味なのー」
 蘭はそう言い、うっとりとしながら葛に言う。葛は数日前を思い起こす。先日、葛は知人から栗を貰ったということで、栗ご飯を作ったのだ。その甘い味を蘭は大層気に入り、栗ご飯の中の栗を必死になって食べていた。
「お芋さん、美味しいのー」
「秋だからな」
 葛はそう言い、芋を裏ごししていく。ごしごしとしゃもじで押し付けると、網の下から裏ごしされた黄色い芋がぽたりぽたりとアルミ箔の上に落ちていく。
「秋だから、美味しいの?」
「そう。秋だから、美味しいんだ」
「何でなのー?」
「食欲の秋っていうじゃないか。秋は美味しいものが多いんだぞ」
「そうなんだ。美味しい秋なのー」
 蘭はそう言い、にこっと笑った。葛は全ての芋を裏ごしし終え、鍋に入れて材料とともに混ぜていく。
「秋といえば、色んなお祭りもあるし」
「お祭り?」
「そう。お神輿だって、見ただろう?」
「わっしょい?」
「そう、わっしょい」
 掛け声とともにお神輿がかつがれていく様は、蘭がいたくお気に召していた。勿論、祭りに乗じて出ていた出店たちも。
「僕、お祭りも好き」
「そうだな、楽しいもんな」
 人ごみはうんざりだけど、と葛はそっと心の中で付け加える。今となっては、そんな人ごみも、飴細工の前で止まってしまったのも、にゃんじろーのお面が欲しいのだとねだられたのも、いい思い出になったのだが。
「……こんなもんかな?」
 葛は鍋を覗き、水分が大方なくなったのを確認して火を止める。手で丸め、アルミホイルに入れて天板に並べ、つや出しの為に卵黄を塗ろうとしたのだが。
「……あれ?」
 卵が無かった。ただの一つも、全く無いのだ。
「どうしたのー?持ち主さん」
「卵が切れてた。……仕方ないな」
 葛は小さく溜息をつき、天板に乗せたスイートポテトたちにラップをかぶせた。そして手を洗い、上着を羽織る。
「蘭、卵を買いに行くけど……」
 葛がそこまで言った時点で、蘭は目を輝かせながらてこてこと走り、帽子を被ってきた。にっこりと笑いながら。
「行くのー!」
 そんな蘭の様子に思わず葛はくすりと笑い、共に家を出るのだった。


 近所のスーパーでは、卵と一緒に食料も買うことになった。葛が買い物篭を手にして色々物色していると、蘭が目をきらきらさせながら一つのお菓子を持ってきた。
「持ち主さん、これなぁに?」
「ん?」
 蘭が持ってきたお菓子には、オレンジと黒で作られた南瓜の絵があった。黒いとんがり帽子を被り、陽気な顔で「トリック・オア・トリート!」と叫んでいる絵が。
「ああ、ジャック・オー・ランタンだ」
「じゃっく?」
「そう。南瓜のお化けだよ。もうすぐ、ハロウィンが近いんだ」
「はろうぃん?」
 葛は頷く。今日、確認したカレンダーにあった「ハロウィン」の文字を思い返す。
「去年はね、ジャック・オー・ランタンを作ったんだよ」
「持ち主さん、作れるのー?」
「作れるよ。喜怒哀楽の、四人を作ったんだ」
「四人もー?凄いのー!」
 蘭は目をきらきらさせながら、葛とランタンの絵を見比べる。その様子に、思わず葛は笑う。
「じゃあ、また作ろうか?」
「じゃっく?」
「そう、ジャック」
 葛がそう言うと、蘭はぱあ、と笑って「わあい」と喜んだ。葛は蘭が持ってきたお菓子を買い物篭に入れる。良く見ると、お菓子には紙で作られたハロウィン用らしい黒いとんがり帽子がついていた。
「帰りに、南瓜を買って帰るのを忘れないようにしないとな」
「かぼちゃ?かぼちゃって、これじゃないのー?」
 蘭は葛の呟きを聞き、野菜売り場にある緑色の南瓜を指差す。葛は首を振り、ぽんと蘭の頭を叩く。
「もっと可愛いんだぞ?ジャック・オー・ランタン用の南瓜は」
「可愛いのー?」
「そう。その緑色の南瓜でも、出来ない事は無いけどね」
 葛はそう言い、レジに持っていって会計を済ませる。そしてスーパーを後にすると、今度は昨年ジャック・オー・ランタン用の南瓜を買ってしまった店へと向かうのだった。


 家に帰り、無事に卵黄をスイートポテトに塗る事ができた。葛がそうしている間、蘭は買って帰った四つの小さなオレンジ色の南瓜をテーブルの上に並べ、興味深そうに眺めていた。
「可愛いのー」
「そうだろう?」
 スイートポテトをオーブンに入れ、葛は答えた。並べられた四つの中から一つを取り、マジックできゅっきゅっと顔を書いていく。
「何をしているのー?」
「ジャック・オー・ランタンを作っているんだ」
「顔?」
「そう、顔。可愛い顔にしないとね」
 葛はそう言いながら顔を書くと、ナイフを入れてくり抜いていく。去年一度やったことがある為か、スムーズに綺麗にくり抜く事が出来た。一つ目のランタンが完成すると、まだ顔が作られていない三つの横にそっと置いてやる。
「うわあ……!」
 出来上がったランタンに、思わず蘭は手をぱちぱちと叩いた。
「僕も、僕もやりたい!」
「じゃあ、これで顔を書いて」
 予想通りの蘭の言葉に、葛はマジックを蘭に手渡してやる。蘭は意気揚々とそれを受け取ると、きゅっきゅっと音をさせながら顔を作ってやる。
「できたのー!」
 書かれた顔は、予想通りに芸術的だった。葛は「ま、いっか」と小さく呟いてからナイフで大方の中をくり抜く。その後はスプーンを渡し、中をくり抜いて貰う。
「ほら、出来た」
「出来たのー!」
 無事に、とまではいかないが、蘭特製のランタンが完成した。それを先程葛が作ったランタンの隣に置いてやる。
「可愛いのー」
 葛の作ったランタンと蘭の作ったランタンが、ちょこんと並べられてテーブルの上に置かれている。それが妙に、可愛らしい。
 出来に満足したらしい蘭は、三つ目の制作に取り掛かった。葛はくすりと笑い、夕食の準備を始めた。時々蘭の作るのを手伝ってやり、スイートポテトの焼き上がりを確認し。
(楽しいな)
 去年は確か、姉が遊びに来た。喜怒哀楽の顔を模った四つのランタンに、驚いていた。
(あれはあれで楽しかったけど)
 今年は、蘭がいる。去年と同じように四つ南瓜を買い、四つのランタンを作っているが、去年とは違う出来上がりになりそうだ。
(去年は蘭、いなかったんだっけ)
 葛は蘭を見る。ついに四つめのランタンを完成させた蘭は、四つを綺麗に並べて楽しそうにランタンたちを見つめていた。興味深そうに、やり遂げた達成感を持ちながら。
 チン、と音がしてスイートポテトが完成した。蘭はその音にランタンから目を離し、葛の方を見た。
「持ち主さん、出来たのー?」
「うん」
「いい匂いなのー。美味しそうなのー」
「でも、夕食前だぞ?」
「……うーでもー」
 甘い匂いを前に、蘭は悩んでいるようだった。夕食を食べなければならないのは分かっているが、それ以上に美味しそうな甘い匂いが蘭を誘っているのだ。真剣に悩む様が、何となくおかしくなって葛は思わずくすりと笑う。
「そうだ、蘭。……ほら、これをかぶって」
 葛はそう言うと、今日買ったお菓子に付いていた黒いとんがり帽子を蘭にかぶせた。蘭はされるがまま、きょとんとした顔をして葛を見ている。
「なぁに?」
「今日はね、子どもが色んなものに変装してお菓子を貰おうとする日なんだ」
「そうなの?」
「そう。だから、蘭はここで言ってみよう」
「うん!」
「トリック・オア・トリート!」
 葛が言うと、蘭はつられたようににっこりと笑いながら口を開く。
「トリック・オア・トリート!なの!」
「それは、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞって意味なんだ」
「僕、悪戯しないのー」
「うん、知ってるよ。だから……」
 はい、と葛は蘭にスイートポテトを手渡す。蘭は「わあい」と喜びながらそれを口にした。途端、口一杯に芋の甘味が広がっていく。
「美味しいのー」
「それは良かった」
 蘭は口の中のスイートポテトを飲み込むと、再びテーブルの上に置かれた四つのランタンを見つめた。まだ黒のとんがり帽子をかぶったままだ。
(ハロウィンか)
 葛は蘭の様子を見て再び微笑み、夕食の準備を続けるのだった。

<再び訪れた季節を思い・了>