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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『私をどこかに連れてって!』


 空は青く、点々と存在する白い雲が、それにアクセントを加えている。
 久々の快晴だった。
 ここ暫くの間、空は分厚い雲で覆われているか、梅雨のような湿った雨を降らせるばかりで、秋晴れと呼べる天気はなかった。台風も、一体何号来たのか数えるのも面倒なほどだ。
 流飛霧葉は、早朝まで掛かった依頼をこなし、自宅へと戻る途中だった。普段は田舎の廃屋のような家で自給自足の生活を送っている彼だが、ここ最近の気候のせいでそれも上手く行かない。そういう時は、裏稼業を引き受けることにしている。
 彼がいつものように和服の裾をたなびかせ、布に包んだ愛刀を片手に持ちながら歩いていると――
 妙な、風が吹いた。
 何気なくそちらに目を遣ると、屋敷と呼んで良い規模だろう、広い敷地に立つ西洋風の大きな家が聳え立っていた。
 ぐるりを囲む塀には蔦が絡まり、家自体の壁も同様。色は全て灰色である。まるで、B級ホラー映画に出てくる幽霊屋敷のようだった。そして、背後には墓地が見える。
(すげぇ家だな)
 爽やかな秋晴れだというのにも関わらず、その家は、自身の周辺だけに灰色の雲が掛かっているように錯覚させるほどの禍々しい雰囲気を放っていた。何故かこの時間にコウモリまで飛んでいる。
「流飛さ〜ん!」
 彼が少しの間その家に見入っていると、聞き覚えのある声がした。
(聞き間違いだ)
 嫌な予感がしたので、早々に立ち去ろうとする彼を、またもや声は呼び止める。今度は、さっきよりも近い。
「流飛さ〜ん!待って下さ〜い!!」
 恐る恐る顔を向けた彼の目に留まったのは、禍々しい屋敷の中から出て来る人物――御稜津久乃の姿だった。

 津久乃とは、とある店で知り合った。
 そこは占いグッズの専門店で、店主の持つ『能力』により、タロットカードの中の世界が『体験』出来るという奇妙な場所だった。
 霧葉は、ちょっと雨宿りするつもりで立ち寄ったその店で彼女に言い包められ、一緒に『体験』をする羽目に陥ったのだ。
 あの時はセーラー服姿だったが、今日は白いワンピースに、淡いピンクのニットのジャケットを身に纏っていた。にこやかに微笑む彼女の姿を見たら、多くの人が『大人しそうな可愛らしいお嬢さん』と言うだろう。
 だが実態は、自覚もなしに怪奇現象を周囲に引き起こしまくる、傍迷惑なトラブル・メイカーなのだ。
「凄い偶然!本当に嬉しい!流飛さんとまた会えるなんて!私、休日なのに、どこにも行くところがなくて暇だったんです。お願いです、どこかに連れてって下さい〜」
 出来れば関わりたくないのだが、こうも嬉しそうな顔で再会を喜ばれ、頼まれると、霧葉はどうしても首を横に振ることは出来なかった。
「俺んち、来るか?畑仕事とか、色々やらせてやる」
 つい、こんな言葉が口から出てしまい、それを聞いた津久乃は目を輝かせた。
「わぁ!私、そういうのやったことないんです。是非お願いします!」
 それを見ながら、だが、霧葉はとあることに思い当たった。
「俺の家、田舎だから……今からだと、夕方になっちまうかも」
 しかし、津久乃は表情を崩さない。
「大丈夫です!ヘリコプターで行きましょう」
「え?お前んとこ、そんなもんあるのか?」
 流石に驚きの表情を隠せない彼に向かい、彼女は穏やかに答える。
「はい。自家用のものがあります。とにかく、中に入って下さい」
 こうして、霧葉は禍々しいオーラを放つ御稜邸へと招かれることとなった。
 ――目の端に、倒れる電柱を留めながら。

 屋敷の中は、外見とは全く異なり、気品に満ち溢れていた。上品で高価そうなアンティークの家具や調度品がセンス良く並び、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「お嬢さま、お友達でいらっしゃいますか?」
 そこで、黒いタキシードを着込んでいる初老の紳士に出迎えられた。
「うん。そうなの。流飛霧葉さんっていって、とってもいい方なのよ」
 津久乃にそう紹介され、無言で頭を下げる霧葉に、紳士は丁寧に頭を下げ、こう言った。
「それはそれは……津久乃お嬢さまが、お世話になっております。私は、こちらの執事をさせて頂いております、西野、と申します。ただいまお飲み物をお持ち致しましょう」
 そう言ってこちらに向かい再び一礼し、その場を離れようとする彼の背中に津久乃は声を掛ける。
「あ、西野。ヘリコプターの手配をして」
「畏まりました」
 それから程なくして、飲み物が運ばれて来た。
「流飛さま、日本茶で宜しかったでしょうか?お着物をお召しになっていらっしゃるので、そちらの方が宜しいかと、私めの一存で決めてしまったのですが」
「何でもいい」
 事実、和食を好む彼は日本茶が好きだ。だが、人と話すことが苦手なので、つい答え方が乱暴になってしまう。
 西野は穏やかに微笑んで二人の前に飲み物を置いた。津久乃の方は紅茶のようだ。
「おまえって、お嬢さまなのな」
 霧葉は出された茶を啜り、周囲を何となく眺めながらそう言う。焼き物の価値など分からないが、この湯呑みも、相当な値段がするのだろう。
「はい。女だから『お嬢さま』ですよね……そういえば、何で男の人だと『お坊さま』って言わないのかしら?……ふふ……『お坊さま』……面白い響き」
 カップを両手で持ち、上品に紅茶を飲んでいる津久乃の言葉に、霧葉は溜息をつく。彼女にまともな答えを期待したのが間違いだった。
「それよりおまえ、服着替えて来い。そんな格好じゃ、仕事出来ねぇし、汚れる」
 彼女は、彼の言葉に暫し考え込んだあと「はい」と素直に返事をし、赤い絨毯の敷かれた大きな階段を上っていく。
 待つこと十数分。
 戻ってきた津久乃は、ジーンズにスニーカーというラフな格好で、麦わら帽子を被っていた。それはいいのだが、何故か割烹着を着ている。
 そこに、巨大な鳥が羽ばたくような音。
「お嬢さま。ヘリコプターが到着したようでございます」
 西野の言葉に促され、二人は屋敷の屋上へと向かった。

 黒塗りのヘリコプターの機体が、陽光を受け、眩しく輝いている。
 傍らには、三十代前半ぐらいだろうか。がっしりとした体格の男が立っていた。
「津久乃お嬢さま、お久しぶりです。こちらは……お友達ですか?」
「塚原、ご苦労様。うん、お友達。流飛霧葉さんっていうの」
 塚原と呼ばれた男が、こちらへと向かい頭を下げる。霧葉も軽く会釈した。西野との遣り取りでもそうだったが、津久乃と会うのでさえ二回目なのに、彼女の友人と思われるのはどうも良い心地がしない。
 そんな彼の思考をよそに、会話は進んでいく。
「それで、今日はどちらまで?」
「ええと……流飛さんのお家って、どこにあるんですか?」
 返答に困っていると、塚原が地図を持って来てくれたので、霧葉は自宅の大体の位置を伝えることが出来た。
「じゃあ、お乗り下さい。安全ベルトは忘れずに」
 こうして、空の旅が始まった。

「お嬢さま、前方からカラスの大群がやって来ます」
「避けて」
 飛び立ってすぐ、黒い雲かと思われるほどのカラスの群れが、こちらへ向け襲い掛かって来た。
 だが、その一羽一羽を、ヘリコプターは機敏に避けていく。避けろという津久乃も津久乃だが、それを造作もなくこなす塚原も塚原である。機体は上下左右に揺れ、ヘリコプターにありえない動きを繰り返す。
「あはは、ジェットコースターみたいで面白いですね〜」
(気持ち悪ぃ……)
 激しく振動する座席に、隣の津久乃は喜んでいるが、霧葉は込み上げてくる吐き気と闘っていて答えるどころではない。

「お嬢さま、迎撃ミサイルです」
「避けて」

「お嬢さま、晴れてるのに雷です」
「避けて」

「お嬢さま、一反もめんです」
「避けて」

 数々の怪奇現象をすり抜けながら、ヘリコプターはやがて、霧葉の自宅付近へと着陸した。
「わぁ……ここが流飛さんのお家なんですね」
 麦わら帽子を片手で押さえながら、爽やかな笑顔で言う津久乃とは対照的に、霧葉は疲労感たっぷりのまま頷いた。
「とりあえず、畑仕事からだ」

 近くに見える堂々とした山。
 流れる小川のせせらぎ。
 のどかな風景。
 これこそが、霧葉の日常だった。
 鍬を振り、額の汗を拭う。
 津久乃の笑い声が聞こえる。
 裕福な家庭に育ち、苦労を知らない彼女にとっては辛い仕事になるかもしれないと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。中々見込みがあるかもしれない。
 そう思って、そちらを見遣ると――
 鍬が勝手に動いて、畑を耕していた。
 津久乃はそれに文字通り振り回されている。
「面白〜い!これ、オートマティックなんですね」
「んなわけあるか馬鹿!手ぇ離せ!」
 そう言われ、渋々手を離した彼女の元を離れ、鍬がこちらへと襲い掛かって来る。
 前回のことがあったので、念のために刀を腰に帯びていたのだが、それがいきなり役に立つことになろうとは思わなかった。
 どこを狙ったものか迷う暇もなく、刀を抜いた霧葉は一瞬にして鍬をバラバラに切り刻む。
 断末魔の絶叫が、辺りに響いた。
 何故、鍬が絶叫を上げるのかは分からなかったが、事実上げたのだから仕方がない。
(それにしても……俺の鍬が……)
 刀がそうであるように、農具のほとんども彼自身が作っている。貴重な道具を壊してしまったことに落胆の色は隠せなかった。
「……次行くぞ」
 憮然とした表情で言う彼に、しかし津久乃は動かない。
「流飛さん、大きなカブが」
 彼女の目線の先を追うと、確かに巨大なカブが畑の上に鎮座していた。
「カブなんて植えた覚えはねぇ」
 刀が一閃する。
 カブは、真っ二つに割れた。
 そしてその中から。
「私はカブ太郎……おじーさん、おばーさん、私は種子島に行って……」
 羽織袴を着た、血みどろの巨大な子供が這い出して来た。
「喧しい!」
 再び刀が閃く。
 カブ太郎は、血飛沫を上げながら、どう、とその場に倒れた。
 そこで突然、着物の袖を引かれる。
 そこには、涙を流して震えている津久乃の姿があった。
 霧葉は、瞬時に後悔する。
 幾ら怪物とはいえ、人間の子供の姿をした者を切り捨てたのだ。彼女は相当なショックを受けたことだろう。
「悪かった」
 彼は、ボソリと呟く。
「……え?」
「今のは人間の餓鬼の姿をしてた。見て気分のいいもんじゃねぇ……大丈夫か?」
 そうして彼は、そっと彼女の肩に手を置いた。
「あの……今の、子供の格好をしてたんですか?私には、カブにしか見えませんでしたけど」
「は?」
 疑問の声を上げ、彼は思考を巡らせる。
 どうやら彼女の『能力』は、あくまでも彼女自身には被害が及ばないように発動するらしい。
「じゃあ、何で泣いてるんだ?」
 彼の問いに、彼女は指先で涙を拭きながら小さく答えた。
「いえ……カブ太郎さん、よっぽど種子島に行きたかったんだなぁって……」
(心配して損した……)
 霧葉は、一気に脱力した。

 山中。
 周囲に生い茂る木々が日の光を遮り、昼間といえども辺りは薄暗かった。
 一時間ほど、道なき道を登って来た。
 霧葉にとってはこれが普通なので、どうということはなかったが、津久乃も弱音を吐かずについて来る。意外と健脚のようだ。
「流飛さん、ここの辺りでは、どんなものが採れるんですか?」
「今の時期なら、茸だな。山菜も採れるが」
「へぇ〜」
「採れたては、旨いぞ」
 話をしていると、ちらほらと食材になりそうなものが見えてくる。
「あの茸は駄目だ。毒がある。あれなら――」
 そう彼が指差した茸が、次々と煙を噴出しながら空中へと飛び立ち始める。やがてそれは、空の上で弾けた。
「凄い!花火みたい〜!ここのキノコって面白いんですね!」
 手を叩きながら喜んでいる彼女を尻目に、彼は溜息をつく。もう既に、口を挟む気力も失せていた。そして、周辺の茸は毒のあるものだけを残し、粗方無くなってしまっている。
「次。山菜行くぞ」
「は〜い!」
 だがそこでも彼は、今日何度目になるのか分からない溜息をつくことになる。
 山菜が突然手足を生やし、逃げ出してしまったのだ。幾つかは捕まえたのだが、手足をばたつかせているその姿を見て、逃がした。流石に妖怪化した山菜を食べる気にはなれない。
(食料が……)
 ガックリと肩を落とす霧葉。一体これで何日分の食料が消えてなくなったのか。
 心配そうにこちらを見ている津久乃に恨みを覚えるが、どうしても、彼女のことを憎む気にはなれない。これも彼女の『能力』のひとつなのだろうか。

「いいか。一回こうやって噛ませてから、こうやるんだ」
 小気味良い音が、辺りに響く。
 食料調達は諦め、山を下りてから、二人は薪割りの作業に入っていた。日は既に傾きかけている。
 霧葉が見事に真っ二つに割った薪を見て、津久乃が拍手を贈った。
「私にもやらせて下さい!ええっと……」
 見よう見まねで作業をしようとする彼女だが、斧が重たいのか、どうにも動作が覚束ない。
 斧を振り上げ、その姿勢のままふらついている彼女をフォローしようと霧葉が近づいた途端。
 薪が音を立て、綺麗に割れた。
(へぇ。こいつの『能力』も、たまには役に――)
 と思ったら炎を上げ、燃え出した。
(――立たねぇ!)
「おかしいなぁ……もう一度……」
 頭を抱える彼に構わず、彼女は作業を再開しようとする。
「やめろ!そこまでだ!」
 どこかでカラスが鳴いていた。

「本当にありがとうございました!凄く楽しかったです!」
 笑顔で霧葉の手を握り締め、ぶんぶんと上下に振る津久乃。
 彼は、憮然とした表情でされるがままになっている。
「あ、これ、山で見つけたんですけど……」
 割烹着のポケットから、彼女は何かを取り出した。
 それは、一輪の白いコスモスの花だった。
「花で腹が膨れるかよ」
 そう言いながらも、つい受け取ってしまう。
「さようなら!また遊んでくださいね〜!」
 そう言って彼女は、あれからずっと待機していたヘリコプターに乗り込んだ。

 翌日。
(腹減った……)
 霧葉は自宅の床で、横になっていた。
 昨日は津久乃のせいで、食料調達もままならなかった上、畑も滅茶苦茶になった。家に残っていた食材も僅かだったので、ロクなものを食べていない。
 そこに、近づいて来る音。
 彼は、ゆっくりと身体を起こすと、表へと出てみる。すると、昨日見たばかりのヘリコプターがこちらへとやって来るところだった。
 それはやがて、突風を巻き起こしながら着陸する。
 そして中から塚原が出て来ると、こちらへと歩み寄って来た。
「あんた……」
「流飛さま、昨日はお嬢さまがお世話になりました。お嬢さまからお届けするようにと言われまして」
 導かれた先にあったのは、米、野菜、肉、魚、農具――大量の品々だった。
「お嬢さまは、悪気はないんです。ただちょっと自覚に欠けてるだけですから……」
「分かってる」
 塚原の言葉に、霧葉は頷く。
「これで、勘弁してあげて下さい」
「こんなに喰えるか。腐っちまう」
 その言葉に、塚原は、白い歯を見せて笑った。

 塚原が帰ったあと、霧葉は早速朝食の準備をすることにした。こんなに大量の食材にありつける機会は滅多にない。心置きなく豪勢な食事が作れるというものだ。
 まずは届けられた品を整理する。
 ふと、そこに一枚の封筒が混じっているのを見つけた。
 中を開けてみると、そこには一枚の写真。
 昨日、津久乃にせがまれ、無理矢理撮らされたものだ。
 肩を寄せ合い、津久乃は満面の笑みで、霧葉は憮然とした表情で写っている。
 裏返してみると、サインペンで書かれた文字があった。

『昨日はありがとうございました!凄く楽しかったです。また遊んでくださいね!――津久乃』

 彼はそれを見て、唇の片端を上げると、水の入ったコップに差してあった白いコスモスの脇に、そっと写真を立てかけた。

 そして、食事が豪華な他は、普段と変わらない霧葉の日常が始まる。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3448/流飛・霧葉(りゅうひ・きりは)/男性/18歳/無職】

■NPC
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■流飛・霧葉さま

こんにちは。
今回は同時発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

流飛・霧葉さまと津久乃を絡ませるのが二回目だったので、少しだけお友達(というよりは『腐れ縁』に近いかもしれません……)っぽい雰囲気のお話になりました。そこの辺りは大丈夫でしたでしょうか?

相変わらず、緊張しっぱなしです……
少しでも、楽しんで頂けていることを祈るばかりです。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。