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<東京怪談・PCゲームノベル>


THE BLUE

■ シェーカーを追って(オープニング)

「やぁだ、きったない広告ねぇ…」
 バイトとして沢山暴れ…いや、働き学んできた湊が町内掲示板の前を通るとすれ違ったパーマ頭の主婦が心底嫌そうな口調でそう言った。強い香水が鼻について臭い。
「ほえ?」
 湊の住む住宅地、宗教勧誘の広告や市民団体の告知、または町内会新聞が張られた掲示板に汚く破れ中身を読み取る事すら不可能な紙切れが一枚ぶら下がっている。
 誰が貼ったのかは知らない。―――知らないが、湊にはその埃や泥にまみれた文字が以前知り合った青年の勤めているバーである事がすぐにわかった。
(暁さん、こんな宣伝じゃ誰も来てくれませんよぅ)
 ご近所の奥様、叔父様がたにすこぶる不評な広告は、きっと明日になれば白く透明な袋に入れられて町のゴミ捨て場に放置されるであろう。
「折角選んだシェーカー、活躍してるか見に行かないとね!」
 こんな宣伝の仕方では湊が某ショップで選んだシェーカーが活躍しているかさえ怪しい。
 最も、それに酒の精がついているなどという事はこの際言いっこなしで、彼女は一度そのシェーカーを選んだ店で暁という褐色で怪しい関西弁を使う男の書いていた住所を頼りに暗い裏路地をものともせずに歩いていった。

■ 似合わない店(エピソード)

 裏路地の微かな暗がりに身を包まれながら、湊は家に帰らぬままバー『BLUE』に来てしまったため、制服のまま建物の前で立ち尽くしていた。
 夕暮れ時の生暖かい風と、紺と緋色のグラデーションが空でちかちかと風に乗って光っている。
「こんな所で働いてるんだ」
 そんな言葉がついて出たのはあの暁という男とは不似合いの、お洒落で大人の行くような作りと雰囲気を伴った建物が目の前にあるからだ。確かに、暁は大人なのだろうが、湊にとっての第一印象は大人というより変な関西弁の大きな犬である。
(人は見かけによらないって言うしね、まっ、入っちゃおー)
 考え過ぎるというのは性に合わない。
 湊はそれだけ考えるとなんの戸惑いもなくバーの扉を勢い良く開け放った。とたん、鳴り響く銅の鈴の大きな音。
「いらっしゃーい! おっ!」
「暁さーん!」
 感動の再会。と、いうわけではないがカウンター奥から出てきた男は大きく手を広げ、かつ以前と同じようにオーバーリアクションで湊の腕を掴むと千切れんばかりに振っている。
 勿論、湊もそれを予期していた事もあり、結局二人で店の真ん中で遊んでいるような印象まで出てしまう。
「店長、店に学生さんとは何事ですか? お客様が見ておられますよ」
 ふと、暁の後ろから黒髪長髪の女性が顔を出し、暖色系の明りが灯った店内をぐるりと見回している。
 大きな暁と彼から見れば小さな湊、しかも制服での来店という事もあり、あまり客の居ない店内の意たる所から妙に痛い視線を感じてしまう。
「はわわっ! すみません! あたしは湊・リドハーストと言いますっ!」
「妃ちゃん、前言ったやろ? 俺が壊したシェーカー一緒に探してくれた子やねん!」
 二人同時に再会を祝う握手をやめると、また同時に大声で自己紹介なりを話すものだから、妃と呼ばれた女性は眉間に小さく皺を寄せ、
「店長はもう喋らないで下さい。 ええと、湊君も来てしまったのですからごゆっくり、カウンター側の席なら店長とも話しやすいでしょうから、そちらで紅茶でもどうです?」
 このまま店の雰囲気を壊されるのを防ぐ事を第一としたのだろう、五月蝿い怪獣二人をカウンターとその席へと案内した。

 こじんまりとした店内。光という光は本当に少なく、手元を照らすライトやカウンター奥にあるグラス達に注がれる光が反射していて星のようであり、湊はここ『BLUE』に、まるで大人のパジャマパーティーをする場所というような感想を持った。
 知り合いに同じくバーを経営する人間がいたが、この店よりは明るい光が満ちていたかもしれない。
「ねぇ、暁さん。 随分美人な彼女さんが居るじゃないですかー」
 席について早々、身を乗り出した湊は暁を呼び寄せると早速今しがた出会った女性の話を持ちかける。細身の身体が木のカウンターに上がり、セーラー服の襟や彼女自身の耳に被さるような髪が小さく揺れて少女らしさが目立つ。
「いややなぁ湊ちゃん、俺の事は『遊ちゃん』でええでー! って、彼女?」
 暁の方も負けてはおらず、一方的に自分のあだ名を教えると湊の言う『彼女』に思い当たりが無いのか、珍しく頭を使っているようで、黙っていればなかなか格好いい部類に入るのだろうと再認識してしまう。
「ホラホラ、とぼけちゃ嫌ですよう!」
「んっ、んんー?」
 いくら考えても思い当たらないのか、暁の顔が心なしかショートしたように赤く染まってきた。
「湊さん、妃は女性ではなくて男性だよ」
「ほえ?」
 聞いたことの無い落ち着いた声が湊より少し離れたカウンター席から響き、その方向に目をやれば少し皺のよったこげ茶コートに同じような色のスーツ、縛った髪の毛を尻尾のように下げている青年が二人を見て微笑んでいる。
「失礼、私は切夜と言います」
「あ、はい。 あたしは湊・リドハーストと言いますっ」
 思い出したように挨拶をすると、
「で、切夜さん。 妃さんって女性じゃないんですか!?」
 暁も驚いたのか、カウンター下で蹲まる中、湊は至極真剣に切夜に問うた。
 だが、切夜の笑いのツボにもはまってしまったのか、湊の言葉に暫く、くぐもった笑い声を漏らしていたがやがて少し落ち着いたかと思うと息も荒くようやく言葉を発するようになる。
「う、うん。 ぷっ…『彼』は萩月妃と言って、れっきとした…くっ…だん…」
「男性です! 店長、切夜! くだらない事で笑わないで下さい!」
「はわわ!」
 急に上から降ってきた怒声は確実に先程の『男性』萩月妃の物であり、湊は誤魔化すようにしてにこにこと微笑んでみせた。
「はぁ…もう良いですよ。 アップルティーです、どうぞ」
「ご、ごめんなさいですー! アップルティー有難う御座います、妃さん!」
 今まで湊の近くに居なかったのは彼が紅茶を淹れに行っていたからだったのだろう、しっかりとした茶葉から淹れられた紅茶は甘い林檎の香りを漂わせながら湯気を出している。
「湊さん、盾になってくれて私は嬉しいよ」
 こっそり年下の湊の背中に隠れていた切夜が笑い声を漏らしながら顔を覗かせた。
「切夜さん、もう…妃さんに怒られちゃったじゃないですか」
「湊ちゃんも冗談きっついわー! 彼女て誰かと思ったやん? 妃ちゃんは友達やで、お友達」
 切夜に悪態をつく湊、湊に悪態をつく暁と三人揃って悪戯をした後の子供のようにほくそ笑む。全く、自分よりずっと大人だというのに同じ位置で笑うこの二人が酷く幼く、同時に彼女にとってはそれが嬉しかった。

「でも、妃も湊さんの事を悪く思ってはいないと思うよ」
 ひとしきり笑った後、切夜はコートから黒い皮の手帳を取り出すとなにやら書き込みながら湊に言う。
「そうですか? あんな風に間違っちゃったからてっきり…」
「いーや、妃ちゃんいっつも自分から紅茶は淹れへんもん。 堅物やからとっつき難いと思うけど、仲良うしてやってな」
 「そ、そうですか?」と、自分達から離れた場所でシェーカーを振っている萩月を見れば、なかなかご機嫌なのか、中に入っている飲料の音が透明な音楽となって響いている。
「だったら、ちょっとほっとしましたー」
 こくり、と淹れられたアップルティーを飲めば喉から林檎の甘酸っぱい香りが鼻をくすぐって暖かい気持ちにしてくれた。
「あ!」
「なんや?」
 萩月が使用しているシェーカーを何の気なしに見ていた湊だったが、その真新しい銀色のシェーカーが何処かで見た事がある事に気付き、つい声を漏らす。
「あれって私が選んだシェーカーですよね?」
 暁に「あれ、あれ」と言いながら指をさすと、
「ああ、そやで。 あんまシェーカー置いてない店やし俺と妃とで交代で使こうてんのや。 大活躍やで! 有難うな!」
 ぽん、と暁が湊の背中を痛みが来ない程度に叩き屈託の無い表情を作る。大きな手が背中に置かれた事により、小さな背中が嬉しそうに揺れた。
(本当に使かってくれてるんだぁ…)
 萩月の振るシェーカーを湊はじっと見つめる。
 エメラルド色の大きな瞳にシェーカーの銀色から反射した光が映り、店内と調和した翡翠色になってより大人になったような雰囲気が出、あの古いアンティークショップから使ってもらえる場所へと巡り合えた事を感謝した酒の精の湊へのささやかなお礼のようであった。
(頑張っているんだね)
 心の中でそっと呟いて、もう一度紅茶のカップを手にする。酒の精は以前見た時よりも随分回復していて、普通のシェーカーで酒を作る時よりもきっと上品な喉ごしの物が出来上がる事であろう。
「ねぇねぇ、遊ちゃん」
「どした? 湊ちゃん」
 側に居る暁の黒いエプロンを引っぱり、自分の方に向かせると、
「お酒、飲んじゃ駄目? あのシェーカーで飲んでみたいなーって、思ったんですけど」
 覗きこむように上目遣いをする、女の子の特権。最も、湊はそんな事を考えてしているわけではないが、暁は何度か唸りながら考え込んでしまった。
「湊さん、妃が居る時は無理だよ」
「ええっ、そうなんですか」
 今までの話を聞いていたのだろう、切夜がこっそりと湊に耳打ちしてくる。
 彼の手元には開いたままの手帳がそのままにしてあり、どうやら今まで自分のスケジュールを書きこんでいたようだ。
「うーっ、残念!」
 がっくりと肩を落とし、ふざけながら恨みがましいという目を作って萩月を見ると、彼の整った顔からは困ったものだという表情が現れる。
「えへへ、でもちゃんと使ってくれているって思ったらなんだか嬉しくなっちゃいました!」
 残ったアップルティーを飲み干すと清々しい秋の香りを楽しむ。
 暁が「そうか!」と言えば、湊が微笑み細い身が揺れながら、さながら『BLUE』の小さな妖精のような空気を舞わせる。

「ご馳走様でした! またここに来てもいいですか?」
 席から立ち上がり、勢い良くお辞儀をすると長いみつあみも同時に大きく動き、べちんという音と共に礼をした。
「ええで、ええでー! また遊びに来てや」
「…紅茶で我慢していただけるのなら、歓迎しますよ」
 流石オーバーリアクション暁、湊の鞭のようにしなったみつあみに動じもせず、自分も大きな手をまた振りながら答えている。
 萩月の方は流石に元気娘な湊の様子に「店長が二人居るようだ」等と小さく言ってはいたが、
「このシェーカーを選んでくださった事、感謝しますよ」
 結局苦笑しながらも彼女の来店を楽しみにしてくれているようだった。
「面白いお客さんが増えたね、遊ちゃん。 私も茶飲み友達が出来て嬉しいな」
 面白い客は切夜もだろう、と湊はバーで初めから紅茶を飲んでいる彼にそう言いたかったが、自分も結局の所萩月が居る限りお酒など飲ませてもらえなさそうだったので心の中に留めておく事にする。
「次はダージリンも試してみない? 結構いけるよ」
「お酒が駄目だったら、また切夜さんと同じのにしますね」
 二人で内緒話のように約束を取り付けていると、萩月の痛い視線が湊の方に突き刺さった。
「あは、あはははは。 それじゃ、また来ますねっ!」
 その痛い視線から逃げるように少しだけ重い木製の扉を開ければ、キラキラとグラス棚のように輝く星空が湊を出迎えてくれる。
「有難う御座いましたー!」
 背後から萩月と暁の声を聞きながら、軽い足取りで湊は歩く。暗い路地に明るさを振りまきながら、彼女は明日もきっとバイトと称した牧師助手として暴れ…いや、矢張り働いて来る事だろう。

「あ、待ってぇや、湊ちゃん」
「遊ちゃん? どうしたんですか?」
 追ってくるようにして走ってきた暁があまり走り慣れていないのか息をつく。跳ねた茶色のくせっ毛が心なしか疲れたように揺れている。
「妃ちゃんに買出し頼まれてもうた。 折角やし、途中まで一緒に歩かん?」
「はわわ、大変そうですね。 はい! 一緒に行きましょう!」
 初めて出会った時の様に、おーーっ! と掛け声を上げた二人は表通りの光に吸い込まれていく。
「そや、湊ちゃん。 今度シロジンガーZ観ぃへん?」
 「ごっつうおもろいアニメやねん」と、程なくして暁が発した言葉に、何処から出したのか、そして何故持っているのかもわからない湊のハリセンが、
「なんやねんそれ!」
 と、火を噴きつつ。二人は夜道に太陽のような暖かさを振りまきながら道を行くのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2332 / 湊・リドハースト / 女性 / 17歳 / 高校生兼牧師助手(今のとこバイト)】

【NPC / 暁・遊里 / 男性 / 27歳 / カクテルバー『Blue』店長】
【NPC / 萩月・妃 / 男性 / 27歳 / カクテルバー『Blue』副店長】
【NPC / 切夜 / 男性 / 34歳 / 売れない新聞記者・『BLUE』常連客】
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■         ライター通信          ■
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湊・リドハースト 様

またお会いできて光栄です!
若葉マークがそろそろ枯れて来つつ、手放したくないライター・唄です。
今回、湊様にはシェーカーが活躍しているか確かめに来て頂きました、萩月が居たので紅茶のみのオーダーとなってしまいましたが如何でしたでしょうか?
NPC登場では『BLUE』男衆が勢揃いで登場となり、少し暑苦しかったかもしれませんね、すみませんです。
メインNPCは暁の筈ですが、いつの間にか萩月や切夜も無駄に自己主張してしまいました。湊様もどちらかというとボケを強調してしまい、ハリセンがラストのみとなってしまったのが私的に申し訳ないです。
誤字・脱字等御座いましたら申し訳御座いません。
また、表現など直した方が良い点等御座いましたら真剣に受け止めさせていただきますので、何か御座いましたらレターにてお願い致します。

それでは、またお会いできる事を祈って。

唄 拝