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光差す場所へ
それは一瞬の出来事。一矢を報いることができたのに、閉ざされた視界。
叫び声さえも、その闇へと取り込まれてしまう。意識は引き裂かれ、あたしは失っていく自我の中、大切な親友の残像を追い求めていた。
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危険を承知で出かけたのは樹海。押し留める友人の涙を拭ってでも、あたしがしなければならない仕事のためだった。龍王の血を引く姫巫女として、この仕事だけは譲れなかった。後継者――という名を背負うには、血脈だけではだめだと分かっている。実績が伴なってこそ、真の後継者としての道を行けるのだと。
「ごめんね…」
抱き締めた華奢な体を思い出した。
そんなあたしを待ちうけていたのは、掘削により封印を解かれた妖魔『白蛇』。到着した時、影しか蠢いていなかった情報とは異なり、すでに本体が実体化し、長く太い胴体を辺りの樹木に打ちつけていた。
あたしはギリと唇を噛んだ。龍王は水属性を帯びる者。目の前で荒々しく猛っているのは蛇。こちらも水属性なのだ。
「…忠告通りっていうわけね。さすが、占術部の部長だけはあるわ」
友人はタロット占いに長けている。涙を拭き、あたしの再帰のために注意すべき点を占ってくれていた。『地の力が必要だわ』――それが役に立ちそうだ。
廻り込む。
周囲に張ってあった簡易結界を自分の両手に繋ぐ。傍にいた他の神主を下がらせ、あたしはひとり『白蛇』の前に立ちはだかった。
「あたしが相手よ! 古より蘇りし妖! ここはあんたのようなモノが跋扈する場所じゃない。潔く帰ってもらうわ!!」
蛇は鎌首を持ち上げた。あたしの体よりも遥かに大きな顔。白い鱗の隙間に赤い目と細長い舌。封じる者だと知っているのだろう。ゆっくりと、けれど周到に神経を研ぎ澄ませ、あたしとの間合いを取っていた。
勝負は一瞬。
両手に掴んでいた結界すべてに水を配す。一気に跳ね上げ、艶かしく蠢く体へと巻き付けた。『白蛇』は予測していなかった全方向からの攻撃に、挙措を失った。必死に逃れようともがいている。
「ふふふ、水だけでだめなら、地の呪縛も利用させてもらえばいいのよ!」
泥綱と化した結界が、次第に強く『白蛇』を締め上げた。その時、手のひらに感じていた力が失われた。それは、逃れられないと感じた『白蛇』が自分の気を放出し、巨体を縮めることで結界の隙間を擦り抜けたからだった。
「逃がさない!」
傍にあった洞窟へと逃亡する『白蛇』。あたしは追った。力をうしなったとはいえ、妖魔は不変ではなく人の邪まな気や闇の深さによって、その力は戻される。ここで確実に退治しなければ、後世の仇となるのだ。
暗闇。
あたしは『白蛇』と対峙した。
刹那、鋭利な刃物と化した水が妖魔の首を落した。血飛沫が闇に舞い、切り分けられた胴体がのた打ち回っている。あたしはそれに背を向けた――。
その直後、激しい落盤の音が響き、あたしは意識を失った。『白蛇』の最後の足掻きによって、脆くなっていた岩盤を砕いたのだと知るのは、冷たい水の滴りに目を覚ました時のことだった。
「う…痛っ……。相当、ひどいわ怪我」
自己分析してみたところで、誰も答えてはくれない。自分の指の先すら見えない暗闇。呼吸音だけが響き、あとは無音の世界。狂いそうになるのを辛うじて留めているのは、たったひとつの想いだった。
「……心配…してるだろうな」
どのくらい意識を失っていたのだろう。時間感覚は失われていた。巨大な妖魔を倒すのに力を使い過ぎていた体は消耗が激しい。指先の触覚だけを頼りに、あたしは出口を探した。
――が、そのすべては徒労に終わった。
辿り付いたのは地下水が僅かに流れている場所だけ。隙間風さえも見つからず、あたしは目の前に「死」という幕が下りようとしているのを感じた。胸に巡るのはあの日の約束だけ。無に近くなる心に宿す、唯一の光。
「ここであたしが死んだら、きっとあの子は自身を責めるわ…。自分が止められなかったせいだって」
死ねない。
あたしは残された力で水を浄化し、その中に体を横たえた。水中の酸素を得て、体を癒しながらただ時がくるのを待った。
耳に聞こえる声。あたしを心配する声。
彼女との約束を生き延びる理由にするのは、単に依存しているだけなんじゃないだろうか?
浮かぶ疑念。あたし自身、ちゃんと生きようとしているんだろうか?
答えは返らず、苦悩は深くなる一方。そして、彼女に会いたいと思う気持ちも強くなる一方だった。
「でも、会いたいよ。……帰ったら、話したいこといっぱいあるし、ケーキも食べに行きたいし……あたし、一緒にいたいんだ」
自分自身の『生きたい』って言う意志でなくたって、彼女に依存してたって、今はいい。後でたっぷり叱ってもらうから。
だから、あたしは――――。
力は蘇る。時間をかけて。清らかな水の流れは、あたしに力を呼び戻す。水から起き上がり、神経を集中させた。おそらくチャンスは一度きり。
周囲の水がうねり、振動が地下からあたしを押し上げた。呼んだのは鉄砲水。障壁をぶち破り、その穿たれた穴向こうに月明かりの樹海が見えた。
あたしはよろめきながら言った。
「今…帰るからね……」
それは約束の言葉。あたしの願い。
心配してくれていることが嬉しい。だから、早く会いたい。
闇の中でもずっと光を失わなかった彼女の微笑みが、きっとそこで待っているから。あの場所で。
□END□
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こんにちは、ライターの杜野天音です♪
幻想恋歌の続きモノのシングル発注ありがとうございました!!
如何でしたでしょうか? 少し戦いのシーンが長かったのが不安材料です……。それにしても心配してくれる人がいるっていうのは、嬉しいことですよね。千剣破が彼女のことを思うのと同じくらい、もちろん彼女も千剣破のことを思っているはずですから♪
『死』を前にしても、諦めることのなかった千剣破に拍手!
気に入ってもらえれば嬉しいです。今回もありがとうございました♪
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