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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


最高の被写体

「俺の自信作なんですよ。どうです?」
 最近新しく構えたと言う洋服屋の、売るにはやや派手すぎはしないかと言うドレス類を大きなトランクから次々と出した田中裕介が、目の前でその色鮮やかな衣装を広げられ、困惑の表情を浮かべている綾和泉汐耶へにっこりと笑顔を見せる。…営業スマイルとしか見えないその笑顔にも、汐耶の困惑の表情は広がるばかりで。
「私に何を期待してるの?私は司書であって物書きじゃないんだから、お店の紹介文何か書けないわよ?」
「いえいえ。汐耶さんに期待してるのはそっちじゃなくて、モデルの方なんですよ」
「……モデル?」
「カメラマンとスタジオは押えてあるんですが、肝心のモデルに良い心当たりが無くて。それに、普通のモデルだとちょっと不都合があるんで…お願いできませんか?」
 何だかやたらと低姿勢な裕介の態度に腑に落ちない物を感じてはいたのだが、試しにと触らせてもらった布質がとても良く、また、モデルに少しばかりの興味があった事もあり、渋りながらも引き受ける事になったのだった。

*****

「随分古めかしいスタジオなのね」
「あまり近代的な場所はカメラマンが嫌がっちゃって。でもセットはきちんとしてますよ。俺の店の宣伝になるんですから手は抜きません」
 言う通り、コンクリートの壁には染みが出来ていたりはするものの埃やクモの巣は見当たらず、逆にその古さが味になっている。そんな中を撮影現場へと向かう、と…。
「………」
 かちゃかちゃとカメラや照明の調整をしている男の後姿は見えるのだが、その向こうにあるカメラまでが透けて見えるのはどうした事だろうか。
「…普通のモデルだと不都合があるって…」
「ええ、まあ、そう言う訳なんです。ちょっと、未練が残ってしまったカメラマンで…その未練と言うのが、女性を撮影出来なかった事なんですよ。異性に対してかなりの恥ずかしがりやだったって言うもので。で、汐耶さんにモデルになっていただいて、未練を消してしまおうと…」
「何かあるとは思ってたけど」
 ふう、と息を吐いて、汐耶が皮肉な目で裕介を見る。
「…まあ、女を感じさせない私ならって事なんでしょ?どうせ中性的ですからね?」
 ぎくっと顔を強張らせた裕介だったが、いやいやいや、と大きく首を振って、
「な、何言ってるんですか。汐耶さんは十分魅力的な女性ですよ。ですから俺だって今日誘ったんだし」
 そんな話をしている2人へ、凝視めいた視線がかかっているのに気付き、2人が視線の先を見ると、調整を終えたのか、半透明の冴えない中年男と言った雰囲気の男が2人を――いや、汐耶を上から下までじぃぃぃぃぃっと見詰めていた。
「どう?出来そう?」
『は――はいッ!』
 やや声が裏返りながらも非常に嬉しそうな顔を見せられてしまっては、汐耶もここで帰るとは言い出せず、曖昧な笑顔を浮かべるしかなかった。
「さあさあ、衣装合わせしましょう。サイズは大体いいと思いますけど」
 スタジオの脇に設えた小さな着替えスペースに押し込んで、着る服と着方をざっと指示する裕介。
 ――自信作と言うだけはあって、身体を包む感触はかなりのものだった。最初に感じた派手さも、フォーマル着と思えばそれほど違和感は無い。
 するすると手袋を嵌めて出て来た汐耶に、おお、と待ちかねていたカメラマンから歓声が上がった。
「ちょっと動かないで下さいねー」
 服の、余計な隙間を埋め、髪をほぐしてセットし直し、汐耶の中性的な顔立ちを生かしつつ、女性らしくすっきりとした化粧を手早く施した裕介がにっこりと満足の笑みを浮かべる。
「まずはひとつ、と。どうぞ、汐耶さん」
「え、ええ」
 四方からライトを当てられたスクリーンの前に立った汐耶がぎこちない笑みを浮かべると、ぼう…っとその様子に見とれていたカメラマンが、次第にプロの顔へと変貌しながらカメラをその手に取った。

*****

 女性モデルを前にすると、仕事と分かっていても赤面してしまい、その照れがモデルにも伝染して仕事にならなくなった事、また、緊張のあまり普段の実力の半分も出せず、散々な出来を繰り返してきた事。
 ――そして結局、口に糊するためには、男性専門のカメラマンとなるしか無かったと言う事…そんな事を、衣装を次々と替える合い間に裕介の口から聞き、それにしては今随分平然として撮っているのね、と汐耶が小さな声で呟く。
『もっと――カメラを睨むように、強い視線で。そう――いい感じだ』
 男が汐耶に要求する表情に笑顔はほとんどなかった。作り笑いが苦手と知っての事か、服に合わせて取り澄ましたような表情を浮かべさせているだけかは分からなかったが、身体の動きへの指示も的確で無駄が無い。カメラマンとしての腕そのものは確かなようだった。男性専門とは言え、写真撮影だけで食べていける生活だったのだから当たり前だろうが。
「交通事故で亡くならなかったら、もっと名を上げていたに違いないんですがね。…ああ、でもその前に女性を克服しなければならないんでした」
 女性を撮影出来ない――被写体が人間メインの場合、それは致命的なものかもしれない。そんな事を思いながら、順調に撮影は進み。
『…終了だ』
 フィルムをどれくらい使ったのだろう。
 全身から力が抜けたように、大きく息を吐いたカメラマンが裕介を見、それから最後の衣装を身に纏っている汐耶をしげしげと眺め、嬉しそうに…少し、切なそうに笑顔を浮かべ、
『ありがとう、ほんとうにありがとう。これで…思い残す事は無い』
 深々と頭を下げた姿が、すぅ…、と掻き消えた。
「これで2つの仕事が同時に片付いたと。汐耶さんもお疲れ様でした」
「…うん」
 こく、と頷いた汐耶がいつもの服に戻り、髪型も元に戻しながら、
「良い写真が撮れてるといいわね。でも、本当に女性が苦手だったの?何だか全然そんな風には見えなかったのだけど」
 『中性的』とは言え、ドレスアップし女性らしい化粧を施した時点で汐耶は女性らしい女性になっていたと言うのに。そんな事を言いながら首を傾げる汐耶に、散らばった衣装をトランクに詰めながら、
「苦手らしいですよ。何しろちょっとでも胸の大きい女性は駄目だったらしいですからねー」
「………ふうううん」
 仕事が2つとも思い通りに運んで気が緩んでいたのか。
 それとも、衣装をきちんと詰めなおす方に意識が傾いたせいで本音が出てしまったのか。
「――あ」
 自分の失言に気付いた時にはもう遅く。
「あ、あのあのあの、だから、汐耶さんは汐耶さんで十分魅力的な『女性』だから誘ったわけで、決してその条件に見合うのが汐耶さんだけだったからという訳じゃなくて、その、えーっと」
「……歯…」
「は?」
「食いしばりなさいっっっ!!!」
 ばきいいいいいん!
 裕介の顔面に、汐耶渾身の一撃が綺麗に決まった。――もし、そのカメラマンがまだ残っていたら、今度は女性恐怖症になっていたかもしれない。それは、それ程の印象を与える光景だった。

*****

 後日、出来上がった写真の出来は、流石はプロと思わせる出来で。
 裕介に対してまだ怒っていた汐耶も、写真だけは記念品としてしっかりと受け取り、そしてまた除霊の礼金として受け取った謝礼のほとんどは、汐耶の機嫌取りに裕介が翻弄される間に幽霊の如く消え去ってしまった。
「汐耶さーん、いい加減機嫌直して下さいよー」
「あら?私はもうとっくに怒ってなんかいないわよ。今は、モデル料の徴収をしてるだけじゃない」
「お、怒りまくってるじゃないですか…うぅ」
 今日も財布として汐耶の買い物に付き合いながら、こんな事なら最初から全て打ち明けた上で頼むんだった、と後悔しきりな裕介が深々と溜息を吐いたのだった。


-END-