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<東京怪談ノベル(シングル)>


くれないの手記 〜時間毒〜


 信じられないことを聞いた。あの彼女がチーフに抜擢されるらしい。陰で他人の悪口ばかり言っている印象しかない、能無しのあの女がチーフになる。部長と寝たに決まっている。上にとって使い勝手のいい人間となれば、彼女よりもわたしの方が相応しい役得のはずだ。これまでわたしはどんな命令にも文句ひとつ言わずに従い、意見を求められれば率直に述べてきたではないか。
 あの女はこれまでコピーと整理とわたしの手伝いしかしていなかった。
 部長の目は節穴なのか。いや、そうだ、やはり寝たに決まっているのだ。
 あの女の下で働くなど、たまったものではない。


 学生の頃、若気の至りというやつで、市販のオカルト本に載っていた呪術を試したことがある。呪いをかけたのは、単位をくれなかった偉い教授だった。今でも覚えている、あの尊大な態度と、ラヴクラフトの作品に出てくる原住民のようなご面相。
 偶然だったのかもしれないが、わたしがその呪術を試した2日後、教授はくも膜下出血で死んだ。
 わたしは時折霊を見る。数少ない友人にも、わたしに呪詛の力があってもおかしくはないということを言われた記憶がある。
 ならばあのときのように、ひとつ、『奇跡』に頼ってみるのもいいかもしれない。


 噂は本当だった。部長のその口から、あの女が来月から新しいチーフに就任する旨を聞く。よくもぬけぬけと言えたものだ。あの女と寝たくせに。
 来月までにあの部長をこらしめ、それからあの女だ。
 どうしようもなくいらいらしていて、下の子に少しつらくあたってしまった。あの女がわたしを責めた。そうして偉そうな態度を取れるのも今のうちだ。
 部長のデスクにわざとお茶をこぼしてから退社。あの部長が明日どんな顔をするのか楽しみだ。


 本棚と壁の間から、見慣れない古本が出てきた。買った覚えはないが、神保町に行くといつも買った覚えのない本を抱えて帰宅しているわたしであるから、たぶんまとめ買いした古書の中に紛れ込んでいたのだろう。
 昭和初期に書かれたものであるらしく、印字や言い回しはひどく古めかしかったが、読めないこともない。
 紛れもない呪法書だった。表紙の印刷がすっかり擦り切れていて、タイトルはわからない。扉にもタイトルを示すものはなく、ただ二行の詩が添えられているだけだった。


 ・幼子の血
 ・コウモリの灰
 ●黒い犬の爪
 ●トカゲの舌
 ●羊皮紙
 ●黒いビロード

 火曜日までにそろえること。


 入手困難と思われた幼子の血が何とかなりそうだ。コウモリの灰がリストの最後に残ったのは意外だった。魔法陣を描くのに羊皮紙を3枚も使ってしまった。ただの紙だと思って描いたらひどい目に遭った。うさんくさいオカルトショップに頼るしかないのが痛い。1枚1000円で売りつけられたが、あとになってネットで調べてみたら、1枚300円程度で手に入るものだったようだ。あの店員も呪い殺してやる!!!!


 血を抜くために連れてきた女の子は、とても大人しくて手がかからない。気がかりなのは赤い着物を着ているところくらいだ。七五三の時期だっただろうか。
 ニュースなどを逐一確認しているが、世間がこの女の子の行方を追っている様子はない。女の子に家のことを聞いても何も話さない。家出をするような歳にも見えないが。
 灰にするためのコウモリ獲りを手伝ってくれた。このご時世で、手毬で遊ぶのが好きな子だ。コウモリ獲りを手伝ってくれたお礼に、手毬で遊んであげた。


 コウモリを焼き殺す


 血を採りすぎたようだ。女の子の顔色が悪い。


 呪術を実践。素晴らしい成果が望めそうだ。炎が橙から緑に変わり、わたしはその炎の中に神性の節くれだった手を見た。手はわたしを祝福してくれたのだ。


 こうして、この期に及んでも手記をしたためているわたしは、あの本に魅入られてしまったのだろう。あの本は、わたしを待っていたのだ。わたし以外には見つけられず、また、読めないものであったにちがいない。33ページに記された術式を実践することによって、わたしは真にあの本の継承者となれる。そしてこの手記は新たな魔道書となるのだ。
 必要なもの
 ・生後5000日以内の人間
 ・彫像
 彫像は自分で作る。猫の骨と鴉の翼を石膏で固めるだけで充分だ。
 あとは星辰がととのう土曜までに呪文を繋ぎ合わせる。


 冷蔵庫の中が臭うのでそろそろ掃除をしなければならない。
 明日は燃やせるゴミの日のはずだ。


 最早誰もわたしの神と本に抗うことは出来ない。もとの職場は吹っ飛んだ。テレビと新聞で確認。無知な世間はガス爆発かボイラー爆発かのどちらかで結論づけようとしている、愚かなものだ、あの爆発は星の彼方から飛来した大いなる火によるものなのだ。わたしが振りかざした剣なのだ。


 イア イア ヨグ=ソトース ヨユナアア カクスタトボヘ ケオソ
 アイ アイ シュブ=ニグラス ヨシスイイコケレツトシ サトメ ニグア
 ア・ア・ヘイアアア イグイグア イア イア クァチル


 神に捧げるために殺したが、最期の最期に抵抗をした。子供でも、死に物狂いで暴れたら、意外な力を発揮するものだ、骨が見えている
 喉を裂いた。


 引っ掛かれた傷が膿んだのでナイアーラ テップに許しを乞う、
 星辰6:55:8
 ベテルギ ウスの 東


 部長がわたしのところに来て女の子を連れて帰っていった女の子はべつに部長の子供ではなかったようなのだが顔色が悪いままの女の子はすすけてあおざめた部長といっしょに出て行ってわたしに言い残していったたしか愚か者と
 ナラックの網
 愚か者とは誰のことで、あの女の子は何のつもりだったのだろうか。
 わたしはベテルギウスの東に今も幽閉されている、あの大いなる時間の影とともにある。影の名前は文字にも書き表せないし、もちろん人間であるわたしには発音することも出来ない。時間を操るかの者は、時間によって何ものをも侵す。だからこそ、旧神によって封じられたのだ。宇宙全図の586930247ページにもちゃんと記されている星で眠っている。
 死者を蘇らせることも容易だろう。だから部長と女の子は出て行ったのだ。人間の命など、時間を少し元に戻すだけで簡単に復元できるものである。わたしならそれが出来たのだ。
 57:2:666


 明日こそは星辰がととのう。
 ベテルギウスの東に鎮座なさるあの方のもとへ。
 必要なもの
 ・にかわで固めた翼
 ・バードコール
 ・ズカウバの香
 ・エイボンの爪
 正しい呪文を唱え、高みで光を待つ。
 いよいよ明日だ。
 赤い着物の女の子が遊びに来て、一緒に食事をした。明日の予定を話すと、わたしを励まして笑ってくれた。きみの協力があったからこそわたしは真の術者になれたのだ、ありがとう。部長も家に来て、計画が成功したら、わたしをチーフに抜擢してくれると約束してくれた。
 床の裂け目からガグ族の長が手を出しておねだりしていたので、犬をやる。チワワより雑種の方が好みらしい、安上がりだ。
 手の傷はまだ治らない。そこを犬にかまれたので痛い。 


 翼がようやく出来上がった。ズカウバから差し入れ。
 池袋のビル




<手記はここで終わっている>