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<PCシナリオノベル(シングル)>


姿なき襲撃者?

 闇に紛れて殺すなんて、それこそ時代遅れだ。
 あそこに見える東京の街を見てみろ。人工の光が闇を切り開いてるではないか。
 ここからでは聞こえないが、車の騒音だって凄まじいはずだ。
 それこそ銃声なんて気にならないぐらいに――
 そう言わんばかりに、我宝ヶ峰・沙霧は疾走するドゥカティの上でUZIの引き金を引き絞っていた。

 マズルフラッシュが闇を切り裂く。

****

 深夜の東京湾埠頭は、さながら戦場と化していた。
 原因といえば、ひしめきあう倉庫(厳密には中にあるモノ)を狙う者と守る者が存在するせいである。
 それこそどこにでもある対立の一つの形。ここではそれが血で血を洗う抗争であるというだけのことだ。
「これで一通り片付いたかしら?」
 走り足りなさそうに唸り声をあげるドゥカティを落ち着かせ、沙霧はぐるりと周囲を見渡した。
 視界に入るだけで十人あまりの人間が、生命活動を停止して地に伏っしている。
 硝煙の匂いと死臭だけが、わずかに温かみを帯びていた。
 沙霧は熱を帯びたUZIをその場に投げ捨てると、55口径のハンドガンを両手に握りこんだ。
 彼女の細腕にはふさわしくない凶悪なフォルムが月明かりを鈍く反射する。
「もう一仕事してくるわね」
 こつんと手の甲で愛車を叩く。返事は、もちろんない。
 そんな相棒の無愛想ぶりが嬉しいのか、沙霧はかすかに微笑みながら歩き出した。
 それこそ買い物にでも出かけるかのような気軽さで、警備対象の倉庫へと向かう。

 ふと、妙な気配を感じた。

 倉庫の屋根上に何かがいる。
 人間でもなければ霊の類でもない。
 そこには命を感じさせない無機質な気配だけがあった。
「怪しいなら、撃ってもいいのよね?」
 呟きと共に発砲。反動は腕の力だけで押さえ込む。
 ドガンと爆発音に似た銃声が轟き、同じく轟音と共に屋根の一角が爆砕した。
 そして屋根上から影が飛来してくる。
 その影は人間の形をしていなかった。マズルフラッシュに照らされたそれは明らかに異形。
 鉄で出来た楕円形の体。そして四本の足。昆虫型のロボットだった。
 沙霧はそれがどうしたと言わんばかりに二丁拳銃を乱射する。
 轟音を轟音でかき消すような乱射。乱射。乱射。
 薬莢が落ちる音が響くのと同時にロボットが地面に着地――否、墜落。
「ギギギギギ、ギィィィ」
 銃撃によってスクラップ同然となっていたロボットは、黒煙を噴き上げながら地面をのたうちまわる。
 沙霧はそれに歩み寄りながら、顔の位置で構えた二丁拳銃の弾倉を落とす。
 さも面倒くさそうに。いや、余裕しゃくしゃくといったように。ゆっくりと弾倉を装填し――
「玩具で遊ぶほど私は子供じゃないの……さようなら」
 ――発砲。

****

「おい、あんな玩具で本当に大丈夫なのか?」
「心配いりません。各国の紛争でも使用されている軍用ロボットですから。対戦車装備でもなければ誰も敵いませんよ」
「だといいがね……」
 二人の男がいた。
 片方は軍服でも着ていればしっくりくるような恰幅の良い男。
 もう片方といえば、お世辞にも健康的とは言えないような優男であった。
 優男は倉庫の電子ロック部分に無骨な端末を繋ぎ、その解析と解除に取り掛かっている。
「それで……なんとかなりそうか」
 恰幅の良い男が不安そうに呟く。
「この程度の電子ロックでしたらあと五分もかかりませんよ」
「1分でやれ」
「はっ、映画の常套句ですね。なら貴方がやってみますか?」
 優男は苛立ちを隠さずに顔を見上げた。

 目の前で
 男の頭部が
 吹っ飛んだ。

 一瞬遅れて爆音に似た銃声が耳に届く。
「は……?」
 思わず間抜けな声が優男の口から漏れる。
 ゆっくりと倒れていく男の体を呆然と見つめながら、さらに見てはいけないものを見た。
 二丁拳銃。それを両手に握っている女。我宝ヶ峰・沙霧。通称、滅ぼす者。
「邪魔してごめんなさい。でも、これも仕事だから、ね」
 言い終わる前に引き金を引いていた。
 しかし、放たれた銃弾は優男を捕らえることはなかった。
「……こっちも、仕事でしてね」
 優男は沙霧の眼前に迫っていた。空を切る音にはっとして、銃で首を庇う沙霧。
 金属同士のこすれ合う音。飛び散る火花。
 後方に跳躍して目を凝らすと、優男の手には刃渡り20cmほどもあるサバイバルナイフが握られていた。
 それこそ沙霧の銃と同じく、細腕には不釣合いな得物だ。
「大した動きね。軍人?」
「いいえ……ただのサラリーマンですよ」
「ああ、嘘つきか」
 優男が喉の奥で笑った。聞く者に死を予感させる、そんな笑い声だった。
「貴女のことは知ってますよ。滅ぼす者……でしたか。大した異名じゃないですか」
「だから?」
「いえね、貴女を殺したら自分が貰ってあげようかなと、その仇名をね」
「だから?」
 優男が腰を落とす。
「死んでください」
 音もさせず間合いを詰め、優男のナイフが弧を描く。
 まさしく一撃必殺の、やもすれば芸術的とさえ称えることのできる一閃。
「お断りよ」
 沙霧の動きはその上をいった。
 ナイフを銃身で横薙ぎに弾き、優男の背後に回る。
 殴りつけるかのように銃口を男の側頭部に押し付け。
「だって、それは仇名じゃなくて職業だもの」
 くすり。彼女の笑い声は、優男に死を直感させた。

****

エピローグ

 襲撃者は全滅。
 そう伝達された沙霧は、警備対象である倉庫を見上げながら小さく嘆息した。
 それがなぜ自分の口から漏れたのは分からない。
 依頼を完遂してほっとしたのだろうか。
 それとも、襲撃者の正体がわからずやきもきしているのだろうか。
 それこそ――どうでもいい。
 詮索屋は人に嫌われ、死神に好かれる。
 誰であろうとなぜであろうと、滅ぼす者にとっては価値のない情報だ。
 そんなことを考えながら、沙霧は踵を返して倉庫を後にした――はずなのだが。

「あ、バイク置きっぱなし」

 それこそ買い物に出かけたはずが財布を忘れてきたかのような呟きを発し。
 トボトボと、バイクの元へと戻っていくのであった。