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<東京怪談ノベル(シングル)>


it's a small world <<前編>>

 ちっぽけな街に、破壊衝動を感じたことがある。昔遊んでた人形の街なんか。ナントカちゃんハウスとか、何とかファミリー何処のおうち、とか。小さいものは愛護心と同時に破壊衝動を産み出すもんなのかも――ただ、実行したことは無かった。やっぱりアレや、勿体無いし、何よりプラスチックは踏むと足が痛いんねん。
 だからそれを見た時も、ホンマは足が痛いんと違うかなー、と思った。
 つん、と突いたビルは、簡単に倒れる。中々脆い。うーむ、と、うちは後ろを振り向いた。ニコニコ笑っとるそいつは、一種愛おしげにジオラマの街を眺める。

「なあ、ホンマにええのん? なんやちっと勿体無い気ィするで? よう出来とるやん、窓とかも張っとるみたいやし」
「ええ、どうぞ、構いませんよ」
「作るのに時間かかってんとちゃうのん?」
「そうなんでしょうね。でも、良いんです。それとも、あなたがお嫌ですか?」
「んにゃ――」

 うちは。
 その、見知った町並みを見下ろす。
 擬似的な、それは、多分、それは――
 くぅ、と口唇の両端を上げた。

「ほな遠慮なく、な」

 そいつが声を掛けてきたのは、帰宅路。学校で抜き打ちテストが三教科続けてあったことにちっとゲンナリしとったうちは、ちっとヨロヨロと歩いてた――のかも知れん。いやあ、流石に自分の歩く姿は自分で見えんしな。脱力と同時に――沸々とした怒りも、あったかも。
 大体なんやねん抜き打ち連ちゃんって、麻雀とちゃうんやで? 嬉しくもなんともないわ。示し合わせたよーに、テスト前でもないっつーのに。喧嘩売っとんのか? 御機嫌で買うで? 買い叩いて泣かすぞワレ。

「おや、苛々していらっしゃるんですか?」
「ごっついな」
「それはそれは、それじゃあ、少し気晴らしでも如何ですか?」

 …………。
 ハッ、思わず一言目をスルーして普通に答えてしまった。大阪失格やで、突っ込みはどうした突っ込みは。セルフで突っ込みかい、切ないな、孤独やな! ははははは、何やってんねんうち。疲れてんねやかなー、って目下の問題はまったり自分の脇を何時の間にやら歩いとる不信人物に対する対応や。
 うちは足を止めて相手に向き合う、ポケットに忍ばせた呪符にも指を掛ける。登下校中に『そういうもの』に遭遇することは少なくなかったから、いわば条件反射のようなもので。え、さっきのスルー? 知らんなあハッハッハ。
 物の怪染みた気配はない、と言うか、なんか――そう、普通の気配自体が、一種希薄。訝り、目を眇めると少し眼鏡がずれて、それを直す間に、相手はにっこりと微笑んだ。

「いい気晴らしがあるんですよ――如何ですか、松山華蓮、さん」
「……なんでウチの名前知ってんねや」
「別に深い意味はありませんよ、物語に意味はなく、だから情報にも何の意味はありません。それで、どうします? 付いて来ますか、来ませんか?」

 興味は――
 多少、湧いた。

 べしゃ、と間抜けな音がして、第一歩目は踏み出された。案外と痛みはない。こんなもんか、と、第二歩目。べしゃ。通学路の歩道橋が潰れて、ちょっと苦笑。これが無いと長い横断歩道渡らなあかんねやなー、面倒なんよなー。
 脱いだ靴を屈んで拾い、学校に向って放り投げてみた。べしゃり、潰れる。知ってる町並みを壊す、のは、どこか倒錯的でわくわくした。うちはもう一度振り向く――自由に壊して良い。そう告げるように、相手は微笑んでいた。どこか悪魔的。アルカイックスマイルは、だけど、微笑ましげ。なんだか気分が高揚する――ぐしゃ、お隣のマンション。これが立った所為でうちの部屋には光がよう入らんようになったんやねんよなー、と、二度三度踏み踏み。自宅を潰すのは流石に気が引けた、から、両脇を潰した。うんうん、良い感じ。見晴らしようなってんやろな。この中入りたいわ。

 よく馴染んだ街、よく馴染んだ世界の、精巧すぎるジオラマ。成功しすぎたミニチュア。クス、と込み上げた笑いが触発を促し、うちはげしげしと色んなものを踏み潰しながら肩を揺らして笑う。
 小さい頃に感じた欲求。破壊衝動。それは、色々なことに発揮されてきた――物の怪を蹴散らすことや、まあ、陰陽師としての様々な仕事でも。
 でも有機物、生きたものを破壊するのはけっして気持ちの良いことではない。もっと無機で、生臭さのないものを蹴散らしたい。血も悲鳴もない世界を壊したい。それはとても無害だ、とても無実だ、とても無益だ、だからこそ――ひどく、心が惹きつけられてやまないのかもしれない。ぼんやりとした自己分析なんてただの戯言で、子供染みた征服欲なのかもしれないけれど。

 ぐしゃ。べしゃ。ぱきぱき。べき。

 ああ、あの高層ビルだってこんなにちっぽけなんだ。高速道路、案外長いな。何かに躓いた、さっき投げた靴だった。蹴飛ばして、また何かを壊す。おお、野球場。べしゃ、と踏み込んで、客席破壊。えーと、何万人収容だっけ? 今何人潰したんかな。阪神戦やってたらどうしよう、贔屓の選手踏み潰してたりしたら喜劇やなー、悲劇やなー、傑作やなー。

 くすくすくすくす。ひひひひひ。あはははは。

 やばい。
 楽しい。
 たのし、い。

 小テスト? 抜き打ち? えーと、教師の官舎はどっちだっけ。あったあった、ボロっちいアパート。良いねぇ、風情出てるね精巧だね、うちはそれに足を下ろす。べしゃり。苦手なセンセの部屋も担任の部屋も一瞬で崩壊。次は何にしよか。小学校の時のいじめっ子。いやあ、ムカついたんよ。悪かったな、いつも札なんか持ち歩いてて。まだ引っ越してないとしたらここやな、ぐしゃ。口喧しい流言飛語好きクラスメートの家。べき。他に何か、ああ、面倒臭いな――

 全部壊してしまえばエエやん。
 誰かが笑ってる。
 聞き覚えあるなー。
 ちゅーか、うちの声やん。

 自宅、友達の家、思い出の公園、あの並木道、全部全部。

「あははははははっ、あーはははっ、エエなぁごっつい楽しいで、ひひっ、あー、なんもかんも、脆くて、簡単に――すっきりするなぁ、あははははっ!」

 駅も電車も高速道路も学校も何もかも。
 ああ、きっとこの街には蟻んこみたいにちっぽな人間が暮らしてんねやな。んで、そいつらが作った街なんや。やって、こないに精巧なの、人間の手ではちっと無理やん? でも結局簡単に壊せてしまうんやで。人間サマの暴力。いやー、怖いなー。ほんま怖いわー。うんうん。
 何人踏み潰して、何人殺してんねやろ。考えて、笑った。一人だって殺してへんやん。だって作り物やし、ジオラマやし、ミニチュアやし? 外国製のドールハウスとか、このぐらいには精巧やろ。何年か前の殺人犯にもおったなー、ドールハウス愛好のオタッキー。懐かしい。まだ小学生やった。あの時はちょっと、それが、羨ましかった。

「楽しいですか?」
「楽しいなぁッ」
「大はしゃぎですね」
「年甲斐ないかな?」
「いいえ――若い内はもっと無知で傲慢な支配者然としているべきなんですよ、松山華蓮さん。あなたのように、正義感が理性を守っているのは、それこそ相応でない」
「あはははは、あはははははーいっ!」

 ぐしゃぐしゃ、べちゃ、げしっ。

 足を放り出して、うジオラマの真ん中に座った。
 全部壊し尽くして、壊れ尽くした世界の真ん中で。
 うちは、声を上げて笑った。
 小さな世界。
 征服欲が満たされるその感覚は、どこか、うちを酔わせた。