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厄介な仕事と厄介な人間
店内は相も変わらず整然とされていた。小さい事務所のようなそこには、一台のパソコンだけが暗い室内で淡い光を放っていた。視力が明らかに落ちそうな室内で男は一人、キーに指を走らせ様々なポイントに侵入を繰り返している。幾度目かの“侵入”と“脱出”を繰り返しながらデータを漁っていき、ふとその視線を別にやった。
「暇人」
ぼそりと呟いた少女に、男は顔の表面に笑みを浮かべる。心外だといったように首を竦めてみせるが、キーに走る指は一向に落ちる気配は見せない。逆に僅かながらに早くなっているのに気付き、少女は、はあと溜息をついて背を向けた。
「暇人、だな。本当に。時間の無駄ではないか?」
少女は再び言い、顔を伏せた。伏せて、耳にした不快な音に顔を歪め、闇の一部に同化した。
「いらっしゃいませ、お久し振りです」
指を止めて、営業スマイルを浮かべながら男は言った。それから唐突に一つ問いをした。問いの答えを待つ前に、男はふいと姿を消し、再び現れる。
暇か否かの問いに客である筈の二人は、現れた男――この店の主である情報屋――に向けて曖昧な返事を浮かべつつ、当初の用件である自らの用件を告げようとするもその口を別の言葉で塞がれる。交換条件として情報を無料で提供するとの話に悪くないなとは感じるが、この男独特の薄気味悪さを感じて返事は容易に出すことは出来ない。出来ない筈なのだが、何故か首を肯定へと向けてしまうのは、それこそ人徳といった類のものの所為なのだろうか。
「いいわよ、別に。そっちも情報の件、頼んだわよ?」
シュライン・エマはそれこそ軽い口調で言った。隣にいる神納水晶は、視線で同じことを情報屋に伝えた。
勿論、と言っているようには見えなかったが、情報屋は微笑んでみせた。
指定された店である「アンティークショップ・レン」には既に客がいたようで、二人が入ると幾分かの興味のこもった視線が向けられた。店内は以前来たときと同じように怪しい品々が陳列していたが、どこか雰囲気の異質さを感じる。殆ど野生の感のようなやつではあったが、間違いではないかもしれない。
「何か、あったのかな」
シュラインがぼそりと言うと、水晶は当然といった風に口を開いた。
「だろうな。あの情報屋関連の話。何もない方が気持ち悪い」
だがその思いを余所に、取引はあっさりと成立した。「シン=フェイン」の名を出すと、店主は気味の悪い笑みを浮かべて一度奥に引っ込み、手に大きな木箱を持って現れた。
――「アンティークショップ・レン」で品物を貰った侭の状態で持ち帰ってきてほしい。
恐らくそれが、例の品なのだろう。
「刀一振り。約束の品だよ」
煙管を吹かしながら女――恐らく店名となっている“レン”という人物だろう――は、普段知っているような相変わらずの笑みで二人を店外に見送った。
「何か、呆気ないね。こんなんで情報一個なんで言うからさ、もっとやばい仕事かと思ったのにね」
扉を後ろ手で閉め、シュラインは両手を口元の前に当て息を吹き掛けた。冬はまだ先の筈なのに、月の下の空気はひどく冷えた。
「確かにそうだ」
軽く笑って、水晶は腕の中の木箱を抱え直す。幾重にも封印が施されているようで、邪気は全く漏れていないのだろう、微塵も感じることは出来なかった。
「古い刀は既に刀ではない、という話は知ってる?」
暗い夜道、街頭の不備の目立つ通りを暫く歩いたとき、シュラインはふと言った。水晶は首を振った。
「刀は刀でなく、もはや妖の一種と化す。それは持ち主の未練だとか、斬られた人間の怨念だとか、色々な感情が染み付いてしまう。それは、人から人の手へと渡る度に刀としての存在を薄めていき、次第に“モノ”ではなくなってしまう。そう言うのを聞いたことがあるの」
「ふうん。それって、“モノ”として認められないってことだよな。それって……哀しい話だ」
――だから、僕はそれを解放してやりたいんだ。
それは多分、想いとしては不完全な存在なのかもしれない。
「でも、こういうのも悪くないと思う」
水晶の言葉に、シュラインは繰り返した。
「こういうのって、どういうの?」
「情報屋の考えてること」
愉しそうに笑う彼女に、つられて水晶も微笑む。
別に何か利益を求めている訳ではなく、ただ単に好奇心とか使命感とか、むしろ下らぬ感傷かもしれない。それでも、不服を感じるのは愚でしかないことは事実だった。不服を思い、異を唱え、反抗するのは、この場では最もそぐわない行為に見えた。見えたので、彼らは何も言わずその行為自体を愉しむかのように、恐らくそれは“愉しむ”という形容詞自体間違っているかもしれないが、幾つかの話を交わした。
「そういえば、この仕事終わったらさ、何の情報貰う気だった?」
一層きつく箱を抱き締めて、水晶は問う。シュラインは少し迷って、答えた。
「情報一個と交換、だよね。まだ考えてない。彼だったらあまりに高い情報だと拒否するかもしれないけど、大体は大丈夫なんじゃない? お得意様サービスってやつ」
シュラインは情報屋のいる部屋の扉に手を掛け、だが引こうとする手が止まる。
横から投げかけられる水晶の眼に向けて、シュラインは微笑んで問うた。
「賭けない?」
「何を?」
「情報屋がこの刀をどうするか?」
「……賭けたって意味ないだろう?」
「何で? って訊いても無駄か」
「ああ。それこそ全く時間の無駄だよ」
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3620/神納水晶/男性/24歳/フリーター】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
事件も何もなく、戦闘もない侭情報屋の依頼は終了しました。
OP自体はかなり前に書いたものだったので、文体が相当変化していたのにまず驚きました。
その時に考えたものでは「戦闘物」になる予定でしたが、二人が引き取る前に一騒動終えた直後なので、ここでまた封印が解けるのは可笑しいと思い、今回のようなプロットに直してみました。
“モノ”が“モノ”として存在出来なくなる、という話は人伝に聞いた話で多少あやふやですが、こういうくだりがとても好きです。
いつか“存在”をテーマに一本書いてみたいな、と思いました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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