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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幽鬼橋奇談

「ふうん……幽鬼の結城橋、ですか? なんだかちょっと怖い、かもですね」
「そうですか?」

 く、と首を傾げる零に、海原みなもは少し難しい顔で微笑した。
 学校帰り、興信所から出て来る老人に依頼を連想して立ち寄ったのだという彼女は、応接用のソファに浅く腰掛けていた。傍らに立つ零は、彼女にコーヒーを差し出す。カップを受け取って中身に軽く息を吹き掛けたみなもは再び首を上向かせ、零に軽く説明をする。

「言霊って判りますよね、零さん。昔は結構あったらしいのですけれど、語呂合わせで呪力を増す……というのは、日本ではよくあることらしいです。ほら、牛の刻参りとかで、頭に金輪を付けたりするのは――『《かなわ》ぬ願い』だから、とかですね」
「はぁ……一歩間違うと、お兄さんの好きな駄洒落の世界ですよね」
「誰が駄洒落好きだ」
「そうですよ、草間さんはひたすら外し続けてしまっているだけですよね」
「…………」
「沈没している草間さんは放っておいて、うん、だから……そういう字を当てられてしまっているという点で、少し怖いかもしれないんですよね」

 みなもは写真の、足の消えた夫人を眺め――ふぅ、と一つ息を零した。

 依頼人は老人、今は無い橋を探してくれとはしゃいでやって来たのだという。丁度擦れ違いになってしまったのはタイミングが悪かった、みなもは思う。草間は詳しいことを聞かなかったと言うのだ。写真の入手経路や、被写体の夫人の素性などを訊ねるべきだった。が、草間はみなもに一言告げた――『じーさんの道楽に付き合ってるほど暇じゃない』。
 だったら早く終わらせるためにも詳しい事情の聞き込みは必要だったのに。ぷかぷか煙草をふかしている草間は、窓の方を向いてそ知らぬふりを決め込んでいる。助けを求めて視線を巡らせると、クス、と声が聞こえた。ドアを開けてシュライン・エマが入って来る、その手には、分厚い資料が抱えられていた。

「武彦さんがサボッた分は、ちゃーんと私がサポートしてあるから安心して良いわよ、みなもちゃん。まったく、依頼人を選ぶんだから性質悪い探偵よねぇ……女の子三人に迷惑掛けてもなーんにも感じる所が無いって辺り、さらに性悪」
「……女の『子』?」

 ガンッ。

 ……敢えて見るまい語るまい、みなもと零は草間とシュラインから軽く視線を逸らす。少し冷めたコーヒーを飲みながら、みなもは耳に入る断末魔を振り切るように明るくしかし乾いた笑顔を零に向けた。零も同様にする、少女達は現実逃避に笑い合う。
 煙なんか見えない。悲鳴なんか聞こえない。命乞いなんか知らない。草間の顔面に炸裂した資料が眼前を舞っているが、それも無視――は、流石に出来ない。ひらり、目の前に落ちてきた一枚を、みなもは手に取った。

「シュラインさん、このリストは?」

 ぐぎぎぎぎ、と草間の首に腕を回していたシュラインが二人に視線を向ける。草間は軽い窒息状態で蒼い顔をしているが、敢えてそれを視界に入れないのがポイントだ。ああ、とシュラインは腕を外し、散らばった資料をテキパキと集めた。その様子を見ながらも床に転がる草間を見ない振りでスルーするのも、ポイントだ。

「さっきネットで検索してね。公式・非公式・略称でも、『結城橋』って呼ばれている橋をリストアップしたのよ。案外あるものね、関東だけでも百件以上よ」
「一つずつ確認、は、流石に……無理がありますよね」
「そうね。ちなみに検索キーワードに『幽鬼橋』、オバケの方も追加してみたんだけれど、そっちでは逆にヒット無し。やっぱり古い情報だと、引っ掛からないみたいだわ」
「ですよねぇ……ネットの海も無限じゃありません、か」
「泳ぎ切ることが出来ない、ってのは一緒なんだけれどね」

 ぽす、とシュラインはみなもと向かい合う形でソファーに腰掛ける。零がぱたぱたと草間に駆け寄るが、彼はピクリともしなかった。が、それも見えない。見えないったら見えない。

「結城――『結』ぶ、なんですよね。それに、橋。接続の縁語が重なっていますよね」
「ああ、さっきも言っていた言霊? うん――そうなのよ。そして更に『幽鬼』、怪なるものが繋がる。そしてこの橋は、見付かっていない。さっき依頼人のお爺さんを呼び止めたのだけれどね、場所はとりあえず関東だってこと、覚えてたんだけど――詳しい場所になるとどうしても思い出せないんですって」
「昔だから、でしょうか。えぇと……町並みからして随分昔ですよね。五十年ぐらい……ですか?」
「うん、戦中戦後辺りですって。疎開先の写真らしいわ。その頃は学童疎開、って言ってね。子供は親と離れて田舎に逃げていたのよ」
「それは……寂しいですね」
「ん、そうかもね」

 ふ、と二人は寂しげな表情を合わせる。

「『離れた』場所で、『結ぶ』縁語――消えた『脚』」
「『脚』は歩く、移動する。あるいは泳ぐ、とにかく『渡る』」
「『渡る』のは『橋』。響きの問題なら、『橋』と『脚』って結構似ていますよね。その先は――どこなんでしょう。この橋は、どこに繋がっていたのでしょうか。月橋になってて向こう側が見えないのが痛いですね」

 みなもの手の中の写真は月橋、橋の中腹が頂点の急な上り坂状を映していた。つまり、向こう側の景色は見えない。その前に佇んでいる夫人は、少し困ったような曖昧な微笑を浮かべている。そこで二人はふと、ほぼ同時にあることに気付いた。

「シュラインさん、この写真、全体的にボケてますよね?」
「ええ、ピントがずれてるわけじゃないけれど、なんだかハッキリしないわよね。ダゲレオタイプで撮ったのかしら」
「ダゲレオ? えっと……古いカメラ、ですよね。撮影のために何十分か立ってなきゃいけないって言う?」
「そうよ。光量に影響を受けるから、こんな感じに少しぼやけてしまうの。ふうん――」

 す、とシュラインは自分の指で口唇を撫でた。鮮やかな口紅が剥がれる事は無い。みなもも写真を眺め、思案する。ダゲレオタイプ。月橋。関東。疎開出来る場所、つまりは、田舎。――キーワードは、そこそこに揃っていた。
 沈黙が数分間流れる、否、事務所に音はあった。外を走る電車や車、ピクリともしない草間を呼ぶ零の悲痛な声。
 ぱんっ、とシュラインが手を叩く。

「よっし、みなもちゃんは学生だから時間少ないしね。ここはヘタレな探偵さんには期待せず、あたし達で仕事を分担しましょっか」
「そうですね、それじゃ――私はこれから、国立図書館に向ってみます。古い本で結城橋の名前を当たって見ますね、あと、地名なんかも。それから、ネットで心霊系サイトに当たってみます。あとは、橋の専門家さんとかにも」
「ん、お願い。こっちのCDに写真の画像データは焼いておいたからね。それじゃ、私は足で情報をもう少し稼ぐとするわ。さっきのおじいさんを訪ねてみて、あと、一応候補になりそうな場所に行ってみる」

 くす、と二人は顔を見合わせ笑い合い、同時に立ち上がる。静と動で住み分けが済んだ、ならば、後は行動に移すのみだ。

「それじゃ草間さん、行ってきますね」
「仕事サボらないでね、武彦さん。まーた窒息させるわよ」
「お、お兄さん、返事して下さい、お兄さんー!」

 ドアが開き、閉じられた。

■□■□■

「お孫さんが?」
「ああ、ネットオークションで仕入れたらしくてな。いやはや、懐かしい写真でなぁ」

 眼を細めて写真を眺める老人の様子を。シュラインは注意深く観察した。
 興信所を訪ねてて来た時から気に掛かっていたことだが、この老人の写真に対してのはしゃぎようは少し異常だった。何気ない世間話をしている最中では普通の好々爺然としているのに、写真に話題を振ると途端、子供のように目を輝かせる。
 しかし、同時に寂しげな声音になるのにも気付いていた。その複雑な心中を見透かすことは出来ないが――シュラインは、湯呑を置いた。茶色いテーブルがカタンと音を立てる。

 老人の家は少し古い平屋だった。家族と一緒に暮らしているらしいが、現在は仕事や塾でみんな留守なのだという。それはそれで都合が良かった、シュラインは少し姿勢を正す。

「率直にお聞きしますが――あなたの目的の本当の所は、どうなのでしょう」
「…………」
「橋を探している、だけでは――無いと、お見受けいたします」

 老人は笑みを浮かべたまま、少しだけ視線を落とした。
 それは何か、遠いことを懐古しているようにも見える。

「被写体の、ご夫人にな。礼を言いたいんじゃよ」
「お礼――ですか?」
「この写真はな、わしが撮ったものじゃ。すっかり忘れておったが、ここまで巡ってきてなぁ……懐かしくて、嬉しくて。あの頃は辛いことばかりじゃった。戦争は負けて、みんな暗い顔をしとった。でも、この人はいつも笑って――わしもな、随分、慰められた。疎開先で知り合ったんじゃが、寂しくて泣いていた時は、いつもな――」
「…………」
「もう亡くなっとるじゃろうがな。それでも、あの頃を楽しくしてくれて、今もこうしてそれを思い出させてくれる、この人にな――」
「判りました」

 シュラインは、深く頷いた。

「疎開をしていらっしゃった、との事ですが、ご記憶にはやはり地名など――」
「すまんなあ、どうも子供だった所為か思い出せなんだ」
「いえ。それと、カメラのことですが、どんなカメラだったか、憶えておられますか?」

 老人は。
 ニヤリと、少し人の悪い笑みを浮かべた。

「さて、憶えておらなんだな」
「そうですか」

 シュラインは苦笑して、座布団から腰を浮かせた。
 まずは疎開先の絞込みと、そして――
 夫人の墓探しも、仕事に入ったかな。
 彼女は姿勢を正し、興信所に向けて足を進めた。

■□■□■

「あ――シュラインさんっ?」
「みなもちゃん?」

 長い鉄橋は、電車用だった。その麓に立っていたシュラインに、みなもは駆け寄る。ぱたぱたと走る度に揺れる彼女の長い髪からは、雫が滴っていた。シュラインは苦笑し、そんな彼女にハンカチを差し出す。あ、と声を上げてそれを受け取り、みなもは笑った。

「びっくりしました、もう――探し当てたんですね」
「ええ、まあね。みなもちゃんこそ随分早かったみたいだけれど、ネットですぐ見付けられたのかしら? だったら私、ちょーっと損しちゃったかな」
「そんなことないですよ、殆ど役に立ちませんでした。閑古鳥か満杯かで」

 みなもの言葉にシュラインは微笑し、シュラインの言葉にみなもは微笑んだ。

「水を遡れば辿り着けると思ったんですよ。幸いそんなに川が複雑化していなかったから、ここに辿り着けたんです。適度に田舎で、地名が結城なところに絞って。でも、月橋だったからてっきり小さな川だと思っていたんですけれど――こんなに大きな川だとは思いませんでした」
「ええ、それは私もだったわ。あの後にお爺さんの身辺調査をしてみてね――まあ、興信所だからそれが本分だし。疎開先の候補を絞って、それから、写真の入手経路も絞ってね。ふふ、ネットで引っ掛からなかったのはね。『幽鬼橋』を作ったのが、あのお爺さんだったからなのよ」
「え?」

 みなもは思わず声をあげ、シュラインを見上げる。彼女は鉄橋の向こう側に視線を投じていた。胸元の眼鏡が夕日を反射する、時は、夕刻だった。

「ああ、勿論『結城橋』を作ったってのじゃなくてね。うん、あそこで心霊写真が撮れるってことにしたのはお爺さんだったの。近所の人に被写体になってもらって――あの写真のひとね。やっぱり亡くなってたんだけど、お墓の場所はお爺さんに連絡したわ。脚を動かしてもらってぼやけるように仕向けて、『結城橋』を『幽鬼橋』にした」
「でも、どうしてそんなことを?」
「終戦直後って、やっぱり遊びが無かったんですって。みんなどこか暗い顔をしていた、だから、何か楽しいことをしたかった。お爺さんも子供だったからね、悪ふざけも手伝ったんですって。すっかり忘れていたんだけれど、その写真が、ひょんな事から彼の元に舞い戻ってきた。ネットオークションでお孫さんが手に入れたんですって」
「じゃあ、どうしてそれを私達に教えてくれなかったんですか? 心霊スポットなんかじゃないって判っていたら、もっと早く見付かっていたかもしれないじゃないですか」
「それも、遊び、ね」

 くす、とシュラインが笑う。一瞬難しい顔をしたが、みなもはすぐにハッとした。
 遊び、なのだ。そう――これは――

「不思議要素があったから、調べてるのはちょっと楽しかったわ」
「そうです――ね。おじいさんのはしゃぎっぷりって、その当時の悪戯気分だったんでしょうか。だから、そのお礼を言いに、お墓参り――行くんですよね、きっと。あの人のところに」
「……『結城橋』はね。お爺さんがここから東京に帰った直後、不発弾の事故で吹っ飛んだらしいわ。『結城橋』も『幽鬼橋』も、本当にどこにもなくなっていた。抉れた川だけが残ったの」

 長い鉄橋の下に、開けた空間。そして、川が流れている。

「もしかして、被写体の人も、その時に……?」

 みなもの言葉にシュラインは、口元に指を立てて苦笑して見せた。

「それは、秘密にしてるの。だからお爺さんに言っちゃ駄目だからね、みなもちゃん。お願い」
「……はい、わかりました」
「さ、それじゃあ帰りましょうか。そろそろ武彦さんの蘇生してあげたほうが良さそうだし……人工呼吸が良いのかしらね?」
「え、えっと、私が帰ってからにして下さいねっ」

 夕日が二人の背中を照らす。長い鉄橋の真ん中に、着物姿の夫人が立っていた。彼女達の背中を、嬉しそうに見ている。ぺこりと、その頭が下げられた。
 そして、消える。
 誰そ彼時の世界、橋で繋がれた、二つの世界の真ん中で。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原みなも /女性 / 十三歳 / 中学生】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 二十六歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 未だ風邪っぴきなライターの哉色です、はじめまして。こんな新人に依頼下さり有難うございました! プレイングに添えたかどうか不安はあるのですが、少しでもお楽しみ頂けていればと思います。
 こっそりとゲームノベルは初めてでドキドキなのですが……感想なども頂ければ幸いと思います。ご、誤字脱字文法違いのチェックも謹んでお受け致しますので!(T□T;) 台風が猛威を振るう昨今ですので、外出お気をつけ下さいませね。それでは☆