|
この異界における草間零とその他
飛行機雲が、青空に線を描いていく。
三年前にも、見られた風景だ。
草間零は、ツギハギだらけのぬいぐるみを何時も背負ってる彼女は、
夕食の、買い物を。魚屋さんへ、
「お、今日はいい鯵はいってるよー、十匹で150円、どうだい」
「小鯵でしたら、南蛮漬けとかでしょうか」
「あーそれだったら開きにしてやらぁ、ちょっと待ってな」
草間零は、正確には、草間興信所は、随分と知られている。そして、笑顔でオマケしてくれる。一つは兄が居なくなったから、
もう、一つは、
「……幸男」
魚屋の主人が魚をさばいてる手を止めて、草間零の後ろを見てる。振り返る。
そこには、
日常が有りました。
子供が、化け物に襲われる、日常です。
肉が、飛び散ってる。空は青い、血は赤い。
草間零は迅速――背に羽根を、手に剣を、全てを霊で作り出し、
その悪魔のような悪魔に向かって、力を、(魚屋さんがおまけしてくれる理由)
悲しいと思う、悲しさを教えた人は、今は何処に居るのだろうか。姿を思い浮かべながら、
殺し合いを、今日も始める。
飛行機雲が、青空に線を描いていく。
三年前にも、見られた風景だ。
◇◆◇
【シュライン・エマは女性の死体の腹と子供の死体を見ている】
◇◆◇
シュライン・エマは、
女性の死体の腹と、子供の死体を見ている。
殺し合う異界の話。
◇◆◇
戦いに時間はかかりません、悪魔の喉を切り裂けば終わります。
すると悪魔は血を噴出して、倒れますから。それは、慣れた事ですから、血に塗れる事も、その赤を落とす作業も。
だけど、
誰かが死ぬ事は、未だ苦手です。
子供を失ったお父さんが、亡骸を抱えて、号泣している光景は、苦手で、悲しいくらい苦手で、
――それでも
帰る場所がある私は、からっぽの買い物籠を下げながら、途中、適当な場所で血を処理してから、帰る場所へと、
私には、帰る場所があります。
あの子との、エヴァとの一番の違いだったかもしれません、だからこそ、私は勝てたかもしれません。
草間興信所。
一年前、あの子をモンゴルで倒した後帰ってきた時も、あんな遅い時間だったのに、
お帰りなさいと言ってくれる人が居た――
「あら零ちゃん」
今日も扉を開けると、資料を整理しながら、
「お帰りなさい」
シュラインさんはにこやかに笑っていてくれて。ああだけど、
兄さんはまだ帰って来なくて。
◇◆◇
「私達が扱うより麗香さんに回した方がいい事件ね」
そう言いながら資料とにらめっこしたり、
「日本語が喋れない方? 解ったわ、それじゃ携帯代わってくれるかしら?」
電話口先の事件に、そういう形で関わったり、
「零ちゃんに被せたいけど、やっぱり駄目かしらねぇ」
どういう経緯でか入手したもこもこっぽい何かをみつめて、そう呟いたり、こんな風に、
例え殺伐とした異界だろうともう三十路が目の前になったとしてもシュライン・エマたる女、相変わらず草間興信所での雑務。本来の主が居なくなった三年前、最も、新しい興信所の主、草間零を助けてきたのが彼女だ。
依頼人への応対もあの日とは少しも違わない、朗らかに笑いながら一つ一つ聞き取って、無理難題にはちょっと困った顔を見せ、それでも知り合いと一緒に事件を解決し、零と一緒にご飯を作ったりして。
一年前、夜中の二時、モンゴルから帰ってきた零を出迎えたあたりから、興信所の住居区客間で寝泊りをする。おはようからおやすみまで、興信所に自分を注いでる彼女。だから三年前とは、何も変わっていない。……でもそれは嘘だろうと、誰かが言う。最大の変化、絶対の変化、
草間武彦の失踪が、彼女に影響してない訳が無いって。
だけど、シュラインの場合――心配してないと言えば真と反するが――草間零ほど気持ちが落ち込んでいる訳じゃ無い。確かに色々あって、シュライン・エマは彼に惚れていた訳だし、武彦だって、シュラインとそういう付き合いじゃないと言えば嘘になる。そんな間柄が途切れたのだけど、草間武彦が全て置いて出て行く理由を、自分とそういう関係を含めてるかはともかく、草間零という義妹や、探偵という人生、それら捨てて行く理由を、
思い当たっているから。――草間武彦の失踪によってシュラインの変化した部分、零曰く、
「シュラインさん、今高峰さんの所へ行ってます」
何をしに?
◇◆◇
高峰心霊研究所とは。
高峰心霊研究所とは、この世にある怪奇事件の記録いわば《現代怪談》を、小麦粉の粒子一つとてこぼさじと、余す事無く記録し保管し続ける場所。ただし月刊アトラスようなメディア機関では無く、ただ収集し続けるだけ。研究の為だと言うがそれにしても謎の行為だが、真意はようとして知れない。ともかく集め続けるのはコレクターの部類、だろうか、
この研究所の主、高峰沙耶は。
盲目の女、まるでその視力の役目を譲り渡したように、黒猫を常に抱えている。実際、猫はそういう素振りを見せるのだ。その毛並みと同じ色のドレスは何か神々しくもあり、そんな容姿も含めて、神格存在と錯覚しそうな、えもいわれぬ雰囲気もあり、実際問題彼女が動く時は裏に何かが流れているのであって、うっかりすれば彼女の思惑に操られる意識さえ有って、
だがそんな不可思議存在の、シュライン・エマとの関係は、至って普通の、例えば訪問されれば、紅茶を出すような間柄だ。
極上の紅茶には笑みを持って答えよ。「あら、美味しいですわね」
「でしょう? いわくつきの一品なの」「……いわくつき、ですか」
だとしたら購入ルートは某アンティークショップか、だが経路はともかく、日本の若い気鋭が作り上げた陶器のカップで頂くそれは、最良の一言を生む味であった。クッキーも要らず、ただ目を閉じて浸る彼女。
何時もの流れ、訪問する、出迎えられる、通される、椅子に坐る、紅茶を出される、一つ二つ言葉をやりとりする、そして、
「高峰さん」
名前を一つ呼ぶ、その言葉に意味を含めている。
「貴方が、貴方である理由ね」
何時もみたいに回りくどい言動に、「そこまでのつもりじゃないですけど」と苦笑しながら、
受け取るのは、記録である。
世の全ての怪奇事件を、どういう術でか資料にしている女。膨大の数の中から、シュライン・エマが受け取るのは、
当然、彼についての記録。「最近の彼が棚をどれだけ厚くしたかは、二件ね」
つまり、資料は二つある。それには事件名の前に、先に当事者の名前が記載されている。
ディテクター、と書いてある。
草間武彦では無い、では無い、が、
彼がそうなった事も、この場所できちんと知れた。IO2に不意に現れていた男の記録として。鬼鮫、という名前の男の視点で。
そしてこうして、シュライン・エマ、武彦の安否について確認している。記録される限りは彼は生きているのだから、とりあえず、途絶えぬ限りは安全だ。そして記録の大半は、こうして読む事を許された。一部の回覧は許されぬ場合もあるが。
一件目の事件名は、「……IO2、煙草の不始末騒動?」
羅列された字を追うと、煙草を室内で吸っていた所、相棒の男と軽いもみ合いになり、それでうっかりIO2の仕事部署の一部を燃やしてしまったと。まだ煙草はやめられないのかと、あの日と同じような心配、そして中毒者の彼に禁煙の二文字は辞書に無い事の再確認をする。
全く、と思いながら微かに笑う。あの日と変わらない彼の姿、
二件目、
「……」
それにはこう書かれている。
【幽霊船製造計画阻止】
その記録には、性格には文章には、彼の面影は大して無い。煙草を吸う事、ぐらいだろうか、だけど、
ハードボイルドになろうとしても、どこか抜けてしまうあの人は何処に行ったのだろう。なんでこの人を想うようになったのか、自分で自分に問いかける間抜けさも彼にはあったのだけど。だが、彼は、
(この異界での草間武彦、もとい、ディテクターは)
悪鬼の速度で不思議を解し、
浮かび上がる真相に対し、滞りなく銃弾を撃つのだ。
200人の人間を誘拐し、それをボロクズの船に押し込めて、沈没させ、そんな単純な作業と簡単だが強力な術で幽霊船を作り上げようとした七人の者達に対し、
――海が生物の母だとしても、お前等に海へ帰る権利は無い、土に埋もれろ
カッコイイのか、ダサイのか、多分後者のセリフを吐いて、
旧式のリボルバーを、それ自体が呪物である得物を、可動させる。
……草間武彦、
ディテクター、
彼の記録。
「……ありがとうございました」
それでも、それでも記録が続く限り、彼は生きている事になる。例えあの日の彼からは、遠くなっても、あの日の、
「あの日から」
黒猫を撫でながら、
「帰昔線の日から、貴方は彼との交わりが始まった」
「武彦さんとは、それよりも前から会ってますけど」
「この研究所の記録としてよ」
研究所の主は目を閉じた侭笑う。開く必要の無い瞳、
猫の目が、シュラインをみつめた。「そしてあの帰昔線の日こそ、彼が全てを捨てて出て行った理由」
「……」
「嫉妬、かしら」
随分と珍しく、あるいは、まるで、
異なる世界の存在のように、例外的に、高峰沙耶は回りくどくなくそう聞いてきた。
シュラインは答える。「どうなんでしょうね」
適当にはぐらかして、それでも思いを寄せる。
帰昔線――
草間武彦は、昔に帰るあの世界で、語った。
昔、二人の女を不幸にしたと。
一人の女の問題は解決した、だがもう一人の方は――
そのもう一人の女を、
草間武彦は、虚無の境界という組織に見たから、だから、
ディテクターとして生きているんだ。
◇◆◇
キスの一つで繋ぎとめるには、彼女達は子供じゃなかったのだろう。
激しい思いというよりは、二人が、二人で居られる関係。
そんな関係だったと思う。
◇◆◇
滞在時間は一時間にも満たなく、これなら、帰って資料の整理をする時間がありそうだ。歩行しながら今日を決めていく。
再三言うのだけど、この殺しあう異界においてのシュライン・エマは、三年後の彼女は、性質的な変化は大して無い。特別な能力に目覚めた訳じゃ無いし、所属らしきは興信所の侭だ。
それでも変化はあるのだけど、例えば仕事中、彼女、
何かを探す仕草が有る。
それは本当に時折の動作、零にお茶を持ってこられて、慌てて振り返るような。それが仕事の資料なのか、大気なのか、窓から見える万象なのか解らないけど、
結婚指輪だろうか、もしそうだとしたら、度々無くす訳が無い。結局その探す仕草は何を探してるのか、そもそも本当に《探している》のか、真は解らない。高峰沙耶のような不可思議である、あるけど、
それ以上の不思議が必ず有る。
それを目撃した者達は、大抵唖然とする。
それは寄行と呼ばれる類――
◇◆◇
殺しあう異界では、
死体は珍しくない。
母と子の死体、だって、
でも、
シュライン・エマは、
女性の死体の腹と、子供の死体を見ている。
おかしい。
◇◆◇
研究所からの帰り道だった、その遭遇。
今しがた殺されて、もう息が聞こえない、二つ。
母親は心臓をえぐられている、子供も心臓をえぐられている。子供は、女の子は、その手に人形を抱えている。シュラインはじっとみつめる。
もしかすれば、この今日はこの子の誕生日で、はもしかすれば、買ってもらったお人形、もしかすれば、プレゼントを抱きしめる行為は、もしかすれば、女の子のとてつもない喜び。
そんな事を想像してる、彼女の光景だというのか。
視線が、それた。
母親なのか、女性の方だ。えぐられた心臓の部分か、それとも生気を無くした表情か、
違う、
腹だ、
シュライン・エマは女の腹部を見ている。見ているだけじゃない、視線はじっとしない、腹のあたりを視線でなぞる、まるで、
何かを探しているよう――
それからまた、子供をみつめた。
そんな動作を、繰り返し続けた。
その行為は警察(死体処理班の意味合いがこの異界では強い)に声かけられるまで続いて、だが整然とした対応を取る事と、興信所という有名な身元がはっきりしてる彼女は、そのまま帰路へとついて。
帰り際振り返り、もう一度女の腹部と子供を見て。
死体を、見て。
◇◆◇
その行為を、草間零も目撃した事が有り。
シュライン・エマが趣味でそんな事をする人間じゃない事は長い付き合いで知っているけど、問いただすには何か憚れるようで、それでも、だけど、
「あ、お帰りなさいっ!」
今日の晩御飯の下ごしらえをしている時、帰ってきたその人に、
少女がそう声をかければ、
「ただいま」
ただいま、って、
シュラインさんは、笑ってくれるのです。
◇◆◇
南蛮漬けじゃない夕食を食べて、
草間零と同じ、屋根の下で眠る。
殺しあう異界のシュライン・エマの話。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
◇◆ ライター通信 ◆◇
――方々のプレイングを見た結果、今回は基本的に全員個別で仕上げております。
三十路前ですね。(何故繰り返す
ちゅう訳でご参加おおきにでしたー、なんか異界の謎あたりを追ってくれて楽しいプレイングでございました。てか死体の腹をみつめるあたりでかなりええ感じで(ええー
草間零とか、ディテクターへの思いとかの描写、できるだけ過去作品を参考にしたつもりでしたがどうだったでせうか; ちと心配ですが。
捏造だとかそんな感じもう大歓迎やので、ほんまおおきにでしたー。またの機会がありましたらよろしゅうお願いします。では。
[異界更新]
異界のシュライン・エマ、変わらず興信所勤務。研究所にてディテクターの生存チェック。草間武彦がディテクターになった原因は、帰昔線で話に出ていった女が、虚無の境界に似た女が居たからその真相を追う為で確定。そしてシュライン・エマは、女の死体の腹に何か探すように、そして子供の死体をじっとみつめる。
|
|
|