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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ハロウィンのおばけかぼちゃ


    01 prologue

 ハロウィンも迫る十月中旬。
 模擬試験の実施で学校が半日だったため、遠野幸弘は一つ上の遠野幸弘と共に商店街をぶらついていた。
「あ、先輩。見て下さい、あれ」
 スーパーの店頭にオレンジ色のかぼちゃが山になっているのを見つけて、幸弘は辰彦の制服の袖を引っ張った。
「あ、ハロウィン用かぼちゃだね」
「日本ではあんまり売ってないですよね。珍しいなぁ」
「……言われてみれば、売ってないかも?」
「アメリカはハロウィン前になると、どこでも手に入るんですよー。安い値段で売ってるんです」
「日本はアメリカほどハロウィン浸透してないもんね」
「公然と仮装できたりして面白いんですけどねぇ。おばけとか、愛嬌あって可愛いですし。小さい頃は良く作ったなぁ、おばけかぼちゃ」
 懐かしいなぁ、などと昔を回想していると。
「……かぼちゃカービング。急にカービング大会やりたくなった!」
 辰彦が何やら目を輝かせて、そんなことを言った。
「ええっ? 先輩っていつも唐突なんですから……」
「だってやりたくない!? カービングだよ!?」
「ハロウィンパーティーとか、したいですねぇ」
「ちょっとローカルで流行らせない? ハロウィン」
「Escherを会場に借りて、ハロウィンの飾りつけとかしちゃいましょうか?」
「オーケイ、それじゃ善は急げ! かぼちゃ買おうかぼちゃー!」
「なんか先輩って、時々子供みたい――」
「一人頭五個ね!」
「え、僕そんな持てませ――」
「スーパーのカートかっぱらえば良いでしょ!?」
「えー……?」
 先輩ってどうしていつも、そういうどうでもいいことばっかりに天才的頭脳を働かせるんですか。と幸弘は思った。


    02 Get Pumpkins!

 オレンジ色のジャック・オ・ランタンが夜道を照らし、子供達がTrick or Treat! を合言葉に隣人を訪ねて回る。
 冥界にいる家族や友人達を偲び、秋の収穫を祝う万聖節。その前夜祭がハロウィンである。
「ハロウィンは良いんだけどさ……。なんで僕が買出ししなきゃならないのかな……」
 今にも破れそうなスーパーの袋を両手から提げ、水上彰人は一人ごちた。
 水上は、Escherにて開催されるかぼちゃカービング大会の買出し要員である。高校生二人が買ってきた量だけでは足りず、補充としてスーパーへ出向くことになったのは良いのだが。
「車持ってないと運べないよね、これ」
 金を払ってしまってから気づくあたり、水上も間が抜けている。
 どうしたものか、とスーパーの前で思案していると、そこに同じくかぼちゃ入りの袋を手にした女性が通りがかった。ただし彼女のかぼちゃはオレンジではなく緑である。食用の。
「――もしかしてEscherの方ですか?」
 え? と水上は声のしたほうへ目をやった。
 切れ長の青い瞳がやや中性的な印象を与える、すらりと背の高い女性だった。
「かぼちゃをたくさん持ってらっしゃるから。知り合いづてにEscherっていうお店でかぼちゃカービング大会をやるって聞いてね。これから伺おうと思ってたところなの」
「あ、お客さんか。良くわかりましたね」
「そんな大量にかぼちゃを買う人も、そうそういないでしょうし」彼女はくすくすと笑みを零す。「半分お持ちしましょうか?」
「お客さんに手伝わせるなんてとんでもないって言いたいところだけど、物理的に無理があるのでお願いします」
 だいたい僕も客だし。水上は女性に袋を一つ手渡した。
「っと……なかなか重いわね」
「すいませんね。えーと、」
「シュライン・エマです」
「シュラインさん」耳慣れないカタカナを水上は繰り返す。「僕は、Escherの店員ではなく客の、水上です」
 一応客、というところを強調しておくことにする。なぜかかぼちゃ買出し要員にされているわけだが。かぼちゃ要員(客)二名は、重い袋を両手で抱えてEscherへ向かう。
「底が破れるんじゃないのかな、これ。店に辿り着く前に」
「そんなに歩かないと思ったけど?」
「たいした距離じゃないけど。今までEscherに来たことあります?」
「興信所の通り道なのよね。この間はじめて気づいたの。今まで見落としていたみたい」
「興信所? ああ、草間なんとかっていうのがあったな」
 それで興信所って具体的に何をするところ? と水上。
「……半ば、怪奇探偵と化してるわね……」
「怪奇探偵?」水上は顔をしかめた。「なんか関わりたくない接頭語がついてるね」
「武彦さんみたいに怪奇事件を呼ぶ体質じゃなければ、そうそう関わることもないんじゃないかしら」
「怪奇事件を呼ぶ体質……」
 心当たりがないでもなく、水上は憂鬱になった。その、怪奇探偵事務所だか興信所だかに出入りしている彼女とばったり出くわしてしまった時点で、『そっち方面』にご縁があると証明しているようなものでは……。
「ハロウィンか。何か妙なことが起こらなければ良いんだけど」
 手が痺れてきたので、一旦袋を地面に降ろした。シュラインもそれに習う。
 袋の中から顔を覗かせているかぼちゃ達を見、シュラインは、ふ、と微笑を浮かべた。
「ジャックがやって来るかもしれないわね」
「ジャック?」
「ジャック・オ・ランタンのジャック。天国にも地獄にも行けず、この世とあの世を彷徨い歩いているんですって」
「へー……。ますます関わりたくないね」
 要は幽霊じゃないのか、それ。
 お盆といい、ハロウィンといい、なんだって死者を自分達の世界に呼び寄せたがるのか。呼び寄せなくたってそこら辺にごろごろいるのになぁ、と水上はぼやく。
「既に亡くなってしまった人に会いたいと願うのは、当然の道理じゃない?」
「そうかな」
 死んでくれてせいせいしたっていう人に戻ってこられても迷惑じゃない?
 などと他愛ない話をしているところに、所帯じみた店が並ぶ商店街にはいささか不釣合いな外車が通りがかった。車は二人の数メートル先で止まる。
 運転席からひょこっと十八かそこらといった少年が降りてきた。免許取立てか? と思わず疑ってしまうような。
「あのー、もしかしてEscherへ行く人達ですかー?」
 黒髪に金色の瞳をした少年は、地面のかぼちゃを指差して小首を傾げた。水上とシュラインは顔を見合わせる。
「ええ、そうなの。もしかして貴方も?」
「そうです。僕のご主人様がEscherっていうお店にお世話になってますー」
 僕はマリオン・バーガンディって言います、と少年は小さく会釈した。
 ご主人様?
 この界隈で『ご主人様』などというご大層な敬称で呼ばれそうな人物は……、
「ああ、『総帥』の」
 シュラインは納得して頷いた。
「それカービング大会用のかぼちゃですか? 良かったら車に乗っけますよ。お二人も乗ってって下さいな」
 天の恵みだ。断る理由もない。
 二人は大量のかぼちゃをトランクに入れると、それぞれ助手席と後部座席に収まった。
 真っ当な免許を持っているのか甚だ疑わしい少年ことマリオンは、運転席に乗り込むと、
「それでは出発進行でーす」
 朗らかに宣言し、えいや、とアクセルを踏み込んだ。トランクの中のかぼちゃと一緒に、水上とシュラインは派手に転げてしまった。
 上品な内装には似合わない暴走っぷりで、マリオンの運転する車は街を疾走する……。

    03 KABOCHA carving

 ハロウィンのシンボルになっているおばけかぼちゃを、英語ではジャック・オ・ランタンと呼ぶ。
 かぼちゃ彫刻の風習は、ハロウィンの起源であるアイルランドから始まったものではなく、アメリカに渡ったケルト系の人間が始めたものらしい。
 アイルランドではかぼちゃではなくカブを使っていたんですよー、と豆知識を披露するのは、自身がアイルランド出身であるらしいマリオン・バーガンディ。華奢な身体に似合わない一番大きいかぼちゃを選んできて、楽しそうにマジックで顔を下書きしている。
 ちなみにマリオンの仮装は吸血鬼だ。雰囲気満点の衣装が、金色の目をしたマリオンに良く似合っている。が、華奢な体型と可愛らしい顔立ちのため、ドラキュラ伯爵というよりは『子吸血鬼』といった印象だ。
「アイルランドが起源なんですね。アメリカのお祭りだと思ってました」
 危なっかしい手つきでかぼちゃを彫りながら、海原みなもが言う。そうですよー、ケルト人の風習です、と答えるマリオン。
「ちなみに仮装は、悪霊払いです。向こうが怖がって逃げちゃうように」
 へえ、そうなんですか、とみなもは自分の衣装を見下ろした。
 彼女は蜘蛛女に扮している。凝った作りだが、布が少なく――つまり露出度が極めて高く、Escherの連中にさんざん「それ犯罪」だの「ヤバい」だのと言われる羽目になってしまったのは、みなもが中学生のわりに大人っぽいためだろうか。
 シュライン・エマの仮装はそんなみなもと上手く釣り合いが取れている。日本でハロウィンをやるのだから、とシスターならず尼さんの格好だ。どこから手に入れてきたのか、質素ですっきりしたシルエットの衣装は、彼女の痩身にぴったりだった。
「ハロウィンの飾りつけそのものは、ケルトっていうよりアメリカらしいわよね」
 シュラインはオレンジ色のかぼちゃではなく、食用の緑かぼちゃを彫っている。皮が硬いため、ふやかした上でのカービングだ。
 それを見て、とんがり帽子にマントを羽織って魔女(?)の格好をしたシオン・レ・ハイが、おかしいですね、とつぶやいた。
「……シュラインさんのはなぜ簡単に彫れるんでしょうかね?」
 ナイフが通らない彼の緑かぼちゃと、シュラインのそれとを見比べる。
「本来カービングには使わないかぼちゃだもの」とシュライン。「柔らかくしてるから辛うじて彫れるけど、やっぱり硬いわね」
「緑のかぼちゃは使わないものなんですか」
 シオンは無理に彫るのを諦め、新たに、オレンジのかぼちゃを取って戻ってきた。
 ――そんな感じで、客、店員を問わず、狭い店内で黙々とかぼちゃを彫っている。名目はかぼちゃカービング大会なので。
 美術作品にアーティストの個性が表れるように、かぼちゃにも個性が表れており、なかなか愉快である。
 例えばシオンのかぼちゃなどは――、
 自身の黒猫仮装に合わせて猫かぼちゃを彫っていた辰彦が、シオンの手元を見てぶっと噴き出した。
「シオンさん、『も』が逆」
「『も』?」
 シオンのかぼちゃは、『へのへのもへ』である。その『も』の部分が左右逆になっていた。
「『も』を逆に彫るってある意味器用だよねー」
「駄目でしょうか」
「いや、いいんじゃないですか?」
 なんかマヌケで。
 口に当たる『へ』を彫り終えると、シオンは蝋燭に火を灯して、空洞になっている内部に立てた。
「ある意味シュールね」
『の』の両目が爛々と光る様子を見て、夏樹がそうコメントした。
「和風で良いでしょう?」
「和風……まあ、和風か……?」
「この刳り貫いた中身は食べられるんでしょうか」
 シオンは皿の上に山盛りになった身を指差す。
「食用じゃないのよ、それ」とシュライン。「食べられるのは種だけ。身は駄目だと思うけど……どうなのかしらね。試したことないからわからないわ」
「では調理を試みてみましょう。キッチンをお借りして良いですか、夏樹さん?」
「駄目とは言わないけど、変な試みしなくて良いですから。誰が食べるのよ」
「ま、死にやしないでしょう」
「シオンさんは死なないかもしれないけど、ねぇ?」
 ねぇ? と黙ってかぼちゃを彫っている幸弘に振る夏樹。カービングに相当熱中していたらしく、ふと気づいて顔を上げ、
「あ、シオンさん料理するんですか? 楽しみです」
 と、とんちんかんな台詞を口にした。
 楽しみにするな、とその場にいた全員が思ったが、突っ込まなかった。
 不安そうな一同をよそに、シオンはそこはかとなく嬉しそうな様子で、『非』食用かぼちゃの調理をしにキッチンへ立つ。
「私も彫った中身を料理しましょ」
 完成した緑色のかぼちゃをテーブルの上にちょこんと載せ、シュライン。オレンジ色のかぼちゃの中に緑が混ざっている様子が可愛らしかった。
 外にもいくつか飾り用の小さいかぼちゃがあり、刳り貫いた中身は避けて皿の上に盛ってある。材料は刳り貫いた中身(もちろん食用)の再利用だ。
「何を作るんですか?」
 みなもがシュラインに問う。シュラインは、お楽しみ、と片目を瞑ってみせた。夏樹にキッチンを借りると断って、シオンの後につづく。
「料理できる人がいて良かったですね。私あんまり料理しないですしー」
 マリオンは口を波波にして、満足そうな表情のジャック君を作っている。ヘタの部分を取り除くと、
「彰人さん、中身刳り貫いて下さい♪」
 はい、と水上彰人にカービング用のナイフを手渡した。
「僕がやるの?」
 水上はマリオンのジャック君とは対照的に、不機嫌そうな顔つきだ。原因は、主に猫ひげにある。仮装の準備をしてこなかったため、マリオンに「じゃあこれでどうでしょう〜」と顔に描かれてしまってのだ。もちろん油性マジックで。
「体力ないんですもの」
 にっこり、と邪気のない笑顔でマリオン。
「体力なら僕もないんだけどなぁ」
 仕方なしに顔を彫ろうとすると、
「あ、駄目ですよ、顔は私がするのです。一番面白いとこなんですから」
「要はつまらない部分を僕が担当するわけだね……」
 水上はざくざくと大雑把に中身を刳り貫き始めた。なんとなく危険なナイフ捌きである。その傍らで、新たに違うかぼちゃへ顔を描き始めるマリオン(もちろんつづきは水上がやることになる)。
「皆さん器用ですね。私の、少し退屈だったかな?」
 みなもは、三角目にぎざぎざ口のランタンを彫り終えて、シュラインの緑かぼちゃの横に置いた。
「典型的なのが一つくらいあったほうが良いと思うわよ?」
 なんか色物ばかりだし、と夏樹。
「これつけてみたらどうですか?」
 幸弘は飾りつけように買ってきたらしいリボンをみなもに渡した。
 みなもは器用にリボンでコサージュを作ると、頭の部分にテープでくっつけた。
「可愛い可愛い。なんかみなもちゃんらしいわね」
「そうですか?」
 みなもは出がけに買ってきたハーブの蝋燭を灯した。
 完成品の中にみなもかぼちゃが加わって、華やかになる。
「色々あって楽しいですね。写真に撮っておこうっと」
 みなもは、小ぶりのデジタルカメラで、ぱちりと陳列したかぼちゃを撮影した。カービングの様子もしっかり収めておく。
「夏樹さん、パーティーの準備のほうお手伝いしましょうか?」
「そうね、働いてたみなもちゃんが、一番勝手がわかってそうだし。食器とか並べてもらえる?」
「はーい」
 さて。
 全員分のジャック・オ・ランタンが揃ったら、ハロウィンパーティーの始まりである。

    04 Halloween Party

 何か不思議なことが起こってもおかしくはなさそうな、そんな夜。
 中央にハロウィンのお菓子やご馳走を囲み、ジャック・オ・ランタンは仲良く窓辺に並べる。店内の照明を落とすと、ちょっとしたお化け屋敷で、なかなか雰囲気が出ていた。
 かぼちゃは左から、夏樹と幸弘合作の眠そうなかぼちゃ、みなもの三角目にリボンのコサージュつき、シオンの『へのへのもへ』、辰彦の猫もどき、シュラインの緑かぼちゃ、マリオン(顔部分)のご機嫌ジャックとその仲間達……、とつづく。
「これだけ揃うと壮観だね」
 暗い室内で、しっかりランタンの役目を果たしているジャック君達を見、マリオンは楽しそうに両手を顔の前で合わせた。
「刳り貫いた身の部分の処分が大変そうだけど」
「それならシオンさんがリサイクルしたよ」と辰彦がテーブルを指差して言った。
「あれ? 中身って食べられたかな?」
「食べられるかどうかは、神のみぞ知る、みたいな?」
「辰彦さん毒見してね」
「なんで僕なのさ」
 他の料理と一緒に綺麗に並べられたシオン作の『非食用かぼちゃのフルコース』を見、辰彦は唸る。
「シオンさん、責任持って食べて下さいねー?」
 話を振られたシオンは、爽やかな笑顔を浮かべた。
「まずは女性陣の美味しそうな料理をいただきましょうか」
 あ、逃げたな。と辰彦がぼやいた。
 テーブルの上には、もちろんちゃんと食べられる料理も並んでいる。
 緑かぼちゃの刳り貫いた中身を利用して作ったかぼちゃプリンが、これも小さい飾り用のかぼちゃを利用した器に載っている。ブドウとチョコレートで作った目玉入りソースがかけられており、なかなかリアルだ。これはシュラインの作。
 人数分のプリンの隣りには、かぼちゃクッキーとベジタブルクッキー。みなもの手作りだ。生地にかぼちゃペーストや刻みかぼちゃを使っているようで、クッキーの形も、魔女や猫、月、といったハロウィンらしいものだ。
 見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな甘味に、夏樹の軽食が彩りを添える。
「なかなかそれらしいハロウィンパーティーじゃない?」とシュライン。「これでTrick or Treat! って子供が押しかけてきたらばっちりね」
「お菓子をあげなかったら悪戯されちゃうんでしょうか?」
「どんな悪戯をされるのかしら――」
 シュラインは途中で言葉を切り、戸口のほうへ目を向けた。
「? どうしたんですか?」
「……本当に子供が来たのかしら」
「え?」
 みなももドアのほうへ顔を向けた。
「シュラインさんも聞こえましたか?」
 入り口の近くに立っていたシオンが言う。
 何も聞こえなかった一同は、え、とその場に固まった。
 それで一瞬しーんと静まり返ったので、今度は全員が、その『音』を聞き取ることができた。
 コンコン、と。扉をノックする音。
 ――別に来客があってもおかしくはない。バーなのだから。客かもしれないじゃないか。
 冷静に解釈すればそんなところだが、ハロウィンという特別なイベントと、お化け屋敷じみた内装のせいで、皆が変に緊張してしまっている。
「開けても良いわよね?」
 シュラインは一応全員に確認した。うんうんと頷くのを見てから、扉を開ける。
 そこには――誰もいなかった。
「…………」
「…………」
 思わず黙ってしまったりして。
「……あ」
 みなもが声を上げ、何を思ったか、不意に腰を屈めた。
「どうしたの?」
「猫さんが」
「猫?」
 戸口の下に、黒猫がちょんと澄まし顔で座っていた。
 ――なんだ、猫か……。
 ――いやでも猫ってノックする?
 ――尻尾でしたとか。
 ――猫又?
 ――何にせよ、
 一種の怪談だよね、と全員が思った。
 黒猫は、『おいらもお邪魔して良いですかにゃ』、という風に扉を開けたシュラインを見上げている。
「……入れても良いかしら?」
 ここで追い返したら末代まで祟られそうなので入れてやって下さい。というのが全員の意見だった。
 ジャック・オ・ランタンの灯りがなければ完全に闇に溶け込んでしまいそうな黒猫は、なぜか店には入らず、すぐに踵を返してしまう。何だったんだろう、と一同が呆気に取られていると、
 数分してから戻ってきた。――仲間をたくさん引き連れて。
「……猫ハロウィンパーティー?」
 どうもEscherの裏手にたむろしている猫達皆でやって来たらしい。
 常識的に考えて、猫が大勢で人間のパーティーに押しかけにくるなんて、そうそうあるものでもないのだろうが。
「……ま、いっか」
 ハロウィン効果が働いているのか、冷静な判断力とか思考力とかいったものがあらかた機能しなくなっていたようで、結局そんな結論に落ち着いたのであった。
 店を荒らすでもなく慎ましやかにお相伴に預かっている猫達と、思い思いの仮装をした人間達とが入り乱れるその妙な空間に、ピアノの軽快な音色が響く。
「新しいお客さんも増えたことですし。――何か楽しい曲でも弾きましょうか」
 シオンがピアノを弾き、猫達がご機嫌そうに尻尾を揺らす。
「折角ですし、記念撮影してもいいですか?」
 みなもはカメラを持ってくると、タイマーをセットしてテーブルに置いた。
 なんとか全員がフレームに収まり、フラッシュがぱちりと光る。

 そんなわけで、改めて。――ハッピー・ハロウィン!


    05 epilogue

 Escherでのハロウィンパーティーの数日後。
 シュラインは、興信所へ向かう途中にEscherへ立ち寄った。夏樹がかぼちゃプリンの作り方を教えてほしいと言っていたのを思い出したのだ。
「こんにちは」
 木造のドアを潜り抜けると、店は元通りになっていた。カービング大会のかぼちゃが肩を並べているのを除けば、至って普通の、落ち着いた内装だ。
「あ、シュラインさん。こんにちは。ちょうど良かった、手紙を送ろうと思ってたところなんですよ」
 書きかけらしい便箋から顔を上げて、夏樹。
「これ手紙に同封しようと思ってたんです。良かったら使って下さい」
 夏樹はシュラインに、『ドリンク割引』の文字が印刷された紙切れを手渡した。
「じゃあ、早速珈琲をいただこうかしら」
「はーい、了解です」
 夏樹は敬礼の真似をしてみせると、カウンタへ入る。
「かぼちゃプリンのレシピ、持ってきたのだけど」
「わぁ、ありがとうございます。うちのメニューに取り入れても良いですか?」
「ええ、どうぞ。料理は好きだから、何かお役に立てることがあったらいつでも声をかけて頂戴」
「助かります。……なーんちゃって、私が食べたいだけなんですけどねー」レシピを受け取って、ふむふむと頷く夏樹。「帰ったら早速試してみよっと」
 シュラインは奥のテーブルに腰を落ち着けた。数枚の写真が出ている。
「あ、これ。この間の?」
「そうです。みなもちゃんが現像したものを持ってきてくれたの」
「良く撮れてるわね。――あら?」
 シュラインはふと違和感を覚え、目を細めた。眼鏡をかけて、写真に顔を近づける。
「どうしました?」
「……猫が写ってないわね」
「へ?」
 夏樹はカウンタから出てくると、シュラインの肩越しに写真を覗き込んだ。
「……あ。本当」
 ――ぞろぞろと押しかけてきた猫達の一匹も、写り込んでいないのである。闇に紛れているのかと思って良く目を凝らしてみても、そこにはEscherにいた人間達しか写っていない。
「……あの、猫達……」
 なんだったのかしら? とつぶやく
「……ジャックが本当にやって来たのかしらね? 猫の姿をして」
 ジャック? と夏樹は首を傾げた。
「彷徨える魂のことよ」
 ――楽しめたのなら、良かったのだけど。
 仲良く並んだジャック・オ・ランタンを眺めながら、そんなことを思うシュラインだった。



fin.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■シュライン・エマ
 整理番号:0086 性別:女 年齢:26歳 職業:翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■海原・みなも
 整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳 職業:中学生

■シオン・レ・ハイ
 整理番号:3356 性別:男 年齢:42歳 職業:びんぼーにん(食住)+α

■マリオン・バーガンディ
 整理番号:4164 性別:男 年齢:275歳 職業:元キュレーター・研究者・研究所所長


【NPC】

■寺沢 辰彦
 性別:男 年齢:18歳 職業:高校生

■遠野 幸弘
 性別:男 年齢:18歳 職業:高校生

■橘 夏樹
 性別:女 年齢:21歳 職業:音大生

■水上 彰人
 性別:男 年齢:28歳 職業:予備校講師


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして&こんにちは、ライターの雨宮祐貴です。
 本当はハロウィンに納品したかったのですが、納品日すらぶっち切ってのお届けになってしまいました……申し訳ございません。
 ハロウィンは大好きなイベントなのですが、折角本場アメリカにいるのになぜかお祝いをする機会に恵まれません。去年は山火事でそれどころではなく、今年は中間試験とかち合ってしまいました。Trick or Treat、やりたかったのに……。
 というわけで、かぼちゃカービング大会&ハロウィンパーティーのお話を書いてみました。皆さんの個性的なジャック・オ・ランタンのおかげで、楽しいパーティーになりました。ご参加ありがとうございました!