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【夢紡樹】−ユメウタツムギ−
------<風音>------------------------
吹き抜けていく風はそっと木の葉を揺らす。
風祭真は自分の髪を揺らして通り過ぎていった風を追い、空を見上げた。
真っ青な空から赤や黄色に染まった葉がゆっくりと真の元へ降ってくる。
まるで風からの贈り物のようなそれを真は指で掴み、くすり、と笑った。
「呼ばれてるのかしらね」
風が去った方角を見れば、巨木がそびえ立っている。
そして目の前には『夢紡樹』という看板。
「行ってみようかしら」
せっかくだし、と真は看板にならい歩を進めた。
真が道の脇にある湖の前を通り過ぎようとすると、すっ、と湖の中から現れた水色の豊かな髪を湛えた女性に呼び止められた。
「其方、なかなか面白いものを内に抱えておるな」
「あら? あなたは?」
「妾はこの湖の主の漣玉じゃ。不思議な気を感じたから出てきてみたのじゃが‥‥其方、夢紡樹へ?」
「えぇ。目に入ったものだから。あ、私は風祭真よ」
その言葉に漣玉は艶やかな笑みを浮かべ、真の隣へと降り立った。
「真か。‥‥全てが真の姿。どれが欠けても其方ではない‥‥。どれ、妾も一緒に向かうとするかの。丁度そろそろ行こうと思っておったところじゃ」
「それじゃ一緒に行きましょう」
にっこりと柔らかな笑みを浮かべた真と漣玉は歩き出した。
湖面を揺らす風。木の葉を揺らす風。
そこには柔らかな風の音が響いていた。
------<夢の卵>------------------------
カラン、と軽やかな音を立てて扉に付けられたベルが鳴る。
太い幹に出来た大きな洞の中にある『夢紡樹』という店に真は足を踏み入れる。
そこには穏やかな雰囲気が漂っており、暖かな声が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ〜!」
カウンターからかけられる声と奥から走ってくる賑やかな声。
ピンクのツインテールを揺らしながら走ってきた少女が真に微笑みかける。
「こちらへドウゾ」
その少女の後に続いて真は席に着く。
漣玉の方は当たり前のようにカウンターに座り、カウンター越しに金髪の青年と話し始めていた。
「こちらがメニューになっております。お決まりになりましたらお呼び下さいな」
少女は愛らしい笑みを浮かべて去っていった。
それと入れ替わるように、黒い布で目隠しをした人物が奥から現れた。
目隠しをしているというのに、しっかりとした足取りでその人物は真の元へとやってくる。
歩を進めるのに迷いがない。
「いらっしゃいませ。私、この店の主人をしております貘と申します。ようこそおいで下さいました」
恭しく礼をした貘は真に手にしていたバスケットを差し出した。
「こちらはご来店の方へのプレゼントで『夢の卵』でございます。お客様の望む夢をお見せすることの出来る卵でございます。お一つ如何でしょうか」
「夢の卵?」
「えぇ、夢とは心の中にあるものを想像の中で形にするもの。それは一時、貴方を別の人物に変えるかもしれませんし、違う人生を歩んだ際の行く末を見せてくれるものかもしれません。夢には完全な形など無く、いつでも陽炎の様に揺らめくもの。そしてこの夢の卵を使って私は様々な夢をお見せすることが出来ます」
真は貘の言葉に柔らかく微笑んだ。
「どんな夢でも? 現実とはかけ離れたものでも?」
「えぇ、どんな夢でもです」
「面白そうね。一つ頂いても良い?」
「えぇ、どうぞ。お好きなものをお取り下さい」
真は促されるままにバスケットの中から一つの卵を取り出す。
普通の鶏の卵と変わらぬ大きさの白い卵。
「そちらを手にして眠りにつけば、お客様の望む夢が見れることでしょう」
「ありがとう」
真はその卵を手の中で転がしながら貘に礼を述べる。
貘は口元に笑みを浮かべて真に一礼すると去っていった。
それから真はウェイトレスを呼びケーキセットを頼んでから再びその卵を見つめた。
「夢の卵‥‥私の望む夢を見せてくれるのね‥‥」
私の望む夢。
真は自分の身を思い出す。
不死であるために身を引き裂かれそうな想いをしたこともある。
周りは変わっていくのに自分だけは変わらないそのことに涙したこともある。
人として普段暮らしてはいたが、平凡な人の一生というものは永遠に自分には訪れない。
時々思うのは自分がもし、不死の身ではなくただ一人の人間だったならば、ということだった。
「そう、それが私の夢かもね‥‥」
真がそう思った時、突然睡魔が襲う。
強烈なる眠りへの誘惑に逆らうことが出来ず、真はそのまま机に突っ伏し安らかな寝息を立て始める。
手にはしっかりと握られた夢の卵。
真はゆっくりと夢の中へと下りていった。
------<夢の中で>------------------------
真は街の図書館に来ていた。
今日は久々の休みでのんびりと読書でも楽しもうと図書館へと足を運んでいたのだ。
真には前から読みたかったお目当ての本があった。
結構前に流行ったのだが、どんどん新しい本が発行されている今。以前は予約しなければ借りることが出来なかったことが嘘のように、その本は本棚の中におとなしく収まっている。
「あった‥‥」
小さく呟いた真はその本を手に取ろうとした。
その瞬間、自分の手と重なる一つの大きな掌。
えっ?、と隣を向くと同じ本を手にしようとしていた眼鏡をかけた青年が居た。眼鏡がとてもよく似合っている人物だった。
「あ、すみません。もしかしてこの本?」
真は自分が手に取ろうとしていた本の背表紙を指さし青年に尋ねる。
すると青年はぶっきらぼうに真に告げた。
「いや、先にどうぞ」
そう一言だけ告げると青年は去っていった。
「なんか悪いことしちゃったな‥‥」
でもせっかくだから読もう、と真は青年の後ろ姿に軽くお辞儀をするとその本を手に取った。
また次の週図書館に行き、本を物色していた真だったが眼鏡をかけた青年を見かけた。
「今日も来てる。‥‥本好きなのかしら」
そんなことを思いつつも真は本の物色を再開した。
そして背表紙からピンときたものを手にしようとした時、また同じ本の前で手が重なった。
あれ?、と思い隣を見ると先週と同じ青年が立っていた。
思わず可笑しくなって真はくすくすと笑い出す。
「ごめんなさい。なんか先週も同じだったから。先週は譲ってくれてどうもありがとう。この間の本面白かったわ。だから、今日はあなたの番ね。面白かったら教えて。来週読むから」
ね?、と真はその本を青年に手渡した。
「いや‥‥これは‥‥」
「いいからいいから」
それじゃまた来週ね、と真は勝手な約束をして青年と別れた。
そしてその時、愛想のない青年が少しだけ慌てていたのに気づいて真は小さな笑みを浮かべたのだった。
そんな些細なことが何度も重なり、真と青年はいつの間にか互いにとって大切な存在となっていた。
忙しい合間をぬって一緒の時間を過ごして、大切な時を重ねていく。
ぼんやりとこのままこの人と一生過ごしていくかもしれない、と思っていた頃、お給料三ヶ月分を貯めて指輪をプレゼントしてくれた。
欲しかった言葉を添えて。
その時、真は本当に嬉しくて思わず涙が零れそうになったが、それを無理矢理笑顔に変えて微笑んだ。
すると目の前の恋人は、ありがとう、って言って真を抱きしめた。
その温かさと優しさに触れて、真はそっと涙を零す。
心の中がふんわりと暖かい。
そして順調に話は進み、地味ではあったが周りの人々に祝福されての幸せな結婚式。
青い空と吹き抜ける爽やかな風が心地よかった。
投げるブーケを誰が受け取るかで皆が白熱しているのを見て、二人で声を上げて笑った。
そんなことも素敵な思い出。
真を後ろから抱くような形で、二人は日だまりの中で語り合う。
柔らかな日差しと伝わる温もり。
「ねぇ、生まれてくる子。あなたに似て愛想が足りないと困るわね」
くすくすと笑いながら真がそう告げると、愛想が無くて悪かったね、と後ろで拗ねたような声が聞こえた。
「ふふっ。でも私はそういうところが好きだけど?」
言葉には出なくても心の声が聞こえるから、と真は胸の中でそっと呟く。
優しさも全部行動に表れるから言葉が足りない事なんて気にはならなかった。
真はいつも優しさに包まれていた。
子供も男の子と女の子一人ずつを授かり、大きな白い犬と大好きな旦那様がいつも一緒。
専業主婦だったが毎日が楽しくて仕方がなかった。
毎日家族のために料理を作り、庭でガーデニングをして家に帰ってくる人々を『おかえりなさい』と笑顔で迎えることが幸せだった。
たくさんの幸せに溢れた日々。
積み重ねていく時間。
二度とは戻らない時。
限りある時と精一杯生きていることがとても幸せだった。
子供達も立派に成長して、二人の幸せそうな結婚式を見て。
いつの間にか、おばあちゃん、って孫達に呼ばれて。
本当に目に入れても痛くないくらいに孫達を可愛がっては子供達に笑われた。
そして逝く時は、たくさんの瞳に見守られて真は眠りについた。
「そんな哀しそうな顔しないで」
私は十分優しさも幸せも貰ったから、と真は告げて微笑む。
「限りある時をあなたと一緒に過ごせて嬉しかった。今も私は幸せ」
そう告げるとそっと手を握ってくる大きな手。
出会った時も思ったが大きな手だった。
そして暖かな手。
「ありがとう」
心からの言葉を告げて真は瞳をそっと閉じたのだった。
------<夢から覚めて>------------------------
「お待たせしました〜!」
元気よくケーキセットを運んできたウェイトレスの声で真は、はっ、と目を覚ます。
目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それをそっと隠しながら、ありがとう、とウェイトレスの少女に告げる。
「夢を見ていたようだけどどんな夢だったのかな? おねーさんとーっても幸せそうな笑顔を浮かべてたから、実はリリィ、気になってたんだけど」
「どんな夢だったかって?それは秘密」
人差し指を軽く唇に当てて真はウィンクをする。
人並みの哀しくて優しくて暖かな夢。
不死である神の身には、絶対に望めぬ哀しいくらいに幸せな夢。
永遠に続くループから逃れることのない自分には叶わぬ夢。
「えーっ! 教えてくれないの?」
「夢って話さなければ本当になるかもしれないんでしょう?」
悪戯を思いついたような表情で真が言うと、リリィもにっと笑みを浮かべる。
「あれ、そうだったかな? でもそう思うって事は本当に幸せな夢だったんだよね。それなら良かった。マスターも幸せな夢を見てらっしゃるといいですね、って言ってたし」
「えぇ、とっても幸せな夢だったわ」
「良かった。あ、このケーキはおねーさん専用特製ケーキだって」
「特製?」
首を傾げながら真がそのケーキを口に運ぶ。
すると口の中に広がるその味は、夢の中でプロポーズを受けた時に食べていたケーキと同じ味がした。
「あっ‥‥これ‥‥この味知ってるわ」
「‥‥? えーっと特製ケーキだから。おねーさんが気に入ってくれればエドガーも満足だと思うの」
「そうね、大満足。あと、あなたが私の名前を呼んでくれたらもっと嬉しいわ」
真って言うの、と真はリリィに告げる。
「真ね。はい、リリィちゃんインプット完了! 次に来てくれた時もきっとバッチリ覚えてるから」
「ありがとう」
真は元気の良いリリィに微笑み、窓から見える空へと視線を移す。
窓の外には穏やかな秋の夕暮れが訪れていた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1891/風祭・真/女性/987歳/特捜本部司令室付秘書/古神
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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
お待たせ致しました。
この度は夢紡樹へお越し頂きアリガトウございます。
如何でしたでしょうか。
限りある生を駆け足で書かせて頂きましたが、楽しんで頂けると嬉しいです。
また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!
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