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ひとやすみ。
いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は？」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
そこでまた、沈黙が訪れた。
聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
何か、欠落しているような。
それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。
今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。
ゆったりとした時間は、意外と早くに流れてしまうもので。
斎月がふとした瞬間に時計に目をやれば、夕方の時刻を指していた。
「ふぁ〜…っと…。槻哉、俺もう帰るぜ」
「…斎月」
思い切り伸びをしながら槻哉に言葉を投げかけると、彼は眉根を寄せて、言葉を返してくる。
「…なんだよ。もう仕事なんて入らねーだろ。俺は帰る」
その、槻哉の態度が気に入らないのか、斎月も眉根を歪ませて、口を開いた。そして止められる前に、ジャケットを羽織って、ドアノブに手をかける。
「おつかれさん。また明日な」
斎月はそれだけを言い残して、そのまま司令室を後にした。
「……ったく、やってらんねーよ…」
そう言いながら、斎月はビルを出、帰路を歩き出した。
丁度、時を同じくして。彼の横を通り過ぎる、一台の車があった。
「……あれ？」
その車の後部座席に乗っていた人物が、斎月に目を留めて、声を漏らす。
「――河譚、車を停めろ」
「白銀さま？」
車に乗っていたのは、白銀と時比古だった。
運転席にいた時比古は、急な白銀の言葉に、ゆっくりとブレーキペダルを踏み込む。
「やっぱり斎月さんだ…」
車を停めさせた直後に、白銀は車の窓を開け、目にした人物の確認を取った。
「斎月さん」
こちらには気が付かず、通り過ぎて行く斎月に、反射的に白銀は口を開いて呼び止める。
「…白銀？」
白銀の声に気が付いた斎月は足を止め、振り向いた。
「今お帰りですか？ 良かったらお送りします。
……河譚、斎月さんを案内しろ。」
「――…はい」
白銀は斎月にそう言葉をかけて、それからてきぱきと時比古へと指示を下す。…時比古の声が心なしか低く響いていたのだが、それに彼は気が付いていないようであった。
「…すげーな、アウディじゃん」
完璧な笑顔を作り上げた時比古に、車内へと通された斎月は、子供のように車を見渡しながらそう言う。隣には笑顔で迎え入れてくれている、白銀の姿が。
「いつもこの時間にお帰りに？」
「…いや、今日は一件も仕事が無くてな。じっとしてるのも性に合わねーし、先に帰ってきてやったんだ」
斎月は白銀の言葉に、悪戯っぽく笑い、そう答える。
それに、白銀は口元を隠しながら、軽く笑った。
「そんな日もあるんですね。…俺達にとっては、良い事だとは思うのですが…」
「だなぁ、平和な日が続くってのは、お前ら含めて一般人には、良い事なんだよな。…最近感覚が鈍ってて、忘れそうになるけどな…当たり前の事を」
言葉を続ける斎月の言葉の色が、少しだけ濁ったように、思えた。
時比古の運転する車は、ゆっくりと進んでいる。
「……………」
流れる景色に目をやる斎月。
そこで少しの、沈黙が訪れた。
斎月を見つめていた白銀は、以前彼が精霊に興味を持っていたことを思い出し、徐に手を差し出し、汀を呼び出す。
「お、汀…だっけ？」
汀は最初に一度ペコリと頭を下げた後、ゆっくりとその姿を変えていく。イルカだったり、花だったりと…。それは、斎月をリラックスさせる為の、白銀の配慮だ。
斎月はその姿を、興味深そうに、見つめていた。
（……あ…）
白銀はそこで、以前から気になっていたことを思い出した。
斎月の、視線だ。
汀を見つめる斎月の視線が、同じように自分に向けられていたことが、何度かある。
「…そういえば…」
「ん？」
白銀が口を開くと、斎月は視線を上げる。それに少しだけ心を跳ねさせながら、白銀は言葉を繋げた。
「斎月さんは…俺を時折懐かしい何かを見るような感じで見てませんか…？」
「……！」
汀に気を取られていた斎月は、その一言で表情を変える。
「…ったく…自分のことには鈍いくせにな…」
斎月が小さくそう笑うと、白銀は首を傾げて見せた。
「あの…」
「いや、何でもない。…そう、だな…白銀には、話してもいいかな」
色々な容に姿を変え、それを自分に見せている汀に視線を落としながら、斎月はゆっくりと言葉を作り出した。
「…俺には、好きな奴がいた…お前くらいの年の…少年（ガキ）だった」
語りだした斎月は、汀をつん、と突付きながら、自嘲気味に笑う。
白銀は黙り込んだままで、言葉の続きを待つ。
「……………」
ハンドルを握る時比古も、黙ったままで、斎月の言葉に耳を傾けていた。
「俺…今でこそ正義の味方の真似事なんてしてるが…昔は結構荒れててな。親もいなかったし、生きてるって事を実感できなくて…悪ぃことばっかりしてたんだ」
斎月はそこで、一度言葉を止める。過去を思い出しているのか、また、ふ、と笑った。
「どうしようもなく荒れてた時期…あいつが現れて…家にまで押しかけて、俺を好きだと言いやがった…。最初、『コイツ、頭おかしいんじゃねーのか』って思ったよ。…流石にな」
「……………」
苦笑しながらそう言う斎月に、白銀は引き込まれていくような感覚に陥って行った。すると主の僅かな変化に、汀もゆっくりと、姿を変え始める。
「…でも、俺も途中で気が付いた…。あいつを…倖を、好きだってな…」
「『倖』…」
「ああ、あいつの名前だ。そういえば、白銀を初めて見たときに、思わずあいつの名前、呼んじまったな…」
斎月の言葉で、白銀は記憶を巡らせた。
『…ゆき…？』
彼と初めて会ったとき、自分は何かに呼ばれているような感覚に捕らわれ、表に出た。そしてそれを追っているときに…背後から声を掛けられたのだ。その名で。
白銀の手元の汀は、小さなハートの容をしていた。ほわほわと、柔らかい何かを感じさせる、そんな姿だった。
「…はは、可愛いな、コイツ。
……それでな、俺が倖と一緒に生きようって決めて…足を洗おうとした時に、俺がドジ踏んだばっかりに…倖は死んだ。…俺の、目の前で…」
汀の姿に笑いながら。
次に斎月の口を突いて出た言葉は、あまりにも衝撃的だった。
白銀も時比古も、一瞬、表情を固まらせる。
そして白銀は、斎月の話の内容を、何となく自分に置きかえて考えてしまう。自分だったら、今頃はどうしているのだろう、と。そう、例えば…。
口元に手をあて、視線を落とした白銀。それを見た斎月は、彼に分からない様に静かに笑って、手を差し出す。
パチン、と白銀の目の前で、何かが弾けたような音がした。
その音に数回瞬きして顔を上げると、目前に斎月の指先があった。
「…コラ、おかしなこと考えるなよ？」
そう言う斎月の顔は、笑ってはいたが、悲しくも見て取れた。
「あれからもう３年経つし、俺にも他に、大事な奴が出来たんだ。だから余計なことは、考えるな」
自分の言ったことで、白銀の心の中まで乱したくは無い。彼はまだ『これから』。どんな経緯があろうとも、白銀と時比古にはまだ未来がある。だからこれ以上、思考に沈むな、と伝えたかったらしい。
斎月は指を鳴らして、白銀の考えていることを、吹き飛ばしたのだ。
「……ま、勝手に俺が、ベラベラ話したんだけどな」
そして後に続けた言葉には、自己嫌悪が混じったようなそんな色が含まれていた。
「……………」
そんな中で。
汀は、白銀の中に生まれた感情に、再び容を変え始めていた。
「…お前はどうだ？ 河譚」
汀を見つめながら、白銀はふと思いついたように、運転席の時比古へと言葉を投げかけた。頭の中では出揃っていた言葉が、喉からは出てこなかった。
口にしてしまってから、あまりにも唐突で、漠然とした問いだったと思い、時比古の背中を見つめる。
「……どう、とは？ 私にはご質問の意味が判り兼ねますが」
当然、視線の先の時比古からは、そんな返答が返ってくる。
それに、浅く笑ったのは斎月だった。おそらくは、白銀の中の想いを、悟ったのだろう。
斎月の話を通して、心の中に芽生えた、新しい感情。
汀がそれを読み取り、複雑な容を取っている。人、の姿のような。それは、彼が誰よりも知っている…。
斎月がそれを眺めていると、汀は再びゆっくりと容を崩していった。
「………？」
白銀は、汀の姿に小首をかしげる。答えを出されたようでもあるが、それが直接彼の心に響いたわけではない。何かが、何処かの片鱗に触れたような感覚でもあるが…白銀自身には答えを見つけ出すことが出来なかった。
そうこうしているうちに、車は季流邸へと辿り着いてしまう。
「…お、此処が白銀の家か、デカイなぁ…」
斎月が窓からマジマジと、白銀の家の門構えを見つめて子供のような声を上げる。
「……白銀様」
「ああ…」
その反対側では、時比古が車から降り、ドアを開けて、白銀に降りるように促していた。
「私は、斎月さんをお送りしてきます」
「わかった」
車内から出ると、時比古の手が自然と背に感じられた。いつもと変わりない、行動である。なのに、今日は何故かそれが、くすぐったい様に思えた。
門構えまで付き従った時比古をそこで振り返り
「ここでいい。後は一人で大丈夫だ」
と、言いながら、足を止めさせる。
そんな二人のやり取りを見ながら、斎月は自分で車を降りて、白銀の傍まで歩いてきていた。
「ありがとな、白銀」
「いいえ…あの、何だか無理やり話させてしまったようで…すみませ…」
「おーい。俺が勝手に喋ったんだ、余計なことは考えるなって言っただろ？」
礼の言葉に、白銀も言葉を返すが、斎月が額を軽く突付いて、それを止めた。その彼の行動に、時比古は少しだけ表情を歪ませる。
「…またな」
「はい」
目をぱちくりとさせている白銀に、斎月が笑いながらそう言うと、白銀もそこで表情を崩して笑った。
「河譚、俺助手席に移っていいか？ 一人で後ろってのも、なぁ」
「…ご自由に」
背を向けた斎月が、時比古にそんな事を言っている。
白銀は自分の胸の上に、手のひらを当てた。
不思議な感覚は、拭い去れない。それでも、嫌なものではない。
会話を交わしつつ、車へと戻っていく二人を見送りながら、白銀は心の中で『ま、いいか…』と呟いていた。
時比古に問いたかったのは。
斎月のように、大切な人を失ってしまったら。そして、その大切な人に似た人に、偶然出会ってしまったら…彼はどうしただろうか。
ぼんやりと思ったその言葉は、白銀の脳裏には出揃っていたものの、その先に行き着くまでの『想い』が目覚めてはいない。
全てその口からさらけ出すには、まだ少しの時間がいるようだ。
心に触れた何かの、答えが見つかるまで。
車が、ゆっくりと動き出した。
「じゃあな、白銀」
「……………」
斎月が笑顔で、車から手を振っていた。それに白銀は頭を下げて、応える。そして車が見えなくなるまで見送り…軽い溜息を吐きながら、踵を返して我が家の門を潜り抜けるのであった。
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登場人物
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【整理番号 ： ＰＣ名 ： 性別 ： 年齢 ： 職業】
【２６８０ ： 季流・白銀 ： 男性 ： １７歳 ： 高校生】
【２６９９ ： 河譚・時比古 ： 男性 ： ２３歳 ： 獣眼―人心】
【ＮＰＣ ： 斎月】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回は『ひとやすみ』へのご参加、ありがとうございました。
季流・白銀様
いつも有難うございます。
斎月は…板ばさみ状態ですね（笑）それでも白銀くんと時比古さんの関係が気になって仕方ないようです。親の目みたいになっています。
プレイングどおりになっていればいいのですが…（不安）。
今回は時比古さんとは別視点、と言うことで途中からお話が変わっています。
楽しんでいただければ、幸いです。
感想などまた、聞かせてくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
桐岬 美沖。
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