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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


□■□■ 未来視鏡 ■□■□



「まったく……今時こんなレトロな品があるなんて思わなかったよ……」

 アンティークショップ・レンの一角。
 カウンターにべたりと貼り付くようにうつ伏せているのは、店主の碧摩蓮である。珍しく憔悴した様子の彼女の前には、小さな鏡が置かれてあった。小奇麗な細工の施されてある、掌サイズの鏡である。和物ではなく洋物なのか、薔薇を象ったと見られる小さな図形が幾つも掘られていた。
 蓮の好みの品物だが、それを前にして当の本人は項垂れている。珍しく、その様子は随分と憔悴したものだった。はぁあ、と深い溜息を吐くその表情も覇気が無い。

「勘弁しておくれよ、本当にさあ……」

 再度の独り言に、店に飾られたビスクドール達がクスクスと笑いを漏らす。いつもなら一睨み程度するところだが、今回はその気力も無いのか、彼女はカウンターに突っ伏した身体を起こす気配が無い。
 これほどに客の来訪を心待ちにした事は無い。早く誰かに押し付けたい。早く早く、誰か来い。静かなままのドアベルを睨みながら、蓮は幾度目か知れない溜息を吐く。そして、鏡をきっと睨んだ。

「未来を映す鏡なんて――……」

 からん、ころん。

 ドアベルが鳴る、蓮はぱっと笑みを浮かべて立ち上がった。いつものシニカルな気配の無い笑みを浮かべて客を出迎える。

「いらっしゃい、よく来たねぇ、早速なんだけれど――」


■□■□■

「本当、随分参っているんですね……碧摩さん」

 クス、と微笑を浮かべる向坂愁に、蓮は少し拗ねたような顔を見せてプイとそっぽを向いた。

「あたしだって見たくないものをイキナリ見せられたりしたら参りもするさ。これでも繊細な神経を持つ女って動物なんでね」
「はぁ……いつもなら、『そこらの小娘とこのあたしを一緒にすんじゃないよ』なのにこうとは、本当に参ってるんですね」
「……参ってるさ、参ってるとも。文句があるのかい、あぁ?」

 ぐい、と絡むように顔を寄せて来る蓮に、愁は思わず身体を引いた。既婚者の身で、雇い主とは言え女性に迫られるのは良くない。ふん、と息を吐いた蓮は、カウンターの上を指差した。顔は背けっばなしである、よほど見たくないらしい。
 置かれていたのは――
 布の塊だった。
 愁は呆れた溜息を吐く。

「何もここまで厳重に包まなくたって……元がどの程度のサイズだか判らないじゃないですか、これじゃ」
「うるさいね、良いからさっさと持って行っておくれよ、その不吉極まりないモン」
「こんなもの持ち帰ったりしませんよ。部屋、一つ借りますね」
「……勝手にしな。とにかく、引き受けるからには責任持ってどーにかしてもらうよ」
「はいはい」

 レンの一室。
 そこには雑多な骨董品が積まれていた。整理する気があるのかないのか、店主の蓮は殆ど頓着せずに品物を積み上げる。勿論店に置けなくなり、倉庫入りになった品物も例外ではない――この部屋も、そういった品物を積んである場所の一つだった。ビスクドール達がガラスの眼で愁の手にある布の塊を見ている気配に、彼は苦笑を浮かべる。
 埃を被った椅子を一つ引っ張り出し、その上に布でぐるぐる巻きにされた『それ』を置く。ゆっくりと包みを剥がしていけば――存外に小さな、可愛らしい手鏡が現れた。小奇麗な細工は細かく、中々値の張るもののように思える。

 呼び出され聞かされた話に寄れば、この鏡は未来を写すのだという。とは言えご大層に何百年後の世界、といったものではなく、鏡に映し出されたものの将来の姿程度らしい。いや、程度、と言っては悪いか――女性にとっては精神的ダメージ大、だったようだし。憔悴しきった蓮の姿を思い出し、愁は苦笑する。あの蓮をあそこまで凹ませるとは、一体何を見たのだか。
 鏡面にはカバーが掛けられていた。愁は軽く持ち手に手を掛け、鏡を観察する――が、まったく反応が無い。く、と小さく首を傾げ、彼は引っ張り出したもう一脚の椅子に身体を預けた。

「簡単な霊なら、手に持った時点で浄化出来ると思ったんだけど――」

 小さく独り言を漏らし、愁は目を眇める。意識を集中し何かが憑いている気配を探るが、やはりその様子も無い。
 何かが憑いているわけでもなく、そういった能力があると言う事は――この鏡自体が、何らかのマジックアイテムだということになる。それは下手に霊の憑いた道具よりも扱いが面倒だった。何かが憑いているのならば、歪められた能力を除霊によって矯正し正常な状態に戻すことで事足りる。しかし、元々この鏡が『そういうもの』なのだとすれば、蓮の所望通りこの鏡をただの鏡にすることは――むしろ、存在や性質を歪めてしまうことになるのだ。
 歪められたものは、ストレスを溜める。今よりももっと人に害を成すものになりかねない。それでは本末転倒だった。

 ふむ、と愁は息を吐き。
 鏡面に掛けられたカバーを取った。

 鏡の中には普段の愁の姿がある。愁の眼には鏡が映り、鏡には愁が映る――合わせ鏡のようにクラクラとする錯覚に、彼は軽く顔を顰めた。
 向けられた力を反射する、その能力が自動的に働いているのだろう。頭のどこか冷静な部分はそんな分析をしているが、思考の大部分は奇妙な感覚と戦うのに精一杯である。鏡と自分の連鎖が頭を満たしていく――終わりが、見えない。
 愁は鏡を下ろし、鏡面を床に向けて伏せた。
 ふぅ、と息を吐く。シャツの襟元に指を掛けて汗ばんだ身体に風を送れば、気持ちの良い冷気が肌を撫でて行った。

「これは、ちょっと、難しいかも……だねー」

 苦笑し、愁は椅子の上に鏡を置く。ドアに脚を向けて開けば、まだぐったりとカウンターに身体を預けている蓮の姿があった。一体彼女が何を見てしまったのか、少し気になるが――訊ねるのは恐ろしい。

「碧摩さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「何、もう終わったのかい?」
「いえ全然。えーと、格安で持ち掛けられたとか言ってましたよね、あの鏡……碧摩さんの見立てで、その値段とあの鏡の価値ってどの程度釣り合わなかったんでしょう?」

 愁の言葉に、蓮は身体を起こした。それから軽く天井を睨むようにし記憶を反芻する素振りを見せる―― 一瞬忌々しげな表情を見せるのは、とんでもないものを掴まされた恨みゆえなのだろうか。蓮はカウンターに置かれてあるメモ用紙に何かを書き付けた。
 そしてそれを突き出すように、愁に渡す。

「相手の連絡先と住所――どのくらい釣り合わないかって聞かれたら、とにかくの破格だったね。あの細工、無名ではあるけれど確かな腕を持った職人の作だよ。あたしみたいなタチの人間には堪らないぐらいにね。だからほいほい買っちまったんだけど、相手も中々の好事家だったんだ。当たってみる価値は、あるね」
「その冷静さを買う前にも持っていれば、僕もこんな面倒押し付けられずに済んだんですけれどね……」
「あんまりくどいようだと――」
「じゃ、行って来ます!」

 しゅた、と手を挙げ、愁はレンを後にした。

■□■□■

 相手の邸宅。
 鉄製の門の向こうには、豪邸が見えた。蓮も随分な相手と交流があるものだ、一体どういう交友関係を持っているのだろう、少しぐらい紹介してもらいたいものだ――思いながら愁は、門に掛けられた看板を手に取る。
 曰く、『売却希望』。
 明らかに夜逃げの後だった。蓮に問い詰められることを警戒しての事だろう、彼女が気付いてクレームを付けに来たとしても、家は最早空である。どうしようもない、その始末は、自分で付けるしかないという風に仕向けたかったのだろうが――ふぅ、と愁は溜息を吐いた。

「家が空ってことは、調べ放題とも言うんだよね」

 不法侵入を果たし、絨毯の張られた廊下を歩く。まだ埃っぽさが浸透している様子のない邸内で彼は部屋の一つずつを覗いていたが、いかんせん部屋数は多すぎた。片っ端から当たっていては埒が明かない――愁は書斎まで辿り着いてから、一息つくことにした。マホガニー製のどっしりとしたデスクに腰掛ける。巨大な家具が残されたままだということは、また運び出す予定があるのだろうか。
 待ち伏せしていれば戻ってくるかもしれない、何気なく引き出しを開けて、その中身がごっそり残っている事に愁は瞠目した。

「……纏めて運ぼうとするにも、程があるって言うか――よほど慌ててた、のかな?」

 四段目、三段目、二段目。文房具、何か仕事上の書類らしきもの――下からだんだんと開けていき、一段目に指を掛けたところで手ごたえを感じる。鍵が掛かっているらしい。
 手荒な事はしたくないが、仕方ない。愁は机に置かれていた、手頃なサイズの像を掴んだ。青銅製のそれは重く、破壊力も知れる。引き出しの鍵部分に狙いを定め、彼はそれを振り下ろした。

■□■□■

「と言うわけで……無理です」
「聞こえないね」

 ぷい、とそっぽを向く蓮に、愁は溜息を吐いた。
 彼の手には日記帳が持たれている。抉じ開けた引き出しの中から出てきたそれは、鏡の元の持ち主の物だった。何気ない日常が綴られているが、ある日好事家仲間から格安で鏡を引き取った日からそれは一変する――映る未来の姿に鏡の事を調べていくと、どうやら元はヨーロッパで製作されたものらしい。中世のイギリス、それが鏡の出身だった。

「当時王室に出入りしていた魔術師が、王の治世を占うために作ったものなのだそうですよ。もしも王が老人の姿で写ったのならば、その王の治世は長く続く。つまり彼は良い王になるだろう。しかし若い姿で止まれば、それは革命を意味する。彼は良い王にはなれない、と。元々がマジックアイテムなんです、その力を歪めてしまうのは危険だと、碧摩さんが一番よく判っているはずでしょう?」

 説得を試みるも、蓮は耳を貸さない。まったく大人げない、よほどあの細工が気に入ったのか、それにしたってこんな子供染みた拗ね方をしなくても良いだろうに――呆れる愁の耳に、クスクスと笑い声が入って来る。
 それは、鏡を置いていた一室から聞こえていた。
 彼はカウンターに日記帳を置き、ドアに脚を向ける。積み上げられた骨董が窓をも塞いでしまっているその部屋は薄暗かったが、部屋の中央に浮かんでいる鏡がぼんやりと発する光で淡く照らされていた。それを見止めた蓮が背後でビクッと身体を震わせる気配に愁は笑い、ドアを閉じる。
 そのままそこに背中を預け、鏡と対峙した。

「こんにちは――お話は出来るんですか?」
『ええ、出来るわよ。手間を掛けてしまったみたいでごめんなさいね、私を普通の鏡にしたかったのね……判っていたら、もう少し早くこうして話し掛けたのだけれど。あのひと、どうしてだか私の声を聞こうとしてくれないみたいで』
「なんだか嫌なものを見たらしいですよ?」
『あら、変なものを写した憶えはないのだけれど?』
「ふふ、そうなんでしょうね――でも、女性はその不変な未来が怖いものなんですよ、きっと」
『あらあら』

 クスクスと鏡は笑う。

『私は生来こういうモノだから、普通の鏡にはなれないの――もう、判っているのよね?』
「ええ、一応は」
『悪いとは思うのだけれどね。でも私はここ、気に入っているのよ。お友達も沢山いるんですもの。だから、お願いを聞いて欲しいの』
「と――言いますと?」
『誰かを映す時は、現在の姿にするよう努力するわ。だから私をこれ以上、質に流さないでくれない? 正直、ここほど退屈しない場所があるとは思えないのよ』
「そうですね……あなたみたいなモノを近くに置いておけば碧摩さんももう少し慎重になって、軽々しく怪しい物を買わなくなるかもしれませんし。説得してみますよ」
『ふふ、お願いね。それと――貴方にもたまに、私を持って貰いたいの。今までのしがらみを洗い流してもらえるみたいでとても気持ち良かったんですもの』
「ああ、お安い御用ですよ、そのぐらいなら」

 にこり、愁は鏡に微笑みかける。
 鏡面には同じ顔が映っていた。

 後日、泣く泣く使用していた鏡にそれでも愛着が湧いたらしい蓮は、あまり気にせず鏡面を覗き込むようになった。
 つまり、危険な衝動買いを治すつもりが無いとの表れである。
 この人はあんまり懲りないかもしれない、愁は店の中を覗きながら苦笑を漏らした。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2193 / 向坂愁 / 二十四歳 / 男性 / ヴァイオリニスト


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、ライターの哉色です。修正依頼いただきましたので、オープニング追加版でお届けいたします; 手元にバックアップがありませんで、実際に提示していたものと細部異なるものになってしまっておりますが……申し訳ございません。
 ストーリーの方にリテイク箇所が無いとの事で、その点は胸を撫で下ろしております(苦笑) 大変失礼致しましたが、また機会がありましたらご依頼頂けると幸いです。それでは失礼致します。