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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


水妖の夢


【壱】


 龍牙炎がその話を聞きつけた瞬間、真っ先に考えついたのはスクープ記事を書こうということだった。湖で起こる謎の失踪事件。その謎を解き、失踪した者たちを助け出すことができればスクープ記事を書くためのネタには十分だと思ったのだ。依頼がアトラス編集部のものだったというのも強く炎の心を惹きつけた要因だ。オカルト研究家になるためにこの依頼を成功させ、碇麗香に自分を売り込めればと思ったのである。自分のプラスになることであれば苦労はいとわない。これでも色々な超常現象を調べて新聞やオカルト系雑誌へ投稿しているのだ。怯える必要などどこにもなかった。
 それにしても、思って龍牙は目の前に腰を落ち着けた三下の怯えた様子に溜息を漏らしかける。アトラス編集部の社員であるにも拘らず、この怯えようは一体なんなのだろうか。路上でスカウトよろしく声をかけられて、飛びついてきた龍牙が嬉々としているというにも拘らず声をかけてきた三下のほうはすっかり怯えた様子でそれを隠そうともしない。事情を話す口調もどこかたどたどしく、このまま行動を共にしなければならないのかと思うと足手まといになるのではないかという不安も僅かばかり感じられた。
 龍牙がそんな風に思っていることになど全く気付いていないのか、三下は言葉を一つ一つ拾うようなたどたどしさで事情を説明する。
 湖で発生した行方不明事件。原因は不明。狙われるのは常に男性だけ。その被害者に編集部の関係者が含まれていることが発端で調査するに至ったのだそうだ。三下はその事実にすっかり怯えきっているようだったが、龍牙は本当にそこまで怯える必要はないだろうと楽観して話しに耳を傾けるでもなく傾ける。男性ばかりが行方不明になる。その裏には何がしかののっぴきならない事情が隠されているのではないかと思った。水神様の祟りという言葉が気になったせいかもしれない。近隣の住人も近づくことのない湖。近づけば水神様の祟りがあるというのである。しかし悪しき者だけが人に害を及ぼすわけではないような気がする。守りたいもの、守らなければならないものがあるのだとしたら人が悪だと断罪してもそれが本当に罪だとは誰が断言できるだろう。それに男性ばかりが失踪するというのも気にかかった。もしかしたら男性に何がしかを求めているのかもしれない。それが恋人なのか父親なのか、それとも兄弟なのかはわからないけれど、わけもなく男性だけを失踪させるということはないだろう。
 一通り三下が説明を終えると、自然と二人の間に沈黙が落ちる。居心地が悪いと感じるのは、きっと三下が怯えた様子を隠さないからだろう。怯える程がある。すぐにでも行動に移したいと思う龍牙の気分を殺ぐような怯えようである。
 できれば碇麗香自身から話しを聞きたい龍牙だったが、生憎取り込み中のようでデスクで電話片手に何かを話し込んでいるのが見えた。
「兎に角行ってみませんか?」
 いつまでも編集部内に留まっていても仕方がないと思って龍牙が切り出すと、三下はそうですねとどこか気乗りしないような口調でぼそりと云ってのっそりと腰を落ち着けていたソファーから立ち上がる。それに続いて龍牙が立ち上がると編集部内で話しをし始めてそれほど長い時間が経ったわけでもないだろうが、とても長い時間そこに腰を落ち着けていたような気がする重みを感じた。
「現場に行ってみましょう。調査してみないことには何もわからないでしょ?」
「そ、そうですね……とりあえず、行ってみないことにはわかりませんよね」
 云う三下の口調は、できれば自分は行きたくはないと云っているような気弱なものだったが、そんなことには構っていられない。龍牙はそんな三下を強引に誘うように編集部を出て、囮に使おうと思っていることは口に出せないと思った。そんなことを話したら最後、三下は断固として同行することを拒否するだろう。男性だけを引き寄せる妖。それをおびき出すために自分を使うのはかまわなかった。けれど記事を書くにあたってはやはり客観的な目が必要だと思ったそのためには三下に囮になってもらうのが一番だと思ったのだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!俺、こういうの慣れてますから」
 云った龍牙に三下は気弱な笑みを浮かべて、曖昧に頷いた。



【弐】



 三下の運転する車で湖へと向かうことになった。ビルの群れから脱出するように緑の濃いほうへと車は走る。龍牙は助手席で背もたれに躰を預けたまま、変化していく窓の外の風景を眺めるでもなく眺めていた。灰色の風景が自然の温みに包まれていく。穏やかな自然がまだ残されているのだと思うことのできる風景の鮮やかさに、龍牙はこれから自分が向かう場所にあるものが本当に悪しきものなのだろうかと考えていた。
 確かに人をさらうことは許されることではない。けれど何がしかの事情がある筈だと思う。話せばわかる。きっとわかってもらえるのだと信じたい自分がいる。特別なことなど何一つも考えることなく、ただ自分のためになればとついてきただけの自分だがどこかで湖での失踪理由に拘る何かに同情してついてきた自分もいた気もしないではない。
 失踪させるのではなく、呼ばれるのではないかと思う。呼ばれるがままに姿を消しただけで、他人の意思によってではないのかと思うのだ。湖に住まう者は伴侶になってくれるような何者かは誰かを待ち続け、それに反応するのが男性だけだというそれだけで、そこに悪意などないのではないかと。そして男性だけがそれに反応するということは女性なのではないかとも。しかしそう思うと同時に、水神様というものは男性で伴侶にする女探しのために必要な躰を求めて男性を呼び、その躰に取り憑いているのかもしれないとも思う。
 思考回路は混乱。
 はっきりとした答えが姿を見せる気配はない。
 つまらないことを考えているなと思いながら、隣の三下に視線を向けるとやけに真剣な眼差しで正面を睨んでいる。舗装された道路を走るのに何もそんなに真剣にならなくてもいいのではないかと思うと同時に、気を紛らわせているだけなのかもしれないと思った。小心者もここまでくると立派だと呼んでもいいのかもしれないと思った。
「とりあえず近隣の村で聞き込みしてみましょう」
 龍牙は予め自分がたてていたとおりに行動できるように三下に云う。断れることはないだろうと予想していた通り、三下がはっきりと頸を縦に振る。
 車が進むにつれて次第に民家が見えてくる。とはいっても都会のそれとは違って疎らに点在する程度だ。小さな看板のわきを通り過ぎざまに記された名前を確認する。龍牙の知らない村の名前だった。細い道を進み、駐車場のように開けたスペースで三下が車を停める。果たして本当にそこが駐車場なのかどうかはわからなかったが、三下の車の他にも数台の車が停まっている。車をおりると整備されていないのか、意図的にそのままにされているのかわからない砂利を靴底に感じた。
 じゃりじゃりと足音を響かせながら前に進み、人が居る場所を求めて村の奥へ進むとどこまでも続く畑のなかに小さな人影を見つけた。龍牙は躊躇うことなく声をかける。そして畦道を辿って、その人の傍に立つと手短な挨拶を済ませ単刀直入に湖の水神様について訊きに来たのだと云った。
「物好きだねぇ」
 日に焼けた中年の男が龍牙の顔を真っ直ぐに見て云う。
「あれだろ?失踪事件について調べに来たってやつ。前にも何人か来たよ。オカルト系の雑誌の奴らだったかな」
「まぁ、そんなものなんですけど、でもちょっと他人事じゃないんですよ。うちの人間が失踪しちゃって……。だから純粋に取材ってわけでもないんですよね」
 同情を誘ってみようと思った。知り合いが失踪したのだと云えば少しは有益な情報を聞きだせるかもしれないと思ったからだ。
「あそこの湖にいらっしゃるのは女神様だからね。子を成したいのかもしれんが、本当かどうかはわからんよ。随分昔のことだけど、年に一度男を贄として捧げてたこともあったらしいからあながち嘘ではないのかもしれないけどな。祭りはかかしたことはないが、贄はもうすっかり廃れた文化だからねぇ。今まであんたみたいに取材に来た奴らが煩いから祟りってことにしてきたけど、あそこの神社も神主不在だしな。村に実害はないが、もしかすると本当に祟りかもしれん。」
 タオルで汗を拭うようにしながら男が云う男に、龍牙はありがとうございましたと頭を下げると引き際が肝心とばかりに引き下がる。そして後ろに張り付くようにしてついてきていた、三下を振り返ると、
「これは湖に直接行ってみたほうが早そうですね」
と笑って云った。妖といっても神のような類なのかもしれない。ならば下手なことはできないだろう。説得できればいいと思いながら三下に視線を向けると、不意に三下の顔が怯えにひきつる。その後龍牙が何を云おうとしているのかをさとったようだ。
「勿論囮になってくれますよね?きっと成果があがらなかったらクビになりますよ」
 笑顔でさらりと云った言葉だったが、三下を脅すには十分だったようだ。
「……いざとなったら助けくれますよね?」
「なんとかなりますよ」
 軽く答えて三下になどかまってられるかとばかりに、湖へ向かおうと龍牙は歩調を速めた。



【参】



 木々が鬱蒼と茂る獣道を龍牙は三下を置き去りにするような早足で前に進む。慌てた様子で後を追いかけている三下にかまうつもりは毛頭なかった。このまま一緒にいたところで役に立たないであろうことが、この場所に辿り着くまでの間でわかってしまったからだ。どうせ囮くらいにしかならない。大きなストライドで足場の悪い獣道を行くと、不意に視界が開ける。
 大きな青い湖。
 それは静かに横たわり、妖の気配など微塵も感じさせない場所だった。
 龍牙は足を止めて、三下を待つように振り返ると前を譲ろうとするかのように、どうぞ、と腕を差し伸べた。躊躇う三下にクビになってもいいんですか、と軽く脅しをかけながら前に進ませその後ろをついていく。次第に肌が焼けるような鋭い気配がそこかしこに感じられるようになった。吊られてきたか。思いながら、釣り人でも装ってください、と軽く三下の背に云うと恐る恐る三下が水際に近づいていった。その背中を見送り、立ち止まろうとした刹那三下の前に立ちはだかる人影が龍牙の目に映った。
 辺りに響く三下の悲鳴。
 そのすぐ目の前には女の顔。一重の双眸がまっすぐに三下を見ている。紅色の唇には笑みが刻まれ、長い睫毛が白い肌に濃い影を刻んでいた。三下は異形の者を目の当たりにし、その場に腰を抜かす。龍牙は咄嗟に威嚇ためにデーモン『マイト・マシーン』を召喚すると、三下の傍らに駆け寄った。
「なんのためにここにいるんですか?」
 云う龍牙のほうに視線を向けた三下が、再度悲鳴をあげる。龍牙に寄り添う戦車型をした『マイト・マシーン』のせいだろう。しかしもう龍牙に三下を気にかけてやるつもりはない。
 ―――おまえこそなんのためにここに来た。そのようなものをつれて、ただの人間ではあるまい?
 女の長い黒い髪が風になびく。
「行方不明の人間を探しに来たんです。心当たりがあるんじゃないですか?」
 ―――くだらんな。あんな役立たず共のために来たというのか?
「なんのためにこんなことをしたんです?」
 ―――存在証明さ。私がここにいるということを知らしめるためにやったのさ。
 冷たい声。
 それは低く、どこか不思議な魅力のある声だった。
「何が不満だったんですか?村の人はお祭りは欠かしたことがないって云ってましたよ」
 呟くように問うに龍牙の目の前で女が笑う。
 ―――神主不在の神社をそのままにしておいてか?
「神主がいればいいんですか?」
 ―――後の心がけ次第だ。おまえに忘れられる者の苦しみがわかるか?人が総てだと思う者の心の内から次第に忘れられていく古の者の苦しみが、人間のおまえに理解できるとは思わぬが……。
 嘲笑を含む女の声に、龍牙は負けじと声を張り上げる。
「約束します!村の人がもう忘れたりしないように、神主さんもちゃんといる神社を作るように約束します。だから、返してもらえませんか?その人たちをさらったところで、どうなるものでもないんじゃありませんか?取り引きをしましょう。もし約束を守れなかったら人をさらうことを止めにはきません。でも一度だけチャンスをもらえませんか?」
 龍牙の真っ直ぐな言葉に女が笑う。
 ―――私との約束、違えることがあればどうなっても知らぬぞ。
「じゃあ!」
 ―――一度だけだ。おまえのように云う者をいなかったからな。最初で最後だ。それでも良いと申すか?
「必ず約束は守ります!だから……」
 ―――返してやろう。ただし、約束は守ってもらうからな。
 声が遠のく。
 刹那の閃光。
 それは視界を遮り、何度かの瞬きの後に見た風景は静かでそれまでそこにいた者の存在など微塵も感じさせないものとなっていた。水際に数人の男性が倒れている。三下は取り乱したままだ。
 龍牙は満面の笑みを浮かべ、これで十分に記事が書けると思った。



【肆】



 早々に書きあげた原稿を手に、龍牙がアトラス編集部を訪ねると碇麗香のデスクから肩をすくめた三下が去っていくところだった。そんな三下に構うことなく自信たっぷりに書き上げたばかりの原稿を差し出す龍牙に、碇が笑う。
「さんしたくんより早く書き上げてきたのね」
「こういうのは早く書いたもん勝ちですから」
「その心意気、少しはさんしたくんも見習ってくれるといいんだけど」
 云いながら碇は龍牙から受け取った原稿をぱらぱらと捲る。そしてふと緩めていた表情を引き締めると、編集長の顔をして龍牙に向き直った。
「載せるかどうかは後々連絡させてもらうわ。半端な記事を載せたくないの」
「快いお返事お待ちしております」
 云うと同時に頭を下げた龍牙は、没にされてはなるものかと思って、ちらりと三下のデスクを伺う。そこでは必死の形相でパソコンと向き合う三下があり、その指はキーボードの上を滑らかに行き交うどころか一文字も打ち始められずに停止していた。
「失礼します!」
 元気に云い放って、三下には負けるわけがないと思った龍牙は足取り軽くアトラス編集部を後にした。 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0601/龍牙炎/男性/16/高校生、オカルト研所属 】



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■         ライター通信          ■
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初めまして。沓澤佳純と申します。
少しでもこの作品がお気に召して頂ければ幸いです。
この度のご参加、本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します