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殺人者に死は訪れぬ
Ver.理性の条件
■オープニング
以下、ある日の『ゴーストネットOFF』にあった書き込み。
件名:件の連続殺人について
投稿者:常緑樹
最近新宿界隈で起きている連続殺人の話は知っているか?
妙な惨殺事件だな。
被害者は無差別。滅茶苦茶に斬りつけられての失血と打撲のショックで、襲われた奴ァひとり残らず死んでる。
だが信用に足る目撃者はやたら居るんだな。
どうもその犯人は――標的とその連れ…つか至近距離に居た連中以外は殆ど無視するみたいでね。
で、目撃情報を元に一課や所轄も動いてやがるが…ありゃあちょいとばっかり管轄が違うってのが俺の見解だ。
あれは真っ当な警察組織で手が出せるモンじゃねえ。…ま、真っ当じゃなけりゃ知らねえが。
地元ヤクザどころか…中国系の連中だってそっちは無視してやがるくらいだしな。
さすがにあれだけ派手に暴れりゃ、黒社会だって普通は放っときゃしねえだろうによ。
で、肝心の皆さんの生活を守る警察はっつや、神経質にぴりぴり張り詰めてやがる。
…平和に騒いでるのは無責任なマスコミの連中だけだ。
どうしてそんな事になっているのか、理由を教えてやろうか?
犯人は、犯人じゃねえからだ。
実は一度俺も見た。
決定的な場面をな。
その時は女だった。
若いOLってところか。
だがな。
どう考えてもおかしかったな。
気配が異様過ぎるんだ。
その上にな。
…日本刀振り回してやがったよ。
それだけなら別におかしかァねえ。ちゃんと取り扱えるように訓練してりゃ出来るって事くらいはわかる。そもそも時代遡りゃ女だろうがガキだろうが手前の命守る為に段平振り回さざるを得ねえような時代だってあった訳だしな。
日本の法律で駄目だろうって?
んな事言ったって裏じゃ適当に出回ってるだろ? 最近は。
青龍刀とか『そっち』の意味じゃなくてもよ。
ほら、近頃の東京ってのァ、真っ当な筋だけじゃどうしようもねえ事も起き始めてるからな。
…ここを見てるような連中は御馴染みのこったろうが。
ってまぁ…とにかく、日本刀が出てくるってだけなら、特に驚く事でも無えんだ。
そもそも資格さえ持ってりゃ法の下で持つ事だって出来る訳だしな。…ま、易々振り回す訳にも行かねえが。
ただな。
…俺の見たありゃあ、どう見ても剣の道にもド素人の姉ちゃんだった。
不釣合い極まりなかったな。
別に真っ当に剣の道に居なくたって、実際振るってりゃ、『ソイツが使ってる得物だ』って印象はある筈だろ? そもそも単純な技術だけの話なら、剣術やら何やらって細けぇ流派は『刀を適確に使う為の独自の方法を教えてる』に過ぎねえようなもんだ。流派なんぞ見えなくても真っ当に使ってる奴ァ幾らでもいる。
でもそれとも違ってやがったんだよ。
闇雲に棒振り回して叩いてるってのが正しかったかも知れねえな。斬るっつぅよりも。
…ほら、イカレたガキが角材振り回して暴れてるような感じとでも言やあ良いのか? そんなんだ。
乱暴なだけなんだよ。
力任せで滅多打ちにしてやがった。
被害者は死んでたな。
後でニュースで見たさ。ま、この目で直に見た時点でありゃ死ぬなとは思っていたが。
…助けようとは思わなかったのかって?
申し訳無いが俺が出ても余分な死体がひとつ増えるだけだってなァすぐ判断付いたんでな。
警察に連絡したって大して変わりゃしねえ。
…更に死体が増えるだけでよ。
だったら『どう見ても正気じゃねえ』犯人の背負う罪を少しくらいは軽くしてやるべきか、と思ったのさ。
ちなみに承知の通りかと思うが。
この一連の殺人、警察やマスコミの方じゃ、連続と見るべきかどうか困ってるところもあるんだな。
目撃証言が違い過ぎるんでね。
犯人がガタイの良い大男と言われる時もありゃ、ジジイ、女、リーマン、ガキ…滅茶苦茶だ。
ただひとつ共通しているのが、血刀片手にぶら下げてる、って事くらいだ。
こう書きゃァ予想は付くだろ。
いったい『何が』本当の犯人か。
俺が当然のように連続殺人だと書いたのはそれが理由だ。
せめてここを見てる連中くらいは…標的にならねえよう、殺されないように気ィ付けろや?
俺ァその為にここで書いてんだ。
異様な気配を感じたら、そっちに目ェ向けんな。刀持ってると見たら目ェ合わせんな。…極力近付くな。極力離れろ。目立たねェように静かにゆっくり逃げろ。それが一番安全だ。
ココが巨大掲示板だって利点、見せてくれや。
…以上
■
「…気ィ付けろ、っつっても誰かわざわざ首突っ込むだろうがね」
まぁ、それが目的なんだがな。
紙煙草を銜えたまま男はぼそりと呟く。
画面に向け呟いたその人物は、某ネットカフェの…PCの前からおもむろに席を立ち、ひとり、歩き去った。
■書き込みの主は
それから後の事。
…例の如く――「彼女」の場合そんな事が多いので――の書店巡りではなく、今日の場合は…妹の誕生日が近いのでプレゼント探しであちこちを巡っていた時の話。ふとネットカフェに立ち寄っていたのはパンツルックの似合う銀縁眼鏡のお姉さん。何処か中性的なルックスのその彼女は、休憩がてらひとつのPCの前に陣取り色々とネットサーフしていたが…ゴーストネットOFFに来た時に、ちょっと気になる書き込みを見付けていた。
「…この書き込みって」
水原さんと思うのは気のせいかしら?
――水原さん…水原新一。現在は神聖都学園高等部で生物科の臨時教師をしている人。何故か幽霊ともよく縁があるらしく、ゴーストネットOFFに集う面子ともそれなりに馴染みの人で、のほほんとした優男、と言った印象の人でもある。が、時々さりげなくも容赦の無い発言をしていたり案外修羅場を潜っていたりして、本当に印象通りの人なのかいまいち謎の人でもある。ついでに裏の顔…と言うより教師とは別の顔として、Aquaとハンドルネームを名乗るハッカーであったりもした。
…そしてこの書き込みは、その彼の遣り方と、何だか状況説明の感じが似ている気がする。
ネット人格かしら?
「まぁ良いけど…でも、水原さんがこんな思わせぶりな書き込みするのも変なのよね」
と、思わず口に出していた時。
「何の話だ?」
ぼそ、と背後から聞き覚えのある声が飛んで来る。ただ、声はともかくその口調の方は覚えが無い為、覚えのある当人か一瞬わからなかった。だから彼女は、考えるより先に振り返って誰だか目で確かめる。
そうしたらやっぱり覚えの通りの相手――水原新一だった。
が。
「綾和泉さんだったよな?」
火の点いた煙草一本銜えているその唇から発されたのは、やっぱり覚えの無い口調。
と言うか、この人煙草喫う人だったのか。
「…」
思わずまじまじと顔を見てしまう。
人は同じだが、口調が違う。
水原はそんな彼女――綾和泉汐耶を見返すと、ちょっと首を傾げてもう一度問う。
「…ひょっとして俺の事は忘れられてるか? 何度か会ってる筈なんだがな?」
ついでに言うなら水原の一人称は『俺』ではなく『僕』だった気がする。
「………………水原さん、ですよね?」
「その通り。…ちょっと安心した。ってああ、この件ね」
ひょこりと汐耶の見ていたモニタを覗き込み、納得する水原。
その様子を見て、汐耶は改めて…疑惑を直接問うてみる。
「単刀直入に伺いますが、これ書いたの水原さんですか」
「いや。違う。…っつってもま、イイ感じにはなってるな。誰だか知らねぇがこんなところでアオってくれて」
…『常緑樹』か、覚えておこう。
そう呟いて、にやり。
「…」
その表情も何やら覚えが無い。
…この人って二重人格だったんだろうか。
では無く。
今は――書き込みに関して訊く方が先。
「良い感じって…書き込んだんじゃないにしろ、何かここに書かれている件に心当たりでもあるんですか」
「まぁな。…この件じゃ確実に警察やマスコミは見当違い行くし、ヤクザの類は引いてるから…ある意味遣り易いだろうしな」
「どう言う意味です」
「黒社会にゃ迷信深い連中が案外多いって事だよ。普通の事件なら面子を掛けて止めさせんのが当然だろうが、ここまでキてりゃもう暗黙の了解、だろうな。…言われなくたって察すれば動かない。そして何も言わずとも一番良い方法を知っている。…鎮まるまで、手前に火の粉が掛からないように放っておく、ってな」
「…何だか言い方がこの…原因と思われる日本刀に肩入れしているように聞こえるのは気のせいですか」
ぽつりと汐耶が疑いに掛かる。…疑うに足るだけの発言のような気がする。
と、その時。
汐耶と水原のふたりが、どけどけとばかりに突然PC前から押し退けられた。
押し退けた犯人は、派手な着物を纏い、下駄を履いた黒髪の男。
長いその髪は後ろでひとくくりになっている。
「やってるのは『刀』か…」
神妙な顔で呟くと、派手な着物の男は暫しそのままで画面を睨み付ける。
…街中がピリピリしてて『外食』し難くて敵わねー。
『同類』に憑かれた間抜けが何しようがそこはどうでも良いが、こちらにまで火の粉が掛かってくるような真似は勘弁して欲しい。…云百年ぶりに外に出たってのに、空腹で本能に呑まれてあの刀と似たような事やって日頃の我慢がパーになるのはつまんねーし。
内心でそんな風に思いつつ、着物の男はあっさり身を翻す。
汐耶と水原のふたりは、急に割って入ってきた謎の着物青年を見て、文句を言うより先にきょとんとしていた。
そして身を翻したそのまま、すたすたと歩き去ろうとする背中に、汐耶は咄嗟に声を掛けている。
「ちょっと待った、キミもその刀止めたいって考えてるんじゃない?」
その声に、着物青年は足を止める。
最前押し退けたふたりを改めて見遣った。
「…ひょっとしてあんたらもか」
「ええ。知った以上は何とかしたいと思うもの」
「ほぅ、だったらあんたらと協力してやっても良いぜ。確かに俺ァ『奴』を止めたい。…『奴』には悪いが捕まえられんなら捕まえてーからな」
あっさりそう言うと、着物青年は近場の席の椅子を勝手に持ち出し、改めて話を聞こうと言うのか汐耶と水原の前に引き出すと、そこに当然のようにどっかりと座り込む。
「俺ァ帯刀左京ってんだ。…あんたらは?」
■
新宿の街中。
東京にある街は何処であってもそれぞれが…何とも言えない違った独特な印象があるが、特にこの近辺の場合は――むしろ妖気とでも言い換えたいような、そんな印象が強くある。それは妖刀によると思われる連続殺人事件が多発している故か。それとも、知られた夜の歓楽街を擁する故か。
警視庁超常現象対策本部に所属する刑事である葉月政人は、そんな街で聞き込みを行っていた。過去の現場は主に繁華街近く。建前で戒厳令下と言っても殆ど常と変わらない。光に群がる羽虫のように何処からともなく人々が集まって来る場所。…殺人事件が頻発している、言われたって人は減らない。
「…御協力感謝します。くれぐれも気を付けて下さいね」
店内にそう残して一軒の店から政人が表に出て来る。この路地に面する、向こう三軒の店に勤めている人々は殆ど目撃者。…そう、ちょうどこの路地で、件の殺人の一件が起こされた。まずは所轄の刑事が聞き込みをしたが、その時点である意味お手上げ。…繁華街で刀が出て来た、そんな事実から当然連想される事として、殺人課の方もマル暴と連携を取っていたようだが、確実な目撃証言からしてヤクザ絡みとは到底思えない事が判明。ただ、そうは言っても殺人課の方もどう取るべきかやたらと困る事件にもなっていた。
目撃者たちは、上手く言葉で言い表す事は出来ないと言っていたが、あれは横から手を出す気には絶対なれないとも言い切っていた。ただ凶悪な犯行だったから…と言う訳ではなく、何も無ければそこらを歩いていそうな普通の人のような風体、なのにその血刀を片手にぶら下げ一心不乱に振り回している姿は――常人では到底及びも付かない、得体の知れない妖気を醸し出していたからだそうだ。…そして、同様の事件が他の場所でも「人物を変えて」数件起きている。
そこで、困惑の中、所轄から本庁一課に伝わり、更にそこから超常現象対策本部にまで応援を頼む事になる。
…そしてそこに至って漸く、『犯人』は刀の方だろうと認められた。…ちょっと遅い。
ともあれ、そうなればこの事件も超常現象対策本部の管轄である。
なので、そこの刑事である政人が動いて――本来現場に出なくていい階級であり立場なのだが――いる訳だ。
路地に出て、政人は改めて現場だと言うそこを見渡す。それ程広くない路地。まだ夥しい血の痕が薄からず残っているのが生々しい。場所柄、人目に付かない訳でも無い。そもそも防犯監視カメラもこの界隈には多く設置されている。どうやって逃げたのか。いや、そもそも逃げると言う意識はあるのか。この場で殺されたのは四人。カメラの記録や目撃証言からして犯人が小柄な女性だったので、非力であった――そう言う事なのかもしれない。大男が犯人だったまた別の場所では、十人以上殺されているところもあった。…彼ら犯人は皆、いったい何処に行ったのか。これだけ目撃者が居る中で何故足取りが掴めない?
と、政人がそんな考えを巡らせているそこに。
「…葉月さん?」
聞き慣れた声が掛けられた。
振り返る。
そこに居たのは、綾和泉汐耶と、派手な着物姿の男性に、よれよれのベージュのコートを着た優男の三人連れ。
他のふたりはともあれ、政人は汐耶の事はよく知っている。
が、同時にこんな場所では見掛けない相手でもある。
「綾和泉さん、こんなところで何してらっしゃるんですか」
「葉月さんは――聞き込みですか、殺人事件の――あの妖刀の件の」
「…ええ。ってどうして御存知なんですか!? 綾和泉さんは普段この辺りに来る方じゃありませんよね?」
公表されている限り、新宿界隈で日本刀を使用した殺人事件が多発、としかニュース等にも出ていない筈――それは信憑性が薄いワイドショーや週刊誌では凶器と見られる刀についても何かと思わせぶりに煽ってはあるが――それでも、実情はあまり広くは知られていない筈の事。それでいて、汐耶と言うこの現実主義な相手から妖刀の件、ときっぱり言われるのは。
…少なくとも、ニュースソースがワイドショーや週刊誌の類でない事は間違いない。
汐耶を見、目を丸くしている政人の反応。その様子を窺いながら汐耶は口を開く。
「…ゴーストネットOFFで思わせ振りな書き込みがされてますよ」
それも、ちょっと嘘とは思い難い書き込みが。
「なんですって、あの巨大掲示板でですか」
「おう。それで俺たちもここに来た訳だ。放っとくと色々厄介だし、捕まえてやろうと思ってね」
派手な着物の男――帯刀左京がそう付け足す。
その発言を聞くなり、政人は自身の携帯電話を取り出しゴーストネットOFFの掲示板へ急ぐ。到着したそこで記事を確認。確かにこの事件についてと思しき長い書き込みがあった。
政人は確認した時点でその記事にレスの形で記事を書き込む。…事件を目撃したら110番か対超の番号に連絡するように。そう文字と対超の電話番号を打ち、送信したその直後――またそこにレスの形で書き込みが出現した。
――対超がこんなところまで見て動き出してるんなら任せた方が無難だぜ、通報は110番より対超に直にした方がいい。今回の件はその方が絶対話が早いからな。…余程緊急の状態でも無い限り――手前の身の安全考えて番号余計に回す時間すら惜しい状況下にでも無い限り――はそうしとけ。
ほぼリアルタイムで送られたその書き込みの主も、『常緑樹』。
政人はふと考えた。
「…ひょっとしてこの書き込み、警察関係者かもしれませんね。…内情がわかり過ぎている気がします」
だったら――こんなところに書き込む前に対超に連絡してくれていれば良いものを。
溜息混じりのそんな呟きに、左京は何? と改めて政人の携帯電話の画面を覗き込む。それに気付き政人は彼が見易いようにその画面を向けた。…別に隠すものでもない。画面には今書いたレス、それに対してのレスが表示されている。見て下さいとばかりに画面が左京に向けられたそこで、汐耶ともうひとり残りの連れ――水原新一もその画面に表示されている書き込みを見た。
「…警察の、超常現象対策班、の方で?」
続き、政人をちらりと見上げ、水原。
政人は静かに頷いた。
「ええ。ですから…こう言った事件を止めるために僕たちが居るんです。今ここに書いた通り、もし万が一何処かで事件を目撃したなら連絡を下さい。綾和泉さんなら対超どころか僕の携帯番号も御存知でしょうから…直に連絡を頂ければ急行します。我々が何とかしますから…どうか、自分たちで捕まえようなんて危ない真似は、しないで下さいね」
御協力宜しくお願いします。
そう告げ、政人は軽く会釈すると汐耶たち三人の前から去って行く。見送ったその背中が曲がり角で消える頃になると、左京がはー、と溜息を吐いた。
「…んなあっさり止められるかよ。警察がまともに動いてるってんなら余計に」
『奴』がただ黙ってお蔵入りになるのも気分悪いんだよ。俺にすれば。
…警察となりゃどーせ、ただ『物』扱いするだろーからな。
と、左京は何処か憮然とぼやいている。
一方。
「『常緑樹』も警察関係者の可能性あり…か。綾和泉さんと居て思わぬ収穫があったな」
政人の素性を簡単に確認する以外は何も話そうとしなかった水原は、今になってそう呟くと静かに笑う。
汐耶にして見ると、その態度はやっぱり怪しい。
「…水原さん、何か企んでませんか」
「いや。別に今更何か企む必要も無いからね。…俺は見届けたくて綾和泉さんに付いて来ただけだから」
「…」
「で、結局あんたらは今の奴に言われた通りに危険な真似は止めんのか? だったら俺はここで別れるが」
俺の方は勿論止めるつもりはねーし、と左京。
そんな左京に対し、水原がまず顔の横で小さく手を上げる。
「俺は続けるよ。折角ここまで出て来たんだからね」
にっこりと笑い、そう言い切る。
それでこそだよな、と左京もにやり。
そんなふたりを見ながら、汐耶もまた、止めないわよ、と言い切る。
「…それは一番危ないところには私程度じゃ手を出せないのはわかってますけど、それでも通報以外に出来る事は幾らでもありますし。それに私も…警察に任せてしまって本当に全部丸く治まる事なのか、とは思いますから」
水原さんの態度を見ると、余計にそう思えますし。
…汐耶は口には出さず、心の内だけでそう続ける。
■妖刀は新しい?
ひとまず綾和泉汐耶は水原が件の得意技――ハッキングで手に入れたある程度の情報を比較対象に、仕事場や他の図書館の文献、古書店の主などに妖刀の件を一通り当たってみたが特に該当しそうな物は見当たらなかった。…殆どの場合は危険な刀、と言う事で所蔵先が確りとわかっている。そして、数少ない行方不明の物であっても、起こしそうな事件が――どうも、今回の事件とは違う気配がある。可能性としてピックアップしておく必要はあるが、汐耶の勘からして違うともう思えるような情報。他方、帯刀左京と水原新一は彼女とは別行動をし、事が起こりそうな場所――水原がやっぱり件の得意技でぱぱっと調べた過去の事件があった場所、新宿の…特に東口側界隈から歌舞伎町辺りを暫くふらついていたが、特に気になる事は起こらなかった。左京の感覚にも何も飛び込んで来なかったらしい。
そんな別行動組が情報を交換する為再度合流したのは――アンティークショップ・レンの前。何故ここで待ち合わせたかと言うと水原の発案。その手の曰くありの品なら一番詳しそうなところを忘れてないか? と言われた結果。
確かに言われた通り、刀となればレンは真っ先に思い付いて良い場所かもしれない。けれどそれ以上に、その事を言い出したのが水原である事にも汐耶は密かに注目していた。それも、わざわざ別行動を取り、ある程度汐耶が動いた後だろうと思えるタイミングで――言わば探させたその後でいきなり言い出したのだから。彼に対しては今日会った当初から感じていた行動と口調の微妙な違和感もある。警戒していてもいいかもしれない。
そんな風に汐耶が思っていると、水原が真っ先に――当然のようにドアを開け入店した。その行動もまた珍しい――と言うかやけに似合わないと思えるのは気のせいだろうか。
と。
開口一番。
「おや。…ってアンタ――」
ぼそりと吐かれた科白。レンの主の声。訝しげに細められた瞳が水原を射貫く。それでも特に目立った反応はせず軽く会釈だけ返す水原。その後ろから、何だよやっぱりこの店の事か、とぼやきながら入ってくる左京。最後に汐耶が顔を出した時、また店内から別の声が掛けられた。離れた場所に居た訳ではなく、主の目の前、カウンターのところ。赤いスーツに、長い黒髪をひとつに束ねた見慣れた女性がいる。
「…あら意外な組み合わせ」
「…って、シュラインさんじゃないですか。そちらもここに何か――」
と、シュラインの姿を確認するなり言い掛けた汐耶は、カウンター上に置いてある地図を視界に入れた途端口を閉じる。その地図は東京都の物。更に言うなら新宿界隈。東口側から歌舞伎町近辺を中心に、何やら書き込まれているもの――となれば。
「ん? ひょっとしてあんたも例の妖刀事件に関してここに来たクチか?」
その地図を見て問う左京。
地図上にマークしてある点が、先程水原と共に回った場所と重なる。水原も無言で、ふぅん、とばかりに頷きながら地図を見ていた。
「その様子じゃ同じ用件みたいね?」
三人の様子を見、その通りとばかりに頷くシュライン。
曰く、件の殺人現場とその殺人が起きた時間。それら詳細がこの地図には書き込んであるらしい。
「…どうも見れば見る程、場所自体に何らかの磁場みたいなものでもあるんじゃないかって疑いたくなるのよね」
現場の点、それは――時間も重ねて考えると、明らかにわざとその付近で留まっているような動き。ただ、マークと共に書き付けてある時間だけを見ると、一定でも無い。場所は――範囲はある程度絞れるが、事件が起きる時間の間隔の方は特に法則性は見出せない。場当たり的と言えば良いのか。数日置いての時もあれば、数分の差で二件起きている時すらもある。ならば何か別のものの周期とかが関係あったりしないかとも思うが、さすがにそんな事までそう簡単に調べ切れない。
「取り敢えず、ただ血を求めて…だけでは無さそうなのがまだ救いだとは思うんだけど」
この場所から移動して、どんどん遠方に流れるような事は…今のところ無さそうだから、『その部分だけ』は、まだ。
「…確かに、結構外れた場所で起きた――と思ったらまた戻ってるって感じで、結果として比較的狭い範囲でばんばん起きてるんだよな。…さっき水原と、最新の事件があったところから遡って現場歩いてみたんだけどよ。えーとここから――」
と、左京はカウンター上の地図にある現場の一点から他の点を指でなぞる。現時点でニュースになっている最新の事件から時間を遡る形で現場への道をなぞる――左京の指先は行ったり戻ったり、また全然別の方向に進んでいたり、と確かに統一性無い。
「…時間通りに殺しの現場を繋いでも、別に何かの図形を描いているとも思えねぇ…となると、エマさんがただ『場所』を疑うのもわかる…か。妖刀の方が、この場所から離れたがらないんじゃないか…ってな」
左京の指の動きを見ながら水原がふと呟く。
その呟きを聞いて、シュラインがちょっとびっくりしたように水原を見た。…以前会った時と口調が極端に違う。『音』は変わらない以上当人ではあると思うが。
「…水原さん?」
「ん?」
「…ですよね?」
「…どうかしたか?」
「いえ、なんでもないんですが…。それより、この現場の大部分に含まれる歌舞伎町って…死角が無いくらい警視庁の監視カメラがあったわよね…」
それは易々民間人が見れるものでも無いと思うけど、事件現場近くにそんなカメラがある以上は…何処でどんな状況で事件が起きたのか、少なくともカメラがあるところでだけは判明している筈だから――持ち主…刀の使い手だって数名はすぐに特定出来て間違いない気がするんだけど。
水原を見て思い出したか、シュラインが誰にとも無くふと口に出す。…水原ならばハッキングが出来る。その彼が共に調査に動いているとなれば――ひょっとすると、そのカメラの記録を既に見ている可能性もある。
と密かに思っていたら、案の定、当然のように肯定された。
「ああ、それなら現場の位置を調べる時に調べた。…だが何処か不調みたいでな、事件が起きてからの記録はばっちり残って映ってる事は映ってるが…個体の識別機能がまともに使えなくなってるようだった。…まぁ、高感度なんだからズーム掛けて視認出来れば殆ど問題無いんだろうが。あのカメラの映像は、その気になれば手帳の文字も読めるくらいのズームが可能な訳だしな」
あっさり言う水原に、シュラインは考えながら…それでも頭を振り否定する。
「…ううん。それでも問題あると思う」
「シュラインさん?」
訝しげに、汐耶。
「それは…私がアトラスで見せてもらった写真――編集部に目撃した子が居たらしくてしかも携帯のカメラで犯人撮ってたらしいんだけどね――は解像度が低い写真だったから仕方無いかもしれないけど、もし仮に解像度が高かったとしても…あれは多分…」
見た『だけ』では『わからない』と思う。
何処の何者か、個人の特定は。…何て言うか、元の面影が何処にも見出せないくらい、刀の使い手は異様な姿になってるのよ。…人の目で客観的に識別するのは難しいと思う。…それこそ、機械の機能にでも任せない限りは――何処かで絶対に主観が入るのは避けられないでしょう? そうなったらもう惑わされそうなくらい。
見せてもらった写真を思い出しつつシュラインが言い切る。そもそも、写真からして妖気が漂っているようなところがあった。『刀』より、『人』の方が、余計に。
「なぁ、今の話聞いて思ったんだけどよ」
そこに左京がぼそりと口を挟む。
「…何かわざと情報が攪乱されてるように思えるのは気のせいか?」
それがその『刀』の能力かどうかは知らねーけどよ。…難しいこた良くわからねーが、つまり普通なら速攻で捕まってて間違いねーような状況下で事件起こしておきながら、どー言う訳か決め手になりそうな情報が全然出て来ねーって事になるんだろ?
「そう、それも『刀』の能力…もしくは『刀』の為にそんな事をしている人が居る、って可能性もあるわよね…?」
そこまで話を進めると、シュラインは店の主に対し意味ありげにちらりと目をやる。それを受け、主――碧摩蓮は煙管の先でひょいとシュラインを指し返した。
「で、この姐さんはその辺の条件も突き付けた上で、アタシに新宿――ってかこの事件の起きてる付近だね――と何らかの形で関りの深い妖刀もしくはその所持者、関係者の類を知らないかって訊きに来てる訳。それとこの刀…どうも新しい刀なんじゃないかって疑惑もあるって姐さん言ってたね? …まったくアトラスの兄さんも勇敢なこった」
偶然目撃しておきながら刀の造りを確認している上に、犯人の写真まで撮ってるなんてねぇ。
…ぷかりと煙を吐きながら、蓮。
「ともあれ、そんな話が出てくるとなるとねぇ…ついこないだ死んだちょいと因業な刀匠が居たけど、その刀…そいつの作なのかもしれないって思えてくるのさ」
「因業な刀匠?」
「…『五月雨黒炎』って名前、知ってる?」
「さみだれこくえん?」
「…聞いた事無いわね」
「だろうねぇ。…身も蓋も無く言っちゃうなら素人だもの。特定の流派に付いて学んだ訳じゃないみたいだし。ただね、全国各地の刀剣技術を長ーい時間掛けて自分なりに学んで研鑚してたってのはどうやら確かなのさ。どう見ても我流で、これだけの業物打っちまうんだから、ある意味で天才と言えたね。…異端児って奴かな」
ちなみにそいつの作刀は一振りここにある。蓮は言いながらカウンターの下から一振りの刀を取り出しカウンター上に置いた。と、当然のように左京がその刀をひょいと手に取り、慣れた仕草ですらりと鞘から抜く――別に封印してある訳でもない。…刀身自体は確かに無名の素人が作ったにしては玄人はだしと言えそうな仕上げになっており、切れ味も悪くなさそうな上に丈夫そうで…拵え――つまり外装――も確りしている。重みも邪魔にならず、手にも馴染みが良い。全体として見て使い勝手はかなり良さそうだが、『そう言った意味』では充分普通の刀だ。…むしろ逆に、こんな普通の物品がアンティークショップ・レンにある事の方が怪しいくらい、と言ってしまっては言い過ぎか。
抜いた刀をためつすがめつしていた左京は、訝しげに首を傾げる。
「…何がどう因業なんだ?」
これは単純に、実用に良さそうな刀に思えるけどよ。
「いや、早まらないどくれよ。この刀は別に妖刀でも何でもない。…実は因業なのってのはそれを作った当人じゃなく、その弟子――言わば五月雨黒炎の二代目に当たる男の事なのさ」
「二代目ですか」
「ああ。二代目は真っ当な刀が打てないんだよ。いや、刀としての体裁を為してない、実用に足る物が作れない――ってんじゃない。そうじゃなくって、言うなれば…『奴の打つ刀は例外無く妖刀になる』ってとこなのさ。奴の打った刀を持つと、人を斬りたくてどうしようもなくなるって話でね。その時点で一応、『妖刀』と言われるものの端くれにはなりそうだろ」
ちなみにそれの形自体はこれ…初代と殆ど変わらないまま受け継いでるんだけどさ。
もし本当に新宿で暴れてるのが二代目黒炎の作刀だったなら、何かの参考になるだろうと思って今初代黒炎を見せた訳。初代黒炎だけなら店に一本あったからね。
そんな風に蓮が種明かしをすると、左京は今度は考え込むように刀の切羽から鍔の辺りに触れ、何か確かめるように見つめている。
「にしても…こりゃ…本当に潔いくらい実用しか考えてねーように見えるが。今時の刀にすると珍しいんじゃねーか?」
「おや、気付いたかい」
「なんつーか、ここみたいな店に置くような『価値』は考えてねー造りだろ」
刀を握ったまま、ぼそ、と言う左京に、汐耶が、え? とばかりに刀を見る。
「…確かに、言われて見ると拵えが素っ気無いわね。刀身も、頑強そうではあるけど…美しいと形容されそうな見た目では無いし。昔の刀――って特に妖刀と呼ばれるような物ばかりだけど――はついさっき幾つか文献で見て来たけど…」
どの刀も、もう少し刃文やら装飾やらと見た目の方に拘っていた記述が――つまりは『目印』になるような部分についても色々と記されていたのだが。反面、この刀は何も無い。シンプル過ぎる。
「ま、そこの帯刀の言う通り。強いてこの刀をおかしいと言うならそこさ。現代の刀ってのは実用を前提にして作られる事なんかまず、有り得ないからね。…そもそも普通に生活している限りは使う必要性が無いだろ。大抵、美術・骨董的な価値が認められてる物でもないと現代では需要が全然無い。だけど黒炎は――使う事を前提に、その為だけに作られてる刀なんだよね」
だから全然飾らない。その代わり、比較的手に入りやすい、けれど丈夫で長持ちする材料を選んで拵えも整えてある。突き詰めて実用一点張りな刀なのさ。何に使うつもりで作ってたのかは知らないけどね。
蓮はそこまで言うと、再び煙管を銜えている。
「…そんな刀がどうしてここにある訳?」
そこまで聞いてぽつりとシュライン。…ある意味至極当然な質問である。ここはあくまでアンティークショップ。刀などがあるなら美術的な価値を重視しているもの以外は無くて当然だろう。ついでに言えばこのアンティークショップは『曰く付き』が売るに売れない売りである。…ならば曰くが無いものが何故置いてある。
言われ、蓮は少し考え込んでから、口を開いた。
「んー、強いて言うなら作者の異端振りと時代とのミスマッチが面白くて置いてるだけだね。…それもそれで『曰く』と言えば言えるだろ。仕入れとくと武術家みたいな連中が練習用に時々買ってくし、そうでなくてもこれ欲しいって言う物好きも時々居るしね。一応商売にもなるのよ」
悪戯っぽい瞳がシュラインに答える。
「蓮さん…一応、まともな商売する気あったんだ」
「おや、あんまりな言い方だね」
シュラインの発言に対し、心外そうに返す蓮。
一方の左京は持っていた刀を鞘に戻そうとしている。
と、そこに。
「…ところで帯刀君、剣術に詳しいと見込んで聞くけど、もしその刀で人を襲った――としたら、相手はどうなると思う?」
暫し左京の様子を窺っていた汐耶から問いが飛ぶ。
それを聞き、左京は仕舞い掛けた手を止め、改めて示すようひょいと刀を翳した。…『人を襲ったら』。その程度、答えはすぐ出る。
「これでか? …そーだな、一度に軽く何人も斬り殺せるな。戦場に持ってっても充分使えるだけの業物に見えるぜ。大人数斬って刃が毀れても刀身が相当粘り強そうだから撲殺可能だろうしある程度の盾にもなる。こりゃ滅多に壊れない。…実用一点張りっつー通り、実戦に持ち出すなら頼れる武器になると思うけどな?」
「…『イカレたガキが角材持って暴れてる』」
「…は?」
「…って『常緑樹』の書き込みの中にあったでしょ。目撃した犯人の殺害方法の印象がそうだったって。それに、死因は、出血と『打撲』のショック…ともあったし」
「………………件の妖刀はひょっとすると刃が使い物になってねーって事が言いたい訳か?」
「…そんな状況でも、刀を使う事はある訳よね?」
「そりゃ戦やってる真っ最中に手入れしてる余裕も何もねーからな。そうなったら曲がろうが刃毀れしようが刀身が完全に駄目になるまで使うもんだぜ。…そこまで荒っぽい話は今時じゃ聞いた事無いけどな。現代じゃ念入りに手入れして長持ちさせてる…みたいだろ。刀ってのはほんのちょっと何かで使えばすぐ曇る訳だしな。ましてや人なんか斬ったら――すぐに脂で切れ味鈍るし。大抵連続で二、三人斬ったその時点での切れ味は初めに比べて各段に落ちてるもんだぜ…って『普通の刀』の話だけどな。神刀とか妖刀とか…曰くありのに関してはその限りじゃねーのもあるけど」
「でもその話を聞くと…確かにあの書き込みを信じるなら、『刀傷』とは書いてなかったわね」
思い返し、頷くシュライン。
「ええ。今帯刀君の話を聞いて余計に――刃が使い物になっていない刀…って可能性もあるんじゃないかって。…いえ、書き込みには『殴る』って取れる書き方が強調してある気がしたものですから」
刀って本来、斬る、突くって使用法がメインの筈ですよね? なのにわざわざこう強調されているとなると…実際、殺されている被害者の人数はもう何十人にもなっている訳ですし、『常緑樹』の目から見て凶器の刃が使い物になっていないと思えたのなら…妙に生々しいと言うか、現実味ありますよね…。
汐耶の指摘に、シュラインがまた考え込む。
「…でもそうなるとまた少し話が違ってくる気がするんだけど。切れ味の悪い斬れない状態の――それでもそれなりに使えている刀であっさり何人も殺してるって事は――凶器である刀の刀身がまず頑丈でなければならないし、持ち主の方にだって…ただ刀の切れ味に頼って斬るよりも、それなりに体力や腕力、ある程度の技術が余計に要る事になるわよね? となると…持ち主も、こちらで思っているよりもちゃんとした技術を持った――あるいは妖刀にそんな技術を持たされた上で――刀を振るっているのかもしれないし。…それに、今回の件って気になる事、と言い出せば山積みなのよね。今までの持ち主たちが全然見付かっていない事もそうだし、少し突付けば事件の情報がすぐ出てくるくらい開けっ広げな状況下での犯行――に見えながらもその実密かに重要な情報は誤魔化されてる気がする事もそうだし。そもそも、今回の殺人で最初にこの刀を持ち出して使ったのは誰なのかも――」
気になるし。
と、シュラインがそこまで言ったところで。
何処からとも無く音が鳴り響く。
…何事か。携帯電話の着信音。ならば誰のものか――シュラインの携帯電話。
誰からかと思い確認すれば相手は――リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガム。
■
相手方の用件はやはりと言うか何と言うか、件の連続殺人に関しての事で。
(…君も動いていると草間君に伺ったので直に連絡を取ってみたのですが)
御迷惑でしたか、とセレスティは付け加えている。シュラインにすれば無論迷惑などと言う事は無い。何処かの編集長では無いが、調査となれば伝手は多い方が良い。その上に、セレスティともなれば――今顔を合わせていた面子とはまた違った角度から頼れる人材でもある。
「カーニンガムさんもこの件で」
(ええ。先程、ゴーストネットOFFの書き込みから調べようかと思った矢先に、榊船亜真知君にネットを通じて直に誘われまして――私たちも色々と調べ初めていたところです。それで、同様の方が他にもいらっしゃるだろうか、とちょっと探りを入れるつもりで草間君に連絡を取ってみたら、案の定…と言う訳でして)
「…そうなんですか。武彦さんから。こちらは今、アンティークショップの蓮さんのところに居るんですが、私の他に取り敢えず三人、同様の件を調査しています。汐耶さん――綾和泉汐耶さんに帯刀君――帯刀左京君、それから水原さん――水原新一さん」
彼らとは今ここで偶然会って情報交換したところなんですが。
(そうですか。私の方は…榊船君とはまた別に、尾神七重君、と言う中学生さんとも連絡を取り合っています。…魔に縁がある家系の御子息との事で、彼もまたこの書き込みを気に留めたらしく――ちょうど榊船君が、私と彼とにほぼ同時に話を持ち掛けてきたようです。私たち三人は偶然、同じ時間に書き込みを見ていた――ゴーストネットOFFに居たようでして)
…で、私の場合は…調べると言っても、あまりあちらこちらを動き回れませんから、せめて動ける方には…私の方で何らかの情報を得た時には使って欲しいと思いまして、取り敢えずの連絡網を確立しておこうと心当たりの方に予め声をお掛けしている訳なのですが。
「そうなんですか。有難う御座います。ちなみに私の方は…取り敢えず最初の殺人事件周辺での調査に重点置いてみようか、と考えているんですが」
最初の殺人…何処から始まったのか、を探すのが早道の気がしますから。
と、言ってからシュラインは正面の皆を見る。
答えるように汐耶が頷いた。…同じ事を考えていたらしい。続いて左京も「だったら用心棒がてら俺もそこ行くか? 特に法則性無いにしろ一度事件が起きたトコの近場でしか新しい事件起きてねーし、また最初の現場近くで起きる可能性もあるだろ」と告げている。水原も特に否やはなさそうな表情で話を聞いていた。…そして先程、シュラインと合流する前の話だが、水原は今更止める気は無いとも言っている。
それらを受けて、シュラインは携帯電話のセレスティに話す。
「…こちらの皆も一緒に、と言う事になりました」
(そうですか。わかりました。では…ひとまずそれぞれで調べてから情報を照らし合わせる事にしましょうか。…ああ、現時点でそちらで何か掴んでいるヒントがありましたら――私で出来そうな事がありましたら、詳しく調べてみますけど? ちなみにこちらは残念ながら大した成果は出ていないのですが。…ひとまず、犯人の手にある日本刀にこそ、殺人を犯す衝動に走るような何かが秘められているか…もしくは犯人でない犯人…日本刀を持って直接殺人を犯している人物では無い第三者に、そうと取れるように操る能力がある…と考えるのが自然か、と、このふたつに可能性を絞って調べている程度なので)
「…確かに後者の可能性もありますね」
それは思い至らなかった。
が、可能性ならそれもある。…ただ、それは途轍も無く巧妙な上に大掛かりな犯罪だと考えざるを得ないが。
「ただ…ヒントと言いますか、こちらではアトラスの麗香さんとアンティークショップの蓮さんからちょっと気になる話を聞きまして、ひとまずマークしておいた方が良いかもしれない刀工の話があるんです」
(刀工ですか)
「ええ。麗香さんから聞いた話は、編集者で偶然事件を目撃した人が居て、その人曰くどうも刀自体が新しい物なんじゃないかと言う事で――それと蓮さんから聞いた話は、つい最近亡くなった、妖刀しか打てない刀工が居ると――」
(事件の日本刀が、現代の刀工の作である可能性がある、と言う事ですか)
「ええ。言い切れませんけど、可能性は考えておいて良いと思うんですよ。作者の名は五月雨黒炎で、代は二代目」
(…有名な方ではありませんね?)
「蓮さん曰く、玄人はだしな素人…と言った方が早いらしいですから。特定の流派から分かれた…等じゃないらしいんです」
(それでも、後継者である二代目が存在する以上、五月雨黒炎と言う名にはそれなりの技術が在る、と言う事にもなりますね。…わかりました。では私は…その五月雨黒炎と言う刀工の二代目の件と、他にも…そうですね、犯人の――今までの刀の使い手に関してや、刀が人から人へ移動する条件等…調べられる限り調べてみたいと思います)
セレスティはそう続け、ではこちらも他に何かわかったらお知らせします――とシュラインが返したちょうどその時。話が終わり後は通話を切るだけだろうその僅かな隙間、そう思えたところで、蓮がああ、と思いついたように声を上げる。
そして、見せ付けるように、言い聞かせるように――蓮の赤い唇が、一字一句丁寧に言葉を紡いでいた。
「重要な事言い忘れてたよ。二代目黒炎に関してなんだけどね」
…姐さんの持ち込んだこの地図にある…事件発生の日付を見るとさ。
「ちょうど、二代目黒炎が死んだとされる時期と、新宿での妖刀騒ぎの発生時期は――重なるんだよね」
■決着…?
聞き込みは何度かしている。最初の現場――と思われる場所付近。綾和泉汐耶に帯刀左京、シュライン・エマに水原新一の四人。その現場は、主に事件が起きている場所とはやや外れ、職安通り近くになる。また、他の現場と比べるとやや人通りが少ない、細い路地である印象。
「…取り敢えずこの辺に今ンとこ刀が居る気配はねーが」
周囲を窺いつつ告げる左京。のほほんとただ歩いているように見えるがその実、アンテナは確り張っている。彼自身も小柄の付喪神であると言う事で、『同類』の気配はある程度わかるものらしい。
「今のところの情報は――ここでの犯人は日本人じゃなかった、って事くらいね」
「だから…初めの内は今程は大きく取り上げられなかったって事なんでしょうか?」
「そうね。チャイニーズマフィア絡みか何か…そっち方面に思われた、と」
そうなると…物騒は物騒でも、そう言うものなんだろうとある程度納得されてしまう部分があるから。
「ここで殺されたのは三人…こういう言い方もなんだけど、持ち主が男性だったにしては少ない方よね。ただ、何処から来たのかまでは、よくわからないみたい、か――でも蓮さんが最後に教えてくれた事も気になるんだけど。符合の仕方が」
教えられた二代目五月雨黒炎って言う刀工が亡くなった時期と、事件の発生時期が重なるって言う…。
「それは…その二代目黒炎って人の住まいでも見付けられれば早いんでしょうけど…」
細かい素性は不明でしたし。勿論黒炎と言うのは本名でも無い。となれば、調べるにしろ調べる材料が無い。
…少なくとも、東京の街中で刀を打つのは無理そうですけども。
そうよね、せめて何処か大きな施設、郊外…もしくはあやかし荘みたいな法則無視の場所でも無い限り。
と、シュラインと汐耶が確認し合っている。
そんな中、水原はふと近場のビルを見上げ何かを確認していた。
「…ああ、この辺って…江崎さんちの近く」
そしてひとり納得したのか、小さく呟いている。
その呟きを耳にし、汐耶は即その顔を振り返った。…この人は。
………………やはり、何か知っている。
「そろそろ、誤魔化すのは止めにしませんか?」
険を込めて問うが、水原は動じない。ただ、何も言わないで、その場に佇んでいる。
「汐耶さん?」
「もう一度確認します。ここで殺人に使われている刀に、水原さんは心当たりがありますね?」
言われても、何も言わない。
シュラインも左京も、水原に改めて注目する。
「どう言う事?」
「…今日お会いした時から、ずっと何か思わせ振りなんですよ。それに――」
普段とは違う、その口調と態度。
「…これか?」
今度はあっさりと言い、水原はポケットから煙草を一箱取り出して見せ付けるように片手でお手玉。上に放り、掴む。今は場所が場所だからか取り敢えず喫ってはいないが、確かに今日は――気が付くとよく喫っていた。今まで、喫煙しているところなど見掛けた事が無いのに。
「これは二代目黒炎の弔いさ。奴とは『この顔』でしか会っていなかったからね」
…だから――四十九日の間くらいは『この顔』で居ようと思った訳で。
あまり自覚は無いが、煙草喫ってる時の俺は普段とは雰囲気変わるらしいからよ。だったらせめて、馴染みの顔で送ってやりたいと思うだろ。
平然とそこまで言って、水原は煙草の箱をポケットに仕舞う。
が。
今の発言は――さらりと言われたが。
水原が、二代目黒炎当人を知っている――それも、よく知っている間柄だとしか思えない発言でもあり。
「…二代目黒炎、御存知だったんですね」
「言わなかったっけか」
「言ってません」
「ああ、忘れてたのかな」
あっさりと惚け、水原は首を傾げる。
「でしたら――改めて、刀について答えて頂きたいんですが」
「二代目黒炎の遺作について?」
「――遺作?」
「…今ここらで暴れているのはその刀だろ? あいつは自分の手許に一振りも残してなかったからな…既に売りに出されてるのは『時計屋』の旦那と荒屋さんが拵えかっちり造ってる訳だし、鍛冶場から持ち出したそのまま――みたいな形である以上、そう考えられると思っていたんだが」
「やっぱり初めから御存知だったんですね」
「…言わなかったか? 『見届けたかった』と」
「見届けたかったとは聞いた気がしますがそこまで詳しくは聞いてません」
「だっけ? ああ、後ついでに言うなら、さっき行った骨董屋。…五月雨黒炎の刀は初代も二代目も全部初めの時点であそこ通ってる筈なんだけどな? 市場に流通してるのは例外無くあそこから出てる。つまり唯一の仕入れ元だからな、あの店主も二代目黒炎当人知ってるぞ?」
「…え!?」
「蓮さんも…?」
訝しげに問うシュライン。
ああ、と頷く水原。
「向こうが殆ど無視しやがったから俺も何も言わなかったがな、一応俺とも顔見知り」
「じゃあ、原因の刀は――蓮さんが言ってた二代目五月雨黒炎の刀、って確定して良い訳なんですか」
「や、確定出来るかどうかは知らない。ただ、二代目黒炎を知っている奴は――奴の刀の仕業なんじゃないかって素直に思えるんだよ、この事件は」
だから、黙って見守りたくなる。
「…どうして」
事は殺人だと言うのに。
黙って見守りたいだなんて。
「あの狂気の刀匠の、末期の魂がこめられた代物となれば――好きにやらせてやりたくなるんだよ」
つまりは、とっくの昔に俺も奴の妖気に当てられてるようなもんでね。…きっとあの骨董屋の店主もそうだろう。
理屈じゃねえの。ただ、そうしたいだけ。
水原はそう告げつつ、煙草を銜えた。…煙草同様にポケットから取り出した百円ライターで火を点ける。
「どうしても止めたいなら、止めりゃ良い。どうするかなんてのァ、居合わせた奴の自由だ」
俺は刀の邪魔も味方もする気は無い。
ただ――その場に居合わせて、見届けたいだけでね。
「ただ、綾和泉さんにエマさんも止めたい方となるとな…姐さん方には俺も何度か世話になってる訳だし、助言のひとつくらいはしておくべきかと思うんでしておくよ。二代目黒炎の刀は――『壊れても壊れない』」
そこんとこ注意しな?
と、水原がそこまで言ったところで、シュラインと汐耶はほぼ同時に――反射的に携帯電話を取り出していた。連絡を取っている相手へ新たな情報を。通報とは少し意味が違うが刑事の友人へ情報を。メモリを呼び出そうとするが――その時。
ふ、とそれまで意識していなかった方面へと左京の首が向く。何かを感じたか。
刹那。
「――向こうだ、居やがった」
言い捨て、左京は走り出す。
下駄履きなのに凄まじい速さ。後に残された三人も、ひとまず電話連絡よりそちらに向かう事を優先した。情報だけでは無く、直に事件を確認してから――その件と共に連絡すべきだろうと判断し。
■
…特殊強化服「FZ−00」を纏った葉月政人の、無防備な胸部への斬撃が為された瞬間。
あっさりと欠け割れた、件の刀。
「な…!」
それは政人もこの多重装甲の服を日本刀で斬り裂けるとは思っていなかったが、だからと言ってまさか妖刀と呼ばれるだろうものがこの程度であっさり欠けるとも思っていない。
見ていた倉田堅人――辰之真も、朔夜・ラインフォードに神納水晶も同様。
割れた瞬間、へたりと座り込む血刀を持っていた女。政人は欠けた事実に驚きながらも、早々にその手から、刀の柄――否、持つ為にサラシが何重にも巻かれた茎――部分を放させ取り上げた。
女は、放心したようにへたり込んだまま動かない。
「…」
『それで、決着が付いた…のでござるか?』
やや半信半疑ながら、ぽつりと口を開く辰之真。
「いきなり割れるとは思いませんでした。…まぁ、これで凶行が止まるなら、良かったんですけれど」
ほっと安堵の息を漏らす政人。
と、そこに。
軽やかに走り込んで来たのは、派手な着物を纏い、下駄を履いた青年――帯刀左京。
「…っと待て、んなあっさり気ィ抜くなよ、危ねえだろ」
真剣なその声に、反射的にそちらを見る政人と辰之真。少し遅れて見た朔夜は、あ、見覚えあるおねえさま方が居る♪ と、左京の後ろから続いて走って来る綾和泉汐耶とシュライン・エマの姿を見つける。その後ろにもまた連れらしい優男――水原新一が居るがそちらは彼にとってはまあどうでも良し。
水晶は――初めに走り込んで来た左京を見て、お、と密かに声を上げている。少し驚いた――何故なら、そちらもまた『お仲間』だったから。
「…あんた何がしたかったんだ? こんな派手な行動取って回ってやがってよ」
問い掛ける左京の視線は、政人の手の中と、路面に落ちている刀の残骸。
「聞こえんだろ。…意志があるなら返事しろよ。あんたが水原の言う通りの刀なら――折れた程度で無効化しやしねえんだろ。まだ生きてんだよな?」
…『壊れても壊れない』、そこんとこ注意しな。
汐耶とシュラインへの助言として、刀の素性を察していた水原は――そう言った。
刀の残骸は動かない。
問い掛ける左京に言葉も返さない。
ただ、
生きている。その言葉を肯定しているように、刀のその妖気は――消えていない。
…そんな中。
ひっそりと場所を移動している朔夜。走って来て少し息が荒くなっている汐耶とシュラインの側まで来、こんばんは、とこれまたひっそり声を掛けている。いきなり声を掛けられ、二人はちょっとびっくりしたが――すぐに相手が何者か気付いた。
「朔夜君」
「おねえさま方もこの件で動いてらっしゃるとは。ところでこれ、今ので終わりかなーって思ったんだけど何だかそうでもなさそうですね?」
「私たちが手を出せる感じじゃないでしょ」
「ここは帯刀君に任せて様子見た方が良いと思うわ」
どうやら、『同類』だって話だし。
「それはそれは。あ、『同類』と言えばさっき俺と居たおにいさんも『お仲間』だって言ってましたけど」
あれを指して、とばかりに刀の残骸を示し、朔夜。
その言葉に、汐耶とシュラインはまた少し驚いたか、朔夜と共に居た青年――水晶の姿を目で探す。
…他方、政人や辰之真も状況を察したか、黙って様子を窺っている。辰之真はまだ刀を元の看板の縁に戻してはいない。政人は刀の残骸のひとつを手に取ったまま。今現在は先程まで血刀を振るっていた『犯人』の女は――放心したまま、無抵抗。初めて確保した現行犯の相手。精神状態はどうなのか気になるところ、ただ――確実に無力化している事だけは間違いない。
左京の声だけが刀に向けられる。
…存在する為に人の生気とか必要だってんならもっと穏便に摂取する方法はねー訳か?
…ただぶっ殺して回りたいってだけならそりゃどーしよーも無いけどよ。
…でも、俺みたいなんだってこの世で何とかやってけてるんだぜ?
…無理矢理他の連中に止められるんじゃなくってさ、手前自身で止める気にはならねえか?
刀の残骸は動かない。
ただ、左京の問い掛けだけが続く。
が。
不意にへたり込んでいた女の手が動いた、気がした。気のせいかもしれない程度。それでも確かに動いていた。刀の持ち手の方は政人の手の中にある。けれど掛けた切っ先の方はまだ道路に落ちている。少し離れた場所、そこに落ちていた。すぐに手の届く場所では無い。けれど、その切っ先が――不意に力を帯びた――と思ったら掻き消えた。刹那、政人の手の中にあるもう一方の欠片も――。
瞬間移動したように、女の手の中に戻った。
そして確認する暇も無く、力無くへたり込んでいた女が別人のように動いた。放心していた、そう思えた相手のいきなりの動きだったから余計に素早く感じたのかもしれない。彼女の手の中の刀は、何処も欠けてなどいなかったように元の形のまま振り被られている。狙うは誰か――たった今まで『自分』に話しかけていた、着物の男。
ち、と舌打ち左京は斬り掛かられるだろう刃筋を読んで鋼化する。
が。
それより先に、ざ、と音がした。
音がしたと思ったら、刀を持つ女の腕が斬り付けられていた。斬ったのは誰か。水晶。何処からいつの間に取り出したのか、低い位置に沈んでいた水晶のその右手には一本の刀が握られている。瞳の色が透けるように灰色になっているように見えたのは気のせいか。…ともあれその結果とその刃筋――居合いの形。
『…これ以上の説得は無駄には思えぬか?』
我であればそこまで待ちはしないぞ? …汝は優しい小柄だな?
左京に向け告げながら、水晶は持っていた刀をあっさりと左の掌に納刀。
そこまで至って初めて、自分の腕が斬り付けられた事に気付いたのか女が絶叫する。慌て、動揺する姿、放心していた先程までとは全然違う反応。…それはまるで、ごく、普通な。少なくとも、もう操られているようでは無く。…それは実は、水晶の刀が女の腕を斬り付けた時に、血刀の念――穢れが同時に切り離されたからだったりするのだが。
今度こそ政人はその傷付いた手から刀を取り上げる。同時に女の腕の止血も試みようとするが――その間に刀が自力で政人の手から逃れたがっているように動いたのに気が付いた。政人は咄嗟にその刀を力尽くで押さえ込む。…刀の判断では政人は使い手には出来ないらしい。…直後、咄嗟の判断で側に居た左京が政人がやりかけた止血を続けた。…それはついでに女の生気を頂こうとも考えたからでもあるのだが――何故か、逆に自分の力の方が吸われるような感覚もあり。一応止血が終わった――と思った時には、何故か左京の方がぐったりと疲労していた。が、逆に女の方の傷は、当初より軽くなっているように見えたのは気のせいか。
動く刀。力尽くで押さえている政人の腕に、今度は外部から押さえ込むような力が掛かった。何事か。思ったら少し離れた位置に居た汐耶と目が合った――と思ったら、汐耶が近付いて来る。危ないですから来ないで下さい! と政人は叫ぶが汐耶は聞く耳持たない。先程より動きは弱まったがまだ鼓動のような感覚は残る。焦る政人に、私の力お忘れですか、と平然とした汐耶の声が掛けられる。
「どうやらこれ…鞘も何も無いらしいんですよね」
ですから、と汐耶は政人が押さえ込んでいる刀に直接触れる。
途端、逃げようと抵抗する刀の動きが完全に停止した。
「私の力が一番適してるんじゃないかなと思ったんですが」
…汐耶の能力は、『封印』で。
「…何かすげー疲れた」
女の腕の傷を止血した後、左京は、がく、と項垂れている。何故だかわからないがとても疲れた。
そんなぐったりした様子の左京の肩を、ぽん、と叩いていたのは水原。
左京は反射的に、ここぞとばかりに生気を吸ってしまう。が、途中で気付き一時停止。…いきなり遠慮無く吸ったら相手が死ぬ。…それは後々面倒事になる。
「…おう、悪ィ」
そう思い声を掛けたのだが。
「?」
水原には目立った反応無し。
「気付かなかった…のか?」
…反射的に、結構な勢いで生気吸っちまったから――さすがに気付かれたと思ったんだが。
「ああ、別に構わねぇよ。死なない程度にだったら好きにしな。奴の刀に優しくしてくれた礼とでも思ってくれ」
「…」
「それに、警察に状況がわかれば、俺はどうせ暫く帰してもらえないと思うから」
ちょっとくらい体力落ちてても別に良いし。
「…あ?」
妙に物分かりのいい水原の科白に、左京は訝しげな顔を向ける。
その時には、こちらの話が耳に入っていたのか、政人の視線もこちらに向けられていた。
■
結局、犯人は警察病院、汐耶がひとまず暴れないように封印した刀は政人の手で科学心霊捜査研究所に分析を依頼する事になった。関った皆へは――事情聴取と言う形になった。
素直に応じた人も多いが、取り敢えず警察を敵に回すと面倒臭いだろうと言う訳で、仕方無しその場に居る者も実はひっそり居た。
…ただ、倉田辰之真改め倉田堅人氏の場合は――事情がわかるなり戦闘時に造り出した刀の方はまぁ仕方無かったのでしょうと超法規的措置が取られた模様だが――実は警察への通報は彼が目立つ行動を取ったからこそ為されていたらしい。…通報では件の妖刀を持った『スーツの男』が、とあったとの事。結果的には良い方に繋がったのだが。その事実には多少複雑なものがある。
また、彼の場合は…某ネットカフェからPCを一台壊されたと被害届が出ていた事で別件で多少の騒ぎになり時間が掛かっている。そう言えば鞄も店に忘れたぁああっ、と悔やむやら叫ぶやら。ああパパまた帰るのが遅くなるよ御免ね…と御家族の皆様に向け謝りつつ落ち込んでいる。
神納水晶氏の場合は、刀を持っていると証拠が出せない以上そこに関してのお咎めは無し。振るい、犯人を傷付けた事もあの状況では致し方なかったとされた。…そもそも、警察病院で確認された女性の傷はひどく浅かったと言う。水晶としては容赦無く斬ったつもりなので――腕を切断するくらいのつもりで斬っていたので――その事実に内心首を傾げたが、まぁこちらが煩わされないならそれで良いやと特に疑問は差し挟まず。
ちなみに今回の犯人の女性に関しては、情報があまり頼りにならない。殆どパニック状態で、自分が何処に居たのか、何故こんな事になっているかすらわかっていない。自覚症状は皆無。病院でも、実際の腕の怪我より、そのパニック状態を抑える方でてこずっているらしい。
関った他の面子からは主に刀についての情報。二代目五月雨黒炎と言う名。遺作らしきその刀。また、刀の作者と近しい知人らしき人物である上、事件についてもそれなりに訳知りであるらしい水原新一がその場にいた事もまた有力な情報になった。
綾和泉汐耶氏やシュライン・エマ氏、帯刀左京氏に朔夜・ラインフォード氏に関しては、一通りの簡単な事情聴取で済んだのだが。
ただ。
水原新一氏に限って――純粋にこの件の事情聴取だけだろうに、何故か時間が掛かっている。
それは、科学心霊捜査研究所に送られた件の刀に、柄を留める為の目釘を通す穴さえ茎に無かった事が早々に確認されたからだろうか――。
水原の事情聴取を待つ段になって漸く、シュラインはこちらで起こった事を報告する為セレスティに電話を掛けていた。
すると。
意外な事実が明かされた。
…それは、同じ刀がもう一本あった――と言う事実。正確には、同じ形の刀がほぼ同時に暴れていたと。事件を起こしていた刀は双子刀だった――らしい。
(もう一振りの刀は――悪魔に食べられて…その悪魔、能力を食べる悪魔らしく、その悪魔と同化してしまったらしいのですけれどね)
つまり、もう入手不可能なんですが。
それから、目撃証言にも関らず加害者が今までひとりも出なかったのは、何らかの形でその後の事件の被害者に混じっていたからのようです。ですからそちらで犯人が確保出来たと言う事は――今はろくに話が聞けないにしろ、大きな進展ではありますよ。
あと、同じ件に関してなんですが――これはまだ推測の域を出ないんですが、刀が双子刀だった理由は――片方の使い手が、限界が来たと判断した片方の使い手を殺して次の使い手に与えていたのでは無いかと言う事です。
もしこの推測が合っていて…つまり、ふたつで一セット…そうだったならば、片方が証拠として出せない以上、幾ら科学心霊捜査研究所であっても、本当の意味では分析し切れないと思うのですが。
作者の二代目黒炎についてですが、この作者が妖刀しか打てないと言うのは頷けます――と言うより、この作者当人が呪いのようなものですよ。刀はその呪いを分け与えられた派生物に過ぎないと思えます。
いえ、思ったよりも簡単に手に入る物だったので…同じ作者の作刀を一振り購入して、その作り手の情報を読んでみたのですがね。本名もわからず、どんな人物で何処に住んでいるのかさえ普通の方法では全然調べようがない相手でしたので。
…こちらで手に入れたそれらの情報と、そちらでのお話を総合しますと、水原さんと蓮さん、の御二人の存在が大きくなってきますね。
その、刀の作者を直接御存知だと言うのなら。
拵えのない刀身だけの、それも目釘穴すら無い刀――数少ない相手としか接触がない作者の、そんな状態の刀を入手出来る可能性がある者は、そう多くないでしょうから。
ぴ。
セレスティとの通話を終えたシュラインは、はぁ、と溜息を吐く。
結構話し込んでいた気がするが、水原はまだ来ない。
「あの水原っての、本気で刀止めない気だったとは思えないんだけどよ」
ぼそ、と左京。
「私も…そう信じたいんだけど」
だって何だかんだ言っても、一番重要なところを教えてくれた訳じゃない。『壊れても壊れない』、って。本当に刀を止める気が無いんだったら――それは一番言わない方がいい事でしょ? どんなに業のある妖刀だって、ぽっきり折れてしまったならその時点で刀としては力を失っていると思ってしまうもの。
「でも、今になって止めたいと思った――にしても、初めの時点ではあの水原さんが街中に持ち出してた、って可能性もありますよね?」
ふと朔夜が問う。
「それは考えたくないけど…考えてみると、有り得なくもない、のよね」
言葉を濁す汐耶。
「そう思われてるから、戻って来ないんじゃねーの?」
あっさりと水晶。
「目釘穴すらなかったって事は…それこそ一度も拵えが作られてないって事になるもんな」
裸の刀身だから…ってだけじゃまだいまいち弱いが、目釘穴まで無いとなると鍛冶場から持ち出したばっかりの新しい刀ってのは確定的だろ。
だったら、作者の元々の知り合いが殺人幇助っつーのかな、そんな容疑掛かるのって仕方ねーって。
そんな水晶の科白に、水原を知る者は沈黙している。
「でも、それを言うなら――蓮さんも作者と知り合いである事を隠したわ」
疑わしいと言うなら充分疑わしい。態度からして水原と大して変わらない。
「もう一度、蓮さんのところに行ってみる必要がありそうね」
…どうする?
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名
性別/年齢/職業
(■→『虚無に至る狂気』編に主に登場/□→『理性の条件』編に主に登場)
■3950/幾島・壮司(いくしま・そうし)
男/21歳/浪人生兼観定屋
■2180/作倉・勝利(さくら・かつとし)
男/757歳/浮浪者
■2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)
男/14歳/中学生
□1883/セレスティ・カーニンガム
男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
■1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
■0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)
男/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)
□1855/葉月・政人(はづき・まさと)
男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員
□1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
女/23歳/都立図書館司書
□3620/神納・水晶(かのう・みなあき)
男/24歳/フリーター
□2498/倉田・堅人(くらた・けんと)
男/33歳/会社員
■3448/流飛・霧葉(りゅうひ・きりは)
男/18歳/無職
■0576/南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
女/16歳/ギャンブラー(高校生)
□2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)
男/398歳/付喪神
■4221/リィン・セルフィス
男/27歳/ハンター
□0086/シュライン・エマ
女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
□2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
男/19歳/大学生・雑誌モデル
※表記は発注の順番になってます
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…以下、公式外の登場NPC
■常緑樹
正体、常磐千歳(異界登録NPC)。結果としてあまりノベルには関係無かったですね。
■水原新一/異界登録NPC
高等科生物専門の教師で神聖都学園の臨時教師。別の顔としてハッカー。今回は豹変バージョンが主。二代目黒炎とは友人であった模様。どんな関り方をしているのかは不明だが、事件についてある程度深く知っている。
■二代目・五月雨黒炎
故人。狂気の刀匠で妖刀を打つ男として裏の世界でひっそり有名。今回の血刀(双子刀)は彼の遺作。ノベル内では何かと思わせ振りな書き方してありますが、オリジナル設定ですので御了承下さい。
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ライター通信
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まずは。
はい。はっきりと遅れました。目一杯上乗せしてある上に初日に発注下さった方は確実に一日以上遅れてます。土曜の時点でお届け出来ているなら(月最終なので微妙)まだ一日で済みますが…状況によってはそれ以上に…(苦)
大変申し訳御座いません。
普段から納期ぎりぎりの遅さで稼動してたりするライターなのですが…特に今回初めましての方、初っ端からこの体たらくで…申し訳無い限りです。
今回は、大雑把にふたつの流れ――『虚無に至る狂気』編と『理性の条件』編に分けてノベルをお届けしております。…とは言え、『理性の条件』編は詰め過ぎて長くなり過ぎた関係で(汗)分割する必要が出来…更にPC様ごとにある程度分けて納品していたりしますが…。
それから、実はこのふたつの流れは、分けているとは言っても完全に分かれている訳ではなく、同じ時空、近い時系列の事として分かれておりまして、ふたつの流れのそれぞれで一部PC様がある程度ニアミスしている時があります。ので、登場人物欄には参加者様全員の名前を書いてみました。
登場人物紹介欄で各PC様の頭に付けてある「■」か「□」のマークでどちらに主に登場しているか一応判別可にしてもあります。
…にしても今回はややっこしい分け方と言うか書き方をしてあると自分でも思います。もし、これを募る際にちらっと書いておきました「アンティークショップ・レン:『殺人事件の犯人』(これが皆様にお渡し出来てからオープニングシナリオ申請しておきます)」にご参加下さる場合は…なるべくならどの状況のノベルも把握しておくとまた違った関り方が出来るかとも思ったりしているのですが…面倒ですね。すみません(汗)。いえ、続きのようなもの…とは言え調査依頼のタイトルからして違う物になっている訳で、このノベルを知らなくても、オープニングを見た状態でいきなり参加して問題無いようにはしておくつもりですが(汗)…の割にはこのノベルの終わり方からして続きものっぽかったりもするんですが(汗)
ともあれ、こんな感じでノベルが長かったりするライターで御座います。
…毎度のように。はい。
プレイングの隙間で色々お言葉書いて頂いていたりするのでそのお返事や、色んな事情で(汗)個別でお伝えしておいたり謝ったりしておいた方が良いんじゃないかって事も多々あったりするんですが…今回、その辺を書くのは取り敢えず失礼させて頂きます…。何だか今、これ以上まともな文字が書ける気がしませんので…(滅)
少なくとも対価分は満足して頂けていれば幸いです。
ではまた、機会がありましたら…。
深海残月 拝
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