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オリエンテーリングに参加しませんか? 〜二人三脚でGO!〜
ACT.0■PROLOGUE
朝晩の冷え込みが厳しくなつつある10月下旬。
弁財天宮1階のカウンター内で、膝掛けを乗せ肩掛けを羽織り、50年ぶりに復刻した限定希少商品『井の頭煎餅』をかじりながら、弁天は所在なげにファッション雑誌をめくっていた。
「うー。今日は動きたくないのう。スランプかのー」
「弁天さまぁ〜。世間さまは出雲以外は神無月なんですよ。呑気にお煎餅を食べている場合ですか!」
思いっきりだれている女神に、一応は眷属として渇を入れるべく、蛇之助は煎餅の箱を取り上げた。
「それくらいわかっておる! ……煎餅をお返し」
「いいかげん出雲に移動したら如何ですか? 八百万の神々の会議も佳境に入ってるはずですよ。しかも今年の議題は『縁結びの傾向と対策について』! 他の神さまがたの有り難いお話を聞いてきてくださいさあさあ」
「出雲での神在月の会議は、とうに只の伝統行事と化しているではないか。実りある成果なしに延々と続く日本的会議など、時間の無駄じゃ」
弁天は蛇之助から煎餅の箱を取り返し、また一枚つまみ上げる。と。
「弁天さま、やる気ないんだって? 困るんだよそれじゃ! ほれ、さっさと縁結びしやがれ」
丸めたポスターをいくつも抱え、つむじ風のような勢いで鯉太郎が駆け込んできた。
「うをっ? いきなりどうしたのじゃ、鯉太郎」
「これ以上の閑古鳥はまっぴらだからさ。おれなりに企画を考えてみた」
カウンターの上にばさっと広げられたポスターは、目の痛くなるような極彩色の文字が躍っていた。鯉太郎のセンス全開である。
「ほう。オリエンテーリング大会、in井の頭公園とな」
「うん。スポーツの秋だしな」
「それは良いが、オリエンテーリングのどこが縁結びなのじゃ?」
首をひねる弁天に、鯉太郎は得意げに断言した。
「二人三脚で参加してもらうんだよ。足首をがっつりと赤い荒縄で結んでな!」
「そういうことなら、おまかせくださいまし!」
弁天の背後から、謎の人影が現れた。弁天が右手に持っていた煎餅を横取りした人物は、赤いリボンも華やかな美貌の女性……に見える。
「驚かすでないアンジェラ! いつの間に弁財天宮の、しかもカウンター内にいるのじゃ」
「弁天さまだって、倉庫街にいらっしゃる時はいきなりじゃないですか。お互いさまですわ」
煎餅をくわえているアンジェラを、鯉太郎はしげしげと見る。
「へー。別嬪のお姉さんだなぁー。弁天さまの知り合いか?」
「うーむ。知り合いというか何というか。以前、盆踊りに来た闇医者先生の知古での」
煎餅を取られて無念そうな弁天にかまわず、アンジェラは目を輝かせる。
「まあそんな! クレオパトラも楊貴妃も足元にも及ばない絶世の美女だなんて! 鯉太郎さんたら口がお上手ですのね。照れてしまいますわ!」
「……いや、そこまでは言ってねぇし」
「でもわたくし、本当は女性というわけではありませんの。本気にならないでくださいましね」
(……おい、蛇之助。このお姉さん、何者?)
(それが、まだよくわからないのです。人でないことは確かですし、非常に強い力をお持ちのようですが、記憶を失っていらっしゃるそうで)
(何にせよ、敵に回すと危険な相手であることは確かじゃ。逆らうでないぞ)
鯉太郎と蛇之助と弁天は、額を突き合わせてひそひそと囁きあう。アンジェラはにこにこと、どこからか何本もの荒縄を取り出した。
「赤い荒縄が必要でしたら、ぜひこれをお使いくださいませ。他人行儀なふたりをがっつり結びつけるアイテムとして最適でしてよ」
「あ、うん。どっちみち、縄はこれから用意しなきゃとは思ってたんだけど……でも」
アンジェラの手にした荒縄を、鯉太郎はじっと見たあとで二、三歩下がった。なにやら禍々しい気配を感じたのである。
弁天と蛇之助も、さっと青ざめた。
(べ、弁天さま! あの赤い縄、うねうね動いてますっ! 何となく蛇に似てます!)
(ええい、びくつくでない。蛇ならおぬしと同類であろうが)
おどおどと遠巻きになった三名の鼻先に、アンジェラはうごめく荒縄をぐいと突き出した。
「嫌ですわ、皆様ったら。もともと『運命の赤い糸』伝説は、冥府の役人が足に結んだという赤い縄から派生してるじゃありませんか。縁結びというのは、本来ホラーなものなのですわ! 頑張りましょうね。さ、鯉太郎さん、ポスター貼っていらして?」
アンジェラは凄みのある微笑を浮かべる。
鯉太郎はそれこそ蛇に睨まれたカエル――いや、まな板の上の鯉さながらに、汗をかきつつ何度もこくこく頷き、ダッシュで広報活動に出かけたのだった。
ACT.1■ペア結成の前に:【風組】雄一郎&天衣/【宙(そら)組】蘇鼓&奈杖/【花組】シュライン&デルフェス
入口に設置されている井の頭公園全景図で、藤井雄一郎は現在地を確認した。何しろ、この公園に来るのは初めてなのである。
「ここが井の頭恩賜公園か。摩訶不思議な異界に変化したと聞いているが、そんな感じはしないなあ……。さて、弁財天宮へはどう行けばいいんだろう?」
全景図の前で首を捻っていると、背中を誰かにつん、と突かれた。振り向くと、薄桃色の衣装を着た若い(若く見える)女性が小首を傾げている。
「お迷いかえ?」
「お。もしかしなくてもあなたは弁天さま!」
「いかにも。オリエンテーリング開催前の打ち合わせに、ちと、鯉太郎を呼びに来たのじゃ」
「これは美しいお嬢さんだ」
「ほっほっほ。お上手じゃのう。そういうおぬしはご家庭をお持ちのようにお見受けするが……。それにその翠の目、どこかで見覚えがあるような……」
考え込んだ弁天に、雄一郎は胸ポケットから何枚もの写真を取りだして、トランプのように扇形に広げる。どうやら、愛娘たちのスナップ写真コレクションのようだ。
「うちにもあなたに負けないほどの美人で可愛い娘がふたりもいてな。すっかり年頃になったので、悪い虫がつかないよう常にチェックしている。何しろ世界中の男が狙っているんだ。そりゃもう心配だが、何十億の男どもがかかってこようと俺は負けんっ!」
「……ええと」
果たして雄一郎は、何のためにここを訪れたのであろうか。
たぶん、オリエンテーリングに参加するためだろうとは思っても、娘妄想ぶっちぎり中の父親には何となく口を挟めない弁天だった。
「わぁ。綺麗なひとたちですぅ」
全景図の前には、もうひとり来訪者がいた。セミロングの髪をくりっとふたつにまとめ、ピンクのリボンをあしらったさまが可愛らしい少女である。
雄一郎の横から写真を覗き込み、聞く者の心をほわんとさせる声で感想を漏らした。
「わかってくれるか、お嬢さん! いやいやいい子だなあ!」
細い肩をがっしりした手でばんばん叩かれて、少女は大きな瞳を白黒させた。
「ふぇ……?」
「これ、そこな娘御。おぬしはもしや、オリエンテーリングの参加希望者かえ?」
弁天に聞かれ、少女は首をこっくんとする。
「はいです。鈴木天衣っていいます。近くのコンビニに貼ってあったポスターを見てきたです」
「左様か。よくぞまいった。楽しんでゆくが良い。もしも今日、運命の恋が見つかったら、彼氏と一緒に新年の挨拶にくるのじゃぞ」
「恋ですか? まだ早いですよぅ」
「そうとも。天衣ちゃんにはまだ早い! 彼氏なんてそんな恐ろしい言葉、聞いただけで気が遠く……」
まるで自分の娘に悪い虫がついたかのように、雄一郎は本当に気を失いそうになっている。天衣はひたすらにおろおろした。
「しっかりするですよー」
「……うぅむ」
さらに弁天は考え込む。これは一応、縁結び企画なのであるが、来訪者たちにまるっきり自覚がないのは何故だろうと思いながら。
◇◇
「蛇之助。栗ご飯おかわり!」
「はいはい、只今すぐに。蘇鼓さんはいつも気持ちの良い食べっぷりですねえ」
「あとみそ汁もな。あー、豆腐は木綿を使うほうが俺の好みだから、覚えとけ」
弁天は、雄一郎と天衣を地下1階の参加者控え室に案内した後、隣の来客用応接室を覗いてみた。
聞き覚えのある声がすると思ったら、舜蘇鼓であった。
真夏から初秋にかけて、弁天も蛇之助も、またハナコもデュークも鯉太郎も、同じ夢の中で不思議な学園生活を送ったことがあった。蘇鼓とはその学園の生徒として知り合い、夢を見なくなった今でも、時々井の頭公園に遊びにくるのである。
いきなりふらりと現れては、さんざん食料を消費して帰るのがいつものパターンだった。帝鴻という手足と羽根つきの肉団子をいつも連れているが、これについては無害なので、弁天はときどき暇つぶしに羽根を引っ張ったりして遊んでいる。
「いい加減にせい! おぬしのような大飯食らいを養う余裕は弁財天宮にはないぞえ!」
栗ご飯と、なめこと豆腐のみそ汁を三杯おかわりしたあたりで、蘇鼓の後頭部を弁天の扇子がばちーんとヒットする。
「痛ェ。冷たいなぁ。夢で婚約した仲じゃねぇか」
「おぬしが青ざめて嫌がるから解消してやったのに、何じゃその態度は。……ところで蘇鼓、食後の腹ごなしにスポーツなどしてみぬかえ? ここはもうすぐスタッフ部屋になるゆえ、隣の参加者控え室に移るが良いぞ」
「あぁ? そういや例のオリエンテーリングって今日だっけ? 見物だけさせてもらおっか」
「まあそう言わずに。優勝ペアには超豪華賞品を用意してあるゆえ」
「ふーん?」
箸をくわえたまま、少し考える。
「全員に参加賞をくれるってんなら、考えてもいいぞ」
「あのー。こんにちはー」
誰かが軽やかに階段を降りてくる。
足音が止まったかと思うと、のんびりした声が聞こえ、鳥打帽をかぶった少年が顔を覗かせた。
応接室の扉は開放してある。弁天は扇子を構えたまま、蛇之助は栗ご飯のおかわりを片手に、蘇鼓は箸を口から離して少年に注目する。
「あ、1階に表示が出てたんで。オリエンテーリングの参加者控え室って、ここじゃないんですか?」
「おおっ! 参加希望者か。初めて見る顔じゃな」
「西ノ浜奈杖といいます。奈落に杖すると書いて、奈杖」
「良い名じゃのう! 控え室は隣じゃ。案内してしんぜよう」
新規の訪問客を逃がすまじとばかりに、弁天はがしっと手を握る。
「ポスターを見て、是非参加したいなって思って。オリエンテーリング、大得意なんです! あのっ、今ちらっと聞こえたんですけど、優勝賞品って何でしょう?」
「そのうち司会進行係が発表するが、少しだけバラすと、秋の味覚の最高峰じゃ」
「頑張って優勝狙いますっ! それに僕、今年こそ恋に落ちたいんです!」
「うむうむ。今年も残り少ないが、まかせておくがよい。ここに来てくれたからにはラブチャンスに不自由はさせぬ」
「あの、できれば年上希望なんですけど」
よしよし、と相好を崩す弁天を、蛇之助が胡乱な目で見る。
「またそんな安請け合いをなさって……」
◇◇
「あれ?」
草間武彦は、事務所の壁を見て首を捻った。
「二人三脚オリエンテーリング大会? こんなどぎつい色のポスター、いつ貼ったんだ?」
「ああ、それ。鯉太郎くんに頼まれたのよ。広報に協力してくれって」
鯉太郎の必死の形相を思い出し、シュライン・エマはくすりと笑った。
(鯉太郎くんは夢の中の学園で逢ったときと変わらないわねぇ。弁天さんもそうだけど)
そういえば、とシュラインは思い出す。あの幻の学園の中では、美術部長だった弁天に絵のモデルになれと懇願されたのだった。珍しく、裏も下心もない依頼であったので、シュラインは快く引き受けた。
もっとも、出来上がった肖像画はシュラインとは似ても似つかない、良く言えばピカソとダリとシャガールの代表作を足してミキサーにかけてから一昼夜煮込んだような、つまり形容しがたい作品だったが、まあ――その程度の被害ならご愛嬌であろう。
「じゃ、武彦さん。そういうわけだから出かけてくるわね。せっかくだからお土産持っていこうっと」
「何がどう、そういうわけなんだか。おまえが参加しなくったっていいだろうに」
ファイルをしまいパソコンの電源を落としたシュラインに、草間興信所の所長は情けない声を上げる。
「優勝チームには賞品が出るって、ポスターに書いてあるじゃない。期待しててね」
シュラインの声は浮き浮きと弾んで楽しそうである。何だか『彼女』がちょっと遠くなったような気がした、草間武彦30歳の秋であった。
「ごめんくださいませ」
公園の秋を彩る紅葉にふさわしい、鹿沼デルフェスのしっとりした声音が弁財天宮1階に響いた。
「弁天さま……? 蛇之助さま……? お留守ですかしら?」
何度呼びかけても返事がない。
ここに住まう女神と眷属は、しょっちゅう遠出してはなかなか戻ってこないことに、すでにデルフェスは慣れっこになっている。
少しだけ思案した後で、軽く頷いた。
「失礼して、待たせていただきますわね」
勝手知ったる弁財天宮である。持参してきた楽器をそっとカウンターに置き、スツールに腰掛けた。
以前、弁天たちがアルバイトの求人を探していたとき、アンティークショップ・レンの倉庫に眠る珍品の鑑定を依頼したことがあった。体当たり方式の荒っぽい鑑定法だったが、癖のある楽器にはそれが有効な場合も多かった。
それがきっかけで縁が出来、厄介な楽器を入手した際には弁天に鑑定を依頼することにしたのである。
今日は、まったくの仕事がらみでの来訪だった。
……だからまだ、デルフェスは知らない。そして、気づいていない。
カウンターの端に、『オリエンテーリング参加希望者は、地下1階の控え室にお越しください』という表示が出ていることに。
そしてほんの30分後には、その細く白い足首が赤い荒縄で括られて、勝負の場に臨まされることにも。
ACT.2■そは冥府の赤い縄
「まあ素敵。12名も犠牲者が……もとい、参加者さまが集まりましたわ。ペアが6組できますわね」
謎の赤い荒縄は獲物を狙う吸血ヒルのように、アンジェラの手の中で妖しくうごめく。
それぞれの理由で井の頭公園に来訪した人々は、オリエンテーリング参加者控え室『サクリファイスの間』で待機させられていた。
その隣のスタッフ部屋に長椅子を三つ並べ、弁天と蛇之助、ハナコとデューク、鯉太郎とアンジェラは打ち合わせの真っ最中である。
「それでアンジェラ。その縄……は、どうやって使うのじゃえ?」
弁天はびくびくと訊ねる。いつの間にかアンジェラにイベントを仕切られた形になっているのだが、雰囲気に気圧されて、誰も苦情を言う者はいない。
「これは『冥府の縄』と申しまして。指名したふたりの足首を結んだら最後、死が二人を分かつまで外れることはないという優れものですわ。その他詳細と入手経路は秘密です♪」
「……あのう、アンジェラちゃん。お遊びのオリエンテーリングにそんなディープなお品を使うのはもったいないんじゃないかなぁって、ハナコ思うの」
アンジェラの顔色を見ながら、ハナコが伺いを立てる。
「ご心配には及びませんわ。これはβ版の上にバージョンも1.04程度に押さえてありますので、効力は4時間程度です」
「――なるほど。そういうことであれば」
黙って聞いていたデュークが、大きく頷いた。
「その『冥府の縄(β版:Ver.1.04)』を拝見させていただいて宜しいですか?」
「どうぞ、デュークさん」
闇のドラゴンは特に恐れるでもなく、のたうつ縄を数本受け取った。
手にしたものをじっと見つめたのち、デュークは思いがけない行動に出た。
「弁天どのと蛇之助どのを」
縄に向かって、そう囁きかけたのである。
その瞬間。デュークの手から縄が一本しゅるしゅると抜けて、宙を飛んだ。
いったん大きく伸びた縄は、弁天の左足と蛇之助の右足を捕らえると、きゅっと縮む。
「な、何事じゃ!」
「公爵さま。いったいこれは」
お互いの足首を括られてしまった女神と眷属は、外そうとしてじたばたともがいている。
「アンジェラどのと鯉太郎どのを」
また一本、縄が無情に飛んで足首に絡みつく。
「そんな! わたくしもですの?」
「うわぁぁ。勘弁してくれよー」
反対方向に逃れようとしたアンジェラと鯉太郎は、足を取られて長椅子から転がり落ちた。
「デューク・アイゼンとハナコどのを」
「うっそおー!」
最後にデュークは、自らの足首をもハナコと縛りつけた。床に尻もちをついたハナコは、頬を膨らませる。
「何するのぉデューク。みんなスタッフなんだよ?」
「オリエンテーリングとは、きちんとしたスポーツであると聞き及びます。参加者の方々が二人三脚で挑まれる以上、主催者側も同じ条件でお迎えするのがフェアプレイというものではないでしょうか」
「とことん真面目なやつだなぁ……」
アンジェラと並んで床に座った鯉太郎は、がしがしと頭を掻いた。
「4時間このまんまなら、仕方ないな。スタッフ側も二人三脚だ。立てるかアンジェラ?」
「息を合わせれば大丈夫ですわ。いち、にの、さん!」
「よし。ちょっと歩いてみるぞ。縛ってある足から先な」
「はい――あら、なかなか楽しいですわね!」
二人三脚での動きをいち早く体得しつつあるアンジェラと鯉太郎に対して、弁天と蛇之助は息が合わずに揉めていた。
「これ蛇之助。なぜ左足から最初に出さぬ!」
「出してますよ。弁天さまこそ、左足を最初に出さないでください。私が左のときは弁天さまは右です。宜しいですねっ?」
「わらわに指図するでない!」
デュークはといえば、拗ねたハナコがいっこうに立ち上がろうとしないので、ひょいと小脇に抱えて移動する始末である。
控え室に待機していた参加者たちが、二人三脚で現れたスタッフたちを見て仰天したことは言うまでもない。
さらに、ランダムで選ばれたペアの相手と、『冥府の縄(β版:Ver.1.04)』で足首を固定されるに至っては、
阿鼻叫喚の嵐であった。
「おわっ!」
「ふぇぇー」
いきなり足首を括られて、雄一郎と天衣は当惑して顔を見合わせる。
控え室に案内されたときは、誰でもOK、どこからでもかかってこい、と胸を張っていた雄一郎だったが、まさか娘よりも若い天衣とペアになろうとは思っていなかったらしい。
「……まいったな。妻が知ったらハリセンだけで済むかどうか」
「足をくくって走るですか? こけたら痛いですよ?」
「まあ大変! これでカバーなさると宜しいですわ」
アンジェラは天衣にミニタオルを差し出す。
「ありがとうです」
元凶であるはずのスタッフに、天衣は素直に礼を述べた。
「可愛らしいかたですわねえ。……さあ、これもおつけになって」
雄一郎と天衣は、水色の地に「風」と書かれたゼッケンを受け取った。
「ん?」
「あれっ?」
互いの足に巻きついた代物に、蘇鼓と奈杖は、まずきょとんとした。
「おい! そこのでかいリボンをつけたおばはん。こんなんありか?」
食ってかかる蘇鼓を、アンジェラは冷たくあしらう。
「何事も運命ですわ。これをどうぞ!」
おばはん呼ばわりされてこめかみに怒りマークを浮かべ、アンジェラは紫の地に「宙」と書かれたゼッケンをぽいっと放って寄こした。
「蘇鼓さんとペアですか。運動神経が良さそうで心強いです。頑張って優勝して賞品ゲットしましょうね!」
「おまえ、そんなに秋の味覚が気になるのか」
「もちろんです。きっとすごく美味しいものですよね! 楽しみだなぁ」
「……よし。こうなったら、どんな手を使っても優勝するぞ!」
「あて布を持ってきて良かったわ。足首が擦りむけたら大変」
「わたくしは大丈夫ですが……。お心遣いありがとうございます」
縛られる前にシュラインは、ガーゼのハンカチを巻いて自分とデルフェスの肌を保護していた。
「デルフェスさんとペアになれたのは、不幸中の幸いだったかしら。もしも成人男性とだったら、申し訳ないけど困るなあって思ってたの」
肩をすくめるシュラインに、デルフェスも微笑みを返す。
「わたくしもです。女性を護衛するために造られましたから、パートナーは女性の方がありがたいですわ」
「うーむ。ある意味、最強のペアかも知れぬのう」
「弁天さまっ。そんなに早く歩かないでください」
落ち着いた雰囲気の女性ペアのそばに、弁天が蛇之助を引きずってやってきた。
「おぬしたちには、このゼッケンを進ぜようぞ」
シュラインとデルフェスは、「花」と書かれたピンク色のゼッケンを渡された。
ACT.2■勝負も賞品も時の運?
「さてお揃いの皆様。参加者もスタッフも、またも司会進行役に駆り出されました私ポール・チェダーリヤとファイゼ・モーリス騎士団長も赤い荒縄でがっつりなオリエンテーリング大会を、そろそろ開催いたします。あーあ」
「もう少し離れろ、ポチ! うっとおしいぞ」
「フモ夫団長こそ、そんなに近寄らないでください。鳥肌立っちゃいますよ、ったく。……おっと大変失礼致しました。優勝賞品をご紹介いたしましょう。なんと、エル・ヴァイセ産のバクショウヒトヨ茸がどーんと大カゴに山盛り」
「ま、待て! それは違」
「違わないですよ? ウマ吉が異界ゲート経由で臨時帰国して、モンスターが跋扈するヴァイセ松の森から命がけで持ち帰って」
「……しっ!(それは国産の最高級松茸ということにしておけと、弁天どのからきつーいお達しがあった。味も香りも見かけも同じだから問題なかろうということで)」
「……(ええっ! 産地や品種を詐称するんですか? それは騎士としてどうかと)」
「……(だから公爵どのには事情は伏せてある。板挟みで胃が痛いぞ)訂正します、こちらに山盛りになっているのは、味良し香り良し形良しの国産の松茸! 日本の秋の味覚の最高峰です。さあ、見事優勝なさるのはどのペアでしょうか!」
「揃いも揃った強豪6ペア! 音声と石化のコラボレーションが無敵な花組、シュライン&デルフェスペア。今から身長差で揉めてどうする鳥組、永遠&真輝ペア。家庭持ちの壮年男性と可愛い女子高生、危険な予感のはずが何故かほのぼのな風組、雄一郎&天衣ペア」
「ナンバーワンホストにブルームーンストーンが加われば、溢れる魅力でトラップ無効か月組、トオル&月弥ペア。渋い男前と熱血女子高生、正統派コンビの星組、祇紀&壬生ペア。何が何でも賞品ゲットだ、ラブはさておき息はぴったりな宙(そら)組、蘇鼓&奈杖ペア」
花鳥風月星宙6組12名は、スタート地点にして最初のチェックポイントがある弁財天宮の地下4階フロアに誘導されていた。
人間型で登場したポールとファイゼは、白いハチマキにジャージの上下といういでたちでの二人三脚司会であった。
司会のふたりの横には、優勝賞品の国産最高級松茸(偽)が山と乗せられたワゴンが置かれ、その背後には、広いフロアを仕切って『第一回オリエンテーリング大会 〜秋の味覚とラブをゲット!〜』と極太明朝で刺繍された巨大な緞帳が下りている。
「オリエンテーリングと銘打ってはおりますが、かなり異色の内容ですので、開催の前にルールをご説明いたします」
「チェックポイントは3ヶ所。それぞれの場所に6通ずつ、つまり計18通の、賞品名が記載されたメモ入り封筒が用意されています。各ペアはポイントごとに1通ずつ奪取してください。いずれかの封筒に優勝賞品名が書かれたメモがあり、それを入手したペアを優勝といたします」
「封筒の開封は、全ペアがクリアなさった後になります。参加賞もあればハズレも混ざっていますのでご了承を。なお、待機スタッフたちは各種トラップにより妨害を仕掛けてまいりますので、容易には入手できないことを申し添えます」
「3組ずつ、先攻、後攻に分かれてスタートしていただきます。その都度トラップは変更になります。出発の順番や要した時間等はカウントいたしません。どうクリアなさるかにも制限は設けません。ペアごとの共闘も妨害も自由です。最終的には各ペアが入手した封筒の中身のみで判断させていただくこととします」
「それでは、運命の赤い荒縄で結ばれたペアの皆様。どうぞ愛と勇気で障害を乗り越えてください。レディ、ゴー!」
するすると緞帳が上がっ……たかに思えたが、半ばでぴたっと止まる。
「あれ?」
ポールが怪訝そうに、緞帳の下から中を覗き込む。
「弁天さま〜? あのーもう始まってるんですけど……? あ、今、仕掛け終わりましたか。じゃあ、そろそろいいですね? 先攻の3組の方々をご案内しますよ?」
ACT.3■第1チェックポイント「弁財天宮地下4階」
「ほーっほっほ。待っておったぞ、風組に宙組に花組! わらわの渾身のトラップ、避けられるかのう?」
緞帳をくぐった3組を待ち受けていたのは――何もないがらんとした広間であった。
弁天は奥の壁に寄りかかって『縁結び一筋!』と書かれた扇子で顔をあおいでいる。少し息が切れているところを見ると、ぎりぎりまで準備に手間取っていたらしい。
蛇之助はといえば、その足元でぐったりとうずくまっていた。どうやら、弁天のペースに振り回されたあげく、ダウンしたようだった。その手には白い封筒が3通、握りしめられている。
「さてと。まずは最初の課題じゃ」
6名をじろっと見回し、弁天はにんまりと笑う。
「いちゃいちゃしてみい! 事と次第によっては罠を手加減してやろうぞ」
ざわり、と3組は動揺する。
「それは困る! 俺には愛する妻も娘も!」
「あのー。禁断の恋はまだ早いですぅ」
「わかりました! 頑張りましょう、蘇鼓さん」
「よせっ。頑張らんでいい!」
風組は拒否し、宙組は混乱した。
穏やかに弁天を見返したのは花組である。
「ここは正々堂々と勝負いたしますわ、弁天さま」
きっぱりと宣言してから、デルフェスはシュラインに耳打ちする。
「一見何もないようですけど、弁天さまのことですから、搦め手の罠が仕掛けられていると思いますの」
「そうねぇ。水に関係するものかしら?」
「……床に少し、丸く濡れている部分がありますわ」
「ははん。落とし穴ね」
「なるほど。トラップと言えば落とし穴! 俺は負けんぞ、学生時代に鍛えたこの足で!」
「待ってくださいですー」
ぐおおおーとあさっての方向に走り出した雄一郎につられ、天衣もよろよろと駆けて行く。結局はフロアを一周しただけだったが、穴に落ちなかったのは奇跡的であった。
シュラインとデルフェスは、水の落とし穴の表面とおぼしき部分を踏まないよう、注意深く回り道をした。
蘇鼓と奈杖は顔を見合わせてから、ちゃっかりと花組の後ろについて行ったので、ゆっくりと着実に弁天たちに歩み寄ることが出来た。
「何じゃ。おぬしたちが水に落ちる瞬間を撮ろうと思っておったに」
どこからか取り出したデジカメを構えていた弁天は、残念そうな顔になった。
「あまり意地悪しないで、封筒を渡してくれないかしら? せっかく見せてあげようと思って持ってきたのに」
携帯していたポーチから、シュラインはCD-ROMを取り出してちらつかせる。
「そ、それは、もしかして」
「そう。盆踊りの時に言ってた、他異界の素敵男性の資料をまとめたデータ。目を通しておけば、今後の攻略に便利よ」
「うっ。『シュライン・ディスク』か。ここでそれを出されるとは」
弁天の動揺につけ込んで、蘇鼓もだめ押しの提案をする。
「よお弁天。おとなしく封筒を渡してくれれば、毎週土日の夜には吉祥寺駅の公園口で弾き語りしてやってもいいぞ」
「……本当かえ?」
「おう。俺が催眠歌を歌えば、カップルは行列作ってコッチに流れてくるぞ。どうだ?」
弁天は真剣に悩み始める。様子を見計らった3組は、蛇之助の手から封筒を取ることに成功した。
そして、クリアと書かれた臨時出口に向かったのだが。
――罠はまだ、残っていたのである。
「皆様、上! 釣り天井ですわ。このまま進みますと危険です」
いち早く気づいたデルフェスが注意を促す。
「……どうしてこんな、殺傷力の高いトラップを仕掛けるのかしら。しかたないわ、こちらから出ましょう」
シュラインは以前、弁天が留守の時に弁財天宮の地下フロアをかなり詳細に調べたことがあった。その際、各フロアには、地上に直結している非常口が存在することを確認していたのである。
壁と一体化して目立たない扉を探し当て、押し開けた花組の背に、弁天の声が飛ぶ。
「こ、これ! 非常口使用とは、ずるいぞえシュライン」
「正当防衛よ」
そして花組、宙組、風組の順番で、第2チェックポイントへ走ることと相成ったのだった。
ACT.4■第2チェックポイント「幻獣動物園内『への27番』ゲート」
本日の『への27番』ゲートは、広大な砂漠という設定であるらしい。
「ようこそ、いらっしゃいました」
園内に足を踏み入れた花組に、ハナコを小脇に抱えたデュークが礼儀正しく礼をする。封筒3通はハナコが持っているようだ。
「こんにちは。デュークさま。お久しぶりです」
「どうも、公爵さん。スタッフご苦労さま」
デルフェスは優雅に腰をかがめ、シュラインもにこやかに微笑む。
「は、初めましてですー」
花組にならって、天衣もぴょこんと礼をした。
「これはご丁寧に。淑女たちに罠を仕掛けるのは心苦しいのですが……。きっと切り抜けられると信じて、失礼いたします」
苦悩に満ちた表情で、デュークは軽く片手を上げる。
「野郎のことはどうでもいいみたいだな」
ぼそっと呟いた蘇鼓に、奈杖は頷く。
「そうですねー。騎士の精神をお持ちみたいですからねー」
「男どものことなどどうでもいいに決まってるだろう! 娘さえ無事なら!」
雄一郎が、的を射ているんだかずれまくりなんだか解らない発言をしたあたりで、デュークはぱちんと指を鳴らした。
――突然。
砂漠の真ん中に、大音響とともに、直径5メートルはあろうかと思われる巨大な岩石が出現した。岩石はごろごろと転がりはじめ、勢いを増して3組に向かってくる。
シュラインは意外そうに目を見張る。まさかこんなダイナミックなトラップがこようとは予想していなかったのだ。
「デュークさまらしい、ストレートな罠ですわね」
デルフェスの方は落ち着いていた。換石の術を錬成するやいなや、全員を石化して守る。
岩石は容赦なく3組に迫り、押しつぶしそうとする。
絶体絶命のその瞬間。デルフェスは平手で岩を打った。
どんな巨大な岩石といえど、ミスリルの平手を振るわれればひとたまりもない。岩は粉々に砕け散り、砂漠の砂となった。
「お見事です」
頭を下げたデュークに、デルフェスはにっこりと手を差し出した。
「それでは、ハナコさまがお持ちの封筒をお渡しくださいませ」
「申し訳ありません。実は罠はもうひとつ」
再度、デュークは指を鳴らす。新たに出現し、3組の行く手を阻んだのは――
「ああもう。他の若いのを配置してくださいよー」
「司会進行とトラップ役兼任じゃ、体が持ちませんよう」
二人三脚のグリフォンとケルベロス……本来の姿になったファイゼとポールであった。
「あら。ふもふもさんとポチさん」
こちらのほうはあまり意外でもなさそうに、シュラインは苦笑する。
「すみません、お邪魔します」
「私どもも、まあ、いろいろと立場がございまして」
グリフォンは羽毛を膨らませて威嚇し、ケルベロスは3つの頭から火を吐く。
「ほどほどにしとけよー? 俺たちの後にも3組やってくるんだから、そんなに張り切ると後が大変だぞ?」
犬が苦手な蘇鼓は逃げ腰になりながらも、言葉だけは冷静だった。ぱたぱたと飛び回っている帝鴻はびっしりと汗をかいているが、彼はもともと汗っかきなのでこの際関係はない。
「えっと、フモ夫……さんと、ポチさんでしたっけ。あまり無理なさらないでくださいね」
幻獣の出現にあまり驚かず、奈杖はにこにこと言った。
「ううっ。ご忠告、身にしみます」
「ですが、公爵どのの手前、手加減するわけには!」
涙を呑んで恐怖を演出しているグリフォンとケルベロスを扱いあぐね、蘇鼓は少し考えた後で――
歌を、歌った。
それは催眠歌であり、デュークとハナコの意識を操って対処させようという意図であったが……。
「ふう。びっくりしたわ」
「まさかデュークさまが竜の姿に、ハナコさまが世界象に変化して、騎士様がたと決死のバトルをなさるとは思いませんでした」
最強ペアの呼び名も高い花組のふたりが仰天するほど、蘇鼓の放った歌の効力は大きかった。
結果的に、3組はそれぞれ封筒を手にすることが出来た。それはスタッフ側全員が気絶したからである。
バトルが壮絶になり過ぎて、このままではスタッフ側に甚大な被害が及ぶばかりか、井の頭公園全体の崩壊をまねくと判断したシュラインが、緊急処置として幻獣たちの気を失わせるべく、超高音域の声を発したのだった。
闇のドラゴンも世界象もグリフォンもケルベロスも、二人三脚のまま失神した。
健康状態を確認したところ、さして別状はないようであるし、何かあったとしても、主催者側にも参加者側にも回復系の能力に長けた人材はいる。
後攻の3組がやってくるまでには何とか立ち直るだろうということで、3組は第3チェックポイントへ向かうのだった。
ACT.5■第3チェックポイント「ボート乗り場前」
「あらあら弁天さま。わたくしもう、お煎餅も焼き鳥もお腹いっぱいですわ」
「おおい、アンジェラ。先攻の3組が来たぞ。いい夢見てんじゃねぇ!」
ボート乗り場前の広葉樹は赤く染まり、ひらひらと落ち葉が舞っていた。
待機時間が長かったので、しびれを切らしてうつらうつらとし始めたアンジェラを、鯉太郎が揺すって起こしている。
封筒を持っているのはアンジェラの方だったので、シュラインは肩をすくめた。
「惜しいわね。アンジェラさんの眠っているうちに封筒を奪取できれば、無用な争いはしなくて済んだのに」
「……目覚められましたわ。アンジェラさまは独特の魔力がおありのようです。幻覚系の罠が仕掛けられているかもしれません」
「そうね……。まさか『惨骸丸』で斬りつけられたりすることはないと思うけど」
策を練る花組の横で、雄一郎は脳内にいきなり出現した幻覚に翻弄されていた。
「ああっ! あれは我が娘たち!」
「え? どこにですか? 見えないですぅ」
きょときょとする天衣をよそに、雄一郎はすでに全力ダッシュの体勢である。
「そんなっおまえたち、純白のウエディングドレス姿でどこへ行くんだぁ! 待ってくれ、俺を置いていくなぁぁぁ!」
またも、ぐおおおおおーと走り出した雄一郎に天衣は引きずられる。
「思いきり走ったら転びますー。あんまり遠くに行くと公園から出ちゃいますよぅ」
ボート乗り場からかなり離れても、雄一郎の勢いは止まらない。とうとう天衣は決心した。
「こ、こうなったら」
天衣の髪と瞳がピンク色に変化する。華奢な背中に、まるで儚い幻のような、3対の透明な翅が現れた。
その翅で飛んでしまおうと試みたのだが、天衣は肝心なことを失念していた。
「ああっ。足くくってたら逃げれないですっ」
他の2組が見守る中、空しく翅をひらひらさせながら、天衣の姿は雄一郎とともに遠くへと消えた。
「……見えなくなっちゃった。大丈夫でしょうか。迷子になったりしないですか」
気遣わしげな奈杖に、シュラインは目を細めた。
「雄一郎さんのことだから、植物に道を聞いて戻ってくると思うわよ。封筒は私たちで手に入れて、後で渡してあげましょう」
「まあ! 大変な自信ですこと。お待ちしてましたわ、花組、宙組、何だか遠くへ行かれたようですが風組の皆様。さあ、勝負ですわよ」
目覚めるなり体勢を整えたアンジェラを、蘇鼓がじろっと見る。
「……寝てたくせに」
「何ですって!」
アンジェラは惨骸丸を抜き放つやいなや、しゅばーんと蘇鼓に向かって投げた。
「危ねぇなあ」
蘇鼓はひょいと避ける。惨骸丸はまるでブーメランのように、アンジェラの手に戻った。
「アンジェラさん、飛び道具(?)を仕掛けてきましたよ。どうしましょう?」
目を丸くした奈杖に、蘇鼓はうそぶく。
「まかせた」
「ええ?」
「おまえにまかせた。あんなおばはんとつき合ってられるか」
「うーん。そうですか」
当惑しながらも、奈杖は帽子の中からあるものを取りだした。
いったいどういう仕組みであるのか、とても鳥打帽に収まるはずもない大きさの代物である。
いったん両手で持ち替えてから、えいっと投げる。
『それ』は空中でふわりと大きく広がり、アンジェラと鯉太郎に覆い被さった。
「きゃあ!」
「うわっ」
ふたりは折り重なってばたばたもがいている。奈杖が使ったのは――投げ網、であった。
「やるなぁ」
蘇鼓がひゅうと口笛を吹いた。奈杖はなぜか決まり悪そうに頭を掻く。
「いえ。失敗しました。この投げ網、いったん捕らわれると、なかなか抜けられないんですよね」
「上等じゃねえか?」
「……封筒も一緒に、中に入っちゃいました」
「あらま。もうクリアも同然なのにね」
頬に手を当てたシュラインは、やがてぽんと手を打つ。
しばらくのち――
『皆の者! 非常事態ゆえいったん撤収じゃ! 全てのトラップを解除して良し。ペアたちに手出しはせず、速やかに封筒を渡すように』
第3チェックポイントに、どこからか弁天の声が響いた。
投げ網の中で惨骸丸を振るい、あちこちに穴を開けて脱出を試みていたアンジェラと鯉太郎は、やがて何とか抜け出した。不承不承、封筒をまとめてシュラインに渡す。
――もちろん、それは弁天自身が放ったわけではなく、シュラインの発した声色だったことは、いうまでもない。
ACT.6■EPILOGUE
「お待たせしました! それでは結果発表です」
「全6組の皆様、お手持ちの封筒をご開封ください」
先攻3組、後攻3組がすべてのトラップをクリアした時点で、オリエンテーリング大会は無事終了となった。
司会進行兼第2チェックポイントでのトラップ担当をこなしたファイゼとポールは、目の下に隈をつくってふらふらになりながらも、最後の気力をふりしぼっている。
すでに4時間が経過していたので、参加者控え室に戻ってきた12名とスタッフたちの足首からは、『冥府の縄(β版:Ver.1.04)』はもう外れていた。
「いやあ、これだけ動くとお腹が空くなあ。どうだね、あとで皆でご飯でも」
「賛成です。私、お弁当持ってきたです! いっぱい作ってきましたから、皆さんの分、あるですよ!」
迷走から戻ってきた雄一郎と天衣は、あくまでも屈託がない。
「はいそこ、風組のおふたり! そういうご相談は発表後になさってくださいね」
「開封が終わりましたら私どもの手元へお戻しください――はい、開封結果はこうなりました」
花組:1.アンジェラ賞(悪夢を見せましょう券)2.ハズレ(人生いろいろ)3.【さ】
鳥組:1.弁天賞*優勝(最高級国産松茸)2.参加賞(大栗ひと袋)3.【れ】
風組:1.デューク賞(お好きな幻獣呼び出し券)2.ハズレ(気持ちだけ)3.【か】
月組:1.鯉太郎賞(ボート乗り場無期限パス)2.参加賞(スワンボート無料券)3.【ま】
星組:1.ハナコ賞(ハナコと倒れるまでなぞなぞをしましょう券)2.ハズレ(こんなこともあります)3.【お】
宙(そら)組:1.蛇之助賞(お好みの薬品を作ります券)2.参加賞(動物園入場券)3.【つ】
「ええーっ!」
鳥組に、全員の視線が集中する。
一番驚いたのは、当のふたりであった。
「まあ、良かったじゃないか。松茸がもらえてさ。せいぜいうまい料理作ってもらうんだな」
「……ああ。振り回して悪かった」
(心が通じあってるっ!)
何となく友情が芽生えたかもしれない永遠と真輝に、トオルはちょっと複雑である。
ボート関係の賞品が集まってしまい、月弥は思案顔だ。
最強ペアの呼び声も高かったシュラインとデルフェスは、賞品的にはどうかという結果にも楽しそうに笑う。
祇紀と壬生は真剣な表情で、思いつく限りのなぞなぞを交互に繰り返している。
狙っていた優勝を逃した蘇鼓と奈杖は、こうなったら蛇之助に何を作らせようかと打ち合わせを始め、雄一郎と天衣は、すでに弁当を広げていた。
全員、思い思いの会話を始めたので、ファイゼとポールの声はざわめきの中に消えていく。
「それでは最後に皆様へ。3番目の封筒に入っておりました一文字だけの謎のひらがなを、星→宙→風→鳥→花→月の順番で読んでみてください」
「どうか、今日のイベントが新しい交流のきっかけになりますように!」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1781/佐和・トオル(さわ・とおる)/男/28/ホスト】
【2072/藤井・雄一郎(ふじい・ゆういちろう)/男/48/フラワーショップ店長】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2200/赤星・壬生(あかぼし・みお)/女/17/高校生】
【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2284/西ノ浜・奈杖(にしのはま・なづえ)/男/18/高校生・旅人】
【2299/有働・祇紀(うどう・しき)/男/836/骨董屋店主/剣の付喪神】
【2710/名城・永遠(なしろ・とわ)/男/24/バンドネオン奏者】
【2753/鈴木・天衣(すずき・たかえ)/女/15/高校生】
【3678/舜・蘇鼓(しゅん・すぅこ)/男/999/道端の弾き語り/中国妖怪】
〈ゲストNPC/性別/年齢/職業/所属異界/所有クリエイター〉
【アンジェラ・テラー/無性別/666/裏社会の用心棒/東区三番倉庫街/ミズタニ(IL)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、オリエンテーリングとは名ばかりの二人三脚づくしにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
実は今回のテーマは「意外な組み合わせ」でした。そして、徹底的に波風を立ててみるつもりでもあったのですが、各ペアとも、想像以上にいいコンビだったのはWR的に驚きでした。
(ちなみに開封結果は、厳正なる「あみだくじ」によって決めさせていただきました)
えっと、ペア名の花鳥風月星宙(そら)は何となく、です。3組ごとに、先攻・後攻に分かれての描写になっておりますので、合わせてごらんいただければ、より一層の大混戦ぶりが俯瞰できる……かも知れません。
□■花組:シュラインさま&デルフェスさま
おふたりとも落ち着きのある女性で、どんな場面に遭遇しても対処可能な万能感があります。もしかしたら意外な組み合わせではなかったかも知れませんが、最強ペアの出現はWR冥利でした。
□■鳥組:永遠さま&真輝さま
トワさま、初めまして。恋人と引き離されたトワさまと、身長コンプレックス爆裂の真輝さま。おふたりが同じ年だったのがまったくの偶然とは信じられないくらい、物語的においしいバランスでした。鳥組が台風の目となっていただいたことに感謝いたします。優勝、おめでとうございます!
□■風組:雄一郎さま&天衣さま
おふたりとも、初めまして。まさか素敵な奥様と美しいお嬢さんを二人もお持ちの雄一郎さまにご参加いただけるとは思ってもおりませんでした(笑)。天衣さまはほんわかした雰囲気が何ともいえずキュートで、書くのがとても楽しかったです。「風」にぴったりのおふたりでした。
□■月組:トオルさま&月弥さま
トオルさま、初めまして。最愛の恋人と引き離してしまって申し訳ありません! 雨降って地固まると申しますし、終了後には一層ラブ度が増したことを願っております。月弥さま、フォローお疲れ様でした!
□■星組:祇紀さま&壬生さま
壬生さま、初めまして。いつもお兄様にはお世話になっております。渋い美丈夫でいらっしゃる剣の付喪神、祇紀さまと、熱血ぶりが気持ちよくすがすがしい女子高生の壬生さまは、一見、まったく共通点がないように見えたのですが、筆が進むにつれ、誠実なところが似てるかなあと思った次第です。正統派なおふたりですね。
□■宙(そら)組:蘇鼓さま&奈杖さま
奈杖さま、初めまして。帽子の中からのアイテム出現にしびれました(笑)。蘇鼓さまとペアを組んでいただこうと思ったのは、やはり波風目当てだったのですけれども、結果的に絶妙のコンビになりました。こちらもかなりな強力ペアです!
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