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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


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 平穏のどかな昼下がり。しかしこの編集部は荒れていた。
「三下君、三下君っ!? 何処かしら?」
 珍しく社内内線の鳴りっぱなしな職場には、先ほどからそれをかき消すように告げられる指示や、誰かを探す編集長の声が飛び続けている。
「さんしたくん!! 出てこないと給料減らすわよ!?」
 遂に電話回線を引っこ抜き立ち上がった月刊アトラス編集長碇麗香は、辺りを見渡し丁度目の合った桂に問いかける。
「三下くんですか? 一時間ほど前編集長自ら指示出して取材に出していたじゃないですか。来月のページ合わせだとかで」
 言いながら自分の仕事が終わっているのか、桂は自分に与えられている机に座り、辺りの騒音など気にすることもなくお茶を飲んでいた。
 桂の言葉に麗香はその事実を思い出し小さく舌打ちすると、代わりに桂をジッと見つめ微笑んだ。
「暇、かしら? 暇…よね!?」
「……ごめんなさい」
 一瞬の間の後、小さく呟き立ち上がった桂は、懐中時計を片手に持つと、湯飲みを持ったまま空間に穴を開け消えてしまう。
「ちっ…逃げたわね」
 更に舌打ちを重ね麗香は辺りを見渡した。みんな忙しなく立ち上がっては座り、ペンを走らせては修正液を探す。そんな毎度の締め切り数日前。しかし今回は本来入るはずの大規模な取材記事が急遽キャンセルとなり、その穴埋めが入った分いつもの締め切り前よりも編集部は慌しい。
 しかし麗香はこの編集部を見渡し、パンパンと、甲高く鳴る様手を叩く。その瞬間、編集部全ての人間の目が麗香に集まった。
「時間はとらせないわ! 商品サンプルを使った簡単なコメントが欲しいの。これは埋め合わせページに使うから、減給されたくなければ今すぐ集まりなさい!」
 そして少しの間を置き――…‥

「暇なので麗香さんの顔を見に」
「なんだかタイミング悪く顔出した見たいね……」
「碇さんのお手伝いですか!」
 そうして麗香の前に三人の有志というよりも勇士が歩み出た。
 真っ先に歩み出たのはシオン・レ・ハイ、因みにその手に何か持っている。次に出たのがシュライン・エマ。何だかんだ言いながらも周囲の忙しさを見、手伝おうと名乗り出たようだ。そして最後が葛城・ともえ。麗香の呼びかけに嬉しそうに応え、遅れながらも輪に入る。
「三人……ね。良いかしら、此処に幾つかの商品サンプルがあるの。まぁ化粧品なんかの物と似てるわね。でも中には開発途中の物…要するに試作品も混じってるから、適当に気をつけて使って頂戴」
「あ、あのあたし寮生の身なので、日帰りで終了しないならばご協力できないのですが」
 麗香の言葉にともえが不安げに声にした。
「大丈夫よ、そうね……早ければ夕方には終わるから。各自好きなものを選んで頂戴、最初は私も一緒に説明するわ」

    ■□■

「こんにちは、麗香さん」
「はいはいこんにちは。良いからどれか選びなさい」
 シオンの挨拶に麗香は事務的な言葉を返し、サンプル品のある場所へと引き連れた。テーブルには錠剤やドリンク剤、その横には健康器具のようなものが並んでいる。仕事とは言えよくここまで集めたものだと思う。
「選ぶには選びますが、それよりも麗香さんにお土産を」
「あら、珍しいじゃないの。何かしら?」
 そう、声のトーンが少し明るいものに変わると同時、シオンは先ほどから手に握り続けていた『それ』を差し出す。
「これは、何かしら?」
 シオンの差し出した物に麗香は首を傾げるでもなく、ただそっと声のトーンを落とした。残念がっているものではない……麗香にとってはどうしてこんな物を出してくるのかという意味が込められている。
「河川敷で見つけた人の顔に見える石です」
「……これをどうしろと?」
 笑顔のシオンとは対象に、麗香はそっと俯きその眼鏡を曇らせていく。
「丁度良い大きさに重さ、これは文鎮代わりに出来ますよ? ほら、それによく見るとこの顔可愛くないですか?」
 言いながらシオンはその奇妙な石を麗香に差し出した。
「ストレス解消に人に投げるのもいいですよ。どうですか?」
 そうシオンが言ったところで、麗香はその石をシオンの手の中から取りそっと顔を上げる。
「何なら今この場で投げて差し上げましょうか? っても、そうすると貴重なモニターが一人居なくなるわね……それは止めときましょう」
 寸でのところで何かを堪えた麗香は、一度握ってしまった石を面倒そうにポケットにしまった。そしてずっしりとした重みと冷たい感触が気持ち悪いのか、少しだけ苦笑いを浮かべる。
「で、何を選ぶの? あなたならやはり健康器具かしら」
 言いながら麗香は既にシオンをテーブル横の器具置き場へと向ける。
「ええっと……ではこのぶら下がり健康器で」
 言うと麗香は満足そうに頷き、手元の用紙に何やら書き込んでいた。
 シオンはそんな麗香を横目に、小さく折りたたまれているその器具をひょいと持ち上げると編集部の片隅に置き、早くも楽しそうに組み立て始める。高さが五段階に調整できるタイプのようで、自分の身長に合わせたところで麗香が言った。
「はい、それじゃあ此処に用紙置いていくから。終わったら使い心地とか感想だとか、思ったことを書いて頂戴。良い? 雑誌の記事になるんだからね、真面目にやりなさいよ」
 そう言い麗香はシュラインの元へと歩いていく。その後姿に「頑張りますよ」と大きく返事をし、シオンは改めて目の前に組みあがったそれを見る。数年前一大ブームを巻き起こし誰もがその名前を知っている健康器具。ただぶら下がるだけという、それならば公園の鉄棒でも良いのじゃないかと思う健康法は、それでもこのような室内で出来るという形で今此処にある。
「それでは……」
 シオンは上着を脱ぐと袖を捲くる。そして組み立てていたときから気になってはいたが、何やら横にぶら下がっている説明書らしき冊子を手に取った。しかしこんな器具に付いている説明書など組み立て方法や収納方法、もしくはありきたりな利用法だろうと思い、それを外すとそっと足元へと置く。
「おいしょっと」
 掛け声と同時、両手を真っ直ぐ上に伸ばし少しだけジャンプする形でぶら下がる。その瞬間…‥

 ゴキッ――…‥

 鈍い音が辺りに響き渡った。
「あ"――…‥」
 一瞬シュラインの視線を感じ、その向こうで慌てるともえの姿は確認したが、誰も何も言ってきやしない。大方器具自体が音を立てたと思っているのだろう。しかし事実はそう単純なものではない。
「コレは一体……どこが外れたのでしょうか」
 一人そっと呟いてみる。外れたは外れたでも体の関節、そのどこかが鈍い音を立てた。
「それにどうして手が離れないのでしょう……麗香さーん?」
 語尾で強く麗香を呼ぶ。その声に一旦自分の机に戻っていた麗香が顔を上げた。そして口の端だけを僅かに上げ小さく笑う。
「……天罰ですか?」
 そう、つい先ほどの石のことをぼんやりと思い出す。しかしその声は麗香に届くことはなく、彼女は俯くと何やら書類をひっくり返し電話回線を繋ぎ直していた。
 仕方が無いので暫くその状態でいることにした。元はといえばぶら下がっているだけが目的の器具だ。大げさに言ってそれが自然の摂理だと思うことにした。
 しかしそう思った矢先、目の前に何やら不思議な光景を見つけ思わず凝視と同時声に出す。
「あれは幽霊、でしょうか?」
 シオンが見た先の光景、そこにはともえが二人。正確には一人は床にうつ伏せの状態で寝ている彼女、もう一人はその体から抜け出ている透明な彼女。ふわふわと安定感がなく、挙句後ろが透けて見える。
 シオンは手が離せない代わりに顎を何度か上に上げた。取りあえず声の届く場所に来て欲しいと願い。
 すると目の合った彼女は素直に歩いて来た。
「どう、したんですか?」
 その言い方と視線が何やら自分に向けられている気もしたが、シオンはそっと彼女に問う。
「どうしたもこうしたも……落ち着いて自分の体見てください。透けてますよ?」
 そういうと、彼女は意味が理解できなかったのか、やや躊躇った後恐る恐る掌を見た。
「何……これ!?」
 同時に彼女は今まで居た場所を振り返り自分の本体を見つける。
「これは、説明書必読かもしれませんね」
 シオンがそっと苦笑すると、ともえも苦笑いを浮かべ言う。
「そう、ですね……取りあえずあたし説明書探してきます!」
 そして踵を返すとふわふわと自分の体のほうへと戻っていく。恐らくサンプル品の置いてあったテーブルの上にでもあるのかもしれない。しかし彼女が自分の元から去って気が付いた。
「……それよりも私の説明書見てもらった方がよかったかもしれませんね」
 ぼんやり呟くが後の祭り。再び彼女が戻ってくるのを待つか、他の人になんとかしてもらおうと思考を働かす。
「シュラインさーん、どうにかしてくれませんか?」
「ちょっと待って……ください」
 そう、彼女は背を向けたまま曖昧な返事を返してきた。そしてそのまま動きは無い。
「皆さん自分のことで手一杯ですか」
 そしてゆっくり項垂れる。
 どれ程そうしていただろうか……ポンポンと、肩を叩かれる感触に目を開けた。
「どうしたんですか?」
 見るとそこには、先ほど見たのと同じ姿のともえが居る。しかし何処かすっきりした表情をしているので、説明書を読み何か判ったのだろう。
「あぁ、良いところに! そこに説明書が落ちているので読んでいただけないでしょうか? 出来れば困ったときのQ&Aか根本的利用法を」
「はい? あ、これですね」
 返事と同時、足元の説明書を取るためともえはしゃがみ、同時にその動きが止まる。
「これ、ぶら下がり健康器ですよね?」
「ええ、そのはずです」
 即答するが、今のところただのぶら下がり健康器でないことは確かだ。しかしそれきり返答の無いともえに、シオンは不安になりそっと問う。
「どうしました?」
「あ、なんでもないです。説明書ですよね」
 しかしその声と同時、ともえが説明書を持った手を上に上げた瞬間カチッ…‥と、明らかに何かのスイッチが入った音。
「え゛……」
 そしてそれは、シオンの意思とは関係なく唐突に始まった。
 周りだす握り手部分。もとより手が離れないので必然的にその動きに体が引っ張られる。
「わー、凄いですね!!」
 ゆっくりと回りだす姿を見てともえが喚起の声を上げていた。しかしそんな彼女は同時に何かに気づき浮遊する。
「……こんなところにもボタンが」
 小さく呟いた台詞は勿論シオンにも届いた。しかしそれを止める間も無く、又カチッと音が響くと同時、握り手部分の回転速度が明らかに加速した。
 流石にともえも異変に気づいたようで、もう一度同じボタンを押すとますます速度は増していく。そして説明書があることを思いだし、ページを一気に捲ると途中を読み上げていく。
「えぇっと『大車輪開始後の速度調整につい……』……っあれ?」
「どーしたんでーすかー?」
 その時、ぐるぐるとありえない回転を掛けられているシオンもともえの異変に気づいた。ともえの体がより一層透明へと近づいているのだ。そしてともえは時計に目をむけ苦笑した。
「私そろそろ本体に戻らなければいけない時間のようです。すみません! 又後で……」
「……っ!?」
 もはや声は届かない。止まらない回転、回り続ける視界。そして

 バキッ――…‥

 その音も突然に。

    □■□

「思い返せば……色々な事が、ありました」
 思い出が走馬灯のように蘇る。全てが思い出されるには、あまりにも多くのことをしてきたものだから時間はきっと足りないのだろうけど……きっとそれなりに充実した人生を歩んできたのだと今思う。
 今シオンの周りにはぶら下がり健康器が無残な姿となり散乱している。全ては音の後。ぶら下がり健康器のパーツは一斉に外れ、勿論一緒にシオンの手も離れた。その解放は嬉しいのだが、回転のついた体はそのまま前方、白い壁へ。目の前で星が飛び、軽く意識を失ったその靄の中で聞く一人の声。
「――っと!? 大丈夫?」
「あぁ、麗香さんの声が聞こえます…最期があなたの声ならば我が人生に悔い無し。ただ……」
 言いながらそっと目を開けた。蛍光灯のまぶしい明かりに目を細め、予想よりも遥か遠くに麗香の姿を見つける。
「ただ?」
 遠いせいか彼女の表情はよく見えない。ただ、少しばかり微笑んでいる気がした。シオンにはそれが女神のように見えている。
「最期に麗香さんに膝枕をしていただきたいです。それだけでもう悔いはありま…‥」
 言い終わるや否や、ふわりと暖かな感触。否、麗香が隣に歩み寄りしゃがみ込んだだけなのだが、香水の香りが鼻を刺激し良い気持ちだった。そして彼女は首を横に振ると言う。
「お疲れ様。もうあなたの使命は終わったわ。コメントを貰うことは出来そうに無いけれど構わない、安らかにお眠りなさい」
「麗香さ――…‥」
「これがあなたの墓石よ。私の一番の宝物なの、化けて出ないで頂戴ね。それはそれで記事にはなるけれど、顔見知りの記事を書くのはあまり好かないのよ」
 笑顔の言葉が突き刺さる。胸の上にそっと置かれた、顔に見える石。こんな使い方があるだなんて思いつきもせず、シオンは目を閉じる。
「膝枕……麗香さんの膝――」
「……しょうがないわね」
 嫌々そうにも今確かに麗香の声でそれは了承された。と同時に上半身が起こされる。
 胸が高鳴った。本当に死んでも良いと思える瞬間かもしれない。
「どう?」
 声と同時に膝らしき場所に頭を置かれる。
「なんだか……いえ、とても気持ち良いです」
 やたらに硬い気がしたが、それは女性に対して失礼だと口を紡ぐ。しかし次に麗香から来た台詞はあまりにも淡々とした口調だった。
「それじゃ私仕事に戻るわ。今シュラインが記事まとめてくれてるみたいだからね」
「あ、では頭を」
 一瞬だけでもそれは確かに幸せな一時。しかしその言葉に麗香は予想外の返答をする。
「そのままで良いわよ」
 そして確かに去っていく麗香の気配。
 恐ろしさに目が開けられなかった。今この頭の下には何があるのだろうか? 少なくとも温もりがあり、時折動くという点では生物だと思われる。それともまた訳のわからない器具があるのだろうか?
 しかし恐ろしさに目を開くことは出来ず、その状態はそれから一時間続いた――…‥

    □■□

「今日は有難う。お陰で助かったわ。もっとも……いえ、なんでもないわ」
 そう何かを言いかけ止めた麗香の冷たい視線が心なしかシオンに向くが、すぐさま全員を見渡すように見ると続けて言う。
「お礼なのだけど、掲載号はそれぞれ郵送か取りに来てもらうとして、それぞれ最初に選んだサンプル品を持って帰って良いわよ。寧ろ持って帰りなさい」
「麗香さん、それは私も含まれるのかしら?」
 そう、サンプルを選んだものの利用までに至らなかったシュラインが問う。そして内服薬を選んだともえに、サンプル品が形として存在しないシオンも続く。
「碇さん、私の場合まさかあれと同じ物全部ですか?」
「私のはバラバラ……」
「問答無用、私から愛のこもったお礼よ。持ち帰りなさい」
 言うと麗香はディスクと書類を持ち椅子から立つ。
「それじゃあ、今日は有難う。あ、因みに持ち帰らないなら後日着払いで発送するからね」
 そして麗香は退室、残った三人は渋々それぞれを持ち帰ることになった――…‥挙句

「こ、れは一体……」
 掲載予定号発行を過ぎても送られてこない本。その日シオンは通りがかった本屋で見つけた月刊アトラスの掲載予定ページをぱらりと開き呟いていた。
 そこにはあのサンプル品のことなど欠片も載っておらず、緊急特集と題され『噂の幽霊スポット その真相』と言う特集が急遽組まれていた。それは本来掲載不能となったはずの記事。どう言うことかと編集部に連絡をしたが、声を発すると同時切られた。
 シオンはまだ少しばかり傷む関節を撫で項垂れる。
「れ、……麗香さん!?」
 秋だと言うのに生暖かい昼のことだった――…‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α]
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [4170/ 葛城・ともえ /女性/16歳/高校生]
(発注順及びサンプル選びの順番)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新人ライター李月です。この度はご参加有難うございました!
 実は二作連続でコメディ調で来ましたが、今回はやたらまとまりがなくすみません。
 それでもサンプル選びからはそれぞれの視点で、しかし他の方々と時間は確かに交じり合った展開となっております。
 最後の部分は個別、結末もそれぞれ変化がありますので、お時間がありましたら他のも合わせてお読みいただければと思います。
 次回からは本来やりたかったシリアス路線に突入いたしますので、御興味がありましたよろしくお願いします。
 余談ですがモニターコメントはこの次の号に訳あって無事掲載されました。真相はある方の結末の結果――…‥

【シオン・レ・ハイさま】
 前回に続きご参加、有難うございました!
 麗香さんの風当たりは最初から最後まで冷たかったですが……大丈夫だったでしょうか?
 膝枕の真相は別の所で明らかになっていますが、パッと思い浮かんだのがきっと正解です。
 進化したぶら下がり健康器は接続部分が外れただけなので、お持ち帰り後また組み立てられます。
 よろしければ丈夫な体を作ってください……。

 それでは又のご縁がありましたら…‥。
 李月蒼