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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


殺人者に死は訪れぬ
 Ver.理性の条件

■オープニング

 以下、ある日の『ゴーストネットOFF』にあった書き込み。

 件名:件の連続殺人について
 投稿者:常緑樹

 最近新宿界隈で起きている連続殺人の話は知っているか?
 妙な惨殺事件だな。
 被害者は無差別。滅茶苦茶に斬りつけられての失血と打撲のショックで、襲われた奴ァひとり残らず死んでる。
 だが信用に足る目撃者はやたら居るんだな。
 どうもその犯人は――標的とその連れ…つか至近距離に居た連中以外は殆ど無視するみたいでね。
 で、目撃情報を元に一課や所轄も動いてやがるが…ありゃあちょいとばっかり管轄が違うってのが俺の見解だ。
 あれは真っ当な警察組織で手が出せるモンじゃねえ。…ま、真っ当じゃなけりゃ知らねえが。
 地元ヤクザどころか…中国系の連中だってそっちは無視してやがるくらいだしな。
 さすがにあれだけ派手に暴れりゃ、黒社会だって普通は放っときゃしねえだろうによ。
 で、肝心の皆さんの生活を守る警察はっつや、神経質にぴりぴり張り詰めてやがる。
 …平和に騒いでるのは無責任なマスコミの連中だけだ。

 どうしてそんな事になっているのか、理由を教えてやろうか?
 犯人は、犯人じゃねえからだ。

 実は一度俺も見た。
 決定的な場面をな。
 その時は女だった。
 若いOLってところか。
 だがな。
 どう考えてもおかしかったな。
 気配が異様過ぎるんだ。
 その上にな。

 …日本刀振り回してやがったよ。

 それだけなら別におかしかァねえ。ちゃんと取り扱えるように訓練してりゃ出来るって事くらいはわかる。そもそも時代遡りゃ女だろうがガキだろうが手前の命守る為に段平振り回さざるを得ねえような時代だってあった訳だしな。
 日本の法律で駄目だろうって?
 んな事言ったって裏じゃ適当に出回ってるだろ? 最近は。
 青龍刀とか『そっち』の意味じゃなくてもよ。
 ほら、近頃の東京ってのァ、真っ当な筋だけじゃどうしようもねえ事も起き始めてるからな。
 …ここを見てるような連中は御馴染みのこったろうが。
 ってまぁ…とにかく、日本刀が出てくるってだけなら、特に驚く事でも無えんだ。
 そもそも資格さえ持ってりゃ法の下で持つ事だって出来る訳だしな。…ま、易々振り回す訳にも行かねえが。

 ただな。

 …俺の見たありゃあ、どう見ても剣の道にもド素人の姉ちゃんだった。

 不釣合い極まりなかったな。
 別に真っ当に剣の道に居なくたって、実際振るってりゃ、『ソイツが使ってる得物だ』って印象はある筈だろ? そもそも単純な技術だけの話なら、剣術やら何やらって細けぇ流派は『刀を適確に使う為の独自の方法を教えてる』に過ぎねえようなもんだ。流派なんぞ見えなくても真っ当に使ってる奴ァ幾らでもいる。

 でもそれとも違ってやがったんだよ。

 闇雲に棒振り回して叩いてるってのが正しかったかも知れねえな。斬るっつぅよりも。
 …ほら、イカレたガキが角材振り回して暴れてるような感じとでも言やあ良いのか? そんなんだ。
 乱暴なだけなんだよ。
 力任せで滅多打ちにしてやがった。
 被害者は死んでたな。
 後でニュースで見たさ。ま、この目で直に見た時点でありゃ死ぬなとは思っていたが。

 …助けようとは思わなかったのかって?
 申し訳無いが俺が出ても余分な死体がひとつ増えるだけだってなァすぐ判断付いたんでな。
 警察に連絡したって大して変わりゃしねえ。
 …更に死体が増えるだけでよ。
 だったら『どう見ても正気じゃねえ』犯人の背負う罪を少しくらいは軽くしてやるべきか、と思ったのさ。

 ちなみに承知の通りかと思うが。
 この一連の殺人、警察やマスコミの方じゃ、連続と見るべきかどうか困ってるところもあるんだな。
 目撃証言が違い過ぎるんでね。
 犯人がガタイの良い大男と言われる時もありゃ、ジジイ、女、リーマン、ガキ…滅茶苦茶だ。

 ただひとつ共通しているのが、血刀片手にぶら下げてる、って事くらいだ。

 こう書きゃァ予想は付くだろ。
 いったい『何が』本当の犯人か。
 俺が当然のように連続殺人だと書いたのはそれが理由だ。

 せめてここを見てる連中くらいは…標的にならねえよう、殺されないように気ィ付けろや?
 俺ァその為にここで書いてんだ。
 異様な気配を感じたら、そっちに目ェ向けんな。刀持ってると見たら目ェ合わせんな。…極力近付くな。極力離れろ。目立たねェように静かにゆっくり逃げろ。それが一番安全だ。

 ココが巨大掲示板だって利点、見せてくれや。

 …以上



「…気ィ付けろ、っつっても誰かわざわざ首突っ込むだろうがね」
 まぁ、それが目的なんだがな。
 紙煙草を銜えたまま男はぼそりと呟く。
 画面に向け呟いたその人物は、某ネットカフェの…PCの前からおもむろに席を立ち、ひとり、歩き去った。


■追跡

「いったい、なぁにがあるってんだか…ねぇ」
 頬杖を突いてのほほん、と画面に見入っていたのはひとりの青年。背の中程までの金――と言うよりその実狐色と言った方が正しかったりする――髪はひとつに束ねられ、冷たくも見える整った顔立ちに眼鏡を掛けている。
 ところは某ネットカフェ。この彼が気に留めたのは画面の中――たまたま訪れたゴーストネットOFFにあった書き込み。新宿界隈で起きていると言う日本刀を用いた物騒な連続殺人事件について長々と書いてあるもの。書き込みをそのまま信じるならば書き込みの主は一応事件の目撃者になるんだろうが、この書き方では殺している人間では無く凶器の刀の方が問題だと断定しているようなもの。…まぁ、だからこそ書き込み場所がゴーストネットOFFなのだろうが。それにしても、どうも思わせ振りでもある――わざと煽るような言い方をしているようにも感じられる。…こりゃ、ここ見てるような奴を頼る気で元々書いてるな?
 青年――朔夜・ラインフォードは改めて画面を見直し、手許の紅茶をちびりと飲む。
 件の連続殺人について、か。
 …これ、ちょっと探ってみようかな?
 胡散臭くて面白そうだし。
 カキコした奴の思惑に乗ってみてもイイかも。
 気まぐれに思い、朔夜はちびりと飲み始めたそのまま、紅茶のカップを干す事に決める。
 …飲み終わったら早速行くか。

 少々珍しい耳飾り。
 広げられた片翼を思わせる――けれど控え目でもあるその耳飾りを付けた、銀灰色の髪の青年が某ネットカフェに居る。何か特別に興味や用事があるようでもなく、暇潰しのような感じで画面を見ていた彼は――ゴーストネットOFFと言う巨大掲示板でとあるひとつの書き込みを見付けて初めて、何らかの興味が湧いたような目をしていた。新宿界隈で起きていると言う日本刀を用いた連続殺人事件について、世間一般で公表されているニュースとは少し別の視点で長々と書いてある。
 それは、事件の目撃者――と思われる人物――による、その用いられた日本刀がまるで妖刀――自分の『お仲間』らしいと断言しているに等しい書き込み。
 …今の世で解放されている妖刀なんて、そう簡単に見掛ける物でも無い。
 青年――神納水晶が興味を抱いたのはその部分。この書き込みには何かくだらない思惑があるようにも見えるが、水晶にしてみれば、もしこの書き込みにある事が本当なら――この『刀』に会ってみたい。
 ただそれだけの興味が湧いた。
「…場所は新宿界隈か――んじゃ、行ってみっか」
 ぼそりとひとり呟くと、水晶はPC前の席を立つ。

 …その時。
 青の瞳と黒の瞳が偶然かち合う。ふたつのPCを挟んで相向かいに当たる席に居た朔夜・ラインフォードと神納水晶。椅子から立ち上がったのはほぼ同時。目が合った事についてはお互い何事かと思いつつも、朔夜は相向かいに居た男――水晶の立ち上がる前の呟きを隙無く耳に留めている。「場所は新宿界隈か」。それだけならまぁ、当て嵌まる事の可能性は多数あるだろうが、今の新宿は特別物騒とも言える。更にはPC画面を見てから思い立ったようなその科白。朔夜は目が合ったそこで、目の前のPCを水晶に指し示した。
「突然ですがひょっとして今ゴーストネットOFF見てました?」
「………………お前も、って事?」
「ええ。ちょっと興味が湧きましてね。俺も首突っ込んで見ようかと思ったところで」
「へぇ?」
「よかったら一緒に行きません?」
「俺と?」
「いや、ホラ、旅は道連れ世は情けって言うじゃないですか。同じネットカフェでしかも相向かいの席に座ってて同じ事に気を留めていた――それに気付けて兄さんと今お話が出来た、ってこの偶然も面白いですしね? …ま、無理にとは言いませんケド」
 俺は朔夜・ラインフォードってモンです。
 人当たり良くにこりと微笑み、名乗る朔夜。
 水晶はそんな朔夜の本心は何処にあるのか見透かそうとするように、何処か面白そうな色を瞳に浮かべている。
「…俺は刀に会いたいだけだけど?」
「俺も似たよーなもんですよ? ただ、腕っ節の方にはあんまり自信がないんで万が一を考えるとひとりで行くのはちょっと怖いかなぁ? とか。…おにーさんの方はそんな事ないでしょ?」
 へらっ、とやや情けないような事を言って見せつつも、朔夜は油断無く水晶を放さない。
「…神納ってんだ」
「おにーさん、神納さんって言うんですか。んじゃ改めて神納さん、一緒に行きましょーよって、ね?」
「…そんなに言うなら構わねーけど。お前は…朔夜、っつったっけ?」
「その通り。んじゃ、お互いの名前もわかったところで、どうぞヨロシクお願いします」
 と、早々に纏める朔夜。
 …目が合う前の呟きと立ち上がり方から見える自信ありげな態度はちょっと逃がせない。緊急事態に頼れそうな相手なら、取り敢えず味方にしといて損は無し。ま、最悪大した事無い腕の奴だったとしてもその時はヤバくなったら囮にして逃げればいいし。
 朔夜の思惑は結局それで。
 …別に俺の邪魔しそうな奴――っつーか出来そうな奴でもないし、話す事も別に鬱陶しく無いし一緒に居て特に嫌な奴でもない。…どーでもいーや。
 水晶の思惑も結局そんなもの。
 そしてお互い、薄々ながらもそれを承知の上、だったりする。

 ………………同ネットカフェ、ほぼ同刻、別の一角。
「ふぅん…物騒な事件が多いねぇ」
 PC画面を見ながらのほほんと呟いていたのはスーツの似合う営業マン風の男性。黒縁眼鏡がトレードマークになっていそうな人物でもあり、何処かクラーク・ケント似――なのかどうかいまいち謎だがそうしておいて下さい――な人物でもある彼は、倉田堅人、とこれまた計ったような名前を持っている。
「…ま、それはともかく、今日も定時でさっさと帰ろうっと」
 もうすぐ定時になるから会社に顔出してタイムカード通して。ふふふ、パパすぐ帰るから待っててね〜☆
 などと、心底嬉しそうに堅人はいそいそと荷物を纏め出している。
 が。
 途中で荷物を纏めるその手がぴたりと止まり、代わりに止まったその手で黒縁眼鏡がすらりと当然のように外された。
『――などと言っている場合では無いぞ、堅人よ』
 これは何がしかの妖刀の類に相違あるまい。よかろう、拙者が一肌脱ごうではないか!
 ばん、とテーブルに手を突き、堅人は――否、彼の中に心理遺伝によって受け継がれ同居している彼の祖先――安土桃山時代に信長に仕えた武将・倉田辰之真――は、力強く宣言する。
(そ、そんな、また勝手に…!)
 そして隅に追い遣られた主人格の筈の堅人は儚い抵抗を試みるが、全然効果無し。
『まずはその新宿とやらに出掛けて見聞でござる』
 堅人よ、おぬし、案内を務めてくれるな?
(って、あ、あの私は家に帰…)
 と、堅人は言い掛けるが辰之真のその気迫に抵抗の語尾が消え。
 結局、問答無用で身体の主導権を握ったまま、いざ! とばかりに辰之真は鞄も何も置いてその場を歩き去る。
 …途端。
 たった今まで彼――と言うか堅人の方が使用していたPCから唐突にぼんっと破裂音がし細く煙が立ち上っていた。が、その時既に堅人――では無く辰之真の方はその場に居ない。…サムライは思い立ったら足が速かった。
 が、残されたPCには何も変わりは無く。少しの時間差を置き、いったい何事が起きたのかとネットカフェ内に居る人間の視線が煙を噴いたPCに集中している。
 その時、やや離れた場所だったとは言え…まだ店内に居た朔夜と水晶も例外では無かった。
「…なんだありゃ」
「…さっきあそこのPCって営業マンみたいなスーツのおっさんが使ってなかったっけ?」
「ああ、どっかでみたよーな顔の」
 言って、朔夜と水晶は思わず顔を見合わせる。
 が。
「…ま、いいや、それより調査行こーぜ?」
「そーですね。俺たちにゃ関係無いし」
 あっさりと無視し、朔夜と水晶は何事も無かったかのように店を後にした。



 そろそろ日も落ちる時間帯、犯罪にはお誂え向きだろうが件の殺人事件が起きた具体的な時間はバラバラ。この件に関しては別に夜だから昼だからと言う区別は特に無いらしい。場所もこの辺り――と言うだけで、実は具体的に見付けた現場は先程聞き込んだ近場の三つ程度。更に新聞やら雑誌やら配信ニュースやらで確認したところ、ちょうどこの二日の間には事件が一回も起きていない。曰く、今までの状況では事件と事件の間の空白は最大二日のようなので、もし万が一、過去の最新事件になる二日前の時点で何らかの理由で事件が終結していない限りは――そろそろ新しい事件が起きてもおかしくない時期である。同様に考えているのか、何処かぴりぴりした様子の警察らしき人間をよく見掛けるのは気のせいではないだろう。同時に、パトランプを点灯・回転させた状態でパトカーがうろうろしているのもよく見掛ける。…そう言えば戒厳令だとかも言ってたっけ。でもその割には交通機関がばっちり動いてるから外の人間は特に問題無く入って来れるんだよね。事件を知ってても知らなくても。…それに、新宿の人って色んな意味で強かみたいだから地元の人でもひょっとするとあんまり気にしてないし。
 …そんな風に考えつつ、朔夜・ラインフォードは神納水晶と連れ立ってのほほんと道を歩いている。その視線は通りすがりの人の波。波と言えるだけ普通に人は居る。ただ、少し警察が多いかなー、と言う程度でそれ以上の違和感はあまりない。結果、朔夜の行動はおねえさま方を物色しているナンパ師にでも見えるのは気のせいか。
「…お前、本当に刀探してるか?」
 ぼそ、と訝しげに朔夜に振る水晶。
「え? そりゃ勿論♪」
 にこり、と誤魔化し笑いつつ、朔夜。
 その態度に水晶ははぁ、と溜息を吐く。
「…失敗したかな」
 お前と一緒に行動して構わない、って言ったの。
「場所が場所ですから、ナンパ師の振りして歩いてた方が、目立たないと思いません?」
 さらりと朔夜。
「折角神納さんもキレーな顔してる訳ですし、女の子物色してる二人組の男、って方がこの辺りではまだ普通に歩いてそうだと思いますけど。…普通装ってた方が件の刀にも遭遇し易そうかなーって」
「…言われて見りゃ一理あるとは思うけどよ…。お前ホントにそこまで考えてたか?」
 今思い付きで言ったんじゃねーのか?
「さあ? どーでしょー?」
 と、曲りなりとも物騒な事件を追っているとは到底思えない軽さで朔夜は水晶に受け答え。



 スーツを着た貫禄ある男が華やかな街を歩いている。日は落ちても暗くはならない不夜城都市。少々場に不似合いなくらいの威厳を備えた彼は隙の無い足取りでずんずんと道を歩いていた。そのさりげない所作にさえ何処と無く違和感があるのは、やはりその人格が現代の人間のものではないから身体の使い方も違うのか。
 倉田堅人――と言うか辰之真は渋々ながらの堅人の案内で新宿の駅に降り立った。…広い。まずそこで迷い掛けるが慌てて堅人がコントロール、事件が起きているらしい方面こと東口に辿り付く。
 そして辰之真曰く。
 …問題は下手人がその刀に操られ人を殺めた後。毎度人が変わっているなら何処で刀の持ち主が交代しているのか――でござる。人を操ると言う事は、逆に言えば件の刀は刀のみでは何も無し得ぬと見た。
 ならば、早々に取り上げねばのう。なぁ堅人?
『この時代、刀など持ち歩けば目立つもの――刀や、とにかく長いものを持って歩いている人間を見なかったか聞いて歩いてみようぞ!』
 と、思い立ったのはいいものの。
 何やらサムライ口調のスーツマンに、人々の反応は…。
「やだオニイサン、ステキな口調☆」
 …それより話を聞いてくれ。
「え? ギター持ってる人なら見掛けたけど」
 …それは多分に関係無い。
「さっき学校帰りと思しき学生さんの集団が一様に長い物入った袋を肩に掛けてましたが」
 …それは恐らく刀のような物だったとしても竹刀で、剣道部の皆さんか何かでは。
「サンドイッチマンが巨大なプラカード掲げて…」
 …それは『長い物』である事は確かだが絶対関係無い。
「長い物持ってる人? …そう言やさっき日本刀持った身軽そうな和服の女が」
 ………………それで何故気にしない一般市民。
 一旦、さらりとその話を聞き流し掛けたがその実思い切りピンポイントな事を言われた事に遅れて気付き、辰之真はなぬっ!? と大声で振り返る。
 いったい何処で見掛けた、と大声で詰め寄ると、ややぎょっとしながらもその相手は答えてくれる。曰く、先程某大型書店から出てきたところでの事だとか。
「…や、凄え自然だったからさ。立ち居振舞いも堂々としてたし…」
 颯爽と歩く姿が妙ーにサマになっててさー、ドラマのロケか何かかなーって。
 あっさりと告げる相手に、辰之真は神妙な顔で場所を再確認。世話になった! と豪快に言い放ち、辰之真はその和服の女を見掛けたと言う場所へと向かう――堅人に訊き、向かい掛ける。
 が。
(ちょ、ちょっと待った辰之真クン)
 その堅人からストップが掛かった。
『む?』
(…えーと確か、あの書き込みには犯人は『気配が異様だ』とかってあったよね? となると、立ち居振舞いが自然だったって言うその女の子は事件を起こしてる当の人物じゃなくって、ひょっとして辰之真クンと同じで刀を探してるのかも)
『うむ…在り得るかも知れぬな』
 さりとて、事を起こす前に妖刀が如何なる状態にあるのかはわからぬ以上、疑わしき事に変わりはない。またおぬしの言う通りであったとしても、斯様な辻斬り(?)騒動をか弱き娘御に任せておくなどと武士の名折れ。早々に参るぞ!
 と、結局人の波を駆け抜けて行くスーツ姿のサムライ一匹。
 日本刀を持った身軽そうな和服の女――とやらの情報だけを頼りに。



「…居た」
 人の波が幾らか途切れたそこで、ぼそ、と呟く水晶。その声で朔夜も水晶の視線の先を確認、見ている方へそれとなく意識を向ける。目を合わせるな、と書き込みにあった事も思い出し、あくまで慎重に行動。
 場所はそれ程広くないが狭くもない路地。真っ赤な棒――血刀を片手にぶら下げた、服装や髪型を見る限りはただ遊びに来ていただけのような女が居る。ゆらゆらと歩いている。足取りが何処かおかしい。が、この辺りは酔っ払いが居たり一歩間違うとクスリでトんでいる人も時々居たりするので、周囲の人もあまり関り合いになるまいと言うだけで済んでいる気配もある。ぶら下げている刀の方も、最早血で深く染まってしまっている為か、一目見た程度ではいまいち正体不明の赤黒い平べったい棒でしかない。…その姿、すぐさま刀を用いた連続殺人事件とは繋がり難い。それは、その姿を見る者が警戒していたならば――すぐに繋がるだろうが。
「どうする?」
「…取り敢えず『知り合い』じゃ無さそーだ」
「?」
 そんな科白を返された朔夜は思わず水晶の顔を見る。と、水晶は、す、と何も言わぬままで一歩前に出た。血刀の女はこちらを見ていない。衒い無く近付いて行く水晶に、おいおい、と思うが朔夜も特に呼び止める事はしない。
 水晶の足が止まる。止まったその位置――女が血刀を振るうなら、もう届く位置。
 ふ、と気付いたように女が振り向く。
 見計らったように水晶の声が飛んだ。
『――汝が件の妖刀か?』
 今までよりも硬い声。
 女から答えは返らない。
『何を求めて人を屠る? …この場は狩りには都合が良いか?』
 返るのは低く唸るような声のみで。
 ただ、襲っては――来ない。
 少し意外そうに朔夜はその様子を見ている。
 と、その時。
『待てぇぇえええいィッ!!!』
 雄叫びと共にこちらに突進して来るスーツマンがひとり。何事かと周囲から視線を浴びるが、そのスーツマンが通りすがりの店の前にある看板の縁を無造作に掴むなり、悲鳴が混じる。何故なら――スーツマンが掴んだそこから、看板はめきめきと形を変え、粘土細工のように簡単に刀一振りになってしまった。スーツマンは当然のように造り出したその刀を構えると、改めて血刀を持つ女とその前に立つ水晶のところまで突進する。そして何をするかと思うと――水晶を庇うようにその前に出た。
『若者よ、この場は拙者に任せて隠れておれ! この妖刀は拙者が相手になろうぞっ!』
『…』
 乱入者を見、難しい顔をして水晶は黙り込んだかと思うと、本性から普段の顔にリセット。
「…えーと、おっさん、何?」
 取り敢えず訊くが、答えは返らない。そんな間もなくスーツマンなおっさん――堅人こと辰之真は看板の縁から造り出した一振りの刀を握り、血刀を持つ女へと改めて突進していた。がきん、と重い音が連続する。鎬が打ち合われる音か。
 そして結局取り残される形になった水晶は、はぁ、と溜息を吐きつつ振り返り、元の連れ――朔夜を探す。
 今度は、辰之真の方で血刀の女も手一杯と見たのか、朔夜の方もひらひらと手を振りつつ出て来た。
「何だかよくわからないけど出番が取られちゃったみたいっすね?」
「…話が通じたのか通じないのか結局よくわかんねー…取り敢えずいきなり襲っちゃ来なかったけどな。つーとこの刀は『お仲間』はまぁわかるって事か? …にしてもあのおっさんは何なんだ。正義の人か」
「取り敢えずサムライなのでは? 拙者とか言ってたし刀造って?振り回してるし」
「…暑苦しい」
 水晶は、はぁ、と疲れたように溜息。
「何にしろ、どーも刀を叩き落そうと狙ってるっぽいですね。神納さんの言う通り正義の人かも」
「…変だな」
 あの刀とあの女。
「何がです?」
「…憑いた人間の能力しか使えないんだと思ったんだが。それにしては…」
「上手いと?」
「…ああ。あのおっさんの体捌きは――それなりの使い手に見えるからな。なのに、妖刀の方は…圧されてるにしろ『それ』を何とか受け切れてるし…致命的なダメージも受けてない」
 そんな風に分析している間にも、血刀の女と辰之真の攻防は続く。辰之真もその昔は修羅場を潜り抜けた武将。とは言え、相手は妖気に憑かれて正気を無くしている上にこちらを殺す気で来ている。反面、自分は殺さず、刀だけを叩き落そうと考えている。殺意の有無。それは実力以上に物を言う要素でもあり。
「あ、やば」
 妖気に圧されたか辰之真の体勢が俄かに崩れた。見ていた朔夜は反射的に血刀の女の目の前を狙って、ぽ、ぽっ、と小さな火を放つ。と、驚いたのか何なのかその動きが一瞬止まった。すかさず、そこを狙って辰之真が女の手首を狙い、渾身の一撃を放つ――が、思い切り弾かれ体勢は崩れたが、女の手から血刀が離れる事はなかった。取り敢えず辰之真の方は危機から脱したようだが。
 そこまで見届けて、ふむ、と水晶が隣の朔夜を見上げる。
「今のお前?」
 火。
「さぁ?」
 にこりと朔夜。
「人外?」
 お前も。
「それはひじょーに答え難いんすよね」
 困ったように苦笑しつつ、朔夜。…強いて言うなら半分人外。
「ま、当たらずとも遠からずってトコか。…薄々気付いてるだろーが、さっき『奴』に『お仲間』って言った通り俺も実は刀だったりする」
「それも妖刀?」
「どーだろーな? まぁ…こうやってられるだけの力がある刀って事は確かだけど?」
 と、自分自身を指す水晶。
「それは無難な答えですねー。…ところであの人、何処かで見たと思ったらさっきのネットカフェでPC壊して逃げた人みたいじゃないすか?」
 スーツのおっさん。
「あ、そういや。…へー、あの時のあの人ってこーゆー人だったんだ」
 のほほんと頷き合う水晶と朔夜。
 と、そこに。
 風を切るようにして白い弾丸が現れた。よく見れば白バイらしくタンク部分に警視庁と書いてある。すぐそこで止められ、ひらりと飛び降りたのは特撮のヒーローの如き何処か昆虫めいた異装の人物――特殊強化服「FZ−00」を纏った超常現象対策本部の刑事、葉月政人。彼は血刀の女と辰之真が打ち合っているのを確認し、声を張り上げた。
「そこまでです!」
『ぬ?』
「…」
「これ以上の凶行はさせません! 大人しく投降なさい!」
『警察の者かッ!』
 声の主の姿も見ないまま叫ぶように告げ、辰之真は一足飛びに退いた。が、そのまま退くでも無く血刀の女に向け油断無く切っ先を構えたままでいる。心を残せば相手もまだこちらを向いている。他へは行くまい。
『こやつは刀を落とさねば終わらぬ! おぬしのその頑強な鎧、戦える者と見たが!』
「貴方は!?」
『拙者は倉田辰之真! こやつの凶行を止めに参った者でござる!』
「そうでしたか、御協力有難う御座います! 後は僕が!」
 と、政人が言う間にも、血刀の女は辰之真に向け疾っている。説得は効かない。それを確認して、政人は実力行使で捕らえる事に切り換えた。
 そこで漸く、刀を思い切り弾くと、譲るように辰之真も退いた。それがわかったのか、血刀の女も辰之真とは逆に近付いて来た政人の方に攻撃対象を切り換える。力強く踏み込まれるピンヒール、政人は――避けようともしなかった。が、その意図に血刀の女が気付ける筈もない。油断召されるなと辰之真が叫ぶが、政人はそのまま。振り被られる血刀、女は突進する勢いのまま――政人の胸に向け、血刀を振り下ろした。
 …多重装甲の強化服を纏った、その胸に。
 ほぼ直角に、斬る形で、直撃した。
 途端。
 攻撃が為され停止したその瞬間を狙い、政人が女のその手を掴もうと――する前に。
 多重装甲の、その胸部を斬ろうとした衝撃でか、女の振るっていた件の血刀は。
 狂気染みた甲高い音を立て――欠け割れた。


■決着…?

 …特殊強化服「FZ−00」を纏った政人の、無防備な胸部への斬撃が為された瞬間。
 あっさりと欠け割れた、件の刀。
「な…!」
 それは政人もこの多重装甲の服を日本刀で斬り裂けるとは思っていなかったが、だからと言ってまさか妖刀と呼ばれるだろうものがこの程度であっさり欠けるとも思っていない。
 見ていた倉田堅人――辰之真も、朔夜・ラインフォードに神納水晶も同様。
 割れた瞬間、へたりと座り込む血刀を持っていた女。政人は欠けた事実に驚きながらも、早々にその手から、刀の柄――否、持つ為にサラシが何重にも巻かれた茎――部分を放させ取り上げた。
 女は、放心したようにへたり込んだまま動かない。
「…」
『それで、決着が付いた…のでござるか?』
 やや半信半疑ながら、ぽつりと口を開く辰之真。
「いきなり割れるとは思いませんでした。…まぁ、これで凶行が止まるなら、良かったんですけれど」
 ほっと安堵の息を漏らす政人。
 と、そこに。
 軽やかに走り込んで来たのは、派手な着物を纏い、下駄を履いた青年――帯刀左京。
「…っと待て、んなあっさり気ィ抜くなよ、危ねえだろ」
 真剣なその声に、反射的にそちらを見る政人と辰之真。少し遅れて見た朔夜は、あ、見覚えあるおねえさま方が居る♪ と、左京の後ろから続いて走って来る綾和泉汐耶とシュライン・エマの姿を見つける。その後ろにもまた連れらしい優男――水原新一が居るがそちらは彼にとってはまあどうでも良し。
 水晶は――初めに走り込んで来た左京を見て、お、と密かに声を上げている。少し驚いた――何故なら、そちらもまた『お仲間』だったから。
「…あんた何がしたかったんだ? こんな派手な行動取って回ってやがってよ」
 問い掛ける左京の視線は、政人の手の中と、路面に落ちている刀の残骸。
「聞こえんだろ。…意志があるなら返事しろよ。あんたが水原の言う通りの刀なら――折れた程度で無効化しやしねえんだろ。まだ生きてんだよな?」
 …『壊れても壊れない』、そこんとこ注意しな。
 汐耶とシュラインへの助言として、刀の素性を察していた水原は――そう言った。
 刀の残骸は動かない。
 問い掛ける左京に言葉も返さない。
 ただ、
 生きている。その言葉を肯定しているように、刀のその妖気は――消えていない。
 …そんな中。
 ひっそりと場所を移動している朔夜。走って来て少し息が荒くなっている汐耶とシュラインの側まで来、こんばんは、とこれまたひっそり声を掛けている。いきなり声を掛けられ、二人はちょっとびっくりしたが――すぐに相手が何者か気付いた。
「朔夜君」
「おねえさま方もこの件で動いてらっしゃるとは。ところでこれ、今ので終わりかなーって思ったんだけど何だかそうでもなさそうですね?」
「私たちが手を出せる感じじゃないでしょ」
「ここは帯刀君に任せて様子見た方が良いと思うわ」
 どうやら、『同類』だって話だし。
「それはそれは。あ、『同類』と言えばさっき俺と居たおにいさんも『お仲間』だって言ってましたけど」
 あれを指して、とばかりに刀の残骸を示し、朔夜。
 その言葉に、汐耶とシュラインはまた少し驚いたか、朔夜と共に居た青年――水晶の姿を目で探す。
 …他方、政人や辰之真も状況を察したか、黙って様子を窺っている。辰之真はまだ刀を元の看板の縁に戻してはいない。政人は刀の残骸のひとつを手に取ったまま。今現在は先程まで血刀を振るっていた『犯人』の女は――放心したまま、無抵抗。初めて確保した現行犯の相手。精神状態はどうなのか気になるところ、ただ――確実に無力化している事だけは間違いない。
 左京の声だけが刀に向けられる。
 …存在する為に人の生気とか必要だってんならもっと穏便に摂取する方法はねー訳か?
 …ただぶっ殺して回りたいってだけならそりゃどーしよーも無いけどよ。
 …でも、俺みたいなんだってこの世で何とかやってけてるんだぜ?
 …無理矢理他の連中に止められるんじゃなくってさ、手前自身で止める気にはならねえか?
 刀の残骸は動かない。
 ただ、左京の問い掛けだけが続く。
 が。
 不意にへたり込んでいた女の手が動いた、気がした。気のせいかもしれない程度。それでも確かに動いていた。刀の持ち手の方は政人の手の中にある。けれど掛けた切っ先の方はまだ道路に落ちている。少し離れた場所、そこに落ちていた。すぐに手の届く場所では無い。けれど、その切っ先が――不意に力を帯びた――と思ったら掻き消えた。刹那、政人の手の中にあるもう一方の欠片も――。
 瞬間移動したように、女の手の中に戻った。
 そして確認する暇も無く、力無くへたり込んでいた女が別人のように動いた。放心していた、そう思えた相手のいきなりの動きだったから余計に素早く感じたのかもしれない。彼女の手の中の刀は、何処も欠けてなどいなかったように元の形のまま振り被られている。狙うは誰か――たった今まで『自分』に話しかけていた、着物の男。
 ち、と舌打ち左京は斬り掛かられるだろう刃筋を読んで鋼化する。
 が。
 それより先に、ざ、と音がした。
 音がしたと思ったら、刀を持つ女の腕が斬り付けられていた。斬ったのは誰か。水晶。何処からいつの間に取り出したのか、低い位置に沈んでいた水晶のその右手には一本の刀が握られている。瞳の色が透けるように灰色になっているように見えたのは気のせいか。…ともあれその結果とその刃筋――居合いの形。
『…これ以上の説得は無駄には思えぬか?』
 我であればそこまで待ちはしないぞ? …汝は優しい小柄だな?
 左京に向け告げながら、水晶は持っていた刀をあっさりと左の掌に納刀。
 そこまで至って初めて、自分の腕が斬り付けられた事に気付いたのか女が絶叫する。慌て、動揺する姿、放心していた先程までとは全然違う反応。…それはまるで、ごく、普通な。少なくとも、もう操られているようでは無く。…それは実は、水晶の刀が女の腕を斬り付けた時に、血刀の念――穢れが同時に切り離されたからだったりするのだが。
 今度こそ政人はその傷付いた手から刀を取り上げる。同時に女の腕の止血も試みようとするが――その間に刀が自力で政人の手から逃れたがっているように動いたのに気が付いた。政人は咄嗟にその刀を力尽くで押さえ込む。…刀の判断では政人は使い手には出来ないらしい。…直後、咄嗟の判断で側に居た左京が政人がやりかけた止血を続けた。…それはついでに女の生気を頂こうとも考えたからでもあるのだが――何故か、逆に自分の力の方が吸われるような感覚もあり。一応止血が終わった――と思った時には、何故か左京の方がぐったりと疲労していた。が、逆に女の方の傷は、当初より軽くなっているように見えたのは気のせいか。
 動く刀。力尽くで押さえている政人の腕に、今度は外部から押さえ込むような力が掛かった。何事か。思ったら少し離れた位置に居た汐耶と目が合った――と思ったら、汐耶が近付いて来る。危ないですから来ないで下さい! と政人は叫ぶが汐耶は聞く耳持たない。先程より動きは弱まったがまだ鼓動のような感覚は残る。焦る政人に、私の力お忘れですか、と平然とした汐耶の声が掛けられる。
「どうやらこれ…鞘も何も無いらしいんですよね」
 ですから、と汐耶は政人が押さえ込んでいる刀に直接触れる。
 途端、逃げようと抵抗する刀の動きが完全に停止した。
「私の力が一番適してるんじゃないかなと思ったんですが」
 …汐耶の能力は、『封印』で。

「…何かすげー疲れた」
 女の腕の傷を止血した後、左京は、がく、と項垂れている。何故だかわからないがとても疲れた。
 そんなぐったりした様子の左京の肩を、ぽん、と叩いていたのは水原。
 左京は反射的に、ここぞとばかりに生気を吸ってしまう。が、途中で気付き一時停止。…いきなり遠慮無く吸ったら相手が死ぬ。…それは後々面倒事になる。
「…おう、悪ィ」
 そう思い声を掛けたのだが。
「?」
 水原には目立った反応無し。
「気付かなかった…のか?」
 …反射的に、結構な勢いで生気吸っちまったから――さすがに気付かれたと思ったんだが。
「ああ、別に構わねぇよ。死なない程度にだったら好きにしな。奴の刀に優しくしてくれた礼とでも思ってくれ」
「…」
「それに、警察に状況がわかれば、俺はどうせ暫く帰してもらえないと思うから」
 ちょっとくらい体力落ちてても別に良いし。
「…あ?」
 妙に物分かりのいい水原の科白に、左京は訝しげな顔を向ける。
 その時には、こちらの話が耳に入っていたのか、政人の視線もこちらに向けられていた。



 結局、犯人は警察病院、汐耶がひとまず暴れないように封印した刀は政人の手で科学心霊捜査研究所に分析を依頼する事になった。関った皆へは――事情聴取と言う形になった。
 素直に応じた人も多いが、取り敢えず警察を敵に回すと面倒臭いだろうと言う訳で、仕方無しその場に居る者も実はひっそり居た。
 …ただ、倉田辰之真改め倉田堅人氏の場合は――事情がわかるなり戦闘時に造り出した刀の方はまぁ仕方無かったのでしょうと超法規的措置が取られた模様だが――実は警察への通報は彼が目立つ行動を取ったからこそ為されていたらしい。…通報では件の妖刀を持った『スーツの男』が、とあったとの事。結果的には良い方に繋がったのだが。その事実には多少複雑なものがある。
 また、彼の場合は…某ネットカフェからPCを一台壊されたと被害届が出ていた事で別件で多少の騒ぎになり時間が掛かっている。そう言えば鞄も店に忘れたぁああっ、と悔やむやら叫ぶやら。ああパパまた帰るのが遅くなるよ御免ね…と御家族の皆様に向け謝りつつ落ち込んでいる。
 神納水晶氏の場合は、刀を持っていると証拠が出せない以上そこに関してのお咎めは無し。振るい、犯人を傷付けた事もあの状況では致し方なかったとされた。…そもそも、警察病院で確認された女性の傷はひどく浅かったと言う。水晶としては容赦無く斬ったつもりなので――腕を切断するくらいのつもりで斬っていたので――その事実に内心首を傾げたが、まぁこちらが煩わされないならそれで良いやと特に疑問は差し挟まず。
 ちなみに今回の犯人の女性に関しては、情報があまり頼りにならない。殆どパニック状態で、自分が何処に居たのか、何故こんな事になっているかすらわかっていない。自覚症状は皆無。病院でも、実際の腕の怪我より、そのパニック状態を抑える方でてこずっているらしい。
 関った他の面子からは主に刀についての情報。二代目五月雨黒炎と言う名。遺作らしきその刀。また、刀の作者と近しい知人らしき人物である上、事件についてもそれなりに訳知りであるらしい水原新一がその場にいた事もまた有力な情報になった。
 綾和泉汐耶氏やシュライン・エマ氏、帯刀左京氏に朔夜・ラインフォード氏に関しては、一通りの簡単な事情聴取で済んだのだが。
 ただ。
 水原新一氏に限って――純粋にこの件の事情聴取だけだろうに、何故か時間が掛かっている。
 それは、科学心霊捜査研究所に送られた件の刀に、柄を留める為の目釘を通す穴さえ茎に無かった事が早々に確認されたからだろうか――。

 水原の事情聴取を待つ段になって漸く、シュラインはこちらで起こった事を報告する為セレスティに電話を掛けていた。
 すると。
 意外な事実が明かされた。
 …それは、同じ刀がもう一本あった――と言う事実。正確には、同じ形の刀がほぼ同時に暴れていたと。事件を起こしていた刀は双子刀だった――らしい。
(もう一振りの刀は――悪魔に食べられて…その悪魔、能力を食べる悪魔らしく、その悪魔と同化してしまったらしいのですけれどね)
 つまり、もう入手不可能なんですが。
 それから、目撃証言にも関らず加害者が今までひとりも出なかったのは、何らかの形でその後の事件の被害者に混じっていたからのようです。ですからそちらで犯人が確保出来たと言う事は――今はろくに話が聞けないにしろ、大きな進展ではありますよ。
 あと、同じ件に関してなんですが――これはまだ推測の域を出ないんですが、刀が双子刀だった理由は――片方の使い手が、限界が来たと判断した片方の使い手を殺して次の使い手に与えていたのでは無いかと言う事です。
 もしこの推測が合っていて…つまり、ふたつで一セット…そうだったならば、片方が証拠として出せない以上、幾ら科学心霊捜査研究所であっても、本当の意味では分析し切れないと思うのですが。
 作者の二代目黒炎についてですが、この作者が妖刀しか打てないと言うのは頷けます――と言うより、この作者当人が呪いのようなものですよ。刀はその呪いを分け与えられた派生物に過ぎないと思えます。
 いえ、思ったよりも簡単に手に入る物だったので…同じ作者の作刀を一振り購入して、その作り手の情報を読んでみたのですがね。本名もわからず、どんな人物で何処に住んでいるのかさえ普通の方法では全然調べようがない相手でしたので。
 …こちらで手に入れたそれらの情報と、そちらでのお話を総合しますと、水原さんと蓮さん、の御二人の存在が大きくなってきますね。
 その、刀の作者を直接御存知だと言うのなら。
 拵えのない刀身だけの、それも目釘穴すら無い刀――数少ない相手としか接触がない作者の、そんな状態の刀を入手出来る可能性がある者は、そう多くないでしょうから。

 ぴ。
 セレスティとの通話を終えたシュラインは、はぁ、と溜息を吐く。
 結構話し込んでいた気がするが、水原はまだ来ない。
「あの水原っての、本気で刀止めない気だったとは思えないんだけどよ」
 ぼそ、と左京。
「私も…そう信じたいんだけど」
 だって何だかんだ言っても、一番重要なところを教えてくれた訳じゃない。『壊れても壊れない』、って。本当に刀を止める気が無いんだったら――それは一番言わない方がいい事でしょ? どんなに業のある妖刀だって、ぽっきり折れてしまったならその時点で刀としては力を失っていると思ってしまうもの。
「でも、今になって止めたいと思った――にしても、初めの時点ではあの水原さんが街中に持ち出してた、って可能性もありますよね?」
 ふと朔夜が問う。
「それは考えたくないけど…考えてみると、有り得なくもない、のよね」
 言葉を濁す汐耶。
「そう思われてるから、戻って来ないんじゃねーの?」
 あっさりと水晶。
「目釘穴すらなかったって事は…それこそ一度も拵えが作られてないって事になるもんな」
 裸の刀身だから…ってだけじゃまだいまいち弱いが、目釘穴まで無いとなると鍛冶場から持ち出したばっかりの新しい刀ってのは確定的だろ。
 だったら、作者の元々の知り合いが殺人幇助っつーのかな、そんな容疑掛かるのって仕方ねーって。
 そんな水晶の科白に、水原を知る者は沈黙している。
「でも、それを言うなら――蓮さんも作者と知り合いである事を隠したわ」
 疑わしいと言うなら充分疑わしい。態度からして水原と大して変わらない。
「もう一度、蓮さんのところに行ってみる必要がありそうね」
 …どうする?


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業
(■→『虚無に至る狂気』編に主に登場/□→『理性の条件』編に主に登場)

 ■3950/幾島・壮司(いくしま・そうし)
 男/21歳/浪人生兼観定屋

 ■2180/作倉・勝利(さくら・かつとし)
 男/757歳/浮浪者

 ■2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)
 男/14歳/中学生

 □1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
 女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

 ■0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)
 男/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)

 □1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 □1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 □3620/神納・水晶(かのう・みなあき)
 男/24歳/フリーター

 □2498/倉田・堅人(くらた・けんと)
 男/33歳/会社員

 ■3448/流飛・霧葉(りゅうひ・きりは)
 男/18歳/無職

 ■0576/南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
 女/16歳/ギャンブラー(高校生)

 □2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)
 男/398歳/付喪神

 ■4221/リィン・セルフィス
 男/27歳/ハンター

 □0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 □2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、公式外の登場NPC

 ■常緑樹
 正体、常磐千歳(異界登録NPC)。結果としてあまりノベルには関係無かったですね。

 ■水原新一/異界登録NPC
 高等科生物専門の教師で神聖都学園の臨時教師。別の顔としてハッカー。今回は豹変バージョンが主。二代目黒炎とは友人であった模様。どんな関り方をしているのかは不明だが、事件についてある程度深く知っている。

 ■二代目・五月雨黒炎
 故人。狂気の刀匠で妖刀を打つ男として裏の世界でひっそり有名。今回の血刀(双子刀)は彼の遺作。ノベル内では何かと思わせ振りな書き方してありますが、オリジナル設定ですので御了承下さい。

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          ライター通信
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 まずは。
 はい。はっきりと遅れました。目一杯上乗せしてある上に初日に発注下さった方は確実に一日以上遅れてます。土曜の時点でお届け出来ているなら(月最終なので微妙)まだ一日で済みますが…状況によってはそれ以上に…(苦)
 大変申し訳御座いません。
 普段から納期ぎりぎりの遅さで稼動してたりするライターなのですが…特に今回初めましての方、初っ端からこの体たらくで…申し訳無い限りです。

 今回は、大雑把にふたつの流れ――『虚無に至る狂気』編と『理性の条件』編に分けてノベルをお届けしております。…とは言え、『理性の条件』編は詰め過ぎて長くなり過ぎた関係で(汗)分割する必要が出来…更にPC様ごとにある程度分けて納品していたりしますが…。
 それから、実はこのふたつの流れは、分けているとは言っても完全に分かれている訳ではなく、同じ時空、近い時系列の事として分かれておりまして、ふたつの流れのそれぞれで一部PC様がある程度ニアミスしている時があります。ので、登場人物欄には参加者様全員の名前を書いてみました。
 登場人物紹介欄で各PC様の頭に付けてある「■」か「□」のマークでどちらに主に登場しているか一応判別可にしてもあります。
 …にしても今回はややっこしい分け方と言うか書き方をしてあると自分でも思います。もし、これを募る際にちらっと書いておきました「アンティークショップ・レン:『殺人事件の犯人』(これが皆様にお渡し出来てからオープニングシナリオ申請しておきます)」にご参加下さる場合は…なるべくならどの状況のノベルも把握しておくとまた違った関り方が出来るかとも思ったりしているのですが…面倒ですね。すみません(汗)。いえ、続きのようなもの…とは言え調査依頼のタイトルからして違う物になっている訳で、このノベルを知らなくても、オープニングを見た状態でいきなり参加して問題無いようにはしておくつもりですが(汗)…の割にはこのノベルの終わり方からして続きものっぽかったりもするんですが(汗)

 ともあれ、こんな感じでノベルが長かったりするライターで御座います。
 …毎度のように。はい。

 プレイングの隙間で色々お言葉書いて頂いていたりするのでそのお返事や、色んな事情で(汗)個別でお伝えしておいたり謝ったりしておいた方が良いんじゃないかって事も多々あったりするんですが…今回、その辺を書くのは取り敢えず失礼させて頂きます…。何だか今、これ以上まともな文字が書ける気がしませんので…(滅)

 少なくとも対価分は満足して頂けていれば幸いです。
 ではまた、機会がありましたら…。

 深海残月 拝