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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


移り行く刻

 ひらひらと舞い散る紅葉を青の目で見、綾和泉・汐耶(あやいずみ せきや)は小さく微笑んだ。
「もう、すっかり秋なんですね」
 都立図書館の敷地内には、たくさんの樹木が植えられている。そのどれもが、季節に伴って赤や黄に葉が色づいている。ひらひらと秋風に乗って舞い散るその様は、桜の季節にも似て美しい。
「掃除は大変なんですけど、絨毯みたいで綺麗ですね」
 短い黒髪を揺らす秋風は、ひらひらと舞い散る葉を誘う。
「そういえば、九十九神憑きの方達にも聞いてみようかしら?景色の良い紅葉のある場所を知っていないかどうか」
 汐耶は小さく呟き、ふふ、と笑った。汐耶の勤務している都立図書館には、要申請特別閲覧室がある。そこにあるのは、九十九神憑きの書物たちを初めとする曰くつきの珍しい書物たちだ。慣れてしまえば、彼らの持つ知識は重宝する。
「ついでに、美味しい秋の味覚が取れる場所でも聞いてみましょうか?」
 汐耶はそう言い、ふと思い返す。秋の味覚といえば、栗や柿の他にも美味しいものがある。山の味覚、茸だ。そして茸といえば、思い返さずに入られない強烈なインパクトのあるものがある。
「元気ですかね?」
 赤い傘に白い体をもった巨大茸を思い返し、汐耶は苦笑した。また同居している人物と愛憎劇でも繰り広げているのかもしれない。
「また逃げ出されていたら、大変でしょうね」
 もう暫くすれば、図書館の開館時間になってしまう。汐耶はくすりと小さく笑い、足早に図書館内へと向かうのだった。


「秋だなぁ」
 守崎・啓斗(もりさき けいと)は舞い散る紅葉を緑の目で見て、小さく呟いた。茶色の髪を揺らす秋風は、色づいた葉たちを誘う。
「秋は、いいな」
 啓斗は小さく呟く。啓斗の嫌いな桜色は全くなく、優しい赤や黄だけが景色を彩っている。
(胸が、苦しくならないから)
 啓斗は葉を風に乗せている木々を見上げる。春よりも、秋のほうが啓斗は好きだ。桜がないからという、ただそれだけなのだが。
 桜色の世界は、啓斗を酷く辛くさせてしまうから。
(そう、季節は秋だ)
 啓斗は今から向かうべき建物を見つめ、こっくりと頷く。優しい景色の中にある、そびえ立つ大きな建物。都立図書館である。
(秋といえば、読書だ。そして、勉強の秋……!)
 ぐっと拳を握り締め、啓斗は足を踏出す。何度も図書館に足を伸ばすうち、必要だと思われる本は大体読んだ。勉強もちゃんとしている。だが、肝心の結果が出ない。順調に進んでいると思いきや、実は全く前に進んでいないようにも思えてくるのだ。
(まだまだ、勉強不足というのだろうか)
 啓斗の中で進んでいく思いは、相手にとっては後退させているだけなのかもしれない。だがしかし、そこで諦める訳には行かないのだ。
(そうだ……俺は、その為にここに来たんだし)
 家で、この図書館で借りた本を使って色々な勉強をした。だがしかし、どうしても思考はすぐに先にある目的にいってしまうのだ。まだ、その段階ではないというのに。そこで、啓斗は気分転換がてらに本を返しに来たのだ。
「……よし」
 啓斗は気合を入れ、図書館の扉を開く。借りていた本である『菌類大全集』と『女心を知る100の法則』の二冊をカウンターへと持っていく。
「有難う御座います……あら、啓斗君」
「……汐耶さん。こんにちは」
 カウンターにいた司書は、汐耶であった。汐耶は、啓斗が返却した本をちらりと見て笑う。汐耶が勧めた二冊の本である。
「どうでした?啓斗君。彼女と仲良く出来そうですか?」
「うん。色々と参考にできたんで。……でも、家で勉強していたら頭が違う方向に行くから」
「違う方向?」
「……すてっぷあっぷ、というか」
「ステップアップ?」
「……飛び越えてしまう、というか」
「飛び越える?」
 一瞬訪れる、二人の間の沈黙。啓斗は小さく「うーん」と呟き、ぽんと手を叩く。
「仲良くなってもないうちに、その先のことを考えてしまうんだ」
「ああ、なるほど。まずは仲良くならないといけませんものね」
 色々と引っ掛かる所がありつつも、汐耶は納得する事にした。
「そうだ、啓斗君。時間はありますか?」
「ええ。俺は、気分転換がてらに本を返しに来ただけなんで」
 頷く啓斗に汐耶は悪戯っぽく笑う。
「よければ、お茶でもしませんか?……といっても、外の自動販売機で、ですけど」
 ロビーに設置されている自動販売機を指差しながら言う汐耶に、啓斗は小さく笑って頷いた。


 ロビーにはまばらに人がいるだけで、ほぼ貸しきり状態に近かった。紙コップ式の自販機の前で小銭を握り、汐耶は啓斗の方を見る。
「私はアイスティーにしようと思うんですけど、啓斗君は何がいいですか?」
「あ、何でも……」
 何でもいいと言いかけた啓斗の言葉を遮り、汐耶は悪戯っぽく笑う。
「因みに、何でもいいという事ならば個人的に興味がある『ヤキイモジュース』のホット、という事になりますけど」
 ヤキイモジュース、というのは到底想像がつかない。いや、味に対しては想像がつく。だがしかし、それがジュースとなったときに果たしておいしいのかどうかと言う問題が出てくる。啓斗は暫く考え、小さく「じゃあ、オレンジで」と苦笑しながら答える。
「分かりました。……密かに、甘栗ドリンクも気にはなったんですけどね」
 ぼそり、と汐耶が呟く。啓斗はそれを耳にし、想像をして頭をぶるぶると振る。どちらも頭が痛くなりそうなほど甘そうだ。
「どうぞ」
 汐耶はそう言い、オレンジジュースの入った紙コップを啓斗に手渡す。啓斗は「有難う御座います」と言いながら頭を下げ、コップを受け取った。汐耶は手渡したのを確認すると、啓斗の隣にちょこんと座った。
「あれから、何か進展はありましたか?」
「進展……進展と言っても、いつも通りに文通をしているくらいで」
「まあ、文通をしているんですか」
 汐耶の驚く声に、啓斗はポケットからそっと紙を二枚取り出して汐耶に手渡す。一枚は丸い跡が三つあるだけで、隣に『またね、だそうですよ』という説明文が入っている。もう一枚は『次はいつ会えるだろうか』だとか『お前の事を思うと、胸がドキドキするんだ』だとかいう、まるで恋人に贈るかのような手紙であった。まるで、ラブレター。
「……啓斗君は、彼女とどうなりたいんですか?」
 暫く二枚の紙を見つめていた汐耶は、ふと口を開く。
「どう、と言っても」
「次はいつ会えるかだとか……」
「それは、早めに会わないと鮮度……もとい、覚えてもらえないし」
「胸がドキドキするだとか……」
「どれほどの収入……もとい、結果がついてくるかと思って」
 色々気になる言葉が飛び出したが、あえて汐耶は突っ込まなかった。否、突っ込みたくなかったというのが本音だろうか。
「……可愛いですものね」
 それだけ言うのが、精一杯だった。汐耶は気を落ち着かせようと、紅茶を口にする。
「どうしたら、俺のものになるか分からないんだ」
 ぐぐぐ。思わず口にした紅茶を吹き出しそうになるのを抑えながら、汐耶はなんとか飲み込む。
「け、啓斗君?」
 慌てて汐耶はその真意を尋ねるが、啓斗はオレンジジュースの入った紙コップを握り締めながら、至極真面目な顔で言葉を続ける。
「俺のものになったら、是非子どもを栽ば……増やして欲しいし」
「……子ども?」
「そうしたら、出……綺麗に羽ばたいて行って欲しいし」
「啓斗君……」
 まるで、恋人と結婚して子どもを育てるかのような話だ。汐耶は、その辺りに失敗があるのではないかと思えてならない。何しろ、啓斗が至極真面目なのだから。
「うちの潤いの為に……!」
「け、啓斗君!」
 ついに露骨な表現が出てしまった。慌てて制する汐耶に、啓斗ははっと気が付く。そしてわなわなと震えながらじっとオレンジジュースを見つめる。
「つい、そういう方向に行ってしまうのか……!文通までしているというのに、俺は何て事を……」
 啓斗はそう言い、オレンジジュースを持っていない方の手で頭を抱えた。汐耶はそんな啓斗を見て、小さく溜息をついた。先程からきになる表現が何度も出ていたことが妙にひっかかっていた。そして飛び出してきた、直接表現。それが真面目な顔で出てきたのだから、どうにも言葉が出てこない。汐耶は一口アイスティーを飲んで心を落ち着かせ、何かを言おうとした、まさにその瞬間だった。啓斗はそっと顔を上げて汐耶を見つめた。
「汐耶さん」
「……何ですか?」
 あまり返答に困る事を言われないといいけど、と心の中で呟きながら汐耶は啓斗の次の言葉を待った。啓斗は真面目な顔のまま口を開く。
「美味しい茸料理の本なんてありますかね?」
「え?き、茸料理ですか……?」
 唐突に出てきた質問に、汐耶は思わず聞き直す。すると、啓斗はこっくりと頷いた。至極、真面目な顔のまま。
「勿論ありますよ。じゃあ、探しに行きましょうか」
 コップに残っていたアイスティーを飲み干し、汐耶は笑う。すると啓斗もにっこりと笑い返し、コップに残っていたオレンジジュースを飲み干してしまった。そして再び図書室内に戻り、汐耶お勧めの茸料理の本を手渡した。
「有難う御座います」
 啓斗は貸し出し手続きを終えた本を抱き締め、嬉しそうに微笑んでぺこりと頭を下げた。
「……啓斗君、それって」
 噂の茸を食べようとしているのじゃないわよね、と汐耶は聞こうとし、やめる。本当にそうだった時が、怖いように思えてならなかったからだ。
 啓斗は汐耶の言葉を待っていたが、結局何も言わないのを確認するとぺこりと再び頭を下げて図書室を出ていってしまった。
「まさかよね……?」
 その嬉しそうに出ていく後姿に、思わず汐耶はぽつりと呟いた。何となく感じた、寒気と共に。


 本を抱き締め、啓斗は足取り軽く家へと向かっていた。
「何といっても、食欲の秋だ」
 ぽつり、と啓斗は呟く。
「あいつだって、最近よく食べるし。その為にはやっぱり勉強しないとな。うん、勉強は大切だ」
 食欲旺盛の弟を思い、啓斗は一人納得する。否、その理由を弟につけようとしているようにも見えるのだが。
「届かぬ思いを抱えているのも、ちょっと疲れてしまったし……気分転換というのも大切だからな」
 啓斗は呟き、手にしている本を見つめる。少し先走りすぎたか、とも思う。未来を見すぎたのかもしれない、とも。
「実らぬ思いなら……食ってしまうぞ、ホトトギス……か」
 微妙に違う言葉を呟きながら、啓斗はくつくつと笑った。いつしか作ることになるかもしれない茸料理を、頭の中で思い描きながら。

<愛が食欲に変わる時を見据え・了>