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[ Escape baked sweet potato!! ]
珍しく朝から依頼人の来ない草間興信所には、煙草の濃い煙が充満していた。
久々に吸っている気のしたマルボロ。その最後の一本を取り出すと、草間武彦はゆっくりとボックスケースを握り潰し机に突っ伏した。目の前の灰皿にはギリギリまで吸われた吸殻が山のように溜まっている。
「あんなことでいつまでもくよくよしていたら、折角のハードボイルド路線が台無しですよ？」
結局最後の煙草に火を点けると、微妙に痛いところをついた台詞と同時、目の前にコーヒーカップが置かれる。武彦が少しだけ視線を上げると、そこには笑顔で草間零が立っていた。
「あんなことって……今の俺の気持ちが判るか!?」
武彦はいじけながらも目の前に出されたカップを手に取りそっと口を付ける。しかしインスタントだと判ると味わうことなく飲み干した。
「そうは言っても逃がしてしまったのは兄さんです。それに私は……食べませんし」
そう言い空いたコーヒーカップを武彦の前から下げると、零は客用のソファーにゆっくりと腰掛けた。
「くそぉ……忌々しい！ 逃がすも何もどうしてあんなことになるんだ!?」
零は相変わらず微笑み言うが、武彦にとって今の事態はなんとも許せないことで、今しがたまでコーヒーカップの置かれていた場所を両手で叩くと電話に視線を向ける。こういうときに頼れる人間が居ないわけではない。けれど、それをするのはあまりにも躊躇われ、受話器に伸ばしかけた手はすぐ引っ込められた。
「兄さん、これは死活問題でしょう？ 自分で追う気が無いのならば、どなたかに頼んで探していただきましょう」
零はにっこり微笑み受話器を取り上げると、後はもう何も言わず武彦へそれを手渡す。武彦はそれを渋々受け取ると、頭に浮かんだ番号をゆっくり回し、相手が出ると確認もせず問答無用で言葉を突きつけた。
「焼き芋から脚が生えて逃げ出した。俺の……貴重な食料を探して欲しい」
「……ふに？ お芋さんはうごくものなの？」
「ぁ"、こ…子供？ 否……蘭かっ!?」
そう、武彦は受話器を持ち帰ると手元の名簿を今更パラパラと捲り、そこに一つの名前を見つけ納得した。今確かにこの電話は今藤井・蘭(ふじい・らん)に繋がっているようだ。
「そうなの。なぁに、もしかして僕にご用じゃなかったの？」
途端にその声が悲しみの色を帯びる。突然依頼を突きつけられた挙句それが人違いでは確かに哀しくなるかもしれないと……武彦は一つ間を置くと頭を振る。勿論そんなことが蘭に見えているわけは無い。
「蘭、そうだ……お芋さんが動いたんだ。とっても大変だから今から興信所に助けに来てくれないか？」
電話の向こうで蘭は大きく頷くと、その声色でもわかるほど笑顔で言う。
「わかったのー。今から行くからちょっと待ってるの」
「あぁ、まってるの。気をつけてくるの」
そうして電話は蘭から切られた。武彦もそれを確認すると受話器を置く。
「あ……の喋りが移った、の」
そして椅子から立ち上がると一つ深呼吸し零の方を見て言う。
「おい、ミネラルウォーター用意しといてくれ」
□■□
「はい、どうぞ」
そう、零が三人分の飲み物を持ってきたのはそれから十数分後のこと。
「ありがとうなの」
「ありがとう」
そう、出されたミネラルウォーターとジュースに口を付けたのは藤井・蘭(ふじい・らん)とファルス・ティレイラだった。
「取りあえず……お疲れさん。少し休んだから話するから」
自分もコーヒーに口を付けながら武彦はソファーに座る二人を見た。そして改めて妙な電話番号を思い出したもんだとも思う。二人とも小柄ながらその能力が確かなのはわかっているのだが……。
「ぷはっ、ごちそうさまーなの」
気がつくと出されたミネラルウォーターを一気飲みし終えた蘭が満足そうに武彦を見ていた。ファルスといえば、ストローでゆっくりジュースを飲んでいる最中だったが、そっと口を離すと「大丈夫だよ」と言い、再びストローに口を付けた。話しを聞く姿勢はあるようだ。
「さて、電話でも言ったとおり芋が逃げた。あれは俺の晩飯だったんだ」
「むぅ……お芋さん、食べられるのがいやだったのかな？」
表情は真剣そのものだが、サラリと言ってのけた蘭の言葉に武彦が次の台詞を言う前に机の上にあった書類の山をひっくり返す。
「まぁ、蘭くんは鋭いですね。その通りですよ。正しくは『兄さんに』ですけどね」
そう、サラリと零まで笑って言った。
「そうなの？ それを私たちに頼もうとしてるんだぁ……良いけどね、うん」
「悪かったな……確かに俺が食おうとしたら逃げたよ。ったく、まぁその芋を探してきて欲しいんだ」
僅かに機嫌を悪くした武彦は、それでも大人げ無いと思い咳払い交じりに依頼内容を繰り返す。
「うーん、お芋さんって焼く前は動かなかったの？」
「そうですよ、というよりも焼いてる最中も逃げなかったな。兄さんがつまみ食いするまでは」
「……つまみ食いはいけないよねぇ」
ようやくジュースを飲み干したファルスが言い、武彦がぐうの音を吐く。
「そのお芋さんは何処で買ったの？」
その間にも蘭が零に向かい次々と質問を投げかける。傍目からは調査だろうが、本人にとっては捜査と興味が交じり合った状態だ。
「駅前のスーパーで今日買いましたよ、特売だったんです！」
力説する零の声と同時、ファルスがソファーから立ち上がる。
「とにかく、それを見つければ良いんだよね。うん、その依頼引き受けるよっ」
「わかったのー、僕も頑張るのっ」
そう、蘭もファルスの後に続く。
「それじゃあ頼んだぞ、二人とも。芋は全部で五つだから全部持って来いよー」
そうして武彦と零の笑顔を背中に受け、二人は興信所のドアを開ける。
晴れた空の下に出ると、先を歩いていたファルスが蘭を振り返り言う。
「取りあえず手分けして探そっか？ その方がきっと効率良いよね」
「さんせー！ 時間を決めてまたここに戻ってくるの」
そして二人時計を合わせると、それぞれの捜索を開始した。
□■□
陽の光を浴び輝く緑たち。風に揺られさわさわと音を立てる街路樹。中には何故か落葉樹も混ざっており、枯れ葉がアスファルトを埋め尽くしてもいるたが、命あるものに変わりは無い。
「えーっと……」
蘭は緑の多い茂る一本の樹の前に立った。興信所からさほどは離れていない場所にある街路樹の一本だ。
「こっちに動くお芋さんこなかった？ 僕それを探してるの。もし見ていたらどこに向かったか教えて欲しいの」
辺りの木々も含め、そっと緑がざわめいた。さわさわと、それは普通の人間にとっては葉の音にしか聞こえない。しかし今この瞬間、辺りは無風状態。さわさわと聞こえる音に、蘭はそっと瞳を閉じる。心に響く声。それは目の前にある街路樹の心の声。
暫しその状態で居ると、唐突に蘭は顔を上げた。
「……ありがとうなの！ 助かったのっ」
そう、木々にぺこりと頭を下げると蘭は走り出す。
今この辺りの木々が見た一部始終、それは確かに蘭の来ている方向に二本の芋が走り去っていったということ。そして、蘭が追うべく二本の芋は駅方面を目指し走っていったということ。
「きっと追いついてみせるのっ」
小さな拳を作り、蘭も芋を追う様に駅へと向かい走り出した。
それから十数分後、駅前までたどり着いた蘭はそっと呼吸を整え辺りの木々に問う。
「……公園？」
返って来た木々の言葉に蘭は思考を巡らせる。
「あ、ありがとうなの」
木々の示した場所がわからず悩んでいると、他の木々たちもがそこまでを案内してくれるという。それはまさに街路樹の伝言ゲーム状態。
木々の案内で辿り着いたのは隣駅との間ほどにある森林公園だった。膨大な敷地には多くの草木や花が溢れ、尚且つこの天気のせいか、多くの母子やカップルが居る。
木々の案内が終わったところでお礼を告げ、蘭は公園入り口にある花壇の花たちに声をかけた。
「動くお芋さん、こっちに来たかな？ 来たならいつ頃どこら辺に行ったか教えて欲しいの」
花たちは蘭に微かな香りを運ぶと同時、合唱のように声を合わせ答える。
「ふんふん……ん、ありがとうなの。うん、頑張るのっ」
花たちの言うことには、芋は短足で走る速度が遅いため花たちの前を通り消え去るその一部始終から、まだそう時間は経っていないらしい。声援までを受け、蘭は前へと進む。
第一この植物だらけの場所に居るのならば捕まえられないはずが無い。
柔らかく頬を撫でる風が蘭の髪をもそっと揺らす。
さわさわと、そして凛っと鈴の音のように辺りがざわめいた。皆が蘭に向かい知らせていた。
「この辺り……なの!?」
脚を止め振り返る。
ガサガサと、足元の草が揺れる。
「ふにっっ!?」
思わず上げた右足、そこにしがみ付いていた一つの……芋。手足を持つソレは、しっかりと蘭の脚にしがみ付いていた。
「お芋さん、本当に動いてるの！」
「君はだぁれ？」
感動も束の間、開いた瞳と明らかに少年の声を発した口。
「お芋さんお口でお話できるの!?」
「俺たちが特別なだけ……だけどな」
そう蘭の後ろからもう一人の声。何となくその声は青年の声に近い。同時にしがみついていた芋が離れた。それはもう衝撃でしかなく、蘭はその場にしゃがむとその芋たちと向き合った。
「僕ね、お芋さんを探すの頼まれて来たの。でもお芋さんたちはどうして逃げたの？ やっぱり草間さんに食べられるのがやなの？」
そっと問いかけると二つの芋は頷いて見せた。
「でもな、本当の理由はつまみ食いだぜ」
「ぁ、零さんも言ってたの……」
思わず思い出して苦笑いを浮かべた。
「僕らちゃんと料理してもらえれば全然構わないんだよ」
そんな芋の言葉に蘭は立ち上がり言う。
「わかったの！ ちゃんと僕がお願いするから……だから一緒に帰るのっ」
力強く言い、そして優しく芋たちを抱きかかえる。
そして僅かな間を置き頷いた芋。
辺りの草木、そして花たちがそっと祝福の声を届けてくれた――…‥
□■□
「お疲れ様なの。えーっと二人で、四人のお芋さん……ふに、もう一人足りないの！」
「あれ、残りは全部そっちじゃなかったんだ」
そしてファルスと蘭は草間興信所前で時間通り合流していた。しかし二人が見つけ捕まえてきた芋は四つ……正確には四人しか居ない。
「もう一人を探さないといけないの」
そしてファルスは芋を両手に飛翔、蘭も芋を必死に抱きかかえたまま辺りの植物に協力を呼びかけた。
「――あれ？」
「……お芋さん中、なの？」
そして、二人の視線は一斉に興信所へと向く。
どちらかが抱える芋の一人が小さくくしゃみをした。辺りはゆっくりと陽が落ち始め、寒さが増す秋の夕暮れ。
バタバタと階段を駆け上がる音と同時、興信所のドアはベルの音もノックの音もなく開かれた。
「おお、お帰りー。無事捕まえてきたみたいだな」
中に入りまず飛び込んだのは煙草を吹かしながら書類整理をしている武彦の姿。それと……
「お兄ちゃん！」
そう、蘭の腕に治まっていた末っ子芋が駆け出した客用ソファー前のテーブルの上にもう一人の芋。続いて蘭の腕の中からもう一人、ファルスの腕の中から両親芋が一気に抜け出し駆け寄った。
「二人ともお疲れ様でした、感動の再会ですね」
キッチンから出てきた零が微笑みながら鍋を片手にテーブルへと向かう。
「零さん、きちんとお料理してくれるの？」
蘭が零の姿を見てそっと問う。
「えぇ勿論。元はといえば兄さんが勝手につまみ食いしただけで、私はちゃんと作る予定でしたしね。良ければお二人も一緒に食べていってください」
「でも……こんな手足があったんじゃ焼くこともままならないんじゃ？」
ファルスが言うと芋の一人が声にした。女性の声だからお母さん芋だろう。
「大丈夫です。もうすぐ私たちは元のサツマイモに戻りますから安心してお召し上がりください」
「ということですので、戻り次第お料理しますね」
言いながら零がすばやく芋たちを鍋へ入れていく。二人はその様子を見守りながら、そっと芋たちに別れを告げた。
■□■
それから数十分後、目の前に置かれた皿。そこに乗せられた焼き芋に蘭は歓喜の声を上げていた。
「ほっかほかなのー」
芋は武彦に三本、ファルスと蘭にそれぞれ一本という配当となっていた。
真ん中から折った芋の中はなんとも食欲をそそる色で、焼き立てゆえに湯気が天井へと立ち上っていく。しかしそれに気を取られていると掌が熱さに負けてしまい思わず焼き芋の片方を皿へと戻す。
「気をつけてくださいね。何なら軍手でもお貸ししましょうか？」
蘭の前に再びミネラルウォーターを運んできた零がそっと問うが、蘭は頭を振り焼き芋を一口。
「とってもおいしいの……」
もう一口二口。しかし半分に割った焼き芋の半分も食べないうちにその手はそっと止まった。
「……零さん、あのねアルミホイルってありますか？ あったら少し欲しいの」
「はい、ありますけど……お持ち帰りします？ それならば容器をお持ちしますよ」
「おねがいします、なの」
零の言葉に蘭は深々と頭を下げると、自分の分と決めた半分の焼き芋をゆっくりと頬張り始める。やがて使い捨ての蓋がついた入れ物を零が持ってくると、蘭はそこにもう半分の焼き芋を入れ蓋を閉めた。プラスチックの蓋はたちまち湯気で曇り、零がそっと微笑んでいる。
「お土産、喜んでいただけると良いですね」
すっかり蘭の行動に気づいていた零は、蘭が食べた皿をそっと下げキッチンへと歩いていく。
「うん……お土産にするの」
蘭は小さく呟きミネラルウォーターをそっと口にした。
「ごちそうさまなのっ」
小さく呟きコップを置くと、曇った蓋からそっと中を見る。
「喜んで、くれるかな？」
そしてソファーから立ち上がると挨拶を済ませ、武彦の声と零の笑顔に見送られ外に出た。
辺りは僅かに薄明が残る程度で夜空も当然の空。
輝く星を見上げ、焼き芋の入った入れ物を冷めないようにと抱きかかえ蘭は足早に帰路についた――…‥
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
[3733／ファルス・ティレイラ／女性／15歳／フリーター（なんでも屋）]
[2163／藤井・蘭／男性／1歳／藤井家の居候]
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■ ライター通信 ■
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初めまして、新人ライター李月と言います。この度はご参加有難うございました！
頂いたプレイングはほぼ反映！ を目指し書かせていただきました。
芋捜索部分は完全個別となっております。
もしお時間が許されましたら他のもご覧になれば芋の関係が明らかになると思われます……。
少しでもお気に召していただければと思います。
【藤井・蘭さま】
可愛いプレイング、有難う御座いました！ 口調の方は大丈夫だったでしょうか？
年齢的にあまり書いたことが無かったのですが、個人的にこういう子は好きなのでとても楽しく書かせていただきました。
何か不都合ありましたらお気軽にお申し付けくださいっ。
それでは、又のご縁がありましたら……。
李月蒼
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