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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


Give me something nice and sweet


 テーブルの上には山と積み上げられた菓子がある。
それを眺めてニヤリと笑うのは、漆黒色の神父服に身を包んだデリク・オーロフ。
本来ならば穏やかな印象を与えるであろうはずの衣装だが、デリクが着ているそれがやけに戦闘的に見えるのは、肩についた真鍮製のプロテクターのせいだろうか。
逆十字をかたどった彫り物がなされたプロテクターに、動きやすいようにと深めにいれられたスリットが長衣の両脇に施されている。
胸元には、やはり逆十字のペンダントヘッドが、ボールチェーンの先で揺れている。
「一般的なものならバ、ビジュアルを重視したロックバンドの若者達が好むような衣服の方が、”らしい”のでしょうガ」
 デリクはそう言って肩をすくめ、暗く深い青の瞳を細ませる。
そうすることで逆十字のペンダントヘッドがちゃらりと音を立てて揺れた。
「どうも考えが古いのでしょうカ、ああいった服装は好みマセン」
「――――ああ、でも充分に似合っているよ、デリク」
 デリクの流暢な日本語に微笑みを返したのは、屋敷の主である城ヶ崎 由代。
由代もまたデリクと同様に全身を黒で覆っているが、彼の衣装はそのまま舞踏会にも顔を出しにいけそうな、品の良いタキシードだ。
肩から背中には大きな黒いマントがかけられていて、長身の由代の足首ほどで揺れていた。
優雅な振る舞いでグラスを口に運ぶ。
薄く開かれた口の中、鋭利な牙は覗いていないが、手作りのトマトジュースを飲むその風貌は、まさに吸血鬼といった風情をかもしだしている。
 デリクは由代に視線を送ってふと笑むと、座り心地の良いソファーの上から部屋の中を一望した。
「せっかくだから仮装しないとネ。いやあしかし、コレぞ魔界の具現といった感じデスねえ。今日は書斎を除く家の内外に結界が無いですネ? 妙な妖精や小悪魔達が邸内をうろついてますヨ、ドラキュラ伯爵?」」
 言って笑うデリクに、由代もゆったりと微笑みを返す。
「まあ、特別な日だからねぇ」
 そう返してグラスをテーブルに置き、足を組みなおして口の片方を持ち上げる。
「祖父が二束三文で買った曰くつきの別荘地なんだよ、ここ。結局うち一軒しか建たなかったようでね。普段は滅多に客人の到来もないから、今日は誰の来訪でも歓迎するよ」
「それって騙されたって言いまセン?」
 喉の奥を鳴らして笑うデリクに、由代は言葉なく肩をすくめてみせた。

 部屋の中には所狭しと歩き回る異形の姿が見え隠れしている。
それは子鬼であったり黒猫であったり、はたまたヒトの姿に似せたものであったりするが、そのどれもが魔界の住人であろう事だけは確かなことだった。

「おやおや、見てくださイ。ジャック・オ・ランタンの一行が駆け抜けてゆきマスよ」
 見ればカボチャ頭の悪魔が数人、部屋の端から端へと駆け抜けていく。
「ハロウィンらしい空気が色濃くなるねぇ」
 由代が小さな笑みを浮かべると、デリクも笑って頷いた。
「……オヤ、人の子も混じっているようナ。捕まえてみまショウ」
 言うが早いか、デリクはソファーからゆらりと立ち上がり、漆黒の神父ぜんとした容貌で足を踏み出した。
そして長い腕を伸ばして、部屋の中のジャック・オ・ランタンの一人の首ねっこをがっしりと握る。
デリクの手で捕獲された小悪魔は、デリクの行動にはむかうわけでもなく、カボチャ頭をゆっくりと傾げて言葉を発した。
「……カボチャ頭の下からですが、こんばんはデリクさん。素敵な悪魔姿ですね」 
 発せられた声は尾神 七重のものだった。
七重はカボチャを模した面の中に頭をすっぽりと収め、黒いローブで小柄な体を覆い隠している。
片手に持った小さなランタンの中で、赤い炎が小さな揺らぎを見せている。
「トゲのある言い方デスねぇ。さみしいデス」
 七重の言葉に、反キリストを現したいでたちのデリクが、大袈裟な素振りでしくしくと呟いた。
それを眺める由代は、二人のやりとりに口を挟むでもなく、ただただ静かな笑みを浮かべている。
七重はデリクの言葉に反応を示そうとしない。その表情も、カボチャに隠れて読み取ることも出来そうにない。
デリクはしくしくと両手で顔を覆いながら、指と指の間から片目だけを覗かせて、言葉を続けた。
「もっと再会を喜んでクダサイ。夢の中でもあまりお話できなかったし寂しいデス」
 そう言ったデリクの目は、薄っすらと三日月の形を作っている。
七重はカボチャの面の下で深く短い嘆息を洩らし、小さくかぶりを振って返事をした。
「夏の間だけ見た不思議なあの夢ですね。あれを見てたのは僕だけかと思っていましたが」
 呟くようにそう言い、カボチャの面で隠れている目を由代へと向ける。
「夢……余計な事をたくさん話しました」
 由代は七重の視線に気付くと、体を前のめりにさせて穏やかに笑った。
「僕はいろんな話を聞けて嬉しかったよ? 夢の中の尾神君も可愛かったしね」
 フフと笑う由代に、デリクは派手なアクションをしてみせる。
「オー、私だけ仲間外れだなんテ! ひどいイジメです!」
 片手で頭を押さえて大袈裟にかぶりを振るデリクに目を向け、由代はふと目を細くさせた。
「真夏の夜の夢は儚くて短いものと決まっているんだよ」
「……それに話なら現実の世界でいくらでも出来るじゃないですか」
 由代の言葉に続き、七重がそう呟く。
「ホントですか、尾神君! それならぜひとも、色んな話をしまショウ! そう……色んな話をネ」
 人懐こい笑みを作って膝を折り曲げ、七重の目線に顔を合わせて、デリクはクスリと小さく笑った。
七重がそれに答えようと口を開きかけた時、地震のような地響きが由代の屋敷を包みこんだ。
何か大きなものが少しづつ転がり近付いてくるようなその音に、三人は互いに顔を見合わせる。
「お客さんがいらしたようですよ、由代さん」
 七重がそう告げると、由代は小さく頷いてソファーから立ち上がった。
「遠くから地響きが近づいてキタ……」
 デリクはそう呟いてニヤニヤと笑い、片手を持ち上げて髪をかきあげる。

 物々しい地鳴りは屋敷の玄関の前でピタリと止まり、やがて地獄の底から沸きあがってきたかのような声が、割れ鐘のような音を響かせる。
「トーーーリーーック ウボーーァーーーー トーーリーーーーーブィーーードーーーー」

「……これハもしかしたらトリックオアトリートと言っていマスかネ?」
 ソファーに腰をおろしてグラスを手に取ったデリクが、部屋を後にしようとしている由代に話しかける。
「フゥム」
 由代はデリクの言葉に頷いて振り向き、黒いマントをばさりとなびかせた。
「ハロウィンのお客のようだね」
 言ってくつくつと笑い、テーブルの上に山積みされた菓子を指差した。
「すまないが尾神君。どれでもいいから菓子を一つ取ってくれないか」
「……分かりました」
 由代の言葉に、七重扮するジャック・オ・ランタンが、テーブルの上から無作為に小さな飴を一つ掴み取る。
「すまないね。菓子を与えないと悪戯されてしまうからね」
 自分の横をすり抜けて玄関へと向かう七重に、由代はそっと肩をすくめた。

 玄関を開け放つと、そこには長身の牡山羊の姿に三本の角、両耳は狐のもので、山羊ひげをたらした悪魔がいた。
臀部にも顔を持つこの悪魔は、両方の口を同時に開き、飴を持つ七重に向けて片手を伸べた。
「トーーーリーーック ウボーーァーーーー トーーリーーーーーブィーーードーーーー」
 割れ鐘のような声が再び辺り一面を揺らし、驚いた鳥達が屋敷を囲む森の中から一斉に飛び立った。
「尾神君、菓子を」
 後ろに控えていた由代が、一瞬呆然としてしまった七重の肩を揺さぶる。
「――――あ、すいません」
 我に戻った七重は頭を小さくさげ、気を取り直して目の前に差し伸べられた大きな手のひらに飴をちょこんと乗せた。
大きな体の持ち主である悪魔は飴を手にして満足したのか、それきり何をするでもなしに踵を返し、陽の沈んだ暗い森の奥深くへと消えていった。
 七重はしばしその後姿をぼんやりと見送っていたが、ふいに吹いた冷たい風に身震いを覚えて振り向いた。
「……去っていきましたね」
 振り向いたそこにいた由代にそう告げて、カボチャ頭の上に乗せた黒い三角帽子に片手をそえる。
由代はゆったりと目を細めて頷いた。
「決まり事だからね」

 相変わらず小鬼やら妖精やらがウロついている廊下を歩き進め、デリクが待つ部屋へと戻る。
一人残されて退屈していたのか、デリクの手の中には捕えられてバタバタと暴れているピクシーの姿があった。
きいきいと聞き取れない声で苦情を申したてている妖精を、デリクは楽しそうに眺めていたが、戻ってきた吸血鬼とジャック・オ・ランタンの姿を見とめると、難なくそれを手放した。
「オカエリナサイ。暇だったのデ、ちょっと悪戯してしまいまシタ」
 くすくすと笑うデリクに、由代は首を傾げて問いかける。
「悪戯? 今のピクシーにかい?」
「トリック・オア・トリートと言ってみたのデス。そしたらホラ、これをくれまシタよ」
 笑いながら片手を持ち上げる。開かれた掌には、小さなキスチョコが一つ転がっていた。
「菓子ならいくらでもそこにあるだろう」
 デリクの笑みに、由代は小さなため息をこぼす。
「……由代さん」
 二人の会話に遠慮がちに口を挟んだ七重に、由代が顔を向ける。
七重はカボチャ頭の下で短い嘆息をつきながら、両手を広げて言葉を続けた。
「彼らが皆、菓子を求めだしました」

 部屋中――いや、屋敷中を埋め尽くす客人が、それぞれおもいおもいに同じ言葉を唱和する。
 由代はデリクに顔を向けて首をすくめ、笑った。
「手分けして菓子を配ろうか。――菓子は足りるだろうか」
「……でも菓子を配らないと、あとで悪戯されますよ」
 飛び交う妖精が、七重の帽子を取り上げてけたけたと笑う。
「決まり事だからね」
 由代がくつりと喉を鳴らした。
その言葉をうけて、デリクもまた肩をすくめる。
「日付が変わるまでの宴ですからネ」


――――かくして、森の奥に居を構える魔術師とその友人達を囲むハロウィンの夜は、夜中の十二時を迎えるまで続いていくのだった。