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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍の縛鎖 【最終回/全4回】

●プロローグ

「答えるまでも無いわね。私はこうして解き放たれた」

 ――――私は、私を選んだのよ。

 そう、延々と続く今を打ち壊すために。
 輝きか、無か。どちらを手にしようと後悔はない。
 守護霊のように存在を感じさせない少女は、鎖使いの男の首に手を回すと、東京タワーの中、艶然と微笑みを浮かべ声をたてて笑った。
 やりきれない。
 そんな理由で今の惨状が生まれたなんて。認めたくない。
「辛そうな表情をするのね‥‥」
 眼下には破壊的な嵐の力で多大な被害を受けた東京の街。

 竜穴洞より解き放たれし巨大な青い龍は、ついに東京にまで到達した。
 その身にまとった破壊の嵐を撒き散らしながら、青い龍は東京タワーを目前にする。
 機械の魔術師たちも龍の力を狙っており、陣頭指揮をとる指揮官の光の魔術師・セロフマージュも龍に結界を張り、彼の術である光の龍で捉えることに成功した。
「あはっははははは!!!!! 壊滅壊滅壊滅カイメツカイメツかいめつ――!!!!」
 狂ったように嘲笑を上げて全身から光の奔流をほとばしらせる。抵抗するように暴風雨はさらに激しさを増した。
 光の龍から力の供給を受けて、まばゆく輝く光の凝縮により鎧化させたセロフマージュが戦闘体勢に入ると、能力者たちへ凶眼を向けた。
「この力です‥‥もっと、もっと力を!!」



●希望を信じるための戦い

「こちら芝浦、東京タワー上空。たった今目的地に到着した」
 藤原 槻椰(ふじわら・つきや) はアパッチ戦闘ヘリの操縦桿をたくみに操りながら、現場状況を確認する。
 超巨大台風の直撃をうけた東京は暴風雨に蹂躙されていた。
 吹き上げられる雨粒や木の葉などで目に見える激しい風のうねり。水流は地下街や建物を侵して、決壊した河川付近では濁流のうねりが車や設置物を押し流している。
 東京タワーの上空には空間の裂け目が出現し、裂け目の向こうにまだ壊滅の起こっていない、平和なもうひとつの東京が垣間見える。
 ――アレが本当の世界かもしれない――
 全てが捻じ曲がり、崩壊の事象へとむかう混沌の嵐。
 その中心には、光に取り囲まれた青き巨龍。槻椰のアパッチのすぐ側を稲妻が走り、真下のビルに落雷する。衝撃で激しくゆれるヘリをどうにか安定させた。
「――――目標視認。これより作戦(オペレーション)を開始する」
 荒れ狂った世界の中でも、槻椰の思考は冷静を保っていた。アパッチを駆り急旋回させる先には、あの巨大な龍がいる。
 一糸乱れぬ統制の元、彼に率いられた戦闘ヘリ部隊も編隊を崩すことなく嵐の中を突き進んだ。

 一方、東京の街中でも――
「どこの馬鹿です。この東京にあんなモノを呼び出したのは」
 呟きながら、男は上空の青い龍を見上げた。
 都民の避難誘導を指示している警察庁特殊能力特別対策情報局の局長である彼―― 立花 正義(たちばな・せいぎ) だ。正義は一般警官に命令を発した。
「‥‥‥‥‥‥お前等、何をぼさっとしてる。さっさと住民の避難を急がせなさい」
「はッ、ただいまC地点にも増援を向かわせております。‥‥ところで局長殿はどちらへ行かれるのですか」
 正義は静かにきびすを返す。
「ええ、少々呼び出しがあったもので。一時現場を離れますが、救助に関しては代理の者の指示にしたがい動いてください」
 はッ、ともう一度敬礼をして去っっていく警官を見送ると、その場を離れた彼は、口元にゆがんだ笑みを浮かべた。
「しかし、これで上層部にはボクの力が必要だと思わざるを得ないでしょう‥‥今回の件は実にいいタイミングです」
 『無』から≪空飛ぶ檻≫を呼び出した正義は、腕を組みながら直立不動で乗って戦闘空域へ向かった。この騒ぎを鎮めることで、自分という存在の重要性を上層部に認めさせ、組織内での地位をさらに上げることができる‥‥そのために手段を選ぶ理由はどこにもない。
「どうやら、先客もいるみたいですねぇ。あの青い龍を捕獲するみたいだし、条件次第で手を組めるでしょう」
 正義の見つめる先には、龍の力をえた光の魔術師セロフマージュの光り輝く姿があった。
 利用できるものは最大限に利用する。
 それが、彼の方針である。

                              ○

 東京を中心に世界の崩壊事象が進行している。
 いや、元の世界に戻せる可能性がないわけではない。
 シュライン・エマ (しゅらいん・えま) が今にも壊れそうな空を見上げると、タワーの展望室内からもその理解を超えた現象はハッキリと確認できた。
 ひび割れた空のむこう側に見えるまだ無事な東京の姿を。
「‥‥一つだけ好い話を聞かせてあげる。ご存知の通り、今代の龍は双子だったの。もしも取り戻したいものがあるのなら、破滅よりも永遠の無価値を選んだ愚かな龍がいるから‥‥彼女を頼るといいわ」
 空間の割れ目を背にして、まるで世界の終わりが決まっているかのように、少女が告げた。
「頼るって‥‥どうすればいいのか見当もつかないわね」
「簡単な話よ。私と敵対し、滅ぼしなさい。私が滅びれば向こうでうまくしてくれるでしょうし」
 龍の少女はおかしそうに笑いながら、窓の外をついと指差して青い龍を指し示す。
「それがあなたの守りたいものを取り戻す唯一の方法――」
 そういって、彼女はやらかく笑った。
 あなたたち如きが私を滅ぼせるなら、の話だけれど。


 東京上空で繰り広げられる能力者たちと魔術師たちの戦闘は熾烈を極めていた。嵐の闇を光と魔力が交錯する。
「しっかし、まずはあの狂ったおっさん止めなあかんなぁ‥‥」
 超一流の腕を持つ退魔師―― 友峨谷 涼香(ともがや・すずか) は大気を蹴って軽やかに跳躍し、空飛ぶ靴で敵の闇夜を切り裂く光線をさける。
 いくつもの攻撃の雨をかいくぐり、目指すは龍を支配しようとしている光の魔術師のいる場所だ。
「まぁえぇわ、どうせ前に目ぇ付けられたみたいやし、やったろうやん! 龍とタワーの方は師匠に任せた!」
 涼香の後方で龍をさえぎる結界を展開していた、退魔師の総本家である白神家の現当主にして、涼香の師匠にあたる 白神 久遠(しらがみ・くおん) は困ったような微笑みをふんわりと浮かべた。
「まあ、涼香ったら‥‥師匠に頼るようではまだまだ修行が足りませんね」
 でも、そんなところも可愛いのですが‥‥と呟きつつまた一人の魔術師を打ち払う。
 嵐をまるでそよ風のように受け流し結界を維持しつつ、敵との戦闘もこなすというそんな神業を、久遠は当たり前のように行っていた。
 と、そんな超人的な彼女が一瞬だけ、表情を曇らせた。気の歪みを感じる。それもひどく醜悪なものだ。
 久遠は小首をかしげながら、すぐに元の微笑みに戻った。
「あらら、龍はさすがに力が凄いですね‥‥。それとも敵方の魔術が反作用でも起こしているのかしら‥‥?」
 青き巨龍は今、久遠の結界で東京タワーの目前に足止めされている。
 と同時に、セロフマージュたち機械仕掛けの魔術師たちによる光の龍の結界にも捉えられて、光の結界に押し込められた龍自身の気が渦巻きを起こしている。まるで太陽のプロミネンスのように吹き上がった龍の気の爆発に反応して大気の一部にも揺らぎが生じていた。
 歪みの中から巨大な光の龍が発生した。
 気のゆらめきにあわせて次々と生まれる光の龍は、無軌道な破壊の力を周囲に振りまいていく。
「これを止めるのに結界は多重にしておいた方がいいみたいですね。それじゃ、もうしばらくとまってくださいね」
 久遠はまるで料理に少し塩を加えるような自然さで、青い龍への結界を強化しながら発生し続ける光龍への対応も行い、ある程度の結界を展開するとその場を離れた。
「さて、その間に、と‥‥どうもあの東京タワーの方で何かあるみたいですね」


「ちいっ、別次元の方に向うか」
 魔法の箒に乗りながら、仙術気功拳法を使う気法拳士―― 雪ノ下 正風 (ゆきのした・まさかぜ) は急上昇した。
 彼の飛行した軌跡を切り裂くようにレーザー光線が走りぬける。
 むこう側の東京にはこちら側いは存在しない、東京タワーに巻きついた赤い龍の姿が見えて、その周辺でも別の戦いが起こっているようだ。
「とにかくつまりだ、あの『むこう側』に事態打開のヒントがあるんだろ。だったら行くしかない!」
 箒に乗り掌からの気弾で敵の魔術師達を攻撃しつつ別次元の龍のほうへ向う。途中でガクンと箒が揺れ、飛行の力を失った。魔術師による攻撃を被弾したのだ。
「正風さんおっこちちゃったよ!?」
 鈴森 鎮(すずもり・しず) が空飛ぶ雲から身を乗り出すが、こちらも助けにいけるほどの余裕はない。
 鎮の頭に乗っかったわんここと子狼フュリースが、背後へと警戒のうなり声をあげた。直感的に雲を反転させたすぐ側を、巨大な光の龍が通過していく。
「うわあっ、‥‥わんこ! しっかりつかまってろよ!」
 身を翻して追いかけてくる龍に、螺旋を描くように雲を飛行させながらいくつもの風の球体を放ち、振り切ろうと加速する鎮。
 だが、前からも別の龍が迫っていた。
「なッ、まずいよ! くぅっ――」
 突然、いくつもの爆発音が鳴り響き、光龍の動きが乱れた。
 戦闘ヘリが編隊を率いて頭上を通過していく。槻椰のアパッチ部隊が到着したのだ。
「語る舌は持たん‥‥‥‥何故なら貴様等が願望を達する前に、我々の手で消されて終焉を迎えるからだ」
 アパッチ戦闘ヘリと槻椰の指揮下にある部隊が能力者たちを支援する。
 槻椰は、人外への牽制と対処を図るべく設立された自衛隊特殊部隊の隊員にして、非合法異門機関「待宵」の総司令官でもある。対人外用の大型火器を備えた高機動戦闘ヘリ部隊は龍に対して大きな牽制効果を発揮した。
 嵐の中にいくつものミサイルによる火球が夜空を彩っていく。

 その時、地上からまばゆい黄金の柱が天にむかって突きあがった。

「借り物の箒よりお前が一番だよ♪」
 正風が召喚した黄金龍の輝きが空高く舞い上がる。龍の背に乗りながら正風が喚びだした2メートルサイズの黄金龍は、空間の割れ目を目指して飛翔していく。
「小賢しい……邪魔です、貴様らなど最早この場には必要ないのですよ――!」
 青い龍の力を吸収しながらセロフマージュは不愉快気に咆哮した。
「不本意そうですね。この状況に対して‥‥」
 セロフマージュに話し掛ける声――その主は情報局局長の正義だ。
 ≪空飛ぶ檻≫の上に立った正義は、魔術師の前に立つ。
「よろしければ力をお貸ししますが‥‥どうです、協力しませんか? 捕獲が目的なんでしょう?」
「協力の申し出なら拒む理由はありません‥‥あの煩い蝿どもを片付けてくれるのなら礼は惜しみませんよ」
「ふふ、いい答えですね。これで交渉は成立しました。私も青き龍を抑えるために助力を惜しまないでしょう」
 正義は一瞬にして夜の闇に姿を消した。
 セロフマージュは笑いがこみ上げてきた。私はついている。戦いは我々の優勢に揺るぎはないだろうし、このままことを運べばこの巨大な龍の力が全て私の手中に収まるのだ――。
 愉快だ、これ程愉快な話がどこにあろうか。
「おっさん、ごっつう楽しそうやなぁ、どうやその力は? どうせやからうちが相手になったるわ」
 光の魔術師の前に、小馬鹿にしたような笑い声を隠そうともせず、ひとつの影が立ちはだかった。
 いかにも楽しそうに。
 それでいて隙なく。
 女退魔師――友峨谷涼香はブラウンの瞳で魔術師を見すえる。
「ただし、御代は‥‥あんたの命になるかも知れへんけどな!」


 暴風雨に都心が傷つき、魔術師と能力者たちが相撃ち、無数の光の龍が乱舞する――そんなめまぐるしく変化する戦闘と災害と非現実的な光景を、ただ1人の青年が事象の中心から静観し続けている。
 日向 龍也(ひゅうが・タツヤ) は、青い龍の頭に立ったまま動かない。
「ほう、こんな場所に能力者ですか。なかなかに優秀な方のようですね」
「あんたこそよくここまで来れたな。何者だよ」
 挑発的な恭しさを含んだ声にも龍也は動じない。
 龍也の前に音もなく不気味な檻が降りてくる。
 檻の上に立つ人影――正義は、龍也に話しかけた。
「私は警察です。市民なら、こちらに協力していただきましょう」
「は、協力? 笑わせてくれるな、それってなんだよ」
「ふふ、簡単なことです。この青い龍を私に明渡してもらえればいいのです。………………抵抗するようでしたら、こちらも実力行使に躊躇はしません…………」
 正義の最後通牒に、龍也は不敵な笑みを返す。
「いいな、お前。わかりやすいよ」



●青い嵐の終わるとき

 東京タワー展望室。
 シュライン・エマは不安定に存在する龍の少女に訊ねた。
「確認だけれど、あなた‥‥あの青い龍と同種の存在と考えていいのね」
「同種? いいえ、あれは私。それ以外の何者でもないわ」
 道理で。
 彼女は見ていてもはっきりと解るほど、不安定な存在から現実的な安定存在へと変化しつつある。もうほぼ現実存在といっていいかもしれない。
「つまり、あの龍と同一存在という意味かしらね。そう‥‥だったらあの青い龍がここに到達すると一体何が起こるのか‥‥もう教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
 いまさらなにを、といった瞳でシュラインを見つめた少女は、上空の空間にできた裂け目に眼をむけた。
 正確には、むこうの東京にいる、東京タワーに巻きついた紅い龍を。
「あの龍とひとつになるのよ‥‥何か明確な目的があるわけではない。元々別れて生れ落ちた私たちだもの。私を行動させる本質は衝動‥‥これは本能よ。力から自由を奪う虚構の存在を知った者の――」

 だけど、予感は感じている――ここに到達することで。私は欲しがっているものを得られる、きっと。

「なんだよそれー!!」
 ぼかっ!
 突然展望台のガラスを割って空飛ぶ雲で飛び込んできた鎮が、ゴロゴロ床を転がりながら少女と彼女の取り憑いた青年の前まで来ると≪わんこぽかぽかパンチ拳≫で急襲した。ぽかぽかぽかぽかっ。
「‥‥‥‥。なにをしてるの?」
「自分の面倒にまわり巻き込むんじゃねえ! 予感とかっ、自由とかでっ、人様を巻き込むなー! いいか、破滅とか簡単にいうな! 年長者として叱ってやる! えいえいっ!!」
 ぽかぽかぽかっ!!
「‥‥‥‥‥‥」
 ぽかぽかぽかぽかぽかぽかっ!!!
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「どうだ、ちゃんと反省したか!?」
 わんこの肉球でぽかぽか頭を小突く鎮を鬱陶しそうに横目で見ながら、これはあなたの知り合い? とシュラインに指差しで訊ねる少女に、額を抑えながらシュラインも他人の振りをする。(ひどっ)
「‥‥さあ、言ってる事は私もやや同感だけれど、どこの誰かしらね?」
「えぇーーー!!!?」
 場が和んでしまいそうになったその時、さらに連続したガラスの破砕音が響き、暴風と雨が吹き込んできた。
 数名の機械仕掛けの魔術師たちがこの場所に到達したのだ。
「ふう、力のあるめんどくさい姫キャラの説教も終わったし、おうっ! こいつらは俺にまかせとけ!」
 ゴウッ! 気が晴れた鎮は、嵐を巻き起こして叩きつけ、魔術師たちを室外にたたき出す。
 そのままシュラインたちと魔術師の間に風の壁を張ると、自分は小回りの効くイタチの姿に変化して、風に乗りながら空中を舞う。
 魔術師たちは機械の翼や人造の妖獣を駆り、囲い込むように攻撃した。
 背中に装備した複数のマニュピレーターアームや光学魔術による魔力レーザーで攻撃する。
「こいつらは殺しても構わん! 目標を捕獲しろ!」
「へんっ、そーはうまくいくかってんだい! ほらよ!」
 しかし、小回りの効く素早い鎮をなかなか捉えることができない。
 空飛ぶ雲に乗ったわんこと連携して、動きをかき乱すように撹乱し、隙を見ては背後から体当たりや後ろ蹴りを喰らわせた。
「俺、あの馬鹿金ぴかなセロフマージュのやつも大っ嫌いなんだよな。おまえら、あいつの命令できたんだろ? だったら思い通りにさせねぇからな、覚悟しやがれ!」

                              ○

 日向 龍也に≪空飛ぶ檻≫で襲い掛かった正義は、その能力を解放する。
 青い龍の頭上でまばゆい閃光がほとばしった。
 龍也を取り囲む『無』から檻が出現し、瞬時にして彼を捕らえようとした瞬間――
「‥‥そんなに死にたいなら手伝ってやるぜ?」
「何ッ!?」

 正義が無から檻を作り出したように、龍也は『剣』を創り出した。

 一閃、鋭き光を放って剣は一刀の元に檻を斬り裂き、消滅させる。
「あなた、数多くの犯罪を犯していますね。私はわかりますよ、犯罪者の臭いというものが――危険です。あなたからはプンプンと激しく臭ってきています」
「法ごときで俺を縛ろうとするならお門違いだ。千回ほど死んで出直してきな」
 正義にとっては組織の中で生きていることも自分自身のためである。
 出世や金よりも、自分の力を誇示することを好む。上層部の命令により今の地位にいるが、彼らを利用しているだけに過ぎない。
 一方、龍也は己の魂にしたがって生きる男である。やらなければならないことと心からやりたいと思うことが一致している男――――相手が気に入れば10円でも仕事はするが気に入らなければ莫大な金を要求する。
「法で縛ろうなんて思ってませんよ。犯罪者相手に、手加減は必要ないということです」
 正義は『無』からさらに多種多様な捕獲手段を出現させた。
 捕獲する能力に関しては正義は能力者の中でも抜きん出ている。あらゆる場所から望むものを出現させる時、彼の視界の捉えられた者は逃れる術を知らない――はずだった。
 だが、龍也は正義が出現させる捕獲手段を片っ端から破壊する。
 無限に包囲する捕獲手段を無限に破壊していく戦い。
 お互いが自分のために生きていながら、全く相反する道を歩いている者同士が青い龍の頭上で出会い、互いを否定するように死闘を繰り広げる。
 ザッ。
 いつの間にか、龍也が正義の目の前にいた。え、と拍子抜けするような声を上げてしまう。いつの間にこんな近くに、この男はやって来たのですか? 理解できない。
 正義の力を破壊しながら、龍也は少しずつ接近もしていたのだ。
「ああ、喧嘩を売った相手が悪かったな。今回は俺の諦めろよ」
「まっ、待て!! やめろ!! 公務執行妨害‥‥‥‥‥‥」
 龍也の剣がほとばしる。
 空間が悲鳴をあげて切り裂かれた。
 その場所にはもう正義の姿は存在していなかった。龍也が破壊したのは彼が乗っていた檻だけだ。

「‥‥‥‥‥‥くそっ、覚えていろ‥‥」
 檻でガードしながら墜落することで逃げ延びた正義は、憎憎しげに落下しながら遠くなっていく孤高の何での屋の姿を睨みつける。
 この借りを返すまでしっかりと脳裏に焼きつけるように――。

                              ○

 ――――シャラン。
 錫杖の音が聴こえた気がした。
 いつの間にか割れたガラスから風が吹き込まなくなっている。物理干渉する結界が張られているようだ。
 静寂が支配している。
 展望室に立っているのは、銀髪の少女―― 白神 久遠。
「大体のお話、聞かせていただきました」
「静かな気‥‥私に用のようね」
 龍の少女は宙に浮くと、ゆっくりと両腕を広げた。
 少女には久遠が来た理由も、久遠には少女が目指す先も、何もかも分かり合っているかのようなふたり。だからこそ、ふたりには拒絶を選択する以外に道もなかった。
 気の流れが荒れる。ざわめく。ざわめく。ざわめく。
 少女の中に混沌と渦まく膨大な力の気が、行き場を求めるように彼女の体から滲み始めている。
 だが、久遠は微塵も動じない。
「――――いい覚悟だわ。あなたには言葉がいらないようね」
「あなたがあなた自身を選んだように、私もこちらを選ばせていただきましょう。この街をなくすわけにはいきませんから」
 にこ、と久遠は笑った。
「全力でお相手、させていただきます」


 少女の手がついと動くのと、

 久遠の力が発動するのは同時だった。

 龍と少女を成す荒ぶる破壊の力

 印を結ぶことなく発動された白神の封印の力



 ――――決着は、一瞬。

 久遠はおだやかに言葉を紡ぐ。
「さっきあなたは『あなたたち如き』と言いましたが、皆強いんですよ? 確かに弱くて脆いけど、でも強いんです‥‥それを分かっていないあなたには、負ける気がしませんね」
 少女は穏やかな笑顔で応える。
「ええ、あなたたちの手で運命を掴んで見せなさい」
 トサ――と音だけを残して、龍の少女は床に倒れた。

                              ○

 一方、藤原槻椰は現場に到着後、ヘリから飛び立った。暴風に煽られながらもふわりと宙に浮くと、飛行して目標である光の龍に高速で接近する。
 すぐ横を音もなく光のエネルギーの奔流が走り抜けた。
 凝縮された高熱量の光は触れたもの、呑み込んだものを一瞬で消し炭に変えて、この世から跡形もなく消し去ってしまうだろう。
 光の奔流を放つ中心に座するのは、光の魔術師セロフマージュであった。
「力が‥‥真の力の結晶がここに‥‥私の手の中で完全に制御されています‥‥!! 美しい‥‥!!!」
 狂ったような笑い声を上げながら、魔術師は無駄に膨大なエネルギー攻撃を空一面に垂れ流す。
 青い龍を取り囲む光の龍の結界は、セロフマージュに無尽蔵のエネルギーを供給し続けているのだ。
「滅亡を企む奴程滅ぼし易い奴は存在しないな」
 そんな圧倒的な力をばら撒く魔術師を、槻椰は冷徹な眼で観察した。
 一笑に伏すことすらなく、淡々と自分の仕事をこなす機械のように、槻椰はセロフマージュに相対する。
「貴様は魔術の専門家だったかもしれんが生憎我々は戦争のプロなのでな。如何に強力な武装や統制の取れた軍隊を保持しようとも、敵を持たん軍隊程脆いものは無い」
「は、あははははははっ!!! 私と貴方たちが、最早同じ存在であるなどと下らない認識はあり得ない――所有する力が違う。命のポテンシャルが違う。存在の価値が違う。生きている存在感の重みが違う――高みに昇った生命からは各下のイキモノがよくわかる!! 今のわたしから見ればあなたがた人間は、そこらにあるゴミ芥と変わりない――なんら変わりない存在なのですよ!!」
 光の奔流の一本がかき消される。
「火剋金、我火を以って金を剋す!」
 友峨谷涼香が、呪符を自分の周りに浮かせつつ、美しい舞いを踊るように空中で印を切った。
 だが、その踊りは一部の無駄もないシンプルで合理的な舞だ。
「この街はなぁ、うちにとっても大切なもんがぎょうさんあんねん、これ以上はやらせへんよ」
「くくく、小賢しい退魔師如きが‥‥我等の叡智に陰陽技術への対抗策がないとでも思いましたか‥‥?」
「そういう御託は結果を出してから言ってみいや!」
 刹那、涼香の符陣の一角をなす符がジュッという音だけを残して焼失した。
「なんやて!? そない阿呆なことあらへん!?」
 だが、符は一枚また一枚と、力に抗し切れなくなり、限界を超えた符から燃え尽きていく。失われた分の符を補うが、符の焼失していく速度が徐々に速くなっていく。
「どうしました? 今なら泣いて許しを乞えば見逃してあげてもいいのですよ。人間もいちいち気に入らないと、虫を殺すわけではないでしょう?」
「残念やけどな、あんたの顔、うちタイプやないねん。やからさっさとここから消えてんか。どうせあんたらの企みもこのまま潰れてまうんやしな。うちや師匠がおるからな!」
 光の魔術師はさも可笑しそうに哄笑した。
「だったら頼みの師匠とやらも呼んできなさい。最早この力を手にした私は、人間を恐れるなどという気持ちがないのですから。むしろ哀れんでいるくらいです。その余りにもの小ささに――あはははははは!!!!!」
 涼香は攻撃の符を放った。だがプロミネンスのように湧き上がる光の奔流の壁を前にして、魔術師も、光の龍も、青い龍も、誰も傷つける事すらできない。
 槻椰の放つ銃弾もことごとく同じ運命をたどる。


 苦戦する能力者たちの光景を、黄金龍に乗った雪ノ下正風は離れた場所から見ていた。
「まずいようだな。この気が向う側の龍の奴か―― 一刻も早く、もう1度交渉しなければ」
 東京タワー上空のひずみで、正風は黄龍の篭手を媒体にして龍の元に思念を飛ばし、別次元の龍に接触を試みた。むこう側の東京にいる紅い龍に呼びかけ、助力を乞う。
「俺達は世界の破滅を望まない、力を貸して欲しい」
 正風の意識は溶けるように現実世界を離れ、龍の意識とシンクロする。
 龍は簡潔に述べれば膨大な力の流れだ。それは気の流れを読み、操り、使役する正風の分野でもある。
 次元の差こそはあれど、扱う力の性質において、幸いなことに彼の術法と龍存在の相性が良かった。

 ――――ソナタの求めるものは何か。
                力の流れが発する問いかけに正風は答える。
 ――――わからない。ただ、この世界を救いたい‥‥。
 ――――我に何をノゾムか。
 ――――助力を、青い龍の暴走を止められるだけの、力を――!

 そこまで念じた時に、ふっと龍の思念が途絶えてしまった。
 不安に襲われた瞬間、正風の体内に荒れ狂う龍の気とは別の、穏やかで静けさに満ちた、それでいて膨大な力の奔流が流入してきた。
「よし! これで、この力なら居酒屋の姉さんを助けに行ける!」
 居酒屋退魔師――涼香の元に向かう正風。
 ――――気を練り、磨き、集め、穿つ――――全エネルギーを凝縮して一つの気弾へと変化させる。チャンスはたった一度きり。
 体内に満ちた気を拳に集中して、青い龍に狙いを定めた。


               「 奥 義 黄 龍 轟 天 破 っ ! ! 」


 全身全霊を込めた咆哮と共に強力な気による砲撃を放った。
 閃光がほとばしる。
 気砲は見事、遠方の龍を直撃した。
 青い龍の力が一瞬中和される。

 中和は一瞬だ。無尽蔵のエネルギーを蔵する青い龍はすぐに回復してしまうだろうが、槻椰にとってはその一瞬で十分すぎた。
 力の供給が絶たれ、エネルギーを失った光の龍を一直線に目指す。
 前方にはセロフマージュが存在している。光の龍の結界から受けとったエネルギーがまだ満ちているようで、こちらはまだ輝きを失っていない。
「下らない抵抗を‥‥下らない、興が殺がれるほどにくだらない努力だ!!」
「――――目的も意義も見失った者は己の存在意義に疑念を抱き、組織体としての『個体』を見失う‥‥」
 愛用の剣『零式』を抜き放つ槻椰。『零式』を抜くことで、槻椰は命のやり取りを楽しみ、意味の有無を問わず殺戮と破壊に快楽を見出す全く別の存在へと変貌する。


「それは貴様達も同じだ」

 一振るい。魔術師の光の壁を断ち切った。
 二振るい。魔術師の光の鎧すら断ち切った。
 三振るい。魔術師の脇を通り抜け、光の奔流を失ったエネルギー源である光龍をことごとく斬り倒していく。
 並み居る光龍という光龍を哄笑しながら、結界を守ろうとする護衛の魔術師たちごと、片っ端から斬り捨てる。
 槻椰の指揮する残りの戦闘ヘリからもミサイルが放たれ、空一面を火球で染める。

「――――だが我々は違う。我々は統制の取れた軍隊も強力な武装も、戦う目的をも持ち合わせている。見せてやろう‥‥真なる世代を築き上げるのが誰であるかを!」

 負傷したセロフマージュは、己の劣勢を悟った。
 光の龍を失えばもう青い龍からのエネルギー供給を受けられなくなる。それは再びゴミ芥のちっぽけな人間という存在に戻ってしまうことだ。結界を守るために戻ろうとした魔術師の前に、女退魔師が立ちはだかる。
「馬鹿が、死ぬ気か――貴様の技はすでに私には通用しない。こちらは不覚にも手傷を負ったとはいえ、いまだ龍のエネルギーを膨大に蓄えているのだぞ」
「‥‥そうやけどここは退けへんな。万が一あんたが戻ってひとつでも光の龍を残すことになったら、あんたの力を復活させてしまうやろ」
「わかりました‥‥あなたには、死を与えて上げましょう」
 魔術師は腕を上げて、光の洪水を放った。出し惜しみなしの一撃。涼香の姿が光の渦に呑みこまれ、消えていく。
「居酒屋の姉さん!?」
 正風でもこの距離からは助けに行くこともできない。光は渦巻き、涼香を消し去り、‥‥そのまま渦巻き続ける。
「‥‥‥‥?」
 セロフマージュはいぶかしんだ。自分の放った光が渦まいたまま一向に消えない。途端、光の奔流は渦巻きから逆流して、光の魔術師を呑みこんだ。
「な、な――これは一体!?」

 ――――凶り眼(まがりめ)。

 とだけ光の渦の中心からは聴こえた。しかし、もはやセロフマージュには聴こえない。理解できない事態に混乱を来たしている。
「馬鹿が、馬鹿がァ――!! 私の力である光を返した所で私を殺せるはずもな――――」
 ゴキリ。セロフマージュに腕が異様な角度に曲がる。ゴキリ。ゴキリ。
 また、今度は右足と左手首が、曲がっていく。苦し紛れで放った魔術師の一撃の光線が、あらぬ方向へと曲げられてしまった。
 陰陽術でもない、涼香が見て対象だと認識したものを捻じ曲げる魔眼。光も、魔術師も、全て捻じ曲げていく。渦まくように曲げられていた光が消えて、忌まわしい力を行使する涼香が現れた。
「さよならやな、魔術師はん」
 ゴキリ。最後のネジ曲げにより、四大魔術師のひとりであり栄光と賞賛をほしいままにしていた光の魔術師は、この世界から息絶えた――――。


 青き龍の頭上から全てを見守っていた日向龍也は、無表情に眼を閉じた。
 最早、この場所には何もない。
 龍の巫女は封じられ、光の龍たちが滅び、魔術師は惨めな最後を遂げた。
 最後に残るのは青い龍。
 世界の因果を歪め、
 滅びの可能性を具現化し、
 消滅する世界という妄想を真実に変えるだけの力をもった、
 ――――愚かな宴の最後の残り火。

「決着、つけさせてもらうぜ」

 真意を捉えた龍也は、自分の世界を展開して、そこに唯一のオリジナルの武器を創造する。
 異世界の中に造られたさらに異形の異世界。龍也の世界。
 世界の全ての武器が一斉にぶつかり交じり合い一つになっていく。
 質量は増ず、
 無限の武器が一つになり世界から武器が消える。
 そして木のような感じの一本の剣が残る。
 刀のようで剣のようでもある不思議な剣が。
 鍔にあたる部分にタリスマンが埋まり、
 そこから根のような感じに青いラインが何本も伸びている。

 この剣は、全てを殺すことができる。

「人、動植物、物体、空気、感情だろうと神や悪魔だろうと世界だろうと全て。例外は無い‥‥全ての存在を因果から何から全て斬り、刺し、穿ち、殺す。この剣に斬れないものはない。例外は無い。切れ味とか言う次元の問題ではない。斬れないものは”ない”んだからな」

 そして、狂った青い世界と不必要なものを殺した。

                              ○

 シュラインは軽く髪をかきあげながら、
「‥‥何か、勘違いをされてないかしら」
 と、さも子供を諭すような口調で龍の少女に近づいた。
 そう、これは先ほどの話の続きだ――。
 青い龍の世界は殺された。
 龍の力は、もはや、この場所にはない。
 嵐は消え、街並みが時間を遡るように修復され、あるべき姿に戻っていく。
 もはや意味も価値もない、消えようとしている世界だ。
「勘違いとは、私の行いがかしら?」
「ええ、そうよ。自由と力の関係。自由と束縛の意味。それに私が今ここに居る理由も」
 倒れた彼女の側に立ち、シュラインは足をとめた。
 存在が薄れている。
「確かに取り戻したい物もあるけれど、こうなった責任を棄てる事は出来ないもの。自由とは、それだけの責任を背負わなきゃならない事でもあるでしょう?」
「自由と責任は人間の理屈よ。人間扱いされてこなかった私に、守る道理がどこにあるのかしら」
「あるわよ。十分」
 彼女はいぶかしげな表情を見せた。
 滅びゆく光の龍たちが放つ冷めた光だけがふたりの姿を照らし出している。
「それから‥‥解き放たれた事自体には否定的な見解はしてないわ」
「わからないわね」
 少女の答えに、シュラインは少しだけ微笑んだ。
「流れ巡廻(めぐら)なければ水も淀み腐るもの。ただ繋ぎとめておくという処置は、私も賛成は出来ないわ」
「だったら――」
「でも。解き放たれ、破壊し‥‥あなた、その後はどうするつもりなのかしら? 結果は己一人、縛られていた頃と何の変わりもない結末が待ってるだけでは?」
「――――」
「一方的な思いだけでは世界は、龍は不完全だと思うの」
 不完全であるからこそ破壊する。
 歪(いびつ)だからこそ破壊が生まれる。
 しかし、その先に待つ結末が、解放という名の楽園ではなかったとしたら。待っているのは、終末という名の新たな≪束縛≫でしかなかったら。
 シュラインの言葉が、本当だとしたら――。
「私は思うのよ。相反する心があるならその二つが揃ってこそ、己の新たな可能性を見出す術を手に入れる事が出来るのでは‥‥と。枷に縛られず、自由に動け、且。他者との共存は願えない?」
「弁が立つのね、貴女」
「そう‥‥信じてもらえないかしら?」
「素敵な夢を見せてもらった、とだけ言っておくわ。貴女って奇妙な人間ね」
 人間は誰だって奇妙なものよ。そして、あなたも人間だから‥‥というシュラインの答えに、少女はただ笑った。
 自分が消えることで生まれるものもある。
 全てを壊そうとした自分の結末にしては皮肉なラストだ。命は皮肉で出来ているのかもしれない。
 シュラインはふと、何気ない疑問を呟く。
「あなたは双子の巫女の片割れ‥‥というより何故かその一人の中の心の片割れのような印象が‥‥」
「しりたい?」
「ええ、是非訊きたいわね」

「元の世界に戻るあなたには、死んでも答えてあげない」

 自分に安心を与えて、意味を奪った人間への、これはささやかな仕返しだ。


 例えるなら、全てがノイズだった。
 深夜のテレビに映るただ砂嵐しか映らない画像を延々と眺め続けるような無意味さで、それが自分にとっての生きているという意味でしかないと気づいてしまったとき、私には絶望しかなかった。
 意味のないという意味――――
 喜びに満ちた輝きにいるわけでもなく、完全になにもない無の状態ですらない、中途半端な存在の形。
 人には、表象する部分と、内なる力がある。自我を自覚した内なる存在は、安定するだけでは満たされない。
 だから、動かなければならなかった。
 何が起ころうと、動いてはっきりさせなければいけなかった。
 そう、延々と続く今を打ち壊すために。
 輝きか、無か。どちらを手にしようと後悔はない。
 何かを手に入れるか、それとも無という完全になるか。




●ある晴れた夜空に

 夜空には、ただ煌々とまばゆい月の輝き。
 嵐などまるでなかったかのように。
 涼香は両手を高く頭上で組むと、うんと大きく背伸びをした。
「ふぁ〜‥‥終わった終わった、疲れたわー。帰ろ‥‥あ、皆で一杯どない?」
 ビキッ。全身に激痛が走り思わず悲鳴を上げる。凶り眼の能力を使った反作用だ。
 久遠がその体をぽんと叩いてさらに追い討ちをかける。
「さてさて、かなり涼香ちゃんもぼろぼろになってしまいましたが‥‥まぁなんとかなるでしょう。さて、一杯やりしょうか」
「皆疲れたやろ、今日はおごるで〜」
 ヘロヘロ声な涼子の声に、正風が嬉しそうに笑い声を上げる。
「それって奢りかい? 姉さんよ」
「んー、そのつもりやったンやけど、こんな傷ついたか弱い女を見て、さらに奢らせよう思う男がおるなんて、関東もんは冷たいんやなぁ」
「‥‥ええーい、わかった! 払いは俺持ち、これで文句はないだろ!」
「ふっふっふ、気ぃつけや。うちの師匠はもうとめられん位飲みはるんやから‥‥イタタタ、痛いやん師匠!!」
「あらまあ、口は災いの元よって教えなかったかしら涼香ちゃん?」

 藤原槻椰は、都市復元の確認作業や事後調査報告などで忙しいと断りを入れようとしたが、後で合流するとの約束を強引に取り付けられた。
 壊れた建物も、空に出来た空間の割れ目も、きれいに消えて元の姿を取り戻している。
 槻椰の率いる調査団の報告によれば、東京は完全に事件前の姿へと復元されたらしく、修復作業や人為的な後始末をする必要がないほど災害や戦いの痕跡は見当たらなかった。
 街への被害にも。人々の記憶にも。事象的な歪みにも――――。
 立花正義は今回の件における、自身に不利に働く可能性のある証拠の抹消に奔走している。
 そして、日向龍也は事件が解決した後、いつの間にか忽然と姿を消していた


 飲み屋に向かう道の途中、シュラインはふと思い出す。
 ――――元の世界に戻るあなたには、死んでも答えてあげない。
「龍使いの天羽家にまつわる事件は解決したそうだけれど、それは私たちの知っている事件とは違う全く別の事件だった‥‥」
 分岐した世界で起こった二重の事件。
 だとしたら、あの彼女――龍の少女は何者だろう。
「なあ、そんなに考え込んでさ、どうしたんだ?」
 鎮に話し掛けられて、シュラインは微笑した。
「いいえ、ちょっとね‥‥世界分岐が発生するほど影響を行使できるのに、世界を滅ぼすことを望んで、実現できなかった。それに違和感を感じたものだから‥‥」
「なんだそんなこと。あいつは本当はそんなことを望んでなくて、それに気づいたからちゃんと改心したんだって。だから、こうやってこの世界もみんなも無事に戻れたんだ」
 俺の説教のお陰だな! といって笑う鎮をみて、案外それが答えかもしれないとシュラインは思った。






【 [The chain of Closed Dragons] The end of Separated-Wrold 】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0391/雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ)/男性/22歳/オカルト作家】
【2320/鈴森 鎮(すずもり・しず)/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【2953/日向 龍也(ひゅうが・タツヤ)/男性/27歳/何でも屋:魔術師】
【3014/友峨谷 涼香(ともがや・すずか)/女性/27歳/居酒屋の看板娘兼退魔師】
【3634/白神 久遠(しらがみ・くおん)/女性/48歳/白神家現当主】
【3786/立花 正義(たちばな・せいぎ)/男性/25歳/警察庁特殊能力特別対策情報局局長】
【4215/藤原 槻椰(ふじわら・つきや)/男性/29歳/「待宵」総司令官】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 ええと、作成が遅くなりました‥‥大変申しわけございません‥‥。
 どうにかここまでやって来た最終回ですが、予定とは色々違った面も出てきました。ただ大よそ予定していたストーリーラインは外れていないので、どうしてこんなに書けなかったんだろう今回‥‥と反省と共に不思議に思えることしきりで、龍の呪いかなぁなどと不吉な考えが頭をよぎりまくったり。そういえばトラブルも立て続けだったし‥‥。
 ともかく反省することばかりな全4回、ご参加頂きました皆様には本当に申し訳ありませんでした。そして、最後までお付き合いいただけたことに謝意を。今回のストーリーで少しでも何かを感じていただけたら幸いです。ありがとうございました。

 それでは、あなたに剣と翼と龍の導きがあらんことを祈りつつ。