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『君呼ぶ歌声』
今夜も、歌声が響く。
月刊アトラス編集部。
「う〜ん……」
碇麗香は、コンピューターの画面を見ながら、小さく唸り声を上げる。
そこへ、三下忠雄がトレイを両手に持ち、おずおずと近づいて来た。
「あの、編集長。コーヒー入りましたけど……」
「そこ置いといて」
「はい」
湯気の立つカップをデスクの傍らに置き、一礼して下がろうとした忠雄の背中に、再び麗香は声をかける。
「あ、さんしたくん。やっぱちょっと来て」
「は、はい」
酷く嫌な予感がしたが、下っ端の身としては、編集長に逆らうことは出来ない。
――最も、それは、二人の性格的な面による部分も大きいのだが。
「夜中に、歌声が聞こえるらしいのよ」
「はあ」
麗香の言葉に、間の抜けた返事をする忠雄。しかし『歌声が聞こえる』といきなり言われても、内容が飲み込めないのだから仕方がない。
「バンドやってる人とかが、練習してるんじゃないですか？」
至極まともな意見に、だが彼女は首を横に振る。
「違うの。ここの辺りの公園らしいんだけどね」
そう言って、デスクに置いてあった地図を手に取り、一点を指差した。
「毎晩毎晩、歌声が聞こえるから、近所の人が見に行ったりしても、いつも誰も居ない。それでも歌声は聞こえ続ける……たまたま通りがかった人からの情報も合わせると、かなりの数に上るわ。オカルト系サイトの掲示板とかでも、頻繁に話題になってる」
話がどんどん自分の苦手な方面に進んでいくので、忠雄の腕には鳥肌が立ち始める。
「あのぅ……どんな感じの歌声なんですか？」
「それがね、情報がバラバラなのよ……それに」
彼女はそこで一旦言葉を切り、コーヒーを一口飲んだ。
「ここの近辺で、失踪者が出ているという情報もある」
「それって偶然じゃあ……」
「さんしたくん〜」
優しげな声音を発し、穏やかに微笑む麗香。こういう時はロクなことがない、と忠雄は身をもって知っていた。
「だから、真相を確かめるために、取材行ってきて」
「い、嫌ですぅ！だってぇ、怖いじゃないですかぁ！」
「そんなに嫌なら、取材に行ってくれる人材集めなさい！今すぐ！」
■ ■ ■
目覚ましのアラームが鳴る。
それを止めると、四方神結はベッドの上で大きく伸びをした。
いつもと同じ朝が始まる。
最近は、あの妙な夢を見ることがないので、寝覚めも良い。
彼女はとりあえずシャワーを浴びることにした。
キッチンで朝食を作る。
自然と鼻歌が零れた。
と、そこに携帯電話の着信の音。
結は急いで近寄ると、通話のボタンを押した。
「はい」
『あのぅ、朝早くからすみません。以前お世話になった三下ですけどぉ』
彼女の脳裏に、頼りなさげな男性の姿がパッと浮かぶ。
「ああ、三下さんお久しぶりです。どうかしたんですか？」
そこで、結は電話を耳に当てたままキッチンに戻ると、ガスコンロの火を消した。魚の焼き具合を確かめ、皿へと移す。
『実はぁ、頼みたいことがありましてぇ……』
次は味噌汁をお椀によそう。
三下忠雄とは、幽霊に取り憑かれた車の件で出会った。その時に、彼がオカルト雑誌の編集部の社員で、取材のたびに人材を集めることがあると聞き、また何かあったら連絡するように、と携帯電話の番号を教えておいたのだ。
依頼内容を聞いて、結は眉を顰める。退魔師などということをやっている身としては放って置けない。
「分かりました。そちらの編集部に伺えばいいんですね？はい……はい……では、失礼します」
通話を切ったあと、彼女は一息つく。
（出席日数、まだ大丈夫だったよね）
そして、再び携帯電話を持ち直すと、学校のダイヤルをプッシュした。
「もしもし、四方神です。あの、実は体調が悪くて……」
月刊アトラス編集部。
彼女は入り口に立つと、ひとつ呼吸をしてから声を掛けた。
「失礼します。四方神と申します。三下さんはいらっしゃいますか？」
すると、奥の方から眼鏡を掛けた男が慌しく駆け寄って来るのが見えた。
「四方神さん、来てくれたんですね。ありがとうございます〜」
「いえいえ」
結は忠雄に促され、社員の間をすり抜けながら歩くと、フロアの一番奥にある席まで辿り着く。
「さんし……三下くん、彼女が、今回の助っ人ね？」
「はい、編集長」
編集長と呼ばれたのは、眼鏡を掛け、茶色い髪を後ろで結い上げた、知的な雰囲気を漂わせた女性だった。彼女はこちらに向かって一礼すると、名刺を差し出してくる。そこには碇麗香と名前が記してあった。
ふと隣を見ると、長い髪を赤く染めた、長身の女性が立っている。
「あ、彼女はね、堂本葉月さん。フリーライターで、うちの記事もたまに書いてもらってるの。彼女も、今回の助っ人」
「宜しくね。えっと……」
「四方神結です」
「結ちゃん」
そう言って、彼女は手を差し出してくる。あまり他人と握手をするという機会がなかったので、戸惑いながらもその手を取ると、ぎゅっと握られた。
「あ、シオンさん」
その時、麗香が小さく声を上げた。振り向くと、そこには長い黒髪を後ろで縛り、青い目をした背の高い男性が立っていた。生やした髭が中々様になっている。
彼は、唐突に口を開いた。
「あの、麗香さん、お昼をご一緒に……」
「ちょうど良かったわ。人手が欲しかったところなの」
だが、麗香の言葉に、あえなく遮られてしまう。
「あの、お昼を……」
「こちらは四方神結ちゃんと、堂本葉月さん。結ちゃん、葉月さん、こちらはシオン・レ・ハイさんよ」
紹介されたので、笑顔で会釈する。葉月はというと、フランクな性格なのか、またもや握手を求めていた。シオンと呼ばれた男性もこちらにお辞儀をし、葉月には握手を返す。
「お昼……」
「シオンさんにもね、三下くんたちと一緒に、取材に協力して欲しいの」
度々言葉を遮られた彼は、何かを考えているのか、ぼんやりとしながら頷いた。
その後、近くのファミリーレストランに寄り、打ち合わせをしながら、昼食を摂ることになった。これは必要経費なので忠雄の奢りである。
「言葉には不思議な力があり、それから生じた歌には魔力があると聞いた事があります。私自身は文才も音楽の才能もないのでよく分かりませんが……とにかく、失踪者が出ているという話がある以上、放ってはおけません」
結がそう切り出すと、忠雄と葉月は頷いた。シオンは、食べることに熱中しているようだ。
「歌声がバラバラだという話も気になるところよね」
「はい。何か、この世ならざる者が現世の人を呼んでいるのかもしれません。もしそうなら、どんな事情があるにせよ、退けなければならないと思います。現世の人は現世で生きていかなければいけないように、あの世の者はあの世へ行かなければならないと思いますから」
「そうだね。とにかく、現地に行って調べてみよう」
葉月の言葉で、打ち合わせは終了した。
「四方神さんは、学生さんですか？」
「あ、はい。そうです」
（平日だから、やっぱりおかしいと思われるよね……）
だが彼はそれ以上深くは追求して来なかったので、少しだけホッとする。
打ち合わせのあと、麗香から渡された取材用の資料を持ち、効率を上げるために二つのグループに分かれ、公園周辺の聞き込み調査を開始することになった。
やがて、問題の公園が見えて来る。
そこはそれほどの広さはなく、中が一目で見渡せるような小さなものだった。周囲には木が植えられており、申し訳程度に、ジャングルジムとブランコ、砂場があるくらいである。だが、奇妙な歌声の噂の所為か、誰も人は居なかった。
「やっぱり誰も居ませんね……シオンさん、とりあえず聞き込みに回りましょうか」
「そうですね」
二人は公園を離れると、周辺の住宅を当たってみることにした。
とりあえず、一番近くにあった家のインターフォンを押すと、中から小太りで人の好さそうな中年の女性が出て来る。
「突然すみません。月刊アトラス編集部の者ですが、ちょっとあの公園の件についてお聞きしたいと思いまして」
結がそう切り出すと、女性は急に顔を輝かせ、大きな声で捲くし立て始めた。
「あら、雑誌の取材？お疲れさまぁ。何？あたし、雑誌に載っちゃったりするの？写真撮る？もしそうだったら服着替えてお化粧し直して来なきゃ……ね、ウチに上がらない？お茶とお菓子でも出すわよ」
「あ、はい。是非……」
「いえ、写真を撮ったりはしません。ただ、お話を伺いたいだけですので……それに、他にも回らなくてはいけませんので、こちらで結構です。ご好意、感謝致します」
申し出を二つ返事で受けようとしたシオンの言葉を制し、結は丁寧に答えた。
「そうなの？あたしったら勘違いしちゃった。やあね……それで、公園のことだったかしら？」
「あの、ここら辺で安いスーパーってあります？」
話の流れを無視し、唐突に言葉を挟むシオン。
「スーパー？そうね……ここの先の角を二つ曲がったところが、すっごく安いのよ。あたしはいつも行くんだけど」
「すっごく安いんですか？」
「シオンさん、そんなことを話している場合じゃ……」
目を輝かせる彼に、結が口を挟む。
「そう、すっごく安いの。あたしは特売日にまとめ買いするのよ」
「え？特売日っていつですか？」
「シオンさん」
「ええとね、野菜は火曜日で……」
「お肉は？お肉は？」
「シ・オ・ンさん！！」
結局その後も、シオンが行く先々で世間話に没頭するため、聞き込み調査は難航するのだった。
「じゃあ、これまでの聞き込みの結果を纏めてみましょう」
もう既に、辺りは暗くなり始めていた。
忠雄の言葉に、一同は頷く。
「まず、歌声の件だけど……綺麗な女の歌声と、やけに音痴な男の歌声ってのがあったね」
「あ、こっちもそうでした」
葉月の発言に、結が同意する。
「三下さん、お菓子買ってきてくれました？」
「はい〜。買ってきましたよぉ」
シオンの言葉に、手にしたビニール袋を掲げる忠雄。
その二人を、葉月は睨みつけた。
「あんたたちはジャマくさいから黙ってなさい！」
「は、はひぃ……」
「ごめんなさい」
うな垂れる男性二人には構わず、女性主導で話は進んでいく。
「失踪者は……こちらは痴呆老人と、犬が二匹、猫一匹ですね」
「こっちは旦那さんが帰ってこなかったって奥さんの証言もあった」
「近隣に住んでいない人を含めると、もっと数は多いかもしれませんね……いずれにしても、失踪者は夜遅くに出ています」
「うん」
皆で腕を組み、考え込む。
「とりあえふ、張り込みひてみまひょうよ」
お菓子を頬張りながら言ったシオンに、呆れながらも三人は頷いた。
「狭いね」
「狭いですね」
「狭いですねぇ」
シオンの提案で、公園の植え込みにダンボールハウスを作り、張り込みをすることになったのだが、規模が小さかったため、四人の人間が入るには狭すぎた。
身を屈め、不自然な姿勢のまま、溜息をつく三人。
だが、皆、お菓子を食べながらなので、緊迫感はまるでない。
その時。
突然、歌声が聞こえ始めた。美しい女性の声だ。
「みなさん、行きましょう！……ってシオンさん、起きて下さい！！」
結の掛け声で、皆一斉にダンボールハウスを出たが、シオンはというと、居眠りをしていた。
「こら、起きろバカ！」
「ぐふぅ」
葉月の入れた蹴りに、ようやく目を覚ますシオン。
「とりあえず、歌声の主を探しましょう！」
結の言葉に頷き、全員で慎重に公園を見渡す。
歌声は、まだ聞こえ続けている。
が。
突然、歌声が男性の声に切り替わった。
「何よこのヘッタクソな歌！」
葉月が思わず声を上げたように、耳を覆いたくなるほどの音痴である。
歌声が止んだ。
「アカタン。ヘタクソっていわれたっぴょ」
「気にすることないっちゅ。アオタン、もっとれんしゅうすればウマ〜になるっちゅ」
話し声の先に居たのは――
二羽のヌイグルミのような姿をした小鳥だった。
「あの……あたし、何かコメントしづらいんだけど」
「カワイイ……ですよね」
葉月と結は顔を見合わせる。
「ええと……あなたたちが、歌を歌っていたのね？」
結が声をかけると、赤い色をした小鳥が、胸を反らすようにして、答えた。
「そうだっちゅ。アオタンのうたのれんしゅうをしてたっちゅ。あたちはせんせいだっちゅ」
今度は、青いほうの小鳥が、しょんぼりとしながら言う。
「ボクリンは、アカタンにおしえてもらっても、ぜんぜんうまくならないっぴょ」
「きにすることないっちゅ。ぜったいウマ〜になるっちゅ」
短い羽をパタパタさせながら、青い小鳥を励ます赤い小鳥。
「あの、ここの辺りで失踪者が出てるんだけど、そのことについては何か知らない？」
葉月の言葉に、赤い小鳥の方が、余裕たっぷりで返した。
「ハラがへってはうたはうたえないっちゅ」
辺りを、沈黙が支配した。
「そうですよねぇ」
沈黙を破ったのは、まだ寝ぼけ眼のシオンの声。
「『そうですよねぇ』じゃないですよシオンさん！今、ものすっごく怖いこと言いましたよ！？」
「四方神さん、く、苦しいから……」
動揺のあまり彼の服の襟元を掴み、ガクガクと揺さぶる結に、シオンはうめき声を上げる。
「そういえば、そろそろハラがへったっちゅ」
「そうだっぴょ」
そちらを見遣ると、くちばしをありえない程に大きく広げた小鳥たちの姿。それは身体のほとんどを覆いつくし、街灯の下で、その中に鋭利な歯がズラリと並んでいるのが確認出来た。
「うわぁ！！」
葉月から悲鳴が上がる。赤い小鳥が彼女に向かい、急接近したのだ。
「堂本さん！」
シオンがそれを見て素早く動き、足先が弧を描くと、小鳥に命中した。そのまま後ろへと吹き飛び、ブランコの支柱に直撃する。
だが。
小鳥はむくりと起き上がると、再び二人に向かい、襲い掛かって来た。どうやら、物理的な攻撃は効果がないようだ。
（それなら）
「はぁっ！！」
気合とともに、結の手中に集まった光が矢の形を取り、放たれる。それは赤い小鳥を正確に打ち抜いた。
断末魔の悲鳴が辺りに響く。
「アカタンのかたきだっぴょ！！」
こちらに向かい迫って来る青い小鳥。だが、その凶器のくちばしが届く前に、彼女の『魂裂きの矢』が、小鳥の身体を貫く。
再び響く、耳をつんざくような絶叫。
「終わった……」
結が脱力する。シオンは、先ほど転んでしまった葉月に手を貸していた。
「ありがと。助かった」
「いえいえ。あれ？三下さんは？」
慌てて周囲を見回す三人。
その目の先には、気絶した忠雄の姿があった。
翌日。
結は学校で窓の外をぼんやりと眺めながら、欠伸を噛み殺していた。
結局あの後、肝心の忠雄が気絶してしまったため、彼をシオンに背負ってもらって編集部まで連れて帰り、麗香には三人で報告しなければならなくなった。家にたどり着いてから色々としていたら、結局寝られたのは明け方近くのことである。
今頃、忠雄は必死で記事を書いていることだろう。
「結、どうした？まだ体調悪い？」
クラスメートが心配そうに声を掛けてくる。
「ううん。もう大丈夫。風邪薬飲んだから、ちょっと眠いだけ」
「そっか。お大事にね」
「ありがとう」
自分の席に戻っていくクラスメートの後姿を見ながら、結は思考を巡らせる。
（人を糧にしてなければ、歌の練習をしてるだけだったなら……退治しなくても良かったかもしれないのに……）
退魔師をやっていると、こういう問題にはよくぶつかる。
人間が動物の肉を食べるように、彼らは人間を欲するだけ。
だが、やはり結も人間だ。それを黙って見過ごすことは出来ない。
彼女の考えに仕切りをつけるように、始業のチャイムが鳴り響いた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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■PC
【3356／シオン・レ・ハイ（しおん・れ・はい）／男性／42歳／びんぼーにん（食住）＋α】
【3941／四方神・結（しもがみ・ゆい）／女性／17歳／学生兼退魔師】
※発注順
■NPC
【堂本・葉月（どうもと・はづき）／女性／25歳／フリーライター】
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■ ライター通信 ■
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■四方神・結さま
こんにちは。今回は同時発注ありがとうございます！鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか？
まず、悩んだのは、三下さんとの接点でした。
『恋は漆黒色』を拝読しましたが、次の接点になりそうな部分がなかったので、あの時点で、アトラス編集部の話題が持ち上がり、何かあった時のために携帯の番号を教えた、というシチュエーションにさせて頂きました。
あと、朝食ですが、迷った末、『一人暮らしが長い。そのせいか妙に年寄り臭い所がある。趣味は寺社巡り』という設定部分から見て、これは和食派だろう！と勝手に想像し、和食にしました（笑）。
そこの辺りは大丈夫でしたでしょうか？
今回は、ややコメディー路線になりました。
最後はちょっとしんみりしてますが……
プレイングも、出来うる限り反映したつもりですが、上手く行っていなかったら申し訳ありません。
尚、それぞれ別視点で書かれている部分もあるので、今回登場して頂いた、他のキャラクターさんの納品物も読んで頂けると、話の全貌（？）が明らかになるかもしれません。
それでは、読んで下さってありがとうございました！
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。
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