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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『瑪瑙庵』


『あなたは誰?』

 四方神結は、目を開け、ベッドからゆっくりと身を起こした。
 枕元にあった時計を見る。
 午前六時三十七分。
 休日だというのに、随分と早く目が覚めてしまった。
(また、あの夢……)
 このところ、いつも同じ夢を見る。
 とてもリアルで。
 でも、とても懐かしくて。
 気持ちが、落ち着かない。
 この気持ちはなんだろう。
 ただの夢だと割り切ってしまえばいいのに、それが出来ない。
 二度寝しようかとも思ったが、目はすっかり冴えてしまっていた。汗も全身にびっしょりとかいていて、気持ちが悪い。
 彼女は、とりあえずシャワーを浴びて着替え、朝食を摂ることにした。

 カーテンを開け、窓の外を眺める。
 朝日に照らされた街並みは、穏やかに佇んでいた。
 自然と、溜息が零れる。
 ふと、彼女はデスクに目を遣った。
 そこには、一枚のプリントアウトされた紙がある。
 デスクに歩み寄ると、それを手に取り、彼女は呟いた。
「行って……みようかな」


 都心から離れ、歩くこと暫し。
 結は、紙に印刷されている地図と周囲を交互に見ながら、ゆっくりと進む。
 繁華街も近くには無く、休日の午前中ということもあってか、人通りはまばらだった。
 やがて、ひっそりと佇む、一軒のこぢんまりとした日本家屋が建っているのを見つける。
 その前で、茶色く染めた長髪を後ろで束ね、薄柿色の着物を着た若い男が、竹箒を手に持ち、地面を掃いていた。
「あの……」
 結はその男に近づくと、声を掛けた。彼は顔を上げるとにっこりと微笑む。
「はい〜。何でしょう?」
「『瑪瑙庵』って、こちらですか?」
「そうですよぉ。もしかしてお客さまですかぁ?」
 こういう答えが返ってくるということは、多分彼が店主なのだろう。その人の好さそうな笑顔に、結は少しだけホッとした。『体験』などという怪しげなものをしているのだから、もっと取っつき難い人物だと想像していたのだ。
「あの、初めてなんですけど、『体験』の話を聞いて来ました。私、最近変な夢を見るんです。だから……」
 胸の内を早く明かしたくて話し始める彼女に、店主は笑みを崩さないままで、やんわりと口を挟む。
「ええとぉ、立ち話もなんですからぁ、中にお入り下さい〜」
「え?あ、そうですよね……私ったら焦っちゃって……ごめんなさい」
「いえいえ。じゃあ、どうぞ〜」
 そう言って彼は、竹箒を置いてくると、磨り硝子が嵌め込まれた木の引き戸を開けて、彼女を中へと誘った。
 店内には、タロットカード、パワーストーン、タイトルからして恐らく占いに関する本、雑誌、その他にも占いグッズや、何だか良く分からないものが所狭しと並べられていた。
 結には霊能力がある。なので、商品の中に明らかに『普通』ではないものが混じっているのが分かった。店主も『能力者』なのだろうから、恐らく分かっていて仕入れているのだろう。
「とりあえず、お話聞きますからぁ、こちらへどうぞ〜」
 そう言って連れて行かれたのは、店の奥にある、薄暗い小部屋だった。中には香の匂いが立ち込めており、大きな屏風に囲まれる形で、長い紫の布が掛けられた小さなテーブルと、一対の木で出来た椅子が置いてある。
 店主は手前の椅子を勧め、結が座ったのを確認すると、自分は奥の椅子へと腰掛けた。
「じゃあ、さっきの続きを話してください〜。変な夢を見るんですよねぇ?……あ、申し遅れましたぁ。俺はぁ、ここの店主の、瑪瑙亨といいますぅ」
「私は、四方神結です。ええと……夢の中にもう一人の私がいて、今の私と同じように生活してるんです。それが妙に生々しくて……しかもこの間なんか、知らないはずの男の人に、何ていうのかすっごく懐かしいものを感じて……この『体験』で何か分からないかなぁって思ったんです……そんな動機でも、大丈夫ですか?」
 一気に話し終えた彼女を、相変わらずの笑顔のまま見つめる亨。
「う〜ん、大丈夫だけどぉ……理由、分かるかもしれないし、分からないかもしれないよぉ?それでもいいかなぁ?」
 彼の言葉は、急に砕けたものになっている。だが、彼の持つ独特の雰囲気のせいか、特に嫌な気分にはならなかった。
「はい。何か切っ掛けになればいいな、って思うんです」
「じゃあ、とりあえず、やってみようかぁ」
 亨はそう言うと、懐からタロットカードを取り出し、手早く切り始める。その姿は、手馴れた印象を受けたが、いかんせん彼の外見にそぐわない。
 やがて、三枚のカードがテーブルに並べられた。
「一枚選んでぇ、引っくり返してねぇ。手はそのまま離さないでぇ」
 結は小さく頷くと、中央のカードを裏返した。
 そこには、甲冑に身を固め、馬に跨った骸骨が描かれていた。手には薔薇のような紋章が描かれた黒い旗を掲げている。そして傍らには倒れた男、跪いている少年、眠る女性、祈りを捧げるように立つ、黄色いローブを纏った司祭のような男。後ろには川が流れ、遠くの方には一対の塔。その間に、今まさに沈もうとしているかのような太陽。
「結君」
 亨は、結の手にしたカードに指先で触れる。
 今までの間延びした口調は影をひそめ、落ち着いた響きを持つ声に変わっていた。ずっと絶やさなかった笑顔も退き、射抜くような視線がこちらへと向けられている。
 そして、朗々と言葉が紡がれた。
「『死神』のカード――どうぞ、良い旅を」
 次の瞬間、目の前が暗転した。


 酷く、寒い。
 このままでは、凍えてしまいそうだ。
 昏い。
 どこまでも昏い。
 やがて、一筋の光が差し込む。
 それを頼りに、結は歩みを進めた。

 そこは、惨憺たる有様だった。
 人が大勢居る。
 だが、そのほとんどは動かなかった。
 鼻をつく耐え難い腐敗臭。
 耳障りな虫の羽音。
 白骨。
 思わず、手で口元を覆う。
 周囲を見回してみる。
 生きている人々も居た。
 だが、誰もが痩せこけ、虚ろな目をしてただ座っている。
 乳飲み子のか細い声が聞こえた。
 テレビのニュースでしか見たことのない、内戦で苦しむ貧しい国の映像。
 都合よく編集され、画面に映らない現地は、こんな風なのだろうか。
 彼女は、ぼんやりとそんなことを思った。
 その時。
 馬の嘶く声が聞こえた。
 そちらへと目を遣ると、馬に跨り、黒い甲冑を着た者の影。
 中身は、骸骨だった。
 手には大きな鎌を携えている。
 骸骨の騎士はこちらへと近づくと、いきなり蹲っている老人の首を、手にした鎌で刎ねた。
 上がる血飛沫。
 虚ろな表情のまま、宙を舞う老人の首。
 崩れ落ちるように倒れる身体。
(――!?)
 呆然と立ちすくむ結の目の前で、骸骨が、今度は中年の女性の首を刎ねる。
「やめて!」
 彼女の言葉など届かなかったかのように、骸骨は次々と、人々の首を刎ね始めた。
「やめなさい!」
 結が手をかざすと、手のひらに光が集まり、それは矢のように姿を変えると、骸骨へと向かい、放たれる。
 彼女が得意とする『魂裂きの矢』という破魔術。
 だが、その光の矢は、骸骨の身体をすり抜けた。
「――え?」
 そこで、骸骨は、初めて結の存在に気づいたかのように、顔をこちらへと向ける。
 目に穿たれた闇。
 そこからは、何の表情も窺えない。
『無駄だ、小娘』
 骸骨が、隙間風のような声で言った。
『我は、死なり。お前が常日頃相手にして居るような亡霊ではない。死とは虚無。無には何も通用しない』
 そうして、人々の首を刎ねることを再開する。
 上がる血飛沫。
 宙を舞う首。
 崩れ落ちるように倒れる身体。
「やめて!お願い!……やめて!!」
 だが彼女の叫び声は、どこにも届かない。
 死に対して、人はこんなにも無力なのか。
 いつのまにか、涙が頬を伝っていた。
「瑪瑙さん、酷いよ……私、こんなの『体験』したくない……」
 そう呟いた結に、乾いた笑い声が届く。
『小娘。自分の力が及ばぬと知ると、見たくないと申すか。受け入れられぬと申すか。死は、全てに等しく訪れるというのに』
 骸骨の騎士を睨みつけながら、彼女は思考を巡らせる。
 自分は、今まで死を本気で考えたことなどあっただろうか。
 人は、生まれてきたら必ず、死へと向かうというのに。
「死は全ての終わり。そして始まり」
 突然、近くに居た男が声を上げた。
「死は全ての始まり。そして終わり」
 今度は、子供が。
「死は全ての終わり。そして始まり」
 最初に刎ねられた老人の首が。
「死は全ての始まり。そして終わり」
 地面に転がっていた髑髏が。
 その言葉が、大合唱となり、辺りに響き始める。
 結は、咄嗟に耳を覆うが、それでも声はどんどんと大きくなった。
 やがて。
 轟音となった合唱が、最高潮を迎えた時。
 場面が、切り替わった。

(ここは……)
 見慣れた光景。
 結の日常とする場。
 だが、全てが灰色だった。
 街並みも、行き交う人々も、まるで影のように表情がない。
 ふと。
 ヴァイオリンの音が聞こえた。
 哀しい音色。
 どこか懐かしい――音。
 彼女は、そちらを向く。
 一面グレーの世界に、そこだけ花が咲いたように色がついていた。
 一組の男女。
 見覚えのある後姿。
「待って!」
 灰色の人ごみを掻き分けながら、彼女はそちらへと走った。

 とにかく色を目印に走ったが、結局見失ってしまった。
 彼女は、落胆の溜息をつく。
 どうしても、確かめたかったのだ。
 あの二人を見たときの胸騒ぎの原因を。
 再び、ヴァイオリンの音色。
 慌ててそちらへと目を遣る。
 そこは、彼女の通う学校だった。
 門を抜け、校庭へと入る。
 そこには、先ほどの女性――結が居た。

(私……?)
 まるで、鏡を見ているような感覚。
 でも、目の前に間違いなく存在する、もう一人の自分。
 彼女は、長い黒髪を風になびかせながら、何かをこちらへと投げた。
 結は、それを手で受け止める。
 それは、一振りの剣だった。
 それを確認すると、もう一人の結は、自らも同じ剣を持ち、こちらへと駆け出してくる。
 突き出される切っ先。
 慌てて避けたが、髪が一束削ぎ落とされた。
「何で!?」
 そう問いかけるが、相手は無言で次々と攻撃を繰り出してくる。
 それを剣で何とか受け止め、弾く。
 呆然としてはいられない。
 このままでは、殺される。
「私が死ぬか、あなたが死ぬか――そうしなければ、終わらない」
 もう一人の結は、冷たい声でそう言い放った。
「それってどういう――」
 問いかける間にも、攻撃の手は止まない。
 金属の擦れる音。
 それは何故か、ヴァイオリンの音に聴こえた。
「やめてよ!私は人なんて殺したくない!」
 これがただの『体験』なんだとは分かっている。
 それでも、人の命を奪うのは嫌だ。
 しかも、自分と同じ姿をした者を。
「嫌でも、これは乗り越えなくてはならないこと」
 上から振り下ろされる剣。
 辛うじて、それを受け止め、横へと流す。
 次は、右からの突き。
 後ろへ跳び、避ける。
 覚悟を、決めるしかない。
 真っ直ぐに向かってきた剣先を、渾身の力で払いのけると、結はそのまま突進した。
 重なり合う二つの身体。
「何で……?」
 驚愕の言葉がもう一人の結の口から零れる。
 結は、剣を捨て、もう一人の自分を抱きしめていた。
 相手の手からも剣が落ち、乾いた音が、辺りに響く。
「命を奪う他にも、手段があると思ったから」
 先ほどの、首を刎ねられていった人々の映像が、脳裏をよぎる。
「そんな反則技使われたら、どうしようもないなぁ」
 身体が、離れる。
 目と目が合う。
 お互いに、自然と笑みがこぼれた。
「しょうがない。大人しく統合されてあげる」
 もう一人の結がそう言った途端。
 彼女の身体は、淡く光を放ち始め、やがて、結の身体へと吸い込まれていく。
 その瞬間。
 彼女の脳内を、様々なことが駆け巡った。
 いつもの生活。
 でも、自分が体験したことのない日常。
 そして、ヴァイオリンの音。
 一人の男性。
 大切な人。
 涙が零れる。
 結は、ひとつになった。


「どうだったかなぁ?」
 目の前には、亨のにこやかな笑顔があった。口調も元のように間延びしたものに戻っている。
 結は、ふと思い立ち、自分の髪を触ってみた。どこも切れてはいない。
「瑪瑙さん、酷いですよぉ……あんなに怖い『体験』させるなんて」
 膨れっ面で言った言葉に、彼は笑顔を崩さないままで答える。
「そんなこと言われてもぉ、俺がぁ、操作してる訳じゃないからぁ……それでぇ、何か変わったかなぁ?」
 そう言われて、自身の内面に注意を傾けてみる。どこがどう変わったかと聞かれれば分からないが、ここのところずっと続いていたもやもやとした感情は姿を消し、どこか穏やかな時間が流れているかのようだった。
「あのねぇ、『死神』のカードは、一般的には『変化』を表すカードなんだよぉ」
 その言葉に、結は、笑いを堪え切れなかった。朗らかな笑い声が、辺りに響く。


 目覚ましの音が鳴る。
 結は、手探りでそれを止めると、ベッドから起き上がり、大きく伸びをした。
 カーテンから漏れてくる光が、室内を淡く照らす。
 『体験』をしてから、あの不思議な夢を見ることはなくなった。
 それに、分かったのだ。
 きっとあれは、違う世界にいるもう一人の自分の記憶。
 絡まりあっていた糸は、『体験』を通して統合され、一本の糸となり、そしてまた分かれた。
 綺麗な平行線となったもう一方の世界で、あのもう一人の結は、彼女なりの生活を送ることだろう。
 もしかしたら、もっと沢山の世界があり、そこで、それぞれの結が、それぞれの生活を送っているのかもしれない。
 そして、この世界には自分が居て、自分自身の生活を送っている。
「あ、学校行く支度しなきゃ」
 こうして、結の日常が、また始まる。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師】

■NPC
【瑪瑙・亨(めのう・とおる)/男性/28歳/占い師兼、占いグッズ専門店店主】

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■         ライター通信          ■
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■四方神・結さま

初めまして!今回は発注ありがとうございます!まだまだ新人ライターの鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

僕は、カードを引くとき(実際に引いてます)、どんなカードが出るのか、いつもドキドキしているのですが、今回の『死神』のカードは、文中にもある通り、一般的に『変化』を表すカードです。
『良くも悪くも何か契機になる出来事が……』という四方神・結さまのプレイングとあまりにもピッタリだったので、ビックリしました。
お話として上手く纏められたかどうかは、自信がないのですが……きちんと切っ掛けになったでしょうか?楽しんで頂けていることを祈るばかりです……

これを機に、亨とも仲良くしてやって下さい(笑)。

四方神・結さまからは、アトラス編集部調査依頼『君呼ぶ歌声』にも発注を頂いていますね(ありがとうございます!)。そちらはもう暫し、お時間を下さい。

ちなみに、今回使用しているタロットカードは、最もポピュラーなもののひとつ、俗に『ウェイト版』と呼ばれるデッキです。ご興味がありましたら探してみると面白いかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。