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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


失踪
「行方不明?」
「ええ…心当たりを探しても、まるで手がかりが無くて。他の興信所でも頼んだんですが」
 落ち着かないのか、出された紅茶のスプーンを指でなぞりながら、その女性が心配そうに所長の草間武彦をじっと見た。
 目の前には、数枚の写真。何人かの女の子達と共ににこやかにカメラへ笑いかけている少女の姿が写っている。これだけを見ると、ごく普通の少女に見えるのだが…。
「彼女が行方不明になる事について、何か心当たりはありませんか?」
「いえっ」
 強く言いかけて、それからしばし言いよどむ。
「…無いと思っていました。けれど、最近はもう…分かりません」
 ぴしっとしたスーツに身を包み、機能重視かあまり長くない髪をきちんと纏め上げている女性の名は、木村早苗と名乗っていた。彼女の同居している妹が、2ヶ月程前から行方不明になっていると言うのだ。
 妹の名は、香苗。10以上年が離れている上、姉の仕事が忙しく夜遅くなる事が多く、最近ではほとんど会話らしい会話も無かったらしい。
「17歳…高校生でしたね。どこの高校ですか?」
「神聖都学園に通っています。本人の希望でもありましたし、私の家からも近かったので…」
「じゃあ、この写真に写っているのも…」
「ええ、去年の学校での旅行写真です。この頃は私も時間がありましたから、色々聞いていたんですが」
 ふぅ…そんな溜息を付いて、早苗が暗い表情を浮かべる。
「一応、分かる範囲でいいです。香苗さんの行動範囲や、親しい友人の連絡先があれば教えてもらえますか。それと、実家の方も」
「ええ、分かりました。両親もこの事は知っていますから、遠慮する事は無いです。今も日に1回は連絡し合っていますし」
 ――何とか数日なら有給が取れますから、と言う言葉を残し、分かる限りの情報を残して早苗は去って行った。
「2ヶ月か」
「見つかるといいですね」
 心配そうな零に、そうだな、と武彦が呟き。
「早速始めるか。今動ける奴は何人いる?」
 零の出したリストへ手を差し出しながら、同時に脇にあった受話器を持ち上げた。

*****

「家族からの依頼か。そりゃ、見つけてやらないといけないな」
 妹を探す姉が、草間興信所へ訪ねて来たと聞き、開店しかけていた店を止め、赤羽萩矢が電話へと集中する。
「しかも通ってるのが『あの』学園か」
 噂は良く聞くのだが、芳しい噂よりも寧ろ人の踏み入れる領域では無さそうな噂の方が多いのも事実で、そこに通う生徒が1人行方不明と聞くと、どうしても嫌な方向へと頭が向かって行ってしまう。
「…ああ、いや、今から行く。店?いや、何とかなるさ」
 話の次第によっては、ここも情報集めの場になるしな、そんな事を考えつつ武彦からの電話に頷きを返し。
「依頼人は?そうか、忙しいんだな」
 無理を言えば休めなくないらしいが…そんな言葉を聞いて、今すぐしたい質問はあるが、それもまた後ででもいいだろうと考え直すと、
「了解、じゃあ後でな」
 電話を切り、店のマスターの服ではなく外出着に着替えると、あっさりと開けそうになった店の準備中の札をそのままにして身軽な服装で外へと出ていった。
 変な『おまじない』や『お守り』をやったとか手に入れたとかじゃなけりゃいいんだが。と言っても、通常の興信所を経てあの事務所へ回ってくるって事は、やっぱりあっちの方面なんだろうか。
 草間興信所へ持ち込まれる依頼のほとんどが常識の範疇を超えている事を思いながら、結論の出ない思考の迷路を辿って事務所まで移動していった。

*****

「調査対象者――木村香苗がいなくなったのは、8月の12日から20日までの間だそうだ」
 改めて、調査員達が集まってきてから、マリオンが差し入れたゴーフレットとお茶を振舞いつつ、武彦が早苗に書いてもらった書類を眺め、読み上げる。…お茶うけのゴーフレットに真っ先に手を出したのは、持ってきた筈のマリオンだったが。両手に持ってまぐまぐさくさくと食べる音がBGMのように事務所内に響き渡る。
「…あれ?同居してるって言わなかったか?何で分からないんだ?」
 萩矢の質問に、尤もだなと武彦が答え。
「仕事の都合で1週間程度出張に出ていたそうだ。仕事に行く日の朝に見送りに来ていたと言っていたから、その日に居た事は確かなんだが、それ以降がな」
「それじゃ、いつってはっきり分かってないんだ?」
 成功の言葉に、頷きを返し。
「戻ってから、実家に行ったのかと思い連絡を取ったが、来て居ないと言う。メモも何も残っていなかったそうだから、まだ姉が帰らないと思って遊びに出たのかと思ったらしいが、一晩経っても戻ってくるどころか連絡すら無い。携帯にかけても出ないと言う事だ」
「捜索願は?」
 難しい顔をして腕を組んだ萩矢に、
「次の日、心配して出て来た親と共に出したそうだよ」
 ――尤も、捜索願を出したからと言って、何らかの事件性が認められるか、どこかで保護、もしくは発見でもされない限りは警察が動き回ると言う事は期待出来ないのだが。
 それでも、何処かで、例えば補導された際に身元が分かりやすくなると言う利点はある。
 現状に至るまでの簡単な経緯を伝えたところで、武彦が集まった皆へと顔を向けた。
 集まって来たのは、呼ぶ前に来ていたシュライン、それにマリオンを含めると5人。うち1人、都由は購買で働いている現職員と知り、直接的に中へ繰り込む理由の1つが出来たと素直に喜ぶ。
「お役に立てますか、どうか〜。宜しく、おねがいしますね〜」
 にこにこ、とのんびりした笑みを浮かべた都由が、その有利な立場に気付かないのか、やや恐縮しながらも頭を下げる。そこに、
「いやいや。生徒とも顔見知りと言うのは実に都合がいい。…あ。俺、別方面から探りを入れるつもりなんだが。この年の男が学園内をうろうろすると警戒されそうだしな」
 フォローめいた言葉を都由へとかけた萩矢。彼は彼で、自分の喫茶店での聞き込みが出来ると言う強みがある。その他、外部から攻めるつもりらしく、学園内での探索は別の者に任せる、と言う事だった。
「それじゃあ、私も一応外部から訊ねてみましょうか。彼女の写真、ありますか?ちょっとそれを『見』せていただいて、そこから手がかりが掴めたらそちらへ伺いたいと思います」
「ええっと…それじゃあ、私は学園の友達に訊ねてみて、と…あんたは?」
「俺?俺も学園側ー。いなくなった彼女の友達に話を聞きに行くよ」
 成功は、何が嬉しいのかにこにこと、ほんのちょっぴり上気した顔で宣言する。確かにこの少年ならば、普通の生徒のように中に入り込むのも容易いだろうし、話も聞き出しやすいだろう。んー、とシュラインが都由を見、それから自分が中へ入り込む理由を考えていたか、
「私は正規の調査員として、ご両親から学園へ連絡を入れてもらおうかしら」
 立場の違いから出る矛盾があるかもしれない。…それは、単一の調査方法では決して導き出されるものではないだろう。
 特に、通常の興信所を当たって駄目だったとなれば、草間興信所のもう1つの顔…本人にはしごく不評だが、『怪奇探偵』としての常識を超えた事件として見なければならないのだし。そう言った細かな情報は、1つでも手に入れてしまいたい所だった。
「そうしますと、直接学園へ向かうのが3人、喫茶店、その他で情報収集が1人、それから…そうですね。私はまず写真を見せていただいて、それから…彼女のお姉さんが自宅においでなら、彼女の部屋を見せていただきたいですね。何か読み取れるかもしれませんし」
「あ、俺も部屋を調べてみたいな」
 マリオンの言葉に成功はわくわくした顔のままで言い、その後で小さく首を捻った萩矢が、
「彼女の部屋から何か手がかりが見つかるのか?いや、有り得ない話ではないが、その辺りは他の興信所でも調べているんじゃないのか」
 尤もな事を言う。
「手に入れた情報を生かせるかどうかは分かりませんよ。…どうせなら、調査報告書も見せていただきたいと思いませんか?」
「それはそうね。でもちょっと待って、早苗さん、今日は自宅に居るの?」
 確認してみるわ、と言ったシュラインが、教えてもらった自宅の番号へとかける。
「………」
 暫く黙った後。
「――もしもし?草間興信所の所員ですが…あ、今職場に?妹さんのお部屋を見せていただきたいのですけれど……ええ。それに、他の興信所の調査報告書も、出来れば……そうですか。分かりました。ええ、では後程伺います」
 手短に用件を伝え、静かに受話器を置くと、
「6時には自宅へ戻っているそうよ。今は家に誰も居ないと言っていたから、自宅にかかる電話は転送してもらっているみたいね」
 と、皆へ告げた。
「あ〜。それでは、一度、事務所へ戻って情報交換の後に〜伺うのが良さそうですね〜」
 夕方まで手が空かないのであれば、手分けした情報を分析するだけの時間もあり、寧ろ都合が良いかもしれない。
 そう考えた皆が、そこで一旦各々のやるべき事をしに分かれる事にした。

*****

 いつものように喫茶店を開き、アルバイトに指示を入れながらコーヒーの支度をする。
 行方不明の少女。その行方の手がかりが何か掴めれば、と思いながら。
 やがて、午前中は常連の主婦や、自由業らしい人々で埋まり、カウンターへ腰を降ろす客と当り障りの無い話をしながら注文の品を作り始めた。
「そう言えばマスター、知ってる?何だか最近この辺も物騒になって来てさ。この間も誰だったか行方知れずになっちゃったんだってさ」
 自称物書きの青年が、バイト情報誌をめくりながらコーヒーを啜る。
「この近くですか?」
「らしいよ。いや、詳しくは知らないんだけどね。もし詳しく知ってたら聞こうかと思ってたんだけど、そっか、知らないのか」
 いいネタになるかと思ったのになー、と呟きつつ、情報誌に目を落とす青年。
「ああ、それ知ってますよ。何日か前に張り紙出てませんでした?」
「張り紙?いや、それは知らないな」
 アルバイトのウェイトレスの言葉に、首を振る青年。
「でも、張り紙なんかするかな。確かに未成年だけど、迷子になるような年じゃないだろうし」
「じゃあ、違うかもしれませんね。私も注意して見なかったけど」
 あっさりと言って、また入ってきた客の注文を取りに行くウェイトレスを横目に、
「未成年って、まさか高校生とか言いませんよね?」
 客のいないカウンターを拭く萩矢が、穏やかに訊ねる。と、ぽんと手を打って、
「そうそう、それ。女子高生。勿体無いよねー」
 何がどう勿体無いのか、首を捻りつつ言う青年に、萩矢が苦笑しつつ、
「そうなんですか。この辺りの高校生がねえ」
 ――まさか、探している少女の事を言っているのだろうか、そう思いながらも直接名を確かめるのも躊躇われ。
「誰から聞いたんです?そんな話を」
「ああ、アパートの大家さんですよ。噂話大好きな方でして。…あれ?いなくなった子、名前なんて言ったっけな…大家さんの知り合いの知り合いの子らしくて、もういなくなって1週間にもなるとかで」
 今朝聞いたばかりなのに、名前が思い出せない、と暫く考え込む青年を放っておいて、気付かれないようそっと溜息を付く。
 1週間の行方不明では、確実に同じ人物である筈が無い。ここで名を聞いても、萩矢にとっては意味の無い話だろう。…ただ。
 女子高生が行方不明になった、という共通点は同じものだった。
 それが何かを意味するのか、まるで分からなかったが…。
 話し好きな大家から、恐らく聞き出すまでも無く色々と話を吹き込まれたのだろう。話し相手になりつつ聞いてみると案の定、その少女の家庭環境から大家の趣味までを詰め込まされていたのか、次々と吐き出して苦笑いする。
「暇そうに見えるんでしょうねえ。いや、暇は暇ですけど。こうして歩いている時に捕まっただけでも1時間は解放してくれないんですよ」
 世間話から説教にいつもシフトしちゃうんですけどねー、そんな事を言いながら青年が笑う。
「あまり他人様の事は分かりませんが、寂しいですね。1晩戻らなくても心配されないって言うのは」
「そうですねぇ」
 …行方不明になったもう1人の名も知らぬ女生徒は、普段からあまり素行の良く無い少女らしく、家を開ける事も度々あったのだという。それでも、必ず1晩か2晩程度の外泊で戻って来ていたので、親もほとんど気に留めていなかったらしいのだが、今度のように無断で1週間も居なくなる事は初めてなのだとか。
「でも、まだ届け出は出してないんだそうですよ。心配ばっかりしてもしょうがないから、もう暫く待つとか言ってたようですし」
「――成人しているならともかく…親がそんな事を言うんですか」
 それぞれの家庭の事情もあるのだろうから、いなくなった時に即興信所へ駆け込め、とは言わないが…未成年の行方が分からなくなっていても放置する親の事を思うと、何か複雑な気になって来る。
 だからだろうか、青年が時間潰しを終えて店を出てからも、萩矢の表情はあまり冴えないままだった。

*****

 午後も過ぎて行くと、常連の顔ぶれも段々と変わって行く。
 午前中はあまりみかけなかったサラリーマンらしき人達や、授業を終えたのか制服姿の者達もちらほらと見えるようになり、それに応じて出される飲み物もコーヒー一辺倒から、ジュース類の割合がじわじわと増えて行った。
 おまけに、ケーキも良く出るようになり、忙しそうなウェイトレスと一緒にいくつかの席へ運び、この辺りでも良く見かける学園の制服を見る度、世間話に興じつつさらっと近況を訊ねたりし、情報収集に勤しむ。
「最近?何かあったっけ?」
「あー、ほら、何だっけ、この間まで変な夢の話でもちきりだったじゃない。私も見てたと思うんだけど、夢の中でまで学校通ってて、しかもテストまで受けさせられてさー」
「ああ、そんな話もあったね。あたし全然覚えてないけど」
「夢も見ないでいっつも熟睡してるからでしょ。マスターは学校の夢とか見ないの?」
「学校の夢ですか?」
 もう随分前に卒業しましたからね、そう営業スマイルを浮かべながら当り障り無く答える萩矢。
「なんだ、そっかー。一緒にマスターと学園生活、やってみたかったのに」
「学生のマスターにコーヒー入れてもらうの?」
「そうそう」
 くすくす笑いながら、あ、と1人が声を上げる。
「どうしたの?」
「忘れ物ー。明日提出のノート、持って帰るの忘れちゃった。どうしよ」
「取ってくれば?」
「やだよ。放課後だってあんまり残っていたくないのに」
 付いて来て、と言われた友人も嫌そうな顔で首を振る。
「明日朝やりなよ。手伝ってあげるからさ」
「うーん…うん、じゃあ明日やるよ」
「夕方の学校は苦手ですか?」
 思わず口を付いて出た萩矢の言葉にこくこくと同時に頷いた2人が、
「前から出る出る言われてたんだけど、最近良く噂になってるんだよね。学園の中をうろつく見知らぬ人の姿がさ」
「私も見たこと無いけど…1ヶ月くらい前だっけ?その辺から噂聞くよね」
 学校に良くある幽霊話のひとつらしい。ここ最近と言うのは何故だか妙に引っかかるものの、結局はこれも誰1人として見たことが無い噂の類に違いない。
 そんな風に、神聖都学園の周辺から、生徒の最近の流行りまで聞き込んで分かった事と言えば、役に立ちそうもないありきたりの噂ばかりだった。
 行方不明の香苗に関しては、同じクラスの生徒が現れなかった事もあり、また、知り合いも最近香苗の姿を見ていない事を気にはしていたが、それ以上心配すると言う風も無く、一旦草間興信所へと集まる時間になったので適当に切り上げて店を閉めてしまった。

*****

「すみません、わざわざ来ていただいて」
「いいえ、こちらこそ急に部屋を調べさせてもらいたいなどと言って申し訳ありません。…それと、頼んだ品は用意いただけましたか?」
「ええ、報告書ですね。これです」
 事務所で各自の調べた事を報告した後、少し休憩を取って、早苗の待つ姉妹の住んでいるアパートへと出向く。
 アパートと言っても2DK、各自の部屋とこぢんまりとしたキッチンのある台所のみの部屋。居間代わりにしているのか、台所に小さなテーブルとテレビを置いてあり、それなりに居心地の良い空間を作り出していた。
 5人入ると狭苦しくすら感じてしまう。
「お部屋には入りきれそうもありませんし〜、私、それじゃあ夕食の支度をしましょうか〜」
 近所で買って来たんですよ〜、と材料と使い捨ての器が入ったスーパーの袋を見せ、
「えっ、そんな事、いいですよ」
 お客様なのに、と早苗が慌てるのをいいからいいから、と他の人へ回し、萩矢が調査報告書を調べる事にして、シュラインと成功、それにマリオンの3人が香苗の部屋へお邪魔する。早苗は説明役兼監督として部屋の入り口に居り、居心地悪そうな表情を浮かべていた。
 じゅわー、と良い音が聞こえるのにも困った顔で。
「早苗さんは、いつも遅いんですか?」
「ええ、まあ…特に今の時期は年末にかかってきますから。でも、普段も今日みたいな時間に帰って来れる事はまずありませんし、遅いときは日付が良く変わっていますね」
「そんなに?それじゃあ、香苗さんも心配するんじゃないですか?」
「良く言われます。そんな事続けてるといつか倒れるよ、って」
 くすっと笑った早苗が、
「だからご飯も最近は任せっ放しで…私が保護しなきゃいけない立場なんですけど」
 ちら、っと台所の方へ目をやりながらそんな事を続けた。
「――日記、付けていたんですね」
 机の周辺を調べていたシュラインが、引き出しから一冊のノートを取り出して、見ても?と早苗に訊ね。ええ、と頷くのを待って、ぱらぱらと捲る。
「………」
「都心歓楽街を調べたが手がかり無し、家出関連にも心当たりは無し、良く行く場所でも目撃情報は無し、か。――そっちはどうだ?」
 調査報告書を眺めていた萩矢が、見終えたらしく、早苗の頭越しに部屋の中の3人へ訊ねる。
「何だか、寂しそうね」
 ぽつりと呟いたシュラインの言葉に、マリオンと成功が肩越しに覗き込んだ。
 マリオンには見覚えがある、やや右上がりの癖のある文字は、日常的な出来事はほとんど記さず、ただ、事あるごとに、寂しい、と、何だか1人ぼっちのような気がする、と、そんな事が恥ずかしいのか小さな文字で書かれている。
「香苗さんを避けていたり、という事は…ありませんよね」
「え。ええ、無いと思うんですが…夏場は疲れが溜まっていて、会話らしい会話もほとんどしていませんでしたし…実家の両親もまだ現役なものですから、そっちも忙しいらしくて香苗に構う暇が無かったのが…話くらいは、と思っても疲れが先に立って、帰るとすぐ寝てしまうと言うパターンばかりでした」
 だからと言って、早苗が香苗の事を気に掛けていないわけではない。それは香苗も分かっているのだろう、気のせい、と言う文字も頻繁に目に入る。
『疲れているのかも』
『だから、余計寂しく感じるのかな』
『いっそ、自分なんかいなくなってしまえばいいのに』
 ぽつぽつと。
 静かな、それだけにちょっとやるせないような言葉が続き、
『補習も終わったし、気分を変えて遊ばないと。せっかく誘われてるのに』
『お姉ちゃんもその頃は出張に行っちゃってるから門限も無いし。楽しまないと』
 毎日毎日書いている訳では無い日記は、早苗が出張に出ている間、13日までは綴られていた。
『仕事で忙しい時と変わらないはずなのに、帰って来ないって分かってるとヒマー。何してても怒られないのも何だか変な感じ』
 日記はここで終わっている。最後の方は、落ち込んでいる気分を何とか奮い立たせようと、滅多に書かない近況まで書いて、極力内面に付いて語らないようにしていたようだった。
 そして、16日の午後までは、グループの1人…後で照合してみたところ、『S君』だと分かった生徒からの言葉で学校に居た事が分かっている。
 萩矢の方は、報告書を調べて、夏休み、お盆過ぎくらいから町で香苗を見かけた者がまるで居ないと言う事を見つけて軽く首を捻っていた。
「なんだかさ、まるで学校から出て来てないみたいだな」
 成功が、交わされる情報に何か感じ取ったのか軽く首を傾げて呟く。
「17日には、もう彼女の姿どころか声を聞いた人もいないのよね…それに、約束キャンセルする、って言う言葉からすれば、すっぽかす事は考えられないし。そうなると、16日の夜にはもう連絡が取れない状況だったと言うのが正しそうだけど」
「その生徒が見かけた午後…部活が終わってから、夜までの間ですね。香苗さんと一緒に帰ったわけではないんでしょう?」
「うん、そのまま学校で別れたらしいよ。男の方も負い目があるから、それで一緒になんて言えないだろうし」
「…一緒に帰ったのがバレたら、それはそれで後々面倒になるだろうしな」
 成功の言葉に萩矢が続け、こくこくと成功が頷いた。
「最後に見かけたのが学校で…その日から外で見かけた人が居ないんだったら、『まだ』学校に居るのかもしれないわね」
「…学校に?」
 早苗が、不思議そうな声で聞き返す、その瞬間。
「ごはん、できましたよ〜」
 音が止んだキッチンから、明るい、伸びやかな声が聞こえて来た。

*****

「学校ですか〜」
 のんびりと声を上げる都由に、こくりと頷くシュライン。
「で、でも学校なんて…2ヶ月もあの子を監禁できるような場所、あるんですか?」
 冷えたら美味しくないですよ〜、と残念そうに呟く都由をひとまず置いて、今から学校へ移動する手筈を整える皆。
「早苗さんは、どうします?」
「妹が見つかる可能性があるなら…行きます。幸い、今日は無理やり仕事を終えましたから」
 となると、夢渡りは使えませんね、そうぽつりと呟いたマリオンが、
「では、近道しましょうか」
 近道?と言いかけた声を確かめもせずに、
「靴は各自持って下さいね」
 ちゃっかりと自分の靴だけは手に、宙に縦方向の切れ目をつーっと入れた。
「さあどうぞ」
 切れ目の端を、カーテンのようにぐいと広げると、其処はもう神聖都学園の校舎内。常夜灯、非常灯以外の灯りはここからは見えず、校舎の中は不気味なほどにしんと静まり返っていた。
「………」
 言葉も無い早苗だったが、他の者が「便利ですね〜」とか、「なんだ、だったら今日移動する時にも使ってくれたら良かったのに」など、まるで驚いた様子も見せずすたすたと潜り抜ける様を見て、肩の力が抜けたらしい。
 底の低いパンプスを手に潜ると、土足を気にしつつ冷たい床を避けるように靴を履いた。
「…ここまで来て言うのもなんだけど」
 シュラインが、響く廊下へ気兼ねしてかちょっと声をひそめ。
「現実にはあり得ない方法で、香苗さんが攫われた可能性がある――そう言ったら、信じる?」
「……」
 きょろ、と早苗の目がマリオンに向けられ。
 声には出したく無かったのだろうか。それでも、ちょっと抵抗を見せながらも、こく…と僅かに顎が下へ下がったのだった。

*****

「彼女が良く居たって言う、図書室はここだな」
 で、クラブ棟はあっち、と指差しながら、廊下を眺める成功。
「――この辺に鏡があれば判り易かったんだけど…お」
 掲示板に一緒に貼られている、3、40センチ程度の長方形の鏡を見つけ、ぱたぱたと先に立って歩く。
「暗いけどまあそれは問題ないか。…後は、ここに彼女が映ってるか、だな」
 薄闇に支配されている廊下。奥からまるで何かが歩いてきてもおかしくなさそうな雰囲気に、早苗が怖々と辺りを見回し、都由が安心させるようにぽんぽんとその背を叩く。
「日にちは、8月の16日…夕方くらいだな」
 一瞬、鏡が波立って見えた。ぱちぱち、と瞬きして確かめるとそれは普通の鏡に戻っているように見えて――だが、その中には今いる彼らは誰1人として映っては居ない。
 その代わり、
「…香苗…?」
 とぼとぼと廊下を歩く1人の少女の姿があった。
 鏡の前を通過していく、その時にふっと顔を上げ…潤んでいる目に気付いたか、慌ててごしごしと顔を擦って、その動きで逆に刺激されたか、膨れ上がった涙が袖口を濡らして行く。
 ――その次の瞬間。ぴくんと跳ね上がった少女が、鏡から顔を離して横を向いた。
 その先に写るもの…それは、制服姿の、香苗のグループにはいなかった1人の少年の姿。
 少年の口元が動き、それに香苗が答えているのが見える。…残念ながら、声までは聞き取れないのだが、おいでおいでするように少年の手が動き、こく、と頷いた香苗がそっちへとゆっくり歩いて行くのが見えた。
「――ダメ、そっちに行っちゃ…!」
 慌てて駆け寄る早苗。
 次の瞬間、あり得ない事に少年が鏡へと――皆へとまっすぐに目を向け。
 ピシッ――
「っ、な、何だ!?」
 鏡は一面に蜘蛛の巣のようにヒビを入れて、白く濁ってしまった。
「過去の映像の筈なのに、こっち見やがった…何だ、あいつ…」
「混じったのかもしれませんね。今ここにある気配と」
 マリオンが呟き、天井、床、壁と鋭い目を向ける。
「どこかに、『縁』がありそうですが」
 細い指先が、宙を撫でるように、探るように慎重に動く。やがて、ふぅ、と口元が柔らかく笑んで。
「見つけました。では、行きましょうか」
 その指先で何を探り当てたのか。
 糸のような、布のような、気配――何か見えそうで見えない、そんな不思議な感情に囚われた次の瞬間、
「駄目じゃないか。招待もしてないのにここに来ちゃあ」
 さして大きくも無い、実に楽しげな声が、皆の耳へと同じ大きさで聞こえて来た。
 今の今まで廊下にいた筈の皆。
 だがここは――机も椅子も無い、教室の中。その奥に、余所を向いたままぼうとしている夏服姿の少女と、薄暗いからか表情があまりはっきり見えない少年がいるのが分かる。
「あ…っ。か、香苗!?」
 その少女に目をやった途端、真っ先に声を上げたのは早苗だった。駆け寄ろうとして、警戒したままでいる皆に止められ、抵抗を見せながらも最後には大人しくなり。
 その様子をじぃっと観察していた少年が、ひょいっ、と肩を竦め。
「何だ。君、探してくれる人がいたんじゃないか」
「…探してくれる、ひと?」
 のろのろと顔を向ける、少女。その顔はゆっくりとその場に居る人々を眺め、
「……ちがうよ。探してくれるひとなんて、あたしにはもう…」
 目の焦点を合わせないまま、再び余所を見ようとするが、
「探していたさ。探偵を何人も雇って、捜索願も出して、あちこち聞きまわって」
 萩矢の言葉に、ぴく、と肩が動いた。
「――香苗…帰ろう?1人が嫌なら、実家に戻ったっていいんだから。どうしてもって言うんだったら、今の仕事変えたっていいんだからさ。お母さんもお父さんも心配して、最近は随分痩せちゃったんだよ」
「……」
 困ったように、少年と皆をゆっくり行き来する少女の顔。少年はそれには答えず、
「相手をするのが面倒だったんじゃないの?」
 そんな言葉を投げつけてくる。
「…言い訳はしないわ。だって…面倒って、思わなかったわけじゃないもの」
 それがどんなに疲れてる時だって、聞かなきゃいけない事もあった筈だから。
 そう言いながら、止めている手を振りほどいて一歩前に踏み出す早苗。
「黙ってたのは悪かったわ。あんたが行きたがってたガイドブック見て、勝手に計画立てて残業代で費用捻出しようとしてたんだから。――ね。お父さんお母さん誘って、冬休み一緒に行こう?あんたが行かないんじゃ、あたしだって行く気無いんだからさ」
「……おねえ、ちゃん?」
 ぱち、と、1回少女が瞬きをする。その様子を見て、「ふぅ」と小さく溜息を付いた少年が、
「僕が言った通りだろ?」
 軽く、揶揄を込めて呟き。
「返すよ。僕が探してるのはきみじゃない。もっとずっと孤独な子さ」
 うたうように、そんな言葉を告げた、制服姿の少年がとんっ、と香苗の背を押し…自分はそのまますっと消えていく。
「あ…」
 不意に、ぱちぱちと瞬きを繰り返した少女が、きょろきょろと辺りを見回す。
 いつの間に移動したのか、皆が今いるのは図書館の書庫の中で。幸いなことに周囲に人はいなかったのだが、ぺたりとへたり込んだままの少女は、自分を見下ろしている5人に首をかしげると、
「あの…何か?」
 そう、不思議そうな顔で訊ねて来たのだった。飛び掛るもう1人に気付かないまま。
「香苗!」
「え?あ、お姉ちゃん。どうしたの、今日は平日だしまだ仕事に行ってるんじゃ…」
「バカッ。あんたが見つかったって言うのに、仕事なんかどうだっていいのよ!」
「え?え?」
 半泣きで自分にしがみ付いてくる早苗に、何が何だか判らない様子で声を上げていた香苗が、ぶるっと身体を震わせた。…考えてみれば、もう秋真っ盛り。ベストを着ているとは言え、半袖姿は流石に寒いだろう。
「――なんで、こんなに寒いの?って言うか、どうして皆冬服着ちゃってるの?」
「覚えてないの?…あんたね、2ヶ月行方不明だったんだよ」
「えええええっ!?あたしが?うそっ!」
 次々と訳の分からない事を言われ、混乱したか、目を真ん丸くして姉の腕をがしっと掴み、
「そ、それじゃ、あたしの夏休みは!?!?」
 がくがくと揺さぶられた姉が、べしっ、と妹の頭を叩く。
「そっちじゃなくて心配すべきは成績でしょ!?宿題も手付かずだし、学校は夏休みはともかく長い事休んでるんだから!」
「しゅ、出席日数、足りてるのかな…」
「なんですって?まさかあんた、私が仕事に出てる時サボったりしてたんじゃ」
「だ、大丈夫大丈夫、大丈夫だからもう叩かないでぇっ」
 頭を庇って目をぎゅうと閉じる香苗に手を上げた早苗が、そのまま腕を伸ばしてもう一度ぎゅうっと抱きしめる。
「――良かった…本当に、何も無くて良かった…」
「あ…え、お姉ちゃん…」
 抱きしめられた香苗は、ぎゅ、っと手を回して姉にしがみつき、
「うん…ごめんね…」
 囁くように、そう、告げた。

*****

『私の担当じゃないんだけどね…掛け合ってる最中よ。彼女、問題児では無かったし、友達からの嘆願もあったしね。それに、夏休みに入ってすぐくらいに学校で行方不明になったなんて事は、学校側も問題にしたくないでしょうし。休学届を出したことにして、その分課題やテスト、補習で体裁を付けると思うわ」
 神隠しなんて信じはしないけど、夏の制服のまま今まで居た事も信じられないしね、と響カスミはそう締めくくった。
 早苗は香苗を連れて、あの後も数日休暇を取り実家へと戻っていた。姉妹揃って怒られたらしかったが、姉の説得で香苗が実家へ引き戻される事だけは逃れられたようで、香苗は今日も元気に学校へ通っている。
 日記の事を訊ねた時だけ、
「見ちゃったんだ、あれ…ううん、見て欲しかったんだと思うな。あの時は、何だか凄く落ち込んでて、周りが全部あたしの事どうでも良いんだって思い込んでたから」
 そう照れながら話してくれたと…本当に2ヶ月も経ったのは今も信じられないが、話題も課題も大量にあって、授業に追いつくのが大変だ、と言っていたと都由がにこにこ笑いながら、草間の元を訪れながら言い。
「とりあえず何も無くて良かったわね。あの学校で、夏休みの事だったからてっきり彼女が絡んでたのかと思ったんだけど」
「…『彼女』?」
 シュラインが、不思議そうな顔で訊ねる他の面々に、あら?と小さな声を上げ。
「ええと?何だったかしら、彼女って」
 自分で言ったはいいが、思い出そうとしても思い出せないまま、曖昧に笑うと、皆が他の話題に移ったのをいい事にうやむやにしてしまった。


 『神隠し』とでも言えばいいのか、木村早苗――少女の失踪事件はこれで解決したかに見えた。
 だが、萩矢が聞き込んだもう1人の失踪者は相変わらず戻って来る気配は無く。
 そして、人攫いの噂も、校舎の中をうろつくと言う謎の人物の噂も消える気配は無いまま――
 小さな蟠りを残し、物語はひとまず幕を下ろす。
 ……偽りの平穏を、取り戻して。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ   /女性/ 26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3107/鷲見条・都由     /女性/ 26/購買のおばちゃん         】
【3283/赤羽・萩矢      /男性/ 26/喫茶『宵待』のマスター      】
【3507/梅・成功       /男性/ 15/お馬鹿な中学生          】
【4164/マリオン・バーガンディ/男性/275/元キュレーター・研究者・研究所所長】

NPC
草間武彦
  零
影沼ヒミコ
月神詠子
木村早苗
  香苗

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。「失踪」をお届けします。
夏休みイベントのキャラクターも、すっかり馴染んで来ているみたいですね。あのイベントに関わってきた者としても嬉しい限りです。
さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか。
この話そのものは今回で終わりです。妹が再び狙われる…と言った事は、無い、と思います(笑)
ですが、いくつかの謎は残ったままです。
また近いうちに、謎に迫るストーリーを構築出来れば、と考えています。

今回の参加、ありがとうございました。
また別の物語でお会いできる事を楽しみにしています。

間垣久実