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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜ここはどこ〜

 ここはどこ。

 …彼に限ってそんな疑問にぶち当たる事は滅多に無い――と言うか有り得ないと言って良い。
 筈、なのだが。

「おかしい…ですね」
 茶色みがかった髪色に黒い瞳、長身で…のほほんとした印象の青年が道端でふとごちている。
 彼の背には僅かな荷物。
 が、そんな身軽な格好ながら…否、身軽であるからこそか、何処か旅慣れた雰囲気を醸し出している青年でもある。

 青年――桐苑敦己は道に迷った事が無い。
 正直、道無き道でも現在地の把握はきっぱり可能。
 彼の特技として実はそんなものもあったりする。
 なので、余計に。
 …ここはどこ、なんて疑問が出る事自体がおかしいとも言える。
 けれど、事実今…よくわからない。

 はてさて。

 疑問には思うが敦己の元々の性格故か、それ程深刻になる事は無い。
 逆に。
 どこだかわからない場所に――なんて滅多に出くわさない訳で、好奇心がむくむくと湧き起こっていたりする。
 そんな訳で、桐苑敦己はちょっとばかりわくわくしながら「わからない」その道を歩いている。



 暫く歩き続ける。
 …特に風景も変わらない。
 山間の田舎道。
 そろそろ木々の葉も赤や黄に色付いて来ている季節。
 さわさわと優しく風が鳴る。
 気持ちの良い風である。
 そこに。

「ほぉ」
「?」

 急に意外そうな声を掛けられ、敦己はふとその主を探す。真正面、背後、誰も居ない――あれ? と思ってよくよく見直せば自分の立っているすぐ横、道から逸れた草の中に古めかしい行李を背負った小柄な爺さんがいきなり立っていた。
 思わず目を瞬かせる。
 …いつの間に。

「お前さんみたいなンがここ歩いてるたァ珍しいな」
「そうなんですか?」
「ここァ滅多に外のヒトが来ンからなァ。目に入りゃあ声を掛けたくもなるもんサ」
「貴方は――御近所の方…ですよね」

 …宜しければ、ここはどう言ったところなのか聞かせては頂けませんか?
 顔を窺いながら問う敦己。
 爺さんはほっほっほ、と笑ってそんな敦己を見上げる。

「儂かい? 近所っつやァそうだがね。簡単にそう言っちまって良いもんかどうかな。…ふふふ、ま、細かいこた訊くんじゃないよ。黙ーってこの道のんびり歩いて行きなさいな。別に大した事にゃならねぇさ」

 含みのある口調でそう言うと、爺さんはてけてけ敦己の前に出、歩いて行く。
 何があるのか具体的には言わない。言わないままで旅人を促す。

「どんな場所かは自分で確かめろって事ですね」
「そう言うこった。…ああ、取って食われるようなこた無いからそこんとこァ心配すんな」

 確認するような敦己の科白に対し、ま、騙されたと思って行ってみぃ、と再度促し、爺さんは歩を止めないままひらひらと手を振って見せる。
 敦己はそうしまーす、と声を掛け、見えないとわかっていながらも手を振って返しつつ、その背を見送った。
 が。
 敦己が見ているその場で…前を歩く爺さんの姿がすぅと透けて行く。

「え」

 思わず声を上げると、消え行く姿がちらりと振り返り、悪戯っぽくにやりと微笑んでいた。で、その微笑みを残して今度こそ姿が綺麗さっぱり消える。
 残された敦己は暫し停止。
 …ええと、今のは。

 幽霊? 精霊? …とにかくその辺の種族…と言うか状態の方?

 取り敢えずそんな結論に至る。
 が、具体的には正体不明。
 …確かに自分、一応霊力はそれなりにあるが。
 普通は目に見えぬモノが見える事も多いが。
 それでも初見の『謎の相手』の正体をいきなり看破できる程の専門的な能力持ちでもない。
 …今のお爺さんは何者だろう。
 この先何があるんだろう。
 どきどき。

 なぁんて、未知のモノに対しひっそり胸をときめかせて道の先を眺めていると。
 今度は。

「「「おにーちゃん、こーんなところでなーにしてーんのー?」」」

 ぴったり同時に三重奏。
 可愛い高い声が飛んで来る。
 …その源は…やっぱり草の中。
 振り返って見れば、おかっぱの髪型に草木で染めた着物姿の童が三人ひょっこり顔を出していた。
 その三人、三つ子かと――いやむしろ同じ童が三人居るのではと言うくらい、そっくりで。
 髪型や格好も顔立ちどころか表情からして見事に同じである。

「わ」
「「「ひまならいっしょにあそんでくれる?」」」

 ねえねえねえ、と三人で大合唱。
 何となく人間ではない気がする。が、特に害意のあるものでは無さそう。と言うか純粋に遊びたがっているだけな様子に見える。少し考えてから、いいですよ? と敦己が答えるなり三人はわーいと草むらから飛び出て来た。飛び出るそのままがしっと飛び付かれ、敦己は少しよろめく。バランスを崩し尻餅を付いた。
 あいたたたと困ったように笑いながら敦己は改めて童たちを見る。
 と。
 気が付けば――わらわらわらと三人どころで無く同じ姿同じ顔同じ格好同じ声の童が敦己に向かって駆け寄って来ていた。
 皆が皆、あそぼうあそぼうと敦己に向かって縋り付いている。

 一時停止。

 …えーと。

 取り敢えず、何人?
 反射的に敦己は考え込む。
 とは言え、何故『同じ童』がこれ程大人数居るのか考えていると言う訳では無く。

「…おにごっこ、とかかくれんぼ、とかだるまさんがころんだ、とか…が無難かな」
 もし道具があるならサッカーとか――チーム競技なスポーツも一応候補に入れて問題無いかも。

 なぁんて――どうやってこれだけの人数と遊ぼうか、そちらを考え込んでいた訳で。



 で。

「「「ありがとー」」」

 たくさんの童さんたちに色々とお付き合いした後の事。
 そんな声が輪唱になったかと思うと、やはりひとりひとり消えていく。
 …先程の爺さんと同様、道の先に透けて、消えていく。

「どう致しましてー」

 嬉しそうに去って行く童たちに微笑んで手を振りつつ敦己はふと考える。
 …何となく状況が読めて来た気が。
 と、思ったそこで。

 目に留まったのは足許にあった小さな野草。
 そこの花にとまっていた、きらきら透けた羽根を持つ虫。蝶か蛾か蜻蛉か…そんな、羽根の大きな類の。
 正体がわからない虫。…敦己はあちらこちら旅の空にいる訳で、その手の事にも比較的詳しい筈なのだが…それでも、何属で何科かもいまいち見当が付かない。
 でも、とても綺麗な羽根を持つ虫である事は確かで。
 敦己は荷物からぱぱっと手早く携帯電話と手帳を取り出し、ぱしゃりと携帯電話で写真を一枚。そして手帳の方にはおもむろにスケッチを。…絵心があるかどうかと問われれば…まぁ特別下手でも無いし上手くも無い。並だろう程度である。が、実際に目で見たものと携帯に付いているカメラのレンズを通して見たものでは随分違ってくる場合もあるので、本当に気になる場合は両方やっておくのが後から調べるにも無難な訳で。…そもそも、『場合によって』はカメラだと『写っていない』事もままある。
 …そして今回は状況からして『写っていない』可能性が高そうな気もするので。

「…あ」

 これもまたいつもの事だが、作業途中で虫はひらひらと飛び立ってしまう。
 と。

 さわさわ。

 今飛び立ったのとまったく同じきらきら煌く羽虫が、敦己の足許を取り囲んでいるのに気付いた。
 思わず視線を落とし、そのままで見つめる。
 すると、更に、きらきらと煌くこの世のモノとも思えぬその虫が、何を求めてか敦己の周りにさわさわと寄って来る。初めは足回りだけだったがだんだん上がって来た。殆ど時を置かず敦己の目の前にまでふよふよと飛んで来ている――そこで気付いた。光を反射しているのではなく虫自体が発光していると。
 虫が増えれば増える程、光量も増えている。
 包まれる。
 内側から見て凄い光景。
 視界一杯、煌く光。

 眩しいくらいのその光。
 …やがて意識は遠くなり。



 …ふと気付けば光が消えて行き。
 同時に虫の姿も綺麗さっぱり消えていた。
 更に、自分の位置が急に何か、全然違う場所に移動している気がし。
 …途端、現在地が――先日歩いていた分かれ道、そこからコインを投げて選んだ方の道の先、それもまだ殆ど進んでいないところ――である事を把握する。
 旅人は思わず首を傾げた。
「どうして今まで気付けなかったんでしょう…」
 と言うかそもそも、これまで歩いた道は何だったのか。
 ぐるりと見渡し位置関係を確認すれば、コインを投げて道を選んだところから、百メートル程度しか歩いていない。まだどこでコインを投げたか視認さえできる位置。
 …変である。

 が、桐苑敦己は気にしない。

 まぁ、そんな事もあるのかもしれません。
 何かに化かされたり誤魔化されたような気もしますが…そうだとしても、別に悪意あるモノじゃなかったようですし。むしろ何か――とても、貴重なモノに出逢えたような気もしますしね。

 …と、旅人は満足そうにのほほん伸びをする。
 そしてまた、幾分御機嫌な様子で――その同じ、けれど今度はどこを歩いているかはっきりわかる――その道を疑いも無く歩き出す。今は、自分の所在がわからない事も無い。
 ならば特には困らぬ訳で。

 結局、それで済ましたり。

【了】