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ブランコを降りて
煙草に飢えていた。
早朝に目が覚めて、まだぼんやりとした頭で所定位置に置いた煙草に手を伸ばしたものの、まさぐった結果中はカラッポ。パラパラとカスだけが落ちて床を汚した。
ないとなると無性に吸いたくなるのが煙草と言うもので、これほど不便なものはない。
腹が減っても冷蔵庫に食べ物がない。この場合ならば電話1本で出前をして貰えるが、煙草はそう言う訳にはいかない。吸いたいと思っても手元になければ、自分で買いに行かなければ。
仕方なく服を着替え、一番近い自動販売機まで買いに行く。この行為が面倒臭くてたまらないが、行かなければ煙草にもありつけない。
漸く購入し、手に収まった煙草。今すぐその場で吸いたいが、最近はあれやこれやと面倒臭く歩きながら煙草を吸うことが出来ない。
いそいそと公園へ入り、灰皿のあるベンチを探しあて、もどかしく封を切って取り出した1本。
火を付け、肺の奥深くまで吸い込むニコチン。そして吐き出す至福の息。
「はぁ〜」
「はぁ〜」
自分の声に重なったもう1つの声に、草間は「うん?」と声の方向に目をやり、そこに幼い少女の姿を認めた。
「何だ?」
草間を真似て楽しそうに笑う少女に、問いかける。
「パパもたばこすうんだよ。おいしい?」
それはもう、と、子供相手に煙草の有り難さを説いても仕方がないので頷くだけにしておくと、少女は草間の吐き出す煙をにこにこと目で追った。
ふと草間はこの少女の違和感に気付いた。
早朝の、ジョギングをする人や犬の散歩をする人がまばらに見える公園。
周囲を見回すが、保護者らしい姿が見えない。しかし、こんな小さな子供が一人で出歩いて遊ぶには早すぎる。
「近所の子か?こんなに早く遊びに来たりして、お母さんが心配するんじゃないのか?」
尋ねる草間に、少女は不思議そうな顔で言った。
「だって、おうちがわからないんだもん」
……迷子か。しかしこんな早朝に迷子がいるものか。
首を傾げながら草間はポケットから携帯を取り出す。
こう言った子供は警察に引き取って貰うのが一番だ。保護者だって子供がいなくなれば警察を頼るに違いない。
しかし、110と押そうとする草間に、少女は言った。
「それにね、ママが帰ってきちゃだめだっていったんだもん」
……捨て子か。いや、いくら何でもそれはないだろう。
「分かった。何か悪いことをして叱られたんだろう?ちゃんと謝れば許してくれる、早く帰れ」
朝っぱらから外に放り出されるほどのイタズラをしたのか、と苦笑する草間。放り出されたからと言って公園に遊びに来るとはなかなか根性のある子供だと感心もした。最近の子供は放り出されたくらいでな泣かないのか、と。
しかし、少女は奇妙な言葉を口にした。
「だって、いつかころされるからって、ママがいったんだもん」
「ふわっくしょいっ」
盛大なくしゃみを発して、草間はズルズルと鼻を啜った。
寒そうですねと気遣ってくれる者はいても、上着を貸しましょうかと言ってくれる者はいない。草間は心の中で毒づきながら薄いコートにくるまってにっこり笑っている少女を見る。
家が分からない、いつか殺されると言った奇妙な少女は、11月の中旬だと言うのにトレーナーとスカートしか身に付けておらず、いかにも寒そうな様子を見て見ぬ振りするには僅かばかり残った草間の良心が許さず、結果、草間は自分の体温で温まったコートを少女に提供し、薄着で震えている。
「いやぁ、私はまたてっきり草間さんの隠し子だとばかり」
ぼりぼりと頭を掻いて笑うシオン・レ・ハイ。
とんでもないことを言って呉れるなよと軽く睨む草間の横で、雨柳凪砂は可愛らしい顔で更に酷いことを言う。
「あたしは草間さんがナンパしているのだと思いました。まさか、そんな性癖があったなんて……と、」
「俺を一体何だと思ってるんだ……」
溜息を付いて冷えた両手を擦る合わせる草間。
草間としてはこんな奇妙な子供は警察に押し付けておくのが一番だと思うのだが、運悪く寝起きで園内を散歩していたシオンに出会ってしまった。がっしりとした体格の、草間と比べると一見アヤシイ人にも見えるシオンを、少女は全く怖がらず、シオンもまた少女に優しく、いっそそのまま2人を置き去りにしてしまえば良かったのだが、面倒を見ることになってしまった。
少女の親を捜すべきだと主張するシオンと、警察に任せるべきだと主張する草間。そこへ雨柳が通りかかり、2対1で負けてしまった。仕方なき草間は110とは押さずに、履歴に残っている順に3人の知人を呼びだした。恋人であり、事務員ののシュライン・エマ、陰陽師の真名神慶悟、煎餅屋の苑上蜜生だ。
ベンチに腰を下ろし、雀のさえずりに耳を傾けながら3人の到着を待っていると、愛犬を連れた観巫和あげはが通りかかり、少女はシオンがどこからか連れてきた彼のペットであるらしい兎と、あげはの犬に囲まれて大層幸せそうに戯れた。
迷子の子供を両親に引き渡したところでどれだけの謝礼が貰えるだろうか。たった1本の煙草を望んだが為に、朝からとんだ災難だ。心中ぼやいていると、シュライン、慶悟、蜜生が仲良く肩を並べてやって来た。
男3人と女4人、そして子供1人の集団は、この朝早い公園内ではどの様に見られるものなのか……などと思いつつ、草間は全員が腰を下ろせるベンチへと移動した。
「はい、どうぞ。温かくしていないと風邪を引くものね」
シュラインは毛糸のマフラーを少女の首に巻き、かなり大きいが、自分の着慣れた厚手のセーターを着せた。草間から奇妙な少女が公園にいると聞き、必要ではないかと持参したものだ。
「流石シュラインさん、気が利きますね」
少女から返して貰った薄いコートをいそいそと着込む草間を見つつ、あげはは素直に感心する。
「興信所に寄る時間があったら、武彦さんにも何か持って来たんだけど……」
シュラインはコートを着てもなお寒そうな草間を気遣う。
「今朝は冷えますね」
と、そっと手に温かい息を吹きかけてから蜜生は言った。
「お腹空きませんか?胡麻煎餅と温かい焙じ茶なら今持っていますけど、いかが?」
蜜生が紙包みと大きな水筒を取り出すと、あげはもバッグがか風呂敷包みを取り出した。今日店に出す団子のお裾分けを、興信所に持っていくつもりだったらしい。
水筒のコップでは全員に行き渡らないので、草間がポケットに残っていた小銭で温かいお茶とコーヒーを買い足し、全員で胡麻煎餅と団子を囲んだ。喜んだのは少女とシオンで、煎餅と団子を交互に美味しそうに食べた。
早朝に叩き起こされた慶悟はしきりに煙草を吸って目を覚まそうと勤めつつ、園内を見回した。
「その子供と会ってどれくらい過ぎた?俺達が着いてからの時間を合わせると1時間くらいにはなるのか?」
園内を行き来する人の数は少し増えたようだが、少女を捜す親らしい姿は見えない。
不思議なのだが、少女は見知らぬ大人に囲まれていることも親と離れていることも不安には思わないらしい。それを慶悟は指摘した。
「その娘が悲しまない事もそうだが、帰ってきては駄目だと言う事自体に何かしらの問題があるな」
「帰ってきては駄目だと言って子供を置き去りにする母親がいるでしょうか……。やはり、『いつか殺される』と言う言葉に深い理由があるのでしょうか?」
あげはは自分の飼っている犬猫が帰らなかっただけでも心配に思う。それが自分の子供であったら、親は心配で心配で溜まらないはずだ。帰って来るなと外に置き去りにすることは考えられない。少女の母親がそれをしたのならば、何か余程の事情があるに違いないと思う。
「いつか殺されるから、と言う母親の言葉は子供を守らんが為と見るべきか……」
「もしかしたらお母さんがその子に殺される、と言う意味かも知れませんよ」
「ああ、育児ノイローゼですか?」
蜜生の言葉に改めて少女を見るシオン。これくらい幼い子供がいると、親は常に気を配ろうとして物事1つ1つを気に病んでしまうこともあるだろう。しかし、まさか両親揃って育児ノイローゼになることはないだろう。母親が子供を放り出しても父親が探しに来るのではないか。
そう言うシオンに、蜜生は少し首を傾げて少女を見た。少女は草間と慶悟の吐き出す煙草の煙を捕まえようと両手を振り回している。
「お父さんについては、煙草の煙を嫌っていないみたいですから、関係は良好なのかと思いますが……、でも確かに、お父さんの方も探しに来ないと言うのはおかしいですね」
「まさか受動喫煙で『いつか殺される』と言った訳ではないだろうな?」
もしそうだとしたら、自分の肺は至って健康な筈だが胸の痛い話しだ。自分の吐き出す煙に少々やましさを感じて煙草をもみ消し、慶悟はもう一度園内を見回した。
「家が分からないと言うくらいだから、余程離れた場所からここまで来ているのか?それで父親が見当外れな場所を探している可能性も考えられるが……、」
「問題は、この子が何処から来て、何時からここにいるのか、ですね。良く考えてみたらあたし達、まだ名前も聞いてないんですよ」
話しに耳を傾けつつ、少女が犬や兎と戯れる様子を見守っていた凪砂が言い、つい『殺される』などと言う物騒な言葉にばかり気を取られていたことに気付いた。
「何か事情があって帰って来ちゃ駄目、なんて言ったんでしょうけど、きっと心配しているからお家に帰りましょうね」
そう言ってから、シュラインは少女の名前を尋ねた。
しかし少女は目をパチパチとさせて首を傾げる。
「パパやママに、何て呼ばれてるのかな?」
シオンが改めて尋ねても、少女は困ったような顔で見返してくる。
「迷子の上に記憶喪失とか言うんじゃないだろうな、こんな子供の癖に」
イヤな予感に溜息を付く草間。
「記憶喪失に年齢は関係ないと思いますが……」
凪砂は言い、両親の名前を尋ねる。しかし、少女はこれにも首を傾げ、何か思い出せる名前はないかと言う質問には泣きそうな顔を見せた。
「大丈夫、心配しないでね。ちょっと吃驚して忘れちゃってるだけなのよね?泣かなくて良いのよ」
凪砂は慌てて少女を励まし、兎を抱かせて気を逸らせた。それから草間達に向き直り、首を捻り合う。
「つかぬことを聞くけれど、この子って本当に人間の子供なのかしら?まさか、生まれすぎたり引っ越し先で飼えないなんて理由で処分されそうなペットなんかじゃないわよね?」
人間の中で生まれ育った動物は、何処か自分を人間だと思っている節がある。この子供も人間の姿をしているが実はそう言う犬や猫の類ではないかとシュラインは言う。
「実はもう亡くなっている、なんてことは?母親は娘にこの世に留まって欲しいと思っているのに、父親がお祓いを頼んでいるとか……、考え過ぎかしら?」
何故自分の名前や両親の名前を覚えていないのか、その理由は分からないにしても、早朝に1人でうろついていることと、両親が探しにこない事の理由にはなるのではないかと考えるあげは。しかし慶悟は2人の意見に首を振った。
「俺もまずこの子供がこの世のものかどうかを疑った。だが見たところは確かに生きている子供のようだし、別の生物が人の姿を取っているようにも思えないな。父親の事は煙草を吸うと言う記憶がある。名前が思い出せないなら別のところから聞いてみた方が良いんじゃないのか?」
「何処からここに来たのか、分かるかな?1人で来たの?それとも誰かに連れて来て貰ったの?」
シオンが尋ねると、少女はこれには家から1人で来た、と答える。しかし、何処から来たいのか、家の場所を尋ねるとやはり首を傾げた。
「おじさんはこの公園に寝泊まり……、この公園に住んでいるんだけど、君は何時からここにいるんだろう?おじさん、昨日は君を見なかった気がするなぁ。今朝ここに来たのかな?」
「きのうのよるだよ。おじさんがねてるのみたよ。それから、むこうのいすでほかのおじさんがねてるのもみたよ」
シオンが昨夜、寝床と決めているこの公園に戻り、兎を電気アンカ代わりに眠りに就いたのは深夜過ぎだった。と言うことはこの少女は夜中に家を放り出されたことになる。
すると凪砂はゆっくりと少女の手を取り、何処か痛いところはないかと聞いた。外見に傷らしいものはないが、衣服に隠された部分に何かないか、と。
「児童虐待なんて疑いたくありませんが、念の為調べておいた方が良いと思うんです。それから、交通事故の可能性も」
躾と称して寒空に子供を放り出す親がいれば、交通事故を起こし、救急車を呼ぶより早いからと自分の車に乗せた後、山中等に体を置き去りにする非道な犯罪もある。
しかし、了承を得て調べた体には虐待らしい跡も事故によるものと見られる傷も見当たらなかった。
「どうしてここに来たの?ママが公園に行きなさいって言ったから?それとも、ママは他の場所に行きなさいって言ったけど、分からないからここに来たの?」
蜜生は少女を怖がらせないように微笑みを浮かべて尋ねる。と、少女は暫し考えてからこう答えた。
「ママがね、にげなさいっていったもん。いつもこうえんであそぶから、ママがむかえにきてくれるとおもったの」
両親の名前も自分の名前も思い出せない。家の場所は分からず、何処から来たのかも覚えていない。ただ覚えているのは、『帰って来てはいけない』『いつか殺される』『逃げなさい』と言う母親の言葉。
「逃げなさい、と言うことはこの子に何か危険が迫ったと言うことですよね?不思議ですね、どうしてこんなに記憶が断片的なんでしょう?」
幼いと言っても少女は5〜6歳に見える。そんなに何もかも分からないと言う年齢だろうか?虐待や事故の形跡はないが、何かしら記憶が飛ぶような事態があったのではないか、と蜜生は言う。
「例えば、何か恐ろしいものを見たとか?母親は何故この子に『逃げなさい』と言ったのかしら?一緒に連れて逃げると言うことは出来なかったのかしら」
いつか殺されると言う言葉の影には慢性的な命の危険があると思われるが、その危険がいよいよ子供の身に迫った状態で、母親は自分が身代わりとなって子供を逃がしたのだろうかとシュラインは考える。
「もしそうだとしたら、母親の方も危ないと言う事ですよね?何か恐ろしいものを見て記憶が曖昧になってしまったのだとしたら……、」
あげははつい、母親の身に良くない出来事が起こり、それを少女が見てしまったと言う最悪のパターンを想像してしまう。
「おまえのお父さんは煙草が好きなんだな?おまえはお父さんが好きか?」
突然、慶悟はそう尋ねた。
母親はこの少女を守ろうとしたらしい。では、父親はどうか。煙草を恐れる様子がない事から、父親との関係を疑わなかったが、父親の方に何か問題があるのではないか。例えば、父親から少女へ直接危害がなかったとしても、何時かその手が少女に及ぶことを母親は恐れていたのではないか。
少女は答えない。
「お父さんは優しいのか?」
続けて尋ねる慶悟。しかし少女はやはり答えなかった。戸惑ったような顔で慶悟を見上げ、幼いながらも何か一生懸命考えている。
暫くしてから少女はこう答えた。
「……わかんない……」
その顔に不安気な様子が浮かんで来た。色々質問をしたことで、自分の状況が飲み込めて来たのだろうか、それとも漸く母親が迎えに来てくれない事態を訝しく思い出したのだろうか。
しかしここで泣き出されては話しにならない。女性陣が慌ててフォローをして、少女の気を紛らせる。
「何時までもここにいても仕方がありませんから……、その辺でインスタント写真でも撮って近所を回ってみますか?この子、夜中にここに来たと言うことは昨夜はちゃんと眠っていませんよね?興信所に連れて帰って休ませた方が……」
凪砂が言うと、写真なら私が、とあげはがデジタルカメラを取り出した。
「念写をしてみても良いですか?何か映るかも知れませんし、この子の自宅周辺の景色でも映れば手がかりになりますし」
それならと蜜生も自分の能力を使ってみると言う。
あげはの千里を映す念写能力と、蜜生の千里をその目に見る能力。似た能力が2つあれば、得る情報は2倍になり、その確実さも増す。
「記念撮影をしましょうね」
そう言ってあげはは兎を抱いた少女を何枚か撮り、蜜生はその様子をじっと見守った。
「ねぇ、もういーい?」
少女が痺れを切らしたところで2人は頷き、少女がすべり台を使いたいと言うのを許した。
「危ないから遠くへは行ってはいけませんよ。また迷子にると困りますからね、必ず私達が見える場所にるんですよ」
シオンは言い、少女から兎を受け取る。あげはの愛犬も自分の愛兎も、流石に疲れた様子だ。
「それで、どうしでした?何か分かりました?」
凪砂があげはと蜜生に声を掛けると、2人は浮かない顔で頷いた。
「真っ先に、一番イヤなものが見えました……。多分、あの子の母親だと思いますが、何処かの部屋に横たわっていて……、頭から血が……」
「蜜生さんがご覧になったのはこれと同じ情景だと思います」
言って、あげははデジカメを全員に見えるよう示した。
映し出されているのは、綺麗とは言い難い散らかった室内。そこに横たわった1人の女性。蜜生の言う通り、頭から血が流れているのが分かった。
「多分、あの子はこの様子を見たんだと思います。でも、どう言う状況で見たのか……、窓の外からチラリと見えたような感じで……」
「窓?」
蜜生の目にその情景がどのように映ったのか分からず、全員が首を傾げる。
「ええ、正面から見たという感じではないんです。こう、窓のサッシの隅があって……」
と、やや斜めに見えるのだと言うその様子を手で形作る。
「窓……、窓か。高さは分からないのか?1階とか2階とか」
蜜生が見た情景があげはのデジカメにも映っていれば良かったのだが、全く同じ様子は映し出されていない。ただ、2枚目の画像にはブランコが写っていた。
「ブランコねぇ……、ああ、丁度漕ぎ上がったくらいの高さなのかしら?それとも、単にあの子の好きな遊具と言うことかしら?」
言いながらシュラインは公園内のブランコを探す。
ブランコは砂場の隣の一角にあった。その裏手に小さなアパートがある。
「あ、あのアパート!」
あげはは慌てて小さなモニターに3枚目の画像を映し出した。
兎を抱いた少女と重なって、惚けた色の建物が映っている。それは間違いなく、あの小さなアパートだ。
「すぐ近くじゃないか……、ベランダからその様子を見たのか?……いや、ブランコか?」
ベランダのコンクリートで少女の身長では室内は見えない。しかし、ブランコを漕ぎ上げた状態であれば、丁度部屋の中が見えるのではないか。1階にある3部屋の内、丁度ブランコの裏手にあたる1部屋だけカーテンが閉まっている。もしあのカーテンが開いた状態であったら……。
慶悟はすぐに式神を飛ばして中を確認させた。人の目には見えなくても、式神ならば僅かな隙間から中を見る事が出来る。
式神はすぐに戻って中に死体があることを慶悟に告げた。
「中の死体が母親だとして……、犯人は誰です?父親でしょうか?だったら、父親を捜す必要がありますが……」
少女がこの公園にやって来たのは昨夜。と言うことは、母親が殺されたの昨夜、夜中と言うことになる。死体がそのままで残っているのだから犯人は何処かに逃げ隠れしているのだろうし、それが父親ならば例え少女を捜しに来ても引き渡す訳にはいかないとシオンは言う。
父親を警察に出頭させ、少女を然るべき場所に保護して貰わなければ、と。
「そりゃやっぱり警察の仕事だ」
ずっと黙っていた草間が口を開く。
「でも草間さん、ここまで関わったのに警察まかせになんて出来ません」
自分達で父親を捕まえたいと言う凪砂。他の5人も同じ気持ちらしい。
「あの子供の事を何より先に考えるべきじゃないのか?もし母親が殺されるのを見て記憶が曖昧になっているんなら、このままここで引き留めておくのが得策とは思えない。あの子供は警察に引き渡しておくべきだ。素人の俺達が何時までも面倒を見て良いものじゃないだろう」
自分達で犯人を捕まえたいからと言って、名前も住所も思い出せない子供をそのまま放っておくのは、子供の精神上良くないのではないか。子供を警察に引き渡せば自然と母親の死が分かる。そうなれば、自分たちの出る幕はなくなるが、少女は心身共に面倒を見て貰える。
「それはそうですが……、」
まだ少し諦め切れない気持ちであげはは呟き、少女の姿を探した。
遊具で遊ぶ子供がまばらに見え始めた園内で、少女は何処か寂しげに年の近い1人の子供を見ている。その子供はブランコから飛び降りて、ベンチに座る母親の胸に飛び込んだところだった。
「あの子があんな風にブランコを降りて母親の胸に飛び込むことは、もうないのね……」
そう思えば、何時までも思い出深いであろう公園に引き留め、悪戯に記憶を引き出すのは酷な気がする。
シュラインは警察に連絡することに同意した。
「好奇の目に晒すのは忍びない……。確か警察に知り合いがいると言っていただろう?そっちに連絡して人目を避けて引き渡せないか?」
パトカーや警官の制服で少女を怯えさせることも避けたいと言う慶悟に頷き、草間は携帯を取り出した。
草間の知人だと言う警察に付き添われた少女が不安気に車に乗り込むのを見送って3日後、草間の元に父親を逮捕したとの連絡が入った。
「ドメスティックバイオレンス?」
温かいコーヒーを飲みながらシオンは言った。
「ああ、子供の方には手を出していなかったらしいが、母親は何時か子供に危害が及ぶのを恐れて夫が暴力を振るい始めると子供を外に逃がしていたらしい。昼夜問わずあの子供がアパートの周りをうろついてるのを見たって証言も出た。母親が迎えに来るまで、ずっと外で待っていたそうだ」
「だから、『逃げなさい』『帰って来ちゃ駄目』『いつか殺される』だったんですね……、」
何時も通り逃げ出して、公園で迎えを待っていた時に、偶然母親が殺されるところを見てしまい、ショックで記憶が曖昧になってしまったのだろうと言う話しに、あげはの胸は酷く痛んだ。
「酷い話し……」
公園で草間が少女と話しているのを見た時には、何か小説のネタになるのではないかと思っていた凪砂の好奇心は吹き飛んでしまった。
「死を理解するには幼すぎるからな……、あまり心に傷が残らなければ良いが」
少女の記憶にはまだ曖昧な点が多いらしい。母親の死や、父親の不在を自覚出来るのは当分先のことだろう。出来れば、母親の殺害現場を目撃したなどと言う記憶は戻らない方が良いと慶悟は思う。
「もし全部思い出してしまったら……、きっともう、あの子、ブランコには乗れませんね」
年齢は別にして、自分ももう乗れないだろうと言う蜜生。
「そうね……、」
寂し気に頷いて、シュラインはあの少女の、人懐っこい笑みを思い出した。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α
4233 / 苑上・蜜生 / 女 / 19 / 煎餅屋
0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
1824 / 雨柳・凪砂 / 女 / 24 / 好事家
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■ ライター通信 ■
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ご利用有り難う御座います。少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
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