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【夢紡樹】−ユメウタツムギ−
------<卵の行方>------------------------
夢と現実の狭間に位置している様な喫茶店『夢紡樹』には今日も静かな時間が訪れていた。
休日の昼間。
人々がのんびりと過ごすのにやってきては、互いに少しの時間を共有し去っていく。
常連客の一人である綾和泉汐耶もその中の一人で、窓際のいつもの席に腰掛け本屋と古本屋を巡り仕入れてきた本を一心不乱に読み進めていた。
この店に汐耶の読書の邪魔をするような者は居ない。
邪魔をしたら最後、超絶不機嫌な汐耶の姿を見ることになるであろう事は、実際に見たことは無かったが簡単に予想できた。
いつも賑やかなリリィも極力音を立てずに汐耶の元へと珈琲を運ぶ。
そして汐耶の読んでいる分厚い本を見つめ、感嘆の溜息を吐いた。
くるりと振り返ったリリィはエドガーと貘の待つカウンターへと近寄り、こそこそと話し出す。
「汐耶って毎回すごいよね。あんなに分厚い本をあーっという間に読んじゃって。しかもしっかり頭の中に入ってるんだもん」
「本当に本がお好きなんでしょうね。…貘の蔵書でも見せてあげたら喜ぶんじゃないですか?」
くすり、と笑いながら貘が汐耶に視線を移す。相変わらず目隠しをしているのだが見えているような仕草をする貘。
「そうですね。普通の方には少し危険すぎますからお見せできませんけど、汐耶さんならそういう類の本の扱いにも慣れていそうですし」
今度お話ししてみるのも良いかもしれません、と貘は言って微笑んだ。
「そうだ、そういえば汐耶にこの間あげた夢の卵どうしたんだろう。どんな夢見たのかな?」
うーん、と首を傾げたリリィはそのまま貘を見上げる。
「あぁ、そういえばこの間お渡ししてましたね。でも店内ではお使いになってなかったようですし」
「気になりますか?」
くすくすと笑った貘にリリィは言う。
「もっちろん! マスターだって気になるでしょ?」
「気にならない‥‥と言ったら嘘になりますね」
「ねねっ。後で汐耶に聞いてみようよ」
本読み終わった時にでも、とリリィが悪戯な笑みを浮かべて告げると貘も頷く。
「そうですね、そうしましょう」
ぴょん、と飛んでリリィは本を読み進める汐耶を見つめた。
------<夢の卵>------------------------
汐耶が、ぱたん、と本を閉じたのを目ざとく見つけたリリィは汐耶に珈琲を持って行きながら尋ねる。
「汐耶、珈琲どうぞ」
「ありがとう」
汐耶は運ばれてきた二杯目の珈琲に首を傾げた。
それをみてリリィは笑う。
「これは私から」
聞きたいことがあるの、とリリィは汐耶に尋ねた。
「あのね、この間マスターが汐耶にあげた夢の卵あったでしょう? どんな夢を見たのかと思って」
「あぁ、以前頂いた夢の卵の事ね。まだ使ってないんだけれど」
「そうなの? 汐耶どんな夢見たのかとちょっと気になってたんだよ」
「考えたんだけれど今はこれと言って見たい夢って言うのも無いから‥‥」
その時何を思ったのか、あっ、と突然声をあげた汐耶はリリィに尋ねた。
「この夢の卵はあの子にも使えるかしら?」
あの子?、とリリィは汐耶を見つめる。
「えぇ、あの子。嘆きの欠片を封印した‥‥」
「あぁ、あの子ね。夢の卵は感情のあるものには有効だから、あの子も多分大丈夫だと思うよ。命はまだ無いけれど夢は見ることが出来るから」
ね、とリリィは貘を振り返り確認する。
「はい、使うことは可能です」
「それだったら…私よりもあの子にあげて貰えますか?あの子に封じた欠片が鎮まれば、封印は解けるようにしてますし」
実は持ち歩いてたの、と汐耶はバックから丁寧に包まれた卵を取り出してテーブルの上にあげた。
「あの子が見た夢で嘆きの欠片が静まる様なことがあったら、その封印が解けた時目を覚ますかもしれませんね?」
「そうですね」
貘がいつの間にか汐耶の隣にやってきておりそう相槌を打つ。
「試してみますか? 嘆きの欠片がこの子の命に変わるのを‥‥」
「えぇ、是非。あの子が目覚めるのを見てみたいですから」
「それならば‥‥」
貘は一礼し奥へと戻っていく。
そして暫くすると手に真っ白なドレスを着た少女を抱きかかえてやってきた。
「あら? 新しい服?」
「はーいはーい! リリィが作ったの」
自分でも可愛らしい服が好きだと言っているだけあって、そういったものを作るのが実は好きなリリィ。眠り続ける人形のために服を色々作っては着せてあげているらしい。
「ちょっと自信作」
えっへん、と胸を張るリリィに汐耶は微笑む。
「素敵ね。この子もきっと喜んでるわ」
「そうかな? そうだといいな」
はにかむように微笑んで、リリィは汐耶の向かいの椅子を引き人形をそこに座らせた。
「どんな夢を見ると思う?」
リリィは汐耶に尋ねる。
楽しい夢であればいい。
この子が寂しくないような。
このこの中の嘆きの欠片が心安らぐような。
何よりも優しい夢を。
「優しい夢が良いわね。そして水のように緩やかに全てを包み込んでしまうような」
汐耶は夢の卵を人形が両手で包み込むような形になるよう持たせてやりながら告げる。
その時、店の扉のベルが鳴る。
そこに立っていたのは嘆きの湖の主の漣玉だった。
「おや、其方か。久しいのぅ」
艶やかな笑みを汐耶へと向ける。漣玉は湖の一件以来、汐耶のことを気に入っていた。
「こんにちは。お元気そうでなによりです」
「なんじゃ、その者は嘆きの欠片を内に閉じこめた者‥‥これから何かするのか?」
「この子に夢を見せてあげようと思って」
汐耶は艶やかな人形の髪を撫でながら言う。
「ほぅ。なかなか面白いことを」
「私楽しみなんですよ。この子が目覚めるのが」
汐耶は笑う。
「夢を見続けていたらずっと一人ですけど、目を覚ましたらこの子の世界はもっと広がるでしょう? だから早く目覚めて欲しくて」
そうじゃな、と漣玉も笑う。
「嘆きの欠片がこの子の命になったらいいなって。それに‥‥」
漣玉さんの良い片腕になるかも、と汐耶は告げた。
「妾の‥?」
ふむ、と考え込むような表情を浮かべた漣玉だったがすぐに笑みを浮かべる。
「嘆きの欠片を内に閉じこめていたもの。本質は嘆きの欠片。きっと妾と同じ嘆きの欠片が命の源になるであろうな。すると妾の娘のようなものか」
そう思うと更に愛しさが増すの、と漣玉は少女の人形に笑いかける。
「…名前用意しておいた方が良いかしら? 漣玉さん、一緒に考えませんか?」
汐耶の提案に漣玉は頷いた。
「おぉ、それが良い。この者が目を覚ますまで良き名をな‥」
------<名前の行方>------------------------
汐耶と漣玉は夢を見続ける人形を前にし、名前を考える。
「さて、洋名、和名とあるがどちらにするかの」
人形の容姿をじっと眺め汐耶は考える。
色白の肌。
漆黒の艶やかな髪は腰の辺りまである。
紅をささなくても色づいた桜色の唇。
「和名‥の方が似合いそうですね」
「妾もそう思っていた所じゃ。しかし和名とするにもまた難しいのぅ」
この子にピッタリ、というようなものを考えるのはなかなか難しい。
世の人々はそれぞれ名を持つが、その名もこのように親などが必死に考えて付けたものなのだろう。
その名に込められた想いはどんなに大きなものなのだろう、と汐耶は思う。
「たくさんの漢字の中から選んで、更にそれを組み合わせて。一つの漢字にも多くの意味が‥‥」
「その名一つに込められた想い。ほんに難しい‥‥」
多くの時を生きてきて知識はあれどもそれとこれとは別問題じゃ、と漣玉は苦笑する。
「それを考えると名前って凄いものだったんですね」
普段意識しませんけど、と汐耶は三杯目の珈琲に口を付けた。
その時、じっと人形を見つめていたリリィが声を上げる。
「ねぇねぇ、汐耶! 見て!」
慌てた様子のリリィの声。
汐耶はリリィの指差す人形の表情を見て、あっ、と声を上げた。
少女の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちたのだ。
「涙‥‥」
そうしている間にもう一粒の涙。
しかし少女の表情は柔らかい。微笑んでいるようにも見える。
「貘、これはなんじゃ?」
漣玉が貘に尋ねると貘が、くすり、と笑い答えた。
「嬉し泣き‥‥といったところでしょう。少女の中で何かが変わったようですよ」
「それじゃ‥‥」
えぇ、と貘は頷く。
「命が生まれた?」
「多分。でもそれはまだ完全ではないようです。体を動かすまでには至らない、ということでしょうね」
「漣玉さん、嘆きの欠片の気配は?」
「いや、もうない」
「それならば‥‥封印はもう解かれたはず」
汐耶は心配そうに人形の頭を撫でる。
それを見ながら貘は安心させるように告げた。
「まだ彼女は眠りの延長線上にいるのでしょう。何かの切っ掛けがあれば目覚めると思います。それが何か‥までは分かりませんけれど」
その時までに名前を考えておくっていうのはどうでしょう?、と貘が汐耶に提案すると汐耶もそれに頷いた。
「まだ目覚める可能性は十分にあるということですね。それには何かの切っ掛けが必要だと。‥‥名前、早く考えてあげなくちゃ」
名前を付けたら目覚めたりして、とリリィが呟く。
「あり得るかもしれませんね」
「こうなったら、汐耶。何が何でも良い名前を考えねばな」
「えぇ」
汐耶は漣玉に微笑んで、もう一度人形の頭を撫でてやるのだった。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
大変お待たせ致しました。
嘆きの欠片を封じ込めた人形をいつも気にして頂きアリガトウございますv
彼女もとっても喜んでいることと思います。
そして、名前はまだ無い、ということでこちらで付けるのがなんとなく憚られたので未明にしてあります。
また機会がありましたら名付け親になって頂ければと思います。(笑)
また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!
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