コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


 『君呼ぶ歌声』


 今夜も、歌声が響く。


 月刊アトラス編集部。
「う〜ん……」
 碇麗香は、コンピューターの画面を見ながら、小さく唸り声を上げる。
 そこへ、三下忠雄がトレイを両手に持ち、おずおずと近づいて来た。
「あの、編集長。コーヒー入りましたけど……」
「そこ置いといて」
「はい」
 湯気の立つカップをデスクの傍らに置き、一礼して下がろうとした忠雄の背中に、再び麗香は声をかける。
「あ、さんしたくん。やっぱちょっと来て」
「は、はい」
 酷く嫌な予感がしたが、下っ端の身としては、編集長に逆らうことは出来ない。
 ――最も、それは、二人の性格的な面による部分も大きいのだが。
「夜中に、歌声が聞こえるらしいのよ」
「はあ」
 麗香の言葉に、間の抜けた返事をする忠雄。しかし『歌声が聞こえる』といきなり言われても、内容が飲み込めないのだから仕方がない。
「バンドやってる人とかが、練習してるんじゃないですか?」
 至極まともな意見に、だが彼女は首を横に振る。
「違うの。ここの辺りの公園らしいんだけどね」
 そう言って、デスクに置いてあった地図を手に取り、一点を指差した。
「毎晩毎晩、歌声が聞こえるから、近所の人が見に行ったりしても、いつも誰も居ない。それでも歌声は聞こえ続ける……たまたま通りがかった人からの情報も合わせると、かなりの数に上るわ。オカルト系サイトの掲示板とかでも、頻繁に話題になってる」
 話がどんどん自分の苦手な方面に進んでいくので、忠雄の腕には鳥肌が立ち始める。
「あのぅ……どんな感じの歌声なんですか?」
「それがね、情報がバラバラなのよ……それに」
 彼女はそこで一旦言葉を切り、コーヒーを一口飲んだ。
「ここの近辺で、失踪者が出ているという情報もある」
「それって偶然じゃあ……」
「さんしたくん〜」
 優しげな声音を発し、穏やかに微笑む麗香。こういう時はロクなことがない、と忠雄は身をもって知っていた。
「だから、真相を確かめるために、取材行ってきて」
「い、嫌ですぅ!だってぇ、怖いじゃないですかぁ!」
「そんなに嫌なら、取材に行ってくれる人材集めなさい!今すぐ!」


■ ■ ■


「っかしいなぁ……」
 幾島壮司は、デスクに広げた問題集と格闘していた。
「あ、そっか。ここがこうだから……こうなるわけだ」
 昨夜も居酒屋でアルバイトだった。帰ってきたのは明け方近かったが、その後何となく寝付けなくて、受験勉強をすることにしたのだ。
 窓の外を見ると、もう太陽が煌々と照っていた。
「とりあえずメシでも食うか……」
 椅子から立ち上がると、身体をほぐすように大きく伸びをしてから、キッチンに向かう。
 トースターにパンを放り込み、ダイヤルを回してから、マグカップにインスタントコーヒーを入れ、湯を注ぐ。
 それを飲みながら、また問題集をパラパラと捲っていると、携帯電話の着信音が鳴った。
「はい」
『ああ、俺だ。草間。寝てたか?』
「いえ」
『じゃあ勉強か?大変だな……ええと、悪いんだが頼みごとがあってな』
「依頼ですか?」
『まぁ、そうなんだが、今回はウチじゃないんだ。月刊アトラスって知ってるか?』
「まあ、一応は」
『あそこから頼まれてな。人材を探してるんだそうだ。頼まれてくれるなら、向こうに連絡はつけておく』
「大丈夫です」
『サンキュ。ええと、編集部の場所は――』


 通話を切った後、壮司は一息つくと、ボタンをプッシュする。
「もしもし、お疲れ様です、幾島です。店長は居ますか?はい……あ、お疲れ様です、幾島です。すみません、今日ちょっと急用が出来てしまって、休ませてもらいたいんですが……はい、明日は必ず出ますんで……はい……はい……じゃあ、失礼します」
 彼は、携帯電話をポケットにしまうと、ようやく朝食に取り掛かった。


 月刊アトラス編集部。
 社員たちが慌しく動き回っているのが見える。
 壮司は入り口に立つと、中に向け声を掛けた。
「すみません、草間興信所からの紹介で伺った幾島といいますが、碇編集長はいらっしゃいますか?」
 すると奥の方から、眼鏡を掛け、茶色い髪を後ろで結い上げた、知的な雰囲気を漂わせた女性が歩いて来る。
「初めまして、私が編集長の碇です。幾島壮司くんね?草間さんから話は聞いてるわ」
 そう言って名刺を渡されたので、一礼して受け取る。彼女に促され、フロアの一番奥の席まで向かうと、その脇には眼鏡を掛けた頼りなさげな男が立っていた。自分とそう歳は違わないだろうと思う。
「彼は三下くん。彼も一緒に今回の仕事に加わります。それで、詳しい話なんだけど、あと二人応援が来るから、ちょっと待っててね……ってもう来たみたい」
 言われて彼女の視線の先を見遣ると、黒い長髪で茶色い目をした少女と、銀髪をツンツンに尖らせ、編んだ部分を一房垂らしている、青い目をした少年が近づいて来るところだった。二人とも、制服を着ている。それは壮司も知っている、有名進学校のものだ。
「あなたたち良く来てくれたわね。こちらは幾島壮司くん。今回一緒にチームを組んでもらうわ。幾島くん。こちらは初瀬日和ちゃんと、羽角悠宇くんよ」
 一通り挨拶を済ませた後、今回の件についての詳細が、麗香から伝えられた。
 少しの間、考え込む一同。
「公園周辺で失踪した人って、もしかして音楽に造詣の深い人とかじゃねぇか?音楽に関わりのある霊や人間を選んで引き寄せてるとか、歌を捧げさせることが目的だとか、その歌声でもって何かを封じてるとか」
 まず、口火を切ったのは悠宇だった。
「でも悠宇くん、失踪事件と歌声に関連性があるかどうかは、今の状況じゃ判断しにくいんじゃないかしら」
「うーん……まあ、そうだけどよ」
 日和の言葉に、彼は耳の後ろを掻く。
「とりあえず」
 今度は壮司が口を開いた。
「情報を集めるのが先だな。俺は地域の資料館に行って公園周辺の史実の調査に当たる。現場に行って『解析』もしてみよう」
「あぁ、僕も行きますぅ」
 それまで黙っていた忠雄が、言葉を発した。
「じゃあ、俺と日和は、現場周辺の聞き込みに行ってみるよ」
「そうね。後で落ち合って、情報を整理しましょう」
 こうして、調査は開始された。


 資料館の受付で必要事項を記入すると、二人は片っ端から資料を調べ上げた。どこから見ていって良いのか分からないので、結構な手間が掛かる。
 ただ時間だけが過ぎていった。
 ふと、スクラップブックを見ていた壮司の手が止まる。それは三十年前の新聞の切り抜きだった。決して大きな記事ではない。

『劇場、不審火ニテ焼失。主催者、ソレヲ苦ニシテノ自殺カ』

 位置関係を調べると、劇場があった場所は、問題の公園内だった。
(これだ)
「三下さん、ありました」
「え?見つかったんですかぁ?」
 忠雄がホッとしたように顔を上げる。
「俺はちょっと公園まで足を運びますから、三下さんは失踪者について調べて下さい」
「あ、はい〜」
 壮司はジャケットを手に取ると、公園へと急ぐ。


 既に、日は傾きかけていた。
 その公園は、市街地にあることを考えると、そこそこの広さといっていいだろう。周囲を緑が囲んでいる。だが、歌声の噂の所為か、人は誰も居なかった。
 入り口から中に入ると、先ほどの資料を基に、劇場跡だと思われる場所へと赴く。そこは広場のようになっており、小さな噴水があった。
 彼は早速『左眼』での解析を始める。
(炭酸カルシウム、酸化マグネシウム、シリカ、酸化アルミニウム、酸化鉄……普通の石灰石だな)
 流れている水も見てみたが、これも通常の水である。
(足跡?)
 普通の人間では石畳の足跡など確認できる訳もないが、彼の『左眼』には、付着した埃や泥などから、足跡の形状がくっきりと映る。
 その中には、噴水の傍まで来て、そこで終わっているものもあった。
(形からしてこれは男、女……ざっとみても十数人……いや、もっとか)
 だが、どうしてそこで消えているのかまでは分からない。
(仕方ねぇ。合流するまで待つか)
 彼は、暫し迷ったあと、そこを後にした。


 やがて、それぞれの調査を終え、四人は公園の入り口付近に集まる。
 空を見上げると、円い月が、夜空に穴を穿つかのように浮かんでいた。
 まず、壮司が口を開く。
「こっちの結果だが……ちょうど三十年前、どうやらこの公園には、劇場が建つ予定だったみてぇだ。だが、完成後、不審火により焼失。オーナーは首を吊って自殺。あと、失踪者はその劇場跡で出ていると考えていい。男女合わせて数十人単位だ」
「失踪者は、全部調べられた訳ではないですけど、羽角さんの言うように、音楽関係の人ばかりでしたぁ」
 そこで、忠雄が口を挟む。
「歌声に関しては」
 悠宇が言う。
「聞こえ始めたのは一月ぐらい前から。女の声ってのもあったし、男の声ってのもあった。あと、歌声も大きく聞こえる時と、小さく聞こえる時、全く聞こえない日もあるらしい。時刻は、大体深夜の三時頃」
 暫しの沈黙。
「幾島さん」
 声を上げた日和に、皆の視線が集まる。
「こけらおとし、何だったか分かりますか?」
「ああ……ヴェルディーの『椿姫』だな」
「やっぱり……」
「とりあえず、夜中まで待ってみますか」
 悠宇の言葉に、忠雄以外が静かに頷いた。


 午前三時。
 歌声が、響き始める。
「行くぞ!」
 壮司の掛け声で、皆一斉に行動を開始する。
「嫌ですぅ!怖いですよぉ〜!」
 だが、忠雄一人が駄々をこねていた。
「三下さん、記事にならなくてもいいのかよ?碇さんに怒られるぜぇ」
「それも嫌ですぅ〜」
 悪戯っぽく笑った悠宇に、彼は足をもつれさせながらもついて来る。
「こっちだ!」
 壮司の後を追う一同。
 その先の、小さな噴水。それに近寄ると、全員でその中を覗く。
 そこにあったのは、拳大の白い石。
「ムーンストーン……?」
 日和が小さく声を上げた。
 壮司が解析を始める。
「カリウム、ナトリウム、カルシウムのアルミニウム珪酸塩。硬度は六。一般的な月長石だ……おかしいな、さっき来た時は、こんなものなかった筈だが」
「ムーンストーンは、月の満ち欠けに従って、形が大きくなったり小さくなったりする、という伝説を聞いたことがあります。今夜は……」
「満月、か」
 そこで夜空を見上げる四人。
「あれじゃねぇか?歌声が大きくなったり小さくなったりってのも……」
「それに、俺の『左眼』に引っ掛からなかったってことは、日中は完全に姿をくらましてるってことだ」
 悠宇の言葉に壮司が続く。
「どうした?日和」
 そこで、何か考え込んでいる様子の彼女に声がかけられる。彼女は視線を宙に彷徨わせたまま答えた。
「おかしいの。これは『乾杯の歌』。アルフレードのパートが聴こえる。でもヴィオレッタが――主役が、居ないのよ」
 その瞬間。
 ムーンストーンから光が迸り。
 目の前が、暗転した。


 そこは、劇場だった。
 扇状になった客席。木製の壁。
 そして、壁に点々と埋められている拳大のムーンストーン。
 壮司たちは、辺りを見回す。
 舞台の方から、人々がこちらを見ているのが分かった。
「あなたたちも引き込まれたのですか!?」
 舞台衣装を着込んだ男が、声をかけてくる。
「やめるんじゃない!!」
 そこに突然上がった大きな声。
 客席に、いつの間にか一人の男が座っていた。
 視線が、こちらへと向けられる。
 白髪頭を後ろへと撫で付け、口ひげを蓄えた老人。黒のタキシードを着こなしている姿は紳士的な印象を受けたが、目が赤く血走り、その形相は鬼気迫るものがあった。
「公演は明日からなのに……ヴィオレッタが居ない……ヴィオレッタが居ない……」
「明日、明日って……いつになったら私たちを帰してくれるんですか!?」
 先ほどの男が叫ぶ。
「うるさい!黙れ!ヴィオレッタが……ヴィオレッタが……公演に間に合わない……せっかく劇場が……私の劇場『ムーンストーン』が完成したというのに……」
 頭を抱えて蹲る老人の姿は、悲愴とも呼べるものだった。
「私がやります」
 日和の上げた声に、その場の視線が集中する。
「私が、ヴィオレッタをやります」
「出来るのか?」
 壮司の言葉に、彼女は不安げな表情をする。
「分かりません……でも、やってみるしかないわ」
「だって、おまえ専門はチェロだし……歌も歌えるのは知ってるけどよ、おまえにもしものことがあったら……」
 心配そうな顔で肩に置かれた悠宇の手をそっと払うと、彼女は微笑んでみせる。
「悠宇くん、ありがとう。でも、やらないと……私たちも、あの人たちも、きっとここから出られない」
 そう言うと、彼女は舞台に向かって歩き始めた。


 幕が上がる。
 『椿姫』の愛称を持つパリの高級娼婦ヴィオレッタとアルフレードが出会うシーン。

 その様子を、三人は客席で見守ることしか出来なかった。

 やがて、一緒に暮らし始める二人。
 しかし、アルフレードの父ジェルモンに懇願され、泣きながら別れることを決意するヴィオレッタ。
 事情を知らないアルフレードは怒り、復讐のために後を追い、パリの友人宅の夜会で彼女をつかまえ、辱める。

 ここで、悠宇の表情が険しくなった。
 再び舞台へと。
 
 数ヵ月後、以前から胸を患っていたヴィオレッタは病床に伏し、死を待つだけの身となる。
 全ての真相を知ったアルフレードが駆けつけて許しを請うが、もう既に遅く。
 ヴィオレッタはアルフレードの腕の中で、息を引き取った。


 終幕。
 拍手の音が、辺りに響く。
 あの老人も、涙を流しながら手を叩いていた。
「ありがとう……ありがとう……」
 老人の姿が薄れていく。
 そして。
 劇場が崩れ落ちた。


 気がつくと、そこは元の公園だった。
 もう日は昇っている。
 夢から醒めたような、不思議な感覚。
 そして、大勢の人間の歓声。
 静かだったこの場所は、一気に活気を取り戻した。


「結局二日連続で徹夜かよ……」
 壮司は欠伸を噛み殺しながら帰路につく。このあと居酒屋のアルバイトも待っている。寝ておかないと仕事に支障が出るだろう。
 彼は、あの老人の嬉しそうな顔を思い出す。
 彼の思いが成就するとともに、あのムーンストーンも砕け散り、ただの石になった。
「今度、オペラでも観に行ってみっかな……」
 今回のことで影響を受けたのか、そんなことを呟く自分が可笑しくて、彼は周囲に人が居ないのを確かめてから、くつくつと笑い声を漏らした。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3950/幾島・壮司(いくしま・そうし)/男性/21歳/浪人生兼観定屋】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生】

※発注順

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

■幾島・壮司さま

こんにちは。再びの発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

何だか、今回は無理矢理お誘いしてしまったような感じになって、申し訳ありませんでした。本当にご参加ありがとうございました。

プレイング、きちんと反映出来ていたかどうかが不安です……
といいますか、せっかくの解析能力が、またあんまり活用できませんでした……自分の不甲斐なさが情けなく……すみません。

あと、朝食はトーストとインスタントコーヒーで大丈夫だったでしょうか?
和食派かな?と迷ったのですが、質素な食事の方が浪人生っぽいかな、と思いまして。

あと、今回悩んだのは口調でした。
『ぶっきらぼうに』や『乱暴』などの口調の方で『目上には敬語を使う』になっていると、どこで敬語を使用するか迷うんですね……悩んだ挙句、居酒屋の店長・草間氏・碇女史・三下氏とのやり取りは、仕事上の上司扱いになるかな、と思ったので、一応丁寧な口調にしておきました。キャラクター的な雰囲気や、年齢から考えてもそうなるかな……と。もしイメージと違っていたら申し訳ないです。

尚、それぞれ別視点で書かれている部分もあるので、今回登場して頂いた、他のキャラクターさんの納品物も読んで頂けると、話の全貌(?)が明らかになるかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。