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冬はもうすぐそこだ！ 〜氷点下の店内
■ 氷点下の悲劇(オープニング)
若い少年達の喧嘩からヤクザの抗争までが飛び交う、さして穏やかでもない裏路地。最近ではそんな路地に店を開くオーナーもいなく、ただ一店舗。ぽつんと建った古いビルを新しく改装したアンティーク調のバーでその事件は起こっていた。
神聖学園高等部所属兼BAR〜『ＢＬＵＥ』バイトである朱居・優菜(あけい・ゆうな)は亜麻色の短い髪と目立ちはしない少年のような容貌だったがそれなりに愛らしい顔をし、そして、なかなかの才女だった。
元々頭の良い部類の彼女だったが母の死後、成績は落ち込み、更には命の危険すら伴う現象に見舞われ、生死の境を彷徨う事もあったその出来事が彼女を強くさせている。
「副店長…私、これで自分が死んじゃうんだな。 って思ったの、二回目です…」
いや、実質的には以前よりリアルに優菜は今、真剣に自分の命が危ない事を優秀な頭脳で理解していた。
「優菜さん、申し訳ない…。 ですが、これは私にはどうにも…」
いつも凛とし、女性のような美しさを更に際立たせている萩月・妃(はぎつき・きさき)であったが、とりあえず店内全てが氷点下の氷に包まれた今、なす術も無い。
(ああ、お母さん、やっぱり萩月副店長は人間じゃありませんでした…)
もう天国に行き、そろそろ再会できそうな母・美佐を心の中で思いながら、在りし日に、
『萩月さんってね、きっと何処かの妖怪さんじゃないかしら』
『萩月さんって、とてもお肌が冷たいのよ』
など等、当事は信じられなかった事が今は身に染みて分かる気がした。
なにせ、ロックで出す氷を作ると急に言い出したかと思えば、時、既に遅し。店内はこの有様である。
店内のあらゆる扉は閉まり、早番としてシフトを組んでいた萩月と朱居のみが店内に取り残され、孤立した氷点下の密室に閉じ込められた状態だ。
萩月の方はきっとなんでもないのであろう、いつもの白いシャツと黒いエプロンに身を包み、涼しげな顔をしているが、朱居は違う。彼女は健全、健康な人間であり、勿論こんな氷点下の密室に長く居られる筈は無い。
男物を女性のサイズに直したバーテンの服装を身に纏い、更に店にあるありったけの衣類や、テーブルクロスをぐるぐると巻きつけた彼女は。
(だ、誰か、助けてくださいーーーーー！！)
と、意識が時々何処かへ出張してしまう中、必死の思いを心中で叫んでいた。
■ 狩るな、睨むな、机の上に足を乗せるな
「リィン。 そろそろこの館に慣れてくれないか…」
ゴシックやアンティークといった雰囲気がそこかしらの家具や一つのペンにすら反映されている龍ヶ崎常澄の住む悪魔の館。
出かける場合と違い、常澄がこの館に居る時は彼のお気に入りである饕餮―――めけめけさん以外も館内を闊歩している悪魔や妖怪がいる。もっとも、それが目的で本物の悪魔とは知らずに訪れる者も多数居るぐらいだ。
「別に良いだろう。 減るもんじゃない」
「馬鹿言うな。 減る」
さっきから言い争っている原因は悪魔召喚士として悪魔を側に置く常澄と、ハンターとして異種族を狩る立場にあるリィン・セルフィスの悪魔に対しての対応の仕方である。
常澄は悪魔や妖怪、ランクが高ければ神すらも側に使役し、めけめけさん程となると友達と思っても良いのだが、リィンは違う。
リィンにとって物心ついた頃から異種族というものは狩るものであり、戦闘を生きがいにしてきた彼にとって悪魔の館は攻撃対象ではないもののかなりの生殺し状態にあるのだ。
「いいから銃をしまえリィン。 ついでに言っとくがそこは僕の机だ」
リィンは常澄に最初こそ喧嘩をふっかけたものだが、今ではなかなか親しく接している。ただ、常澄にしてみればやはり使役している物を時々狙おうとする彼は腐れ縁以外の何者でもない。
いや、正直な話自分がどうしてこんな男と同居しているのかすら思いつかない。
「あまりぼやくな。 ガキ臭さが増すぞ」
「なっ…！」
ガタガタと震える小さな悪魔から銃の狙いを外し、今度は常澄のめけめけさんをこれでもかという程睨みつけるリィン。
めけめけさんも気が気ではない。ほんの少し常澄の後ろに隠れると、じりじりと歯を鳴らして時々威嚇している。
「お前もわかっちゃいるんだろ？ ここに来てからめっきり依頼が来やしない、そろそろ何かいい場所にでも連れて行こうとか思いやりはないのか？」
ふ、とめけめけさんから目を常澄に向けるとリィンは気だるげに椅子の背もたれへ腕をやり、長い足をアンティーク調の飾り彫りが施されている机にどっかりと乗せた。
「思いやり？ 知るか。 …いや、連れて行ってやらない事もない」
「なんだ、良い店でも知ってるのか。 気が利くな」
苛立ちで肩を震わせる常澄は早歩きで自分の赤いコートを取って来ると素早く着替えている。
「気が利くというのは違うなリィン。 僕は早くその足を机からどいて欲しいだけだ」
「了解。 その代わりお前のおごりだ」
バッと足を机から退けると、リィンは椅子の音も立てずにすらりと立ち上がって見せた。いつも着用している白いコートを羽織り、めけめけさんに挨拶している常澄を置いて館から出ると、
「さっさとしろ、置いてっちまうぞ」
場所もわからないというのにそのまま歩いていってしまう。
「ごめんな、めけめけさん。 …リィン！ 場所はわかるのか！？」
羊独特のごわごわした毛を撫でると、常澄は先を歩くリィンの行動に頭を抱えながらその後を追った。
本日は快晴。秋晴れの中寒い風が吹くものの、常澄の心は行き当たりばったりで同居する事になったリィンの為、冬のように寒く凍てついていた。
■ お気に入りの氷漬け店
悪魔の館から少々遠い場所にその路地はある。
暗く、既に閉店した店や荒れ果てたテナントが続く中、リィンはこんな場所に建っているなど信じられるか、だのうんざりだ、だの言っているが常澄の知った事ではない。
「いいから黙って歩け。 もう少しだ」
なんだか寒気がするな、と思いながら常澄はリィンの前を歩く。
確かに季節は秋から冬へと移動しつつあるが、それにしても店に近づくたびにどんどん寒くなっていくのは何故だろう。
「常澄。 妙に寒い事になっちゃいないか？」
「･･･そうだな」
あまり肯定したくはないがリィンの言う通り、いつも行くあの店の方角に進む度に寒くなっているようで、常澄はなにかそこだけ冬にでもなったかのような、不思議な感覚に襲われていた。
もうあの店。『ＢＬＵＥ』というバーが見えてもおかしくはない場所まで来ると、リィンは呆れたように、
「で、なんだ。 お前のお気に入りってのはつまり氷か？」
腕を組み、面白いものがお気に入りなんだな、と喉を鳴らして笑っている。
「馬鹿な事を言うな！ ここには確か、店が……優菜？」
あまりにも自分をからかうようなリィンの口調に腹を立て、その大きな氷の物体に近づけば案の定、それは確かに氷だあったが『ＢＬＵＥ』という店でもあり、ぶ厚い氷が重なった窓から見える曇った店内には以前ここに来た時店員として働いていた少女が店にあるありったけの布を身体に巻きつけて常澄の方を見つめていた。
「た…けて！ りゅ……さ…」
なんとか少しだけ声が聞こえるものの、このままでは人間である少女―――朱居優菜は凍死してしまいそうだ。
「おいおい、ここまで来ておあずけか？ 随分な事になったな」
いつもの店が氷漬けになり唖然としている常澄を差し置いて、リィンはコンコンと何度か氷の塊となった店をノックすると不機嫌なため息をつく。
「溶かさないと入れない。 リィン、何か良い案はあるか？」
「爆破すりゃいいだろう。 とりあえず店の酒と店員が助かればなんとかなるさ」
とにかく酒が飲みたいと、それだけが優先なリィンの意見。
「…お前に聞いた僕が馬鹿だった」
自分の使役する悪魔を出すことは可能だが、店内に入らなければしっかりと溶かしてやることは出来ない。―――出来ないからこそリィンに意見を求めたところ、爆破案。これではどうしょうもないと常澄は眉間に皺を寄せる。
｢考えたって仕方ないだろう、さっさとやっちまった方が良いと思うが？｣
と、言いつつ手際良くコートのポケットから小型の爆弾設置機を取り出し、素早く何か入力し始める始末。
｢やめろリィン！｣
｢お前に何かあるのか、常澄｣
｢…爆破したらまた飲みに来れなくなるだろう！｣
リィンの持っている小型機を取り上げると常澄はほっと息を吐く。その息さえもこの巨大な氷の前では白く煙のようになり、消えていった。
｢……リィン｣
｢なんだ、良い案でも？｣
散々悩んだ末、このままでは本当に何がなんでもこの店を爆破しかねないリィンに常澄は苦肉の策を思いつく。
｢…Deeds, not words……｣
｢ほう、なんだ、俺に依頼したい事でも出来たのか？｣
長い付き合いではないが、同居するとなれば相手がどういえば動き、そしてどういう能力を所持しているのかもわかってくるものだ。リィンの場合『Deeds, not words』――-言葉ではなく行動を、という言葉で彼への依頼を成立させることが出来る。
少々、いやかなり不快ではあるが店内に入る為には仕方がない。
「僕を店内に転送しろ。 後はなんとかして内側から扉を開ける」
「その間俺は留守番って事か？」
「仕方ないだろう」
ひとしきり睨みあった後、リィンの了解するため息が聞こえたかと思うと、常澄は天高くリィンに抱きかかえられていた。天高いというのは常澄とリィンの身長差がそれだけあるという事であり、人に触られるのを嫌っている常澄にとっては最悪の行動だ。
「早く転送しろリィン！ 気分が悪い！」
「了解、お前が依頼したんだ、我慢しろ」
リィンが神経を集中すると、抱きかかえられていた筈の常澄の身体が霧のように煙状となり、次第にその姿は薄れ、ついには何も抱えていないリィンだけが店先に残った。
店内は見事なまでに氷の城と化し、常澄は氷漬けになった外装を見た時と同じように唖然とその場に立ち尽くす。
「り、龍ヶ崎さん！ 副店長が…こんな事に！」
いきなり目の前に現れた常澄に天の助けとばかり、涙ながら歩み寄ってきたのは布切れの塊こと店員の朱居であった。涙とはいっても頬で既に氷になってしまいそうだ。
「龍ヶ崎さんですか？ お久しぶりです」
「妃、挨拶をしている暇はないだろう」
優菜が死ぬぞ、と言えば形の良い唇を苦笑させながら、萩月副店長はその長い髪をかき上げる。
「それにしても優菜、本当に妃がこんな事をしたのか？」
「はいはいはいはい〜！ 氷を切らしているから…って何かしたなーって思ってたら…いつの間にかこんな！」
必死なのか、いつも礼儀正しい朱居の声が震え、話し終えるとがくりとうな垂れた。
「妃、お前意外と…」
「意外ってなんですか龍ヶ崎君…そんなに笑わないで下さい…」
いつも凛とした常澄の表情が崩れ、堅いと思っていた萩月という人物がどうにも抜けた所があると常澄は声を漏らしながら笑う。
「龍ヶ崎さん、お、お願いですよぅ、は、早く溶かさないと私…」
「そ、そうだったな、すまない。 優菜」
語尾にまだ笑いを含ませながら、常澄は携帯できる程度の小さな古びた古書をコートの胸ポケットから取り出すと、数枚ページをめくり、
「さばさん、氷を溶かしてくれ」
ぼうっ、と火の玉のような光の玉のような、赤く光る玉が不機嫌そうにふらふらと姿を現した。
さばさん―――火の精霊フレイミーズも矢張り常澄のネーミングセンスには付いていけないらしい。
「手加減を頼む。 店を燃やしては意味がないからな」
ふわふわと浮かんださばさんは常澄の言葉を了解したのか、あちらこちらを飛び回ってなんとか内装にこびり付いた氷を溶かし、ある程度それが終わると扉の氷に取り掛かった。
「待たせたな」
「ああ、待たされた分と依頼分はおごりにしてもらおう。 転送にも体力の消耗が激しいからな」
バーの扉がまだ溶けかかっている氷にかすれ、いつもの軽い音と銅の鈴の音ではなくキリキリという気持ちの悪い音と中まで溶けていない鈴の壁に当たる音が響く。
「あの、龍ヶ崎さん。 この方は？」
さばさんのお陰で大分暖を取れたのか、今は震えが止まっている少女がリィンを見て不思議そうに頭を捻った。亜麻色の髪が水を含み、小さな雫が跳ねる。
「リィンだ。 坊や」
「優菜は女だリィン。 奥に居るのが妃」
確かにリィンが思い込んでしまうのも頷けるように、朱居の格好は彼女の身体の傷を隠すためバーテンという男装をしている。散々助けてくれと声を上げていた喉で話しかければ少年と間違えてしまうかもしれない。
「お見知り置きを。 さて、残った水ですがどうしましょうか…」
「妃がなんとかできないのか？」
凍らせたのだからなんとか水を集めて別の場所に、と常澄は思ったのだが、
「出来ますが…私の場合凍らせたら最後。 それに伝わる水蒸気なども凍らせてしまって手が付けられませんよ」
あっさりと、そして至極当然という顔で答えた萩月に、隣に居た朱居はそれなら初めからしないでくださいと今にも泣きそうだ。
「無茶なバーテンも居るもんだな」
悪魔なら少し狩ってみたいと不吉な事を考えてみるリィン。
「…かんさん。 水をどうにか処理してくれないか？」
このまままた氷にさせるわけにはいかないと、常澄はもう一匹、光の玉のような青い水の精霊アクアンズこと『かんさん』を召喚する。
「さばかん？」
隣で妙なネーミングセンスに茶色い瞳をくりくりと動かしている朱居が居るのは多分誰も気付いていない。
そうして、かんさんによって集められた水が外に出て行き、店先のツリーのように凍らせられれば少し異様な外見ではあるが店内だけは元の暖かく美しいアンティーク調の暖かいバー『ＢＬＵＥ』が元に戻っていた。
「リィン、依頼ついでだ氷の始末もしてくれ」
「はっ、高くつくぞ」
カウンターの椅子に座った常澄に、吐き捨てるような含み笑いを残したリィンはかんさんの作った氷を始末しに見せの外に足を運ぶ。
こうして、ようやく一足早い冬を退け、まだほんの少し寒い秋にこの路地裏は戻っていくのであった。
■ 鯖缶。
「今日は本当に有難う御座いました。 えっと、身体冷えていますよね？ 今日は紅茶がいいと思うんですが、どうします？」
カウンター席を陣取った常澄に訪ねてくる朱居は自分の身に迫った危機がようやく回避された事により、上機嫌だ。
「そうだな…切夜がよく飲んでいる物でも頼みたい」
「アップルティーですね、かしこまりました！」
ぱたぱたと軽い足音を立てながら朱居は紅茶を沸かしにカウンターの奥へと消えていく。
(まったく、災難だったな…)
『ＢＬＵＥ』の入り口を見れば、処分し終えたのかリィンが少し離れたカウンター席に座りバーボンを頼んでいる。
「どうぞ、ごゆっくりして行って下さい」
「ああ」
暖かいアップルティーは今まで氷点下の店内に居た常澄の手を手袋越しからであったが次第に温めてくれ、口に含めば身体の芯までじわりと温度が染み込んできて、本当に、爆破しないで良かったと、常澄は心のそこから思うのだった。
「鯖缶かぁ…」
カウンターに戻った朱居が、今日スーパーに寄れば夕食のおかず代わりに妙なネーミングセンスで植えつけられた食べ物の名前をこっそりと考えながら仕事に就いたのは別の話かもしれないが。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【4017 ／ 龍ヶ崎・常澄 ／ 男性 ／ 21歳 ／ 悪魔召喚士、悪魔の館館長】
【4221 ／ リィン・セルフィス ／ 男性 ／ 27歳 ／ ハンター】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、いつもご発注有難う御座います！
そろそろ新人マークを外さなければいけないライター・唄で御座います。
今回、お二人がすでに同居設定であるとお聞きしていましたので色々とそれっぽい雰囲気を出してみましたが如何でしたでしょうか？
内容は殆ど両者一緒ですが、ラストと中間部分を個別にしております。
お時間が御座いましたら本当に少しですが読んでやってくださると幸いです。
誤字・脱字等御座いましたら申し訳御座いません。
また、いつもの事ですが、ここをこうしたら…等、何か御座いましたらレターを頂けると幸いです。
龍ヶ崎・常澄 様
こんにちは、さばさん、かんさんが面白かったのでついついあんなオチにしてしまいました(汗)
朱居との繋がりも少なかったのでどちらかというと彼女よりのストーリー展開にしております。
最後は紅茶でしめとありましたので切夜お勧めのアップルティーで少しでも暖まって頂ければ幸いです。
それでは、またお会いできる事を切に祈って。
唄 拝
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