コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


探し物はなんですか


[ ACT:1 ] 美味を探しに

 色付き始めた葉と高い空に秋が訪れたと感じる一方で、街は既にその先の季節へも目を向けており、通り縋る店の軒先は赤と緑で彩られ始めていた。
「都心にいると四季折々をゆっくりと……というわけにもいかないのですね」
 車窓を流れゆくクリスマスカラーに染まった店先と色付く銀杏並木のコントラストを見ながら、セレスティ・カーニンガムはそう呟くと微苦笑を浮かべた。
 東京は忙しない街だ。いつも常に季節を半歩ほど先取りしては目まぐるしく景色を変えてゆく。暑かった夏の終わりには既に秋の色合いが並んでいたし、初秋を楽しもうと思っていればすぐに冬の装いになる。景色だけではなく街を行き交う人々も我先にと争うように訪れては足早に過ぎ去っていく。時間が経つのが早いと感じるのはこの街の流れの中に身を置いている事が一つの原因なのかもしれない。
「……そろそろ時間ですね。少し急いでください」
 窓から視線を逸らし、スーツの内側から取り出した懐中時計へちらりと目をやると、セレスティはリムジンのルームミラー越しに運転手に告げた。

* * *

「このたびは誘って頂いて有難うございます」
「礼には及びませんよ。先日は結局ご一緒出来なかったですからね。その埋め合わせですから」
 木製のテーブルを挟んで正面に座っている三下が何度も頭を下げるのを見て、セレスティはにこりと笑った。
 実は先日、日頃の苦労を労おうとセレスティは三下を食事に誘ったのだが、三下の仕事の都合で結局その日の誘いはご破算になり、本日改めてとなったのである。しかし、
「あのぅ……本当に良かったんでしょうか?」
「はい?」
「いえ、その……こんな場所で」
「三下君のリクエスト通りですよ?」
「それはそうなんですけど……」
 居心地悪そうに周りを気にしながら声を潜める三下に、セレスティはきょとんとした表情で首を傾げた。
 三下が気にするのも無理はないかもしれない。何故ならここは高級レストランでも老舗の料亭でもなく、単なる釜飯屋だったからだ。
 別に釜飯屋をバカにしているわけではない。この店自体も知る人ぞ知る隠れた名店ではあるし、何か食べたい物はあるかと聞かれ「この時期なら栗とか松茸とかの釜飯なんか美味しそうですよねえ」などと言ったのは三下本人である。セレスティはそのリクエストを聞き入れ、この店に連れて来てくれただけなのだ。しかしそれでも、立ち居振舞い全てに気品を感じさせる銀髪の美青年と、うだつの上がらないサラリーマンにも見える三下が一緒に居るには少々目立ち過ぎる店であるのは事実である。
 実際、店に一歩入った時からこの妙な二人組に他の客や店員から好奇に満ちた視線を送られ、何者かと値踏みする囁き声が周りのテーブルから聞こえてきていた。ただし、興味の大半はこんな場所には到底来そうもないセレスティの方に行っている。
 しかし視線を集めている当の本人はそんな事など一向に気にしていないように、テーブルの上のメニューを手に取り目の前の三下に手渡しながら、いつもと変わらぬ優雅な笑みを浮かべた。
「好きな物を頼んでくださいね?」
「は、はい、どうもです……」
 恐縮しつつメニューを受け取りそれに目を落とすのを見て、セレスティも自らメニューを開いた。
 和紙の台紙に達筆な筆書きで記された品書きの横には、実際の料理の写真も一緒に貼ってある。一年中扱っている定番の丼から、季節限定の特別御膳までどれも彩り鮮やかで、写真から炊き立ての米飯特有のほのかに甘い香りや湯気が漂ってきそうだ。
 和食というのは、西洋料理の煌びやかさとはまた違った、控えめで、それでいて完璧な配色を持って食欲をそそってくれる。セレスティは白く細い指でメニューを追いながら楽しそうに目を細めた。

* * *

 暫くして、季節物の特別メニュー『秋の贅沢御膳』が運ばれてきた。一人用の小さな釜に炊かれた松茸や栗、鳥や季節の野菜をふんだんに取り入れた釜飯と、お吸い物、そして小盛の漬物がセットになったお手軽かつ、十分に秋を楽しめるメニューとなっている。
 釜の蓋を開けた途端、湯気で眼鏡を白くして慌てる三下をおかしそうに見ながら、セレスティも箸を取った。
「うわぁ、美味しいですねえ」
「ええ、本当に」
 一口食べるたびに嬉しそうに話し掛けてくるのへにこにこと答えながら、セレスティも食事を存分に楽しんでいた。
 汁物は程よくだしが効いており、辛くも無くまた薄味過ぎず、喉を潤してくれる。
 季節の食材を惜しみなく使用して炊き上げられた釜飯も、上質の米に様々な食材の旨みがぶつかる事無く染み込み、思わず箸が進む美味さだった。
 付け合わせの香の物も丁度よい塩加減で、より一層食が進む。
 三下から釜飯が良いと言われたとき、内心どうしようかと思ったのだが、たまには和食も悪くなはいとセレスティは改めて秋の味覚に舌鼓を打つのであった。

* * *

「美味しかったですね。つい食べ過ぎてしまいましたよ」 
 食後に運ばれてきた緑茶を一口啜ると、綺麗に空になった食器を見てセレスティは笑った。
「ホントに今日は有難うございます。こんな美味しい物が食べられて悔いは無いです」
「喜んで頂けたのなら何よりですよ」
 同じく茶を啜って三下がいつものようにぺこぺこと頭を下げる。いつ見ても低姿勢過ぎるあたりが可愛い人だ、などと思いながらセレスティは今日外出したもう一つの目的を果たすべく、三下に問い掛けた。
「ところで三下君。この後の予定は? 用事などありませんか?」
「あ、はい。今日はもう何も無いですよ」
 あらかじめ仕事などの予定が入ってない日を選んで三下を誘ったとはいえ、それでも念の為に三下の都合を聞き問題が無い事を確認して、セレスティは話を続けた。
「それは良かった。実は買い物にお付き合い頂こうと思いまして」
「ええと……僕で良ければ構いませんけど、何を買うんですか?」
「カレンダーです。人に贈るので自分の分と合わせて二つほど」
「あ、来年のですか? 出来合いの物を買うんですねぇ。僕はてっきりこう『リンスター』とかロゴの入った財閥のカレンダーとか作って配るのかと思ってました」
「それも面白いかもしれませんけどね」
 企業が配る販促用のカレンダーらしき物を自分の財閥に思い浮かべているらしい三下に、思わず苦笑する。
「買いたいのは来年のではなく今年のカレンダーですよ。……三下君、『アドヴェント』ってご存知ですか?」
「アド……アドヴァイス?」
「『アドヴェント』です。日本語では待降節と言うのですが」
 予想通り、耳慣れぬ言葉に眼鏡の奥で瞬きを繰り返す三下に「知らないのは無理ないですけどね」と笑いかけ、セレスティは丁寧に説明を始めた。
 アドヴェント―――日本語では待降節(たいこうせつ)と訳されているこの言葉は、11月30日に一番近い日曜日から始まり、クリスマス前までの四週間を指す。クリスマスを迎える為の準備期間と言ったところだろうか。
 ラテン語で『来るべき』『到着』という意味を持つ『adventus』という言葉が語源であり、来るべきキリストの誕生日への確かな約束と期待、そしてその日を心待ちにする期間である。
 アドヴェントがクリスマスやハロウィンほど定着していないのは、自分の信仰心を確認するという宗教色がやや強いせいなのかもしれない。また、静かに祝いの日を待つ期間であるが故に、派手に何かをするというわけではないので、関連したグッズやそれに合わせた販売戦略を立ててもそんなに効果はないと、ビジネスライクな冷たい見方もあるのかもしれない。
 とはいえ、ただその日を待ちわびて淡々と日々を過ごすわけではなく、ささやかながらアドヴェント独自の行事もある。
 まずはアドヴェント・クランツ。アドヴェント・キャンドルともいうこれは、緑の葉でリースを作り、四つの蝋燭をそこに立てる。そして、アドヴェントの期間中に訪れる日曜日の礼拝毎に一本ずつ火を灯し、クリスマスの訪れを実感するのである。
 そしてもう一つ、アドヴェント・カレンダーという物がある。セレスティが買いに行くといったカレンダーは実はこれの事であった。
「12月1日から24日まで、日付のところに窓がついているんですよ。それを毎日開けていくんです。そして全部開け終わったらクリスマス、というわけですね」
「そんな物があるんですか。クリスマスまでのカウントダウンなんですねえ」
 セレスティの説明に三下が心の底から感心したように何度も頷いた。
「特にキリスト教徒というわけではないのですが、クリスマスまでの楽しみな気分を盛り上げるのにはいいと思いまして。こう……同じカレンダーの同じ日付を一緒に捲っていくというのは、なんだか嬉しい気分になるかな、と……」
「ロマンチストなんですねぇ、セレスティさん……」
 いつになく饒舌で楽しげに話すセレスティとその話の内容に感心と意外な驚きを感じ、なぜかやたら真面目な口調と表情でセレスティを窺う三下に、うっかり恥ずかしい事を言ってしまったとセレスティは珍しくその顔に照れた笑いを浮かべるのだった。


[ ACT:2 ] 贈り物を探しに

 釜飯屋を出て暫く都内を走ると、競うように立ち並んでいたビル群の代わりに海が見え始めてきた。空気の入れ替えにと僅かに開けた窓の隙間から、潮の香りを含んだ冷たい風が車内を通り過ぎてゆく。
 その風に誘われるように目を海の向こうに向けると、巨大な観覧車が見える。その先が目的地であった。
 東京湾の埋め立て地であるその場所は、当初は工場があるだけの閑散とした地域だったが、再開発のおかげで今や高層住宅やオフィスビルなどが並び、観光地やデートスポットとして週末にもなれば大勢の人が訪れるようになった。
 セレスティと三下を乗せたリムジンは、その中心にある大型ショッピングモールの駐車場へと入っていった。
 やがてリムジンが停まり、セレスティは運転手に帰る時間に連絡をするからと告げ、三下とともにエレベーターで2階のメインエントランスへ向かった。
 軽い振動とともにエレベーターが上昇を止め扉が開くと、先程車内で感じたよりも強い香りの潮風がセレスティの銀髪をふわりと靡かせた。このショッピングモールは全体が大きなドーナツ型になっているらしく、エレベーターを一歩出てふと視線を上げれば吹き抜けになっている天井から、綺麗な秋晴れの空が見えた。潮風もここから吹き降ろされた物なのだろう。
「どこに行けば売ってますかねえ? そのアドなんとかカレンダー」
「アドヴェント・カレンダーですよ。そうですね……輸入雑貨かなんかのお店がいいかもしれませんね」
 壁に大きく描かれた店内見取り図を見ていた三下に声をかけられ、セレスティは視線を戻すと三下と同じように見取り図を眺めた。

* * *

「へえぇ、結構あるものですねえ」
「ここまで揃っている店は珍しいかもしれませんね。良かったですよ」
 いくつかそれらしい店を回ってセレスティ達が行き着いたのはとある輸入雑貨の店だった。一般雑貨の他に、クリスマスカードや、ツリー用のオーナメントなどの小物売り場が季節柄拡大されており、その一角にアドヴェント関連のコーナーもあった。
 店にいる他の客達はやはりクリスマスグッズを目当てに訪れているのが殆どで、このコーナーにいるのはセレスティと三下だけであった。しかも、この手の店には女性客が多い。その中を大人の男が二人固まって何やら可愛らしい小物を手に取りああだこうだと言っている様は嫌でも目を引く。昼間の釜飯屋と同じく、二人はここでもやはり注目の的になっていた。
 勿論、その視線の九割がセレスティに見惚れている女性達の物である事もまた釜飯屋の場合と同じだ。何にせよ、セレスティといるだけで誰でも目立ってしまうらしい。
「カレンダーっていっても色々あるんだなあ」
「宗教的な行事といっても堅苦しい物ではありませんからね。遊び心の詰まった物も多いんですよ」
 しみじみと呟く三下を見て、セレスティがくすりと笑う。
 確かに様々な種類のアドヴェント・カレンダーが置いてある。一般的なカレンダーの形をしておりその日付け部分が窓になっている物、サンタクロースの絵が描かれており、担いでいる袋に窓が付いている物。中には、お菓子の家を象った立体的な物もある。屋根の部分に24個のポケットがあり、中には小さなキャンディやチョコレートが入れられるようになっているらしい。いかにも子供が喜びそうな物だった。
「これって全部絵が違うんですね」
「ええ、そうですよ。そういえば言い忘れていましたね。アドヴェント・カレンダーの二十四個の窓の中にはそれぞれ違った絵が描かれているんですよ。今日はどんな絵なのだろうと開くのも楽しみの一つですよね」
 手にした見本のカレンダーの窓を開け閉めして感心している三下に説明を付け加えてやると、どれが一番良いだろうかとセレスティは品選びに没頭していった。
(綺麗な感じのもいいですが、やはり彼女に合うような可愛らしい物が良いですかねえ……)
 頭の片隅に贈る相手の像を描きながら選んでいると、知らず口元に笑みが浮かんでいる事に気付く。
 誰かを想い、誰かの為に何かしようとするのはなんて心躍る行為なのだろう。彼女と出会ってから幾たびもこうして彼女を想いながら過ごしてきたが、その度に嬉しさが増していくような気がする。
 今日選んだお揃いのアドヴェント・カレンダーを一日一日捲るたびに、きっとまた幸せが募っていく。自分だけでなく、彼女もきっとそう思ってくれるはずだ。精一杯の想いを込めて自分の名を呼ぶ彼女の笑顔を思い出して、再びセレスティは微笑を浮かべた。

* * *

 無事にカレンダーを選び終えて店から出ると、建物内の窓から見える空は既に日が落ち、ライトアップされた観覧車が暗い夜空に浮かび上がるようにゆっくりと動いていた。
「こんな時間まで付き合わせてしまってすみませんでしたね」
「いえいえいえ! プレゼント選び、あまり役に立てなくてすみません。ご飯も奢って頂いちゃいましたし、こちらこそ有難うございました」
 軽く頭を下げるセレスティの何倍も深く、そして大げさに頭を下げる三下に、
「最後にもう一つ付き合って頂けますか?」
 セレスティは外を指差して言った。その指の先には観覧車がある。
「え、ええ?! でも、あの」
「ああいう乗り物は苦手ですか? 高い場所がダメとか?」
「そんな事はないんですけど、あの、ああいうのってあまり男二人で乗る物じゃないかと……」
「まあいいじゃないですか。さあ、行きましょう」
 三下の背中を軽く押すように歩き出すと、戸惑いながら三下が振り向いた。
「いいんですかあ、本当に。こういうのは恋人さんと乗った方が〜」
「だから、予行演習と言う事で。ね?」
 ぎくしゃくと歩き出す三下に悪戯っぽい笑みを返しながら、セレスティは手にしているカレンダーの包みをしっかりと抱え直した。



[ 探し物はなんですか/終 ]