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<東京怪談・PCゲームノベル>


導魂師:恨みを浴びた霊

 そこはセレスティが定宿にしているという程ではなかったが、何度か利用した事があるホテルだった。都会にありながらリゾートホテルのテイストを取り入れた贅沢なホテルだ。なにもかもがゆったりと設計され、心も体もリフレッシュできるというのがコンセプトらしい。けれど、その男はここで命を落とした。殺されたのだった。

 美しい日本庭園だった。山に見立てた大きな岩。その一帯には落葉樹が植えられていて、色づいた葉は燃えるような赤が陽の光を受けて輝いている。そこから流れる水は池に注ぎ、そして池から流れる清いせせらぎが心地の良い音をたてている。せせらぎには石の橋が架けられ、回廊のように庭園内を見て回る事が出来る。
「手入れの行き届いたいい庭ですね」
 セレスティは傍らに佇む男にそっと話しかけた。男は殺された時の凄惨な姿こそしていなかったが、青白い姿をしていて表情は固い。セレスティの言葉さえ聞いているかどうかわからなかった。ただ、ここから立ち去らずにそばにいるということは、拒絶ではないとセレスティは思った。ホテルの中でもここに居るというのは、癒されたい開放されたいという思いの現れではないかと思う。だから‥‥その手助けをしたいと思うのだ。
「あなたはもう亡くなっています。それはお判りですか?」
 赤い葉を通して差し込む光でもその男を赤く染めることはない。青白い男はゆっくりとうなづいた。
「私は‥‥殺された‥‥」
「そうです。その通りです」
 このホテルの宿泊していた一室で、男は死亡した後に従業員によって発見された。
「信じていたのに、信じて取り立ててやったのに‥‥裏切りを‥‥」
 表情のなかった男の顔が怒りに染められていく。肩に腕に拳に足に行き場のない怒りが充ち満ちていく。男の感情は波紋の様に広がり、そばに立つセレスティにもうち寄せる荒波の様に伝わってくる。苦しくて熱い感情のうねりだった。胸が苦しくなるほどの思いが押し寄せてくる。
「何故! 何故なのだ。私が取り立ててやった奴が。私がいなければ路頭に迷うしかなかった奴が! 私に恩ある筈の奴が!!」
「だからです。だからあなたは殺されてしまったのです」
 憤怒の形相のまま男はセレスティを振り返った。毒気に当てられたような気がしていたが、まだ倒れるわけにはいかなかった。この男の魂を導かなくてはならない。
「私は知っています。あなたがいかにワンマン経営をしていたのか。そして、それがどれだけ多くの社員達の恨みを買ってしまったのか。あなたは沢山の人の共謀によって殺されました。皆が殺したいほどの強い憎しみをあなたに寄せていたのです」
「‥‥ば、馬鹿な」
 男は死の直前の記憶を失っている様だった。沢山の人が共謀したにもかかわらず、事件は未だ明るみに出ていない。男の死は自殺と断定されていた。警察も家族も知人達も疑問に思ってはない。
「あなたは誰とも心を通わせなかった。自分で考え自分で行動してきました。相談などどのような事であれしたことはない。だから、誰もあなたの心をうかがい知る事が出来なかったのです。自殺だと言われれば納得するしかない。誰にも反論する根拠がなかったのです」
 ある意味傑物なのだとセレスティは思う。経営や経済というものがなんであるのかセレスティは判っている。男は一代で会社を設立し業績をあげた。けれど、男が偉大であればあるほど、他者への要求は厳しく報酬は少なかった。
「私は‥‥私が‥‥そんなにも‥‥恨みを‥‥なんて事だ。恨みたいのは私だと言うのに」
 男は膝をついて崩れた。
「わかりますね。あなたをここに縛るのは、あなたの思いだけではない。あなたを恨む人の思念もまた、あなたを別の場所へと行けないように阻んでいるのです」
 セレスティが言うと男はうなづく。男の足や手は細い蜘蛛の糸の様なモノで緩やかに戒められていた。先ほどまではなかったが、これがこの男のイメージする『恨み』なのだろう。自分が恨まれているということを認識して、このイメージを喚起することが出来たのだ。
「もし‥‥あなたが望むのであれば私は別の場所を提示する事が出来ます。産まれ直す事も、ここにずっと留まることも、人ではない別の生を選ぶ事も出来ます」
 セレスティは詳しく男に導魂される道の数々を示した。それらを男は糸に戒められたまま静かに聴いている。いつしか青白い色調は薄らいできていた。

 空は茜色に染まっていた。庭園のほとんどは木々に影となり暗く沈んでいる。今、門は静かにセレスティの手によって消えていく。門を彩る黄金色は静かに空気に溶け、まばゆい輝きをも失っていく。男の魂は天国の門をくぐった。過去の不浄や不運、業を洗い流し、記憶も消し無垢な魂となり輪廻の輪へ戻る。そうしていつの時にか、男はもう1度この世界に生まれてくるだろう。同じ過ちを繰り返すかもしれない。同じ壁に突き当たってしまうかもしれない。けれど、もうこれ以上セレスティが手を差し伸べることは出来ない。ただ、幸多い生であらんことを‥‥と祈るほかなかった。足元でせせらぎが静かな音をたてて流れていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。導魂師シリーズのノベルをお届けいたします。なんかちょっと切ないノベルになってしまいました。また、次のシュチエーションでお会い出来る事を楽しみにしております。