コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『パラケルススとの邂逅、四元素の鍵』


《パラケルスス――(1493ー1541)
 本名、アウレオルス・フィリップス・テオフラストス・ボンバストス・フォン・ホーヘンハイム。ルネサンス期のスイス人医師。後にバーゼル大学教授、ほどなくして放逐。
 ペテン師、魔術師といった伝説的側面のみが主に一般に知られているが、彼の根本思想は新プラトン的世界観に基づきながら、万物の仕組みを明らかにしようというものであった。
 彼が発見したといわれる『賢者の石』(彼自身様々な呼び方を施しており、石、鉱物とは限らない)は、世界を形作る四元素、火、水、地、風の流れを自在に操れるものであったともいわれる。》



「……あんたもしつっこいねぇ。何度もいうけどそんなものはウチの在庫にはないよ」
 蓮は何度目になるかわからない台詞をその男に向かって放ち、小さくため息をついた。
 口元に頬に、いい加減うんざりした表情が浮かんでいる。
 しかしその客にとっとと退散してもらいたいと願う蓮の心情は、あまりに執拗な追求を続けるその客の態度からのみ来るものではなかった。
 決して高いといえない身長に、側頭部にのみ残る黒い頭髪、要するに禿げ上がっているわけで、それはたいしたことではないのだが……明らかにその目鼻立ちに合わない大きすぎるサイズの分厚い眼鏡のフレーム。薄ねずみ色の彼のスーツは皺だらけ、その上肩幅も丈も、その猫背で小太りの体型にさえぶかぶかで余っている。極めつけは強すぎる壮年期特有の体臭を放ち……要するに身だしなみ一切に無頓着なのである。さらに店内で煙草に火をつけようとさえしたので、蓮があわてて止めたぐらいだ。骨董にヤニが沈着するではないか。まさに傍若無人といったところ。
 おそらく他人を気にするといったような神経を持ち合わせていないゆえの、容姿と振る舞いなのであろう。
 店主である以前に一人の女性として、蓮は生理的な嫌悪感をその男に感じていたのだった。
「これはこれは異なことをおっしゃいますなあ」
 ショーウィンドウに向かって蓮に背中を見せているその男は、くっくっ、と喉の奥から異物を押し出さんとするような音の、異様な含み笑いを発してそう言った。ショーウィンドウから差し込む陽に、脂ぎったむき出しの頭皮が鈍く光っている。
 店を持たない骨董商と名乗るその男。
 真偽はともかく、いわゆる“曰くつき”のモノの流通に関して彼はかなり精通しているようだった。
「ふん、蓮さんのお店になければ、まぁないのでしょうな。しかしこれはさる高名なお方からの頼みでしてねえ……。蓮さんの店の在庫にないにしてもですねぇ、蓮さんの人脈でしか発見することはできないのではないですか? そうでしょう? いえ、実は私は知っているんですよ、貴女のお店がただの骨董店ではないことも、しかも貴女の扱う商品がかつて何を引き起こしたことがあるか……おっと、これいじょうは言わぬが花ですかね?」
 そうして男は蓮のほうを振り返ると、今にもひびわれそうな荒れた分厚い唇を醜くゆがめ、またクックッ、と異様な笑いを続ける。
 蓮は危険な匂いを感じた。無意識に下唇を噛む。この男、どこまで知っている? しかしその警戒を表情に出さずしらばっくれる程度の駆け引き、蓮も負けてはいない。
「とにかくそんなもの知らないねえ、ほかをあたっとくれよ」
「ほう、知らぬ存ぜぬですか。それで済むほど甘くはないですよ、我々は。とっくにご存知でしょうに。まあいい、今日のところは退散するといたしますがね。しかしこれだけは言っておきますよ、私の依頼主は決してあきらめない。せいぜいお友達に注意しておくことですな」
 空気を引きずるように背を丸めて男が出て行くのを、蓮は冷ややかに見送った。
 不吉な印象を感じさせる男の気配の残滓が、何時までも店内に漂っていた。


1.

「そこを右に」
「はい」
 アイン・ダーウンは左右確認すると、セレスティ・カーニンガムの的確な指示通り路地へ入った。大きく黒いダーウンの瞳に、夜の東京のネオンが映り散りばめられては消えてゆく。
 財閥からの差し回しの高級車では目立ちすぎる、というカーニンガムの配慮でレンタルしてきた軽のバンを運転しながらダーウンは、この人目が弱いって言ってたけどほんとだろうか、たいしたもんだな――と思う。
 カーニンガムの道順の指示は的確そのものだった。
「しかしなんですねえ」
 ハンドルを切りつつ、ダーウンが話しかける。
「蓮さんからひと通りは話は聞いたんですけど、パラケルススに四元素、ですか? どうも、俺にはなんだか話がややっこしくて」
 助手席のカーニンガムは、ふっと優しい微笑を浮かべた。
「キミがそう感じるのも無理はありませんが、それは実は話が単純すぎるからなんですよ」
「単純って言われても。俺にはどこが単純なんだかよく。」
「パラケルススは、世界の四元素、地水火風、これらを変化させる鍵として、水銀、硫黄、塩、などとしました。単純な話です」
「よ、余計話が見えないです……」
「要はその四つの元素が、この世界を形作っているという話なのです。ならばそれぞれの事物における四元素の配合比率と、それに働きかけるもの――つまり鍵ですが――、これがそろってしまえば人為的に世界の事象を操ってしまえることになる」
「なるほど。そいつは是が非でも俺、阻止しなくちゃ。どうせロクなこと企んじゃいないんだ、奴ら……」
 持ち前の正義感からか、ダーウンが口元を引き締める。
 カーニンガムは説明を続けた。
「水銀は液体でありながら鉱物です。硫黄は鉱物でありながら炎や気体に、塩は鉱物でありながら液体を固体化させる。それぞれ水を地に、地を火や風に、地を水に働きかける力を潜在的に持っている。パラケルススはこれらの鍵を『賢者の石』と名付け、発動させることのできる秘物を所持していたといいます。……その三叉路、左です」
「了解です。しかし、すごい人だったんですね、そのパラケルススって人」
「そうですね、天才でした。もっとも私が彼に会った時は患者に水銀を処方して死なせたかどで客分から追放されて、流浪していましたが」
「びょ、病人に水銀ですか!? メチャクチャするなぁ……って。カーニンガムさん、パラケルススに会った事あるんですか!?」
「ええ。私は今年で齢725になりますから」
 へえぇ、とダーウンが驚きとも納得ともつかない声をあげる。
 そうする内に、ダーウンはあらかじめカーニンガムから聞いておいた看板の脇にバンを停めた。
「さて、着いたようですね」
 カーニンガムが車椅子を下ろす。
「気をつけてくださいね、カーニンガムさん。この会場にも奴らは来てるだろうって、蓮さんがいってました。俺、付いていかなくて大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。彼らも会場内で仕掛けてくるような無茶はやらないでしょう。それより、ダーウンさんも気を抜かないようにお願いします。輸送手段から狙ってくることのほうが考えられます。車を、守ってください」
「任せといてください。俺の体は、銃弾なんて通しやしませんよ。車にロケット砲でも撃たれたって、蹴り返してやります」
 そういってあはは、と笑うダーウン。一片の自嘲もない、澄んだ笑顔。
 人体改造という、ともすれば悲劇的な境遇を受けながら、自らそうして明るく笑うことのできるダーウンの心根を、カーニンガムは素直に美しいと感じた。
「では行って来ます。すぐ、済みますよ」


2.

(おいちょっと。あれをみろ)
(カーニンガム!? あのリンスターの)
(まさか)
(間違いないのか?)
(何故バイヤーも通さず来ているんだ)
(本人がか?)
 彼の周囲から、さざ波のように囁きがひろがっていく。
 車椅子の歩を進め、居並ぶ好事家やバイヤー達の間をゆったりと移動する彼。
 湿った空気、打ちっぱなしのコンクリート剥き出しの地下室。ここは既に表の市場には出せない、蓮の店とは違う意味での曰くのついた骨董品・美術品の取引きが行われる場所、いわば裏のオークション市場である。
 彼――セレスティ・カーニンガム――は周囲の勘繰りを意にも介さぬ様子で、銀髪を揺らしながら悠然と最前列に位置を占めた。
 ステッキを膝の上におさめ、目当ての“モノ”の出品を静かに待つ。パラケルススに関するモノが出品されると蓮から聞いて、二人はやって来たのだった。
 その男が間違いなくリンスター総帥セレスティ・カーニンガムその人である、と知った競売参加者達は、例外なく慄いた。
 未来を予見できるのではないかといわれるほどの経営手腕をもち、しかも財閥創設から数百年を経た現在でも、総帥の名や姓はおろか風貌さえも変わりないという。不老不死の噂まである。
 無論ここに居並ぶ、現実主義者の黒い商人達がその噂を真に受けているわけはない。そんなわけはないが――総帥自らが日本くんだりの裏市場へ買い付けに来ているという事実。もしその彼と競り合うことになったなら。リンスター財閥と張り合って、競り勝てる道理などない。圧倒的なまでの財力。彼らは一様に、セレスティ・カーニンガムの落札しようとしているものが自分のそれと違ってくれているよう、祈るのみであった。

 しかし、祈るのみではない者もいる。
 商人達の中に、あの男もいた。
 相も変わらぬひどい身だしなみ。
 そう、アンティークショップ・レンで碧摩・蓮に対し執拗に『パラケルススの石』に関する探りを入れ、彼女が突っぱねるなり、陰湿に自分の背後に権力者のいる事をほのめかして去った、骨董商の男。名を物部・泰蔵(ものべ・たいぞう)と言った。常にふてぶてしさを崩さぬ物部だが、今は流石に額に普段以上の脂汗を滲ませ考えを巡らせている。
(まさか、あの男が出てくるとは……。狙いは決まっている。ロットナンバー11、『パラケルススの石』だろう。これはあの碧摩・蓮とかいう女の人脈を、舐めていたかもしれん。相手がリンスター総帥では分が悪い。だが)
 携帯電話を取り出し、小声で外に何らかの指示を送る。
(だがこちらには、こちらのやり方があるのだ)
 物部はカーニンガムの背中を睨み、分厚い唇を醜く歪めて笑う――


3.

 座席を倒して腕を枕。
 バンの中で待機していたダーウンは、不穏な動きを察知して身を起こした。車の周囲に黒服の男が散り、それぞれ物陰に身を潜めている。訓練された動きではあるが、ダーウンの赤外線及び金属探知可能なモノ・アイの前では、彼らの位置も武装もつつぬけだった。爆発物所持はないようだ。
(全部で7人、全員短銃所持、か。さて、仕掛けてくるかな?)
 車内灯を点け、車内が無人でないことを示し、牽制する。
(……こない。さてはモノがここに運び込まれるところを狙うつもりか。いや、それならタイヤを狙って撃ってくるかパンクさせに来る筈。流石に会場前で仕掛けては人の目に付きすぎるということか)
 それは会場内でのカーニンガムの安全と、落札が上首尾に進んでいることの証明でもある。合法的に穏便に『石』を入手できないと踏んだから、奴らは武装員の配置を行っているのだ。
 ダーウンは彼らを察知したことを感づかれぬよう、車内灯でロードマップを読んでいるふりをしながら、カーニンガムの出てくるであろう会場出口に気を配りつつ待った。もしものために、ホルスターのスミス&ウェッソンの存在を確かめておく。
 撃つまでもないのだが、威嚇にはこちらが有効だろう。


4.

 場内では競売が開始された。
 オークショニアが出品物の紹介をする度に、会場内の視線は自然カーニンガムに集まることになるが、彼は微動だにしない。誰もがそれを確認した上でそれぞれビッド(入札)のサインを出し始めるような有様である。ロットナンバーが進んでいく。
 今回の競売の特に“目玉”とされる出物――その多くはバブル期の残滓の絵画や盗掘品、ともかく表市場には出せないものだったが――そのどれにもカーニンガムは入札の気配を見せない。
 いわゆる値打ち物一切に興味を示さず、しかし総帥自ら買い付け人を通さず求めるものとは一体何か? 会場の誰もが訝しがり始めた時、ロットナンバーは11に差し掛かった。モノが壇上に運び出される。
 幼児の拳ほどの大きさの赤い石だが、相当に濁りがひどい。ルビーであるかすら怪しい。さらに閉じ込められたように鉛色の金属が中心付近に集まり、見た目を更に悪くしている。骨董以前に、美術品としての価値もかなり低いものといわざるを得ない。
「さて、この出物は近代医師の先駆者とも目される、かのパラケルススが所持した一品」オークショニアが説明の口上をたれる。

 ……そして、誰の目にも異様な状況が起こり始めた。カーニンガムが動く。ステッキをこめかみにあて、入札意思のサインを示すとカーニンガムは言った。
「まず、5000万」
 オークショニアは耳を疑った。物部を除く、他の参加者全ても同様である。
 そもそもこのパラケルススの石とやら、実際にパラケルススの秘蔵していたものかすら確証がないだけでなく、宝石としての鑑定書もないのである。わざわざ鑑定書をつけないには相応の理由がある訳で、実は常識からみれば、これはちょっと見た目の変わったただの石くれ。
 実際、主催側の設定した最低落札価格は、カーニンガムがまず提示した価格の百分の一程度であった。
「そちらの方、ご、5000万、よろしいのですね? 5000万……上は、ありませんか」
「5500万、だ」
 そう応じたのは物部である。リンスター財閥とでは競り勝てないとわかっていても、依頼者からバイヤーとしてここへ送り込まれた以上、出来うる限りの駆け引きを物部も打たねばならない。
「現在5500万、です……」
 オークショニアは呆然としている。それは他の者も同様であったが、ともかくもカーニンガムと物部の競り合い、無言の闘いが始まった。もっとも勝敗自体はそもそものはじめから明らかなので、見せかけだけのものであったが……。
 前もってオークショニアに伝えてあるカーニンガムの入札サインは、ステッキの柄をこめかみに当て続ける、というものだった。一方物部のサインは顎に手を当て続けるというもの。このサインの姿勢を崩さぬ間はさらに上額の入札意思があるとみなされ、具体的に価格を叫ばずとも競り合いは続いていく。
「6000万……6500……7000万……8000……9000万……」
 他の参加者には、何が起こっているやら皆目わからない。
 パラケルススの石などと、本来そんなものはどこかの成金か物好きが、話のタネに数十万で落として帰る程度の品の筈だ。
「い、一億……一億一千万」
 物部は軽く舌打ちすると、顎から手を放し、競りを放棄した。
 物部の依頼者が任せた資金上限は一億三千万程度だったが、これ以上は時間の浪費と考えたのである。バイヤーとしての義理も果たした。
(それにしても予想外だった。しかし落札したからとて、無事に持ち帰れると思うなよ)
 心中どう毒づくと、席を立ちさっさと会場を後にする物部。
 かくして『パラケルススの石』は、カーニンガムの落札するところとなった。


5.

 主催者側の配送の申し出を断り、カーニンガムは『石』を収めた木箱を手に会場を出た。
 乗ってきたバンは健在だ。ダーウンがこちらに気付いたのが見える。
 ドアを開け車外に一歩出、右腕を左脇のホルスターに突っ込んだ姿勢で辺りを見回し、十二分に警戒していることを周囲の敵に示威するダーウン。その効果あってか彼らは仕掛けてこず、カーニンガムを無事車内に迎え入れることができた。
「お帰りなさい。どうでした? 首尾は」
「問題なく、落札できました。長居は無用ですね。行きましょう」
 キーを回しエンジンをかけると、ダーウンは一気にターンをかけ環状線へ入るべく車を急発進させた。
 と同時に、停車していた周囲の車に一斉に熱源反応が起こるのをダーウンは探知した。物部側の手の者だろう。
「やはり、輸送中を狙ってくるようですねえ」
 バックミラーを見ると、見える限り二台ほどの黒塗りの車両が追って来ている。まだ市街地、いきなり狙撃してくるようなことはないようだ。
「ところでカーニンガムさん、どうでしたか? その、モノは“鍵”ってやつでしたか?」
 ダーウンが助手席に目をやると、カーニンガムは既に箱から取り出し、仔細に『石』を検分していた。
「ええ。これは紅い外見から、一見すると火を司る鍵に見えますが、内部の鉛色の塊のように見えるものは水銀です。その周囲に、鍵として使えるようパラケルススによって紅い宝玉の封印が施されている。濁ってみえるものは、角度を変えて見ればわかりますが術式の記述です。一億一千万なら安い買い物ですよ」
「いっ!? 一億ですかっ!? と、とにかく本物、ってことですね。ええっと、鉱物を液化させる鍵だから……“水”の元素を操る鍵、ですか」
 油断無くバックミラーに視線を配りながらダーウンが問う。
「その通りです。特に“地”に対して強い働きをもつ、賢者の石です。単一の元素で存在しているものは自然物だけですから、これさえ此方の手にあれば当面は悪用されることはないでしょう……彼らを撒くことができれば、ですが」
 カーニンガムも追っ手の存在を察知していた。車は環状線に乗った。無言で更にアクセルを踏み込むダーウン。自国は既に深夜、景色は緑の濃い、郊外に差し掛かっていた。
(しかし、追っ手がたった二台というのも、妙ですね……)
 カーニンガムがそう懸念した矢先、対向車線から向かってきていたミニバスが彼らの目前で後輪急ドリフトをかけ、二車線の道路を塞ぐように軽のバンを弾き飛ばさん勢いで横っ腹を衝突させてきた――!


6.

「く、やっぱ後ろの車はおとりですか!」
 全力でブレーキを踏み込み、衝突のショックを直に受けないよう、前方ミニバスとできる限り平行にぶつかるべく暴れるハンドルを全力で切るダーウン。
 サイボーグ故の反応速度、衝突侵入角度は可能な限りは浅くなりそうだが既に上がったスピードはどうにもならない、運転席のダーウンが見る右ガラスに、相手車両の壁が猛スピードで迫る。
(まずい!)
 いくら頑強な彼のボディとはいえ、大質量での圧撃をマトモに食ってはダメージは避けられない――ダーウンはハンドルを渾身の力で握り足を踏ん張るが損傷を覚悟した。
 衝突。
 二人のバンとミニバスが轟音の後静止した。
 ダーウンは自分の意識のあることを確認すると、機械化箇所のチェックプログラムを即座に起動させる。……損傷度、ゼロ。オールグリーン。
(まさかあの衝撃で損傷無し? いや、それよりカーニンガムさんは!)
 助手席に目をやると、カーニンガムはそこにいた。おそらく無事な様子で。
 おそらくというのは、ダーウンから見て水面を通したようにゆらゆらとしか、カーニンガムの姿が見えないからである、いや、そちらだけではない、ダーウンは自分の全周囲が分厚く弾力のある水壁で守られている事に気がついた。
「これは……」
「一帯の水を収束させ、防御壁を展開しました。ダーウンさん、キミは、ハンドルを左に切りましたね。自らの運転席から相手車両に突っ込むことを厭わずに。その自己犠牲の精神に敬意を表します。だから水壁を展開したわけではありませんが、好意に値します」
「え、あ、どうも……単に俺は夢中だったんです。礼を言うのはこちらですよ。それより」
「そうですね。お客のようです」
 例の体当たり用のミニバスには運転手しか乗っていなかったが、その後続車の数台には武装した私兵が乗っていたようだ。さらに競売会場から追ってきていた二台からも武器を持ち替えて数人が降りている。
 黒煙の立ち込める車外では、既に彼らが火器を構えていた。


7.

 ダーインとカーニンガムは、全く無造作に中破したバンからアスファルトに降り立った。両手を挙げながら出てくるだろうとでもと思っていたのか、私兵達が逆に面食らっている格好だ。
 競売会場付近にいた、短銃のみのような軽火力の者はいない。おそらくトランクから取り出したのだろう。十数人全員がそれぞれサブマシンガンと小型アサルトライフルの照準をダーウンと、ステッキをついたカーニンガムにピタリと合わせている。
「さあ、観念してもらいましょうかねえ」
 くっく、と例の異物を喉から押し出すような含み笑いを発しつつ、包囲の外から姿を現したのは、物部である。
「お二人さん、わかりますかねえ、この状況。そっちの運転手の若者は元よりですがねぇ。セレスティ・カーニンガム。リンスター財閥総帥がロクに護衛も無しとはねえ。さあ、さっさとそのパラケルススの石を渡してもらいましょうか? そうすれば、命だけは助けて差し上げますよ、ま、歩いて帰ってもらうことになりますがね」
 ……聞いているのかいないのか、当の二人は物部からみると全く不可解な会話を交わしていた。
「カーニンガムさん、とりあえずあの銃構えてる人達どうします? 俺がダッシュで全員ぶん殴っちゃってもいいんですけれど」
「お、おい、貴様ら聞いてるのか!とっとと『石』をこっちに……」
「そうですね、しかし彼らはただの雇われの身です。私としてはあまり傷つけたくはありません……元凶はあの物部という男とその黒幕でしょうから。ここは私にお任せ願えませんか」
「じゃ、お願いします」
「おい貴様ら、いい加減撃っても構わんのだぞ!? こっちは生かしておけとは命令されとらんのだぞ!?」
 ひとり激昂する物部を尻目に、カーニンガムは武装員全員に意識を集中させる。ダーウンは、自らのそれと対照的ともいえるカーニンガムの神秘が発現されるのを興味深く見ていた。
「ええい、かまわん、撃て! 例の石には当てるなよ!撃てェっ!」
 ……。
 銃声は、一発も轟かなかった。代わりに響いたのは、各々の銃が地に落ちる金属音。
「はぅ」
「う……」
「お、おいこら! どうした! 撃て!」
 物部は思わず周囲を見回した。配下全員が気分悪そうに青ざめ、ぐったり横たわっている。
「体内の水分を操り、貧血を起こして頂きました。しばらくは銃を構えることはおろか真っ直ぐ立っていることもままならないでしょう」
「へぇ、俺の“クライシス”も、使い方によっちゃこういうこともできるかも」
 ダーウンは顎に指を当て、感心している。
「一体、一体何なんだ貴様は……」
「お見知りおきの通り、リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガムですよ? それより、そろそろあなたも引き際というものではないでしょうか」
 うなだれ、一言も発せない物部。しかしそれはブラフだった。
「黙れ、かくなる上は!」
 物部は懐から濁った白水晶に黄金色の中核をもつ『石』を素早く取り出した。
「それは俺達のと同じ……」
「そう、火と風の『石』だよっ!このままおめおめ、帰るわけにいくものか」
「やめておいたほうがいいですよ。ただの人間に扱える代物ではありません」
 カーニンガムの忠告を、物部は石の力を振るうことで返した。かすかな火花を纏った小さな真空の刃がカーニンガムを襲う!
「う!」
 不意を突かれたが間一髪、カーニンガムは足元からせり上げた水壁で第一撃をなんとか弾きそらした。
 物部は狂ったように、カーニンガムへ、ダーウンへ、石を振るい乱射する。
「往生際の……悪い方ですね」
 刃自体は大きくないが、その鋭利さ。そして半狂乱ゆえに、発する刃の軌道が読めない。上下左右から、時に曲がりつつ次々に襲い来る小さな刃。
 至近距離にい過ぎた故に、受けるカーニンガムは自らの防壁の展開に手一杯だ。中和する程度の薄い水壁で十分防げるも来襲方向が不規則過ぎる。
 機械化された部位もあるとはいえ、生体箇所に食らってはダーウンが危ない――。
「ダーウンさん、どこでもいいので物陰に入って下さい!」
 ……しかし既に時遅く、そのカーニンガムの叫びはダーウンの耳には届かなかった。
 S&Wの銃身で刃を弾いたのち――ダーウンは急加速装置を起動し、既にカーニンガムから1km以上離れた地点にいたのだ。
(助走距離……確保)
 ダーウンは加速装置最大出力で物部に向かって突進した。
 疾風。
 マッハ5にも達さん速度で、黒い影が物部をかすめ――
 そして冷ややかな目で物部を見下ろすダーウンの手には、“風”の石が握られていた。
 物部はまだ腕を振るっていたが、自らの手が空になっていることに気付き、ガックリと膝を落とした。
 「要は、俺があなたの放つ風よりも、速く動けばいい……それだけです」


8.

 物部には後始末をやらせようという意味を込めて、カーニンガムが朝まで起きない程度の貧血を起こさせておいた。
 カーニンガムが落札した『水の元素の鍵』とダーウンが物部から奪った『風の元素の鍵』を手に、そしてこれまた物部から奪った車で意気揚々と二人は引き揚げた。
「これ、どこに持っていけばいいんでしょうか?」
「とりあえず、私の財閥の本拠アイルランドで極秘裏に保管、安置しようと考えています。所有権は蓮さんかあなたに譲っても構いませんが、あの物部という男の黒幕は日本の権力者のようですしまずはそのほうが安全でしょう」
「四つの内、俺達が主要な二つを奪ったことになるんですよね」
「ええ。ですから今回の黒幕がいくら術式や事象の四元素配合比率を知ろうと、おそらくもう、手は出せないでしょう」
「なんだか――」
 そう言ってダーウンは大きく伸びをした。はにかむように笑いつつ助手席を横目で見やる。
「今回、俺達いいコンビだったんじゃないかなあ、って思いませんか」
「そうですね……お互いに対照的なほど能力系統から何から違うのに、私も不思議です」
 カーニンガムも長い睫毛を伏せ、かすかに微笑する。
 朝焼けが、ダッシュボードに並ぶ二つのエレメンタルを祝福するように美しく輝かせ始めていた。

-END-

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□】
-PC-
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2525/アイン・ダーウン/男性/18歳/フリーター】

-NPC-
【NPC1882/物部・泰蔵(ものべ・たいぞう)/男性/36歳/美術品・骨董品売買】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
セレスティ・カーニンガム様

はじめまして。そしてご参加ありがとうございました^^
あきしまいさむと申します。
お待たせいたしまして申し訳ありません。

カーニンガム様の知性的且つ仲間思いな所、財閥総帥としての立場や威厳の描写、ご満足頂けたでしょうか^^;


御批判、ご意見などございましたら叱咤してやってくださいませ。
それでは、セレスティ・カーニンガム様の更なるご活躍を祈りつつ…

 あきしまいさむ