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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


発進、ヴォルテクサー!


 寒くなったせいだろうか、空が透き通って美しく見える。街路樹もささやかな風に枝を揺らし、染まりきった木の葉を少しずつ舞わせていく。もうこの季節を秋と呼んではいけないのかもしれない。季節の変わり目に差しかかった東京は、人も風も木々も冬支度をしているようだ。このまま師走に入れば、誰もが忙しく足を動かすのだろう。今のようなのどかな風景は、まさに今しか見られないのかもしれない。
 都立図書館の休館日を利用して公園を散歩する女性がいた。彼女は司書の綾和泉 汐耶。今日はいつものお仕事スタイルのまま、公園のベンチで読書を楽しんでいた。読書の秋……全身に太陽のぬくもりを感じながらじっくりと読んだのは雑学の本である。テレビでは流行りのジャンルだが、この種類の本はコンビニなどで比較的簡単に手に入る。ビジネスマンが通勤や昼休みなどの暇つぶしに買って読む本のジャンルとしてはメジャーな部類に入るだろう。もしかしたら、そこからオヤジギャグやうんちくが日々生まれているのかもしれない。汐耶は自分でそれを想像したくせに、実に嫌そうに眉をしかめた。もしかして近くにそんなタイプの人間がいるのだろうか。事実がどうなのかわからない。


 日が傾くに連れ、風の冷たさが増した。休日の読書はここまでと言わんばかりに本を閉じ、かばんの中にそれを突っ込むとさっと立ち上がる。汐耶はこのまままっすぐ家に帰るわけではないらしい。これからまた本屋かどこかに行くのだろう。長い指で眼鏡の位置を直しながら、悠然と歩き出した汐耶の目の前に『あるもの』が落ちていた。
 それはどうやらCDケースのようだった。彼女は少し首を傾げつつもそれに近づき、それが何なのかを確かめるためにさっきよりもゆっくりと歩く。落し物は警察に届けないといけない……そう思いながら身を屈め、そのケースを手に取った。そして何気なしに中を開けてそれを確認する。予想通り、何らかのデータが入ったディスクが収められていた。ディスクはテクニカルインターフェース社のもので、表面は赤くコーティングされている。その嫌らしいまでの赤色は、まるで何も知らない人間にもそれが重要書類であることを知らしめるかのようであった。

 「これだけ落とすって……器用な話ね。ま、仕方ないか。確か近くに交番があったから、そこに預けて行こうかしら。」
 「ノー! ノーノーノーノーノーッ!」

 汐耶の行動を止めようと声を発したのは、ストリートカジュアルで身を固めた大男だ。外国人のようだが、日本語の扱いにはあまり慣れていないらしい。とりあえず彼女の動きを声で封じた彼は、言葉とは違いしっかりとした足取りで彼女との距離を縮めていく。

 「オー、こんなところにディスクがありました。ユーのおかげです! バッド、ユーは見ちゃいけないもの見ちゃいました〜。」
 「見ちゃ……いけないもの?」
 「とりあえず、このウイリアムがユーごと預かりま〜す!」

 おかしな日本語のせいで汐耶の状況判断が遅れたが、どうやら自分はディスクごと拉致されるらしい。彼女はかばんをその場に置いて身構えるも、相手の構えを見て苦笑いを浮かべた。どうやら空手家らしいが、その動作に無駄がない。そう、彼は黒人空手家で有名なウイリアム・ウィルスンなのだ。本物の格闘家相手にどこまでやれるか、彼女の不安が徐々に心の中を支配していく。

 「ちょっと無理かも……ね。戦うことを職業にしてる人を相手にするのって本当に嫌だわ。」
 「ユーーーッ、観念しなさい。ユーーーッ!!」
 「しかも日本語通じそうにないのが、もっと嫌。」

 個人的な感情もついでに口にしたその時、デカい図体のウイリアムにタックルをかます若い男がいた。ふたりの構えを見て、危険を感じ取ったのだろう。大きくよろめきながら倒れるウイリアム。男は地面とキスをする外人を放って、今はともかく汐耶の元へと駆け寄る。そして彼女の顔をじっくりと見て……顔をもみじのように真っ赤に染めるのだった。どうやら彼は速攻で汐耶に惚れたらしい。

 「う、美しい。なんかカッコいいというか、その魅力的なのはもちろんだけど……あの、俺は風宮 駿です。あの〜、その〜。」
 「……………日本人なのに日本語通じない人って、ホントに困るわ。」
 「まずはあなたのお名前から……」
 「綾和泉 汐耶だけど、その前にあちらさんも自己紹介したいらしいわ。ほらほら、聞いてあげて。」
 「え、お友達ですか? 別に俺は汐耶さんのことさえ知ればそれでいいんですけど。」

 決して風宮の無神経な言葉に怒ったわけではないだろうが、外国人は憤怒の表情を浮かべながら彼の額に人差し指を当てて高圧的な態度で喋り出した。

 「ユーーーッ! 今日は本当にラッキーディだぜ! 一気にふたつのものが見つかるなんてな……ぐわはっ、ぐわはははははっ!!」
 「らっきー、でい?」
 「イエ〜〜〜スっ! うおおおおおごごごーーーーーっ!!」

 目の前の男は気合い一発、その身を突然として熊の化物に変化させた! 空手家の正体はテクニカルインターフェース社の工作員で、熊の能力を持つザ・グリズリーだった! その姿を見るや風宮もとっさにいつものポーズを取ろうとするが、毛むくじゃらで木の幹よりも太くなった腕を振り回すグリズリーに圧倒され、そのまま街路樹の一本まで吹き飛ばされてしまう!

 「変し……うぐあああっ!!」
 『ユーーーッ、ディスクを……うがぁっ!』
 「あっ!」

 長い爪を利したグリズリーがとっさに汐耶からディスクを奪い取る。そして次に社から重要人物として手配されている風宮の方を向いた。彼はすでに腰にいつものベルトを出現させており、その手には『世界』のカードを輝きを放っている!

 「お前のせいで……お前のせいで愛の言葉を忘れちまったじゃないか! 邪魔するな……変身!」

 カードを通すとともに全身に配した宝玉が輝きを増し、風宮はそのまま魔道強化服・ダンタリアンを装着した! そして風のような早さでグリズリーに迫ると腹のあたりに勢いのついたパンチを繰り出す! 半獣人化しているとはいえ、相手のこの早さのパンチを腹に受けては顔を歪めるしかなかった。

 『うごえぇぇぇっ!』
 「俺はこんなことしたかったわけじゃないんだよ! もっとこうやさしく、その……うわあぁぁぁっ!!」

 どうやら頭の中で考えていたことがすっかりどこかに飛んでいってしまったことに苛立つ風宮はやたらめったらパンチだのキックなどでグリズリーを圧倒していく。だが汐耶から見ると、どうも子どものケンカにしか見えない……叫んでいることが実際そうだし、また攻撃の仕方もそれっぽかった。

 「どうしたものかしら……あのふたり。」


 戦いは圧倒的にダンタリアン有利だ。勢いだけで押している感もあるが、少しずつ勝利に迫っているのは紛れもない事実である。主武器の槍も使わず、気持ちだけで立ち向かう風宮は確かに強かった。しかしグリズリーは計算高く風宮の反撃の手が休まるのをじっと待っていたのだ。彼がまともに攻撃を受けていたのは最初だけで、後からは防御に転じていたのだ。勢いだけで攻撃しているなら必ず息切れを起こすか慢心する。それを計算に入れて、自分から大きくよろめく動作を見せていたのだ。それをまともに信じたダンタリアンは一気に勝負を決めるべく、大きくジャンプしてキックを放とうとする!

 「決めてやる! うおおおぉぉぉーーーーーっ!!」
 『今だ、うがあぁぁぁっ!!』
 「なっ……まだそんな体力が、ぐああああっっ!!」

 自らグリズリーの的になった風宮に鋭利な爪が二度襲いかかる! もろにそれを食らったソニックライダーは失速し、そのまま地面に叩き落される。それを見たグリズリーは再びディスクを手にし、敵に見せつけながら言った。

 『ユーとの決着は……これを送り届けた後デ〜〜〜ス!』
 「ぐぐっ……に、逃げるのか?!」
 『グッバ〜〜〜イ、ダンタリアン!!』

 彼は用意していたバイクに飛び乗ると、そのままの姿でその場から逃げ出した。思わず汐耶が声を上げる。

 「あいつ、ディスクを奪って逃げたわ……」
 「汐耶さん、怒ってる……よし、こうなったら俺もとことんまでやってやるぞ!」

 そして一枚のカードを出し、それを右腰の宝玉・ホドに読みこませる。『戦車』のカードはその読みこみこそするが、特に目の前で変化を起こすわけではなかった。だが風宮は何かを確信したかのように、公園の外にある道路に向かって猛然とダッシュする。

 「タロットを使っても何も起こらなかったのに、なんであの人は走り出すのかしら……?」

 その汐耶の認識は間違っていた。すでに『戦車』のカードは効力を発揮し、風を切りながら主人の元へと向かっていたのだ! テクニカルインターフェース社の格納庫を勝手に飛び出したダンタリアン専用バイク『ヴォルテクサー』は、彼が公園の外にたどり着くと同時に姿を現した!

 「あれはバイク? それも見たこともないような早さの……!」
 「行くぞっ、熊野郎!!」

 それに飛び乗ったダンタリアンは恨みを速さに変え、ディスクを持った敵を追うのだった……


 ディスクを持って悠然と移動するザ・グリズリーは会社へと戻ろうとしていた。そして変身を解除しようかと思った頃、大声で自分を呼ぶ声を耳にする。彼はサイドミラーで一応の確認をする。すると後ろから恐ろしいスピードで迫ってくるバイクが一台……しかもそれは見覚えのあるフォルム、そして見覚えのある魔道服を着た男が運転をしているではないか!

 『ダ、ダンタリアンっ! それにヴォルテクサー!!』
 「のろまなバイクで逃げ切れると思っていたのかっ! もうお前はおしまいだ!!」
 『タワー』『ストレングス』

 右手でカードを連続して右腰の宝玉・ホドに読みこませ、その足に恐ろしいほどの力を宿らせる! そしてバイクの座席に立ち、そこから勢いをつけてバイクごと相手を破壊しようとジャンプする! その主人の気持ちを察したのか、ヴォルテクサーも高くウイリーで飛び上がった!!

 「うおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!」
 『バっ、バイクの早さが重なって……よ、避け切れな、うげああぁぁぁぁーーーーーーーっ!!』

 いつもよりも加速のかかった必殺のキックを避けることなど、どんな怪人でもできはしないだろう。公園での戦闘とは違い、今度はグリズリーが完全に的となった! そしてそのままバイクとともに爆発炎上する……ダンタリアンことソニックライダーの着地したところには問題のディスクが横たわっている。『愚者』で変身を解いた風宮は嬉しそうにそれを胸に抱き、綾和泉という女性に思いを馳せるのだった。

 「ああ、よかった。これが無事なら汐耶さんも喜ぶでしょう!」

 そう言ってる彼の側にやってきたのは、流線的なフォルムとダンタリアンに似た褐色のカラーリングをしたヴォルテクサーだ。『戦車』のカードを使うことによって宝玉が放つ光を自動で感知し、主の元へとやってくる機能を備えている。それはまるで魔女のホウキのようだ。まるでなついてくる犬をかわいがるように、風宮もバイクの座席を撫でる。

 「よし、もうひとっ走り頼むぞ!」

 再び公園へ向かう風宮の声も顔もずいぶんとご機嫌だった。しかし汐耶はあんな危険な目に遭ってなおもその場に留まっているは思えない。また危険が迫らないとも限らないのだから、もしかしたらさっさとどこかに行ってしまった可能性もある。超スピードで動くバイクの上で一喜一憂する主人のことなど気にもせず、今はとにかく従順に目的地へと向かうヴォルテクサーだった。


 風宮がついさっきバイクにまたがった場所まで戻ってくると、そこにはまだ汐耶がひとり立っていた。彼はそれを確認するとさっそうとバイクから降り、ヘタクソな口笛を吹きながら彼女の元へと駆け寄る。そして満面の笑みを浮かべながら、例のディスクを差し出した。

 「汐・耶・さ・んっ! ディスクを取り返してきました。これでもう安心ですよ!」
 「安心、ねぇ。まぁ、あの化物がそれをつかんだ時から心配はしてたんだけど、案の定って感じかしら。」
 「心配って、何を……??」

 汐耶が静かに風宮のディスクを持った手を指差す。それと一緒に彼の視線も移動する……そして声にならない悲鳴が風宮の口から発せられた。そう、ザ・グリズリーの鋭利な爪のせいで繊細な取り扱いが必要なディスクをしっかりと貫いており、小さな穴がいくつかぽっかりと空いてしまっていたのだ。これではデータをどうこうする以前の問題だ。今までウキウキだった風宮の顔がみるみるうちに真っ青になった。

 「んががが……っ! ごっ、これ汐耶さんの大事なディスクが、こんな有様に……」
 「ああ、その点なら心配ないわ。それは落し物だったみたい。それにあんな怪物が回収するということは、きっと中身はろくなデータじゃないはずよ。さしずめ『不幸のディスク』ってところかしら。割れて正解だったのかもね。お互い、そう思うことにしましょうよ。警察に預けたら、警察が襲われてたでしょうしね。」
 「んん、はぁ。それで汐耶さんがいいのなら……」
 「はい。じゃあ今日はここまでね。結果はともかく、危ない人から守ってくれてありがとう。私、警察官であなたと同じようなことをしてる人を知ってるわ。」

 風宮の肩を何度か軽く叩くと、汐耶はもう暮れかかった夕日に向かって歩き出した。きっと忘れかけていた用事を済ますのだろう。彼女は一度も振り向かずにその公園から姿を消した。一方の風宮は姿が見えなくなるまで汐耶の背中を見つめていた。半日にも満たない恋はあっという間に終わってしまったらしい。彼は思わず寂しげに笑ったが、すぐに首を捻った。

 「警察官……?」

 自らも発したその言葉は胸の奥でなぜか木霊していた。いつでもどこでも聞く、ごく当たり前の言葉がなぜこんなに気になるのだろう。風宮はすっかり失恋のショックを忘れ去っていた。