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<東京怪談ノベル(シングル)>


□■□■ 目覚めの後で ■□■□


「んぁー……やれやれ、じゃのう……何年眠っておったんだか、取り敢えず目覚めの運動がてらに散歩でも、っと」

 彼女――ホの六番が社の注連縄を手で避けながら外へ向おうとすると、そこでは捕り物が繰り広げられていた。
 血塗れで刃物を持った男が追い掛けられている。待て、と棒を振り回しているのは――官吏のようなものなのだろうか。やがて官吏は追い付き、男に馬乗りになる。その手首に何やら金属の輪を掛けると、男は途端に大人しくなった。

「あほじゃのー、あんな格好で歩いておればどうやっても目立つじゃろうに――あ゛」

 溜息を吐いてカラカラと笑ったところで、彼女は気付く。腕からの出血が何百年続いたのだか判ったものではないが、その所為で身に着けていた衣服は血塗れだった。乾いた後から染められ、斑のある模様が幾つも出来上がってしまっている。
 総合、さっきの男より血塗れ度合いが高い。

 官吏に追い掛けられては堪らないし、先ほどの男は銀の輪を掛けられた途端に大人しくなった。はて、あの輪には一体どのような効力があるのか。力を奪われてしまうのだとしたら、掛けられるのは真っ平と言うか面倒である。第一、眠り続けさせられていた手前、もう自由を奪われるのは御免だった。
 何か服を調達したいものだが、自分が安置されていた社にはそういったものがある気配が無い。妖術師め、気が効かん。買いにいこうにも金が無い、むしろ出歩けない。いっそ作るかとも思ったが、布も針も糸も無いのではやりようがない。
 とにかく出歩くためには服が不可欠なのだが――

「出歩き法度で服選び、とな……面倒なものよのうー、いっそ官吏の連中も燃やしてしまうが良いかのう? んにゃ、人殺しはいかん人殺しは」

 三百年前にもとばっちりで死んだ人間いそうなもんですが、突っ込みません。

 むぅむぅ、考え込んでいた彼女だったが、それも一時間以上やると飽きてくる。考えるのに飽きたらやることは一つ――ずばり、行動だった。だが飽きて考えをやめるのであって、結論が出ているわけではない、結論が出ていないのに動くということは――ここでくどくどと三段論法を述べる必要は無いだろう。
 レッツ、行き当たりばったり。

「とは言え、あんまり騒ぎになるのものうー……基本的に平和を愛するラブアンドピースの精神保持者としては、歓迎せんなー」

 だから三百年前に村一つ火の海にしたのは何処のどちらさまですかと突っ込んではいけないのです。

 むぅ、彼女は腕を振る。ぱちッと弾ける音に目をやれば、そこには炎が生まれていた。幸い可燃物が無かったのでそれはすぐに消えるが、彼女はにんまりと笑う。何かを思いついたらしい、おそらくは、確実に穏やかではないことを。

「そーじゃそーじゃ、ようはわしの姿が気にならんようにしてやれば良いだけの事ではないか――つまりは、何かに眼を逸らせておけば良い、となー。なんじゃ、考えれば簡単なことではないか、ようは官吏に捕まらなければ良いんじゃい」

 服屋に入った後で店員に何か言われないのかとかむしろ金が無いんだから服買えないだろうとかそういうことも突っ込んではいけないポイントなんです。

 ひょい、と彼女は腕を振った。生まれる炎は大部分を自在に操ることが出来るようだった。もちろん延焼で広がってしまえばその限りではないが、どうにか出来る範囲だろう。
 彼女は社から一歩踏み出す。幸いこの近辺は人家も少ないし、あまり人通りの多い道でもない。向こう側に見える大通りに出てからが勝負だ、おそらく官吏もそこにはいるだろう。そいつらに見付からないように、服を調達する――

 ちなみに彼女のデフォルトの姿(包帯まみれ・血の止まらない腕)が、すでに不審者として呼び止められるものであることも突っ込んではならないポイントです。
 突っ込みどころが多いのですがすべてを流していかなければなりません。大人の事情で。世の中にはそんな不条理が溢れているものなのです、主に我侭なお年寄りの近く辺りで。

「誰が我侭年寄りじゃ」

 すんません。

 彼女はてこてこと脚を進め、辻までやってくる。影に身体を潜めれば、人通りの多い道が広がっていた。服屋と思しきものも確認出来る、その距離は百メートルもないだろう――短い距離ではある、が、平然と歩き回るに彼女の格好は目立ちすぎなのは変わらない事実だった。
 辺りを見回し、どれにしようかと視線を巡らす。適度な相手を選ばなければならない。太りすぎでは勢い良く、だろうし、痩せぎすではいまいち迫力に欠ける。厚着をしている相手が良いか。彼女は目の前を通り過ぎたコートの男性に向って、腕を振った。

「ッひぎゃあああッ!!??」

 化学繊維は良く燃えます、なんてったって原料は石油ですから。

 飛ばした火の粉は男性のコートを燃やし、火達磨にした。一斉に通りの人間達は彼を見る、悲鳴が上がり人だかりが出来る――誰も彼女の事など気にしない。
 彼女は一気に通りを走り抜ける。おお、計画通り、誰も気に止めちゃいない。コレは好都合、流石わし、ビバ。そんな事を考えながら、彼女は店の前に辿り着く。自動ドアが開くと同時にカウンターにいた店員と目が合った。女性の口が大きく開けられ、彼女を指差す。悲鳴を上げられてはたまらない――ぱちっ、と彼女は目から発する光の波長を変える。
 女性は一瞬で気を失った。何を見たのかは判らないが、多分相当恐ろしいものを見たのだろう。強制幻視は、使う方からは何が見えているのか判らないのが難点だった。
 やれやれと、彼女は手早く服を引っ掴む。女性のマネキンが着ているものならば女性用で間違いが無いだろう、脱がせるのは面倒だったのでそのまま持ち上げた。血が付かないように左手で抱える。何か必要なもの、と思い、置かれていた靴も拾った。さて長居は無用だ――

「さぁて、次はどれを燃やそうかの?」

 後日、服とマネキンを抱えて社に入っていく彼女を目撃した複数の証言により、社は『脱衣婆を奉っている』ということにされてしまった。まあ、もともと妖術師が彼女を安置しておいただけで、明確に何が奉られているという記録が無かったのも災いか幸いかしたのだろう。
 社には大量の服が供えられるようになり、彼女は服選びに難儀しないようになったそうな。

「うむうむ、年寄りを労わるとは、いい時代になったもんじゃのう♪」

 いや、違うから。


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 再びのお任せ頂きありがとうございました、ライターの哉色ですっ。前回の続きと言うことで……今回は突っ込み要員がいなかったので、全編通してボケばかりになってしまいました(汗) 取り敢えず服選びになんやかんやと言うことでこんな感じになりましたが、如何だったでしょうか。少しでもお楽しみ頂けていれば、幸いと思いますっ。