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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


『怪奇!夜に鳴くバイオリン』をスクープせよ!

◆黄昏の似合う男・三下
公園で途方にくれている姿が東京一似合う男、三下・忠雄(みのした・ただお)。その姿は黄昏時の鈍い陽光に見事なまでに映える。ペンキの剥げたベンチに腰を下ろし、何度目かわからない溜め息をつく。
 彼の話によれば、鬼の様な編集長が彼に無茶な取材をして来いと命令したのだそうだ。 ストリートでバイオリンを弾く青年が、自分の持つ楽器は夜泣きをするのだと語って密かに話題になっているから、その真偽を調べて記事にまとめろというのだ。青年は夜の新宿や池袋によく出没するらしいのだが、名前も判らないし写真もない。
「それなのに1週間後の朝一番が締め切りだって言うんです。締め切りを過ぎてしまったらどんな恐ろしい目に遭うか‥‥僕はもう死ぬしかありません」
 忠雄はとうとう涙を流し始めた。

◆月刊アトラス編集部
 シオン・レ・ハイはその話を聞くとなんとなく表情が変わっていった。
「ちょっと‥‥笑ってるの?」
 意外そうに碇・麗香が振り返る。低いシオンの笑い声を聞いたのだろう。いつもながら聡い女だとシオンは思う。
「だって面白そうでしょ。三下さんが間に合わなかったら、麗香さん‥‥本当はどうするつもりですか? わっぁ」
 言い終わるかどうかと言うときに頭に雑誌の束が振ってきた。勿論編集部で好き勝手に暴力行為が出来るのは麗香以外にはいない。
「不吉な事を言う前に三下でも手伝ってらっしゃい。こっちは記事を落とすわけにはいかないのよ!」
「は、はい」
 シオンが働かなくてはならない理由は全くなかったが、それを麗香に言える状況ではなかった。なし崩し的にシオンもまた、三下同様の身の上となってしまった。

◆昼間の繁華街
 暖かい日差しが11月の繁華街を照らしている。平日だというのに新宿も池袋も人が多い。人混みを泳ぐように歩きつつマリオン・バーガンディは楽器を演奏するのに相応しい場所を探していた。
「電源が必要な楽器ではないのですから、極論を言えばどこでも弾けてしまいます。それだけ探すのが困難だと言う事ですね」
 マリオンは小さくつぶやく。ただ、練習ではなく人に聞かせるための演奏なら、人の流れに沿った場所だろう。そしてそれらしい場所を見つけるとその付近に聞き込みを開始した。
「バイオリン奏者ねぇ。ここらじゃギターで歌ってる奴ばかりだね」
 楽器店の主は残念そうな表情でそう言う。
「それでは曰く付きのバイオリンを持っている青年の話など、お聞きなった事はありませんか? たとえば‥‥」
「たとえば?」
「夜鳴きするバイオリンです」
「夜鳴き‥‥ねぇ‥‥さぁねぇ‥‥」
 主は散々首をひねったあげくに判らないと言った。けれどマリオンは丁寧に礼を言って店を出ていった。

◆夜の街
 シュライン・エマは軽く会釈して若い娘達から離れた。パッと見て遊び慣れて良そうな娘を捜して話を聞く。そしてやっと求める情報を引き出す事が出来たのだ。その娘が見たのは新宿のJRの高架下だったそうだ。若い男がバイオリンを弾いていたのだという。その男が三下が探す男かどうかはわからない。けれど行ってみるほかに手はないだろう。シュラインは携帯電話を取り出すと三下に電話をかけ始めた。

 四方神結は完全防備で新宿にいた。寒さ対策も防犯対策も完璧な装備だ。そして暖かな珈琲が入ったポットも準備万端だ。昼間は暖かだったのにさすがに夜は冷える。時々ビル風も突風の様に吹いて歩く人々の服や髪を揺らす。その度に結は立ち止まって耳を澄ませた。風は音も伝えてくれる。強い風ならば遠くの音を運んでくれるかも知れない。それがもしバイオリンの音ならきっと自分には聞こえる、と結は信じた。そして何度目かで結は微かな音を捉えた。バイオリンかどうかはわからない。けれど確かにそれが弦の音だった。
「い、行ってみよう。うん」
 コートの襟をぎゅっと掴み、結は走り出した。

 携帯電話の連絡は三下に活気を与えた。いや、性格には一緒にいたシオンが活気づいたのだ。
「三下さん、これでスクープをモノに出来ますよ」
 シオンは三下を引っ張る勢いで走る。なかば連行されている様な三下はそれでも希望が持てずに足取りは重くなる。
「きっとガセです。僕なんかに幸運なんて訪れる筈がないんです」
「ほら、頑張って下さい。頑張ればきっといいことがあります。ほら、もう少し」
 シオンの視界にシュラインが入ってくる。シュラインは軽く手をあげて合図する。三下がシオンが一緒でも気にならないのか、それについては一切疑問を差し挟まない。
「こっちよ」
「あ、は‥‥はい」
 まだ息のあがっている三下に構うことなく、シュラインは歩を進める。
「聞こえますね‥‥バイオリンだ」
 シオンの耳に高く澄んだ音が聞こえ始めていた。
「えぇ。確かにバイオリンよ」
 娘達の情報は間違っていなかったらしい。シュラインは足早に目的地へと向かった。

◆2つの音色
 いい女に出会えた男は幸せ者だ。それと同じぐらいいい楽器に出会えた演奏者は幸せ者だといえる。手にした楽器は世界最高とは言えないかもしれないが、この手にピッタリと吸い付いてくる。弾いている間に『何故弾いたのか』という根本的なところを見失い始めていた。何故弾くのか‥‥弾きたいからに決まっている。この音色、このフレーズ、この思い。理性は遠く低く抑えられ、豊かな感性だけが楽器を通じて駆け抜けていく。この一体感を一度でも味わってしまったなら、弓を取らずにはいられない。
「ちょっと」
 いきなり『世界』に浸食してきたのは、女の声と腕を掴む指だった。それでも深く『世界』に入り込んでいた為何も出来ない。
「お願い、教えて。あなたの持っているのが夜鳴きするバイオリンなの?」
 ゆっくり視界が戻ってくる。そこには4人の男女がいた。シュライン、シオン、結、そして三下だ。小さくラスイルーそう、それはラスイル・ライトウェイだったーは首を振った。
「私‥‥ではない。私も‥‥彼とその楽器を‥‥探していたのです」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ。銀色の髪と蒼い目を持つラスイルが『その人』なら、池袋の娘達はまっさきにそう言っただろう。シュラインは軽くうなづく。
「その様ね。でも‥‥まんざら無駄足ではなかったみたい」
 微かに、本当に微かに響くもう1つの音色をシュラインの耳は聞いていた。
「あちらから音がするわ」
 真っ直ぐに指を指す。
「ここじゃないとすると‥‥えっと、まだこの近くに目撃情報があった筈」
 結はメモをリュックから引っ張り出す。沢山の証言を1つ1つ当たっていって、ようやく候補地は少なくなってきている。シュラインが示す方角にも候補地があった。
「行きましょう、三下さん。よろしければあなたも‥‥」
 シオンが三下と、それからラスイルにも手を差し伸べる。
「同行しましょう」
 ラスイルは手早く楽器をケースに入れると、皆の後を追った。

 そこのは既にマリオンがいた。皆が駆けつけるとそっと手で制止する。彼の演奏を邪魔しないようにという配慮だろう。街灯の明かりに照らされたその人は一心に楽器を奏でていた。
「悪くはない音ですね」
 ラスイルが低くつぶやく。恐ろしく値が張る楽器ではないだろう。けれどなかなかいいモノだと思う。
「えぇ悪くはない。けれどあの曲が気になるのです」
 マリオンはじっと視線を演奏者から放さない。
「聞いた事がない曲ですね。私の教養の問題かもしれないが‥‥」
 シオンは首をひねる。曲の感じだと古い楽曲の様だった。今、好まれる曲じゃない。
「私も聞いた事ないです。三下さんは?」
 結が尋ねると三下は激しく首を横に振った。
「彼、弾いてないわね。‥‥弾かされているわ」
 シュラインが言うとマリオンは軽くうなづく。
「そうかもしれないと思ってました。僅かに音のぶれがある」
「うん? ‥‥なるほど。弦よりも指が若干遅れている様だ。それでもこの程度のぶれで済んでいるということは、普通ではあり得ない」
「よ、よ、夜鳴きするバイオリンですね!」
 三下の絶叫に近い悲鳴が音色を途切れさせる。不快極まりない不協和音が遅れて響く。
「あ!」
 結は演奏者が倒れるのを見た。急いでその人の元に駆け寄る。
「やっぱり‥‥涼先輩‥‥」
 危惧したとおり、演奏者は沢渡涼であった。
「え? あれ? ここ‥‥どこだ?」
 身体を起こしながら涼はありふれた台詞をのんきそうにつぶやいた。

◆スクープ!?
 三下忠雄生涯一度かもしれないスクープは、しかし当人が気絶していた為シオンが代わってすることになった。
「つまり、骨董品としてこの楽器を買ったんですね?」
「そう。花園神社のフリマでさ。超格安500円だったわけ。弓付きでね」
 涼はニコニコとそう告白する。
「あなたもバイオリンにたずさわる者なら、この楽器がフリーマーケットであったとしてもそんな値段で取引される物ではないとわかりそうなものです」
「明らかに怪しい値段ですね」
 マリオンの見たてにシオンもうなづく。
「では、どうして明らかに怪しい楽器を手にしたんですか?」
 シオンが向き直って涼に尋ねる。
「そりゃあ‥‥」
「聞くまでもない。いい楽器だったからです」
「ビンゴ!」
 ラスイルの言葉に涼は即そう言った。
「まったく音楽家なんていうものは皆こうなのね。ハッキリ言って付き合ってられないわ」
 シュラインは肩をすくめると、駅のある方角へと歩き出す。
「私もご一緒しましょう。弾いてみたくないわけではないが、このお嬢さんはちょっとじゃじゃ馬の様です」
 ラスイルは素早く立ち上がるとシュラインの後を追う。弾きたくないわけではないし、弾いて支配されるとも思わない。けれど支配されなければあの音は出ないのだろう。わけありの楽器だが、聴いてしまった以上手出しをして音を消してしまうのも躊躇われる。
「では三下さん、頑張って下さい。締め切りが1週間もある優しい編集長さんにどうぞよろしく」
 マリオンは気絶したままの三下にむかって優雅に一礼すると、音もなく暗い夜道へと消えていった。
「え〜っと、とりあえずコレどうしましょう」
 シオンはケースに入れたバイオリンを顎で示す。
「あ、それは俺が‥‥」
「だめだめだめだめだめです。ぜ〜ったいに駄目です。シオンさん、持って帰って下さい」
 結は涼の手を遮って、ケースをシオンに渡す。
「俺の500円が‥‥」
「500円ぐらい差し上げます。だから駄目!」
 結はきっぱりと言う。
「じゃあコレも麗香さんへのお土産にしましょうか?」
 困ったように笑ってシオンはケースを持って立ち上がった。

◆そして‥‥
 今日も麗香の怒声が編集部に響く。
「どうして写真がないの。デジカメでも携帯でも撮れるでしょ!」
「す、すすすす、すみませ〜ん」
「こんな微妙な取材じゃ記事にならないでしょ。何年やってるのよ!」
「す、すすすす、すみませ〜ん」
 麗香は忌々しげに三下とバイオリンケースを見る。どうやら特定の演奏者がいなくては夜鳴きをしないらしく、ここに来てからのバイオリンは至って普通の楽器だったのだ。そして気絶していた三下は演奏者の顔も名前も知らなかった。
「も〜〜も〜〜〜もぉぉおおおおお」
「ひぃぃぃぃいいい」
 今日も賑やかなアトラス編集部であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 】
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性】
【4164/マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)/男性】
【2070/ラスイル・ライトウェイ(らすいる・らいとうぇい)/男性】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせいたしました。ノベルをお届けいたします。バイオリンは編集部で保管されることになりました。もしかすると、また問題を起こすかも知れませんが、それはまた次の物語‥‥ということになるかと思います。もし機会があればまたご一緒させて頂けると嬉しいです。