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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


もみじの決意

 朝目が覚めると、山の精から招待状が届いていた。
「何月何日最後の紅葉狩り。どうぞお出で下さいませ」
最後という言葉がひっかかった。そういえば彼女の守る山は昨今の行楽ブームで、マナー知らずの無粋者に踏み荒らされていると風の便りに聞いていた。静寂を好む彼女にとっては地獄のような日々に違いない。ひょっとすると耐え切れず、ついに自ら枯れる道を選ぶつもりだろうか。
 山の精が枯れればそこに生きる全ての生命も枯れる。植物も、昆虫も、動物も。自然界のバランスは崩れ、天変地異を引き起こすかもしれなかった。
 彼女を止めなければ。

「山にごみをすてないでください」
鈴森鎮はこう書かれた看板の前で立ち止り、まだ人間も捨てたもんじゃないなと一人で頷いた。山を登る全員が、ごみを捨てているわけではないらしい。こんな人もいるのに、それでも彼女は人間を拒むのだろうかと、不安に身の切られる心地がした。
 だが鎮が到着したそのとき、もみじは鎮が危惧していたほどには憔悴していなかった。それは彼女の横に立っていた先客のおかげだろうか。背の高い女性で、気の強そうな顔立ちはもみじと対照的であったが、どこか雰囲気が似ていた。
「私は我宝ヶ峰沙霧」
名乗ると同時にさっと手を出された。反射的に鎮も同じ行動を取る、と、沙霧は鎮の手をぐっと握りしめ思い切り上下に振り回した。握手にしては、力が入りすぎている気もしたが、じんじんする手を抑えながら鎮は
「俺は・・・・・・」
と名乗ろうした。と、タイミングよく腹が「ぐう」と鳴った。そういえば、もう三時近いというのに今日は朝ごはんを食べたきりである。
「なんだ子ども。ぐうが名前か、ぐうが」
沙霧に笑われ、髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜられる。唇を尖らせながら鎮は、子どもじゃなくて俺にはちゃんと名前があるんだ、と主張しかけた。するとまた「ぐう」が鳴った。これではもう、意地を張ることもできない。ただ顔を赤くするともみじが、お腹の足しにはなるでしょうとザクロの木を教えてくれた。
 イヅナのくーちゃんと木に登って、すっぱい実を頬張っているうちに三人目は到着した。三人目は背が高くがっしりとした体格で、黒い髭がもみあげから顎の辺りまでを覆っていた。そんな、梅海鷹という男から鎮は熊という言葉を連想したのだが、彼のリュックの中から和菓子が出てきた瞬間それを撤回した。
「いい人だ!」
現金な鎮の思考を見抜いたのかどうか、海鷹は歯を見せて笑った。
 もみじが招待した客は四人だった。鎮に沙霧に海鷹そしてもう一人。のはずなのだが、最後の一人は先週からずっと山の中で迷子になっていた。海鷹がもみじに頼まれる形で迎えに行き、その間鎮は抹茶キナコおはぎを我慢できず、もみじの入れてくれたほうじ茶で空腹を満たしていた。沙霧はザクロの木の下でなにかを磨いていた。
 三十分ほど経って、ようやく最後の一人が到着した。
「やあ、おいしそうですね」
海鷹の後をついてきた、シオン・レ・ハイという男は迷子というにはやや育ちすぎていた。気さくな笑顔は善良そうだったがジャケットに革靴という格好の胡散臭さが目を引いた。
「変な人」
鎮はそう思うより、仕方なかったのである。

 沙霧、鎮、海鷹、シオン。四対の目がもみじを見つめていた。まるで目を離したその瞬間に彼女が消えてしまうとでも言わんばかりだった。
「紅葉は、まだなんですねえ」
ふっと、緊張を断ち切るかのごとくシオンが空を仰ぎ見て呟いた。最後の紅葉狩りと言われて招待されたのに、肝心の紅葉はどこにも見当たらなかったのだ。
「ええ、それは」
「私たちだけを招待しておいて、一日だけ山を紅葉に変えてその後でいなくなるつもりだったんでしょう」
おっとりした口調のもみじに代わって沙霧がさばさばと説明する。
「もっとも、私たちがここにいる以上はそんなこと許さないけど」
「・・・・・・それでは、どうすればいいんですか?」
毎年好き勝手に振舞う観光客の大群に悩まされ、思いつめた挙句選んだ道は阻まれて。自分にできることはなにもないのかと、もみじは細い肩を震わせた。
 集まった顔ぶれの中にはもみじと同じように、本質が人でない者が多かった。だから、もみじの気持ちがわからなくもなかった。今の世界は人以外の者には住みにくくなっている。みんな、もみじと同じ境遇だ。ただ違っているのは皆もみじほどには心弱くなかったり、苦しみに気づく感覚を鈍くしていたりするだけなのだ。
「でも本当は俺たち、あの人くらい苦しくなかったのかもしれない」
鎮にはわからなかった。山がなくなってしまうのは嫌だけれど、もみじが本当に苦しいなら仕方ないのかもと思ってしまう。
「そうかもしれない。でも、それでも、彼女がいなくなることは許されない。どれだけ辛くとも、彼女はこの山を守るべきなのだよ」
海鷹には家族がいるから、なにかを守るという大切さをよく知っていた。柔和な表情で、しかし瞳に強い意志を込めて、もみじに語りかける。山の精がいなくなるということは、単に山一つが失われるということだけではない。同じくここで暮らす動物、植物、ひいては近隣の山にまで影響を及ぼす深刻な問題なのである。

「ですが、どうやって守るのですか?」
自分の手ではせいぜい木の一本程度しか抱きかかええられないと、シオンが両手の指を広げてみせた。
「ずうずうしい連中は、脅かしてやればいいんじゃないか?」
たとえば地すべりを起こしてみたりとかさ、と鎮が提案するがこれはもちろん却下される。そんなことをすればかえって山に重機が入り込み、人の入り込む場所はアスファルトで埋め立てられるだろう。
「しかし、まずはマナーの悪い観光客をなんとかすべきだな」
今現在山は国有地となっている。たとえば、国に頼んで侵入制限をかけてもらえるならばとりあえずのごみは減るはずだ。
「・・・・・・そうね」
海鷹の提案に、沙霧が頷いた。
「少し時間をちょうだい。私がなんとかするわ」
「なんとかできるのか?」
頬にキナコの粉をつけたまま鎮が沙霧を見上げる。甘く見ないでちょうだいと沙霧はその幼い額を指で弾く。
「だからあなたたちは、あなたたちにできることをやってなさい」
「俺たちにできること?」
鎮はやや中空を見上げ、少し考えた。すると、今日山を登ってくる途中に見た看板のことを思い出した。
「そうだ。俺、ごみをすてるなって看板を見たよ」
山を守ろうとしているのはなにも、自分たちだけではないのだ。人間たちの中にも、自然を荒らす者と守る者がいる。彼らだってもみじにいなくなってほしいとは、山を枯らしたいとは願っていないはずだ。
「そういう活動団体と協力して、地道な形で山の保護に努めることも大切だな」
「ゴミ拾いなら私にもできますよ」
腕組みをしながら頷く海鷹の横で、シオンがほっと胸を撫で下ろす。それから吹いてくる風に髪の毛を弄ばれながら
「ここはとても気持ちのいいところです。みんながここを大好きになれば、山はなくならなくてもいいと思います」
と、温かいほうじ茶をすすった。その通りかもしれない、ともみじは思った。シオンののんきな顔を見ていると、今までどれだけ悩んでも解決できなかったことが、なんでもないように思えてくるのだった。
「・・・・・・よろしく、お願いいたします」

「ほら、こっちだよ」
跳ねるようにして鎮は先へ立ち、自分が見た看板のところまで案内をする。ベニヤ板に黒マジックで書いただけの粗雑な作り、文字はよく見れば子供の手によるものだった。看板を埋めた地面には、ブナの実が丁寧に五つ並んでいる。
「この看板を作った人、わかるかな」
三人は、沙霧は一人別行動を取るのでもみじの滝で別れた、一旦山を下りるとふもとの土産屋で看板について訊ねた。すると店主らしき女性から
「実は、うちの子が作ったものなんです」
と教えられたのだった。家の中で宿題をやっている最中だというのを呼んでもらうと、その子は鎮とほとんど同じくらいの女の子だった。死んだ父親が山を守ることに熱心だったので、いつの間にか自分も真似するようになっていたらしい。
「実は俺たちも、あの山を守りたいんだ」
「・・・・・・どうして?」
初対面の相手から突然山の保護に協力すると言われれば、大抵の人は同じ反応を返すだろう。相手がなにを考えているかもわからないのだ。
「私の友達は誰も手伝ってくれなかったのに、どうして手伝ってくれるの?」
「だって、今のまま放っておいたら山はなくなっちゃうんだぜ。山がなくなったら山に住んでいる動物たちや山に生えている木や草、みんな死んじゃうんだ」
今は、人間たちがそのことに気づいていないだけだった。だから山を守るという活動の中で、教えていく必要があった。
「私たちはみんな、あの山が好きなんです。あなただってそうでしょう?」
いつだってシオンの笑顔には気の抜けるなにかが混じっている。しかしそれが不安なときには安心させる要素となるのだった。少女は、三人を信用した。
 そこで三人は少女の家の二階が民宿を兼ねていたのでそこに宿を取り、山林保護の活動を始めたのだった。

 鎮・海鷹・シオンの三人が自然保護活動を始めてから二週間経った日の朝、沙霧が帰ってきた。鄙びた駅前で茶色い封筒を小脇に抱えて歩いているのを鎮が見つけたのだった。
「ただいま。山、なんとかなったわよ」
「それは良かった。しかし国は迅速な対応を見せてくれたものだね。あれだけ観光名所になる山へ進入制限をかけるのは、随分非難の声が上がりそうなものだが」
「ううん、全然聞いてくれなかった。嫌になるほど頑固」
「それではどう、なんとかなったのですか?」
海鷹は腕を組みながら顎鬚を撫で、シオンは首を傾げる。鎮もよくわからないといった表情を浮かべていた。
「買った」
「・・・・・・は?」
一拍置いて、二人の声が重なった。海鷹と鎮のもので、そのときシオンは乗り遅れてしまった。
「向こうさんは私がなにか言うたびにまずは閣議に提案してから、ってそればっかりなのよ。うじうじ面倒くさくって、だから私が買ってやったの」
私有地になったんだからもう好き放題できるわよと沙霧。確かに手っ取り早い方法だが、大胆というか強引というか。海鷹と鎮のため息は再び重なり、そしてやっぱりシオンはまた乗り遅れたのだった。
 ともかく、ことの始末を報告するために四人は再度もみじの暮らす滝を訪れた。以前に揃って来たときと違っているのは、視界に入る葉っぱ全てが赤や黄色に躍っていることだった。そしてもみじの着ている紬も、以前よりは鮮やかな色彩に変わっていた。
「皆様、ありがとうございます」
沙霧が山の持ち主となり観光客の数を制限するということ、これからも四人が時折山を訪れては清掃活動に働いたり新しい苗木を植樹するつもりだということを報告すると、もみじはその細い首を折って深々と頭を下げた。
「皆様には随分と骨を折っていただき、また、励ましてもいただきました。これからは多少のことに挫けず、四季の彩りを以って皆様の目を楽しませられるよう、恩返ししてゆきたいと考えております」
「じゃあもう枯れるなんて思わないんだな」
鎮が嬉しそうに訊ねると、紅葉は微笑んで頷いた。
「では来年も、この美しい紅葉が見られるんですね」
今年の紅葉を見ながら来年の話をする気の早いシオンに、皆が笑い声を上げた。中でも一層朗らかだったのは、もみじの声であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3935/ 梅海鷹/男性/44歳/獣医
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3994/ 我宝ヶ峰沙霧/女性/22歳/"滅ぼす者"

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は一・四段落目の展開がPCさまごとに異なっています。
他の方の作品も併読していただければストーリーが深まります。
その際時間の流れは
「(一段落)シオンさま→沙霧さま→鎮さま→海鷹さま」
「(四段落)鎮さま→シオンさま→海鷹さま→沙霧さま」
となっています。
鎮さまはなんとなく今回みんなのフォロー役に回ってしまった
感があるのですが、楽しく書かせていただきました。
「子ども」呼ばわりされる子ども、大好きです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。