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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


もみじの決意

 朝目が覚めると、山の精から招待状が届いていた。
「何月何日最後の紅葉狩り。どうぞお出で下さいませ」
最後という言葉がひっかかった。そういえば彼女の守る山は昨今の行楽ブームで、マナー知らずの無粋者に踏み荒らされていると風の便りに聞いていた。静寂を好む彼女にとっては地獄のような日々に違いない。ひょっとすると耐え切れず、ついに自ら枯れる道を選ぶつもりだろうか。
 山の精が枯れればそこに生きる全ての生命も枯れる。植物も、昆虫も、動物も。自然界のバランスは崩れ、天変地異を引き起こすかもしれなかった。
 彼女を止めなければ。

 山道を登りながら梅海鷹は、木々の様子を観察した。落葉樹はまだ色づいていないようだ。だが、一度染まり出すと加速がかかるように赤く変わっていく。山の精を説得するつもりなら、早めに片付けなければなと思う。
 山の精もみじは滝のほとりに住んでいる。だから、山の中に流れる川を見つけそれをずっとさかのぼっていけばいい。ただし川沿いに道はなく、なにも知らない人は険しい藪に怯み、進むことを断念する。もみじに招待された人間にだけ藪は道を開く。海鷹は藪のよけた跡を歩きながら、去年の観光客が投げ捨てたらしい錆びついた空き缶に眉をしかめ拾い上げる。全く、心無い人もあるものだ。
「ようこそいらっしゃいました」
約束よりは少し早い到着だったが、もみじは海鷹の到着を喜んでくれた。心なしか、肌の色が以前より白くなっているようだった。首筋もほっそりしすぎているのが気になる。やはり観光客のマナーに心を痛めているのだろう。
「私が、一番乗りでしょうか?」
海鷹が訪ねると、もみじはくすりと笑ってザクロの木を指し示した。
「いえ、もう二人いらしてますわ」
ザクロの木の下で黒髪の女性が本物か偽物かは知らないが拳銃の手入れをしていた。海鷹が視線を向けると軽く微笑んで我宝ヶ峰沙霧よ、と名乗った。さらに木の上からは一人の少年が飛び降りてきた。腕の中にはザクロの実が二つ三つ、抱え込まれている。
「こんにちは。俺、鈴森鎮」
「よろしく、梅海鷹だ」
食べる?と差し出されたザクロはすっぱい味がした。お返しにと海鷹はふもとの和菓子屋で買ってきた抹茶キナコおはぎを差し出す。
「あの、食べる前に、迎えに行っていただきたい方がいるのですが」
「?」
どうやら招待されたのは海鷹と鎮、そして沙霧とあと一人いるらしい。その男が、山の中で道に迷っているのだそうだ。俺は腹が減って動けないと言う鎮と興味なさげな沙霧を残し、海鷹は一人で探しに行った。
 発見した男はクヌギの根元に座り込んで、なぜかぼんやり編物をしていた。
「・・・・・・君、ここでなにをしているんだ?」
山の中であまりにも場違いな行為に、思わず海鷹はそう訊ねてしまった。すると男、シオン・レ・ハイはこんにちはとやはり、迷子らしくない顔で笑ったのだった。

 沙霧、鎮、海鷹、シオン。四対の目がもみじを見つめていた。まるで目を離したその瞬間に彼女が消えてしまうとでも言わんばかりだった。
「紅葉は、まだなんですねえ」
ふっと、緊張を断ち切るかのごとくシオンが空を仰ぎ見て呟いた。最後の紅葉狩りと言われて招待されたのに、肝心の紅葉はどこにも見当たらなかったのだ。
「ええ、それは」
「私たちだけを招待しておいて、一日だけ山を紅葉に変えてその後でいなくなるつもりだったんでしょう」
おっとりした口調のもみじに代わって沙霧がさばさばと説明する。
「もっとも、私たちがここにいる以上はそんなこと許さないけど」
「・・・・・・それでは、どうすればいいんですか?」
毎年好き勝手に振舞う観光客の大群に悩まされ、思いつめた挙句選んだ道は阻まれて。自分にできることはなにもないのかと、もみじは細い肩を震わせた。
 集まった顔ぶれの中にはもみじと同じように、本質が人でない者が多かった。だから、もみじの気持ちがわからなくもなかった。今の世界は人以外の者には住みにくくなっている。みんな、もみじと同じ境遇だ。ただ違っているのは皆もみじほどには心弱くなかったり、苦しみに気づく感覚を鈍くしていたりするだけなのだ。
「でも本当は俺たち、あの人くらい苦しくなかったのかもしれない」
鎮にはわからなかった。山がなくなってしまうのは嫌だけれど、もみじが本当に苦しいなら仕方ないのかもと思ってしまう。
「そうかもしれない。でも、それでも、彼女がいなくなることは許されない。どれだけ辛くとも、彼女はこの山を守るべきなのだよ」
海鷹には家族がいるから、なにかを守るという大切さをよく知っていた。柔和な表情で、しかし瞳に強い意志を込めて、もみじに語りかける。山の精がいなくなるということは、単に山一つが失われるということだけではない。同じくここで暮らす動物、植物、ひいては近隣の山にまで影響を及ぼす深刻な問題なのである。

「ですが、どうやって守るのですか?」
自分の手ではせいぜい木の一本程度しか抱きかかええられないと、シオンが両手の指を広げてみせた。
「ずうずうしい連中は、脅かしてやればいいんじゃないか?」
たとえば地すべりを起こしてみたりとかさ、と鎮が提案するがこれはもちろん却下される。そんなことをすればかえって山に重機が入り込み、人の入り込む場所はアスファルトで埋め立てられるだろう。
「しかし、まずはマナーの悪い観光客をなんとかすべきだな」
今現在山は国有地となっている。たとえば、国に頼んで侵入制限をかけてもらえるならばとりあえずのごみは減るはずだ。
「・・・・・・そうね」
海鷹の提案に、沙霧が頷いた。
「少し時間をちょうだい。私がなんとかするわ」
「なんとかできるのか?」
頬にキナコの粉をつけたまま鎮が沙霧を見上げる。甘く見ないでちょうだいと沙霧はその幼い額を指で弾く。
「だからあなたたちは、あなたたちにできることをやってなさい」
「俺たちにできること?」
鎮はやや中空を見上げ、少し考えた。すると、今日山を登ってくる途中に見た看板のことを思い出した。
「そうだ。俺、ごみをすてるなって看板を見たよ」
山を守ろうとしているのはなにも、自分たちだけではないのだ。人間たちの中にも、自然を荒らす者と守る者がいる。彼らだってもみじにいなくなってほしいとは、山を枯らしたいとは願っていないはずだ。
「そういう活動団体と協力して、地道な形で山の保護に努めることも大切だな」
「ゴミ拾いなら私にもできますよ」
腕組みをしながら頷く海鷹の横で、シオンがほっと胸を撫で下ろす。それから吹いてくる風に髪の毛を弄ばれながら
「ここはとても気持ちのいいところです。みんながここを大好きになれば、山はなくならなくてもいいと思います」
と、温かいほうじ茶をすすった。その通りかもしれない、ともみじは思った。シオンののんきな顔を見ていると、今までどれだけ悩んでも解決できなかったことが、なんでもないように思えてくるのだった。
「・・・・・・よろしく、お願いいたします」

 もみじの滝のところで沙霧と別れ、シオン・鎮・海鷹は山の保護を始めた。山のふもとにある土産屋の娘が、死んだ父の後を継いで山を守ろうとしていたので、三人も一緒になって活動していた。
 保護活動を始めた直後から山は徐々に赤く染まりだし、比例して観光客の数も増え出した。海鷹は山の中を歩き回り、ゴミを拾いつつ観光客の動向に目を光らせ、マナーの悪い連中には強く叱った。一体なんだと反抗的な視線を向ける者もあるのだが、海鷹の鋭い瞳と体格に気圧され、引き下がるのだった。
 一週間も経った頃、海鷹の怒りかたが余りに常識を越えているというので、地元のテレビ局が興味本位の取材にやってきた。多分叱られた誰かが、こんなひどい奴がいると投書でもしたに違いない。だが、これこそ海鷹の待っていた相手だった。
「私の声が観光客を怯えさせている。それは事実かもしれない、認めよう。しかしこの山を訪れる観光客の中に小数だが存在する、マナーの悪い人間たちだって山に住む動物たちを怯えさせているのだ。それなのに彼らのほうは、それを認めようとはしない。私を非難する前にまずは、己の行動を省みる必要があるのではないか?」
ものすごい剣幕の後に、今度は渾々と獣医の立場から冷静に山の現問題点を指摘する。このときのために、土産屋の娘に頼んで父親が撮影したという昨年一昨年の観光客が残していったごみの写真も用意してもらっていた。
「あんなにいっぱい喋って大丈夫だったんですか?」
「テレビって、怒らせると恐いんだろう」
その日の夕方、地方ニュースの中で海鷹は電波に乗った。それを見た土産屋の娘と鎮は不安そうな表情を並べた。しかし、海鷹は動じていなかった。
「そもそも悪いのは観光客のほうだ。それに、多少語気を荒くしておいたほうが人の記憶には残りやすいし他のメディアも面白がるだろう」
果たして翌日、土産屋には別のテレビ局と情報誌がそれぞれ取材に訪れたのだった。さらに翌日はなんと全国放送のテレビからも人が来た。マスコミの力は偉大である。海鷹はテレビに向かって自然保護と、観光客のマナー向上を訴えかけた。
「すごいですね、私にはとてもできません」
その様を横で見ていたシオンがため息の出そうな声を出す。
「正しいことというのは、誰にでもできることなのだよ」
それなのにどうしてごみは減らないんだと海鷹は頭を抱える。全く、どれだけ注意しても毎日ごみが捨てられているのだ。するとシオンがなんでもないような顔で励ましてくれた。
「多分みんな、自分が山や自然を好きなことにづいていないだけなんですよ。気づいたら、山を大切にしてくれるんじゃないでしょうか」
「・・・・・・それは、とてもよい言葉だね」
以後海鷹は取材を受けるたび、シオンの言葉を締めくくりに使うことにした。

 鎮・海鷹・シオンの三人が自然保護活動を始めてから二週間経った日の朝、沙霧が帰ってきた。鄙びた駅前で茶色い封筒を小脇に抱えて歩いているのを鎮が見つけたのだった。
「ただいま。山、なんとかなったわよ」
「それは良かった。しかし国は迅速な対応を見せてくれたものだね。あれだけ観光名所になる山へ進入制限をかけるのは、随分非難の声が上がりそうなものだが」
「ううん、全然聞いてくれなかった。嫌になるほど頑固」
「それではどう、なんとかなったのですか?」
海鷹は腕を組みながら顎鬚を撫で、シオンは首を傾げる。鎮もよくわからないといった表情を浮かべていた。
「買った」
「・・・・・・は?」
一拍置いて、二人の声が重なった。海鷹と鎮のもので、そのときシオンは乗り遅れてしまった。
「向こうさんは私がなにか言うたびにまずは閣議に提案してから、ってそればっかりなのよ。うじうじ面倒くさくって、だから私が買ってやったの」
私有地になったんだからもう好き放題できるわよと沙霧。確かに手っ取り早い方法だが、大胆というか強引というか。海鷹と鎮のため息は再び重なり、そしてやっぱりシオンはまた乗り遅れたのだった。
 ともかく、ことの始末を報告するために四人は再度もみじの暮らす滝を訪れた。以前に揃って来たときと違っているのは、視界に入る葉っぱ全てが赤や黄色に躍っていることだった。そしてもみじの着ている紬も、以前よりは鮮やかな色彩に変わっていた。
「皆様、ありがとうございます」
沙霧が山の持ち主となり観光客の数を制限するということ、これからも四人が時折山を訪れては清掃活動に働いたり新しい苗木を植樹するつもりだということを報告すると、もみじはその細い首を折って深々と頭を下げた。
「皆様には随分と骨を折っていただき、また、励ましてもいただきました。これからは多少のことに挫けず、四季の彩りを以って皆様の目を楽しませられるよう、恩返ししてゆきたいと考えております」
「じゃあもう枯れるなんて思わないんだな」
鎮が嬉しそうに訊ねると、紅葉は微笑んで頷いた。
「では来年も、この美しい紅葉が見られるんですね」
今年の紅葉を見ながら来年の話をする気の早いシオンに、皆が笑い声を上げた。中でも一層朗らかだったのは、もみじの声であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3935/ 梅海鷹/男性/44歳/獣医
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3994/ 我宝ヶ峰沙霧/女性/22歳/"滅ぼす者"

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は一・四段落目の展開がPCさまごとに異なっています。
他の方の作品も併読していただければストーリーが深まります。
その際時間の流れは
「(一段落)シオンさま→沙霧さま→鎮さま→海鷹さま」
「(四段落)鎮さま→シオンさま→海鷹さま→沙霧さま」
となっています。
海鷹さまには子供がいらっしゃるということで今回、自分のものを
守り抜く大切さに重点を置いて書かせていただきました。
子供を守る親という設定、大好きです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。