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【 恐怖、金盥の惨劇 】
恐怖。
それは自分に危害を及ぼす不気味な存在を感じること。戦争、飢餓、兵器、殺人、天災。人が恐怖を感じるものはたくさんあるだろう。イジメ、虐待、ドメスティック・バイオレンス。恐怖とは無縁であるはずの存在が自分の身に危害を及ぼす存在になることは不幸にして最大の恐怖であるといえよう。そして、この街では……
かこーん。こん。かこーん。
夜の街に、まばらに鳴り響く落下音。それだけなら馬鹿馬鹿しい夢だと思えるかもしれない。くだらないテレビ番組を見すぎたのだと自分を戒めたくなるやもしれない。
「ただ今、この区域一帯に金ダライ落下警報が発令しています。市民の皆さんは、ただちに避難して下さい」
だが直径一メートルはあろう円形の金属製品が乗用車を破壊するのを目撃したならば、巨大な金ダライの下敷きになった人物がぴくりとも動かないのは……じわじわと地面に広がる紅い染みを、その目で見たならば。
【 電話 】
「お嬢さん、映画を見に行きませんか？」
婚約者である鵺が携帯を閉じるのを待って、幇禍はさりげなく二枚の映画チケットを差し出した。それはテレビでＣＭを見て、彼女が行きたいと言った映画のチケットである。鵺が喜ぶ顔を楽しみに待った幇禍だったが、彼女の視線はするりとテレビ画面に向かってしまった。
「ゴメン、幇禍君。鵺、その映画もう見ちゃった」
「え？」
今週末から公開の映画を既に見たと言われて幇禍が首を傾げると、鵺は携帯ストラップを彼の顔の前で軽く振った。
「せいちゃんがプレミアのチケット貰って、鵺を誘ってくれたんだ。業界のお友達がいると便利だよね〜」
目の前で揺れる小さな金ダライと拡声器。本音を言えば「俺とお嬢さんのデートの邪魔をする業界の友達と出かけるのはやめて下さい。相手が女の子じゃなかったら確実に殺してますよ」であるのだが、そんな青年の主張をすれば鵺の機嫌を損ねてしまう。だから幇禍は仕方なく、曖昧な笑みを浮かべる。
「良かったですね」
そう告げて、肩を落としてリビングから出た。彼女が悲観オーラを漂わせる自分の後を追って来てくれるに違いないと思い、廊下を行き来して待ったのだが……いつまで待っても鵺は来ない。なので、こっそりリビングの中を覗いてみると彼女は誰かと電話中である。
幇禍はとぼとぼと自分の部屋に戻り、携帯の発信履歴から草間興信所に電話をかける。
「聞いてくれ。最近、お嬢さんによく電話がかかってくるんだ。違う、相手は『せいちゃん』だ。聖子ちゃんに決まってる！」
鵺に向けられなかった青年の主張をぶつけられた武彦は「メシ時に、そんなことで電話するなよ」と呟くが、その言葉が徹底的に無視されたことは言うまでもないだろう。
【 遭遇 】
武彦に愚痴をこぼして、すっかり気分を晴らした幇禍が鵺を探す。
「そうだよな、別に次の日曜でなくても映画は見られるんだよ。人間、焦ると基本的なことを忘れるよな」
映画を見るといって鵺が聖子と出かけたのが一昨日だ。いくら面白い映画でも、出演俳優目当てで映画を見ているのでもなければ続けて同じ映画を見たいと思うわけがない。
「お嬢さん、入りますよ」
チケットが無駄にならないよう、別の日で良いから映画に付き合って欲しいと頼むつもり入った鵺の部屋。
だが、部屋の中に鵺の姿はない。そして机の上には、似顔絵入りの『ちょっと遊びに行ってきます。朝には帰るから心配しないでね〜』と書かれた置手紙。
勿論、幇禍が大人しく待っていられるわけがなく。大慌てで、彼は夜の街へ飛び出した。
いつもなら仕事を終えた勤め人や見詰め合う恋人達、あるいは塾帰りの学生達が行きかう大通り。だが今夜は、誰もが他人を押し退け駆ける人の群れが犇き合っている。
「すいません、どこかで事件でも起きたんですか」
幇禍が事態を把握しようと、近くにいた男の腕を掴んで尋ねる。
「じ、事件？ そんな可愛いモンなら、こんなに必死で逃げやしない！」
男は幇禍の手を振り払い、迷惑そうな顔で群れに戻って駆けて行く。起こっている何かが鵺とは無縁であり、彼女自身も無事であることを祈った幇禍の背後で大きな音が響く。何事かと思い振り返ると、幇禍が求めた狂乱を招いた原因が落ちていた。
直径一メートル弱の巨大な金ダライ。
そして、その金ダライが人間を押しつぶしている。間違いなく即死だろう。落下音に静まり返った群集は一人の若い女が悲鳴を上げた瞬間、恐怖に支配された群集が一斉に動き出す。混沌とする人波を平然と逆走しながら、幇禍は鵺がいるのは間違いなくこの辺りだと確信する。
「お嬢さん、どこにいるんですか。返事をして下さい」
人気のない街で鵺を探し続ける幇禍はパニックとは無縁な声で電話をしている男に気づいて、足を止めた。
「え？ もう、そっち着いたんや」
放置された乗用車にもたれかかり、携帯電話で話す眼鏡の青年。本来なら気に止める必要のない相手なのだが、幇禍の目は彼の携帯ストラップが鵺と同じ小さな金ダライと拡声器であることに気づいてしまった。
「了解。せやったら、ここらで大人しく待っとくわ」
電話を切るのを待って、幇禍は青年の手を掴んだ。
「そ、その携帯ストラップ」
「これですか？ 結構、可愛いでしょ。限定販売の遭得徒狼（あうとろう）グッツなんですよ」
いきなり手を掴まれた青年は首を傾げながらも、ストラップについて幇禍に解説をする。ストラップが遭得徒狼グッツだと聞いて、幇禍は鵺の「深夜だけどタイトル番組持ってるんだよ」言葉を思い出した。それなりに人気があるなら、このストラップを持っている一ファンに出会ったとしても不思議ではない。
「唐突なんですが、あなたは遭得徒狼のファンなんですよね」
「ええと、まあ一応」
頷く青年に幇禍が真剣な顔で尋ねる。
「ボケの倉田聖子さんはどんな人ですか」
「は？」
意味が分からないという様子の青年に気づいて、幇禍は慌てて理由を話し始める。
「その、俺が今探している途中のお嬢さんがですね。彼女と友達になったらしくて、最近一緒に遊びに行くんですよ」
「あの、お兄さん。お名前とご職業をお願いできますか」
「名前は魏幇禍。仕事は家庭教師だ」
そこまで聞くと青年は、にっこりと笑った。
「つまり、幇禍さんは可愛い恋人さんの交友関係が心配で仕方ないと。遭得徒狼はツッコミの浅野ちゃんがアイドルタイプで、倉田ちゃんはマニア人気が高い感じですよ。ちなみに僕は胸の薄いところが萌えなんで倉田派です」
「つまり、聖子ちゃんと一緒だとお嬢さんもマニアの目に晒される可能性があるんだな」
「確立で言えば、一人で歩いてる時よりも上がると思いますね」
青年に断言されて幇禍はショックで頭を抱えて座り込む。聖子の名前を初めて聞いた日から、もう一カ月以上経っている。今すぐ彼女との付き合いを止めさせたとしても、もう既にマニア達に目をつけられているかもしれない。
「お、俺のお嬢さんが妄想の中だけだとはいえマニアなオタクの餌食に。いや妄想だからこそ」
十八歳未満立ち入り禁止な想像が頭の中で繰り広げられている幇禍の耳に聞き覚えのある声が。いや、探し求めていた鵺の声が聞こえてきた。
【 発覚 】
「も〜、せいちゃん。こんなトコで……」
空耳かとも思ったが、触れて消えないことから判断しても本物の鵺である。
「あれ、幇禍君。せいちゃんと友達だったの？」
そして、その鵺の言葉で幇禍は驚愕という表情で青年の顔を眺める。
「どうも、遭得徒狼ボケ担当の倉田誠吾です」
先ほどまでと変わらぬ顔で笑う誠吾を狙って幇禍は拳を叩き込んだが、大きく凹んだのは車のボンネット。辛うじて最初の一撃を避けた誠吾は、どこから取り出したのか銀色の拡声器を手にしている。剥き出しの殺意を向けられても取り乱す様子はなく間近にいる幇禍に拡声器で呼びかけた。
「幇禍さん」
「なんだ」
殺すつもりで対峙している相手が、瞬殺可能な距離にいるにも関わらず、幇禍はその呼びかけに答えていた。
「一般人がこの状況で他人の相談のるって段階で、おかしいと思わな駄目ですよ」
そう言いながら幇禍を指差した手を広げ、誠吾はテレビ番組の司会者がゲストを紹介するように鵺の隣に立つ。
「それと、可愛い婚約者の鵺ちゃんに熱い胸のうちを叫んじゃって下さい」
すると何故だか冗談のように甘い台詞が思い浮かび、どうしても声に出して伝えなくてはと思った瞬間、彼の愛する婚約者は誠吾の腕を掴んで歩き始めた。
「せいちゃん。幇禍君で遊んでるぐらいなら、鵺にたこ焼き焼いてよ」
甘い愛の言葉より焼きたてのたこ焼き。
ある意味、非常に彼女らしい選択なのだが置いていかれた幇禍はたまらない。二人を追いかけながら、普段は極力控えている青年の主張を鵺にぶつける。
「なんで俺よりたこ焼きを選ぶんですか！ 違う、どうして俺以外の男とデートしたりするんですか！」
「分かってないなあ、幇禍君。たこ焼きは大阪が本場なんだよ」
さも当然という鵺の主張を聞いて、幇禍は誠吾の命を狙うことを今夜は諦める。食べ物の恨みほど怖いものはないのだから。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 2414 ／ 鬼丸・鵺 ／ 女性 ／ 13 ／ 中学生 】
【 3342 ／ 魏・幇禍 ／ 男性 ／ 27 ／ 家庭教師・殺し屋 】
【 4253 / 倉田・誠吾 / 男性 / 24 / 遭得徒狼（あうとろう）ボケ担当 】
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■ ライター通信 ■
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金ダライライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
婚約者の鵺さんを探しつつ、倉田と遭遇。ボケの倉田が誤解にのっかた為に性別詐称なやりとりになりましたが、いかがでしたか？
遭得徒狼の二人はＰＣ登録していますので、今後も縁を持ちたいようでしたら相関してやってください。
異界【殺しの現場に金ダライ】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=845
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