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<東京怪談・PCゲームノベル>


【狭間の幻夢】魔人の章―蛇―

●まかない希望●

「―――――ところで、一つだけ聞きたいことがあります」

話が終わったところで、シオンが真剣な表情で口を開いた。
その言葉に看視者と魔人の2人は驚きに目を見開き、じっとシオンを見つめる。
探るような視線が集中する中、シオンはゆっくりと口を開き――――――。


「――――――お昼ご飯などは出ますか?」


がたがっしゃん!!!
大真面目な顔して告げられたあまりにも緊張感のない台詞に、シオンと神翔以外のその場にいた全員が椅子から滑り落ちた。
唯一椅子から滑り落ちずにこにこ微笑んでいる神翔はシオンと話を続ける。
「うん、ごはんはこっちで提供するから安心してねー☆」
「そうなのですか。それは有難いです」
「…シオンさんってびんぼーなの?」
「……そうなんです」
「あっははは!シオンさんって面白ーい!!」
「いやいや、楽しんでいただけて嬉しいです」
なんか変なところで仲良くなってないだろうか、この二人。しかも会話も噛み合ってるようで噛み合ってないし。
呆れたような脱力したような、そんな微妙な表情の他の三人がようやく椅子に戻ると、シオンがくるっと方向転換して看視者の方を見る。

「…ところで鎖々螺さんことササミさん」
「しばくぞテメェ」

即返答+握り拳。
「何故ですか!?美味しそうな名前なのに!!」
「俺は鎖々螺ださ・さ・ら!!勝手に鳥肉の名前にしてんじゃねぇよ!
 しかもその言い方だとそっちが俺の名前みてぇになってるじゃねぇか!!!」
胸倉掴みながらガンを飛ばす鎖々螺だが、シオンも負けてない。
大真面目な顔で大声をあげる。

「―――それでも貴方はササミさんです!!
 これは決定事項なんです、変更はしません!」

……火に油どころか火にガソリンをどばどばぶっかける発言です。
鎖々螺はこめかみと口の端をひくひくと引き攣らせると、に言った拳にはー、と息を吹きかける。

「…ぃよーし…歯ァ食いしばれやぁ…」

完全に目が据わってる。
けれど当の原因であるシオンはきょとんとしたままだ。
般若の形相になった鎖々螺はツカツカとシオンの前まで歩いていくと、その脳天目掛けて握り拳を振り上げ―――――。

―――――ひゅるんっ。パシィッ!!

…振り下ろされる前に、横から伸びてきた黒いムチが素早く腕に絡んで動きを止めた。
「…チッ」
不機嫌そうに舌打ちをした鎖々螺が、そのムチの先に目を向ける。


「―――そこまでにしてくださいな、鎖々螺さん」


鎖々螺の睨みをものともせず、ムチを持った巳皇がにこにこと微笑んでいた。
「…何で止めた?」
不機嫌全開な表情で鎖々螺が地を這うように呟くと、巳皇は笑顔を返す。
そしてそのまま当然と言わんばかりの表情で口を開いた。

「――――――だって、ケガでもされてしまったら人手が足りなくなってしまうでしょう?
 駒は一つでも多いに超したことはないのですから」
『……』

笑顔でキッツイこと言う人ですよね、本当に。
シオンを除いた全員が微妙な表情を浮かべる中、シオンだけは…どこかキラキラした眼差しで巳皇を見つめて口を開く。


「…女王様!
 貴女が色々な物をそのムチでしばき倒すお姿を落書き帳に描いて献上してもよろしいでしょうか?」



―――――――――――――間。



何てコト言い出すんだコイツはー!と言わんばかりの表情で固まっている鎖々螺を他所に、シオンは熱の篭った(尊敬の)眼差しで落書き帳片手に巳皇をじっと見つめている。
巳皇はその唐突な発言に一瞬きょとんとしたが、すぐににっこりと花が咲き誇りそうなくらい鮮やかな笑みを浮かべた。

「――――もちろん、よろしくてよ?」

「(いいのか!?
   しかも呼び方スルーかよ…!)」
鎖々螺は口に出さないが思いっきり心の中でツッコミを入れる。
口に出したら面倒なことになりそうだったからあえて口には出さなかったが。
「…なんかもう、ツッコむ気力も萎えてきた…」
そう呟くと、鎖々螺はぐったりと椅子にもたれかかって脱力した。

「ありがとうございます!女王様!!」
「ふふ、どういたしまして。
 …わたくし、シオンさんとは気が合いそうですわ」
「身に余るお言葉光栄でございます…!」
…こっちはこっちで変な世界作ってるし。
もう暫くは戻ってこなさそうな雰囲気すら漂っている。

「……いったい何なんだ、コイツ等は…」
「えー、俺は楽しくて好きだけどなー」


そんな様子を見てげっそりと呟く鳴の隣で、神翔はけたけたと楽しそうに笑いながらそう返した。


●恐いけど地味●
その日の夜。
太陽が沈み、月明かりだけが唯一の光源である暗闇の世界の中で蠢く影。

「準備はいいですか?神翔さん」
「アイアイサー!!」

草むらの中でこそこそと移動していたシオンと神翔。
神翔のふざけた返事を合図に、二人はそっと草むらを抜け出した。
その後ろにはなんだか楽しそうな微笑を称えた巳皇の姿もある。…手元にある蝶のマスカレードがなんだか嫌な予感を醸し出しているのは何故だろうか。
ちなみに鎖々螺と鳴は別行動。
南の方にあるプレハブにちょっとばかし脅しをかけてくるそうだ。

三人の進む先はただ一つ。
工事関係者が宿泊するプレハブ―――の、隣の作業用具置き場。

なんだか別の意味で目立ちそうな気もしなくはないが、三人は他には目もくれず、真っ直ぐにダンプやショベルカーなどのある重機類置き場に向かって突き進む。
そしてそこに辿り着くと、巳皇は重機の一つに腰を下ろす。
もう完全に寛ぎモードだ。しかも神翔もシオンもそのことにツッコミすらしない。
しかも当のその二人と言えば、そりゃもう満面の笑みで、懐をごそごそと探っている。

そして取り出されたものは――――――。


――――――――マジックペン(油性・極太・十色入り)。


「さー、思いっきり行きますよー!(小声)」
「おー!まかせろ!!(小声)」
「頑張ってくださいませ〜☆」

小声で声をかけあってから楽しそうにどんどん落書きを始めていく2人に、楽しそうに手を振って応援する巳皇。


…そして二人が書き始めたのは――――『貞』の、字。


とにかく所狭しと書かれていくそれは、ある意味相当恐い光景だろう。
機材版耳無し法一だ。…いや、耳もないし書き漏らしもないけれど、そんな感じで。
もう完全に無差別モードで機材のあちこちに徹底的に落書いていく2人。
しかもシオンなんて時々くっちゃくっちゃガムを噛んだ挙句、キーの差込口にねっとり張り付け、奥まで突っ込んでいる。そして更についでとばかりに足が置かれるであろう場所にも設置。
…中々エグイことをするもんだ。
しかもなすりつけられたガムってしつこく張り付くからはがすの大変なんですよね、本当。


「…さて、わたくしも暇ですし、少し遊んできますわねv」

今まで何もしないで2人の行動を見ているだけだった巳皇が、不意に楽しそうにそう言うと、二人を置いて立ち上がる。
不思議そうに此方を見る(でも『貞』を書く手は止めない)二人ににこりと微笑を返すとマスカレードを装備し、とん、と地面を軽やかに蹴った。
……手に鞭がしっかり握られているのが、なにやら恐い予感が漂うと言うか…。
しかし二人は大して気にしていないのか、またすぐに地味に手間がかかるこの作業へと戻る。

…そして、数分が過ぎた頃。


「ギャ――――――ッ!!!!」
「オーッホホホホホ!!このくらいじゃ終わりませんわよ――ッ!!!!!♪」


プレハブのある方向から絹どころかタウンページを引き裂いたような叫び声と、それはもう楽しそうな巳皇の声が届いてきた。
ついでとばかりに、ビシバシと何かで何かを叩くような声が聞こえてくる。

「「……」」

…………が、二人は聞かなかったことにした。
―――実はシオンとしてはひっじょーに、覗きに行きたかったのだが、作業を放り出すわけには行かないのでそうしたと言うのは、後で聞いたお話。


**


「はぁ…素敵な時間でしたわ…v」

そして更に十数分が経過した頃になって、うっとりした顔の巳皇が歩いて帰ってきた。
…なんだか妙に肌がつやつやしているような気がするのは何故だろうか。

「なんか巳皇さんつやつやしてないー?」
「あら、そうかしら?
 ふふ…やっぱりさっきのがよかったのかしら♪」
「あぁ、あれねー」
「えぇ、あれですわ」

にっこにこ。
完全なる笑顔の押収。っていうかもう相乗効果で怪しさ倍増キャンペーン中か。

「女王様!ぜひ今のつやつやしたお姿を一つ描かせてください!」
「えぇ、よろしくてよ。綺麗に描いてくださいませね?」
「勿論です!」
「わーい、巳皇さんモデル立ちだー☆」


注:…この場にツッコミ担当(鎖々螺・鳴)が存在しないため、ボケ倒し警報発令中です。


…そんなわけで、三人は思いっきり好き勝手やった後、意気揚々と家に帰るのだった。





――――――――1日目、終了。





●素とは時として脅威なり●

――――翌日。

白米に焼き魚、卵焼きに豆腐とワカメの味噌汁と言う日本の伝統朝食のお手本のような朝ごはんに幸せそうに舌鼓を打ったシオン。
朝食が食べ終わった頃に、偵察に出ていた鎖々螺が帰ってきた。


「……色んな意味で精神的にダメージ大だったみたいだぜ、アイツ等」


どこか憐れむような響きを含んでいたのは気のせいだろうか。
鎖々螺は自分も椅子について鳴から白米山盛りの茶碗を受け取ってから、呆れたように口を開く。

「一部の職員が、虚ろな目をしながら『マスカレードが…ミスバタフライが鞭を片手に高笑いを…』とか呟きながら体育座りで部屋の隅っこに固まってたり、重機が全く使い物にならないとか思いっきり叫んでたりしてたな」
「……お前等、本当に何やってきたんだ…?」

そう呟きながらジト目で見てくる鳴に、三人はものすっごい爽やかな笑顔を返してきた。
こういう時は笑って誤魔化しておくに限る、と言ったところだろう。


***


「さぁ、これが最後の仕上げだよ!」
「「おー!!」」


ノリノリな神翔の言葉に、同じくノリノリな2人が勢いよく拳を振り上げる。
そしてこそこそと草の陰に隠れながらプレハブに近付くと、シオンが1人だけで立ち上がる。
「シオンさん、ガンバ!」
「まかせて下さい!!」
小声で神翔が応援すると、シオンはものっそい爽やかな笑顔でぐっと親指を立てて返す。
そしてそのままガサガサと草を掻き分けると、昨夜の出来事のせいで騒然としている職員達の前へ現れた。



「……おや、最近なんだか騒がしいと思ったら、こんなに人がいたんですね」



――――――滅茶苦茶白々しい。

たった今知りました、と言わんばかりの顔で職員達に近付くと、職員達はビクッと肩を震わせてから…普通の人(っぽいの)を見つけてほっと息を吐く。
シオンが不思議そうな顔をして近付くと、職員達は一斉にシオンに詰め寄った。

「あ、アンタこの辺に住んでんのか!?」
「いえ、住んでるわけではありませんが、この山についてはその辺の人よりはずっと詳しい自信がありますよ?
 …そう、この山に伝わる言い伝えなども、ね…」

必死な職員にくす、と含みを込めた微笑を浮かべて意味深な言葉を呟くと、職員達がぎょっとする。
完全に怯えた様子の職員を見てしてやったりと思いながら、シオンは静かに口を開く。


「この山には、昔から祟りにあったと言う人が非常に多いんですよ。
 そう、工事を断行しようとした業者が何度も何度も酷い目に会うという、ね…。
 最初は子供のイタズラのような嫌がらせだったのに、無視をして作業を進めようとした業者は、結局…」


「け…『結局』…?」
ごくり、と唾を飲み込む音が静かな空間に響く。
その様子ににやりと口の端を持ち上げながら―――地を這うような声で、呟いた。




「――――――――――皆さん、戻らぬ人になってしまった、と…」




しぃ…ん。
一瞬にして、空間が静まり返る。
先ほどまで五月蠅いほどさえずっていた筈の小鳥達の鳴き声までもが、唐突に消え去ってしまっていた。
職員達はシオンから聞いた話に真っ青になっている。
それを見てシオンは面白そうに喉を鳴らし、職員達に背を向けた。

「それでは、私はこれで。
 …皆さん、祟りにはお気をつけてくださいね?」

最後にダメ押ししてにっこりと笑いかけると、シオンは軽やかにスキップしながら去っていく。
後に残されるのは、真っ青になって硬直した職員達のみ。


シオンは完全に木々の中に姿を消すと同時に、大急ぎで隠れていた2人の元へ忍び寄る。
グッジョブ!と言わんばかりの笑顔で出迎えてくれた2人に、シオンは満足げに笑って返した。

「それではシオンさん、最後の仕上げを」
「お任せください女王様!!」

巳皇の言葉にビシィッ!と勢いよく敬礼すると、シオンは唐突に立て膝をついて空を仰ぐ。胸の前でしっかり腕を組むオマケつきだ。
そして目を閉じると、なにやらブツブツと呟き始める。




「神様仏様女王様、どうかこの山のこのプレハブの辺りだけにどうか猛吹雪か雪崩をプレゼントして下さい…。
 …ニャントロガラガラ、マハハヤぱんぷー…テクテクガハホー……」




なんか色んな謎の言葉が混ざり合ってるんですが。
というか傍から見たら頭のネジが一本どころか何十本も吹っ飛んでる危ないオッサンですよ、貴方。
けれど神翔と巳皇はにこにこと面白そうに眺めつつ…じりじりとシオンから距離を取り始める。


シオンは何分かその怪しい儀式を繰り返した後―――カッと目を見開いて両手を空に向かって広げた。






「おお神よ!!狼よー!!!!
 どうか吹雪か雪崩をギブミープリーズ!!!!!!!」






……瞬間。
ドザァッ!と凄い音を伴って…プレハブを中心にした1kmほどの範囲を埋め尽くすように、雪が落下してきた。
…吹雪でなければ雪崩でもない。
ただ単に、雪の山が『落下』してきただけ。
しかもきっちり1kmの範囲に入っていたシオンも、見事に雪に押しつぶされた。
潰される直前に『あぶしっ!』と変な悲鳴が残っていたのは…やっぱりお約束だろうか。

「あーあ、やっちゃった」
「あらまぁ…なんというか…本当にお約束なお方ですわね…」

上手い具合にその範囲からギリギリ外れた位置の草むらに隠れていた2人が、この惨状を前に呑気にそう呟いた。


「うぐ…いったい何が…」


雪の山に潰されつつも思ったよりも柔らかかったおかげで大したケガもない作業員達が、続々と雪の山から顔を出す。
感覚的には砂に埋められた蟻が這い出てくる、といったところだろうか。…微妙な例えだが。
ゆっくりと這い出すと同時に、自分達の周囲にだけ雪が積もっていることに気づく。

「雪…?いったいなぜ…」
「…ぅぅう…」
『?』

ぽつりと呟いたところで、少し離れた雪山の中からくぐもった呻き声が聞こえてきた。
なんとか這い出した作業員達が一斉に顔を見合わせる。……全員いる。1人もかけていない。


……じゃあこの声は、誰のもの?


そう思うと同時に、ボコッ!と雪山が盛り上がる。

じわじわと這い出るように中から現れたのは……シオン。
ただし髪はひっくり返って顔を覆うようにべっとり張り付いているし、体中雪塗れ。
払ってもいないので頭の上で雪の小山が出来上がってる辺り、微妙に笑える。

…が、作業員達にとってはいきなりワケの分からない生命体(?)が現れたわけで。
しかもずるずるべたんべたんと奇妙なBGMまで付属でじわじわと此方に向かって進んでいくその姿。
まさしく『きっとくる〜』というキャッチフレーズが似合うような動きと外見。


「…た〜すけてぇ〜……」


―――――――――トドメとばかりに、呻き声と一緒にもがくように差し出された手と、髪の隙間から垣間見える、光り輝く青い瞳。





『―――ぎぃやあぁぁぁぁああッ!?!?!?!?』





まさに一目散。
作業員達は真っ青な顔に涙目で今にも死にそうな叫びを浮かべると、物凄いスピードで山から駆け下りていったのだった。
…きっと今なら日本新どころか世界新も軽く出せるだろうスピードで。

「うわぁ!シオンさんすっごぉい!!」
「えぇ、とても見事なお手前でしたわ」

草の陰に隠れて事を見守っていた2人が、喜びも露にシオンに歩み寄る。
勿論自分達だと判別できるように、髪の毛をかき上げて後ろにやってやる動作も忘れずに。

しかしシオンは何故かきょとんとした顔で2人を見た後、きょろきょろと辺りを見回す。
神翔と巳皇が顔を見合わせて首を傾げると同時、シオンが口を開いた。


「……なんのことですか?」
「「……」」


シオンの言葉から先ほどの行動が素であったと悟った2人が、なんとも言えない表情を浮かべた。


●あやかしの山●


「――――――それで、うまい具合に工事を暗礁に乗り上げさせることができたわけだ」


「みたいですわね」
そう言った鳴の声と視線に、巳皇が静かに頷いて返した。

結局あの後鎖々螺を呼んで雪の後始末(炎の術を使って片付けた)をした。
その直後に真っ青になった業者達が慌ててやってくるが、当然痕跡などマトモに残っている筈も無く。
上手い具合にそれを祟りと勘違いしてくれた業者達は、声にならない叫び声をあげなからプレハブやら機材やらを急いで撤去して、その日の内に今にも死にそうな顔で撤退して行った。
あの様子を見る限りでは、この先当分の間はここに開拓の手を入れようなどと考える輩は現れないだろう。

「にしても…シオン、お前中々えげつないことすんな」
「えげつないと言われましても…私にはとんと覚えが…」
「素、か…それはまた…一段とタチが悪いな…」
「???」
「ま、なにはともあれ、これなら当分は誰も近寄らないっしょ♪」
「そうですか…それはよかったです」

鎖々螺と鳴の言葉に疑問符を大量に浮かべていたシオンだったが、神翔の笑顔を見て嬉しそうに微笑む。
暫くほのぼのとした空気が流れる。
…が、勿論それが長く続くわけもなく。

「そろそろ家に帰りますね。
 知り合いに兎の世話を頼んではいますが、流石に2日も留守にするわけにはいきませんから」

そう言って立ち上がるシオンに、神翔と巳皇が反応する。
「へー、シオンさんって兎飼ってんだ?」
「きっとさぞ可愛い兎さんなんでしょうね?」
「えぇ、勿論!!」
2人の言葉にぐっと拳を握って返してから、シオンは背を向ける。

「それじゃあ私は帰…」
「待て。俺達も帰りがてら途中まで送っていく」

帰ろうと一歩踏み出したところで、立ち上がった鎖々螺が隣に並ぶ。

「おや、いいんですか?」
「…結果はどうであれ、無理矢理連れてきちまったのは事実だし。
 お前一人で森ン中歩かせるよりはずっと早く帰れんだろうよ」
「そういうことですわ。
 お手伝いして頂きましたから、これがわたくし達からのささやかなお礼と言うことで」

そう言って微笑む巳皇にほっとしたように微笑み返すと、鎖々螺の後ろからにゅっと手が伸びてくる。
その手の根元には――――鎖々螺の背中にへばりつく、神翔。
嫌そうに振り払おうとする鎖々螺をものともせず、にこにこと笑う彼の手の先。


―――――――そこには、人の顔を軽く超えるほどの大きな面積を持つ、澄んだ深緑色の八手の葉。


「……これは…?」


「…これは私達からの礼代わりだ」
渡されるまま受け取ってまじまじと見つめながら問いかけると、鳴が口を開く。
そしてその答えに続けるように、神翔が笑いながら答える。


「この山の『通行手形』代わりだよ。
 今回は俺達が一緒だったからよかったけど、この山の子達は入ってきた人たちを警戒するように言ってあるからさ。
 幾らなんでも来るたびに警戒されたらイヤでしょ?
 この通行手形は俺達の術力が付与してあって、これを持ってるとイコール俺達の知り合いでお友達、ってことになるわけ。
 それに、急な用事がある場合はこれに念じれば一瞬で喰魔山にこれるような仕掛けになってるんだ。
 山の子達も気を張らなくて済むし、様子が見たければいつでも来れるし、一石二鳥でしょ?」


ね?と笑いながら言う神翔に、シオンはまじまじと八手の葉を見た。
ひっくり返してみれば、何故か葉脈の形が『通行手形』と言う字によく似た形に歪んでいる。
…とてもじゃないが、そんな凄い力を持っているようには見えないのだが…。
…………兎の餌にしたら結構食いでがありそうだ。…いや、腹を壊す可能性が高そうだから止めておこう。

「八手は別名『天狗の葉の団扇』と言うそうだ。
 ……私達によく合っているだろう?」

ふっと笑いながら冗談を言う鳴に、シオンが思わず小さく笑った。
なるほど、この葉は有翼人である自分達と天狗をかけたちょっとした茶目っ気の産物なわけだ。

シオンが面白そうに葉を裏返したりするのを見て小さく笑ってから、鳴と神翔(鎖々螺の背から降りた)はシオンと半ば無理矢理握手する。
それが合図のように歩き出す鎖々螺と巳皇の後を追い、シオンも歩き出す。

「ではな」
「縁があったらまた会おーね!!」

歩き出すシオンの背に、2人からの声がかかる。
恐らく後ろでは鳴が静かに見送り、神翔はぶんぶんと最後まで腕を振っているのだろう。
そう考えるとなんだか面白くて、シオンは小さく笑って八手の葉の根元を握り締めた。


**


「…あぁ、そうですわ」
「?」

山のふもとも目前になった頃、不意に巳皇が立ち止まる。
首を傾げるシオンに軽やかな動作で振り返ると、巳皇はシオンに微笑みかけて、後ろに回していた手を前に差し出した。


「シオンさんに、素敵なお土産ですわ♪」





――――――瞬間。
           シオンの顔が、これ以上ないってくらい輝いた。





巳皇の手に何時の間にやら握られていたのは、大きな袋。
妙に凸凹なその袋の中身を上から覗くと、そこに入っていたのは―――大量の弁当。

「シオンさんが作業員の方々を脅していらっしゃる間にこっそり神翔さんと盗ってきてたんですの。
 ふふ、喜んでいただけました?」
「勿論です!!
 あぁ、有難う御座います女王様…!!」

ぷるぷると震えながら弁当を抱きしめて感激にむせび泣くシオンを見、くすくす笑う巳皇と呆れ気味に溜息を吐く鎖々螺。
シオンは感激したまま何度も2人に頭を下げる。
2人は顔を見合わせて小さく微笑むと、シオンの進行方向とは違う方向へ歩き出す。

「それでは、わたくし達はこれで」
「俺達は別の用があるからこっち行くけど、お前大丈夫か?」
「大丈夫です!
 それでは、女王様、ササミさん、お元気で〜!!」
「シオン、テメェ今度会った時ぜってぇ殺す!!」
「はいはい、早く行きましょうね鎖々螺さん」

ビシィッ!と中指立てて叫ぶ鎖々螺を無理矢理引き摺りながら、巳皇はシオンににこやかに手を振りながら去っていった。
それを大きくぶんぶんと手を振って見送ったシオンは、山から一歩踏み出す。


目の前に広がる田園風景。
見るからに田舎、と言った感じの風景を眺めてから―――シオンは立ち止まる。





「……ここ、どこですか……?」





言わんこっちゃない。



―――――シオンが我が家に無事に着くまで、それから更に一日を要したとか要さなかったとか。
         …ご愁傷様、としか言いようのない時を過ごしたシオンに、合掌。



<結果>
悪戯:成功!
記憶:残留。
報酬:通行手形(笑)―(喰魔山に自由に出入り出来るようになり、且つ用がある時は念じれば一瞬で喰魔山一口へ辿り着くことができます)
     業者の弁当十数人分(おみやげ。腐りやすいのでお早めにお召し上がり下さい)


終。

●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】

【3356/シオン・レ・ハイ/男/42歳/びんぼーにん/水】

【NPC/巳皇/女/?/狭間の看視者/闇】
【NPC/鎖々螺/女/?/狭間の看視者/火】
【NPC/神翔/両性/?/喰魔山管理役/地】
【NPC/鳴/男/?/喰魔山管理役/風】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第三弾「魔人の章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
今回は前作に比べて皆様の属性のバリエーションが広がっており、ひそかにほくそ笑みました(をい)
しかし、今回も残念ながら火・地属性の方にはお会い出来ませんでした。…残念!(をい)
また、今回は参加者様の性別は男女比較的バランスよくなりました。なんか嬉しいです(をい)
今回、ついに無事全看視者個別指定入りました!ばんざーい!!!(をい)なんだか無性に嬉しいです。いや、ホントに(笑)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)

・シオン様・
ご参加どうも有難う御座いました。また、蛇ペアをご指名下さって有難うございます。
悪戯やり放題!みたいなノリで思いっきり楽しんで書いてしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?(汗)
雪も出るには出ましたが…吹雪でも雪崩でもないです。勝手に作ってしまいました(爆)
シオン様のプレイングは面白くてとにかく半ば無理矢理全部詰め込みました。なのでちょっと無理があるかもです。ごめんなさい(汗)
そして思い切り弾けてます。そりゃもうどうしようもないくらいにテンションおかしいノリで(をい)オチもがっちりつけてみました。
…ちなみに巳皇のバタフライマスカレードは趣味です☆(ぇえ)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。