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<東京怪談・PCゲームノベル>


嬉璃衛門 TS

●番長との決闘!?
「三下くーん!」
「な、なに!?」
 放課後、これから家に帰って昼寝でもしようかと後ろ向きな事を考えていた三下・忠は、SHIZUKUに呼び止められて足を止めた。ちょっぴり恐怖の表情を浮かべて。
「大変よ! 先生が‥‥カスミ先生が!」
 緊迫感をにじませながら駆け寄ってきたSHIZUKUの口端は、少しだけ笑みに震えていた。が、我らが三下君がそんな事に気付くはずもない。
「え? 先生がどうかしたの!?」
 カスミ先生は優しいし、嫌いじゃない。むしろ好きだ。だから本気で心配する三下に、SHIZUKUは笑い出すのをこらえている様子で、それでも真剣な振りを見せながら言った。
「川原で番長に捕まってるの! 三下くんを連れてきたら放してやるって‥‥」
「えええええええええっ!?」
 三下は思わず悲鳴を上げる。
「どどどどどどどどどうしてボクがーっ!」
「わからない。でも、番長が決闘だって言ってたよ。三下くんに決闘を申し込むって。今日の夕方5時に川原に来てね☆」
 にっこり。SHIZUKUは笑う。でも、既に番長に決闘を申し込まれたという事で頭がいっぱいの三下は、そんな事はちっとも気にしなかった。
「はう‥‥どうしよぉ‥‥‥‥」
「どうしようって、行くしかないんじゃない? 男の子なんだから、びしっとやっつけちゃってよ」
「そんなの、無理だよぉ!」
 もう既に半泣きで三下は声を上げる。まあ、言ってる事は正しい。我らが三下君が、番長などと名乗る生き物と戦って勝てる筈がない。
 しかし、SHIZUKUは無慈悲にも三下に言いはなった。
「じゃあ、三下君はカスミ先生がどうなっても良いの!? きっと、牛の首の話をされちゃったり、姉さんの壁の家に連れてかれたり、海辺で転んで膝の裏にフジツボ出来ちゃったりするのよ!?」
「えええええええええ、でもでもでもでも」
 訳のわからない脅しを本気でとって取り乱す三下。SHIZUKUは十分に追いつめたなと判断し、厳しく言いつける。
「じゃ、来てね。今日の夕方5時に川原だよ。来ないと番長が三下君ちに押しかけるからね」
「は‥‥はひゅう‥‥‥‥」
 三下は、泣き出しそうな顔でトボトボ歩き出し、校門を出て行く。この世の終わりが来たみたいな後ろ姿を見送り、SHIZUKUは満足げに頷いていた。
「SHIZUKUちゃん、どうでした?」
 SHIZUKUに歩み寄って来た影沼ヒミコが聞く。SHIZUKUは、Vサインで答えた。
「ばっちり。で、そっちは?」
「ばっちり。保健室で寝ていただきました」
 影沼もニッコリ笑って、『稲川ジェーン ライブ集』とか書かれたビデオテープを出してみせる。それで何をしたかは定かではない。まあ、何にしたってコレで、三下が無事な先生と鉢合わせして計画失敗という可能性はないわけだ。
 全ての準備が整った事を知り、SHIZUKUは残るは一つと気合いを込めて言った。
「さて、後は番長を用意しないと」
「あら、まだでしたの?」
 ヒミコが小首を傾げる。それが一番大事だと思うのだが‥‥まだとは。
 ちなみに今更の話だがこれは、三下君がいつまでもお化けから逃げ回っていて不甲斐ないので、ここらで一つ自信でも付けさせてみようと言う、微妙に子供じみた策略なのであった。
 もちろん、番長というのも仕込みである。もっとも、まだ仕込んではいないのだが。
 SHIZUKUは自分も校門から出る為に歩き出しながらヒミコに言った。
「誰か適当に番長っぽい人を見つけて、良い感じで戦った後に負けてくれる様に頼まないとね。学ランとペッタンコの学帽と腹巻きが似合って、口に葉っぱくわえてる様な人が良いなぁ」

●コレがボク?
「嬉璃え‥‥」
「その名で呼ぶなっちっとろーがぁ!!」
「ぶほう!?」
 部屋に駆け込んだ三下を出迎えたのは嬉璃のドロップキックだった。
 撃墜されて転がる三下‥‥そして、本泣きした三下が泣き止んで、嬉璃に事の次第を説明するまでに結構な時間が掛かった。
「うっうっ‥‥‥‥ボクが強かったら、先生も助けられるのに‥‥」
「ふむ、わかった。要するに、無敵で素敵な男になれれば良いんぢゃな?」
 嬉璃は鬱陶しげに話を聞いて言う。まあ、嬉璃に負けてる様では、番長とか言う生物に勝てないのも仕方がないだろう。
「どれ‥‥しょうの無い奴め」
 嬉璃は、自分の帯の中に手を突っ込んで中を探った。ややあって、牛乳瓶程度の大きさの瓶を一本取り出す。
「本当の自分発見ドリンクーっ!」
 何やらそれを高く掲げて、商品名を読み上げる嬉璃。ビカビカ光った気もする。そして嬉璃は、その瓶を三下の前に置く。
「これを飲めば、そりゃあもう『うほ! やらないか?』な良い男になれること請け合いぢゃ。何せ、わし自らが試したのだからのう」
 嬉璃が飲むとマッチョ系の兄貴な身体になった。あのパワーと肉体美ならば、番長も一撃必殺。心はメロメロだろう。
「さあ、飲むと良い」
「戻る時は? 前みたいに小さくなったままとか‥‥」
 泣き顔を上げて、三下は薬瓶を手に取る。
 前の時は元に戻れなくて一苦労だった。今度も‥‥という不安を、嬉璃は笑い飛ばす。
「安心せい、もう1本飲めば元通りになる。それも、実際にわしが試した」
「じゃあ‥‥飲むね」
 どうやら大丈夫らしい。そう判断して三下は瓶の蓋を取り、意を決すると目を閉じて中の液体を一気に飲み干した。
 直後‥‥三下の身体が光る。透過光という奴だ。
 その光の中で、三下の身体はみるみるふくらんで‥‥と嬉璃は自分の経験からそう思ったのだが、さして膨らまぬうちに三下の身体から光は消えた。
 てか、見た目一カ所しか膨らんでいない。
「何‥‥これ」
 三下は不思議そうに、膨れあがった自分の胸を持ってみた。ちゃんと生身の感触がする。ちょっと気持ちいい。
 筋肉とは違う。かなり‥‥
 三下の胸が膨れあがり、お尻も僅かに大きくはなっていた。しかし、腕も足もウエストも細くなっており、全体に今まで以上に華奢になっている。
 顔はもともと女顔だから違和感はない‥‥
 嬉璃は内心の動揺を隠しながら、三下が飲み干した瓶を手に取り、説明ラベルを読んだ。
「‥‥ほほう。女が飲むと男の中の男に、男が飲むと女の中の女になるのか」
 つまり‥‥女の嬉璃が飲むとマッチョ男に。男の三下が飲むと‥‥絶世の美少女に。
「は‥‥早く戻してよぅ!」
「ええい! 鬱陶‥‥」
 三下が慌てて嬉璃にすがりつく。いつも通りに迎撃しようとした嬉璃だったが、泣いてる男ではなく、涙を浮かべた美少女が縋る様にしているのは何やら恐ろしく危ない気配がして、どうしても振り払えなかった。
「急くな。すぐに戻してやる」
 言いながら嬉璃は三下に背を向ける。
 何だか、顔に血が上っているし、動悸も激しい。恐るべし‥‥『本当の自分発見ドリンク』。
 美少女化した三下を恐れつつ、嬉璃は急いで自分の帯の中を探る。が‥‥無い。
 そう、確かこの薬は、6本セット、今なら特別サービスでもう1本ついてお値段据え置き‥‥だった筈。で、嬉璃は今まで3回男になり、その都度、元に戻った。つまり、嬉璃が6本使い、三下が1本使って残りは0本。
「あー‥‥‥‥そのな。待っておれ」
 気まずげに笑みを浮かべながら、嬉璃は帯の中から携帯電話を取り出す。そして、幾桁かの番号を入力した。
 流れたのは録音された音声。
『大変申し訳ありません。該当の商品は、好評につき完売いたしました。次回入荷は未定となっております。今後もアンティークショップ・レン通販部を‥‥』
 嬉璃は電話を切る。
「ねえ‥‥どうなの?」
 床に足を崩して座り、涙で瞳を潤ませて見上げる三下‥‥
 嬉璃は出来るだけ三下を見ない様にして言った。
「すまんがそのまま決闘に行ってくれ。その‥‥なんぢゃ、さらしとか巻いて胸を隠せば、何とかなるぢゃろ」
「そんなぁあああああああっ!」
 部屋に、三下の悲鳴が響く‥‥時間は5時に迫っていた。と‥‥
「嬉璃えもんさん、遊びに来ましたよーっ!」
「ちがぁーうっ!」
 いきなりドアを開けて、嬉しそうにのたまわったシオン・レ・ハイを、嬉璃の本日2発目のドロップキックが襲った。
「ぐおはぁ!?」
 悲鳴を上げ、あやかし荘の廊下に、ぶっ倒れるシオン。まあ、いつもの事だ。
 そして、倒れたシオンを、輝かんばかりの美少女が覗き込んだ。
「だ‥‥大丈夫ですか?」
「‥‥あ、三下さん。今日も可愛いですね」
 少なくともこの嬉璃えもん世界においては、出会っていらい、ずっと三下忠を女の子と勘違いしているシオンは、女の子化した三下にさほど驚く事はないらしく、反応は特にいつもと変わらなかった。
 と‥‥
「あれ、目が赤いですよ? それに、涙の後が‥‥」
 シオンは、三下の目が涙目なのに気付いて聞く。というか、三下が涙目にならない日などそう沢山ある訳でもないのだが。まあ、見つけられた以上は状況を説明しなければなるまい。
「えと‥‥実は‥‥‥‥」
 三下は、ぽつりぽつりと事情を説明する。
「というわけで、番長と決闘しなきゃならなくなって、それで嬉璃えもんに‥‥」
「なんて事でしょうか!」
 三下が、嬉璃に女の子にされた下りを説明する前に、シオンは三下の手を取って憤りの叫びを上げた。
「女の子が番長と闘うなんて、見てられません! 殴られたら暴行罪で訴えましょう! そうだ! とても心配なのでついて行きます!
 見てられないのじゃないのかと思うが、シオンは一人さっさと三下について行くことに決めてしまった。
「え? でも‥‥」
「ちょうど良い、二人で行ってくると良かろう。わしはちょっと出かけるでな」
 シオンの反応に戸惑った三下を押しのけるようにして嬉璃は廊下に出た。
「わしは、薬を持ってそうな奴をを当たってくる。わし用にではなく、何本か代わりに買ってやったのでな」
 基本的に通販は嬉璃しか利用できない。何せ、通販番組を見られるテレビは嬉璃しか持っていないのだから。
 だから、薬を持っているのは、嬉璃か、嬉璃から貰った者と言う事になる。
 彼らを当たれば、まだ飲んでいない薬があるかもしれない。
「では、達者でな」
「あー。待ってください嬉璃さん」
 嬉璃はそのまま出ていこうとするが、それをシオンが呼び止めた。
 そしてシオンは、その場に身を起こして嬉璃に問う。
「指一本触れただけで相手をワイヤーアクションのように吹き飛ばす指サック等はないですか? 三下さんの様な可憐な女の子が、番長などという生き物に勝つにはそれくらいは‥‥」
「そんな物があったら、最初から使っておるわ。では、わしは行くからの」
 言い置き、去っていく嬉璃。その背を見送りながら少し考えて、シオンは手をポンと打ち鳴らす。
「では、格好から入って、番長達を威圧しましょう! 血に飢えた猛犬の様な威圧感を身につければ、戦わず勝利を得られるはず!」
 シオンは、これは良い考えだとばかりにニッコリと笑っていた。

●迎え撃つ番長達
「よくぞ集まってくれた我が精鋭達よーっ!! って、多すぎ!」
「谷隊長ネタから、流れるような一人ツッコミ。さすがですわ、SHIZUKUちゃん」
 河川敷で無意味にハイテンションのSHIZUKUに、影沼ヒミコはよくわからない感激をしてみせる。
「いやね、冗談じゃなくて。番長がこんなに来るとは思ってなかった」
「計画性の無さが素敵。私に無い物を沢山持ってるSHIZUKUちゃんに惹かれますわぁ」
 微妙にうっとりした様子で言う影沼に、SHIZUKUは聞く。
「冗談? 本気?」
 影沼は真顔で答えた。
「言うまでもなく。冗談です」
「漫才? いや、そんな事より‥‥人が多くて手伝わないで良いなら、帰るけど良いよね」
 言ったのは道明寺・裕哉。何が何だかわからない内に無理矢理引っ張ってこられた彼は、当然の事のように用がないならと帰ろうとした。
 が、SHIZUKUに背中を見せた時‥‥
「ええ〜、協力してって〜。ていっ☆」
 可愛く言いながら、SHIZUKUが何処からか引っぱり出し、振り下ろした金属バットが道明寺の後頭部を襲った。
 クァン!! と、死んでもおかしくないほどの快音。道明寺は激痛にその場にうずくまる。
「‥‥‥‥」
「ゴメンなさいましね☆」
 心配そう‥‥に見せかけて、その実、笑顔の影沼が謝罪の言葉を口にした。
 と、道明寺は凄い勢いで立ち上がって叫ぶ。
「可愛く謝っても誤魔化されるかあああっ! 意識別でも痛いモンは痛いんだぞ馬鹿野郎おおっっ!」
 涙混じりに怒りを訴える道明寺‥‥ユーヤ。裕哉のもう一つの人格。
 取りなすようにSHIZUKUは、ユーヤの前に立って彼の胸を拳でトントンと叩いた。
「まあまあ、見返りがないわけじゃないから」
「お前、だからって人を殴って‥‥」
「焼き肉おごってくれるんだよね!?」
 見返りという言葉に反応した馴鹿・ルドルフが、SHIZUKUとユーヤの間に割り込み、ユーヤの抗議を遮る。
「まあねぇ〜、それは働き次第って事で。ササキビさんと、鹿沼さんもそゆ事で」
「ふん‥‥別に、報酬を望んできたわけではないのだがな」
「私も、それは別に‥‥学生の方におごってもらおうとは思いませんし」
 ササキビ・クミノはさほど興味もなさげに、鹿沼・デルフェスは苦笑めいた笑みを浮かべて答えた。
「でも、ササキビさんは、あたしがメール打って呼んだからだけど、鹿沼さんてば、どしてきたの?」
 不思議そうにSHIZUKUは聞く。
 まあ、ササキビは、誰も認めてはくれないだろうが「三下を助ける存在」だと自認している。故に、事が三下の話となれば来るだろうと‥‥
 実銃でガシガシと三下を撃ちまくってるのに「助ける存在」だなどというのは、非常に何か間違っている気もするが、そんな事を言い始めたらこの世の全てに牙を剥くナイフみたいに尖った奴にならなければならないのでダメだ。
 「未来から来たって何やねん」とか、「えもんってほら、アレでしょ?」とか、世の中には触れない方が幸せな疑問もあるのだから。
 まあ、それはともかく、鹿沼の方には来なければならない理由もあまりないと思うのだ。
 しかし、鹿沼が来たのにはやはり、それなりの理由があった。
「SHIZUKUさん達が悪いんですよ? カスミ先生とは、放課後にお茶を飲む約束でしたのに‥‥あんな事をして」
「今時、稲川ジェーンくらいで倒れる事はないと思うのね」
「人形の話はインパクト強いですから」
 何を見せたのか知らないが、そんな事を言い合うSHIZUKUと影沼。
 全く悪い事をしたとは思っていない。と言うかまあ、その辺りは三下の扱いが何処に行こうと常に悪いのと似たようなものかも知れない。
 ともあれ、鹿沼は言う。
「カスミ先生を犠牲にしてまでの事ですから、失敗に終わらせる訳にもいかないと、お手伝いさせてもらう事にしたんですよ」
「「ありがとうございま〜す」」
 SHIZUKUと影沼、二人してお礼を言った。そして、それで事は済んだとばかりに話を次に進め出す。
「じゃ、そういう事で、番長四人対三下君の勝負‥‥と、四人か〜どうしようか?」
「いっそ、四天王とか?」
「勝ち抜き戦?」
「初戦で負けてしまうんじゃないかと思いますけど?」
「でも、チーム戦なんて無理だよね?」
 二人の短い会議。そして結論はすぐに下される。
「まあ良いや。何でも」
「そうですわね」
 えらく適当に話を終わらせる二人‥‥
「こんなのに突き合わされるのかよ」
「焼き肉の為ならいいじゃない」
 愚痴をこぼすユーヤに、馴鹿は全く慰めにならない言葉を送りつけていた。
 そんな二人の事は眼中になく、話はバンバン進んでいく。
「では、そろそろみんなに着替えて貰いましょう。ね、SHIZUKUちゃん」
「OK☆ さてここで、衣装提供、購買のおばちゃんこと、鷲見条・都由さんでぇ〜す」
 司会進行役の影沼とSHIZUKU。SHIZUKUがザッと手を上げて鷲見条・都由を呼んだ。
「はい〜、衣装と〜小道具〜一式ですよぉ〜」
 SHIZUKUの紹介を受けて、少し離れた場所で待機していた鷲見条が、大事そうに大きな袋を抱えて皆の前に立つ。が‥‥
「ありがとぉ‥‥‥‥って‥‥」
「うわぁ‥‥その格好、どうしたんです?」
 SHIZUKUと影沼は、今更気付いたのか、鷲見条の姿に言葉を失った。
 その格好は何というか、髪をほどき、眼鏡を外し、長いスカートにマスクをつけ‥‥という20年前のスケバンの様な格好で、いつもの格好ではない。
「昔を〜思い出して〜というわけじゃ〜ありませんが〜、思い切って〜着てみました〜。どうでしょぉ〜?」
 スケバンの格好をしている鷲見条にSHIZUKUと影沼は素直に感想を述べた。
「‥‥てゆーか、コスプレ? コント?」
「何かの罰ゲームみたいです」
 まあ、30過ぎでスケバンというのは確かに痛くてたまらない話かも知れないが。素直すぎやしないだろうか。
「そうですね〜、おばさんですものね〜、そうですよね〜〜‥‥」
 鷲見条はにこやかに微笑んだまま言って、それから皆に背を見せた。
 本当は、昔取った何とやらで、スケバンをやっても良いかな〜とか思っていたのだが‥‥
「‥‥ぐすん」
 背を向けたまま鷲見条は、マスクを外し、髪をまたまとめなおした。そして眼鏡をつけ、普段の格好に近づけてから、皆の方を振り返る。
「思い出の〜品なので〜大事に〜扱ってくださいね〜」
「待ておい、帽子の鍔は割っとくべきだろ」
 鷲見条の注意の言葉と同時に、ユーヤの手の中でパキという小さな音を立てて、鷲見条の思い出の品である帽子の鍔が割れた。
「あ〜思い出の〜品がぁ〜‥‥‥‥」
「あ、悪い、もうちょっと早く言ってくれたら‥‥」
 手の中で壊れた帽子を弄びつつ、気まずげに言うユーヤ。彼の前で鷲見条は、がっくりと肩を落として、壊れた帽子の思い出に心を飛ばしていた‥‥
「あれは〜‥‥そう〜‥‥嬉し恥ずかし女子校生のころ〜〜」

●番長(本物)
「はあ? カスミ先生を人質にとってウチの学校の生徒を脅迫している番長がいるって!? 誰だ! そいつは! シめてきてやる」
 何の因果か知らないが、はたまた誰から聞いたのか、不城・鋼(元総番)17歳は多分知らない方が幸せそうな情報を知って怒りに燃えていた。
 校庭の真ん中で拳を握って空を睨み上げ、卑劣な真似をする敵番長‥‥身長3m以上はある巨漢だったり、慇懃無礼な金持ちの美青年だったり、色鮮やかなモヒカンも猛々しいちょっとマッド入った奴だったりと色々想像しながら、正義の怒りを燃やす。
 一般生徒はその周りを避けて歩いていたが、とにかく気にしない方向で。
「川原だったな‥‥」
 言いながら歩き出す不城。世の中には首を突っ込まない方が人生平和に生きられると言う事象も数限りなくあるが、これがその内の一つだと言う事を不城は知る由もなかった。

●せくしー猫神さま爆誕
「くぅくぅ」
 ねこえるりんは、共同炊事場の屋根の上で、本当の自分発見ドリンク抱きかかえた格好で眠っていた。
 嬉璃からドリンクを2本買い炊事場に運んできて、そのうち一本を隠した後、屋根の上で変身しようかと思って上った。
 だが、ドリンク2本を運んだのが、身体の小さい、ねこえるりんには大変だったので、お疲れでお眠なのだそうだ。
 もっとも、そんな平和は長続きしないと決まっている。てか、そう決めた。
「ねこーっ!」
 下の炊事場、屋根を見上げて呼ぶ嬉璃。
「‥‥くぅくぅ」
 返事がない。寝ているようだ。嬉璃はムッとして、それから辺りを見回し、適当な大きさ‥‥おにぎりくらい大きさの石ころを拾い上げる。
 当たり所が良ければ、ねこえるりんを一撃で天国に送りそうな大きさだが、この場にいる者でそれを気にする者は居なかった。
「起きんか、ねこ!」
 一声かけて石投げて。狙いは適当だったのだ、石は狙ったかのように、ねこえるりんの尻尾の上に落ちた。
「ひやああああああああああああっ!?」
 ビックリして飛び起き、尻尾に走る痛みに我を忘れ、えんこえるりんは‥‥落ちた。
「はにゃあああああああっ!?」
 ドサっ。ガシャン。
 同時に響く音。地面の上にペッタンコにのびた、ねこえるりん。そして、彼の側で割れ、液体をこぼれさす瓶‥‥
「ああっ! 一本、無駄にしおって」
「何? 何です? あ、ボクの薬が割れてるです!? 酷いです!」
 起きあがって、瓶が割れてるのを見て泣き叫ぶ、ねこえるりん。彼に、嬉璃は言った。
「もう一本、持っておったぢゃろ。金を返すから、返してくれ」
 その言い様はどうかと思うが、まあそんな事は嬉璃にはどうでも良く‥‥だが、ねこえるりんの方は怒った。当然のように。
「酷いです! そんな言い草はないです!」
「そう言うな。かくかくしかじかで困っておるのぢゃ。女子相手では、イジメがいが無いからのう。それに、あの三下の萌え媚びた目で見られると背筋が寒くてたまらん。頼む、この通りぢゃ」
 嬉璃は子細を説明した後、珍しく頭を下げた。
「‥‥ちょっと待っててくださいです」
 それを受け、ねこえるりんはまだ怒ってはいるようだったが、炊事場の中に入っていって隠しておいたドリンクを持ち出してくる。
「おおっ、それぢゃ! すまんな。埋め合わせはしようぞ」
 嬉璃は喜び、手を差し出す。その上には、ドリンク一本分の金が置かれていた。
 しかし、ねこえるりんはそのお金を見て、ぷいと顔を反らせる。
「二本分全額返金希望です」
「まて、返すのは一本ぢゃろが。何故、お主の落とした一本分まで返さねばならんのぢゃ」
 嬉璃はねこえるりんの主張に、顔をしかめて言った。
 壊したのは、ねこえるりんの過失であり、嬉璃には関係がない。石投げといて本当にそうかという気は微かにするが、そんな理屈はどうでもよく‥‥第一、無駄な金を使いたくはない。
 嬉璃は、お金を握った拳を、ねこえるりんに突きつけて言う。
「ほれ、一本分の料金を受け取って、さっさとそれを渡せ」
「ダメですぅ‥‥二本分全額返金希望です」
 意志は凄い強いらしい、ねこえるりん‥‥彼は、決して退かなかった。
 それに対し、嬉璃の方はとても短気だった。
「ええい! おぬしと遊んでる暇はないわ! そんなに強情なら仕方ない。もう、いらん!」
 強情な態度に腹を立てた嬉璃は、ねこえるりんの手から薬をむしり取ると、蓋を開けてから無理矢理、ねこえるりんの口の中に突っ込んだ。
「ほら、有り難く飲むが良い! お主が飲みたがった薬ぢゃあ!」
「がぼがぼうぼぼぼぼぼぅ」
 溺れそうになりながらも、薬をなんとか胃の中に流し込む、ねこえるりん。
 その身体が透過光を放ち、その中で身体の形を変える‥‥といっても、所詮は猫だからそう大した違いが出るわけでもないが。
 それでも、本人の身体だけに変化には気付いたようで、ねこえるりんは自分の身体を見下ろしながら悲鳴を上げた。
「うにゃぁ!? メスになっちゃったですぅー!?」
「満足ぢゃろ? これで満足ぢゃな!? 満足したらどっか行ってしまえ!」
 怒鳴りつけ、嬉璃はねこえるりんを追い払う。
「にゃーーーーーーーーーー‥‥‥‥」
 泣きながら逃げていくねこえるりん。
 ねこえるりんの分の薬はないので、彼は二度と元の男に戻れないのだが‥‥まあ良いか、神様だし。
「ふん、あんなけったくその悪い薬などいらんのぢゃ!」
 ねこえるりんを見送った後、嬉璃はそう憎まれ口を叩いたが、しかし薬がないとなると困りものだ。その筈だ。
「‥‥そもそも、なんでわしがあの三下の為に苦労せねばならんのぢゃ! もう良い! 止めぢゃ止めぢゃ!」
 ふてて、自分の当初の存在意義を真っ向から否定する発言をかまして嬉璃は、三下の部屋へと帰っていく。
 もう、働く気はすっかり無くなっていた。
「どいつもこいつも、一生そのままでいるが良い!」

●神聖都学園の猛犬、現る!?
「待たせましたぁ!!」
 川原に響いたその声に、皆の視線は堤防に立つ男へと向けられる。が、
「三下君じゃない?」
 不審げに眉をひそめたSHIZUKUに答えるようにシオンは言い放つ。
「私は弟子の殿様番長です!」
 シオンは長ランにサングラス。そして、前に嬉璃から買ったチョンマゲを頭の上に乗せていた。
 そんな格好のシオンは、堤防の向こうに一度姿を消すと、そこに隠れていたらしい誰かを、連行するような感じで引っぱり出してくる。
「こちらが、神聖都学園の猛犬番長、三下様ですよー!」
 無論、シオンの示すその相手は三下。
 シオンが暇な時に、何故か作っておいた特攻服。そして、トゲトゲ付きの首輪、頭にはシオンが前に嬉璃から買った犬耳バンド。
 そんな格好で顔を赤らめながらモジモジしている三下‥‥そこから猛犬とやらを想像するのは、かなりの想像力を必要とした。
 しかし、シオンはノリノリで、ビデオカメラを三下に向けながら、嬉しそうに言う。
「さあ、三下さん! 猛犬の咆哮でもって、誰が強いかを知らしめるんです!」
「え? えと‥‥‥‥」
 言われ、三下は戸惑い、躊躇し‥‥やがて意を決したのか、言った。
「わん」
「完璧です三下さん! 敵の番長は震え上がってますよ!」
 シオンだけハイテンション。後の皆は、ひたすら反応に困っていた。
「ま、ともかく‥‥」
「え? どうしてSHIZUKUさんと、影沼さんがいるの!?」
 困った状況から一人抜けて、気分を変えようと口を開いたSHIZUKUと、その傍らの影沼を見て三下は驚きに声を上げる。
 そんな三下に、軽くウィンクを投げながら影沼はとても嬉しそうに言った。
「ふふふ、全ては仕組まれた罠だったのです! かかれ! 我が番長達よ!」
「って‥‥順番は? みんなで一斉にかかって良いの?」
 馴鹿がSHIZUKUと影沼に聞いた。
 聞かれた二人は顔を見合わせ、そしてSHIZUKUが提案する。
「んじゃ、じゃんけんって事で」
「ほいほい、じゃあ集まって。最初はグーから。さーいしょーはグー、じゃーんけーん‥‥」
 言われたままにジャンケンを始めた馴鹿に従い、この場に集まった皆も素直にジャンケンを始める。
 ややあって、ジャンケンは一人の番長を選び出した。

●番長4番勝負第1の刺客
「私が最初の相手だ!」
 言ったのは、学ランとペッタンコの学帽と腹巻き姿のササキビ・クミノ。ただし、その衣装は何故かかなりサイズが大きい。ゆうにササキビが2〜3人は入れそうなほどに。
「あ‥‥さっさ‥‥ささきびさん‥‥」
 普段からササキビに、助けられてるんだか、苛められてるんだか、殺されようとしているんだかわからない扱いをされている三下は、見た目にもわかるほどにガタガタ震えて、思わず後ずさろうとした‥‥が、その背中をシオンが押す。
「うわわ‥‥」
「さあ、三下さん、頑張ってくださーい。私が、応援しつつ、撮影してますから」
 にこやかにカメラを構えるシオン。
 三下は堤防の上から勢いをつけてササキビの前にまろび出て、膝をつく。そんな三下を氷のように冷たい目で見ながらササキビは言った。
「三下‥‥」
「は‥‥はひぃ」
 震えながら涙目で見上げる美少女三下‥‥その画はかなり危ない雰囲気を放っていたが、ササキビにその様な攻撃は通用しなかった。
「‥‥見ていろ」
 彼女は、すかさずズボンのポケットから薬瓶を取り出し、天を仰いで一息に飲み干す。
「あ、その薬‥‥」
 薬の瓶の形、薬の色、そして透過光を放ち始めるササキビの身体に、三下はその薬の正体を悟った。
 もちろん、本当の自分発見ドリンクである。
 透過光の中で、ササキビの身体はみるみる膨張していく。
 やがて透過光は晴れ、ササキビは変貌した姿をそこに現した。身体の身長とボリュームは倍以上になり、ニンニクみたいなガチガチの筋肉がついている。顔は劇画調に濃くなり、もみあげは筆のようにボウボウと伸び、顎がくっきりと割れていた。
 有る意味で格好良いが、元のササキビらしきパーツはあまり残っていない。
「若(略)が声を演てる様な漢の中の漢に! ふはははははっ! 益男くーん、今夜一杯どうだーいっ!」
 何というか独特の声で声を上げるササキビ。そんな彼女‥‥というか彼に、三下は立ち上がって駆け寄ろうとした。
「ねえ、その薬って‥‥」
「問答無用! 死ねぶろわぁ!」
 三下を完璧に無視して、ササキビが流れるような動作で抜いた22口径。
 今のササキビの身体だと指先で摘むような大きさのそれが火を吹いた。直後、三下の背後で地面が小さく破裂する。
 三下はその場にペタリと座り込んだ。
 銃弾が怖かったのは当然だ。だが、銃を撃つ瞬間のササキビの殺意に燃える笑顔の方が怖かった。
「ぶるわはははは! 三下、形だけでいいから戦え! そうしないとこの地獄絵図は延々と続くぞわはぁ!!」
「そこまでーっ!!」
 とどめの銃弾を叩き込もうとするササキビの動きを、SHIZUKUの声が止めた。
 そして、SHIZUKUは三下とササキビの間に駆け込むと、ササキビの方を向いて何か適当な赤っぽいカード‥‥何かの会員カード?を高く掲げて宣告する。
「レッドカード、退場!」
「な‥‥何故だ!」
 若(略)ボイスで抗弁するササキビに、SHIZUKUはビシリと指を突きつけて言った。
「番長は銃なんて使わないの!」
「警察に通報する準備完了です。でも、お友達を売り飛ばす真似はしたくありませんわ☆」
 SHIZUKUの横に遅れて歩いてきた影沼が、何か嬉しそうに携帯電話を握りしめてササキビを見ていた。
 いや、さすがに警察を呼ばれてはササキビと言えども分が悪い。銃刀法違反は、この世界にもちゃんとある。
 ついでに言うと、今のササキビはまるで別人の顔形なので、積み上げたコネとかも使えない恐れがある。住所不定無職の密入国外国人と言う、何処の誰かもわからん存在として裁かれるのはゴメンだった。
「‥‥仕方ない」
 ゴウと溜め息一つ。そしてササキビは、ポケットの中から新たに瓶を取り出す。
 栓を開けて軽く一気飲み。直後、ササキビの身体は再び透過光に包まれ、先程とは逆のプロセスを経て身体が縮み、元のササキビへと戻った。
「戻った。うん‥‥面白いな」
 ササキビは自分の身体が完全に元に戻ったのを確認すると、銃をしまってこの場に背を向ける。薬の実験は成功‥‥嬉璃から買った薬は、あと3本残っているから、いろいろと遊べもするだろう。
 敗北したとは言え、満足なササキビである。
 一方、SHIZUKUはこれをもって終わりと見定め、三下の腕をとって上げさせた。
「はい、ササキビさんの反則負け。よってこの勝負、三下君の勝ちとしまーす!」
「え? ええ‥‥」
 呆然としていた三下が我に返り、辺りを見回して遠くにササキビの背を見つける。
「あ、待って、薬‥‥」
「はいはい、次の番長が待ってるからね〜」
 ササキビを追いかけようとした三下を、逃げようとしたのだと判断してSHIZUKUが後ろから羽交い締めにした。そして、
「ああああああああ‥‥ササキビさん、待って〜」
 三下の泣き言はササキビには届かず、ササキビはさっさと歩み去っていく。
「次に行きましょお〜〜‥‥え?」
 影沼が三下の前からその胸を押して次の番長の元へと誘導しようとする。その時、影沼は小さく首を傾げた。
「? どしたのヒミコちゃん。手なんかじっと見て」
「‥‥‥‥」
 影沼は、羽交い締めにされている三下の首の後ろに手を回して襟首を掴み、SHIZUKUから引き剥がすようにして、番長達の方へと突き飛ばした。
 そして、SHIZUKUをじっと見る。
「柔らかかった?」
「何が?」
 影沼の言葉の意味を謀りかねるSHIZUKU。次の瞬間、ペタン‥‥と、影沼は手を伸ばしてSHIZUKUの胸を押した。
「な、何してんの!?」
「‥‥あまり柔らかくない?」
 驚いて逃げるSHIZUKUの前、影沼はやっぱり不思議そうに自分の手を見つめていた。

●番長4番勝負第2の刺客
「じゃあ、次って事で。じゃーんけーん」
 馴鹿、ユーヤ、鹿沼の3人はまたジャンケンをしていた。
 何度かのあいこの後、ジャンケンは新たなる番長を選び出す。
「あ、私の勝ちですね。それじゃ行って来ます」
 馴鹿とユーヤに礼儀正しく頭を下げ、三下の元へと向かう鹿沼・デルフェス。
 しかしその格好は、神聖都学園の女子制服を着込み、長い髪をポニーテールに結ってまとめ、首に赤くひらつくマフラーを付け‥‥最後に口に風車をくわえた格好。
 口の風車というのが今一つ良くわからない。まあ、対する三下の犬番長よりはまだ理解がしやすいが。
「あ‥‥あの。僕、こんな事をしてる場合じゃ‥‥」
 三下はまだ、去っていったササキビの方を気にしている。そんな三下に、鹿沼は一言いった。
「はめももほう」
「え?」
 三下が聞き返す。何言ってるのか、全然わからない。
 鹿沼は気が付いて、くわえていた風車を手に取った。そして、言い直す。
「旋風(かぜ)のお嬢。あたしの名前さ‥‥」
「あ‥‥はぁ‥‥」
 いつもの口調ではなく、はすっぱに言う鹿沼のドスを利かせた声に、ササキビを気にしていた三下の注意は鹿沼に向けさせられた。
「いくぜ!」
 鹿沼は声と共に風車を構え、三下を狙って投げはなつ。
 思わず身を強張らせる三下の心臓目指して風車は飛んだ‥‥
 ぺちっ。
 風車は三下の胸に当たったが、全くダメージを与えないで地面に落ちた。
 考えてみれば、あんな軽い上に空気抵抗の大きい物を投げたって、どうにかなるわけがない。
 投げてるのが忍者だとでも言うのなら別だが、鹿沼は一応、普通の女性程度の力しかないのだから。
 もっとも、そんな事は全く気にせずに、鹿沼は用意してきた風車を手にとって、どんどん投げた。
「えいえい」
 ぺちぺち。
 次々に投げる風車が、力無く三下に当たる。ほとんど嫌がらせの効果しかないが、三下は頭を抱えてその攻撃から身を守っていた。
「や‥‥止めてよぉ」
「三下さん、反撃ですよぉ!」
 ギャラリーのシオンが飛ばす指示。それを聞いて三下は困ったように辺りを見回した。で、
「えいっ」
 とりあえず、三下はその辺に落ちてる風車を拾って投げ返す。
 もちろん、それが何かの意味を持つはずもなく、鹿沼に届きもせずに落ちた。
 とは言え、そんな事が欠片でも問題になることはなく、鹿沼と三下は無意味な風車の投げ合いをずっと続けている。
「‥‥膠着状態ですねぇ」
 その戦いのシーンをずっと撮影していたシオンは、5分ほど展開に動きがなかった所でカメラのスイッチを止めていたが、それがかなり長引きそうだと判断してSHIZUKUに言った。
「あの、そろそろ次のシーンの撮影に行きたいので、ここまでと言うことにしていただけませんか?」
 美少女の頑張るシーンを撮ってアカデミー賞?を取るつもりのシオンには、あまり盛り上がらないシーンに続かれても困るのだ。
 もっとも、素人撮りビデオがアカデミー賞を取れるのかという疑問は果てなく大きいが。
「え? ん‥‥勝負付かないみたいだしねぇ」
 言われてSHIZUKUも考える。
 互角の戦いという所までは良かったのだが、三下に反撃の余地がないのではどうしようもない。いや、対戦相手をチェンジすれば何かあるのかという疑問はあるが、風車のぶつけ合いを日が暮れるまで続けたって仕方がないだろう。
「しょうがないなぁ。鹿沼さーん! 他の攻撃ー!」
「‥‥他、ですか?」
 SHIZUKUの声に、風車を投げる鹿沼の手が止まった。
 しかし、直接殴りかかるような、はしたない真似は鹿沼には出来ない‥‥とは言え、エレガントに果たし合いなどと言う手は無いし‥‥
「他、無いです」
「あー、じゃあどうしよう。うーん、対戦相手がまだ二人居るから、三下君の勝ちで良い?」
「‥‥仕方ないですね」
 ざっくり考えて出された提案に、鹿沼は頷くより他無かった。このまま戦っても決着は付きそうにないのだから仕方がない。
 鹿沼が風車を投げるのを止めたのにあわせて手を止めていた三下の前、鹿沼は新たに取り出した風車を指でクルリと回転させて見せてから、高らかに決め台詞を言い放った。。
「旋風のお嬢は振り向かないぜ」
「え? え? 何?」
 何の意味があるかは不明。でも、三下を怯ませるには十分だった。
 まあ、ミミズ一匹這ってきても三下は怯みそうだが、その辺は置いとく。
 ともかくも、決め台詞を言った後は、他に何もすることはなく‥‥鹿沼は三下に背を向けて他の連中の居るところに下がっていく。
「あばよ。お前、強かったぜ。他の連中に負けるなよ」
 と‥‥背中越しに、当たり障りのない言葉を投げて鹿沼は、そのまんまSHIZUKU達の所に戻って、ギャラリーに加わった。
 あの、風車の投げ合いで、何が強くて、何が弱いのかがわかるのかは、誰一人として理解は出来なかったので、彼女の残した言葉にさほどの価値は生まれなかったが。まあ良いと言う事で。
「んじゃあ、三下君の勝ちって事で。早く風車片付けて」
「え? 僕?」
 SHIZUKUが理不尽に命じた命令に疑問の声を上げる三下。が、影沼が彼に、にこやかに答える。
「うんそうです。その間にこちらは、次の刺客を選出してますから」
 影沼やSHIZUKUの後ろで、馴鹿とユーヤのじゃんけんは今まさに白熱していた。

●番長4番勝負第3の刺客
「へ、俺の番だな」
 ボロボロの学ランに鍔の割れた帽子という、バンカラ衣装に身を包んだユーヤは、口元を歪な笑みに歪め、指をバキポキ鳴らしながら三下の前へと歩み出た。
「俺は、他の奴みたいなドジは踏まないぜ。拳でやってやる。悪く思うなよ」
 何か‥‥私怨が入ってそうなほどに憎悪の隠った声。それは演技か‥‥
「後頭部痛くてたまらないんだ。このお礼はしないとな」
 マジだったらしい。しかも、全く関係ない所の私怨を、三下にぶつけようとしている。
「あ‥‥ご、ごめんなさい」
 全く関係ないというのに、何故か謝ってしまう三下。負け犬根性丸出しなのは全くいつも通り。なのだが‥‥
「ん‥‥?」
 殴ってやろうと思っていたユーヤは、怯えながら涙目で謝る三下を前に戸惑いを覚えていた。
 何かこいつ‥‥こんなにナヨナヨしてたか? いや、まあ確かに軟弱だったから‥‥別に問題はないのだけど。しかし‥‥
「ま、さっさと終わらせるか」
 三下に勝たせて云々とかどうでも良いから、適当にぶん殴っておこうと、ユーヤは前に出る。
 そして、さあ一発と、拳を振り上げた。
「オラ、歯ぁ食いしばれ!」
「はぅっ!?」
 気合い一つ。ぶん殴ろうとしたユーヤの前で、三下は頭を抱えてしゃがみ込む。
 ユーヤの手は何故か振り下ろせなかった。
「?」
 いつまで経っても攻撃が庫内のを不審に思ってか、涙目で見上げる三下‥‥
「や‥‥やめてよぉ」
 怯えながらの哀願。
 普段だったら蹴り飛ばしているような状況だが、今日の三下は何故か、見ていると胸がドキドキしてくる。
 ユーヤは何やらその自分の背筋を駆け上がるような感覚に戸惑いながらも、それを気の迷いと自分に言い聞かせていた。
 しかし‥‥動けない。拳を振り下ろすことも、足を蹴り出すこともユーヤにはできない。
「何だ? この感覚‥‥」
 それは庇護欲と言う物。幼子や動物の仔など力のない存在のもつ防衛力。これは身を守る力がないそれらの存在を守る力として働く。
 要するに、守りたいと相手に思わせる事によって身を守るのだ。
 人間に対しては、この防衛手段は概ね有効かつ強力に作用する。例外ももちろん居るが、大概の人間は、庇護欲を駆り立てる対象を傷つけたいとは思わない。
 もっとも、やりたくない事を全てやら無くて良いという話にはならないのではあるが。
「わけわかんねぇけど、ここで引き下がるわけにも行かないんだよ!」
 ユーヤは、三下の身体を突き飛ばした。殴ったり蹴ったりするよりかは、随分と穏やかではあったが、勢いはけっこう強く、三下はその場に倒れ尻餅を付く。
「い‥‥痛いよ‥‥」
「まだ終わってねぇぞ。立て!」
 自分で転ばせといて勝手な話ではあるが、ユーヤは三下を立たせようとその胸ぐらを掴んだ。
 が‥‥その手は何やら柔らかい感触に触れる。
「‥‥‥‥」
 ユーヤの動きが、今度は完全に止まった。
「‥‥どうしたの?」
 恐怖に身をすくめていたが、ユーヤの動きが止まったのを知って三下は聞く。男だったが為、自分の胸に触れられている事には、気をまわしていない。
 三下は、不思議そうにしながら、体勢を立て直そうと、特攻服の胸を握ったままのユーヤの手を押し返すように体重をかけて、身体をずらした。
 ユーヤに掴まれた不安定な姿勢から、少しは安定した楽な姿勢になる三下。しかし、その胸はずっとユーヤに押しつけられていたわけで‥‥
「な‥‥なな‥‥ま、さか‥‥」
 ユーヤは、ぎこちなく口を開いた。
 手に感じる柔らかな感触の正体を想像は出来る。しかし、その想像は信じられない。
 確かめなければ‥‥と、ユーヤは無意識に思ったかどうか。
 ユーヤは、三下の特攻服を掴んだ手を少し緩め、あわせの片側を掴むのみとした。そして‥‥ゆっくりと引っ張る。
 特攻服の合わせ目が少しゆるみ、胸に巻かれたサラシが見えた。そして、サラシの隠す、男にしては不自然な膨らみも‥‥
「おっ! これは不謹慎ですけど、アップ画像のチャンスですよぉー!」
 シオンが叫んで、カメラを操作した。それはまあ良いとして、問題はユーヤの方。
「こっこここ、これはもしや、おっ‥‥」
 女に縁のないユーヤ‥‥彼にとっての不幸であったと言って良いかと思う。
 震える声を絞り出すユーヤの顔が見る間に染まっていく。まるで、全身の血を集めたかのように赤く。
 そして、その紅潮がピークに達するやいなや‥‥ユーヤの鼻から赤い物が噴き出し大地とユーヤの鼻をつなぐ一筋の流れとなる。
 その後、ユーヤの身体はその場に崩れた。
「え‥‥何? なに? 大丈夫? ねぇ!」
 目の前で倒れられて、三下は慌ててユーヤの身体を揺する。しかし、ユーヤは鼻から大量の出血を続けながら、決して目を覚ますことはなかった。
「どうしよう! 死んじゃったよぉ!」
 三下は取り乱して叫ぶが、ユーヤはまだ死んでない。例え、このまま出血が続けば、時間の問題だったとしても。
「ま、それはそれとして‥‥」
 そのSHIZUKUの一言で、死に行くユーヤのことは無視された。
「三下君の勝ちね。何をどうやったのか、わからないけど」
「では、次が最後の番長さんでーす」
 SHIZUKUの言葉に続け、影沼が言って最後の一人を示す。残された最後の一人‥‥馴鹿・ルドルフを。

●番長4番勝負第4の刺客
「真打ち登場!」
 学ランとペッタンコの学帽と腹巻き、口に葉っぱをくわえる‥‥という、いかにもなコスプレをした馴鹿は、今だユーヤの事を気づかっている三下の背後に立った。
 なお、馴鹿のコスプレについてだが、こう言うのは身長2mから4mは有りそうな巨漢が着るから似合うのであって、馴鹿にはあまりにあって居ない。まあ、それは良し。
「お前を、この馴鹿番長が泣かせてやるぜ! 覚悟しな!」
 馴鹿は、番長になりきって言うが、迫力はあまりなかった。
 だからか‥‥三下の反応が遅れる。
 三下が振り返る前に、馴鹿は背中から抱きつくようにして、三下の胸元に手を伸ばした。
 そして、
「えい」
 馴鹿は、三下の服の前を開くように左右に引っ張る。ボタンの散る音がして、三下の着る特攻服の前が大きく開いた。
 サラシに包まれた胸と、なだらかな曲線を描くお腹が露わになる。
「うわぁっ!?」
 慌てて服を押さえようとする三下‥‥彼女の膝元で、看病されていたユーヤがちょうど目を冷ました。
「く‥‥油断した‥‥な!?」
 直後、ユーヤは真上に見上げた光景‥‥柔らかそうなお腹と可愛らしいへそ、サラシに巻かれてはいるが存在を主張する胸に、更なる大量出血を誘発する。
「ぐふぉぅっ!?」
 頭を後ろに反らした姿勢が良かったのか、まさに間欠泉のごとくユーヤの鼻から血が吹き上がった。
「ああああああっ! 血‥‥血ぃ〜〜」
 特攻服の前が開いたことより、盛大な血柱の方がインパクトが強かったらしく‥‥まあ、三下は男だから、胸を晒すことにさほど羞恥心を感じていないという理由はあるが。
 ともあれ、三下は馴鹿の方に向けかけた視線をユーヤの方に戻し、悲鳴を上げた。
 遠く、そんな三下を見て、納得がいったとでも言うように影沼が言う。
「あれ‥‥女の子ですわね」
 先程、三下の胸を押した時の感触の理由がわかって納得という所か。
 一方、SHIZUKUの方は首を傾げていた。
「でも、三下君てば男の子じゃなかったかなぁ。確かめた事無いから、わからないけど」
 確かに確認はしていない。普通しないだろう。
 でも、学校では男として通している筈で‥‥
「三下さんは元から美少女ですよー。保証しますとも」
 SHIZUKUの隣でカメラを回しているシオンが無責任に請け負った。元から三下を女の子と勘違いしていたシオンだから成せる業である。
 本来ならそんな事を言われたからと言って鵜呑みにするはずもないと思うが、SHIZUKUは三下君の性別に興味はなかった。
「そっか、女の子ならそれでもいっか」
「そうですね。でも‥‥」
 納得してしまったSHIZUKUにあわせて頷き、影沼は付け足すように言った。
「SHIZUKUちゃん、三下君に負けてますわよ?」
「‥‥うっさい」
 SHIZUKUは、少しだけ悔しげに言葉を返した。閑話休題。まあ、番長4番勝負には何ら関係ない。
 その渦中の人であるはずの馴鹿は、三下の反応の薄さに首を傾げていた。
「おかしいな。女の子なら、これで泣くかなと思ったんだけど」
 ユーヤとの戦いで胸が見えたから、女の子イジメのノリで攻撃してみたのだが‥‥三下は今一乗ってこない。
 てか、特攻服を脱いで、死にかけてるユーヤの顔に押しつけて血を止めようとしている。お陰でユーヤは、出血多量で死ぬ運命を免れ、血で濡れた服に顔を塞がれて窒息死する運命に遭遇したと言う事になる。
 ユーヤの死は確実になりそうだったが、三下は慌ててしまってるのか、それに全く気付いていない。
 ともあれ、このままじゃしょうがないので、馴鹿は次の攻撃に打って出ることにした。
「次は‥‥こっちかな」
 呟いて馴鹿は、再び三下の背中から腰に手を伸ばした。
「え? 何?」
 腰の辺りをまさぐられ、驚いた三下の見下ろした先で、馴鹿の手によりベルトの留め金が外された。
「やだ!」
 逃げようとする三下‥‥馴鹿は三下のズボンをしっかりと掴まえる。
「へへーん、もーらい!」
 三下が前に出たせいで、ズルリと下がるズボン。そこを逃さず、馴鹿は力一杯ズボンを引っ張った。
「うわっ」
「ぐへっ!?」
 下半身を引かれて、三下は前につんのめるようにして転ぶ‥‥つまりは、死にかけのユーヤの上へと。
 悲鳴を上げるユーヤ。それはさておき、馴鹿は三下からズボンを抜き取ってしまっていた。
 露わになったのは、丸みを帯びた腰を包む、可愛げも何もない男物のトランクス。
 ユーヤの霞んだ目には、自分の身体の上に横たわる、サラシにトランクス一丁の美少女の姿が見えた。そして‥‥ユーヤの残り全ての血液が、天空を貫かんばかりの赤き柱となって放出され、その命の灯火を掻き消す‥‥
 と、言いたいところだが、ユーヤの生死など最早どうでも良く、誰もそれは確かめなかった。
 問題は、ユーヤの上で身を起こした三下である。
「う、うわわ、ズボン!?」
 三下は自分の格好を確認すると、さすがに羞恥心を燃え上がらせ、腰を手で押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「ズボン返してよぉ!」
「嫌だねー」
 涙をこぼしながらの三下の声に、ガキンチョみたいなノリで返す馴鹿。もはや、番長などどうでも良かった。
 遠く、カメラを動かしながら、シオンは手に汗を握る。
「うーん、どうなってしまうんでしょうかねぇ。アカデミー賞は確実ですよー!」
 カメラは決して放さない。その中には、涙を流しながら、羞恥に悶える三下が記録され続けている。
 と‥‥
「‥‥失礼します」
 小さく言って、鹿沼はカメラを軽く叩いた。
 カメラに当てていたシオンの目に、カメラが刺さり込む。
「うほうっ!? 目が! 目があああああっ!?」
「女の子のああ言う所を映すのはよろしくありません。可哀相じゃないですか」
 鹿沼は、転げ回って悶えるシオンに言った。
 まあ、同性としてそういう不埒な真似は許せないわけで。
 それは鷲見条も同じだった。
「ああ言う〜戦い方は〜いけない〜ですよね〜‥‥こうなったら〜、私が〜‥‥」
 颯爽とスケバンになって、乱入を‥‥とまあ続けるつもりだったのだが、SHIZUKUと影沼は素早く釘を刺した。
「止めた方が良いと思う」
「SHIZUKUちゃんに賛成です」
「‥‥もう〜良いですよ〜、年甲斐もなく〜なんて〜‥‥言われなくても〜‥‥おばさんは〜、黙ってます〜‥‥ぐすん」
 涙に濡れる鷲見条‥‥まあ、仕方がないかも知れない。
 それはさておき‥‥番長4番勝負の方は微妙な盛り上がりを見せていた。
「ほら、返して欲しかったら取りに来いよー」
「で、でも‥‥」
 ズボンを三下に見せつけながら囃し立てる馴鹿。一方三下は、ユーヤのそばにしゃがみ込んだまま動かず、馴鹿に涙目で縋るような視線を向けていた。そりゃあ、男だからってパンツ一丁で走り回れるわけもない。いや、中にはそういう奴が居ることは否定しないが。
「しょうがないな、じゃあほら上げるよ」
 馴鹿は言いながら三下に少し近づき、ズボンを三下に向けて差し出す。
「ありがとう‥‥」
 手を差し伸べて受け取ろうとする三下。しかし、三下の手がズボンに触れる直前、馴鹿は素早く手を上に上げた。
「ほら、上げたー! ひっかかったー!」
 あははーっと、輝かんばかりの笑顔の馴鹿。彼の前、三下の顔が僅かに歪む。馴鹿はそれを見逃さなかった。
「あ、泣く。泣くぞ。ほら泣く。そら泣く。泣ぁーく、泣く泣く。泣き虫子虫〜」
 すかさず囃し立てる馴鹿。こうなると不思議なもので、泣く泣くと言われてると、言われてる奴は大概泣く。いい年した大人なら別だが。
 三下はいい年した大人という訳じゃないし、それに凄い泣き虫だったのであっさり泣いた。
「ふ‥‥ふぇ‥‥ふええええええええん〜」
「泣き虫が泣いた〜」
 手で顔を覆って泣き始めた三下の周りを跳ね回りながら、とどめさすみたいに馴鹿は囃し立てる。そして、ニコニコしながら次の攻撃に移った。
 泣いている無防備な‥‥というか、警戒してても三下じゃあ何もできなかったと思うが、ともかく三下の背後から近寄り、サラシの結び目に手をかける。
「よーし、次はサラシも〜らい」
「‥‥え?」
 馴鹿は、サラシの蝶結びな結び目をつまみ、軽く引っ張った。結び目はするりと解け、サラシはふわりと緩む‥‥
 しかし、馴鹿の攻撃が続いたのはそこまでだった。
「おまえかあああああっ!」
 怒濤の勢いで駆け寄ってきた不城・鋼の必殺パンチが馴鹿を打ち砕く。
「女の子を苛めてるんじゃねえええっ!」
 追い打ちで放った蹴りが、馴鹿をサッカーボールのように転がした。
「カスミ先生をさらい、そしていたいけな女の子を苛めるだなんて、それで良くも番長を名乗れたもんだ! この元総番不城・鋼が、本物を見せてやるからかかってこい!」
「あわわわ‥‥」
 殴られ蹴られて転がった馴鹿は、そのままの格好でSHIZUKUを見る。
 SHIZUKUは迷わずに言った。
「ん、分が悪い。撤収!」
 本物の番長のお出では、完全に計算違い。
 まあ、三下が女の子なら、男らしさを叩き込まなくても良いわけだし。
 下手な喧嘩するよりかは逃げるが勝ちと言う事で。
「馴鹿くん、ユーヤくんを引っ張ってきて」
「えーっ、しょうがないなぁ」
 馴鹿は嫌そうな顔をしたが、立ち上がると、仕方がないので抵抗の意図がないことを示すように両腕を上げて見せながら、倒れたまんまのユーヤに歩み寄り、その身体を掴んでズリズリ引きずり出した。
 とりあえず、馴鹿を攻撃することはせず、不城はSHIZUKUが指示を出しているのを見とめて声を上げる。
「お前が親玉か!?」
 SHIZUKUは口元に手の甲を添え、高らかな笑い声と共に応えた。
「ひゅーほほほほほっ! 不城とやら、今日の所はここまでよ。カスミ先生は保健室でそろそろお目覚めターイムだから、安心して」
「待て! この娘とカスミ先生とに何の恨みが会っての犯行だ!」
「それは‥‥」
 不城に理由を問われ、何と答えようかとSHIZUKUは言葉に詰まる。その瞬間、代わりに影沼が言った。
「SHIZUKUちゃんより胸があるのが許せなかったんですわ!!」
「‥‥ヒミコちゃん、それ違うから! とっさの事とはいえ、失礼だから!」
 泣きそうな顔で影沼を止めるSHIZUKU。
 まあ‥‥SHIZUKUより胸が大きいかどうかで復讐対象が設定されるなら、世の女性の大半は夜道を歩けない。
「何にせよ、撤収〜」
 SHIZUKUの指示で、皆一斉に瞬時にその姿を消す‥‥という展開なら格好良かったのだろうが、実際には皆でゾロゾロと酷く適当に歩いて去っていく。
 不城は追いかけていって蹴散らしてやろうかと本気で考えたが、半裸の女の子が側にいる現状を考えてそれは取りやめた。
 だが‥‥残って何をすべきか? 状況に慣れていない不城は、とりあえず頭を抱えた。

●打ち上げは焼き肉屋
 全部終わって番長様御一行は近場の食べ放題焼き肉レストランに来ていた。
 長ランだの学ランだの、今時お目にかかれないような格好の一団が入ってきた時、店側はかなり驚いてはいたようだったが、追い出しがかかるわけでもなく、今は普通にテーブルを囲んでいる。
 ちなみに、断って自腹を切った鹿沼と鷲見条、首謀者の一人の影沼以外は、SHIZUKUのおごり。アイドル様の財力という奴らしい。
 もっとも、一人2000円也なのだから、全員をあわせても万札1枚でおつりが出るのだが。
 しかし、そんな事は関係なく、ただ飯は良い物だ。焼き肉ともなれば更に。
「焼き肉ー、焼き肉ー」
 取り皿に山盛りの肉を持ってきて、馴鹿は楽しそうに肉を焼いて食べている。
 何故か持ってきてしまった三下のズボンは、ちゃんと戦利品として、拾った木の棒の先にくくりつけて旗のようにしていた。
 その横、馴鹿よりも嬉しそうな男が一人。
「ああ! 肉など食べたのはどれほどぶりの事でしょう!」
 だくだくと涙を流しながら、肉と白飯のハーモニーを満喫するシオン。10円に事欠く生活送ってるシオンにとっては十分に過ぎる御馳走だ。
 頭のちょんまげは誇らしげにピンと張って、うれしさに震えているようだった。
「あれ? シオンさん、どうして混ざってるんです? 三下君はどうしました?」
 と、影沼に聞かれて、シオンの手がピタリと止まる。
「ああっ! しまった! 何となくついてきて、ついでにご相伴に預かってしまいましたー! これは! これは急いで戻らないとぉー! お?」
 大慌てで席を立とうとしたシオンの身体が、鎖でも付けられていたかのようにガタリと止まる。
「ああっ! 行かなければならないんです! 止めないで下さい!」
「いや、止めてないし」
 影沼が呆れた声で指さす先、シオンの手がしっかりとテーブルを掴んでいた。
「それに、お茶碗持ったままですよ?」
 何というかもう、無意識では去りがたくて仕方ないらしい。
 気付いたシオンは、テーブルを掴む手を引きはがそうと努力していたが、自分の身でありながら思うようにいってはいないようだった。
「ま、お腹いっぱい食べてからで良いんじゃない? 不城くん、送り狼にはならないでしょ」
「そうですね! 彼なら大丈夫だと、心の底から信じています!」
 軽く言うSHIZUKUの言葉に天啓を得たとばかりに叫び、シオンは再びテーブルに戻って、馴鹿と一緒に肉を喰らい始めた。
 そんな二人を、気怠げに見る一人。
「よく食べるな‥‥」
「ぼぉーっとしてないで、裕哉くんは、レバー食べなさい。血を作ってくれるから」
 意識を取り戻した‥‥色々続いた衝撃的事態にユーヤが引っ込んで、再度出てきた裕哉に、SHIZUKUはレバーを山と焼いた皿を押しつけた。
 目の前に置かれた山盛りのレバー‥‥どうしようかと少し考えてから、裕哉は改めて自分の服を見る。
「血‥‥って、どうして血塗れなんだろ」
 体中血塗れの裕哉‥‥その服が借り物なのは忘れられようとしていた。少なくとも、裕哉の血塗れの服の袖をつまむようにして持ちながら、涙を流す鷲見条以外からは。
「思い出の〜品〜‥‥ぐすん」
 血の汚れはなかなか落ちない。
 輝かしかったか甘酸っぱかったか熱く燃えていたか、ひょっとすると思い出すたびに身をよじって悶えながら全世界に向かって「無かった事にして下さい」と土下座したくなる程に恥ずかしいものだったかは知らないが、ともかく思い出の品とやらは、何だか扱いが散々だった。
 まあ、扱いが散々だったと言えば、この場にいない一人の女性もそんなもので‥‥
「もうカスミ先生をダシに使ってはダメですよ? 先生だって、好きでお化けに弱い訳じゃないんですから」
「は〜い」「は〜い」
 説教という程でもなく、とりあえず釘を刺す鹿沼に、二つそろって返事が返る。
 SHIZUKUと影沼、返事は良いが反省の色はない。きっと、何か理由があったら、明日にでもカスミ先生をダシにつかう事だろう。
 そーゆーものだと諦めるしかない。
「業が深いな」
 御飯茶碗を手に呟くように言うササキビ。しかし、ササキビが三下に対してやってる事は、SHIZUKUや影沼が三下やカスミ先生にやってる事と大差ないと思うのだが。
 だが、誰もそれには突っ込まない。
 ササキビの言葉に振り返ったSHIZUKUの注意は、ササキビにではなく、彼女がテーブルの角にまとめて置かれた、コンビニの袋に入った牛乳瓶程の大きさのドリンク剤に向かう。
「あ、ササキビさん、そのドリンク剤‥‥ひょっとして、さっきの?」
 SHIZUKUは、ササキビが三下との戦いの前にドリンクを飲み干したのを見逃してはいなかった。
「ああ、あれがドリンクの効果だ」
 素直に頷くササキビ。その前で、SHIZUKUは小悪魔のような笑みを浮かべる。
「ねえ、もらって良い?」
「効き目が強いから、止めた方が良いと思うが‥‥まあ良いぞ。無くなるが、また買えばいいだろう」
 ササキビは言うが、既にこの商品が入手困難になっている事は知らない。
 SHIZUKUは、ササキビの答えに、素早くドリンク剤の瓶を手に取った。
「みんな、疲れたよね? ササキビさんにもらったから飲んじゃおう。1、2、3本。じゃあ、番長の人達に一本ずつ」
 言ってSHIZUKUは、番長をやった馴鹿、鹿沼、裕哉にドリンクを渡していく。そして‥‥満面の笑顔で言った。
「さ、ぐいっと」

●どうしようか
 とりあえず、服だろう。そう考えて不城は、三下の服を探し始めた。
「ズボンは‥‥あいつら、持っていったな? 服‥‥そこの血塗れのがそうか」
 落ちてる特攻服はユーヤの血でぐしょ濡れ。ズボンは馴鹿が返し忘れて、持っていってしまったらしかった。
「とりあえず‥‥着ろよ」
 言いながら不城は、自分の上着を三下の肩に掛ける。その時、不城はうっかり、三下の解けかけたサラシの下からのぞく肌を見てしまい、慌てて目をそらした。
 一方の三下は、素直に不城から服を借り‥‥そして、今まで以上に泣き出した。
「うう‥‥ぐす‥‥ひっ」
 大粒の涙を落としながらの、引き付けるような泣き方。派手さはないが、人の気を引くものはある。
 悲しい時に優しくされると、人は泣きたくなるものだ。それが故での涙だが、だからといって放置できるわけもない。
 不城は困り果てる結果となった。
「お、おい、泣きやめよ。まいったな‥‥」
 殴り合いは得意でも、泣いてる子供をあやすのは得意ではない。まして、半裸で泣いている美少女なんてものをどうやって泣きやますのか、不城の人生経験ではその答を得る事はまだできていなかった。
 要するに、「泣いてる女の涙を止める時は、その唇を塞げばいいのさ」などと、バーでスコッチ傾けながら語った事がないという事だ。 
 そんな事言ってる奴がいたらお目にかかりたいものだが。
 ともあれ、技術でどうにもならないなら、誠意で何とかするしかない‥‥
 不城は三下の前に回り、出来るだけ胸とかを見ないようにして三下の顔を真正面から見て、笑みを浮かべながら話しかけた。
「なあ、泣き止めよ。こんな所で、泣いていたってどうにもならないじゃないか」
 こうやって笑顔で迫ると、何事も上手くいく‥‥経験則である。その「無邪気な微笑み」に、泣いていた三下は急に顔を赤らめ、目をそらした。
「良かった。泣き止んだな。これから家まで送るからさ、立ってくれると助かるんだが」
 不城は、泣き止んだ三下に言った。その言葉に従い、三下はおずおずと立ち上がる。
「良し、行こう」
 泣き止んだ事に安堵しながら、三下の手を取って歩き出す不城。しかし彼は、自分が地雷を踏んだ事にまだ気付いていない。

 胸の高鳴りと共に少し熱くなった手が、不城の手をそっと握りかえしていた。
 自分は男なのに‥‥どうして、ドキドキするのか? 三下は戸惑いを覚えていた‥‥

 さて、これからどうしようか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

3356/シオン・レ・ハイ/42歳/男性/びんぼーにん(食住)+α
2783/馴鹿・ルドルフ/15歳/男性/トナカイ
3107/鷲見条・都由/32歳/女性/購買のおばちゃん
0646/道明寺・裕哉/18歳/男性/アルバイター
2181/鹿沼・デルフェス/463歳/女性/アンティークショップ・レンの店員
2239/不城・鋼 (ふじょう・はがね)/17歳/男性/元総番(現在普通の高校生)
2946/ねこえるりん・―/999歳/男性/猫神(ねこ?)
1166/ササキビ・クミノ/13歳/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。