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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


「翼なき墜落者たち」


〜最後の使徒〜

「最近増えたな・・・」
草間は新聞を広げながら、ため息と共につぶやいた。
「何がですか?」
零が、灰皿を換えながら、そう問う。
タバコに火をつけ、草間は答えた。
「飛び降り自殺だよ。ここのところ、毎日だな」
「そんなに・・・」
眉をしかめて彼女は悲しげに草間を見た。
「そんなに、多いんですか?」
「ああ。しかも、一日に一件や二件じゃない。十件も十五件もあるんだ」
ぱらりと新聞を机に戻して、草間はタバコをくゆらせる。
「どう考えても、自然発生したものじゃないな・・・人為的な何かを感じるよ。その証拠に」
彼はある写真を指差した。
「飛び降りた人間の遺体の近くには、必ず、大量の白い羽が落ちてるんだそうだ。まるで背中を覆うように、な・・・」
それに、と草間は続けた。
「こんなものがさっき届いたぞ」
一通の手紙が机の上に置かれた。
零が中を開けると、一枚の写真と手紙が出て来た。
「その写真に写っている4人は兄弟だそうだ。だが、この一週間で3人までが飛び降り自殺をしている。最後のひとりが、昨日、いなくなってしまったそうだ。差出人は母親からで、そのショックで病院に入院している、と書かれている。直接ここには来られないが、何とか止めてほしい、ともね」
所内のいくつかの方向から、視線が草間に注がれた。
それに気付いた草間も、彼らの方を見やり、静かに言った。
「あまり時間はなさそうだが、誰か、探して止めてやってくれないか?」
そして、写真に視線を落とし、またため息をつきながら誰にともなくつぶやいた。
「・・・まあ、本気で死に行く者を止めるのは、いいか悪いかは俺にはわからないがな・・・」



〜役者は揃う〜

「確かにそれは止めるべきよね、武彦さん」
奥の方から、静かな瞳でシュライン・エマ(しゅらいん・えま)が歩いてきた。
「私も賛成だわ。いくら、『死に急ぐ』という言葉があっても、そこまで急ぐ理由もないでしょうから」
「そうですね」
やんわりと、シュラインに同調した者がいた。
キイ、と車椅子が鳴る。
「どんな理由があるにせよ、死を選択する者は『現実』を知りません。それはあくまで逃げることにしかならない、そんな簡単なことにすら、気付く余裕も」
セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)は、やや伏し目がちにそう言った。
そちらを向いて、シュラインもうなずく。
「ええ、本当にね」
「こういうのも、自殺って言うんですかね?」
少し離れたところから、首をかしげて、シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)は言った。
「まあ、調べるのが先ですか」
「そうだな。もし何らかの暗示や催眠が元になっているとしたら、安易に現場に飛び込むのも危険だ。くれぐれも注意してくれよ」
草間がそう全員に告げる。
その時、入り口のドアが開き、綾和泉・汐耶 (あやいずみ・せきや)が現れた。
「こんにちは。草間さん、この前貸してあった蔵書の件だけど・・・あら、何かあったの?」
「ああ、蔵書ならそこに・・・あったはず、なんだが」
草間が示した先には、なぜかお菓子の袋しかなかった。
シュラインがため息をついて、奥の書棚から本を持ってきて汐耶に渡した。
「これでしょ?」
「ええ、そうそう。ありがとう」
にっこり笑って、汐耶はシュラインにお礼を言った。
それを大事そうにかばんに納め、彼女はもう一度訊いた。
「それで?また難事件?」
「難しいというほどじゃないな」
答えて草間は、再度汐耶にも説明を施した。
うなずいて、汐耶は言った。
「どうも自然発生とは思えないわね」
「ええ。今、みんなでそう話していたところよ」
シュラインがうなずいた。
「どちらにしろ、方向性を決めなければいけませんね」
セレスティがそう提案する。
ひとまずシュラインは草間から見せられた手紙をコピーした。
それを他の面々に配る。
「兄弟全員の自殺場所が気になるわ。せっかく依頼者の入院先がわかっているのだから、そこに行ってみるのが早いわよね」
「そうですね。それからその場所に向かった方が効率もいいでしょう。母親なら何か手がかりをお持ちかも知れませんしね。」
セレスティはうなずき、シュラインを見やった。
汐耶もひとつうなずいて、ふたりに言った。
「たぶん、この件は共通点がどこかにあると思うのよね」
「そうですね、私もそう思います」
シオンも賛同する。
「それでは、私と綾小路さんは、共通点を探しに、情報を集めて来ます」
「それなら、私たちは病院を当たるわ」
こうして、一向は二手に分かれて行動することになった。
3時間後に再度落ち合うことを約束し、一同はいったん解散した。


〜真実はそこに〜

シュラインとセレスティは、車で移動し、手紙の送り主に面会に行った。
通された病室は大部屋で、プライベートなど望むべくもなかったが、彼らは一番奥のげっそりと痩せた女性に近付いた。
ぼんやりとふたりを見上げる彼女に、ふたりは軽く自己紹介をし、草間興信所から来た旨を伝えた。
すると、その女性の両目からみるみるうちに涙がふくれあがり、その頬を伝った。
「恒也は・・・恒也は見つかったんですか?!」
「これからです」
セレスティは静かにそう返した。
「ですから、いくつかお聞かせ願えませんか?一刻の猶予もありませんから」
そうして、母親はいくつかの事実を語った。
まず、3人が飛び降りたのは、十階以上の異なるビルで、すべて屋上からであること。
次に、飛び降りを目撃したのは、かなりの人数に上ること。
そして、飛び降りる時には、その背中には『何もなかった』こと。
「なのに、現場には羽が散らばっていたんです・・・」
母親は不思議そうな色を声音に秘めて、そうつぶやいた。
「あの子たちに、羽なんてないのに・・・!」
聞けば聞くほど普通の子供たちだった。
その前日まで、特に変わった行動を取ることなく、通常どおり、学校にも通っていた。
特に友達とのトラブルもなかったという。
「お子さんたちは携帯などはお持ちではありませんでしたか?誰か情報を持っている子がいるかも知れませんわ」
「壊れてしまっていますけど、ここに・・・」
飛び降りた時に地面にいっしょに叩きつけられたのだろう、ほとんど残骸と化した携帯電話がそこにはあった。
だが、もしかしたら何かわかるかも知れない。
シュラインはその携帯電話を借りることにした。
あとでセレスティがそこから何かの情報を読み取れるかも知れないからだった。
ひとまず必要な情報を得たので、ふたりは現場に向かうことにした。
地図に印をつけ、情報を書き込みながら、シュラインは首を傾げた。
「これ・・・もしかして・・・」
「何ですか?」
セレスティもシュラインの手にした地図に目を落とす。
そこには明らかにある形が現れていた。
「こことここの点を結ぶと・・・」
「それは・・・」
ふたりはそのまま地図を見つめた。
4人目の犠牲者が現れそうな場所がわかったのだ。
「急ぎましょう。時間がありませんからね・・・」
セレスティはまっすぐ前方を見つめ、運転手に先を急がせることにしたのだった。


シオンと汐耶は、少年がどの時点で自殺を思い立ったのかの情報を集めることにした。
最近の子供たちが何に興味があり、彼らの間でどんな噂が飛び交っているのかが分かれば、何か手がかりは見つかるかも知れない。
ふたりはそれぞれ、まずはネットや新聞、子供たちが読む雑誌を元に、情報を抽出、整理した。
「これ、そうじゃない?」
「ああ、私もそう思いました」
汐耶とシオンは同時にうなずいた。
『空への回帰教団』――――裏社会の情報掲示板で、ちらほらとその名を目にしたのだ。
「やっぱり宗教だったわね・・・」
「これだけ組織的に大量の殉教者を出すとしたら、宗教という手段は一番いい方法ですからね」
「そうね。でも・・・『空への回帰』って・・・海なら分かるけど」
「海は当たり前すぎて流行らないのかも知れませんよ?」
「もう使い古された教義ってこと?確かにね」
ふたりはその教団について、詳しく調べようとした。
だが、その名前の他は、何ひとつとして、具体的な情報は手に入らなかった。
「封じてある、そういうことね?」
小さく汐耶は笑った。
たとえ相手が電脳世界であっても、彼女の目の前ではその姿をさらさずにはいられないのだ。
彼女はいともたやすくパスワードの波を越え、その先の真実へと迫った。
「なるほどね・・・子供の心身を持つ者にしか、この教団は開かれないみたいね・・・」
「それじゃ、情報自体が世の中に出回っていない、そういうことですか?」
「ええ。いくら私でも、そこにないものは、白日の下にはさらせないわ。それに、子供たちって意外と閉じた独自の社会を形成しているものでしょ?そう簡単には私たち大人に、秘密を教えてはくれないと思うのよ」
だから、電脳世界にも、大人たちが作り出す紙媒体の情報源にも、その情報は載っていない、そう汐耶は締めくくった。
「でもいいわ、大元が宗教だとわかれば十分よ。今回は、この教団を相手にする訳じゃなくて、ひとりの少年の命を救うことが目的だしね」
「そうですね」
シオンはうなずいた。
そして、その小さな、しかし重要極まりない情報を手に、セレスティ、シュラインと合流するために携帯電話を取り出した。


〜飛びたいイカロス〜

四人は現場で合流した。
先ほどの電話で、粗方の意思の疎通は出来ている。
後は少年を止めるだけだ。
そこにはもう既に人だかりが出来ている。
みながみな、空を見上げていた。
「急ぎましょう!」
シュラインはすべてのエレベーターのボタンを押し、一番最初に開いたドアに飛び込んだ。
一歩遅れて、シオン、汐耶、セレスティが乗り込む。
その中で、セレスティが壊れた携帯電話から読み取った情報を、他の3人に披露した。
「この少年は、かなり前から、他の兄弟たちといっしょに、『空への回帰教団』に心酔していました。この教団での最終的な自己実現は『羽を得ること』だったようですよ」
「羽を得ること?」
シオンが眉をひそめた。
「はい。自殺者たちが飛ぶことを恐れないのは、『回帰が成功した時、完全な翼が背中に生まれる。その時、天使に生まれ変わり、世界を左右する力が授けられる』と信じているからです。なので、彼らは飛びきる、つまり、地面にたどり着くその瞬間まで、飛ぶことをやめないのですよ」
「・・・それって」
汐耶が背中を壁に預けた。
「たった一度しか、チャンスはないってこと、ね?」
「ええ。地面に直撃するチャンスは、普通の人間なら一度しか作ることは出来ませんから」
彼らの抱えた空気とは裏腹に、軽い音がして最上階に着いた。
そこから屋上まで1階分の階段を上がり、彼らは風の支配する屋上へと立った。
その視線の先に。
今にも金網によじ登ろうとしている少年がひとりいた。
4人は、刺激しないよう、そっと距離を詰める。
「おまえたちは誰だ!何をしに来たんだよ?!」
4人に気付いた少年ははっとしてそう叫んだ。
シュラインが穏やかな表情で、少年に話しかけた。
「飛ぶ練習なら低位置から始めないとね」
「・・・何を知ってるんだよ?」
「あなたが飛ぼうとしていることを」
「ああ、僕は飛ぶ。自分の存在が正しいことを証明するんだ」
シオンは数歩下がって、屋上への出口まで後退した。
そこに、彼の最終兵器があったからだ。
セレスティも汐耶も、表情は変えずに淡々と告げる。
「キミの存在は、いつだって正しいわよ。まちがってる人なんて、いやしないし」
「そうですよ。あなたがあなたであることを、否定する者はいません。あなたがそこに、あなたとして在る、そのことだけで、この世ではきちんと意味を成すのです」
「だけど、僕には力がない!世界を変える力なんか!平凡な人生なんかほしくないんだ!」
「焦ったら駄目よ。それでは不完全で失敗するからやめましょ」
シュラインはあくまで、飛ぶことを肯定する――――無論、表向きでは。
だが、少年は頑なだった。
宗教という基盤が彼の精神を捉えているというそのことが、彼を空へと駆り立てていた。
だからこそ、汐耶は一瞬の隙を狙っていた。
彼の心は宗教という檻の中に閉じ込められている、つまり「封じられている」と。
だとすれば、それは彼女の力で解放できるのではないかと。
少年はそれ以上彼らの言葉に耳を貸さなかった。
嘲るように大人たちを一瞥し、金網の上で両手を広げると、空に向かって神々しい微笑みを浮かべ、そのままふわりと飛び降りた。
その瞬間。
シオンは全速力で駆け寄り、金網を飛び越えて虚空へと身を投げた。
そして、全身の力を振り絞り、少年の足首をつかむと、そのままビルに叩きつけられた。
その腰には、荒縄が巻かれていた。
「やったわ!」
汐耶が金網に駆け寄った。
そして、目を閉じると、静かに彼の心を縛る結び目を探し、それを鮮やかにふりほどいた。
さら、とその結び目が解けると、少年の身体からも力が抜けた。
シオンは、その数分後、少年といっしょに地上から助けに上がって来た人々に引き上げられ、額の汗をぬぐった。
「成功して、よかったですよ、本当に・・・」
まさに決死のダイビングであった。
気を失った少年が、人々の手で病院へと運ばれていく中、残された4人は肩の荷を下ろしたように、安堵の笑みを浮かべた。
「それにしても」
汐耶がふと気付いてシュラインを振り返った。
「どうしてここがわかったの?」
「これよ」
シュラインはパンツスーツのポケットから一枚の地図を取り出した。
地図には3人の兄弟の墜落現場が×印で記されていた。
その3つの点を結ぶと、ある形がそこに浮かび上がる。
それは。
「十字架、ね・・・」
「さっき電話であなたたちから連絡をもらって納得がいったわ。天使になりたいあの子たちの、願いの現れだったのかも、知れないわね」
4人はこの場所を相談して決めたのだろう、そうシュラインは思った。
他の兄たちは成功しなかったこの儀式を、最後の弟はどうしても成功させたかったのかも知れない。
「そうですね・・・」
荒縄を解きながら、シオンは少年の去った方向を見つめた。
「地面に散った羽は、翼の出来損ないだった・・・彼らは太陽神になり損ねた、イカロスたちだったのかも知れませんね・・・」
そうして、彼らは空を振り仰ぐ。
空はただそこにあり、青く遠く、静かに、彼らをそっと包み込んでいた――――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男/42/びんぼーにん(食住)+α】
【1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1449/綾和泉・汐耶 (あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

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■         ライター通信                     ■
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ご無沙汰しております、藤沢麗(ふじさわ・れい)です。
いつもご発注ありがとうございます!
今回もまた、聡明なシュラインさんの推理を見せていただきました。
緻密にして確実な推理力に感服です。
「イカロス」は、今回参加された方に共通の見解のようでしたが、
そこまで至る道のりには、
シュラインさんの力は大きいと思いました。
今回少年は助かりましたが、
この教団の真実に迫る依頼も、
もしかしたら未来に現れるかも知れません。
その時はまたぜひ、シュラインさんのお力をお借りできればと思っています。

それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。